 |
導魂師入門
●受諾
渋谷にある古いの雑居ビルの屋上。普段誰も寄りつかないその場所には救いを待つ沢山の魂達と、そして彼らを『あるべき場所』へと導く者達がいた。
「気持ちが変わらないんなら側に寄ってやりな。あんたらが話しかけるその一言が、導魂師として『担当する』って意思表示になる。んでもって、話があえば契約成立。まぁナンパのノリと同じって考えてくれれば間違いない」
冗談事のように茶化して、だが『謎の男』は真顔でサラリと言った。そして非常口あたりまで下がると彼らに場所を譲る。
「では、誰からチャレンジしますか？」
他の者達を見やった後、軽い口調でシオン・レ・ハイ（しおん・れ・はい）が口を開いた。汚れているわけではないが着古してよれよれになった服と長い髪がいかにも胡散臭い。けれど彫りの深い端正な顔のなかで灯る青い瞳は穏やかに優しい。車椅子に座ったままのセレスティ・カーニンガム（せれすてぃ・かーにんがむ）は同じ色の瞳を持つシオンの顔をそっと見上げた。青と言っても色々あるように、シオンとセレスティの瞳からくる印象は全く違う。けれど、この東京のどこにでもいそうで、実はどこにもいない希有な存在であるという点では似通っている様だった。そういう意味ではここに集まった者達は皆、どこか異質な何かを持っていた。表通りを歩く者達とは相容れないモノを持っている。
「モモ、ちょっと怖い。‥‥けど、あの人達を見ているとなんだか泣きそうになる」
橘・百華（たちばな・ももか）は大きく澄んだ目に涙をためていたが、その口調はどこか間延びしていた。決められた台詞を棒読みしている様に聞こえる。魂達の辛い思いに感応しているのだろうが、その認識に欠けるのだろう。魂から目をそらすと、自分の持つウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、シオンの腕にある兎をぼーっと見つめ始めた。その百華の脇から前に進み出たのは身なりのいい少年だった。それは百華を押しのけたようにも見えたし、背に庇って後ろに退かせた様にも見える。全身はは皆高級品で揃えられており、そのピカピカのスニーカー１足を叩き売っただけで、シオンの様なつましい生活なら半年は維持出来るだろう値打ちがありそうだった。どこをどこから見ても、立派な温室育ちのお坊っちゃまだった。ただ、その眼光だけが不相応に鋭く強い。
「まず俺がやる。いいな？」
冷泉院・蓮生（れいぜいいん・れんしょう）は軽く振り返って非常口を背に立つ『謎の男』に言った。男は笑って首を振る。
「おいおい、僕たち導魂師が順番待ちする必要なんてない。ここには導きを待つ魂は沢山いるんだ。さっき言った特徴の魂なら１０や２０はいる‥‥ほら、見えてきただろう」
男の声が終わるか終わらないかのうちに、いくつかの魂達がぼうっと朧な光を放った。どれも哀しげな女の魂だ。
「なるほど。ダンスの申し込みをする権利は私達にある。淑女達は手を差しのべて貰えるのをただ待つしかない‥‥そういうことなのですね。」
セレスティは肩からこぼれる銀糸の様な髪をそっとかき上げ、男を見た。男はにやりと笑ってうなづいた。
「わかった。俺はこの人に決めた」
蓮生の手は東側の手すりに寄りかかった魂を指さした。百華はギュッとウサギのぬいぐるみを抱きしめると、シオンの兎をじっと見つめた後南側の手すりへと走り出す。
「お子様達に苦労させるのは辛いですね」
シオンの言葉は独り言のようで、セレスティはただ無言で目を伏せると車椅子を西側へと動かし始めた。シオンが北側へと歩き出すと『男』は非常口の鉄の扉を開けてビルの中へと入っていった。
●初対面
西の手すりを握りしめ、ぼんやりと景色を見つめているのは若い女の姿をした魂だった。セレスティは彼女の側にまで車椅子をすすめると、ブレーキをして背もたれにあるポケットから日傘を取り出した。きっちりと傘を広げでささやかな日陰を作る。そしてそっとその傘を彼女へと差しかけた。それまで背を向けていた彼女がセレスティの方を振り返った。黒い深い瞳の色をした緩やかな雰囲気を持つ女だった。外見は若いが相応の年齢ではないのだろう、ふとセレスティはそう思った。自らも長い時間を経てきているからこそわかる感覚だったのかもしれない。
「私に何かご用ですか？」
女は言った。肉体が伝える音ではないが、その声音は深く優しい。
「はい。キミには私の助力が必要ではないですか？」
「さあぁ‥‥どうなのでしょう？」
セレスティの言葉に女は首をかしげた。遠い記憶を辿る様に視線が彼方へとさまよう。
「思い出せませんか？」
ガラス細工の様に儚く美しい容姿をしたセレスティが淡く微笑む。この微笑に魅了されない者はいない。けれど女の反応は鈍かった。生きた肉体を持ったまま魂が分離してしまっているということは、長い夢を見ている様な状態なのかもしれない。女は焦点の微妙にずれた視線のまま困った様に笑った。
「何も考えられないのです。どうしたらいいのか、どうするべきなのか‥‥なんにも思い浮かばなくて、ただここで街の景色をみていましたの」
夏の熱い風がセレスティと女の髪の先を揺らす。セレスティはもう少しだけ車椅子を手すりに近づけた。渋谷の街が表通りのビルとビルの隙間から少しだけ見える。ひっきりなしに人々が歩いていた。この場所とはまるで別次元であるかのようだ。あの雑踏の中でたくましく生きるよりも、一歩引いた場所から傍観する者でいたいのだろうか。
「そうですか‥‥景色を見ていると気分が良いですか？」
「えぇ。なんとなくこのままずっと見ていたくて、それでこの場所から離れられなくなってしまいました。これはいけない事なのでしょうか？」
女は感情のこもらない声で言った。
「いいえ。私は罰する者ではありません」
セレスティは女の顔をもう一度じっと見つめた。目の前にいるのは、水の流れを体内に感じる事の出来ない魂だけの存在。
「私にはキミはもう充分に人間として生きてきた、そんな風に感じている様な気がします。だからもし、キミがもう一度人間として生きる事を億劫だと感じるのなら、別の選択をする事も出来ます」
「人間を辞める‥‥？」
「そう。人間ではない存在に変わる事も出来るのです」
女はにっこりと笑った。視線がはっきりとセレスティを捉える。
「鳥に‥‥高い空を飛ぶ鳥になりたいわ」
女は笑ったまま空を見上げた。
「辛いとき悲しい時、いつも空を見上げていたような気がする。その空を行く鳥の姿に心を慰められた気がするのです。だから、もし違うものになれるのなら、私は鳥になりたい。真っ白な大きな翼を持つ鳥に‥‥」
女はうっとりと言葉を続ける。それはありふれた月並といっていい程の希望だった。
「本当にその選択で良いのですか？」
セレスティはゆっくりと慎重に尋ねた。しかし女はすぐにうなづく。
「わかりました。キミの選択はなされた」
セレスティの言葉は神託を披露する予知者の様に荘厳だった。
●履行
非常階段からビルにはいると、まだそこにあの『謎の男』がいた。
「無事に最初の仕事が終わったようだな」
無言でうなづき、男の横を通って階段へと向かう。セレスティは男の言葉には応えず内ポケットから携帯電話出し迎えを呼んだ。廃ビル同然のありさまではライフラインは多分途絶えてしまっているだろう。車椅子のまま自力を脱出するのは難しい。
「他人の人生に大きく関与するとなると、やはり慎重にならざるを得ません。私はもっとあの人の意識がはっきりとしてくるまで時間をかけるべきだったのかもしれません」
セレスティは唇の端に苦い笑みを浮かべる。後悔ではないが自分が最善を尽くしたのかどうか自信が揺らぐ。
「どうだかな。決める時ってのが来れば人は結構即決ってのをするもんかもしれない」
男がつぶやく。既に結果は出ていた。女の選択にやり直しはきかない。
「そう‥‥そうかもしれませんね」
繊細なレースのハンケチで額に浮かんだ汗をぬぐう。女の魂はもう扉一つで隔てられたビルの屋上にはない。不要となった肉体を捨て、高い空を飛ぶために白い大きな翼を得た。
「‥‥いい経験をさせていただきました」
セレスティは男に向かって優雅に会釈した。階段の下の方から部下達だろう複数の足音が小さく聞こえ始めていた。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ タイプ ／ ＥＸＰ】
【3356 ／シオン・レ・ハイ／男／環境適応型／導魂師ポイント１】
【1883 ／ セレスティ・カーニンガム／男／自己解決型／導魂師ポイント１】
【3489 ／橘・百華／女／共鳴者型／導魂師ポイント１】
【3626 ／冷泉院・蓮生／男／決裁者型／導魂師ポイント１】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
このたびは導魂師へ志願していただきありがとうございます。初仕事はいかがでしたでしょうか？ また依頼をいただきセレスティさんを描写することが出来まして、大変光栄に思います。のんびりライターではございますが、機会がありましたら導魂師ポイントを貯めてレベルアップしてください。ご参加ありがとうございました。
|
|
 |
