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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


■魔法使いが望むこと■

  魔法使いにおっちょこちょこいは、つきものというものです。
 そして、学校で虐めにあっていたり内気すぎたりする生徒に、そんな不思議な力が宿るというのも、定番なのです。
 これは、そんな「定番」のひとつの物語。

「えー、だからしてここにyを代入するとだな」
 数学教師がそう言った途端、持っていたチョークが突然真っ白な花の小さな花束にボワンッという音を立てて変化した。
 今更、彼は驚かない。驚かない、が。
「樹・桃緑(いつき・ももみ)! 魔法は学校内では禁止と何度言ったら分かる! 廊下に正座!」
「は、はいっ……」
 真っ赤になってしおしおと立ち上がり、クスクスという笑い声を背に、肩までの黒い髪の毛を二つに縛った女生徒は、からりと扉を開けて廊下に正座した。
 1−Cの樹・桃緑といったらちょっとした有名人だった。
 なんでも、ちょっとした魔法が使えるのに、その魔法はコントロールもきかず本人の思うようにもいかず、「ただの役立たず」なのだ。
 だが、何故か最近頻繁に彼女は魔法を使うようになった。何をしたいのか、誰にも絶対に話してくれない。内気に頑固もつきものだな、と誰かがつけたしたが、桃緑にはそんなことも気にならないようだった。
 桃緑は、授業が終わるとまたいつものように屋上、タンクの裏のほうの誰からも見えないところから、遥か遠くのどこか一点を見て、ぐすっと泣きかけては唇をかみしめ、涙を堪える。
「まっててね、絶対絶対、満月には間に合わせるから……!」



■魔法の粉・ひとさじ■

 屋上は、結構広い。
 その屋上で昼食を食べよう、と双子の妹であり2年C組の同級生でもある宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)を誘い、言い出したのは姉の天薙・さくら(あまなぎ・さくら)だった。
 彼女達は、今目下話題の渦中の人物、樹・桃緑と面識があったので、それぞれ心配していた。
「桃緑さんのことは、色々伺っているから気にはしていたのですけど」
 どこか、もっと人気のない場所をと妹と探しながら、さくら。
「このところ何か思い詰めた感じなので心配してしまって……」
「ここにしましょう、姉さん」
 丁度よく、タンクに程よく近い場所が空いている。さくらは頷き、座ってお弁当を広げようとしながらも、
「本当に、最近の桃緑さんはどうしてしまったのでしょう」
 と呟くように言ったのを、聞きつけた者がいる。
「あの、えーと……すみません」
 声をかけてきたのは、黒髪に青い瞳の、多分上級生だろう、男子生徒だった。
「その……桃緑さんの件で、私も少々気にかかっていたのですが、こちらで昼食を取ろうとしていたところ、桃緑さんのお名前が出てきたものですから……つい声をかけてしまいました。ご迷惑でしたらすみません」
 聴くと、3年C組の生徒、名はシオン・レ・ハイだという。随分腰の低い上級生である。
 そして、もう一人会話を聞いていた人物がいた。
「僕も……気になってたんだ……屋上ってよく来るし」
 彼女独特の言い方なのだろう、2年B組所属の青砥・凛(あおと・りん)は、そう言ってシオンの隣に腰を降ろす。
「お二人はお昼はまだなんですよね?」
 綾霞が尋ねると、シオンと凛はこくんと頷く。
 だが、シオンは張り切って自分のお弁当を広げてみせたものだ。
 ───一瞬、他三人の視線が凍る。
「これは……また見事ですわ」
 ホホ、と上品な笑みに冷や汗を浮かべるさくらに、
「そ、そうね。ホントに見事な───」
 と、双子ならではのツーカーをする綾霞。
 だが、
「……見事な日の丸弁当だね」
 凛の言葉に、その場の空気が再び凍りついた。一瞬後、シオンがさめざめと泣き出す。
「これでも、少し余裕のある時は購買部でパンを買ったりしているんですっ!」
「僕のお弁当分けようか……? 相棒が作ったものだけど」
 そんなやり取りをとても聴いていられなかったのだろう、さくらがにっこりと微笑んだ。
「私、数人分のお弁当を丁度持ってきていますので、よろしければ皆さんで召し上がりませんか?」
 シオンが、その豪華なお弁当を見て感動にむせび泣いたのは言うまでもない。



 お弁当を皆で食べながら、樹・桃緑の話をした。
「私は、よく授業中にヨーヨー……ほら、あのお祭りのヨーヨーです。あれを売ったり、居眠りしたりお弁当を食べたりしてよく廊下にバケツ持たされて立たされるんですけど」
 と、ゆっくり味わって食べながら、シオン。
「教室移動中に、よく桃緑さんも廊下に正座をさせられているところを、最近目にするので、気になっていたんです」
 というより、親近感ですね、と言う。
「僕も……似たようなものかな……授業中にそんなことはしないけど、桃緑さんのことが気になって、屋上に来てみた……」
 と、凛。
 さくらと綾霞は、桃緑と直接面識があるようだった。
「出来ればお力になってあげられればと思うのですが……様子から見て、機会を見た方が良いかと、少しの間成り行きを見守っていました」
 そこで、屋上によくいるようだからと、お手製のお弁当を持ってこうして妹とやってきたというわけである。
 その妹、綾霞のほうは、
「姉さんは困ってそうな人を放っておけない人だから仕方ないけど、私も面識のありますので気になるところだったんです」
 桃緑との出会いも、この屋上で姉と一緒に昼食をとろうとしていてバッタリと、だったという。
「元々内気な感じに頑なさが加わって、姉さん程でないにしろ心配してます」
 そう言うと、食べていたシオンが自分専用にいつも持ち歩いているお箸をふと置いた。
「もしかしてこの数人分のお弁当……桃緑さんのためだったとかですか?」
 さくらは微笑む。
「即席昼食会に、なんとか桃緑さんを呼べないかと思いまして」
 凛も食べる手を止め、さくらと綾霞とを見た。
「いつも最近よく屋上にいるんだよね……? さり気なく呼んでこようか」
「でも、そう簡単に呼べるでしょうか。少し心配です」
 綾霞が言い、さくらが補足する。
「決行するなら、面識のある私達のほうがいいかもしれません。このお弁当、埃が入ったりしないように見ていて頂けますか?」
 確かに、そうかもしれない。
 シオンと凛は頷き、綾霞とさくらが立ち上がった時、ちょうどよくタンクの後ろにいたらしい桃緑が出てくるところだった。
 これまた丁度よく、風向きが変わる。
「あっ」
 さもその悪戯風にさらわれたように、ハンカチを落とすさくら。桃緑の足元に、うまく風が運んでいってくれた。桃緑がまずハンカチに気付いて拾い、次に、歩いてくる双子の姉妹に気付いて慌ててお辞儀をした。
「天薙先輩、宮小路先輩、ご無沙汰してますっ……」
 内気な後輩の丁寧な挨拶に対し、姉妹は優しく笑いかけた。
「ハンカチ、拾ってくれてありがとう。桃緑さん、お昼は食べました?」
 ハンカチを返しながら、いえ、と返事をする桃緑に、さくらは誘った。
「私達、昼食会をしているんです。よろしければご一緒しません?」
 さくらの微笑みに、桃緑は、おずおずと頷いた。
 桃緑を連れてさくらと綾霞が来ると、今度こそ皆の箸が動き始める。
 何気ない話をしたりしていたが、シオンの、
「私はよく廊下に立たされまして……」
 のくだりで、桃緑はふと箸を止めた。
「え、えと……わたしもです。あ、立たされているわけじゃなくて、正座させられてるんですけど……」
 そこで、言いにくそうに口篭る。凛が、自分の持ってきていたお茶を出し、差し出すと、「ありがとうございます」と緊張した手で受け取った。
「廊下にバケツで立ってろって怒鳴られる時はやっぱり焦るんですけど、何故かいつも同じことを繰り返してしまうんですよね」
 シオンが、苦笑するように言うと、今まで黙々としてきた綾霞が口を開いた。
「焦りや思い詰めると力は不安定になり制御が難しくなります。まずは落ち着いた心で目的をしっかりと見据える事です」
 誰にともなく、言ったらしい。
「……そうだね」
 凛が、同意する。この件とは別に、何か思い当たることもあったのかもしれない。
「わたしは……焦りばっかりです」
 ことん、と桃緑はお茶を置く。
「もう日が足りないって分かってるから、つい焦って、でもそうすると魔法が全然うまくいかなくって」
 ふるふる、と桃緑の手が彼女自身の膝の上で握られ震えているのに気付いた凛が、尋ねた。
「君は……どうして魔法使いになったの……僕は……君になにか目的があるんじゃないかと……そう思うんだけど……」
 ぴくりと、その手が止まる。
 次の瞬間、桃緑はひっくひっくと泣き出した。同時に、屋上のあちこちで昼食を楽しんでいた生徒達の弁当箱やらその中身やらが、どんどん色とりどりの花に変わっていく。
「魔法使いになったんじゃなくて、最初から持ってたんです。なのに、わたしの魔法使いを助けてもあげられないなんて、わたしの魔法は駄目なんです、役立たずなだけなんです」
 どうやら事情が見えてきた。さくらと綾霞は自然、互いに視線を交し合う。
 しゃくりあげる桃緑に、シオンが優しく声をかける。
「魔法が使えるなんて、すごいですよ。私なんて下手な手品しかできませんし」
「でも、でも」
「ね、桃緑さん?」
 さくらがやんわりと声をかける。
「私は魔法使いではありませんが、それに近い事は出来ますから良ければお力になりますよ。一人の力で無理でも、こうして2人3人とと寄れば何とかなるかもしれませんよ」
 泣きやみかけた桃緑に、綾霞がとどめとばかりに言った。
「精神面・心構えのコーチなら姉さんとでお手伝いしましょうか?」
 本当ですか、と小さく尋ねてくる桃緑に、4人はほぼ同時に頷く。すると桃緑は身を乗り出し、真相を言ったのだった。
「わたしの魔法は生まれたときからずっとあったそうです。でも、皆コワがって……それでも、あの丘の向こう、柵をこえた古い一軒家のおじいさんだけは、わたしのこととっても可愛がってくれました。そのおじいさんも、昔は魔法使いだったって、でも今は殆ど使えないんだって……でもそのおじいさん、今でも不思議なものは見えるんです、妖精とかいろいろ。それで」
 桃緑は一度区切り、また、はらはらと涙を零した。
「この前、聞いたんです。おじいさんから……。おじいさん、死神がついにきた、満月に自分の魂は刈り取られるって」
 4人は一様に驚き、互いの顔を見合わせ、再び桃緑に視線を戻す。
「魔法なら、きっと治せます……おじいさん、昔、引っ越していく前お友達だった子の犬が死に掛けてたのも治してたから、魔法使えなくなったって、それくらいの力が残ってたんです。わたしにだって、おじいさんの命救えます。わたしがなんでこんな役立たずの魔法持ったか、それはわたしだけの魔法使いのおじいさんの命を救うためです……!」
 暫く沈黙が続き、桃緑もまた黙りこくっていたが、やがてさくらが口を開いた。
「約束ですし、私と綾霞はお手伝いしますわ」
 続いて、
「僕も……。やれること、少ないかもしれないけど」
 凛。そして、シオンも、
「無論私もです」
 涙を流しながら言った。
 こうして、放課後を使った「桃緑の魔法訓練」チームが結成されたのだ。
 ───が。


■コーチ・シオン■

「さあ桃緑さん、今ならこの音楽室には誰もいません。手を使わずにピアノを弾いてみてください」
 いきなり高度なことかもしれなかったが、シオンには名案に思えた。
「あ、あの……」
 桃緑は、なにやら言い難そうにしている。コーチであるシオンは、尋ねてみた。
「なんでしょう?」
「足でなら、なんとか弾けそうな気がするんですが……」
「そぉんな根性でどうしますっ」
 パシリ、と、即効で作った薄い紙のハリセンが柔らかくグランドピアノの蓋を叩く。ハリセンを持ったコーチも今時なかなかいないと思うが。
「私なんか……こんな下手な手品しかできないのにっ」
 そしたシオンは、どこからかパンを取り出してみせた。わあ、と桃緑の瞳が見開かれる。
「すごいすごい、シオンさんすごいです……!」
 そんな桃緑が微笑ましく、シオンは椅子に座り、月光の曲を弾き始めた。
「あ……この曲、どこかで……」
 そう桃緑が言った時、ガラリと音楽室の扉が開く。シオンがコーチの間、桃緑の邪魔をしないよう見張っていた他三人だった。
「きましたわ」
 さくらの声に続き、遠くのほうから複数の足音と共に、
「樹桃緑の魔法を阻止する我らを止めるべからず!」
 額に「禁魔法軍」と赤い字で書かれた鉢巻をした集団が、こちらに向かってやってくる。桃緑はひいいと飛び上がった───瞬間、ピアノの鍵盤が全て花弁に変わった。
「何故今頃魔法を……しかも私は弾いてみてくださいと」
「小言は後。逃げますよ」
 綾霞に首根っこを掴まれるシオン。桃緑のほうは凛が手を掴んで走る。殿はさくらで、
「今時魔法を排斥しようとするなんて、前時代的ですわね」
 と、にこやかに何かを放る。
 桃緑にコーチがついたと知った途端、今まで桃緑の「被害」にあっていた生徒のうちの十数名が団結を組んだのだ。
 その「禁魔法軍」の一番前列に、何かが落ちる。野球のボールほどの玉だった。
「えっ煙幕か催涙だっ逃げろ!」
 来た時の倍の速さで逃げていく「禁魔法軍」達。
 ころころと転がった玉はピタリと止まっただけで、しーんとしている。さくらは満足そうに、それを取り上げた。
「ただの野球ボールに白ペンキを塗ったものなのに、ヘンに知識がついている輩が相手にするのは少々物足りませんわね」
 そして、桃緑達の後を追った。


■凛の意見■

「……コーチじゃなくて、僕は全面的に魔法そのもののバックアップしてあげたほうがいいと思うんだけど」
 飼育場まで逃げ切ると、いきなりコーチの座を降りた凛に、桃緑をはじめとした「魔法訓練」チーム員達はガクッと重心を失いかけた。
「そ、それじゃ、わたしの魔法はいつまで経っても……!」
 桃緑の涙の言葉に、凛は無表情のまま、後ろ手に隠し持っていた冷たい缶ジュースを彼女の頬に当てる。
「きゃあっ!」
 冷たさに桃緑が飛び上がったのと同時に、その場にいた動物達の身体が全て花柄になる。
「……ね」
 凛が、他三人に視線を向ける。彼らはハッとしたようだった。ただひとり、桃緑だけは分かっていないようだったが───。
「……桃緑さんは気付いていないのね」
 綾霞が、確認するように桃緑の前に立つ。小首を傾げる彼女に、綾霞は告げた。
「桃緑さん、あなたの魔法って、全部花に関することなんです。思い返してみてください。コントロールできた魔法、できなかった魔法、今まであなたの記憶に、花にならなかったものや花柄にならなかったものなどはありましたか?」
 ハッとし、見る見るうちに蒼褪めていく、桃緑。
「それじゃ───」
 ぺたんとしゃがみこむ。
「わたしは、わたしの支えになってきてくれたひとを、死ぬって分かっててそのままでいるしかないんですね……」
 泣きじゃくる桃緑の周囲に集まり、元コーチ4人はひそひそと何か相談し始めた。
「つまり……」
「では、そのおじいさんに一度?」
「そうでなければ……」
「ですわね……」
 凛とシオン、そして綾霞とさくらは、同時に桃緑を見下ろす。
「……?」
 4人に見つめられておどおどしている桃緑に、シオンが言った。
「桃緑さん、そのおじいさんのところに連れていってくれませんか?」
「え……?」
「お話がしたいのです。桃緑さんの純粋な心を今まで受け止めてくれた、その桃緑さんだけの魔法使いさんと」
 さくらが微笑む。
 桃緑は、力なく立ち上がった。
「いいです、けど……」
 そして、出始めた月を哀しそうに見上げる。
「……満月って、明日です、よ……」
 ハッとした一同は、だが、何も言えず、ただ、今自分達が相談したことを実行するしかない、と一種の賭けのようなものに出ることを決意したのだった。


■さくらと綾霞の連携■

 老人は、ベッドに横になっていた。
 家はとても古く、あちこちから隙間風も入ってくるほどだった。冬にはさぞかし寒かろう。
「すまんの。せっかく桃緑が珍しく友達を連れてきてくれたというのに、なんのもてなしもできんで」
 掠れる声でそう言う老人の瞳は、優しさに満ちていた。
「いいえ、こちらが勝手に押しかけたようなものですから」
 と、見舞いの果物をテーブルの上に置きながら、微笑んで、さくら。
「それで……用というのはなんだね。わしにはあまり、もう時間が残されておらん……」
 頷き、今度は綾霞が口を開く。
「実は、桃緑さんがおじいさんにどうしても見せてあげたい魔法があるというので、私達も見学に肖りにきたのです」
「ほう……桃緑が?」
 老人の瞳が、微かに嬉しげな色を浮かべたのを見て、綾霞はさくらに目配せし、さくらが扉を開けると桃緑が立っていた。
 手には、たくさんの花束を持っている。その後ろには凛とシオンもいたのだが、老人の老いた瞳にその顔立ちまでハッキリ見えたかどうか───。
「準備、おっけーです」
 ぎこちなく桃緑がそう言うと、さくらと綾霞は再度頷き、老人を見た。
「おじいさん、見てください。桃緑さんの一世一代の大魔法ですわ」
 そのさくらの言葉と共に、桃緑は天井に向けて両手を挙げた。
 途端、ユニコーンや妖精が現れ、果ては天井が夜空になって星空が瞬いた。
 老人は目をぱちくりさせていたが、やがて自力でよろよろと起き上がり、
「おお、あれはわしが昔若かった頃、少しの間生活を共にしたユニコーン。妖精のリラもいる。それになんと美しい……こんな星空、わしが少年時代の頃にしかなかった……」
 しばらくの間、その夢のような時間は続いた。そして、桃緑が力尽きて両手をさげ、膝を床についたと同時に一瞬のうちに消え去った。だが、老人は満足のようだった。
 そして、またベッドに身を沈め───言った。
「桃緑だけの力じゃないだろう」
 その言葉に、一同は息を呑み、観念したようにさくらが丁寧に謝罪した。
「わたしと綾霞の霊力を桃緑さんにくわえ、バックアップしてさしあげたのです。お赦し下さい」
 姉に続き、
「ですが、この魔法が桃緑さんだけのものでないとお分かりになったのは、やはり」
 綾霞が、言う。
「桃緑さんの魔法を全て花に関係したことしか出来ないようになさったのは、あなたでしたのね」
 老人は、何も言わない。ただ一人、びっくりしているのはまだ両手に花束を抱えている桃緑である。
「そう───この子はちゃんと手をかけ、少し訓練してやれば、それは大した魔法使いになれただろう。だが……わしはそんな道はこの子に向かんと思うたのじゃ」
「どう、してですか」
 桃緑が花束も放り出し、老人に縋りつく。
「おじいちゃん、どうして……!? ちゃんとした魔法使いなら、おじいちゃんみたく、誰かの命を助けることだってできるのに……! わたしはおじいちゃんを助けたいのに……!」
「桃緑には、花が一番似合う」
 老人は優しい瞳で桃緑の頬をそっと撫でた。
「死神に刈られるのも全ての魂の理。無理に甦らせても、また死が待つだけじゃ」
 わしはもう充分に生きた、と老人は悟った瞳で言う。
 誰も、口を挟めない───それは、老人の選んだ道。


■最期に望むもの■

 翌日、心配していたが、桃緑はちゃんと学校に来た。目は、泣き腫らしてはいたけれども。
「今夜、おじいちゃんのうちに行こうと思うんです……」
 昼食時、またまたさくらお手製のお弁当のお相伴に預かりながら皆で話していると、ずっと黙りこくっていた桃緑がそう言った。
「みとってあげるくらい、しても……いいと、思って……」
 4人は顔を見合わせ、同時に頷く。
「私達も行かせて頂いてもよろしいかしら」
 と、さくら。
「私も行かせてください、おじいさんのこと私も大好きになりましたから」
 涙を堪えつつ、シオン。
「桃緑さん一人じゃ心配なのです」
 真剣な面持ちで、綾霞。
「心配なんだ……何かしでかしそうで」
 オチを決めたのは、凛だった。
「りっりっ凛さん」
 せっかく団結力の出るいいシーンだったのにとシオンが泣くと、凛は言う。
「死に立ち会うってことは死神とも会えるかもしれない……桃緑さんなら……」
 ハッとする、シオン。さくらと綾霞も、同じことを案じていた。
「死神に何か危害でも加えたら、桃緑さんのほうが危なくなったりするかもしれませんから」
 綾霞が、頼もしそうな微笑みを浮かべると、桃緑は観念したように、また、頷いた。



 夜も更け、満月が冴え冴えと空に輝いている。
 古い一軒家では、死神が今まさに、老人の魂を刈り取ろうとしていた。
 何故こんな急に眠くなるのかと疑問をそれぞれ抱きつつも、床や椅子などでシオンと凛、さくらと綾霞、そして桃緑が眠っている。彼女らを見ながら、老人は死神に向け、片手を挙げた。
「確か、わしは善行を行ったからと、最期にひとつだけ望みが叶うのだったな」
 こくり、黒ずくめに、フードを目深にかぶった男───死神が、頷く。
「それでは、叶えてくれ。わしの望みは───」



 その夜、全員が不思議な夢を見た。
 まるで現実のように空を切り、皆で夜空を飛んでいる。空から見る眺めはそれはそれは形容に変え難いほどに素晴らしく、驚いた桃緑が散らした花吹雪と共に皆は空を自由に舞った。
 翌朝、老人が亡くなっていたことにはかなりの哀しみがあったが、桃緑は泣きながらも受け入れたようだった。



「あれは夢だったんですかねえ」
 シオンが、自分の日の丸弁当を食べながら独り呟いていると、後ろからトン、と肩を叩かれ振り向くと凛がいた。
「あれって……?」
「それが、空を飛ぶ物凄くリアルな夢を見まして」
「あら、私達もですわ」
 更に背後から、さくらが綾霞と共にやってきた。
「そちらのお弁当もよろしいですが、せっかくですし、またお弁当をご一緒に如何ですか?」
 綾霞が誘うと、シオンも凛も嬉々として頷き、「昼食会」が始まった。
「私達は、双子特有で同じ夢を見たのかとも思ったのですけれど」
 と、さくら。
「どうやら……皆、同じ夢を……見てたみたいだね……」
 凛が、結論付ける。
「夢と定義づけるのも早いと思います」
 綾霞が、微笑しながらバッグから取り出したのは、一袋分の、未だ瑞々しさを保つ美しい薄いピンク色の花弁の山。
「私達が起きた時、床に散らばっていたのを拾ってきたんですわ、綾霞が」
 さくらが言うと、「じゃあ」と、シオン。
「夢じゃなかったってことですか? これは確かに、私が皆さんと夢の中で一緒に舞った桃緑さんのあの花弁……」
「きっと……おじいさんが死神にお願い事でもしたんだろうね……」
 と、無表情はかわりなかったが、凛。
 その時、「わたしも……そう思います」と、勇気を振り絞った感じの声がして4人は振り向いた。
 そこには、お弁当の包みを持った桃緑が、如何にも心臓が飛び跳ねていると顔色で報せながら立っている。
「わたし、小さな頃から……ずっと、空を飛んでみたいなんて言っていて……だから、だと思います……」
 桃緑が言うと、その更に背後から、この学校の生徒会長がやってきた。真っ直ぐに、自分達に向かってくる。
「昨夜、空を飛んでたのはキミ達?」
 繭神・陽一郎(まゆがみ・よういちろう)に尋ねられ、ドキリとしたのは桃緑だけではないだろう。
 そうか、まったくの真夜中というわけでもなかったのだから、誰かに見られていても不思議ではないのだ。
「そう……魔法使いなのか、キミは。いいね、能力を持っているのは」
 屈託のない笑顔を繭神はそうして見せてから、徐に一つの不思議な石を取り出してみせた。
「例えば……何かをこの石と全く同じものに変える、とかできる能力の人はいない?」
 シオンと凛、さくらと綾霞は思わず顔を見合わせる。一応上級生のシオンが、他の皆を護るように、少し強い口調で言った。
「残念ですが……私達の中には、そういった能力を持った人間はいません」
 何よりも、桃緑が怯え始めていることが気懸かりだった。ただでさえ、ただひとつの拠り所だった老人を───自分ひとりだけの魔法使いを亡くしたばかりだというのに。
 繭神は、
「そう。昼食中、すまなかった。もしこれと似た石でもいい、あったら、すぐ報せてほしい。コレクションでね」
 言って、返事も聞かずに屋上から姿を消した。
「大丈夫ですか? 桃緑さん」
 さくらの気遣いに、桃緑はぺたんと座り込む。
「駄目です、わたしは……せっかく、勇気を出して、今日は自分から、皆さんとお食事をと思ったのに……言えなくて……おじいちゃんも救えなくて……わたしの魔法は、本当に意味がないです……」
 ぽつりと落ちる涙が、それと同じ大きさの花に変わる。
「……そんなこと、ないよ」
 凛がそれを拾いながら、言う。
「あのね……なんでおじいさんが、桃緑さんの魔法を……花関係にばかりにしか効果がないのかって、ずっと考えてた」
 そうです、と、シオンも思い出したように言う。
 さくらと綾霞が視線を交わし、綾霞が一枚の古びた封筒を桃緑に差し出した。
「……?」
 疑問に思いながら受け取る桃緑に、さくらが説明する。
「桃緑さんは、おじいさんが亡くなったのを知ってすぐにあのお家を出たから、かわりに私達が神父さんから預かっていたのです。おじいさんの遺言のひとつに、この封筒をあなたに、ということだったらしいですわ」
「神父さん……? おじいちゃんと仲のよかった神父さん……」
 桃緑は封筒を丁寧に開け、中の一枚だけの紙片を見た途端、泣きじゃくった。

『桃緑 女の子には花が一番似合う。女の子に一番効く魔法は 花そのものなのだ』

 その一文だけが、書かれてあった。
「大魔法使い、だったんですね。あの人は」
 シオンも涙を流しては袖で拭いつつ、言う。
「ええ。でなければ、桃緑さんの魔法を全て花関係になんて大きなことが出来るはずがありませんものね」
 そっと、桃緑の背を撫でて微笑みながら、さくら。
「魔法は勇気のエッセンス……にすぎないって……どっかの本で読んだことがある……」
 凛が体育座りでどこかを見つめながら、言う。
「この花弁、なんだか絶対に枯れそうにありませんね」
 袋の中の輝かんばかりの生きた花弁を見下ろして、綾霞もまた微笑む。
「皆で分けましょう。桃緑さん、いいですか?」
 シオンが尋ねると、桃緑はこくんと頷き、それからまた緊張したように、背筋を伸ばした。
 等分に分け始めた綾霞とさくら、凛とシオンに、一生懸命の言葉を。
 勇気の、魔法の第一歩の言葉を。
「わたしと」
 4人が、それぞれに振り返る。
「わたしと……一緒に、お昼してください……!」
 真っ赤になって言った桃緑に、4人は笑いかける。綾霞が、「はい」と、さっきよりも小さな袋に入れた花弁の山を渡した。
「桃緑さんの分ですよ」
 シオンがにこにこと言うと、「あっありがとう、ございます……そ、それでその、お昼は……」とますます真っ赤になる桃緑に、
「喜んで」
 と、声を揃えて言う4人だった。
 その後、この小さな魔法使いが一世一代の勇気を出した末、学校の校舎が花柄になった後始末を知る者は、誰もいない。




《完》






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/3年C組
3636/青砥・凛 (あおと・りん)/女性/2年B組
2336/天薙・さくら (あまなぎ・さくら)/女性/2年C組
2335/宮小路・綾霞 (みやこうじ・あやか)/女性/2年C組






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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、幻影学園でのわたしの幾つ目かのノベルになるのですが、全体的なわたし自身のノベルと総合しても、殆どないほどのほのぼの系になりました。皆様がとても素晴らしいプレイングを書いてきてくださったので、できたことです。改めて、感謝致します。今回は魔法使いが望むものはなんだろう、そもそも魔法ってどこから来るんだろうと考えてオープニングが出来上がったのですが、わたしの出した結論のひとつが今回のノベルという形になりました。
因みに今回は、個別ではなく、統一させて頂きました。おかげでいつものわたしのノベルより多少長くなってしまった感がありますが、お赦し下さいませ;

■シオン・レ・ハイ様:連続のご参加、有難うございますv プレイングで少し笑ってしまったところがあったので、早速使わせていただきました。シオンさんは本当は、あまり泣かない方だと思うのですが、真相は如何なるものなのでしょう?
■青砥・凛様:初のご参加、有難うございますv 凛さんは会話に少し間を置くように心がけたのですが、もしイメージと違っていましたらすみません; それと、性格を少し使わせて頂きまして、ボケツッコミで言うところの「ボケ」役とさせて頂きましたが、こちらも思惑と違っておりましたら申し訳ありませんです。
■天薙・さくら様:初のご参加、有難うございますv 双子でご参加ということでしたので、妹さんともっと何か連係プレイをと考えていたのですが、中々思うように書けず、せっかくの連係プレイの「桃緑のバックアップ」もうまく描写することが出来なかったと思います。すみません; ですが、昼食会というのは流石いいところをついてくださったと、物語の進行がしやすくなり、また楽しいものともなり、感謝しております。
■宮小路・綾霞様:初のご参加、有難うございますv 双子でのご参加、もう少し、「お姉さんが痛がったから自分も痛くなった」とかいう部分を書きたかったのですが、中々そんな危険な場面も出せないままに終わりました。次回がありましたら、是非書いてみたいとも思っております。口調や行動など、おかしい部分もあるかもしれませんが、お気に召されませんでしたらすみませんです;

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当に感謝しております。有難うございます。今回の「魔法使い」はわりと古めの魔法使いでしたが、わたしはこちらのほうも好きだったりします。皆様は如何でしたか?

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆