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<東京怪談ノベル(シングル)>


プレゼントへのささやかなプレゼント



 ……コツ、……コツ。
 人気のない真新しい屋敷の中に杖に頼りながらゆっくりと歩く男の姿があった。
 いや、真新しいよりというよりむしろ未完成というべきか、その屋敷はいまだ内装の手は入ってはいない。
 それでも、男の口には満足げな笑みが浮かんでいる。
 なぜならこの屋敷の建築は自らが仕切る財閥の一部門が担当している。信頼する部下達が、自分の期待を裏切るようなものを作ったことはいまだかつてない。ただ、自分の頭の中に描く完成予想図が現実のものとなっていくのを見守ればいいだけなのだ。
「後は内装工事が終わるのを待つばかりですね」
 そっと男は満足げに呟いた。
 男の名前はセレスティ・カーニンガム。世界有数の財閥、リンスターの頂点に立つ男であった。



 報告を受けたのは、つい数時間ほど前のこと。
 急ピッチでの作業を依頼していた屋敷の建設に一区切りがついたということだった。
 無論、事前にスケジュールなどは上がってきていたが、やはり天候に左右されてしまうものである。ある程度の遅れはセレスティも覚悟してはいたのだが、よもや遅れるどころか完成時期が早まるとは予想外であった。
 リンスターの総帥という立場につく自分が依頼したがゆえに無理をさせたのではないかと心配もしたのだが、それに対しては笑顔で否定されてしまった。
『現場にはセレスティ様のお名前は伏せてございます。にもかかわらず、気合の入りようはすごいものでした。
 洋館というものを作る機会自体が減っているせいかもしれませんね』
 自ら足を運び労いをしようと思っていたセレスティであったが、名前を出していないという事もあり固辞されてしまっていた。
 無駄に力が入ってしまう可能性があるので、せめてすべてが終わってからに……ということであったのだが。
「しかし、やはり……そういうわけにも行きませんね」
 実際に屋敷に足を運んでみて、やはりすぐにでも礼を言うべきだろうと考えを改める。
 現場の人間が今日は休みだと聞いたセレスティが、報告を受けたその足で屋敷を確認しに来るとそこには、自分が頭に思い描く屋敷そのままに再現された屋敷が建っていた。
 いや、予想以上とも言える。
 なぜなら、はじめて足を運んだはずであるにもかかわらず、ひどく懐かしい感じがしたからだ。
 実を言えば、この屋敷を立てるにあたりモデルにした屋敷がある。他ならない、今自分の住居となっている屋敷である。
 しかし、細部をまねたとはいえ、懐かしいと感じさせる程というのは相当なものだと、一人セレスティはうなずく。
『これなら、あの人も気に入ってくれるでしょう……』
 そうして、セレスティはこの屋敷の女主人となる一人の女性の姿を思い浮かべた。
 そう、ここはセレスティが最愛のその女性のために立てさせている屋敷なのである。
 それゆえに、この場所へは普段は車椅子を使用しているセレスティでも一人で足を運ぶ場所に作られているのだ。二人きりの逢瀬も楽しむ事が出来るように。
『さて、しかし、どのようにプレゼントするべきなのでしょう』
 登記簿を渡すなどとそんな無粋な事はしたくない。また、そんなことをしたらおそらくあの人は受け取ってはくれまい。
 何より、もっとうれしい驚きにしたいもの。
 セレスティは、白く繊細な指を顎先へと運ぶと思案をめぐらせはじめた。


「8歩、9歩、10歩……」
 一歩一歩、歩数を計りながら、セレスティはすべての部屋を回り始める。
 最初は重厚な玄関の扉を開けてすぐの吹き抜けのホール。高い天井は開放感があり、薄暗くなりがちな洋館の雰囲気を明るいものにしている。
 それから、またも歩数を数えながら客間となるはずの部屋へと移動した。
 客間をはじめとし、部屋数自体はこちらの屋敷の方が少なくなっている。来客が少ないと考えたためではない。あまり大きく広すぎる屋敷は、どこか空虚で淋しい感情を強めることがあるためだ。
 そんなものは、この屋敷の持ち主にはふさわしくない。
 ゆえに無駄な部屋等出来ぬよう、かといって必要な部屋が少なくならぬよう、部屋数も考え抜いて決めたのだ。
 衣装持ちである事を考慮してクローゼットを大きくしてあるなど、自分の屋敷と似ていながらも、あくまで違う建物。この家の主人となるものに最適になるよう考え抜かれた屋敷。
 その中の部屋をひとつひとつセレスティはじっくりとみてまわった。
 まわればまわるほどに完成度の高さを実感し、この屋敷に人が入るのが待ち遠しくなる。
 そして……最後の部屋にたどり着く。
 最後にたどり着いたのは広めの部屋。その部屋はすでに内装も完成し、家具の一部も運び込まれていた。
 そこにあるのは、ゆとりを考えての大きめのベッドであった。重厚でしっかりとした造りになっている。
 大き目とはいえ、セミダブルサイズなどではなくキングサイズベッドである。
 そう。ここは、二人で過ごしてさらに余裕が出来るように作られた寝室。
 セレスティは部屋へ足を踏み入れると、まだビニルの剥がされていないベッドマットにそっと手を添えた。
「……少し、大きくしすぎましたね」
 寝室ばかりは、二人で過ごす事を考えて大きめにしてしまった。逆を言えば、独り寝の時は淋しいのではなかろうか。
 今から変更すべきかわずかに逡巡したものの、淋しくなった時はいつでも自分を呼び出せばよい。そのために、自分ひとりでも通えるように作ったのだと思い直す。
 もっとも、遠慮して口になど出さないかもしれないのだが。それは自分自身で察して赴くようにすれば良いだけのことだ。
 この場所で二人の時間を過ごすためにも、早くあの人にプレゼントしたい……。
『そのために……』
 そっと、ベッドの死角に小さな銀色の金属を隠した。ここならベッドメイキングするために動かしたところで、見つかる事はないだろう。
「やはり、この部屋以外にはないでしょうしね」
 動きそうもないベッドの下に隠された小さな金属の存在を確かめるとセレスティは小さく微笑んだ。



 使い慣れたペン。白い便箋。
 自らの屋敷に戻った後、セレスティは自室で何通かの書面をしたためていた。
 財閥を取りまとめるものとしての仕事ではない。その証明に、口元にはたのしげな笑みが浮かんでいる。
 もし、誰かそこに書かれた内容を確かめるべく覗き込んだとしても一体何のことだか分からなかったであろう。
 なぜならそれは宝探しの暗号。幼い子供が遊ぶ宝探しのように、行く先を探す暗号。
 セレスティはそれらをしたためた便箋を封筒へとしまうと蜜蝋で封をした。後は、屋敷の完成後に隠せばいい。
 二人で屋敷を訪れて、プレゼントへの手紙をプレゼントしましょう。
 彼女はその屋敷が自分のものだと気付かずに、様々な部屋をめぐる。最後にたどり着いた先で、それが自分のものだと知った時、果たしてどんな表情をするのか……。
「……喜んでもらえればいいのですが」
 セレスティはそっと髪を掻きあげ、思いを馳せた。その時はまもなくやってくるだろう。
 屋敷の完成は、もう間近……。