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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


水の章:取り残されたモノ

●序章
 幻影学園の校門と駐輪場の間には晴れていても水たまりがある。雨上がりみたいにぬかるんでいて、そこを通る学生達はちょっとした不便を強いられている。さほど真剣に皆が困っているというわけではないが、原因究明されるといいと言う声もある。というわけでこの日、午後4時になる頃には泊まり込み覚悟の張り込みをしようという学生達が数名、学園に集まっていた。

●午後4時15分
 夏の終わりともなると午後4時は立派に夕暮れ時になる。あたりはまだ充分に明るいが、その光は昼の圧倒的な強烈さを失い柔らかい。いつもぬかるみが出来る『現場』も、昼の陽光に晒されたせいで今は干上がった湖の底の様にひび割れた地面を見せていた。
「現場のすぐ近くで見張りしてやってもいいぞ」
 鈴森・鎮(すずもり・しず)は宣言した通り、すぐ近くにある樹に登っていた。そこで手頃な枝を見つけると腰を下ろしてすわる。『現場』はすぐ眼下にあり、見張りをするには絶好の場所であった。
「おい、本当にそこでいいのか?」
 龍堂・玲於奈(りゅうどう・れおな)は樹の下から鎮に向かってやや大きな声で言う。
「そこにずっとじゃあちこち身体が痛くなるぞ。特に尻がね」
 玲於奈はにやりと笑う。彼女は防水性の高いスニーカーにタンクトップと短パンという、ラフな姿をしていた。そのまま海や山へレジャーに行きたくなるような服装だ。最もこの張り込みもレジャーなのかもしれない。
「痛くなったら別の場所に移動するさ。色々持ってきたしね」
 鎮は片手でナップサックを示して見せた。そこに張り込みグッズが入っているのだろう。玲於奈は自分も遊び道具の沢山詰まった鞄を片手でヒョイとあげて笑って見せた。
「じゃ後は待つだけだな」
 さっそく玲於奈は鞄からレジャーシートを取り出した。

●午後5時40分
 シュライン・エマ(しゅらいん・えま)は食堂のテーブルに座り、頬杖をついてぼんやり風景を見ていた。あの水たまりについて考えていたのだ。目の前には持参したお弁当がちょこんと置いてある。単車通学をしているシュラインにとって、『現場』の水たまりは有り難くはないものだった。いつも靴やタイヤが汚れてしまうからだ。
「そもそもあの水は捨てているものなのかしら‥‥それとも湧いているのか‥‥」
 まずは原因を解明すべきだとシュラインは思う。原因がわかれば自ずと対象法も見えてくるだろうからだ。
「とにかく、食べちゃおうかしら」
 シュラインはお弁当を包む布の結び目に手をかけた。

●午後7時05分
 プール脇をゆっくりと歩きながら、栄神・千影(さかがみ・ちかげ)は携帯電話を耳に当てていた。真っ暗な中に携帯電話が発する光がチカチカ揺れる。
「ママ様? 今日お友達の御家におとまりするの、いいでしょ?」
 どこか舌足らずで甘えた口調だ。会話をしながらも闇に輝く緑色の瞳はプールの水面を見つめていた。学園内で最も大きな水を湛えているのはここ、プールであったからだ。あの不思議な水たまりと関係があるのかもしれないと思う。千景は踊る様な緊迫感のない足取りでプール脇をゆっくりと進む。
「うん、別に怖くないよ。だって夜はあたしは領分だもの」
 千景はにっこり笑ってそう言うと携帯電話を切った。そしてもう一度プールを見つめる。今は異変は感じられない。
「他に水のある場所ってどこだろう?」
 可愛く小首を傾げると、普通の人間では出来ない軽快な身のこなしで闇の中を移動し始めた。

●午後10時35分
 鎮はすっかり飽きていた。ペットのくーちゃんとこっそり『秘密お菓子大パーティ』もやらかしたが、大量のお菓子は既に食べ尽してしまっていた。くーちゃんは大きなお菓子のゴミで1人遊びを展開しているが、見張りもしている鎮は遊びに没頭することが出来ない。これは余計にストレスが貯まる。
「いい加減、もう誰か出てきてなんかしないかなぁ?」
 ふてくされたままコロンと駐輪場のトタン屋根に転がる。ペコンという鈍い音と埃が立ちのぼった。あわてて起きあがるが時既に遅し。Tシャツの背中は校庭でスライディングしたかのように激しく汚れていた。
「げっ‥‥」
 自分で自分の家事仕事を増やしてしまったと思うと、思わず頭を抱えたくなった。

●午後10時40分
 飽きているのは鎮だけではない。シュラインは食堂を離れ駐輪場越しに『現場』がよく見える場所に移動してきていた。虫除けスプレーや懐中電灯など、夜の張り込みに必要な物はしっかり準備してきている。しかし今シュラインが一番頼りとしているのは自分の持つ繊細な感覚だった。特に聴覚‥‥音に関してはなにものも聞き漏らさないよう注意を払う。けれど集中力を持続させるのは辛い事だ。
「‥‥何にも起こらないとさすがにキツいわ」
 ゆっくりと息を吐き、首や肩のストレッチを2,3度やってみた。

●午後10時45分
 千景は校庭の水飲み場にきていた。蛇口はどれも閉まっていて水の漏れもない。
「どこか別の場所から運んでいるというわけではないのかしら?」
 夜目の効く千景の視界でも、不審なものはない。
「もう飽きちゃったわぁ」
 思いっきりの背伸びをすると、可愛らしく小さなあくびをした。

●午後10時50分
 玲於奈は『現場』に立っていた。まだ水はない。ひからびたままの地面だ。
「じれったいね」
 スニーカーが地面を蹴る。そろそろ露出の高い服装では寒さを感じる時刻だった。じっとしていると夜風が体温を奪っていく。いっそもう家に戻ってしまおうかとも思う。玲於奈の想像では、この張り込みはもうちょっと楽しい筈だったのだ。この先何が起ころうとも、現場の刑事や私立探偵にはなれそうにないと思った。

●午後11時00分
 その時だった。パシャーンと水の音が響いた。どこか高い所から沢山の水が地面に一気に降り注いだ時の様な音だ。皆一斉にその音の方へと走り出した。

●午後11時01分
 ただ1人動かなかったのは玲於奈だけだった。
「どうした!」
 駐輪場の屋根から鎮が叫ぶ。鎮とは別の方向から光が玲於奈を照らした。シュラインの懐中電灯だ。玲於奈はびしょぬれだった。健康的な長い黒髪から水の雫が地面へとたれている。
「誰かいるの?」
 千景は素早く樹を登った。鎮が夕方に登っていたあの樹だ。目を懲しても樹には誰もいない。
「頼む。誰かあかりをくれ。あたしの足元だ」
 玲於奈が慎重そうに言った。無言でシュラインが懐中電灯を調節する。
「‥‥げっ」
 鎮は服の汚れももはや構わず、玲於奈の足元へと顔を近づけた。なんと言っていいのだろう。どう説明していいのか言葉が見つからない。千景も樹の上からそれを見ると、すごい速さで駆け下りてきた。
「や、ど〜も。見つかっちゃいましたね」
 シュラインのかざす光に浮かぶのは、ちっちゃいちっちゃい親指程度の人間が30人ほど、即席の水たまりで泳いでいる光景だった。

●午後11時25分
 玲於奈は用意周到にも着替えを持ってきていた。
「そもそもさ、泥遊びをするつもりだったんだよ。だから着替えがあるのは当然だろ?」
 上から下まですっかり取り替えてさっぱりした玲於奈が戻ってくると、4人は尋問をはじめた。相手は親指ほどの爺さんが1人。他のちっちゃい人達は懐中電灯でライトアップされた水たまりで楽しんでいる様だ。
「もしよろしかったら詳しいお話を伺えないかしら?」
 丁寧なのにどこか冷たさを感じるシュラインの言葉が始まりだった。
「見ての通りだよ。今年の夏はちょ〜暑くてなぁ。とても我慢ならなくって毎日ここで夕涼みをしていたんだよ。なんぞ迷惑をかけたかの〜」
 真っ白い顎髭の親指大の爺さんは、統一性のないごちゃ混ぜの口調でそう言った。
「みんな不思議に思ってるんだよ。ここがいつもぬかるんでるからね。それこそ暑くて雨もないのにさ」
 玲於奈が腕を組みながら言った。
「儂らがむむむ〜っと念じると、まぁこれくらいの水は産む事が出来るんじゃよ。まぁ人間には出来ない事らしいから驚くのじゃろうがのぉ」
 爺さんは得意げに言う。その間も水たまりの方からは親指大の者達がきゃーきゃーと歓声をあげて水遊びに興じている。
「このままだったらそのうち、学園七不思議〜なんてなってしまうわよね」
 千景はちらちらと水たまりを気にしながら言った。小さい者達が動いているのを見ると、ついこづき回したくなるのだが、淑女らしくないし服が汚れてしまいそうなので我慢していた。
「爺さん達、捕まって売っぱらわれちまうぞ」
 やはり腕組みした鎮が難しそうな顔をして軽くうなづいた。
「そ、そいつは困りますなぁ。儂達はひっそりと幸せに暮らしていきたいだけなんですけどなぁ‥‥」
 緊迫感も悲壮感もない爺さんはのほほんと言った。
「いっそ今から捕まえてテレビに売りましょうか?」
 シュラインが言った。
「え? いいの?」
 千景の緑の目が喜悦に光る。
「お、俺も! 俺も捕まえるぞ。競争だ!」
 鎮が立ち上がった。
「え?」
 初めて爺さんの顔に狼狽が浮かぶ。けれど千景と鎮は既に獲物を狙う体勢に入っていた。

●午後11時45分
 鎮と千景の鼻先に水のカーテンが出来た。それは一瞬で消えてしまったが、それがなければ2人は水たまりに身を躍らせていただろう。そうなればどうなっていたか、それは青い顔をした爺さんが一番わかっていた様だった。
「お主ら、若いくせに恐ろしい‥‥この儂を脅すとは‥‥」
「ちゃんと話をしないからだよ」
 玲於奈がキツイ目で爺さんを見る。もっと冷たいシュラインの視線を浴び、爺さんは力なくうなだれた。
「やれやれ、生きにくい世の中になったものよ。夜は人のいないこんな場所でさえ、儂らの思うままにはならぬものか‥‥」
「ここはあんまり良くないのよ」
 屈託無く千景が言った。
「学生って結構詮索好きだし、時間もあるし。もっと違う場所に行ってみたらどう?」
「そんな都合のいい場所があるかのぉ?」
「あるわ」
「あるわね」
「ある」
「あるよ」
 皆が即答すると爺さんは身を乗り出した。

●午前3時10分
 一度家に戻った千景はすぐに学園に戻った。残っていた鎮が大きく手を振る。すぐにシュラインと玲於奈も戻って来た。
「わかった?」
 千景が言うとシュラインがうなづいた。
「リストアップしてきたわ。ここから好きな場所を選ぶと良いんじゃないかしら?」
 玲於奈は最寄りの施設の地図を持参していた。
「一番近いのはここだね。とりあえずここに移動して、それから選んでもいいんじゃないか? まぁここよりはどこも快適だろうよ」
 2人から紙を手渡されると、爺さんは嬉しそうにそれを抱えた。
「や〜これは助かります。何から何まで申し訳ない」
 爺さんは何度も頭を下げる。千景はにっこりと笑った。
 学校よりも安全な場所として提示した場所。それは色々な行政機関が作っただけで放置した施設の数々だった。
「ニュースも結構役に立つな」
 鎮は新聞をもう1社とってもいいかなぁと不意に思った。

●午前4時15分
 あたりに静けさが戻ってきた。先ほどと違うのは『現場』が水たまりになっている事だ。
けれどあれほど賑やかに遊んでいた親指ほどの大きさの人達はもういない。
「行っちゃったな」
 玲於奈は苦笑して言った。
「あんな奴らでも行っちまうとなんか寂しいな」
 それが偽る事のない鎮の心境だった。偉そうな爺さんだと思ったが、あっちから見ると普通の事なのかもしれないと思う。その意識は理解できた。
「この水たまりも明日からはなくなるのね」
 シュラインは黒く見える水を見下ろした。これからは愛するバイクが汚れる事もないだろう。
「みんな無事に行けたかなぁ? じゃ、あたしもう帰るね」
 ひらひらと手を振って、千景は校門を出て行った。

●午前6時
 どのチャンネルでも朝のニュースが放映される。昨日から今朝の未明にかけて起こった事件や天気予報、交通情報などが次々に伝えられる。常識で推し量れない奇怪な事件や現象はニュースになりにくい。だからもしかして、あの爺さんが率いる者達はまたどこかで騒ぎを起こしているのかもしれない。けれど、もうそれを知るすべはなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【2320/鈴森・鎮/男/1−A】
【0086/シュライン・エマ/女/2−A】
【3689/栄神・千影/女/1−B】
【0669/龍堂・玲於奈/女/3−C】
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■         ライター通信          ■
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 このたびはご参加いただきありがとうございます。ライターとしてこれからもより良いノベルをお届け出来るよう精進していきたいと思います。機会がありましたら、またご参加くださいますようお願いします。

・鎮様:くーちゃんと一緒だと『可愛い』の2乗って感じですね。お家に帰ったらTシャツを手洗いしているのかと思うと、いじらしい〜〜です。

・シュライン様:お久しぶりです。またご一緒出来て大変嬉しいです。毎回シュラインさんのCOOLなかっこよさが描けているかなぁってドキドキです。

・千影様:しなやかなで小悪魔みたいに綺麗な千景さんを表現出来ていたかなぁって心配です。本来の姿も美しいのでしょうね。

・玲於奈様:気っ風の良さを表現出来ていたでしょうか? 鞄の中にはもっと色々詰め込まれていたのでは、なんて想像して楽しませていただきました。