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人魚姫はプールがお好き?
1.
夏だ! プールだ!
「今度はラブリー水着で勝負だ!!」
海原(うなばら)みあおはプールサイドでそう叫んだ。
夏休みも後半のある日の午後である。
今日のみあおは気合十分だ。
宿題だって絵日記を残して終わったし、後は夏を満喫するのみ。
白いフリル付きの水着がいつもにも増してみあおのラブリーさを引き出してくれるだろう。
「みあお、なにを叫んでいるの?」
と、後ろから今日の保護者(?)である、姉のみそのが声をかけた。
「あ、お姉さ・・・!?」
振り返りざまにみあおは目を丸くした。
みそのは黒の紐ビキニでプールサイドの人々の注目を集めていた。
その豊満な体を惜しげもなく披露するみその。
「負けた・・・みそのお姉様、すごいんだもん・・・」
「みあお? 気分でも悪いのですか?」
落ち込むみあおに、心配げにみそのは声をかけた。
みあおは少し顔を上げると心配げな姉の顔を見つめた。
その顔は本当にみあおを心配している顔だった。
「・・なんでもないよ♪ さ! 泳ごう!」
にこっと笑うとみあおはプールへと飛び込んだ。
2.
夏休み後半のプールは微妙に人影が少なかった。
おそらくは前半で宿題をやらなかった人間が、猛ダッシュで追い込みをかけているせいであろう。
「んふふふ♪ みあおの勝ちだもんね♪」
泳げる程度に空いているプールを、みあおは勝ち誇ったように泳ぎまくっていた。
夏の暑さも、プールの中なら心地よい。
「お姉様〜、気持ちいいね〜!」
・・・・返事がない。
「みそのお姉様??」
キョロキョロと辺りを見回すが、みそのの姿は見当たらない。
と、ざわざわと人の声が聞こえてきた。
「な、何でここ、泡が浮いてくるの?」
「っていうか、この黒いウニョウニョなに? わかめ・・がプールに生えてる訳ないよね?」
・・・まさか!?
急いでみあおはその場所に潜ってみた。
ゆらゆらと揺らめく長い髪。それがわかめか昆布に見えなくもない。
プールの底に、何事もないかのように沈んでいるみそのの姿を発見した。
「水を・・沢山飲んでしまいましたわ・・・」
「みそのお姉様! 沈んでたら危ないよぅ!」
必死にみそのを引き上げ、みあおはみそのに注意した。
みそのがその気になれば、自身の力を使って助かることもできたはずだがどうやら使わないことに決めたらしい。
「・・別に沈みたかったわけではないの。折角だからみあおと泳ごうと思ったのだけど・・・」
みそのは心なしかシュンとした様に、語尾を濁した。
みそのの言葉に、みあおはキュンとした。
みあおと、泳ごうとしてくれたの??
人魚なのに泳げないお姉様が、みあおのことを思って・・・。
みあおは握りこぶしを振り上げた。
「わかったわ、お姉様!! みあおが『トックン』してあげる!!」
クルリとみそのに向き直り、みあおはビシッと人差し指をみそのに向けた。
「みあおの『トックン』は厳しいからね!」
「・・みあお、それはわたくしのため・・? それとも、教えたいだけ・・?」
珍しく鋭い姉の突っ込みに、みあおは 「さぁ、始めよー!」 と、うやむやにしたのであった・・・。
3.
「水泳の基本は〜ぁ、水を怖がらないこと!」
尊大にみあおの水泳教室が始まった。
プールサイドにみそのを座らせ、みあおはみそのの正面へと座っていた。
「って、お姉様は全然怖がってないね。人魚だもんね。うん。じゃあ・・えーっと・・」
小学校で先生が言っていたそのまんまだが、みそのはウンウンと頷いて聞いている。
「・・そう! 顔を水に浸ける事からだね! それができたら順番に碁石拾いとか・・・あ、間違って『エンソ』は拾っちゃダメなんだよ? 『エンソ』ってよくわからないけど」
みそのは一生懸命に話すみあおをジーっと見つめている。
「プールの縁持ってバタ足と、ビート板使ってバタ足、それができたらきっと『くろーる』ができる様になるよ♪」
1人キラキラと演説する可愛い妹の姿に、みそのは目を細めた。
わたくしのために必死になって・・・なんて可愛いんでしょう・・・。
夏の太陽が、じんわりと暑さを増していく。
だが、みあおはそんなことお構いなしに一生懸命に泳ぎをみそのに教えようとしている。
その姿を見れただけでも、今日このプールに来た甲斐があったというものだ。
「・・・ってことで、早速やってみよー!」
「え??」
「ほら、立って! 立って!」
みそのがボーっと考えている間にどうやら、みあおの演説は終わっていたようだ。
みそのは不意に手を引っ張られた。
「まずは、顔を浸けるところから始めてみよ!」
みそのを立ち上がらせ、みあおはプールにボチャンッと飛び込むと手招きした。
ここで立っていても、みあおに引っ張り込まれるだけですわね・・。
みそのはゆっくりと歩き出し・・・そして、コケた。
あまりにも突然に・・・。
「お姉様ぁ〜〜!!!」
みそののコケる姿が、みあおにはまるでスローモーションのように見えていた。
そして、みあおは急いでみそののところへと走りよったのだった・・・。
4.
「お姉様! みそのお姉様! しっかりして!」
コケて気を失ったのか、みそのはしっかりと目をつぶっていた。
みあおはみそのを抱き上げた。心なしか呼吸が遅い気がした。
「お姉様! 目を開けてよお! 何にもないところでコケて死んじゃうなんて、そんなのカッコワルイよ〜〜!!!」
みそのをギュッと抱きしめ、みあおは号泣した。
「・・・みあお、わたくし、死んでいませんよ」
ゆっくりと息を吐き、うっすらと目を開けながらみそのはそう言った。
「ひっく。・・・だって、息が・・・」
「普通に息をしていましたけど・・・」
「・・・」
どうやらゆっくり目の呼吸が、みそのの普通の呼吸のペースであるようだ。
普通に暮らしている分にはそんなこと気にしないものであるがゆえに、みあおは勘違いをしたようだ。
・・・目をつぶっていたあたり、ちょっと気は遠くなっていたようだが。
「ところで、みあお。カッコワルイとは・・」
「さー! 元気に顔浸けからやってみよーーー!!」
みあおは再びプールサイドから勢いよく水の中に飛び込んだ。
「お姉様〜、ゆっくり早く来てね〜♪」
みそのはみあおにすっかり誤魔化されたのであった・・・。
「じゃあ、ゆっくり顔つけてみよ〜!」
水に足をつけたみそのに、みあおは水泳指導を始めた。
ゆっくりゆっくり、みそのはその体を水の中へと沈め、遂に顔まで水が・・・
ゴボゴボゴボ〜・・・・
「・・・は!? つい見守っちゃった! お姉様!?」
みあおの目の前で、みそのは水の中で足を滑らせたらしく沈んでいった・・・。
5.
「結局泳ぎ、覚えられなかったね」
みそのを助けたみあおは少しみそのを落ち着かせた後、プールを切り上げた。
近くに出店していた露店のアイスクリームを2人分買い、木陰のベンチで休んでいた。
「泳げなくても、問題ありませんもの」
「・・人魚で泳げないのは問題アリだと思うよ?」
しれっと言ったみそのに、みあおは首を振った。
「でも・・」
みそのはゆっくりと微笑むとみあおを見つめた。
「みあおとこうして遊べたのは、とても楽しかったですわ」
夏の日差しが木の葉の隙間を通り、みそのの笑顔に優しく降り注ぐ。
その笑顔に、みあおは恥ずかしそうに頬を染めて頷いた。
「みあおも楽しかった! ねぇ、また一緒に来てくれる?」
「そうですわね。みあおがそう言うのなら、また一緒に参りましょう」
アイスクリームが溶けて落ちそうになったのを見て、2人はアイスクリームを食べ始めた。
心地よい疲れが、夏の風に吹かれて体の中に染み渡る。
夏休みももう少しで終わってしまう。
その前に、できるだけいっぱい遊ぼう!
また、みそのお姉様とプールに行こう!!
その日、みあおとみそのは手を繋いで帰路に着いたのだった・・・。
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