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<東京怪談・PCゲームノベル>


White Maze

 残暑も過ぎ、風が少しずつ冷気を帯び始める。伍宮・春華(いつみや・はるか)は校舎から出ると、その風を思いっきり吸い込んだ。
「じゃあなー、春華」
「また明日なー」
 家路へと急ぐ友人に手を振って、春華も歩き出す。柔らかな風が髪を梳いていき、春華は口角を上げた。風の機嫌がいい日は、春華も嬉しくなる。
「いい風だなー……っと? 何だ?」
 呟いて空を見上げた春華の目に、何やら白いものが映った。ひらひらと左右に舞いながら落ちてくるそれを、手を伸ばして捕まえる。
「でっかい雪、なわけないか。紙か?」
 小首を傾げながら、手の中にある真白の紙を裏返すと、可愛らしい桃色で書かれた文字を見つけた。


  白イ迷路ハジメマシタ。
  迷路ハ迷ウ道。
  迷イ迷ッテ、三ツノ困難ヲ越エタ先ニ、
  貴方ノ望ムモノガ在リマス。
  是非トモヨウコソイラッシャイマセ。


「白い迷路? なんじゃそりゃ」
 春華は眉を顰めて、小さく傾げていた首を更に曲げると、紙を日に透かす。文字の横には身体のない、服だけのピエロが描かれていた。その他にはその迷路がどこにあるかも、いつから始めるのかも書かれておらず、本来なら誰かの悪戯として捨ててしまっただろう。だが春華には何故か、その迷路は本当にあるのだという、無意識の確信があった。
「へーえ、迷路を抜けたら望みが叶うってわけだ。面白そうだな」
 そう呟いた瞬間、春華の足元にあったアスファルトが無機質な白へと変わった。そして春華を中心とした白い円が、まるで風船が膨らむかのように急激に広がり、一瞬にして世界を白く塗り潰してしまう。
 春華が次に紙から目を離したとき、そこはもう真白の世界だった。
「うわっ! な、何だ!? これ! いつの間に!?」
 突然、見慣れた町が、地と空の境目すらも判らない白い世界に変わり、春華は思わず叫ぶ。すると、その叫び声を聞きつけたかのように、春華の目の前に身体の空けたピエロが現れた。
「いらっしゃいませ。白い迷路へようこそ」
「へ?」
 自分の目よりも少し高いところに浮かんでいるピエロを見て、春華が間抜けな声を上げる。
「白い迷路? ここが?」
「はい。白い迷路で御座います」
 まだ何が何やら理解出来ていないような春華に、紙から抜け出たようなピエロはそう言ってくるりと後ろに宙返りをした。そのピエロの言葉に春華はきょろきょろと周りを見渡し、「まあ、確かに、真っ白だな……」と呟く。ピエロは妙な納得の仕方をした春華を見て楽しそうに上半身をゆらゆらと揺らすと、ずいっと春華に顔を近づけた。
「さて。白い迷路について説明させて頂きます。宜しいですか?」
「あ、ああ、うん。いいよ」
「では……ここでは貴方が持っている全ての能力を封印させて頂いております。」
「え!? 能力封印されてんの!?」
 思わぬことを言われ、ピエロの言葉を遮って叫んだ春華は、手のひらを白い空間の中に突き出して風を呼ぼうとする。が、そこには風の気配も、それどころか通常の世界にあるはずの様々な命の匂いすら感じ取ることが出来なかった。
「マジだ……」
「ええ、マジですよ。ここで使える力は、この五枚のカードに封印されたものだけ」
 呆然と呟いた春華に、ピエロが宙に手を翳すと五枚のカードが現れた。カードは赤、青、黄、緑、紫と五色あった。
「貴方にはこのカードを使って三つの困難を乗り越え、この迷路を脱出して頂きます。白い迷路はそういうゲームです。簡単でしょう?」
「うーん……」
「カードに封印されている力がどんな力なのかは使うときにしか判りません。そしてカードの使用は一度きり。ただし、使えるカードはこの五枚のうち三枚だけで、カードの中にはハズレもあります。良いも悪いも貴方の運次第。お好きな三枚をお選びになって下さい」
「えーっと、じゃあ……緑と黄色と赤」
 言われて春華が適当にカードを選ぶ。ピエロはそのカードを春華に渡して、くるりと宙返りをすると手のひらで春華の後ろを指し示した。それに春華が振り向くと、そこにはいつの間にか黒で書かれた『START』という文字があった。
「カードが決まりましたら、スタートへどうぞ。『白い迷路』が始まります。」



「にしても……能力が使えないのは面倒だなぁ……」
 『START』の文字を見た後、振り返った先にはピエロの姿はもうなかった。仕方なく春華は『START』の文字を踏む。すると上下の境目すら判らなかった白の空間に影が現れ、自分の両側に壁が出来たことを知った。
「なるほど、こりゃ迷路だわ」
 ぺしぺしと、突然作られた壁を叩きながら春華は歩く。大人の人間が三人ほど横に並んで歩いても平気なくらいに広い幅の道を壁伝いに進んでいくと、道の真ん中に黒いカードが浮かんでいるのが見えた。
「何だ? ……もしかして、あれが困難か?」
 首を傾げつつカードに近づくと、黒いカードが早いスピードでぐるぐると回り始め、ボンッという爆発音とともに真っ黒の煙に包まれる。その煙に春華が思わず目を瞑り、次にそろそろと目を開けたとき、そこには白い狩り衣のようなものを着た六歳くらいの男の子が立っていた。その頭には獣の様な耳が二つ、後ろにはふわふわした狐の尻尾が揺れている。
「こいつ、狐か!」
「お兄さん、ゴメンねっ!」
 身構えた春華に、狐の男の子が回りに小さな狐火を作り出した。男の子の作り出した無数の狐火が春華を囲い、ゆらゆらと揺れると、春華の目が霞がかったようにぼんやりとしてきて、その中に自分の見知った男の姿が現れた。
「くっ、幻覚か!」
 慌てて春華は緑色のカードを取り出し、霞の中に投げつける。するとカードは緑色に光り、これまた狩り衣を着た青い髪の女の子の姿に変わった。女の子は男の子を見るとにやりと笑い、腰につけた瓢箪を手に持つ。
「これでもくらえぃ!」
「うわっ……くしゅっ! はっくしゅ! へっくしゅっ!」
 叫んで女の子が瓢箪の中身を男の子に振り被せると、男の子は瓢箪から出た緑色の粉をまともに被り、大きくくしゃみを始めた。
「な、何だ?」
「今のうちに逃げるよ! 早くっ!」
 くしゃみのせいで集中が乱れたのか、幻覚とともに狐火が消える。春華と女の子はその隙に男の子から走って逃げ出した。
「今のは?」
「ボク特製、くしゃみが止まらなくなる薬」
「何だ、そりゃ」
 そのまんまなネーミングに春華が呆れると、女の子の身体が緑色に光り、弾け飛んだ。突然のことに驚いて振り返ると、くしゃみをしていた男の子の姿も消えている。
「……一つ目の困難、クリアってことか?」
 呟いて、春華が溜息を吐く。手に残ったのは黄色と赤色のカード。
「今度はどっち使おうかな……うーん……黄色にしよっと」
 春華は黄色のカードを手に持ち、赤色のカードをポケットに仕舞うと、また壁に手を付きながら歩き始めた。一応壁の影は判るが周りが真っ白過ぎて、こうでもしていないと何処に道があるのか判らなくなりそうだったからだ。
「さーて、次の困難はどんなのかな。このカード、使えないやつだったら文句言ってやる」
 黄色のカードを腹黒い笑みで見下ろしながら呟くと、壁に付いていた手が角を教えた。そして曲がった先には黒いカード。
「二つ目の困難、見ーっけ」
 黒いカードがぐるぐると回り、爆発する。黒い煙が床に落ち、春華の足元を通り過ぎると、ばさりと羽が羽ばたくような音がした。その音に春華が上を見上げると、背中から羽を生やした、小柄な女性が浮かんでいるのが見える。その女性は抜けるような白い肌に、まるで人形のような無機質な瞳を持っていた。春華は黄色のカードを構える。
「行けっ!」
 春華が叫んで、カードを投げつけた。カードは黄色に光り、一人の男の形になる。金色の髪と紫の瞳を持つ男は、宙に飛んでいる女性の姿を見て取ると、前髪をばさりとかきあげ、ふうっと溜息を吐いた。
「女性と争うのは少々気が引けるが、これも仕事だ。仕方ない。美しい私の姿を見られたということで許してくれたまえ」
「んなこと言ってないで、早く行けよ!」
「怒鳴らずとも判っているさ」
 変に格好付けている男に春華が怒ると、男は軽く肩を竦めて女性の目を見つめる。
「さあ! 女性よ! 私の目を見よ! 麗しき私に従うのだ!」
「……行きます」
 どこぞのミュージカルの如く、大きく手を広げて叫んだ男の足元に、銃弾が打ち込まれた。女性は銀色に輝く銃を手に持ち、男を狙っている。
「何っ! 私の術が効かないと!?」
「んなっ、ハズレかよ! この役立たず!」
 ショックを受けている様子の男に、春華が思わず蹴りを入れた。その次の瞬間、女性は上空から春華と男に向かって銃を乱射する。
「うわわわわっ!」
 自分に向かってくる弾丸に、春華が頭を抱えた。と、突然銃声が聞こえなくなり、恐る恐る顔を上げた春華の目の前には、女性でも男でもないピエロが浮かんでいた。
「あ……」
「残念でしたね。ゲームオーバーで御座います」
「くっそ! あの野郎! 今度会ったらシメる!」
 周りには壁はなく、春華は一番最初の白い空間に戻ってきたことに気づいて、地団太を踏む。だが叫んですっきりしたのか、春華は急に地団太を踏むのを止め、溜息を吐いた。
「まあ、いいか。クリアしても、望みとか何にもなかったしな」
「おや。そうだったのですか」
「うん。だってやりたいことは自分の力で全部やれるし、欲しかったものはもう手に入ってるしさ。まあ、今回は楽しかったから、許す」
「それは有難う御座います。では元の世界にお送り致しましょう」
 ピエロがそう言って楽しそうに宙返りをすると、ぱんっと風船が弾けるような音がして、白い空間が一瞬にして春華の見慣れた通学路へと変わる。あまりにも突然のことに春華が呆然と瞬きをしていると、ポケットの中に何かが入っていることに気づいた。
 それは黒い文字で『またのご来店、お待ちしております』とだけ書かれた白い紙。紙は春華が文字を読み終わると、まるで水に溶けていくようにボロボロと崩れ、風に流れていく。
「白い迷路、か……おっちゃんに教えてあげよっと」
 春華は流れていく紙を見送ると、そう呟いて、家路へと急いだ。










★★★

ご来店有難う御座います。作者の緑奈緑で御座います。
えー……アミダクジにより、春華くんはゲームオーバーとなってしまいましたが、楽しんで頂けていれば嬉しいです。コメディというよりは爽やかな終り方になったのはひとえに春華くんの人柄によるものでしょう。もしまたお暇なときには白い迷路をご利用下さいませ(笑)。

今回出演して頂いたNPCさま。お貸し頂いて有難う御座いました。
緑のカード→三日月・社さま
黄色のカード→皇帝さま
困難1→狐族の銀さま
困難2→玉響さま

★★★