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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


海へ行こう

「…海に行きたい」
 誰かがそう呟いた。
「今年まだ一回も海行ってない!海行きたい行きたい行きたいーっ!!」
「あたしもあたしもっ、スイカ割したい泳ぎたい、日焼けしたーい!」
「俺も行きたい、女の子ナンパしたーい!」
 白い雲、青い海、どこまでも広がる砂浜…相変わらず暑いし、むしむしするし、かといってクーラーは冷えるし、やっぱりこう言う時は海しかない!
 もう少しすればクラゲが出て泳げなくなってしまうことだし、その前になんとしても一泳ぎ。
 …そうして企画された、皆で海にいこう計画。
 発端が発せられた場所が草間興信所であったが故に、なし崩し的に引率は草間氏。
 皆でお弁当やら浮き輪やら思い思いのものを持ち寄って、れっつごー海へ。
「お話しは聞きましたのにゃ、差し入れにゃのにゃー!」
『〜♪』
 傍迷惑な猫とエビフライも加えて一同は夏の終わりの海へと旅立ったのだった。


「…で、どうしてこんなことになってるのかしら?」
 動きやすいセットアップの水着は鮮やかな花柄、日焼け止め対策もばっちり、
本命は武彦さん一人では大変な一行の引率のお手伝なれどそれなりに海を楽しむつもりだったシュライン・エマは幾分引きつり気味のコメカミを押しながらそう呟いた。
「あ、エマさんもいかがですか?」
 そう言って笑顔と共にシオン・レ・ハイ(42歳独身)の手によって差し出されたのは焼きトウモロコシ。
 表面に綺麗に焦げ目がついて醤油の香ばしい匂いを漂わせるそれはいかにも美味しそうである…ではあるが、期待を込めた瞳でこちらを見ているのが何とも食欲を失せさせる。
「…遠慮するわ」
『…しくしくしく』
 …頼むから泣かないで、悪いことしてる気分になるから。
 泣き出したトウモロコシにごめんなさいねと断りを入れてシュラインはあたりを見回した。
「……。」
 いかにも適当に作りました感の溢れる海の家…というよりはビニールシートで屋根を作った屋台の中には一緒に海に来たメンバーの一人、シオンの他に猫…人間大でこの暑いのにご丁寧にコックコート姿である…の姿がある。
 掲げられた派手な幟には『海の家 NEKO』の文字。
 …私達、確かバカンスに来たような…。
「遊びたいにゃー!!」
「ダメですよ、猫さん!折角の稼ぎ時なんですから!」
 …あんたの差し金か。
 どうやら同行する猫の腕前に目をつけた筋金の入りのびんぼーにん、シオンがなけなしの小金を集めてコンロと材料を買い揃えて一攫千金を狙った結果、こんなことになったらしい。
 猫の料理は感覚の鋭い人間から見ると恐怖の生きた食べ物だが一般人からすればただの美味しい料理。
 外見はぼろい店だが味は美味いと噂が噂を呼び、あっという間に人だかりが出来ている。
 調理担当は猫、接客はいかにも外人の彫の深い顔立ちながらその長髪を動きやすいように一つに結わえ、ねじり鉢巻なんかしていたりするシオンの担当である。
 接客しつつも焼きそばやらたこ焼きやら、きゃあきゃあ騒いでいる…下手にいい耳をしているものだからある程度離れていてもそれが聞こえてしまうのが恨めしい…軽食をつまみ食いしているシオンの姿にシュラインは深く溜息を吐いた。
「…気にしないって言うのは強いわね」
 幾ら美味しくても普通の神経の持ち主であれば少々遠慮したいところである。
「…あの、シュライン様、どうかなさいましたか?」
「ええ、何でもないわ。それよりパラソルは立ったのかしら?」
 どこか控えめな細く高い声音…身長…この場合体勢か?…の関係で自然見下ろすことになった先にはアンドロスフィンクスであり身体がライオンで背中には鷲の翼を持つラクス・コスミオンの姿があった。
 その外見ゆえか日本の海は初めてで、大家にたまには海にでも行ったらと言われて参加することになった彼女は人間の女性の形をしている上半身にのみセパレートの水着の上のみをつけて、下半身はタオルケットをかけて隠す作戦に出ている。
「いえ、まだ…」
 手にしたゴザを手持ち無沙汰に弄りながらラクスは少々困り顔。
 目立つから動かなくていいとは言われたものの、自分ばかりが働かないのも気が引けるといった感じ。
 その向こう側ではなし崩しに引率にされた草間武彦氏と当年とって497歳、鎌鼬参番手の鈴森鎮(外見年齢小学生)が慣ないパラソルと格闘している姿があった…鎮の頭の上には一見ロボロフスキーハムスターにも見える小さな小さなイヅナの姿もある。
 否、実のところパラソルと格闘しているのは一行に残った唯一の男手草間氏のみで…実年齢で言えば相当上だがその肉体年齢上鎮は男手には数えられないだろう…大人数用の大きなパラソルに苦戦している。
「……何で俺が…」
 何で俺がこんなことを
「だって男あんただけじゃんか、女の子に力仕事やらせる気かよ?」
「………」
 女でも強い奴は強い…ものではあるが、一応の所そうさせるわけにもいかない。
 武彦は大きく溜息を付き…シュラインはその様にクスと苦笑した。
「手伝うわよ、一人じゃ大変ですもの」

 そうこうしている間に二手に分かれて着替えに出た後半チームが戻ってきた。
 一見極普通の中性的美人、細い肢体を黒地に白いハイビスカスのプリントの入ったビキニ…ただし下はベージュのトランクスタイプ…と白いパーカーで包んだ如月縁樹、その足元には青い海水パンツとお揃いのミニサイズのパーカーを羽織った彼女の相棒ノイ。
「お待たせしましたー」
『待たせたなー♪』
 シュラインの見立てた白いシンプルなワンピースタイプの水着姿の零は夏らしい大きな花柄の半透明のビニール製のトートバックを片手に少々戸惑い気味…戦時中の精神構造の染み付いた彼女にしてみれば露出の高い格好も落ち着かないか。
「わーい、海ですよぉ!」
「……あ〜あ、海か」
「今年は忙しくてなかなか休めませんでしたからねー」
「…マキ、あんまりはしゃいで転ぶなよ」
 続く小学生は明るい色合いのタンキニで…もとい、小学生にも間違われる童顔幼児体型…一部の男性にはたまらない…の実年齢22歳、ロックバンド・スティルインラヴのメンバー、本谷マキ。
 同じくスティルインラヴのメンバーはそのお守役、めちゃくちゃローテンションの村沢真黒、こちらはマキとは対照的に銀色に染めた髪を長く伸ばしてきつめの化粧に咥え煙草でド派手な印象で…なんというか、あまり海には似合わない外見である。
 女性ばかり4人…+ノイ…とシュライン、ラクスを加えれば6人、それもタイプは違えど全員それなり以上の美人とくれば男共が放っておくはずもない。
 それだけでも草間氏の苦労は知れようというもの。
 更には彼らの周りではエビフライがスキップしている…前途、多難。


「海に来たからにはやっぱり泳がなくちゃですよね!」
 マキと真黒と零は海に入ることにした…折角来たのに泳がない手はない。
 武彦とシュラインは荷物番、零のことをよろしくお願いしますというには多少頼りないメンバーではあるが、(外見)年齢もさほど変わらない…否むしろそれで言うならマキだけが小さい…女の子だけの方がまだ打ち解けやすいのではないかという目算もある。
 真黒の方はあまり雄弁ではないが、マキは明るく良く喋るし物怖じしない…その辺りもいい方向に働くだろう。
 海で遊ぶ三人を眺めながらシュラインは笑みを浮かべた。
「着て良かったわね」
「…ん、ああ…」
 咥えたマルボロの灰を砂の上に落として、武彦も笑みに似た表情を刻んだ…これだけでも海に来た甲斐はあるのかもしれない。
 外見年齢的にも立場的にも妹、だが気分的には父母のような気もしている。
 辺りの喧騒にも似た賑わいが遠く感じるような一瞬…その一時を、高い悲鳴が劈いた。
「!?」
 遊んでいるうちに離れてしまったのか、姿は見えなかったけれど声をシュラインが聞き間違えるはずはない。
 確かにマキの声だった。
「武彦さんっ!」
「あぁ!」
 互いに声を掛け合って…荷物のことは頭から吹き飛んで…走り出した二人が見たものは、真っ赤に染まる水面…呆然とそこに佇むマキと零、胸の当たりを押さえて肩まで水に浸かっている真黒の姿だった。
「だ、大丈夫!?」
「…身体は大丈夫ですが…」
 一見して真黒が怪我をしたものと思ったのだが、彼女はその血の量からは想像出来ないしっかりした声で答えた。
「…大丈夫、なの?」
「水着を破かれたが、怪我は…」
 ではこの血はどこからきたのか?
 辺りはそれとわかるほどの大量の血で濁っている…それも次第に波に攫われて薄く溶けていくのだけど。
「零ちゃんとマキさんは?」
「わ、私達は平気ですけど…」
「何があったんだ?」
「鮫…だと思います。ヒレが見えました」
 マキと零は彼女に鮫のような三角のヒレをもった物体が近づいてくるのを見た。
 咄嗟に危ないと叫んだ声に真黒はその場を離れようと動き…それによって助かったのではないかという。
 怪我が無いのは幸いだが水着の脇の部分が何かに引っかけて破られたような状態になっていた。
「…鮫が出るなんて一言も言ってなかったわよね」
 出ていたら海水浴場として問題があるのではないだろうか?
「鮫…でも無かったような気もするんだが…」
 何はともあれ海岸の管理事務所に報告しておこうと話しながらシュラインが武彦から剥いだパーカーを真黒に着せ掛けて…何せ水着は派手に破れてしまっている…隠してやっている間に、水辺でなにやらやっていたマキがあのうと片手を上げた。
「……これ、血じゃなくて鼻血だそうです」
「…は?」
 マキの能力は動物会話、おそらくは自分達よりしっかり見ていただろう海の生き物に尋ねていたらしい。
「……鼻血?」
 …鮫に見せかけた変質者の犯行、ということだろうか?

「そろそろお昼にしましょうか?」
 4段に重なった大き目の重箱…人数が多いことを配慮して作ってきたものだ…を引き寄せて、シュラインはにっこりと笑みを浮かべた。
「エマさんの手作りですか?」
「うわあ、エマさん料理上手なんですよね、楽しみ!」
「うわあ、美味しそうですね!」
 まだ陽の高い時間は暑い…おかずは唐揚げに卵焼きといった簡単に摘める痛み難いもの、おにぎりには梅を入れて痛み難いよう細工してある。
 キンピラに煮物で野菜も取れるようにして…人数分のお茶を注いでいるところにようやく開放されたらしい猫がふらふらと姿を現した。
 用意してきた食材がなくなって一時閉店、シオンは材料を獲りに行ったらしい。
「疲れたのにゃ…」
 めそりめそりと泣く猫。
「大丈夫?猫…さんも飲むかしら?」
「ありがとうございますのにゃー…」
 注がれた冷たいお茶をぐぐっと煽って猫はほうと溜息を吐く。
「よろしかったら…」
「ありがとうございますのにゃっ!」
 お弁当を進めれば猫は目を輝かせた。
 普段人が作るものを食べることはないのでうれしいという…そうしてシュラインの作った煮物を口にした瞬間、喉をならさんばかりに相好を崩した。
「美味しいのにゃ〜!」
「絶妙な塩加減、一つ一つ手間隙かけて面取りした愛情溢れる料理にゃのにゃ!」
「あ、ありがとうございます」
 はぐはぐ凄い勢いで口に運んで涙を流さんばかりの勢いで迫ってくる猫にシュラインは苦笑する。
「あ、こらそんなに食うんじゃない!」
 大目には作ってきたのだが人数が人数、早々に重は空になる。
「少し量が足りなかったわね…」
「あ、おいにゃも持ってきてますのにゃ、よろしかったらどぞにゃのにゃ!」
 喜々として重箱を引きずり出してくる猫。
「ありがとうございます」
「どーぞどーぞにゃ、好きなだけ召し上がってくださいにゃ!」
 誰かがそう言ってお重の蓋を開けた瞬間、そこからおにぎりが転がりだした。
『きゃー、海海海ーっ』
『食べて食べて食べてーっ』
 ……またか。


 さて、お弁当でくちくなった後は食後のデザート、用意されていたのは大玉のスイカである。
 当然皆で海にきてまあるいスイカがあって、それを普通に包丁で切る手はない。
 5メートルほど前方にビニールが敷かれ、スイカはそこに安置された。
 スイカ割りが行われるとなれば周りには何時の間にか人垣が…今日日スイカも高い、実際にすい代わりをしているところはあまり見かけるものではないからか。
「さあ、誰からやる?」
「はーい、俺やる俺っ!」
 一番手は、元気少年鎮。
 目隠しをして棒を持って、棒を視点にくるくるくると10回転。
「ぃくぞう〜!」
『♪』
「うわっ!」
 ふらふらした足取りで足を踏み出した鎮は、エビフライに足を引っかけられて撃沈した。
「…てめぇこの野郎っ!」
 鎮は目隠しを引き摺り下ろして、割る為のスイカはほったらかしで棒を振りかざしてすったかすったか軽い足取りで逃げるエビフライを追いかけ始めた。
「……あんまり遠くまで行かないのよー…って聞こえてるかしら?」
「んのやろーッ!」
 …あんまり聞こえていないかも知れない。
「二番手行きまーす!」
 本谷マキ、目をぐるぐる回して人垣に突っ込んでぱたりと倒れた。
「ふにゃあぁ〜地球が回りますぅ〜」
「今更海ではしゃぐ歳でもないしねぇ…」
 真黒は心底面倒臭いといった様子で頭を掻いたが…やり始めると燃える性質らしい。
 がすっと砂を穿って沈黙。
「…クソもう1回」
「こっちこっち、もうちょっと左!」
 だんっと音を立ててビニールシートにのめり込む棒の先。
「な…、ええい!もう1回!」
 がすがすがすと何度も打ち下ろすが棒はあと数センチのところでスイカには当たらなかった。
「クソ…」
「さ、今度は私の番ね」
 さてはて続きましては本命、キルマークも1のシュライン・エマ。
 当たると気分もスカッとするし、スイカ割りは実は結構好きだったりする。
「こっちですよー!」
「こっちこっち!」
 目隠しをして回ること10回、スイカの周辺で手を鳴らしながら上げられる声の方へと足を進める。
 もともと音は彼女の領分、目隠しをした状態であれば有利な方か?
「うわぁっ!」
 彼女の振り下ろした棒は危うく武彦のすぐ側を掠めて砂に埋もれた。
「あ、あら、大丈夫?」
 …危うくキルマークを一つ増やすところだった。
「右だ右っ!」
 改めて振りかぶった棒、今度こそここと決めて振り下ろしたが…予想した手応えは訪れなかった。
 砂の音も、スイカの割れる音もしない…何かがに受け止められたような弾力にも似た手応え、そうして沈黙する周囲。
 何が起こったのかと首を傾げつつ目隠しを取ると…そこに居たスイカは、針金のような手足でもってスイカのちょうど中央に振り下ろされた棒をまるで真剣白羽取りさながらに受け止めていた。
「………。」
 スイカは、その重さを感じさせない軽いステップでひょーいと宙に舞った。
 バネの効いた手足で上下しつつ、スキップでもするかのような動きですったかすったか。
「…あれ、触りました?」
 猫の作った料理は命を持つ…それを聞いていたマキが尋ねると、猫はしゅんと肩を落とした。
「…おいにゃが仕入れてきましたにゃ…」
「………。」
「………。」
 呆然と見送り一同の前からスイカは遠ざかっていく…当然その進行方向からは悲鳴が。
「…不味いわ!」
「捕まえろ!」
 真夏の海で、スイカ割りならぬスイカ獲りが始まった。


 さてはて日は暮れて、一行は荷物を纏めて帰り準備。
 久し振りに疲れるまで遊んだ気分。
「スイカは食べれなかったけど楽しかったわね」
 どうにか追いついて殴り倒したものの、割れたスイカを食べようとするものは誰もいなかった。
「帰りに買って帰って興信所で切って食べましょうか?」
「ああ、それもいいわね」
「でもって花火しましょうよ、夏の遊びの締め括りに」
「わーい、花火だ花火ー!」
 子供達(?)はまだまだ元気、大人達もそれなりに。
 帰りに花火を買って帰ることにして、一同は夏の終わりの海を後にした。

 ――― 武彦さん、多分、明日は筋肉痛。

                                 END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
3356/シオン・レ・ハイ/男性/42歳/びんぼーにん(食住)+α
1963/ラクス・コスミオン/女性/240歳/スフィンクス
1431/如月・縁樹/女性/19歳/旅人
2320/鈴森・鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2868/本谷・マキ/女性/22歳/ロックバンド
2866/村沢・真黒/女性/22歳/ロックバンド
3745/ザ・シャーク/男性/29歳/テクニカルインターフェイス社破壊工作員

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■         ライター通信          ■
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 朝晩はもう冷えますが、少しでも海を楽しんでいただけていれば幸いです。
 幾つかのパートに分かれており、こちらにはのっていないパートもありますのでよろしければごらんください。
 それでは機会がありましたらまた…。