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境目
ふと、思うことがある。
今いる現実は、果たして本当に「現実」なのだろうか。
夜に見る夢は、果たして本当に「夢」なのなのだろうか。
今こう思っている私は、本当の「私」なのだろうか。
誰か別の人に成りきっていて、私は嘘の生活を送っているのではないだろうか。
莫迦げているかもしれない。
そう、思ってはいる。
でも、信じきれない私がいる。
仮に証明する手立てを知らないからどれも信じることが出来ないのだとしたら、一体どうすればいいんだろう。
そんなことを授業中、必死に模索していた。
窓からはいつもの如く青空が覗いていた。そういえばここ何日も雨が降っていないような気がする。雨だけではない、雲掛かった天気も虹も、「快晴」以外の天気は見たことないかもしれない。それはそれで好都合だけど、どこか可笑しいような気がしてならない。
全てが誰かの思いの侭に動いている。神サマではない、他の何か。
俯いた視線には胸元からロザリオがちらりと見える。服越しに握り締め、
「……何でかな」
誰にも聞こえないように窓際の少女は小さく一言、ぼそりと呟いた。
黒板では教師が相変わらず授業を続行していた。科目は現代国語。必死に話している内容はどこか現実味を帯びていないと言ったら、それも可笑しいだろうか。今迄記憶の片隅にしか存在していなかった文豪の名が連ねられていく度に、「今迄こんな授業だったっけ?」と小さく首を傾げた。
成績は悪いほうではない。授業中はいつも真面目に聞いている。眠りこけていたために授業中の記憶が吹っ飛んでいたということではない筈だ。所々曖昧に途切れる記憶のような「モノ」を手繰り寄せ、その在り処を求めたとしてもイマイチ信じきれないのだ、と。
最近になって突然、そう感じるようになっていた。
それはそういうものだと。信じきることも或いは可能だったのかもしれない。
しかし、感じる違和感はどうしても拭い去ることが出来なかった。
少女――篁玲美はほぼごく普通の高校生である。
生まれと家系、彼女自身の特異な能力を除けば、他の生徒との差異は全く見受けられないと言えるだろう。
黒いロングヘアが頬杖をつく手の横から落ちていき、机上にその先端を落としていく。机の片隅を夏の陽が覆い、丁度髪の毛の辺りを明るく照らしている。呆けた様子で髪の先端である一点を見つめている。
授業の内容は相変わらず頭に入ってこない。辛うじて腕は動いているものの、記号の羅列とさして意味を違えない。故に、すぐ傍に教師が立っていることにも全く気付くことが出来なかった。
「篁さん」
恐らく、何度も呼びかけたのだろう。額に血管でも浮き出そうな引き攣った顔がそこにあった。教鞭を持ってはいなかったが、中途半端に上げられている手が妙に気になって玲美の視線はそちらへ向く。
「篁さん、聞いているの?」
「え……は、はい」
声を荒げていた訳ではない。教師としての威厳を持っている所為だろうか、やはり萎縮してしまう。声が上ずると同時に思わずシャーペンを持ったまま立ち上がってしまうのを、級友が驚きと呆れと含み笑いを含んだ空気を生み出しているのを肌に感じる。
「もう座っていいから、放課後に職員室まで来なさい」
冷めた眼で去る教師の背を見ながら玲美は「はい」と、今度はしっかりとした口調で答えた。
(そういえば、今の人誰だっけ?)
突然問いかける声に、瞬時に反応出来ないことに首を傾げつつ椅子に座った。
帰路を一人歩く。
時間が時間なだけに、一緒に帰る友人はいなかった。
「……意外と時間掛かっちゃったな」
腕時計を眺め、視線をそのまま胸元のロザリオへと移す。
先刻の教師の叱責の中に含まれていた「ロザリオを認めない」発言に、どこか引っかかるものがある。持ってくるな、とまでは言わなかったが、それに近いようなニュアンスを感じ得ない。ならどうして自分がロザリオをしているのか問いかけ、やはり結論は出なかった。
どうしようもない不安感は拭えない。
何かが謀られているような気がする。
立ち止まって、夕日に顔を上げる。それすらも「紛い物」の類であるとしたら――。
「私はどうすればいいんだろう?」
呟きは消え、部活に勤しむ生徒の声しか辺りには聞こえなくなる。
そんな日常を、彼女は繰り返していた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】
【3690/篁玲美/女/2−A】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
胸に何かが痞えた思いの消えない侭話は終わりますが、如何でしたでしょうか。
「現実」と「夢」について書かせていただくに当たって改めて考えてみましたが、難しいな、と。
書きながらも強く実感させられました。
他にも玲美さんの能力を全く生かせなかったのが残念で、どこかで生かす場を探していたのですが無理だったようです。
機会があれば天使としての彼女を書いてみたいなと、思わせるほど素敵な人物でした。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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