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<東京怪談ノベル(シングル)>


手に入れた力


◆ 序


 ――俺は変えてみせる、この腐った警察機構を!



 それは柳崎・琢磨の行動理念であり、唯一無二の信念である。
 琢磨を突き動かし、状況を計算し、冷静に判断を下させるもの。
 望み・願い・意思。
 そして、琢磨にはそのために欲しいものがあった。
 権力・金・人脈。



 それと……――――力。



◆ 運命の悪戯

「こんの! 待て!!」
 言っても無駄なことは分かっているが、言わずにはいられない。琢磨は逃げた犯人を追いかけて走り出した。
「警視!」
「回り込め! 俺はこのまま追いかけるから、先回りするんだ!」
 所轄の人間に指示を飛ばし、自ら先頭を駆け抜けていく。
 琢磨はエリートとしては珍しい行動派なのである。その為、デスクワークを主とする周囲のキャリアの同僚からは煙たがられているが、判断が的確で素早い分、所轄の人間達からは慕われている。
「道を開けろ!」
 逃げる犯人を見失いそうになるのに気が焦って、琢磨は通行人と擦れ違いざま、軽く肩をぶつけてしまった。
「すまない!」
 軽く謝るが足は止めず、そのままよく確認もせずに足を進めた。
 実は、ぶつかったのは老人で、琢磨は軽く当たった程度だと思ったが、大きくよろめいて道端にこけてしまっていた。
「おやおや、乱暴な警察官じゃな。」
 老人は大きく溜め息をつく。杖を掴んで立ち上がろうとするが、なかなか思うように身体が動かない。
「そろそろダメかのう。」
 困ったように呟きながら、琢磨が駆け去って行った方を眺める。
「……しかし、面白い瞳をしとる奴じゃ。」
 きらりと淀んだ目が光ったことを、琢磨は知らなかった。



 大追跡の末、琢磨は犯人を取り押さえることが出来た。
 諸々の処理を全て終わらせ、本庁へと戻って来る。
「柳崎、ちょっと……。」
「何ですか?」
 どこかおどおどした上司が琢磨は嫌いだった。いつも上に謝ってばかりいるようなイメージがある。
「その…何だな。」
「何ですか。」
 はっきりしないのが更に琢磨を苛立たせる。素っ気無い琢磨の物言いに、上司も重い口を開く。
「博士と知り合いなのかい?」
「は? 博士とは?」
「有名な人なんだか、知らないかい?」
「知りませんが。」
 苦言でもぐだぐだ言われるのかと思っていた琢磨は、寝耳に水な内容に目を丸くした。
 上司の言う博士とは、政界に顔の効く人物であるらしい。
 その大物が警察にまで手を回してきて。
「君をご指名なんだよ。」
「……何故ですか?」
「そこまでは私も知らない。博士のところへ行って話を聞いてきてくれ。」
「分かりました。」
 言われた通りに足を運んだ博士の家は、確かに大きくはあったが、外観は普通だった。もっとおどろおどろしいものを想像していた琢磨は拍子抜けした。
「失礼します。柳崎ですが。」
「おー、ようやく来たか。」
「何の用でしょうか。」
 現れたのは老人だった。琢磨はもちろん、犯人追跡時にぶつかった老人であることなど覚えてはいなかった。



◆ 継承される遺産

「わしはナノテクノロジーを研究しておっての。脳にチップを埋め込むことによって、不思議な能力を開花させることが出来るんじゃないかと考えておった。」
「……はあ。」
 応接間に通され、何が始まるのかと思ったら、老人は目を輝かせて最先端の科学技術の説明をし出した。琢磨にはほとんど理解できない。身の置き場がなく、どうしたらいいのか分からなかった。
「お話中すみません。結局私は何の用で呼ばれたのでしょうか。」
「全く。若いもんはせっかちでいかんの。年寄りの言うことなど聞かず、すぐすぐ結論に入りたがる。」
「用事が分からないと対処の方法も分かりませんので。」
「ふむ。頭は悪くないようじゃ。」
 老人は何度も頷き、琢磨を誘って立ち上がった。
 応接間を出て、地下室へと案内される。そこは、琢磨が想像していたような妖しげな実験室の様相を呈していた。
 部屋の中央に置かれた手術台のようなベッドが気になって仕方がない。
「ほれ、寝てみなされ。」
 予想通りの言葉を言われ、琢磨は思わず硬直した。
「私で何か実験するおつもりですか?!」
「やはりバレたか。」
 悪びれた様子もなく、老人はいけしゃあしゃあと答えた。琢磨の頭にかっと血が上る。
「どういうつもりだ!! 人権侵害だぞ!」
「だから説明してやっておったのに。」
「あんな説明で分かるものか! こっちは素人なんだ!」
「そうかそうか。だったら簡単に言ってやろう。」
 胸倉を掴み上げそうな剣幕で詰め寄る琢磨に、老人は顔色も変えない。それどころか、何やら準備を始め出していた。
「このチップを埋め込めば、不思議な力が使えるようになるんじゃ。」
「不思議な力って何だよ。」
「そうじゃなー。お前さんの場合は、炎を生成することが出来るようになるじゃろう。」
「は?」
「念じるだけで、自分の周りを火の海にすることが出来るようになるってことじゃ。」
「……そんなことが可能なのか?」
 いまいち信用できず、琢磨は半眼で問い掛ける。回答は老人の笑い声だった。
「まあ、そう固くなりなさんな。身体に害はないものじゃ。それだけは保証しよう。お前さんの心はひどく荒れておる。何かが足りなくてカリカリしとるようじゃ。」
「…………。」
 ぎくりとした心を押し隠し、琢磨は老人の背中を見つめた。
「だが、瞳は強い意志が漲っておる。この力を悪いようには使わんと思うんじゃ。」
「もしかして……。」
「ふぉっふぉっふぉ。わしもそろそろ長くない。折角の研究を将来有望そうな若者に託したいと思ってもよいじゃないか?」
 振り返って同意を求めてくる老人の瞳の置くまで、琢磨はじっと見つめた。本当にそんなことが出来るなら、ないよりあった方が何かと使えるだろう。
「本当に身体には何も影響はないんですね?」
「もちろんじゃ。」
「分かりました。俺に力をください。」
「強いのぅ。そう、その目が気に入ったのじゃよ。」
 老人に促されるまま、琢磨は手術台へと横たわった。



◆ 浄化の炎

 手術は思いのほか短時間で終了した。痛みもなく、あまりにあっさりしたものだったので、逆に心配になる。
「いろいろ試してみるがよかろう。じゃが、本物の炎じゃからな。ここではせんでくれ。文句があるならまた来ればいい。」
 手術が終わり疲れたのか、研究を引き渡せてほっとしたのか、少し疲れた表情の博士に家を追い出された。



 琢磨には何も変わったところが見当たらない。
「あのボケじじい。どうやって使うか何も教えてくれなかったじゃないか。」
 第一、どういうものなのかもよく分からない。アニメでやっているように指や手から出てくるものなのだろうか。
 琢磨は人差し指を立てて、じっと眺めて見た。ライターの火くらいの小さい炎が灯るようイメージしてみる。


 ぼわっ。


「えっ?!」
 指先から少し離れたところで。小さな火が現れた。
 まじまじと眺めてしまう。信じられなかった。小さいながらも、風で消えるような儚いものでもない。
 逆の手で触ってみると熱かった。本当に炎であるらしい。
 半ば押し切られるように受けたので、琢磨には状況がよく理解できなかった。
 しばらく呆然としてしまう。
 我に返っていろいろ試してみると、掌の上でボール状の大きい炎も作り出すことが出来た。
 まさに自由自在。
 念じるだけで、火が自分の思い通りに生成することが出来る。



 琢磨の目がきらりと光った。
 そう。欲しかったのは力。



 この力で、俺は俺の正義を貫いてみせる。


 * END *