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あなたと見る夢
人生は、夢のようなものだと言ったのは、どっかの誰かさん。
それは、結構当たっていると思う。
特に『私』たちには‥
薄闇の世界、脇に射す一筋の光をライトに少女達が語り合う。
「今日のお茶菓子は、チョコレートケーキ。紅茶はダージリンですわ」
「わあい、みあおも紅茶飲んでもいい?」
「では、みあおさんの分はケンブリックティーにして差し上げますわ。ミルクたっぷりで」
少し、覗いてみるとしよう‥
「ねえ、最近良く夢を見ない? 不思議な学園の夢」
彼女は紅茶の入ったカップをテーブルの上に置いて、周りにいる者たちにそう言った。鳥のような翼を持つ人ならぬ外見の彼女は『みあお』と呼ばれる少女だった。
「うん、みあおも見るよ。みあおが高校生になっている夢。制服着て背も高くなって‥」
小さな小学生くらいの少女が言葉を受けて頷く。彼女も『みあお』と名乗る。
「私も同じです。不思議な学園で高校生活を送る夢を見ます。とても楽しい夢ですわ」
うっとりと告げるのもまた『みあお』だった。彼女は天使のような笑みを浮かべる。いや、その比喩は正確ではない。背には白い翼。彼女は天使そのものなのだから。
テーブルを囲む『みあお』たちの髪を引っ張るものがいる。小さな、青い小鳥‥
「もう! 何言ってんの。解ってんでしょ? アタシたちの見る夢だもの。ただの夢じゃないって」
『みあお』たちは苦笑する様にやはり同じ『みあお』である小鳥を見つめ、頷いた。
不思議な空間でテーブルを囲む少女達。彼女達がいる場所はもちろん人界ではない。
ここは、深淵の闇より深い人の、心の中。
彼女達は、同じ人物の中に存在する別の人格。人はそれを一般的にこう呼ぶ。多重人格‥と。
「え〜っと、みあおでしょ、それから鳥娘のおねーさんに、天使のおねーさん。それに小鳥ちゃんに、あと、オリジナルのみあお。いままでここにいたのは5人だよね。ってことは、第6のみあおってことなのかな?」
「そうですわね、私たちの誰でもないのですから」
少女のみあおが、自分達の顔を見つめながら指を折っていくのを見て天使は微笑んだ。新しい人格が、どうやら生まれたらしいというのは、正直複雑である。が
「ま・5人もいる時点でそういうこともあるかな、って思ってたけどさ‥?」
紅茶のカップをもう一度口にしながら告げる鳥娘の表情は、口で言うほど嫌がってはいない。それは他の二人も同様で‥
「ねえ、どしたの?」
浮かない顔をしているのは小鳥だけだった。(鳥の顔で「浮かない顔」が普通は解るはずは無いと? そこは同じ人物の魔法である)
「え? ああ、何でもないよ? ただ、どんな子なのかなあ、ってちょっと思っただけ」
首を振った小鳥の言葉にもちろん彼女たちはそれだけではない、と解った。
だが‥追求はしない。同じ『みあお』であろうとも。いや、だからこそそれぞれの個性と心は尊重する。それが、暗黙のルールなのだ。
「そうだねえ‥みんな違うもんね、本当にどんな子だろう?」
テーブルの上のプチチョコケーキをパクパクと口に運ぶ少女は、首をかしげる。ほらほらと口元についたチョコレートを天使の『みあお』はハンカチでそっと拭いてやった。
「悪い子では無いと思いますよ。みあおちゃんというか‥本当のみあおさんに近いのかもしれませんわ」
「そだね。高校生にしては、行動は幼い気がするな。まあ、本当ならみあおは13歳だもんね」
自分達の足元で眠るオリジナルの『みあお』の影を見つめる鳥娘の目はまるで親友を見るように優しい。
「アタシたちはきっちりと役割分担されてる分、他のことはあんまり得意じゃないし、普段はみあおに任せているけど」
少女の肩に小鳥はふわりと飛び上がり、見上げるようにくりくりと丸い瞳を見つめた。流れる銀の髪が顔にかかって羽を振るわせる。
そういえば、と天使は顎に手を当てた。
「記憶の中にありますの、そういう本を読んだことが。オリジナルの『みあお』さんの記憶か、それともお父様の書斎での記憶か解りませんけれど、私たちのような人物の記録が‥」
軽く集まった視線に頷きながら天使は話を続ける。
「私達のようなものは、問題から本体を守るために存在するものですから、何かに特化することが多いそうですわ」
世の中には自分達のような人が稀にいる、という話は知っていた。自分達のように外見まで変化するものはそうはいないようだが‥。
「へえ、みあおたちとおんなじだね♪」
楽しそうに微笑む少女を見つめる目は、どこか同じ優しさを湛えていた。大切なものを見守る目‥
小鳥は少女に頭を寄せる。
(アタシは、偵察担当。この子を傷つけるものが、近づかないように調べる者)
強く心に誓って‥
鳥娘は目を閉じる。
(あたしは、攻撃担当。この子を傷つける全てのものを排除する者)
自分自身に言い聞かせるように‥
天使は、胸に手を当てる。
(私は、私の全てでこの子を受け止め、そして‥幸せへと導く者)
誰よりも慈愛の笑みを頬に浮かべて‥
彼女らは少女を見る。本当の『みあお』は、全てを失い心を閉じた。
少女と、自分達に全てを託して、生き直すために。
だから、一番本当の『みあお』に近いのは間違いなく少女のはずだ。
(((‥ならば‥)))
同じ思いが湧き上がる。だが、彼女達には口に出せなかった疑問。口にしたのは‥少女だった。
「ねえ、新しいみあおさんって、どんな子かな?」
時間にしては、ほんの僅かの沈黙。それを破ったのも、また少女のみあおだった。
「なあにみんなして、黙って、変な顔しちゃってさ〜」
「あんたは気楽ねえ、新しいみあおが敵とかだったらどうすんの?」
鳥娘の空になったカップに新しい紅茶が注がれる。
「そんなことはありえませんわ。同じみあおですもの。私達や、自分自身に害をなすなど‥」
(無いとは、言えないんだけどね)
甘く、どこか楽天的な天使の言葉に小鳥は反論を飲み込む。あんなこと‥誰も知らなくていい。
「心配なら、ここに呼ぼうよ。あたらしいみあおさん」
「えっ?」「本気ですの?」「大丈夫かな?」
心配顔の三人とは対照的にみあおの顔は驚くほど、明るい。
「大丈夫だって。話してみよう。そうすればきっと解らなかったことも解るよ」
ねっ? 少女の笑顔に三人は苦笑した。せずには、いられなかった。それぞれの思いを込めて。
(相変わらず、御気楽なんだから。でも、あんたがそうしていられる為に、あたしたちはいるんだもんね)
(全てが敵とは限らない。最悪の敵はもう消えたんだから)
(子供こそが最高の賢者、本当かもしれませんわね)
いつのまにか、その少女は紙をテーブルの上に広げ、手紙を書いている。
「え〜っと『新しいみあおさんへ、今、みんなでお茶会をしています。一緒にケーキとお茶を如何ですか?みあおより‥』で〜きたっと!」
「アタシが配達してあげよっか?」
小鳥の言葉にううん?と少女は首を振る。
「おんなじ心の中にいるんだもん。これで十分だよ。みあおさんにと・ど・け〜」
封筒に入れて折られた手紙は紙飛行機の形をとって、薄闇の彼方に消えた。
「あとは、あれを読んだらみあおさんも来てくれるよ。お茶でも飲んで待ってよ。というわけでおかわり〜!」
差し出されたティーカップにまたケンブリックティーが注がれる。
冷めることも無く減ることも無いお茶のように変わることが無いと思っていたこの世界。だが‥紅茶の湯気を見つめながら彼女達は思った。
(何かが、変わろうとしているのかも‥)
(いつまでも、このままではいられない、って事かな?)
(新たなる変化が良き物となるように、祈りましょう)
娘の周りを紙飛行機が回転する。
柔らかな風のように彼女の周りを一回転して、差し出された手の上にすっと着地した。
白い手がゆっくりと紙飛行機を撫でると紙飛行機は、桃色とオレンジの小花模様が優しい便箋へと早変わりする。
「何かしら?」
便箋に浮かぶ拙いが、優しいレタリングの文字に彼女はそっと微笑むと手紙を大切に折って制服のポケットにしまう。
「何しているの?みあおちゃん」
「何でもない。ちょっと用事ができたから後でね」
解った、手を振るクラスメイトに手を振りかえしてみあおは教室を出た。
ポケットの中に入れたはずの手紙は、触っても音はしない。彼女にしか見えないそれは、幻の手紙。
「ご招待は受けなきゃね。一度、みんなともご挨拶しとかないといけないし‥」
木陰の小さなベンチに腰を下ろすと、手紙を胸に抱き、幻影学園2−C組 海原みあおは目を閉じた。
「あっ! 来たよ」
「新しい『みあお』どんな子なのかな」
「仲良くできるといいね」
「早速、お茶の用意を‥」
テーブルを取り巻く椅子は4つから5つへ
ティーカップも、いつの間にかまた一つ増えた。
心は、もう彼女の存在を認めているのだ。きっと‥
私達にとっては夢は現実、現実は夢。だけど‥夢でさえずっと同じではありえない。
「こんにちは! 海原みあおだよ♪」
新しいみあおの訪れと共に、新しい何かが今、始まる‥。
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