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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


■この夏に最初で最後の奇蹟を■

「へへへへへ編集長っ! 大スクープ大スクープです!」
 三下がいつになく息を切らせて碇麗香のもとへそう言って持ってきたものは、とあるネガだった。
「? あなたの言う大スクープはどうせ大したことでもないでしょう」
 言いながらネガと写真とを見た麗香の目が見開かれた。
 写っていたのは、草間・武彦と見知らぬ……どう見ても高校生ほどの可愛らしい白服の少女だった。しかも……仲良さそうに腕を組んで街を歩いたり、挙句、少女が草間の頬にキスまでしているものまである。
「……他人の空似とかいうオチじゃないでしょうね」
 麗香の言葉に、トン、と今度はテープレコーダーが置かれる。盗聴と録音までしたのか……これではある意味犯罪だ。ともかく麗香は聞いてみる。編集部全員の耳も、ついでにそっちのほうに集中する。
『草間さんは、どうしてわたしにこんなに優しいの? 毎日ここのところデートちゃーんとつきあってくれるし♪』
『いやあ……その……そりゃもう、君が綺麗だからさ……ハハ……』
 情けなくも聴こえる、苦し紛れのお世辞。その声も言い方も間違うかたなき草間興信所の主たる草間・武彦のものだ。
 生憎そこでテープは切れていたが、麗香は「これだから男ってのは……」と頭を抑える。
「ええ、男なんです」
「そんなの言われなくても分かってるわよ」
 三下の言葉を無下にあしらおうとした麗香だったが、次の言葉で完全に硬直した。
「ですから……テープはここで終わってるんですが、その後の会話、ぼく聞いたんです……この女の子は『男』なんですよ」
 かくして、草間興信所の主の男色説がまことしやかに界隈に広がっていった……。



■根も葉もなくもない(?)噂■

 撮影が無事に終わって良かった。
 仕事に真面目な春日・イツル(かすが・いつる)は、毎度のことながらにそう思いつつ、アトラス編集部へ、有名トンネルの一つ───Hトンネルの中の様子を撮影したビデオを持って行った。
 暑い空気にじりじりとなっていた肌が冷房で冷やされ、心地いい。
 編集部はいつものようにざわついていたが、特に気にも留めず担当の者にそのビデオを渡し、帰ろうとしたところへ、「草間氏は同性愛者……」という編集者達の声が聴こえた気がして、一瞬足を止めた。
(気のせいか?)
 そのまま聞き耳を立てていると、どうも「テープを聴く限りでは苦しそうだったけど一応お世辞言ってたしなあ」とか「頬にキスまで……だもんな」と、更に聴こえてくる。
(何かの依頼でやってるんじゃないか?)
 と、そのままアトラスを出るイツル。
 だが、そういえばあの依頼の時のお礼もまだだったしと、ついでに草間興信所に足を向けた。


 オープンカフェの一席で、男装の麗人、蒼王・翼(そうおう・つばさ)はその麗しい容姿ゆえに女性客の視線を集めつつも、風達の言葉に耳を傾け、ふと小首も傾けた。
 小さな声で、風達の囁きと同様にこちらも囁くように、優しく語り掛ける。
「武彦が少年と……? それは確かなのかい? でも、それはおかしいね。彼が趣旨変えをしたって話は聞いた事がないよ」
 そしてまた、言葉を切って風達の言葉を聴いていた彼女だったが、ふと、「待って」と優しく微笑んだ。
 自分達に向けられたものと勘違いした女性客達が小さく嬉しい悲鳴を上げるが、翼の耳には風達の声しか今は入っていないようだった。
「ああ……ごめんね。君たちに答えを教えてもらっても良いんだけど、今回は彼から直接聞かせてもらう事にするよ。また困った事があれば助けてくれるかな?」
 最後の涼やかな甘さを感じさせる言葉に風達は清純な心で以て甘えを示し、それを感じて翼もまたにっこりと微笑んだ。
「ありがとう」
 さて、と「現実」に戻った翼は紅茶の残りを飲もうとして、少し後ずさった。
 いつの間にか翼のテーブルの周囲に女性客達が席を近づけてきていて、翼のためにと色々な品物を注文していたのだった。
「ええと……ごめんね。急用が出来てしまって。皆また会う機会があったら是非僕とお茶でも」
 一斉に「はいっ!」と返って来る言葉にまたなんとか微笑んでみせ、翼はようやく草間興信所へと足を向けることが出来たのだった。


「いや、まさか興信所でまでご一緒に行動なさっているほどの仲とは存じませんでした」
 にこにこと───どう見てもこの状況の草間をからかいに、そして楽しみにきたとしか思えない微笑みを浮かべながら、セレスティ・カーニンガムはソファに座っていた。
 向かいのソファでは、草間に膝抱っこされている(というよりは「している」)、これが噂の少女、いや少年なのだろう、可愛らしい瀧上・秋と冷や汗がやまない草間武彦。
 恨めしそうに、セレスティを見る。
「お前なあ……からかいにきたんなら帰れ」
「からかうだなんて、そんな」
 にこにこと、セレスティ。
「性別が男性でも、それは人それぞれの趣向ですから、草間さんに不都合が無ければ、それは依頼にもならないのではないかと」
「俺のこの表情のどこが不都合がないように見え───」
 草間は言いかけ、じーっと至近距離から自分を見つめている秋にハッとし、歪んだ笑みを浮かべる。
「ま、まあ……茶でも飲んでいけ」
「言われなくとも、先程から頂いております。美味しいシュラインさんの淹れたお茶を」
 にっこりと言うセレスティのその固有名詞に、草間は傍目にも分かるほどぎくうっと飛び上がりかけた。
 そう───いつもどおりの笑顔で「ありがとう、セレスティさん」と応えるシュライン・エマ。彼女がいつもと全然変わりもなく草間に接しているのが今の草間の何よりの恐怖だった。
「あー……ちっと洗面所でも掃除してくる」
「じゃ、わたしも」
 立ち上がる草間にぴっとりとくっついて、少女と違わんばかりの声で、秋がついていく。
 二人が行った後、セレスティの「いいんですか?」という風な視線に、シュラインは苦笑しながらため息をついた。
「まぁ、武彦さん本人が男色ではないのも分かっているし」
「なんだか、からかい甲斐があるのは草間さんしかいないようですね」
 少々残念そうに微笑む、セレスティ。まあ、このような状況下であれば、適度に付き合っている人間ならばからかいたくなるのが人情というものだ。
 そこへ、興信所の扉が開いてイツルと翼がやってきた。
「あら、こんにちは。二人とも噂を聞いて?」
 と言いながら、「今お茶を淹れるわね」と台所へ行くシュラインの代わりに、「どうも」とセレスティは会釈をし、席を勧めたのだった。



■噂の真相は?■

「からかうのは残念ですけどここまでにしておきましょうか」
 と、草間と秋がまだ洗面所の掃除をしている間に、とばかりにセレスティは、イツルと翼がソファに座り、シュラインがお茶を置いてこちらも座ったところで長い足を持て余すように組む。
「草間氏が大人しく瀧上君とのデートにつき合っているのは、何か後ろめたい事や、何か気に掛かる事でもあるのでしょうか」
 自然、三人の視線がセレスティのその言葉と共にシュラインに向けられる。今や公認となっている草間武彦の恋人のシュラインだが、彼の全てを知っているわけでもない。シュラインは困ったように、だがハッキリと自分の考えを言った。
「ここまでしてるのは……親御さんに頼まれてるとか、かしら。霊等が秋くんに憑いててとか、体調等に関係してる……とか。武彦さん本人に聞いてみたほうが良いことは確かね」
「だろうな」
 翼もそのつもりで来たのである。ただ一人、黙々とお茶を飲み、お茶菓子を食べているイツルの考えだけが分からなかったが……彼にも思うところはあるのだろう。
「それにしても、セレスティさんのからかい方は素晴らしいとしか。武彦さん、本気で視線が助けてって言ってたわ」
「それは分かってはいたんですが、女性(男性)関係にお困りになる所を拝見するのは面白くて」
 草間にとってはなんとも無情なことを言うセレスティの言葉を背に、翼がそれとなく洗面所に向かう。
 そこでは、本当に草間は雑巾とたわしを手にがっしゅがっしゅと掃除していた。秋も楽しそうにそれを手伝っている。
「ちょっといいかい、武彦」
 洗面所の入り口で、様子を見ていた翼は優雅に壁に背中をもたれかけさせながら呼んだ。秋には、極上の笑みで、「ああ、少しだけ武彦を借りるよ。仕事上の話でね」と言うと、秋は魅了でもされたのか、
「はいっ」
 と、頬を染めて大人しく洗面所に残った。
(?)
 少し引っかかったのは翼だったが、とりあえず、皆のいるところに行く途中、少しからかい気味に横目でちらりと疲れ果てたような草間に言ったものだ。
「随分と面白い事になってるみたいじゃないか? 風たちが面白おかしく噂してたぜ。で、何か困ってるなら相談に乗るけど?」
「困るも何も……地獄の果てまで困ってる」
 例えにもキレがない。これは相当参ってるな、と感じた。
「地獄の果てまでついていくような勢いですね」
 耳にしたセレスティがにこにこと言うと、
「蠍座の女ですか」
 と、お茶をすすりながらイツル。
「男だっ!」
 ゼェゼェ息を乱しながら、疲れ果てたように草間はソファに身を落とした。
「お疲れ様、武彦さん。洗面所、随分綺麗になったかしら」
 にっこりと草間の前にお茶を置きながら、シュライン。
「まあな……」
 げっそりしながら、草間はお茶を味わう元気もなく一気に飲み干す。
「ねえ、武彦さん」
 そんな草間に、シュラインは、ふと真顔になって言う。ドキリとする、草間。
「な、なんだ?」
「私、考えたんだけど……」
 ごくりと、草間だけでなく他の面々も思わず唾を呑み込む。
「やっぱり私───」
 そこまでシュラインが言った時、草間が耐えられなくなったように叫んだ。
「お、俺は無実だっ! つか、お前と別れるくらいなら何でも話す!」
 おお、と思わずギャラリーからざわめきが沸き起こる。
「別れる別れないはシュラインさんの自由ですが、それ以前に草間さん。このまま疲労し続けていってあなたが死にそうなんですが」
 今まで黙っていたイツルが、そう言う。それも確かに、と頷く一同。
「あのね……誰が別れるって言ったの?」
 シュラインが言うと、「え?」と拍子抜けしたように、草間。セレスティも察していたらしく、こっそり肩で笑っている。
「相当疲れてるみたいね、イツルさんの言うとおり。私が言いたいのは、やっぱり武彦さん、貴方にどんな事情があるのか、口に出来る分だけでも話してほしいっていうこと。どうお世辞言っても嫌々やってるのはやはり無理が来るし、恋愛感情はないとしても何かしてあげたいくらいの好意は持ってるでしょうし、嘘より誠実な心での対処、した方が良いような気もするわ」
「大人しく瀧上君とのデートにつき合っているのは、何か後ろめたい事や、何か気に掛かる事でもあるのでしょうか。お仕事柄、数々の依頼などをこなして来られてますから、記憶に無い事もあるでしょうから、その関係で草間氏のことを伝え聞いた、とかですね。推測できるのは」
 シュラインに次いでセレスティ。草間はホッとしたように再びソファに身を沈めた。
「まあぶっちゃけて言うと……これなんだよ」
 武彦が、両手をだらん、と前に出してみせる。
「……幽霊?」
 翼が、眉をひそめる。
「ああ」
「瀧上君が、ですか?」
 セレスティの問いにも、「ああ」と、草間。
「なんだか読めてきたわね」
 シュラインが言うと、イツルは少し考え込み、「それでも自分の思ったことはしよう」と誰にともなく呟き、またお茶をゆっくり飲む。
「そもそも二人の出会いはどこからどう始まったんです?」
 セレスティの更なる問いに、草間は話した。翼が、秋にバレないよう洗面所のほうに注意していた。

 聴くと、寝ていた草間の前に、秋は突然現れたのだという。秋は実体化している幽霊で、何の執念で実体化するに至ったかというと、ただひとつ、病気でいつも病院に通う途中、草間興信所の前を通り、たまに草間を目にしていて、「架空の兄」にしていたのだが、死ぬ間際に「一日でいい、女になって草間さんとデートしてみたい」と強く想った為、そうなったのだった。
 そこまでを秋に聞いた草間は、一日だけならと思い、デートしてやったのだが……延びに延びて既に一ヶ月が経つという。

「欲は欲を呼ぶといいますからね」
 セレスティが、足を組みなおしてお茶を飲む。
「なるほど。それなら手っ取り早く原因を取り除く事をお勧めするな」
 翼は、まだ洗面所のほうを警戒しつつ、言う。
「僕の助けは必要かい? 武彦」
「猫の手も借りたいくらい必要だ」
「せめて麗人の手を是非ともに、とでもいえないものかな」
 苦笑しながら、だが翼は疲弊しきっている草間を助けるべく心の準備を整えた。
「俺も手伝いましょう」
 イツルが、お茶菓子を綺麗に食べ終えて、言う。
「私もです。霊は速やかに成仏させてあげなければ可哀想ですからね」
 セレスティはそう言って立ち上がり、ふと草間を振り向く。
「ところで───最初からあの女装だったのですか? 瀧上君は」
「いや、枕元に出た時はちゃんと男の服だったな。声ももう少しハスキーっぽかったが」
「今時の幽霊は、実体化もするのなら着替えることも出来るんでしょうね……」
 こちらも何か引っかかるものを感じたらしく、語尾をなんとはなしに濁しながら、シュライン。
「草間さーん、まだですかー?」
 洗面所から、少し不安そうな声の秋の声が聴こえ、草間は慌てて、「ああ、もう来てもいいよ」と、疲れたように言ったのだった。



■箱の中にまた箱が■

 自分の「正体」がバレた、と知っても秋は今までの態度を崩さなかった。
 それどころか、成仏を勧めても、
「成仏なんて、イヤ。こうして草間さんとずーっと一緒にいるのが生きがいなんです」
 と、にこにこと草間にぴっとりと張り付く始末である。
「幽霊の開き直りというのは……厄介だな」
 ぽつりと翼が呟いたが、全くその通りだった。シュラインも「困ったものねえ」とため息をまた深くし、他に何か手立てはないかと考える。
 そこで、ハタと思いついた。
 草間が秋の犠牲になっていちゃつかされている間、皆を集め、考えを言ってみる。
「架空の兄にしていた、って言っていたわよね。日記とかは残っていないのかしら?」
 それで、イツルも気がつく。
「そこに心残りがまだあるような原因が書いてあれば、しめたものですね」
「それでは、私が車で行ってきましょう。ご両親は海外旅行中とのことですが、一ヶ月も経っているなら流石に帰っているでしょうから」
 セレスティが言い、そっと興信所を出て行く。
「架空……つまり妄想などをする人間は、日記もつけていることが多いからな」
 翼が呟くと、外から花火の音が聴こえてきた。
 そうか、今日は夏祭りだ。というか───。
「もう夜になってたのね」
 夕食の支度しなくちゃ、とシュライン。そして、
「実体化してるんだから、秋くんも食べるのよね……?」
 と、実に微妙な疑問を持ったのだった。



 夕食が出来上がる頃には、セレスティは無事に戻ってきていた。事前にシュラインのほうから電話で連絡を入れておいたため、秋の両親は驚きはしたものの、ご迷惑をおかけしますと平謝りしながら部屋に通してくれたという。
 思ったとおり、秋の日記は実在していた。そんなに厚くはない白いノートで、右半分は自分で描いたのだろう、花柄になっていた。
 それも何か妙に思った一同だったが、とりあえず日記の存在を秋に知られてはならないと、セレスティは気をつけながらシュラインに渡し、シュラインは更にそれを書類の束の中に隠した。他のノートと混ざり、パッと見てもそのノートがどこにあるのか分からない。見事な隠し場所だった。
「いただきまーす♪」
 お客用のお箸を使い、シュラインお手製の料理を美味しそうに食べていく、秋。
「花火の音、すごいですね。草間さん、あとであのお祭り連れてってくださいね♪」
「あ、ああ……」
 引きつる笑みを浮かべながらの草間に、にこにこと無邪気な笑みを浮かべる秋。
 最初にカマをかけたのは、一番最初に引っかかりを感じた翼だった。
「武彦もいいけど、たまには僕にもつきあってくれないかな? 可愛い砂糖菓子のようなレディ?」
 そしてまた、能力ではない極上の笑みを向ける。
 すると、カラカラン、と秋は箸を落として赤くなり、そわそわと両手を頬に当てた。
「で、でも……わたし、草間さんでないと……」
 そして、今とばかりに箸をぴしっと置き、キリッと視線を秋に向けたのはイツルだった。
「草間氏は、君に対して本音は仕方なくやってるんだ。本当はどこかでイヤだと思っている!」
 ぐさあっという音が聴こえるほど、秋は見た目にも可哀想なほどダメージを受けたらしい。
 更にイツルは冷たい言葉を浴びせ続ける。
「君の行いは草間氏を疲労死へと追いやっている」、「君がそんな行為を押し付け続けている限り草間氏は君を嫌い続けるだろう」、など一頻り言った後、しーんとなった食卓に、一間隔を開け、クールさは変えずに実に男、いや漢の発言をした。
「恋愛の相談は無理だけど、友達がいなくてに言えないなら俺に吐けばいい」
 ふるふると震えていた秋は、わあんとイツルに抱きついていった───華麗にかわされ、壁に激突したが。
 大丈夫? と立ち上がって彼女、いや彼の肩に手をかけようとしたシュラインの手と、一同が硬直したのは次の秋の発言が原因だった。
「ぼくは最初から草間さんとは友達になりたかったんだ、イツルさんみたいな友達が欲しかったんだ、美野里(みのり)!」
 声も、ハスキーなものになっている。だが次の瞬間すぐさま、今までの少女と違わぬ声にかわる。
「そんなこといったって、わたしは草間さんみたいな人が好きなんだもん! お兄ちゃんこそ、男装の麗人が好みのタイプだからって翼さんにときめいちゃって、なによ!」
 そしてまたハスキーな声に───顔つきまでその都度変わっている。
「人の好みに文句つけるな! ぼくが死ぬまでずっとぼくの身体の中にいたクセに!」
「……二重人格か?」
 呆然と言う草間に、翼がやっと引っかかりが取れたといった風に、言った。
「いや───これは、箱の中に更に箱が入っていた、ってことだよ」
「イツルさんの攻撃で見事に正体を現したわけですね」
 セレスティはきちんと食事を終え、「ご馳走様でした」と丁寧に食後の挨拶をする。それを分からないような顔をしながら見ているイツルと草間に、シュラインは説明した。
「つまり───お兄さんの秋くんの中に、死ぬその時まで、多分その前に亡くなっていた秋くんの妹さんが入っていた、っていうことでしょうね」
 セレスティはそして、部屋に入った時に、秋の机の上に小さな女の子と一緒の写真があるのを見た、と今になって話した。
「お前そういうことは早く言え早く」
 という草間に、セレスティは微笑む。
「何か機会がないと言えないことだと思いましたので。その機会を作ってくださったイツルさんと翼さんの功績でしょうね」
 そして自然、ひとつの身体を共有している実体化した幽霊───秋と美野里に一同の視線が向けられる。
「わたしは絶対成仏なんてしないからっ」
「美野里───ぼくはもう疲れたよ……」
「いくらわたしの好きだったアニメの最終回の台詞言ったってダメ!」
「美野里ぃ……」
 同じ身体で兄妹が言い合いをしている隙に、そそくさと食器を片付ける一同は、これまた草間の陰に隠れて、隠しておいた日記を急いで読んだ。
「特に心残りらしいものはないけど……」
 シュラインが言うと、
「つか、頼まれたことは全部俺はやってきたんだ」
 と、小声で草間。
「日記の最後は?」
 翼が尋ねると、シュラインの手がそのページを探り当てる。
「『ホワイトクリスマスで草間さんと雪合戦したら、楽しいだろうな』───ここで終わってるわ」
「雪と、雪合戦ですか」
 セレスティが言い、
「冬までこのままでいるしかありませんね」
 とのイツルの言葉に、「下手な冗談はやめてくれ」と、情けなく呻く草間だった。



■この夏にただ一度の奇蹟を■

 ともあれ、ぎゃーぎゃー言い合っている秋と美野里を連れ、一行は夏祭りに連れて行くことにした。
 小さな夏祭りだったが、上がっている花火は大きいようで、「もっと近くで」と、次第に秋(美野里)もはしゃいで草間の手を引っ張った。
「こうして見ると、実に仲のいい兄妹に見えるんですけどねえ」
「武彦さんの顔がいつもの顔ならね」
 セレスティの言葉に、シュラインは苦笑する。
 実際、疲れた顔でなければ、草間は実の兄のように、わたあめだのリンゴ飴だのを買ってやっていた。
「花火はどこで上がっているんでしょう?」
 イツルが探していると、同じく探していた翼が、人だかりを見つけて指差した。
「あそこみたいだね」
「うわあ、いこういこう、草間さん!」
 途端に、秋(美野里)が草間の腕を引っ張っていく。
 人だかりも押しのけ、花火が真上にくるほど近くにきた。その時、草間が疲労しきったせいなのだろう、足をふらつかせて近くのカートを自分の身体ごと倒してしまった。
 中に入っていた小さな売り物の白い野球ボールほどの大きさの風船が、おもりでも入っているのかころころと転げ落ちる。秋(美野里)が、ハッとする。
「ああっ気をつけてくださいよお客さん! これは今年のウチの新製品なんですから」
 と、玩具業者らしい男が慌てて拾い上げながら言う。出張で来たのだろう。草間はシュラインに抱き起こされ、「どうも、すみません」と頭を下げた。
 頭上で、ひときわ大きな花火が上がる。真っ白に散る火の粉の中で、秋(美野里)は、心配そうに草間を見ていた。気付き、「ああ、大丈夫大丈夫。いい席取れたか?」と、草間は笑ってみせる。
「……うん。取れました」
 にっこり笑った秋(美野里)の瞳に、涙が光っていた。そのまま、すうっと消えていく。
 ハッとする一同のもと、兄妹達は、小さく、
「ありがとう」
 と、最期に言ったのだった。



「雪合戦とまではいかなかったけれど、つまるところ、あの転がった白い風船ボールと白い火の粉が最期の奇蹟を起こしたんでしょうね」
 日常に戻った草間興信所で、夜も更けた頃、セレスティが緑茶を飲みながら言う。
「この日記帳、右半分は美野里さんが描いたんだろうね。可愛いな」
 無論あとで両親の元へ戻る日記なのだが、翼はその表紙を優しい瞳で見つめている。
「まあなんにせよ、矛先が俺に向かなくてよかったです」
 イツルの言葉に、今までの分とばかりにぐっすり寝ていた草間が飛び起きる。
「お前それでも血の通った人間かっ!」
「疲労で死にたくはありませんし。俺はまだ若いですから、何よりも」
「くそーっ! 俺だって充分若い!」
「ほらほら、武彦さん。今はゆっくり休まないと」
 と、また子供をあやすように寝かしつける、シュライン。
 ぶつぶつ言いながらも、それでもすぐにまた寝入ってしまう、草間である。
 微笑みながらそれを見て、シュラインは立ち上がる。
「帰る前に、何か軽いものでも食べていかない?」
 一斉に「いただきます」とそれぞれの言い方で返って来る言葉に、シュラインの腕は今日も台所で振るわれるのだった。




《完》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2554/春日・イツル (かすが・いつる)/男性/18歳/俳優+アニメショップ店員+魔狩人
0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
2863/蒼王・翼 (そうおう・つばさ)/女性/16歳/F1レーサー兼闇の狩人
1883/セレスティ・カーニンガム (せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、「箱の中の箱」というフレーズと、「夏に雪を例えるなら何があるだろう」と考えてできたものが、これでした。開けても開けても意地悪く出てこなくて、最後は小さな嬉しいプレゼントだったり、皆さんはそんな経験はありませんか? わたしは一度、そういう目にあったことがあるのですが……あ、一度じゃなかったかもしれません(笑)。因みに、今回は特に個別にする部分もありませんでしたので、全て統一してあります。そのため少しわたしのノベルとしては長いほうになってしまいましたが、お赦し下さいませ;

■春日・イツル様:初のご参加、有難うございますv プレイングがまた意表をついたもので、どこにどう使おうと考えていましたが、遊撃的な役柄として使わせていただきました。口調や行動などもどんな感じか考えながら書いたのですが、お気に召されませんでしたらすみません; しかし、成仏完全にしていなかったら、イツルさんのほうに「お兄さん」と呼ばれ行っていたような気がするのは、わたしだけでしょうか(笑)。
■シュライン・エマ様:再びご参加、有難うございますv さすがは大人の女の方、という感じのプレイングでしたので、小さな女の子が太刀打ちできるはずもありませんでした(笑)。自分の中でのシュラインさんのイメージに、新しいイメージが加わった感じがします。霊的なもの、というくだりはさすがと思いました。やはり今回のシメはこのメンバーの中ではシュラインさんの言動でと思いましたので、このような形のシメになりましたが、如何でしたでしょうか。
■蒼王・翼様:再びご参加、有難うございますv 秋の元々のタイプが翼さんのような男装の麗人、とさせて頂きましたので、引っかかりを最初に感じる役柄とさせて頂きましたが、翼さんの心境としては如何なるものでしたでしょうか。その点では、最後の部分、成仏しなかったら……イツルさん同様、「ターゲット」のひとりになっていたのでしょうが、翼さんなら難なく乗り切れそうな気がします(笑)。なるべく能力を使わずに、ということでしたので、最後の部分も能力を使わずに成仏させる、という形をとらせていただきましたが、如何でしたでしょうか。
■セレスティ・カーニンガム様:再びご参加、有難うございますv 「この状況を楽しむ」というようなプレイングをもう少し生かしたかったのですが、そうするとかなり長くなってしまいそうでしたので、やむなく断念しました。本当に秋が男色家なら、「次のターゲット」にセレスティさんも漏れなく入っていたような気もするのですが、もしそうなっていたらと考えると、それでもセレスティさんならその状況すら楽しんでしまう気がします(笑)。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。本当はもう少し最後のほうを細かく書きたかったのですが、そうするとくどくなってしまうかなと思い、やめました。でも、秋と美野里には、あの夏祭りの花火と白い風船ボール、そして草間武彦の懸命な努力(?)が成仏するだけの充分な効力を持つほどに感動したのだと思って頂ければと思います。たまにはこんな風に軽い(?)うったえかたでもいいかな、と(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆