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<東京怪談ノベル(シングル)>


ヨッさんのカメラ



◆ 借り物

「おーい、来生、お前カメラも使えたよな? ちょっと手伝ってくれ!」
「はい?」
 半分扉から身体が出ている同僚から声を掛けられ、来生・十四郎は一瞬目を丸くした。
 職場で休憩と称して悠々と新聞を読んでいた来生は、改めて周囲を見回し、空席が多いことを認めた。
 ここは雑誌「週刊民衆」の編集部だ。記者たちはほとんど出払ってしまっているらしい。
「急いでくれ! 人が足りないんだ!」
「はいよ。って、カメラがねえじゃねぇか。」
 来生は記者なので、個人的にカメラは持っていない。会社の備品も、人手が足りない状況からも分かるように、全て使用中である。
「来生、早く!!」
「わーってるって! ちょっと待てよ!」
 ざっと机の上に視線を走らせ、ふとある一点で止まった。
「おっ。あるじゃねぇか、カメラ。」
 大股にその机へと近付き、そのカメラを持ち上げる。それは旧式のカメラだった。
「ん? もしかして……。」
 机の位置を確認し、来生は頷く。
「おーい、ヨッさんって今何してるか分かるかぁ?」
 声を張り上げ、誰ともなしに聞いてみる。
「彼はここ2、3日無断欠勤してるよ。」
「へえ? 珍しいな。」
 通称「ヨッさん」は来生の大先輩である。編集部の中でも最古参で、来生にカメラの使い方から業界を渡る術までも教えてくれた。
 その彼が古くから愛用しているカメラがここにある。いつも大切に肌身離さず持ち歩いているのに、どうしたのだろうかと思った。
「来生!!」
「だー! うるせぇ、今行くよ!」
 思考が切断され、来生は苛立った声で返答を返した。
「すまねえ、ヨッさん、ちょいとこいつ借りるぜ。」
 手早く荷物の中にカメラを入れ、未だ怒鳴りつけている同僚の元へと駆け出した。



 取材は無事完了し、来生は現像された写真の調査を始めた。すぐに使えるものと使えないものを選別して、ライターの方に回してやらなければならない。
「あ? なんじゃこりゃ。」
 写真の中に、写した覚えのないものが混じっていた。背景も、他のものとは全く違っていた。
 借りたカメラにはフィルムが入ってなかったので、旧式ということもあり、途中でフィルムを新しく買ったのだ。
 だから写真は全て来生が撮ったものであるはずだ。こんなものを撮った覚えはないと、確かに言い切れた。
 写真には、夜の繁華街が写っている。来生の本日の取材場所と、この繁華街の場所はちょっと遠すぎた。明らかに来生が間違ってシャッターを押してしまって撮ったようなものではない。
 他に何か手掛かりになりそうなものはないかと目を凝らし、画面が暗くてよく分からないので、隅々までじっくり眺め、来生は端の方にヨッさんに似た人物が移っていることに気付いた。
「……なんだ?」
 嫌な予感がする。
 肌身離さず持ち歩いていたカメラが、無造作に机の上に置いてあったこと。
 当の本人は、2、3日無断欠勤であること。
 そして、不可思議なこの写真。
 来生は慌てて、彼のスケジュールを調べた。
 無断欠勤を始める前に、彼が取材に赴いた場所は……。



◆ 探し物

 嫌な予感ほど命中するものはない。
 彼は確かに3日前に、写真の場所へと取材に行っていたという。
 来生はじっとしていられず、周辺の聞き込みを始めた。あまり治安のよくない場所でもあり、なかなか情報が集まらない。
 仕事も忘れ(時々気付けば、留守電に編集部から電話が掛かってきていた)、来生は辛抱強く聞き込みを続けた。
「あー、なんかその辺のビルに連れて行かれたのを見たかもしんない。」
「本当か?!」
「多分。こんなカメラ持ってた気するし。」
 ぼそっと有力な証言を呟いた少年の言を頼りに、来生は聞き込みから、探索へと的を変えた。写真に写っているビルを片っ端から覗いていく。いくつかは門前払いをくって追い出され、いくつかは地下室まで入ることが出来た。
 そして、そんな中に、彼は、いた。
 愛用のカメラは、見るからに壊れてしまっていたが、それをしっかりと抱え、冷たくなっていた。
 来生はしばらくの間、無言で見下ろしていた。
 どうして彼がこんな目にあっているのか、悩まずにはいられなかった。
 巧みな話術で人から話を聞き出し、使えそうな場面は逃さず写真に収める。記者とカメラマンを両方同時にできる素晴らしい人だった。



 その後、警察に通報し、一時大騒ぎになったが、犯人はすぐに捕まった。
 元々警察が追っていた麻薬の売人が関係していたらしい。路上での薬の売買を撮られたと思って、彼を拉致し殺害したらしい。
 来生はそれを聞いても、特に怒りも湧かなかった。そうか、と自分を納得して終わった。
 彼もプロの記者だ。事件に巻き込まれる可能性も自分できちんと知っていた。彼自身も納得付くで死んだのだろう。
 最後まで、愛用のカメラと一緒だったことが、ただ1つの救いだった。



◆ 失くし物

 来生が気付いたときには、編集部の机の上に置いてあった彼のカメラはなくなっていた。
 彼が愛用のカメラを持って亡くなっているのを見つけたときに、すぐに確認したのだ。そのときにもう、影も形もなかった。誰かが持っていったのかと再三確認したが、誰からも首を横に振られた。逆に来生が見つけるまで、そこにカメラが置いてあるとすら気付かなかった、とまで言われた。
 不思議なこともあるもんだ、と思う。
 もっと早く、少なくとも有力な証言が得られときに気付くべきであった。



 何故なら、来生が撮った写真には、彼と彼の愛用のカメラが一緒に写っていたのだから……。



 * END *