コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


15年

「……ええ、はい。大丈夫ですよ、ええ。分かりました、ではその際には連絡します」
 肩と顎で電話を支え、草間は2〜3話して、挨拶をしてから受話器を置いた。
 目の前には走り書きを残したメモ。
「……高田栞、か……」
 メモを破り、失くさないよう机の抽出に閉まってから大きく体を伸ばす。
 直接訪ねて来る客よりも、電話で依頼をする客の対応の方が疲れるのは何故だろう。相手の顔が見えないと言うだけで、相手の依頼の深意も分からないものか……。
 溜息を付きつつ、今受けたばかりの依頼内容を思い返す。
 
 依頼人は今年で65歳になると言う夫婦だ。15年前に駆け落ちした娘を捜して欲しいと言う。
 夫婦は当時50歳。娘はまだ20歳だった。
 学生の身でありながら結婚したいと言う申し出を、親としてどうしても認める事が出来なかった。相手の男に定職がなかったこともあり、そんないい加減な状態で結婚生活が儘なる訳がないと、結婚を申し込んだ相手の男にも、それを認めて欲しいと言う娘にも腹が立った。せめて卒業してから、定職に就いてから考えてみないかと言う案を、若い二人は受け入れずある日、駆け落ちしてしまった。
 どうせすぐに音を上げて帰ってくると言う思いは破られ、以来、15年間何の音沙汰もない。探してみようと思った事もあったが、2人男の子が続いた後に生まれた女の子と、散々に甘やかして育てた自分達が悪かったのだ。最初から娘などいなかったものと思い、これまで探す事はしなかった。
 しかし、考えれば自分達夫婦も年を重ねた。長男・次男も結婚し、家庭がある。15年前に家を出た娘も、あの男と上手くいったならばそれなりの家庭があり、子供もいるのだろう。元気でいるのならば、一目顔を見たい。出来ることならばもう一度、親子として連絡を取り合いたい。
 娘が何処にいるのか、どんな生活をしているのか探し、調べて欲しい。
 
 ……と、依頼内容自体はとても簡単なものだ。
 今年35歳になる娘の名は、高田栞と言う。
 草間は別の抽出を開き、書類を取り出した。そこにはある女性のの名が記されている。
 数日前、興信所に一人の女性がやって来た。若々しく、物腰の柔らかい女性だ。
 女性は、大野栞と名乗った。

 大野栞は今から丁度15年前に、当時付き合っていた男性と駆け落ちをした。当時大学生だった栞と、定職に就いていない男との結婚は両親に許して貰えなかった。せめて卒業してから、せめて男が定職に就いてからと言う両親の言葉が、当時の二人には拒絶としか受け取れなかった。
 親子の縁を切るつもりで、ある日二人で東京を出た。
 以来、子供が産まれた時も病気で入院した時も、一度も連絡をしていない。心の何処かで両親を想いつつ、意地もあって、15年を過ごしてきたが、考えてみれば両親も結構な年だ。地方から東京へ戻ったのを機に、両親と連絡が取りたい。両親の怒りが解けているものなら、是非会いたいし、娘などいなかったものと生活しているのならば、せめて手紙の1通でも書いて自分や夫、子供達の事を伝えたい。
 両親が今どんな生活をしているのか、15年前に家を出た娘をどう思っているのか、調べて欲しい。

 大野栞は、旧姓を高田栞と言う。
 つまり、草間は親と子、両方から依頼を受けた事になる。
 互いに互いを想い合い、探しているのだから引き合わせれば済む。調査も何もせず依頼料が貰えるのだからかなり美味しい。
 しかし、草間はすぐに双方にそれを伝える事はしなかった。
 果たして、偶然だろうか?
 同じ時期に同じ興信所に同じ依頼をする親子。
 本当に偶然だろうか?


 草間が応接室で一人考え込んでいる時、事務所ではシュライン・エマが数冊のファイルをとんとんと束ねて机の隅に並べたところだった。机の上も抽出も、不要な物と余分な物を処分し、今現在関わっている仕事の書類だけにしてある。
「私物整理も済んだし、何時辞めてもOKね。辞職届は早めに渡しておいた方が良いのかしら……うぅん……」
 かなり真剣な面持ちで考え込んでいるシュライン。何時もならこの辺で誰かしら制止の声を上げるのだが、今日に限ってシュラインを止める者がいない。と言うのも、今事務所にいるのは長椅子で頭までタオルケットを被って就寝中の真名神慶悟と、一人テーブルに向かって細長いタロットカードを並べたりひっくり返したりしている梅黒龍だけなのだ。
 別に誰かに止めて欲しい訳ではないのだが、シュラインは大きく溜息を付く。
 時計を見ると午前10時過ぎ。
「お茶でも入れましょうか……」
 珍しく静かな事務所では、シュラインの声は妙に大きく感じた。

 さて。長椅子で、頭までタオルケットを被って眠っている男が真名神慶悟だと判断する材料は2つある。
 1つはタオルケットの端の方から覗く短い金髪で、もう1つは彼の回りを飛び回っている式神だ。
 昨夜、行きつけの店で酒を呷り、機嫌良く家に帰ろうとしたところで草間とばったり出会った慶悟は、二人して焼鳥屋に入りそこで更に強かに飲んだ。結果、終電を逃し、千鳥足で草間共々興信所に戻り殆ど前後不覚で長椅子に倒れ込んだ。
 周りを飛び交う式神達は慶悟に朝起こすよう命令されていた様なのだが……、気持ちよさそうな寝息を立てるばかりで起きる気配がない。
 仕事のため仕方なくとは言え、どうにか目覚まし時計で目を覚ました草間の方がほんの少し……、本当にほんのちょっとだけ褒められるかも知れない。

 その熟睡する慶悟から少し離れた所で、タロットカードを並べていた黒龍は飛び回っている式神達を手伝ってやろうかと思い、タオルケットの膨らみを見る。
 最も効果的な起こし方を頭の中でシュミレートいかけて、やめる。ついでに並べたカードも集めて1つの山に戻した。
 退屈な日曜日。何か面白い依頼でもないかと顔を出した興信所は思いの外暇そうで静かだった。内心舌打ちをしつつ、時間潰しにダラダラして帰るか……と思ったところで丁度何やら面白そうな電話が入った。
 応接室で対応する草間の声と、その前にシュラインから聞いた最近の依頼内容を照らし合わせて、上手く解決するかどうか持参したタロットで占いをしていたのだが、うっかり式神達に気を取られて集中力を欠いてしまった。最初からやり直すべく再びカードを並べる。
 うーん……と慶悟が呻き声を上げて身動きした。目は閉じたままだが、タオルケットから頭が現れる。
 ふわりと、風に乗って酒の匂いがした。

 その時、観巫和あげはは愛犬を励ましつつ興信所の階段を昇っていた。
 久し振りに店を休みにした日曜日。朝寝坊をしてのんびちと朝食を摂り、いつもより時間をかけて愛犬の散歩に出掛け、その帰りに興信所に立ち寄った。
 以前は散歩途中に立ち寄ると外に犬を繋いで待たせておいたのだが、今は草間の許可を得て事務所まで連れて入っている。問題は、どうも階段が嫌いなようで辿り着くのに時間がかかると言うことだ。
 それでも嬉しそうに尻尾を振りながら階段を昇る愛犬の頭を撫で、あげははうっかり斜めに持ってしまった箱を真っ直ぐに持ち直す。
 今日がオープンの洋菓子店でケーキを10個買ってきた。保冷剤の入った箱は少し重いが、冷たくて何だか心地よい。興信所は何時も不特定多数の人間が出入りしているので10個で足りるものかと心配しつつ、あげはは漸く辿り着いた扉を軽くノックした。


 コーヒーの香ばしい香りが漂い、いかにもコッテリ甘そうなケーキがテーブルに並ぶ事務所。
 タロットカードを片付けた黒龍はシュラインからカップを受け取りながらケーキを物色する。その隣では目を覚ましたもののどんよりとした顔で頭を抱える慶悟。
「はい、あんたはコーヒーよりもコレでしょ」
 言って、シュラインは二日酔いに効く小さな瓶のドリンク剤を差し出す。
「かたじけない……」
 消え入りそうな顔で応えて受け取る慶悟は何時ものキビキビした様子がなく、髪も所々妙な具合にクセが付いていて、あげはは思わず笑ってしまった。
「こんな大人にはなりたくないな……」
 ボソリと呟く若干15歳の黒龍少年。
「そうそう、絶対なっちゃ駄目よ。あ、あげはちゃん悪いけど武彦さん呼んできて貰える?応接室にいるの」
「あ、はい」
 普段なら自分で呼びに行く筈のシュラインが何故自分に頼んだりするのだろうかと思いながらも、ケーキ皿を並べ終えたあげはが草間を呼びに行くと、昨夜慶悟と一緒に飲んだと言う割にはスッキリとした様子で草間が姿を現す。
「何だ、二日酔いか?情けないな……」
 慶悟を見て草間は笑って黒龍の正面に腰を下ろしたが、その体からは慶悟に負けず劣らず酒の匂いがぷんぷんした。
「大人ってヤツは……」
 舌打ちして黒龍は少し横へ移動する。
 そうしないと、匂いで自分まで酔ってしまいそうだった。


 慶悟の頭が冴えるのを待って、草間は今朝受けたばかりの依頼内容を話した。
「偶然と言うには出来すぎていると思うんだが……、どう思う?」
「人の想いは量り知れん。想念を理屈で語る事はできない。何か理由があるのかもしれないが……互いが同じ事を思ったが故に引き合ったのかもしれないな」
 慶悟は少し冷めたコーヒーに手を伸ばしながら言った。
「特に血縁は身も魂も繋がっているから見えない何かで繋がっていても不思議じゃ無い。或いは虫の報せ……という奴かもしれない。母に働いたのか娘に働いたのかは不明だが……きっかけも無くふとした拍子に思い出した事柄が来訪や訃報に繋がったりする事がある。母親、或いは娘の方で何かがあり、会いたいと思わせたのかもしれない。何れも推測に過ぎないが……」
「不思議な事件が多いですから……これも普通じゃないのかもしれませんね。草間さんが何かを感じた位ですし。栞さんもご両親も、ご存命でしょうか?健在の方なのかしら……。不謹慎かもしれないですけど……、」
 モンブランのてっぺんの栗をフォークに突き刺しながらあげはが言うと、シュラインは自分のケーキ皿に手を伸ばしつつ頷く。
「15年……。殺人事件等の時効連想は飛躍し過ぎね。でも何故うちの事務所になのかしら。あげはちゃんの言う通り、両方とも本当に依頼人達が名乗った本人達自身?代理だとか、亡くなってるとか?」
「死者がうちに依頼に来たって?」
 草間は顔をしかめたが、今までにだってない話しではないので否定は出来ない。
 直接訊ねてきた娘が霊である可能性は低いとしても、電話で依頼して来た母親は霊である可能性が高い。
「僕も母親か娘、もしくは両方が既にこの世にいないんじゃないかと思うね。それにこの草間興信所だからな。普通の訳ないじゃん」
「うちだから普通じゃないってのはどう言う意味だ?」
「武彦さん、絡まないのよ」
 草間としては是非ともこの興信所に妙な依頼ばかりやって来る理由を尋ねてみたかったのだが、シュラインに止められたので大人しく辞めておく。
「兎に角、両方の依頼が偶然来たものかどうか確認する為にも娘側の身元を調査した方が良いと思うね。でもその前に、」
 黒龍はジャケットのポケットから一枚の鏡を取り出した。
 鏡と言っても化粧用の手鏡ではなく、何となく出土品を連想させるガッチリとした厚いものだ。黒龍の能力で作り出したものらしい。
「鏡で一体何をするの?」
 シュラインの問いに、眼鏡を押し上げながら黒龍は答える。
「依頼人が生きている人間なのか、それともこの世にはいない存在なのか確認するんだ」
「まあ、凄い。便利なんですね」
 素直に感心するあげは。
 別に凄かねぇよ……とは言わずに、黒龍はカップや皿を脇へ退けたテーブルに鏡を置く。
 そこに映るのは、写真の通りの女性と、その女性に何処か似た老婦人だった。
 草間は書類に貼り付けた大野栞の写真を横に並べて置いた。
 洋服の違いからか、多少雰囲気が違って見えるが、顔や姿は間違いなく本人だと思われる。
「娘の方は直接依頼に来たんだろう?間違いないのか?」
 慶悟の問いにも、草間は頷いて見せる。
 写真は、両親が健在だった場合に今の娘の姿だと言って見せて欲しいと言われた。
「と言うことは、両方とも健在と言う訳なのね……」
 シュラインの言葉に、あげははホッと笑みを漏らす。
「それじゃ、娘側と……まあ、念のため母親の方の身元調査もして置くか」
 ぼりぼりと頭を掻きながら言う草間。
「まさか引き合わせた所で刃傷沙汰になるという事はあるまい。人数も居るからな。15年あれば洟を垂れた餓鬼も立派ではなくともそれなりに育つ。年は人を丸くする。両方から依頼が来てるんだ。直接会わせても良いとは思うが……調査をしないと報酬が出ないと言うなら互いの現在だけでも調べておこう」
 少し面倒臭そうに言って、慶悟は草間から受け取った書類に目を通す。
 母親の住所はすぐ隣の区、娘の住所は都内と言っても少し離れたところだ。


「何店舗にいくらツケ溜めてるか心配で、出稼ぎも考えたんだけど、辞めた途端に忘れ去られそうな気もするの。そうしたら何だか踏ん切りが付かなくて……。それに生活だけじゃなく、女癖も悪かったりするのかななんて。今までこんな不安感じたことなかったんだけど、考えれば考えるほど凹んじゃって……」
 娘の自宅を尋ねる道中は、シュラインの悩み相談室となった。
「きっと手癖も酒癖も悪いぞ、草間は」
 ケッとばかりに言う黒龍の横で、慶悟は少々頭を抱えていた。
 と言うのも、昨夜草間と一緒に入った焼鳥屋の勘定を払った記憶がない。どう記憶の糸を手繰り寄せても、草間が支払った光景も思い出せない。もしや自分は草間のツケに荷担してしまったのではなかろうか、シュラインの悩みの種を増やしてしまったのではなかろうか、などと考えると、手癖も酒癖も悪いと草間を評した黒龍を注意する事も、シュラインを慰めることも出来ない。
「シュラインさん、そんな事言わないで下さい。草間さんは少し不器用な方だと思うんです。でも、シュラインさんの事は凄く大切に思ってると思います。だから、興信所を辞めたりしないで下さい」
 一生懸命励ましつつシュラインを慰めようとするあげは。
「そうそう、シュラインが辞めたら草間は余計酷くなる」
 ニヤリと笑って黒龍が言う。ああ、確かにそれはあるかも知れないな、と慶悟は内心で頷いた。
「はぁ。何だからしくないわよね、こんな話し。さ、お仕事お仕事っ!」
 慰めて呉れたあげはに礼を言い、シュラインは気を取り直してメモして来た大野栞の住所を見た。
 似たような形と色合いの家がブロックの如く並ぶ道を、所々に表示された所番地を確認しながら栞の自宅を探す。と、やや前方に女性が立っていた。
 書類に貼り付けてあった写真、そして黒龍の鏡に映ったのと同じ女性だ。
「草間興信所の方ですか?」
 先に栞の方が声を掛けてきた。
「そうです、突然申し訳ありません」
 シュラインが言うと、本来ならば自分から出向いて行くべきところを申し訳ないと栞は謝り、彼女の家へ4人を案内した。
「5LDKってところかな、高いだろうな、結構。内装も手が込んでるし」
 栞がお茶を煎れに台所に立っている間に室内を物色した黒龍がぼそりと呟く。
 確かに、飾られた調度品は高価そうに見えるし、居間から見える庭の手入れも行き届いていて、生活は安定しているように見える。
「散らかっていてお恥ずかしいです」
 トレイにカップを載せて栞が戻って来た。
「とんでもない、とっても綺麗です。私、自分の家が恥ずかしくなるくらい」
 あげはがにこりと笑いながらカップを受け取る。
「えーっと、駆け落ちしてから今までの経緯みたいなのを伺いたいんだけど」
 本日2個目のケーキを受け取りながら黒龍が早速尋ねる。
 栞は全く動じた様子も困った様子もなく、さらりとこの15年を話してみせた。
 駆け落ちした二人は、職と家を転々としながら地方に移り住んだのだと言う。両親が栞に望んだような安定した幸福な暮らしではなく、時には喰うに困ることもあった。そんな中で、第一子が誕生。現在13歳の息子は今日、中学校の部活に行っていると言う。コツコツと働き、やがて夫は会社でそこそこの地位に就くことが出来た。そうして第二子が誕生。現在11歳の娘は友人宅に遊びに行っている。
「時には両親の言う通りにちゃんと職に就いてから結婚すれば良かったと思う事もありましたけど、どうにか今の落ち着いた暮らしが出来るようになって、親不孝な事をしたけれど良かったと思ってます」
 4人を目の前にして落ち着いた様子で話す栞には苦労など何だか似合わないような雰囲気さえ漂っている。
「失礼だが、今日はご主人は?」
 日曜の午後に夫の姿が見えないことに気付いて慶悟が尋ねると、仕事なのだと栞は答えた。
「こちらに移動になったばかりなので、引継等で休日も休めないんです」
 溜息を付く栞。すかさず黒龍は尋ねた。
「何で東京に戻ってくる事に?」
「本社がこちらにあるんです。社長に目を掛けて頂いたとかで、最初は夫だけ単身赴任をすると言う話しになっていたのですが、両親の事を思うと、もう15年になりますし、私達も恥ずかしくない暮らしが出来るようになったので、せめて元気に暮らしていることだけでも伝えたいと思いまして。でも自分で連絡を取る勇気が出なくて、どうしたら良いかと思っていた時に、偶然電話帳で草間さんの事を知ったんです」
 両親の所在は分かりませんか、と尋ねられて、シュラインは現在調査中ですと答える。
 慶悟の言う通り、15年も過ぎれば人は丸くなるし、考え方も変わるだろう。引き合わせたところで刃傷沙汰も有り得ない。しかしやはり、念の為両方の調査が終わるまで両方から依頼を受けたと言う事実は言わないでおく。
「やはり、両親はまだ私達の事を怒っていると思いますか?今どんな暮らしをしていても、両親に心配を掛けたことに変わりはないし、15年も謝罪の1つもせずに……」
 栞は酷く不安そうに尋ねた。
 そんな様子を見ると、あげはは今すぐにでも娘を捜して欲しいと依頼して来た母親の事を教えたくなってしまうのだが、どうにか口を噤んでポンと手を打った。
「先に栞さんに手紙を書いて頂いて、それをご両親が見付かり次第お渡しする……というのはどうでしょう。やはり15年は長かったと思いますし。無事再会したら互い言いたい事もあるでしょうし、会った時に変に気持ちを乱さない為にも一つ間を置いた方が……」
 真剣な顔で頷く栞。1週間以内に手紙を興信所宛に送ると言い、家族写真も添えようか等と嬉しそうに話した。


 興信所に戻ると夕方だった。
 草間の姿はなく、また何処かに飲みにでも行ったのかとシュラインに溜息を付かせた。
「栞さんとお母様からの依頼……、やはり偶然だったみたいですね。どちらも健在な訳ですし。私としては、気持ちが繋がったから、って思いたいんです。人との出会いも恋人同士になるのも結婚したいと思うのも理屈ではなく気持ちだと思います。個人個人、距離は離れていても気持ちは通じます。喩えが変ですが……昔は北極と南極にいる鯨がお互い会話していたと言いますし。距離も時間も関係ありません。何より親子なんですもの」
 最も、鯨の会話は現在氾濫した電波の為に出来なくなっているそうですが、と言うあげはに、シュラインは少し首を傾げて見せた。
「でも、何だかちょっとおかしな感じがしたわね」
「え、どこが?」
 キョトンとする黒龍に答えたのはシュラインではなく慶悟だった。
「あの家、立派すぎると思わなかったか?」
「そりゃ社長に目を掛けられてるってんだからそれなりに優雅な暮らしなんじゃないか?」
「立派すぎるし、何より、馴染み過ぎてるわね。もうかなり長い間あの家に住んでいたみたいじゃなかった?ご主人が転勤で……と言うのが何だか妙な感じだったわ」
 そう言われると、確かに最近移り住んだとはとても思えない様子だった。部屋は綺麗に片付いているし、生活感が漂っている。ここ半年やそこらで移り住んだとはとても思えない。
「じゃ、あの大野栞が嘘を吐いてるってことか?本当はずっと都内にいたとか……、」
 黒龍が尋ねたところで、扉が開き、草間が戻ってきた。
「大野栞は偽物だったぞ」
「え?」
 一斉に4人が草間を振り返る。
 草間は手に持っていた封筒をテーブルに放り投げ、中を確認する様に言った。
 出て来たのは2枚の写真。
 どちらも大野栞に似ているが、1枚は少し顔の感じが違った。
「何だ、これ?」
「両親の方に会って来たんだ。調査に使うからと言って写真を貰ったんだが、大野栞と名乗る女から受け取った写真と少し顔が違うだろう?本物の大野栞の方は、駆け落ちの半年前に交通事故に遭って鼻を骨折したらしい。以来、鼻が少し低くなったんだそうだ」
 封筒の2枚の写真は、交通事故前と事故後のものらしい。そこに並べて大野栞と名乗った女から受け取った写真を置くと、顔の雰囲気が全然違うことが分かる。
「え、それじゃこの栞さんは……、」
「俺は偽物だと思っているが、整形で鼻を治したと言う可能性もある。大野栞に会って来たんだろう?どうだった?」
 尋ねられて、シュラインは簡単に経緯を話した。そして、どうも違和感があった事も説明する。
「偽物だとして、一体何を考えて大野栞を名乗ったりしたんだ?ここに依頼するからには何か理由があるんだろうが……」
 3枚の写真と、今日会ってきた栞を思い出して首を傾げる慶悟。
「違和感があったのはその所為だったのね。でも、どんな理由があったとしても、嘘は許せないわね。本人の振りをして……、」
 あの不安そうな顔は一体なんだったのだ。そう思うとシュラインは腹が立って仕方がない。
「直接ご本人に聞いて……、正直に答えて貰えるでしょうか?」
 血や気持ちが繋がり、呼び会った偶然ではないと分かり溜息を付くあげは。
「今からもう一度行ってみるか……、俺も話しを聞いてみたい」
 草間が言い、5人は再び大野栞と名乗った女の家を尋ねる事になった。


「遅くに申し訳ありません、草間興信所の者ですが……」
 興信所から偽大野栞宅を再訪問すると、時刻は7時を過ぎていた。
 インターフォンに向かって声を掛けたシュラインに応えたのは少女の声で、昼間は出掛けていた娘と思われる。
 暫くして、やや慌てた様子で偽大野栞が顔を出した。
 しかし今度は5人を室内には招き入れず、自分も門の内側で訝しげな顔をする。
「あの……、何か?」
「大野栞さんではないあなたが何故、うちに依頼をしてきたのかお尋ねしたい」
 単刀直入な慶悟の問いに、栞は暫し間をおいてから大きな溜息を付いた。
「まったくもう」
 玄関の近くから聞こえる子供の話し声を気にしつつ、栞は門を出て5人を見た。
「流石は興信所と名乗るだけあるわね。昼間の様子ならばれないかと思ったのに」
「あなたは一体誰なんですか?どうして栞さんの名前を……?」
 あげはが問うと、栞は「大野宮子」と名乗った。
「あたしだって好きでやったんじゃないのよ。頼まれて……、お金にもなるし」
 宮子は周囲に人影がないのを確認してから話しを始めた。
 大野宮子は旧姓を高田宮子と言う。栞とは父側の従姉だ。どことなく似た二人は、幼い頃はとても仲が良かったのだと言う。成長と共に親戚間の付き合いが減り、栞が駆け落ちした頃にはもう殆ど交流がなく、後になって噂で聞いた。
 半年ほど前、駅で自分に声を掛けて来た男がいた。その男は宮子を「栞」と呼んだ。
「従兄……、つまり栞の兄だったの。あたしを栞だと思ったらしいわね。従兄に会うのは随分久し振りだったから、お互いの事や両親の事なんかで話しが弾んで……」
 その3ヶ月後、従兄から再び連絡があった。
 両親が遺言書を書くに当たり、15年前に駆け落ちしたまま行方の知れない妹を探すつもりらしいと従兄は言った。
 両親には結構な財産がある。その財産を死後3等分し、それぞれ子供達に配分するのだが、妹が見付からなかった場合は寄付、死亡していた場合はその子供に渡すつもりであると言う。
 従兄は、その3分の1の財産を我が物にする方法を考えた。それが、宮子に栞を演じさせることだった。
「あたしの取り分は3割。暇潰しになるし、それなりの金額だし、構わないと思ったのよ。だって、寄付だの何だの、勿体ないじゃない?」
 従兄は両親が草間興信所に依頼するのを知り、宮子にもそれを伝えた。同時期に同じ興信所に両親探しの依頼をすることで、親子の繋がりを感じさせようとしたらしい。
「幸い、あたしは今でも栞と間違われるくらい似てるみたいだし、あたしが両親と会って、遺言を書き直して貰えたらあとはまた転勤になったとか言って連絡を途絶えさせれば良いだけだし。中学高校は演劇部だったから、結構自信あったんだけどなぁ。やっぱり、プロは騙せないって事よね。依頼料は勿論支払うわよ、それで文句ないでしょ?」
 悪びれた様子もなく、1週間以内に口座に料金を振り込むと言う宮子。
 怒る気にも注意を促す気にもなれず、溜息を付いて5人は興信所に戻る事になった。
「でも、どうしたの武彦さん。自分でご両親の方に話しを聞きに行っただなんて?」
 武彦が自分から進んで仕事をするとは思いもよらず、改めて驚いて尋ねるシュラインに草間は軽く睨んで応える。
「大事な事務員にばかり働かせてられるか」
 キョトンとするシュラインと、笑い出しそうでも笑えない慶悟とあげは、事務員以外なら働かせて良いのかよ、と悪態を吐く黒龍。
「俺を一体何だと思ってるんだ」
 不満そうな草間とは対照的に、シュラインは嬉しそうに軽やかに歩いた。


「あとは母親の依頼か……。写真以外に何か手がかりはないのか?こっちは本物の母親なんだろうな?」
 途中ラーメン屋で夕食を摂り、興信所に戻り一服しながら慶悟が草間に尋ねる。
「偽物同士で依頼しあってどうする。身分証も見せて貰ったから母親の方は間違いないさ」
「本物の大野栞の写真があるんだよな。もう一回鏡で見てみるか……、最初に見たのは大野宮子の写真だったからなぁ」
 言って、もう一度鏡を取り出す黒龍。
 と、誰かが扉をノックした。
「あら、誰かしらこんな時間に」
 シュラインが扉を開けると、小柄な男が何だか申し訳なさそうな顔で立っていた。
「あのぅ、こちら草間興信所で間違いありませんでしょうか……?」
 扉にそう書いてあるのだから確認するまでもないのだが、そうです、とシュラインが答えると男は更に申し訳なさそうな顔で人捜しを頼みたいのだと言った。
「どうぞ、お入り下さい。今お茶を入れますので」
 あげはが立ち上がり席を勧めると、男は緊張した面持ちで中に入り、ソファに座ったままの3人の男に写真を出して見せた。
「あのぅ、これは私の妻で、大野栞と言います。実は、この妻の両親を捜して頂きたいんですが……」
 男は15年前に両親の反対を押し切って駆け落ちした事、現在癌に冒された妻が最期に一目両親に逢いたがっている事を話し、病身の妻が両親に宛てて書いた手紙を是非、渡して欲しいのだと言った。
「これが妻の手紙です。きっと私には会いたくないと思うので……、こちらで妻の両親を捜し出して、渡して頂きたいんです。入院先の病院の住所も入っています」
 男は大野隆と名乗り、連等先だと言って名刺も差し出した。
「あげはちゃん、」
 あげはと共にお茶の準備をしていたシュラインは聞こえてきた話しに複雑な顔を浮かべる。
「今度は、本物ですよね……?」
 あげはも複雑そうな顔をした。
「失礼ですが、身元確認の為に免許証か何かを拝見したいのですが」
 そう言う草間に、男は素直に免許証を差し出した。草間はその名前を確認し、コピーを取る。
 その間に、黒龍は草間が貰ってきた栞の写真と大野隆が持ってきた栞の写真をこっそりと見比べた。
 間違いない、と頷く黒龍。
「成る程、今度こそ虫の知らせとでも言うか……」
 煙草をもみ消し、慶悟は草間から受け取った書類を大野隆に差し出す。
「実は、本当に偶然だが今、高田さんと言う方から娘を捜して欲しいと言う依頼を受けていましてね……。奥さんの旧姓は、高田ですね?」
「え?はぁ、そうですが……え?」
 訳が分からないと言った様子の大野隆。
「今すぐにでも、連絡が取れる。うちに依頼してラッキーだよな」
 きつい眼差しを緩めて、黒龍が笑った。




end
 
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟   / 男 / 20 /陰陽師
2129 / 観巫和・あげは  / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
3506 / 梅・黒龍     / 男 / 15 /中学生

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 通常の日数+α頂いておきながら、本当にギリギリでの納品となってしまいました。
 何時も何時も遅くて本当に申し訳ありません。
 最近忙しい忙しい〜と口癖の様に言っているのですが、よーく考えてみれば無駄に過ごしている時間の方が多かったり致します……。何だかなぁ、と反省しました。
 次回はもう少し早く納品出来るよう(と言うか+α設定しても通常内で納品出来るよう)頑張りたいと思いますので、どうぞこれからも宜しくお願い致します。
 また何かでお目に掛かれたら幸いですv