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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


導かれる刻

 都立図書館で、最近よく見かける少年がいた。それも、不思議な本ばかり借りようとしているという。
「それは……個性的な人ですね」
 綾和泉・汐耶(あやいずみ せきや)はそう言って、ふふ、と青の目を細めて笑った。笑った拍子にショートカットの黒髪が、さらりと揺れる。
「そうなんですよ。それに、機械で検索してもなかなか上手く出来ないみたいで」
 汐耶の同僚である、図書館の司書がくすくすと笑う。
「カウンターによく聞いてくるんですよ。でもやっぱり、分かりにくくて」
「機械の検索が、難しいんですかね?」
 汐耶が心配そうに言う。検索用の機械は、あくまでも万人に検索できなくては意味をなさないからだ。
「私も最初はそう思ったんですが、違うみたいです。カウンターで検索しようと思っても、なかなか難しい検索用語を言ってくるし」
「難しい検索用語、ですか?」
「ええ」
 同僚は頷き、くすくすと笑う。
「茸と仲良くなる、だとか……茸を育てる、だとか……」
「まあ」
 思わず汐耶は声を漏らす。何とも気になる言葉ばかりだ。
「そうそう、あとは茸を出荷する、とか言ってましたよ」
「……ともかく、茸なんですね」
 汐耶はそう言い、くすくすと笑った。何かを思い出す、茸というキーワード。
(まさか……ですよね)
 汐耶は心の中でそっと何かを思い、小さく微笑んだ。
「今日も来ますかね?」
「そうですねぇ……そろそろ返却の本があったと思いますから、来るかもしれませんよ」
 汐耶の問いに、同僚はカレンダーを見ながら答えた。
(一度、お会いしてみたいですね)
 そっと心の中で思い、汐耶はカウンターの中へと入っていった。
 もうすぐ、開館時間であった。


 検索用機械の前に、一人の少年が立っていた。茶色の髪に緑の目を持った、守崎・啓斗(もりさき けいと)である。啓斗のその眼差しは、真面目そのものだ。
「……どれだというんだ?」
 ぽつり、と啓斗は呟いた。検索用語を入れて検索ボタンを押す。これは、検索用機械の傍に張られている『楽しい検索の仕方』と書かれた紙の通りだ。
「お?」
 その下に、赤い字で『注意しましょう』とある。それに啓斗は注目する。悩んでいる自分に対しての、解決策かもしれない。
『検索用語が分かりにくいと、機械も分からない事があります』
「……何?」
 啓斗は一瞬呆気に取られる。検索をする為に設置されている機械。それなのに、用語を入れても検索できないとは。
『もっと分かりやすい言葉を入れるか、カウンターに聞いてください』
 そう、赤い字は締めくくられていた。啓斗は頭の中で、さらに分かりやすい言葉を捜す。
「捕獲……仲良く……出荷……販売」
 ぽつりぽつりと色々出てくる言葉を言ってみるが、なかなかしっくりとは来ない。試しに入れてみるが、やはり検索が上手く行かない。ヒット数が格段に多いか、全く無いかのどちらかなのだ。これでは、自分が本当に必要とする本が見つかるとは到底思えない。
「……仕方ないな」
 ぽつり、と啓斗は呟き、一つ溜息をつく。ゆっくりとカウンターへと向かって歩きながら。
 啓斗は最近よくこの都立図書館にやってきていた。家計が常に火の車である為、知識を得たいと思ってもなかなか本は買えない。そこで見つけた方法が、この図書館であった。交通費がかからない場所にあるし、無料で本を貸し出してくれる。しかも、本の揃えはどの本屋よりも格段に良かった。
(これは、利用しないては無いよな)
 啓斗はそっと心の中で思い、こっくりと頷いた。
(俺は負けない。いつの日か、勝利を掴む事が出来る筈だ)
 啓斗はそっと心の中で反芻する。今までの戦歴を、そして獲物を。
(そのためにも、あらゆる知識と手段を身に付けないといけないな)
 カウンターに向かう啓斗の口元には、ほんのうっすらとした笑みが浮かんでいるのであった。


「すいません」
「え?」
 汐耶は突如カウンター越しにに声をかけられ、びくりとしながら顔をあげた。作業に熱中していたせいかもしれない。少しだけ苦笑し、改めてカウンターの向こうに立つ、声をかけてきた人をみた。
「どこに本があるのか、教えて欲しいんですけど」
 汐耶は「あ」と心の中で声をあげる。カウンターに入る前に同僚の司書から聞いていた少年と、余りにもそっくりであったから。
(きっと、同一人物でしょうね)
 汐耶は心の中でそっと考える。思わずこぼれる笑みを携えて。
「何でしょうか?……茸関連ですか?」
 悪戯っぽく汐耶が言うと、相手の少年は酷く驚いたようだった。そして、暫く何かを考えてから、真剣な顔で汐耶に向かって口を開いた。
「……今、流行なんですか?」
 自分が探しているものをすぐに当てられたから、他の人もよく聞いているのだろうと考えたのであろう。その真剣な眼差しと、本当に心からそう思っている様子に、思わず汐耶は吹きだした。少年は不思議そうに首を傾げる。一体何か合ったのか、と。
「すいません。あまりにも真剣に言われるものだから」
「真剣ですよ」
 やはり真剣な顔でそう言い、ぼそりと「……茸が流行ならば、更に都合いいし」と付け加える。
「そうですね。すいません、突然。全然、流行はしてないんですよ。ただ、最近キミの事が私達の間で噂になっていただけで」
「噂に?」
「そう。熱心に、茸に関する文献を探す人がいると」
「……そうですか。では、別に茸が流行っているとかそういう事はないんですね」
 少しだけ残念そうに少年は言う。汐耶は気を取り直し、自分用の検索用機械に向き直りながら少年に声をかける。
「そうそう、何を検索しましょうか?茸の何を?」
「茸と仲良くする為の方法を」
 少年の言葉を聞いた途端、汐耶の動きは止まってしまった。少年はそんな汐耶の様子に、首を傾げながらじっと見ていた。自分が何か変なことを言ってしまったのだろうか、といわんばかりに。
「……少し、聞いてみてもいいでしょうか?」
 汐耶がぽつりと口を開く。
「ああ」
 少年が頷く。
「……もしかして、赤い傘の白いからだの火の胞子を吹く巨大な茸ちゃんをご存知なのでは……?」
 暫しの沈黙。互いにじっと見つめあい、先に沈黙を破ったのは少年の方だった。
「というか……それを捕か……それと仲良くなる為に本を探しているんだ」
 汐耶はそれを聞いた途端、再び吹きだした。
「やっぱり、そうですか!」
 そんな汐耶の様子に、少年ははっとする。
「あんたも知ってるのか……?」
「ええ」
 汐耶は頷くと、立ち上がってにっこりと微笑む。
「私、綾和泉・汐耶と言います」
 汐耶がそう言うと、少年は「あ」と小さく言ってからぺこりと頭を下げる。
「俺は守崎・啓斗です。……まさか、知ってるとはな……」
 少年、啓斗はそう言って手を口元に持っていき「ふむ」と呟いた。そんな啓斗を横目に、汐耶は歩き始める。
「行きましょう、啓斗君。彼女と仲良くする為の本を紹介しますよ」
「あ、はい」
 啓斗はそう答え、汐耶の後ろをついていくのであった。


 辿り着いたのは、菌類に関する本のコーナーであった。汐耶はその中で、本を一冊取り出して啓斗に手渡す。
「はい、どうぞ」
「あ、どうも……」
 それは、菌類大全集であった。たくさんの種類の茸が写真や絵とともに、特徴や生息地などが子と細やかにかかれている。
「まずはそれで彼女に良く似た茸を探して、どういう生態系をしているのかを知ったほうがいいかもしれませんよ」
「……なるほど」
「では、もう一箇所いきましょうか」
 汐耶はそう言うと、再び歩き始める。啓斗はその後ろについて歩いていく。そして辿り着いたのは、心理学のコーナー。
「ええと……あ、これですね」
 汐耶が手にとり、啓斗に手渡したのは『女心を知る100の法則』であった。思わず啓斗は首を傾げる。
「……女心?」
「そうですよ。……彼女は、恋する乙女ですもの」
 にっこりと汐耶は微笑む。啓斗は暫く本をじっと見つめて考えるが、やがて「恋する乙女か」とぽつりと呟いてこっくりと頷いた。
「それにしても、不思議な存在ですよね。九十九神憑きの方々に聞いても、結局ご存知無かったですから」
 汐耶はそう言い、特別閲覧図書内にいる九十九神憑きの書物たちを思う。彼らでさえ知らなかった、あの巨大茸の存在。
「……そうですね。その分高く……」
 ぽつり、と啓斗は口の中で付け加える。「売れる」と。
 そんな啓斗には気づかず、汐耶はにっこりと微笑む。
「そうですね。彼女は彼女で可愛いですもの」
 啓斗も微笑む。何かを企むかのような笑みで。
「じゃあ、俺はこれを借ります。そしてしっかり勉強します」
 啓斗がそう言うと、汐耶は「はい」と答え、カウンターへと戻って貸し出し手続きを済ませる。
「啓斗君。彼女と仲良くなりたいのなら、実際に会う方がいいかもしれませんよ。本は、手助けをしてくれるだけですからね」
 汐耶が悪戯っぽく言うと、啓斗はにこっと微笑んだ。
「その段階は、まだ早いかもしれないけど……やってみます」
「段階?」
 不思議そうな汐耶に、啓斗はこっくりと頷いた。そして、貸し出し手続きを終えた二冊を手にし、ぺこりと頭を下げて図書館を後にした。
「……これで、また一歩手に入れる為の段階が訪れる筈だ」
 図書館を出てすぐに、啓斗はぽつりと呟いた。にやり、と口元に笑みを浮かべて。
 まずは仲良くなり、次に警戒心を解かせ、更に自分と二人だけでどこかに行く事を許させ、そして栽培し……出荷。珍しい茸は市場で高値による取引が行われる筈だ。すると、常に火の車である守崎家の家計簿も、潤う事ができるかもしれない。
「よし、やるぞ」
 啓斗は本をぐっと握り締め、気合を入れる。巨大茸を市場に出す為の段階を、心の中で着々と積み上げながら。

<茸により思いを導かれ・了>