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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<一つの計画>------------------------

 薄ぼんやりと心の中に揺らめく父の姿。
 それはとても曖昧なものでしかなく、思い出そうとしても私の中に蓄積された記憶の断片は父の姿を映し出そうとしては形を失っていく。
 幾度と無く繰り返される記憶を辿る作業。
 しかし、心の奥深くへとしまい込まれたその記憶がしっかりとした形を持って蘇ることは無かった。
 それとなく使役妖魔である晴明と冬至に聞いてみたことがあるけれど、いつも余り語ってはくれないし。
 私は小さく溜息を吐いた。
 この間晴明と冬至から聞けた言葉は二つだけ。

「一族で一番の才能で、頭の良い子でした。良い主人でしたよ」
 にっこりと微笑んだ冬至がそう言った。
「出来すぎた奴、最後まで猫かぶってたがきっと腹黒だぞ…あいつ」
 そっぽを向きながら面白くなさそうに言う晴明。

 得られたのはその二つだけ。
 それらと自分の朧気な記憶を合わせてみても、父のことはやっぱりよく分からない。
 ……速い死と何か関係がある?
 もう一度溜息を吐く。

 溜息を吐き出すと幸せが逃げてしまいますよ、といつの間にか足下にやってきていた蒼犬の姿をした冬至が告げる。
「そう言うよね。…分かってるんだけど……」
「だーっ、辛気くせぇなぁ…こういう時こそぱーっと暴れて遊んで来ようぜ」
 黒犬の姿をした晴明がまた危険なことを言ってるし。
「暴れるのは良くないと思うけど、気分転換をするのは良いことかな」
 その時、お店に来たお客さんが言っていた事を思い出した。
 不思議な喫茶店があるって。
 夢と人形を売ってる喫茶店が大きな木の洞の中に存在しているらしいけど本当かな?今は特別キャンペーン中で、見たい夢を見せてくれる卵を暮れるって言ってたけど。
 お客さんが嘘を言うはず無いからきっと本当なんだと思う。
 もし…、もしだけど見たい夢が見られるなら、父の事も何か分かるかもしれないし。
 あ、でもそれなら冬至と晴明は連れて行かない方が良いかもしれない。あんまり父のこと話したくないみたいだったから。
 よし、と私は小さく頷いて立ち上がる。
「うぉっ! どうした律、突然」
 突然立ち上がった私に驚いたのか、晴明がびくりと身体を震わせた。
「え? あ、ちょっと晴明が言う様に気晴らしに行ってこようと思って。お客さんがね、この間素敵な喫茶店があるよって教えてくれたから」
 今から行ってみてくるね、と私は二人に手を振ってお店を後にする。何か言いたそうだったけれど、一人で出かけることに成功。
 振り返ったお店の前には『定休日』のプレートがぶら下がっている。
 本当は定休日なんて、閑古鳥が鳴いているお店だからあってもなくても関係ないんだけれど。
 でも、今日は丁度定休日だし。
 父のことが少しでも分かればいいな、と軽い気持ちで私は喫茶店を訪れることにしたのだった。


------<夢の卵>------------------------

 喫茶店の名前は『夢紡樹』。
 夢を紡ぐ樹ってこの大きな樹のことかな、と目の前に見える大きな樹を見上げて思う。
 すると後ろから声をかけられた。
「其方、この店に用か?」
 吃驚して振り返ると水色の豊かな髪の毛をアップに結い上げた艶めかしい美人が立っていた。全然気配を感じなかった。
「はい。うちのお店に来る方がお勧めしてくれたので…」
「そうだったか。歓迎しようぞ。妾はあの嘆きの湖の主の漣玉じゃ。この店とは縁深いものでな」
 笑うと少し冷たく見える雰囲気が変わる。良い人みたい。ちょっと安心した。
 私は頷いて漣玉さんの後に続いて店に入った。
「いらっしゃいませ〜!…て、げっ。漣玉ならいらっしゃらなくて良いから。帰って良いからっ」
 ピンクのツインテールにした少女が漣玉さんを見て、あからさまに嫌そうな顔をした。
「なんじゃ、小娘。毎度客に対する姿勢が悪いと言っておるのが分からぬのか」
「リリィ悪くないもんっ!」
 ぷいっ、とリリィさんはそっぽを向いてしまう。
 何だか晴明の反応と似ていて思わずくすりと笑ってしまった。
「えっ?……うわっ。ごめんなさいっ!お客様もいたんだねっ!」
 慌てた様にリリィさんが漣玉さんの影に隠れていた私の顔を覗き込む。
「だから言ったであろう」
「リリィ、この人には帰れって一言も言ってないもん。改めまして、いらっしゃいませ。こちらへどうぞ〜」
 くるくると表情が変わって可愛いな、と想いながら私は漣玉さんに軽く会釈をしてからリリィさんの後に続いた。
 通されたのは窓際の席。
 柔らかな外の日差しが入ってくる素敵な場所。
 喫茶店の中の雰囲気も独特だけれど、どこか懐かしい様な雰囲気もあって素敵なお店だな。
 あちこちにアンティークな置物や人形が飾られてある。
 どれも大切にされているとわかるもので、丁寧に手入れされている様だった。
 なんだか古くて温かい雰囲気のあるものが大切に扱われているのを見ると職業柄というのもあるのかもしれないけれど嬉しくなる。
 パラパラとメニューをめくって、美味しそうなケーキを見つけてそれを頼むことにした。
 リリィさんが笑顔で寄ってきて注文を取っていく。
「ケーキセットお一つですね〜。お待ちくださーい」
 ふわりとしたスカートの裾をはためかせてリリィさんは去っていく。
 それと入れ替わりで、黒い布で目隠しをした男の人が近づいてくる。歩く度に銀色の髪が揺れる。
 変わってる人だけど…なんだろう。私に用なのかな…?
 少し緊張しながら私は、その人になんだろうというように首を傾げてみせた。

「いらっしゃいませ。私、店主の貘と申します。目が不自由なもので、このような格好で失礼致します」
 あぁ、この人が店主さんなんだ。それじゃ、この人が夢の卵をくれる人?
 でも目が不自由そうには余り見えなかった。
 バラバラに置かれたテーブルの間をまるで目が見えているかの様に戸惑う様子もなく歩いてくるから。
 でも嘘を付く様な人にも思えない。多分、貘さんがそういうならでもきっとそうなんだろう。
「あ、初めまして。私、律って言います。うちにくるお客さんからこちらの話を聞いて…」
「そうでしたか。ようこそおいで下さいました。只今キャンペーン中でして、夢の卵をプレゼントさせて頂いていましたがお一ついかがですか?」
 にっこりと笑った貘さんが手にしていたバスケットを差しだした。中には真っ白な卵がたくさん入っている。スーパーで売っている卵と変わらない様に見えたが、やはりこれは夢の卵なのだろうか。
 それを見透かした様に貘さんは笑いながら告げた。
「鶏の卵にも見えますが、ちゃんとした夢の卵ですよ。こちらを手にしたまま眠りにつかれますと、お好きな夢を見ることが出来ます。本来心の奥底に沈んだ記憶も夢として見えることもあります」
 本当に?、と喉元まで出た言葉を飲み込んだ。それはなんだか失礼な様な気がして。この喫茶店の中で起こる不思議なことは何故だか全部信じられる様な気がしたから。
 だから私はその卵を一つ手にした。
「私…、自分の古い記憶にある父の姿が見たいのです。今思い出すことが出来るのが…父の声とか…とても朧気なもので」
 そう告げると貘さんは安心させる様な笑みを浮かべて言った。
「それではきっとそのような夢を見ることが出来るでしょう。夢を見ることは記憶を辿ることと少し似ています。心の奥に沈んだ欠片を拾ってみて下さい。……今すぐに夢を見たいですか?」
 そう聞かれて、私は素直に頷いた。家に戻れば晴明と冬至が居る。何かに気づいてしまうに違いない。
「…はい、出来れば」
「それではお手伝いさせて頂きます。失礼します」
 私の額に軽く貘さんの掌が押し当てられる。触れたところが少し熱くなる。
 すぐに手を離すと貘さんは言った。
「それでは卵をお持ち下さい。私が指を鳴らすと同時に律さんは夢の中へと落ちていきます。それでは良い夢を……」
 私は卵を手に持ちゆっくりと瞳を閉じる。

 閉ざされる視界。

 ぱちん、と何処か遠くで指の鳴る音が聞こえ私は気が遠くなるのを感じていた。


------<夢>------------------------

 私は夢の中で私の記憶を見ていた。
 これは私の閉じ込めた記憶。
 決して忘れたわけではないけれど、心の奥底に閉じ込めた記憶。

 小さな私。
 5歳の頃の私は公園で父と遊ぶのが大好きだった。
 ブランコを押して貰いながら、私は父に尋ねた。空がとっても近くなった様な気がして嬉しかったのを覚えている。
「おとーさんのお仕事ってなぁに?」
「お父さんの仕事はね、システムエンジニアって言うんだよ。それと…晴明と冬至と一緒にね、怖いモノから皆を護るために戦ってるんだよ」
 その頃、システムエンジニアなんて長い言葉の意味は分からなかったけれど父はそう言っていた。当時はとってもとっても難しいモノなんだろうって思ったけれど。その仕事と一緒に退魔屋もやっていた父はかなりの無理をしていたんだと思う。
 けれど、休みの日はいつも私と遊んでくれた。とても優しい父だった。
「怖いもの?」
 私が尋ねると父はいつも私の大好きな笑顔で言っていた。大丈夫って。
「うん。でもね、律のこともお母さんの事も必ずお父さんが護ってあげるから怖くないからね」
「うんっ!」
 そう、そんな父の言葉に私はいつも安心していたんだ。
 そしてそんな私たちを見ながら傍らで笑う母。
 とても幸せそうで、嬉しそうで。
 そんな笑顔を見るのが私は大好きだった。皆笑顔で父の回りには笑顔が溢れていた。
 一緒に出かけて街を歩いて、晴明も冬至も一緒に海や山いろんな所に行った。
 小さな頃から晴明と冬至は側にいて、二人はいつだって私たちの家族だった。

 場面ががらりと変わる。
 また新しい記憶の欠片なのだろうか。
 黒い犬の姿をした晴明が父を呼ぶ。
「陣っ!やべぇ、囲まれた」
「そうみたいだ」
 回りを取り囲む真っ黒なもの。私は怖くて父にしがみついていた。
 たくさんの傷が父に出来て、たくさんの血が私の服に飛んだ。
 でもそんなことはどうでも良くて、父が傷つくのが嫌だった。怖かった。
「道を開きます」
 冷たい空気がそこに満ち、黒い固まりの動きを押し止めた。一部分だけだったがビキビキと音を立てて物体が凍り、そして何かに押し潰される様に砕かれる。
「今のうちです」
 冬至の声と共に私を抱えて走り出す父。その後に続く晴明と冬至。
 父は走りながらも呪札を飛ばし、魔を祓っていく。
「陣、今はそれよりも先に…」
「分かっている」
 私は仕事場から魔に囚われかけた私を助けに来てくれたスーツ姿の父にしっかりとしがみついた。
 父は約束を守ってくれた。
『必ずお父さんが護ってあげるからね』と告げた約束を。

 くるくると忙しく場面が変わる。
 父が病床についたのは私が5歳で父が29歳の時。
「おとーさん、痛い?」
「大丈夫だよ、律」
 そう言って父は笑っていた。
 多分、あちこち痛いのだと思ったけれど。
 でも私が泣き出すととても哀しい顔をするから、私は父の前では笑顔でいることにした。
 できるだけ父の側で絵本を読んだり、歌を歌ったり。
 冬至も晴明も心配そうに父の側についていた。
 私が本を読みながら寝てしまうと、そっと毛布をかけてくれる父。
 暖かさに包まれて私は幸せだった。

「思い出した…私…」
 大切にしたい想い出。
 父との想い出。
 温かな父の温もりと、そして声。

 夢の中の父は笑っていた。
 まるで夢の中に漂う私に気づいたという様にしっかりと私を見つめて。
 気づくわけがないというのに。
「律…」
 でもその唇は私の名を呼んでいて。
「はい」
 私は泣き笑いの笑顔で頷いて夢の中の父に手を振った。


------<夢の後に>------------------------

「だーっ!こんの小娘がー!」
「きゃーっ!いやーん、晴明が怒ったー!」
「今のはリリィが悪いと思いますよ」
「でも晴明も悪かったと思います」
「なんだか、冬至さんとエディは二人の保護者みたいですね」
 ふっ、と目が覚めると聞き慣れた声が聞こえた。
 目を擦りながらそちらを眺めると、人型の晴明と冬至が居る。
 私が目が覚めたのにいち早く気づいたのは冬至だった。

「おや、目が覚めましたか?」
「なんだよ、一人で日向ぼっこしながら寝やがって。しかも一人で喫茶店だー?」
「二人とも来てたんだね」

 夢の余韻なんて感じる余裕もなくて。
 賑やかな日常に一気に引き戻されてしまった。
 でもそれが私の日常。
 晴明と冬至が側にいる私の日常。
 それは今も昔も変わらない。

「律、何か良い夢でも見ましたか?」
 此処に来る前と表情が少し違う気がします、と冬至が言う。
 だから私はにっこりと笑顔を浮かべて言った。
「うん、とっても素敵な夢を見たの。晴明も冬至も居てね、楽しかった」
「なんだよ、それ。普段と変わんねーじゃねぇか」
「うん。でもね、素敵な夢だったんだよ」
 嘘ではなくこれは本当。
 昔も今も変わらない事実。
「良い夢が見れた様で良かったです」
「…ありがとう御座いました。本当に…来てよかったです」
 貘さんが私の言葉で笑顔を浮かべてくれた。
 私の方が貘さんのくれた夢の卵で幸せにして貰った様な気がするのに、何故だか私が貘さんにも笑顔を上げれた様で嬉しい。
 今日の私は回りの人たちに、幸せのお裾分けをしたい気持ちで一杯だった。

「だーかーら!犬じゃねぇっての!」
「だって、さっき可愛いワンちゃんだったもん。ねぇねぇ、もう一回なってみてー!ぎゅーってしてみたいからー」
「い・や・だ!」
 晴明がリリィさんに完全に弄ばれている。
 ちょっと面白くて笑い出したら、晴明の怒りの矛先が私に向いてしまった。
「律ーっ!」
「えっ。私別に何も言ってないよ?」
 慌てて目の前で両手を振ってみるけど、晴明はじりじりと私へと近づいてくる。
 でも後ろから抱きついてリリィさんが放った言葉に晴明は凍り付いた。
「早くワンちゃんになって。そしてリリィにお手ってしてみてv」
 リリィさんに悪気は無いのだと思うけれど、冬至も複雑な表情で凍り付いた晴明を見つめている。
「こら、そこの小娘。いい加減にしたらどうじゃ」
 漣玉さんがカウンターに座りながらリリィさんに告げる。
「えぇ、そうですね。ちょっと今のはリリィの言い過ぎだと思いますよ」
「だって晴明の反応面白いんだもん、かわいいーv」
 楽しそうに笑うリリィさん。
 笑ってしまうのは晴明に悪い様な気もしたけれど、ここはリリィさんの勝ちみたい。
「お前ら覚えてろよー!」
 店内に悲痛な晴明の声が響き渡った。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●3349/綺戸・律/女性/19歳/大学生・【青嵐】臨時店長代理


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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。夕凪沙久夜です。
またお会いすることが出来、とても嬉しかったです。
大変遅くなってしまい申し訳ありません。

この度は夢紡樹へお越し頂きアリガトウございました。
最後の方は晴明さんと冬至さんを交え、ドタバタ騒ぎで終わってみましたが少しでも楽しんで頂けていれば幸いです。
律さんはとても穏やかな優しい雰囲気があって、書かせて頂く時思わず表情が緩んでしまいます。
これからも三人で仲良く過ごしていって貰いたいナァと思いながら書かせて頂きました。
少しでもイメージに合っていればと思います。

また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!