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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


調査コードネーム:夏の一日
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :神聖都学園
募集予定人数  :1人

------<オープニング>--------------------------------------

「あれ? 絵梨佳ちゃんおでかけ?」
 一歳年少の少女に、鈴木愛が声をかけた。
 夏の日差しが降り注ぐ。
 東京は港区白金。
 いわゆる高級住宅街だ。
 愛と、いま声をかけられた芳川絵梨佳は、ここに住んでいる。
 どちら大手企業のオーナー社長の令嬢だったりするからだ。
 前者はともかく、後者はなかなか信じられない話だが。
「ちょっとお墓参りにねー」
「ああ‥‥お盆だものね」
「そそそー 年に一回くらいはお母さんのお墓に挨拶しないとー」
「そっかぁ」
 やや不分明な表情を、愛が浮かべる。
 年少の友人が、母親をはやくに亡くしていることを知っているからだ。
 もう十年近くも昔の話である。
 事故死だった。
 泣きじゃくる絵梨佳を懸命になだめたことを、愛は憶えている。
「お父さんは?」
「まだまだ帰ってこれないみたい。一年に一〇日も日本にいないんだから。あの鉄砲玉は」
「鉄砲玉はひどいわよ」
 くすくすと笑い合う。
 談笑するには強すぎる陽気ではあるが。
「じゃ、いってきます」
 ややあって、絵梨佳がしゅったっと手をあけた。
「気をつけてね。あんまり遅くならないように」
「お姉さん風ふかせてー」
 などといいつつ去ってゆく絵梨佳。
 まばゆげに、愛が見送っていた。









※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
 受付開始は午後9時30時からです。


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夏の一日

 太陽が、光と紫外線を撒き散らす。
 雲ひとつない青空。
 遠く、雲雀が遊ぶ。
「平和だな‥‥」
 ぽつりと、作倉勝利が呟いた。
 八月一五日。
 彼方から祈りの声が響く。
 この国が経験した最後の戦いから、もう六〇年近く。
 平和と繁栄のうちに時は移ろってきた。
「死者を悼めるのは平和な証拠だな」
 嫌みではなく、心からそう思う。
 酷い戦争だった。もっとも、悲惨で愚劣でない戦争など歴史上ひとつもないが、それを差し引いたとしても、あれは酷かった。
 大空襲によって焼け野原になった東京。
 最悪の兵器が用いられた広島と長崎。
 街を埋め尽くす、かつては人間だったもの。
 あのころは、葬式を出すゆとりも死者を悼む余裕もなかった。
 自分が生きるだけで精一杯だったから。
 もう二度と繰り返してはならない。
 だが、
「恒久平和なんてものは人間の歴史にはないけどな」
 呟きに、やや皮肉がこもる。
 いつだって、どこかで戦いはおこなわれているのだ。
 日本が平和でも、外に目を向ければ、たとえばイラクでは毎日のように戦死者が量産されている。
「平和を願いつつ戦いに明け暮れる、か」
 業が深い。
 それが、人間が背負う罪なのだろうか。
 これほどまでに意識的に平和を愛する生物は他にいないのに。
 それとも、意識しなくてはいけないところに罪があるのだろうか。
 殺し、殺され、奪い、奪われ。
 永遠の振り子運動。
 人類がその愚かさから解放される日は、いつのことなのだろう。
 思考の迷宮に入り込みかける作倉。
「お?」
 その視界に、見覚えのある後ろ姿が入る。
 キャミソールにミニスカートという露出過剰の服装。ただ、色気よりも元気さの方が前面にでている。
 左手に持った仏花が、ものすごくアンバランスだ。
 くすりと笑い、歩調を速めて声をかける。
「よう。墓参りか?」
「‥‥だれだっけ?」
 返ってきた返事といえば、うれしくなるようなものだった。
「作倉だ。作倉勝利。前にちゃんと名乗っただろうが」
「ちぇりー?」
「そういう呼び方はやめてくれ」
「じゃあ、ちぇりーぼーい」
「‥‥わざとやってんのか?」
 ずずい、と、顔を近づける。
 まあ、童貞野郎などと面と向かって言われて嬉しい人間は、滅多におるまい。
「ジョークだよ。ジョーク。サクラビクトリー」
「競走馬かよ‥‥俺は‥‥」
「そんなにはやいの?」
「それはどういう意味だ‥‥まあいい‥‥」
 ものすごい徒労感を感じる。
 まあ、それは怪奇探偵だろうがなんだろうが同じなので、べつにわざわざ記すほどのことでもない。
 何しろ相手は芳川絵梨佳なのだから。
 そもそも一筋縄でいくような相手ではないのだ。
「せっかくだし、一緒に来る?」
 なにがせっかくなのか判らないが、絵梨佳からのありがたいお誘いだ。
「そうだな」
 軽く、作倉が頷いた。


 少年は、昔から少年だった。
 はるか七〇〇年以上も昔から。
 なにも知らずに口にした一片の肉。
 獣とも魚ともつかぬ奇妙な味。
 それが、すべての始まりだった。
 少年はけっして死ねない身体となる。その肉が人魚の肉だと知ったのは、ずっとずっと後になってからである。
 この世には、死なないものはいないし、壊れないものはない。
 それは絶対の法則だ。
 この惑星も、あるいはこの宇宙も、いつかは滅び、原子へと還元する。
 時とは万物を律する鉄則であり、これに勝利することはどのような神話の神にだって不可能だ。
 そして、不可能だからこそ、人は憧れるのだろう。
 永遠というものに。
 たとえば、西暦の一二七四と八一年に大モンゴル帝国は極東の小さな島国に攻め込んだ。その際、日本側は八人の不死人を前線に投入したという。この不死人たち、斬っても突いても死ななかった、と、マルコポーロの東方見聞録に記されている。
 この記述が真実かどうかは別として、人類が不老不死を追い求めてきたのは事実だ。
 秦の始皇帝、漢の武帝、唐の太宗皇帝李世民。暗愚からはほど遠い人物までもが晩年に至って怪しげな不老不死の妙薬などに手を出し、医師よりも予言者や霊能者などという正体不明のものどもを身辺に置いている。
 だが同時に、不死は他人から厭われ、憎悪され、嫉妬され、迫害される条件を十分に持っている。
 むろん作倉も例外ではない。
 彼は二三歳で実家を出た。
 いたたまれなくなったからである。
 家族が‥‥実の父母や妻までが、自分を怪物のように見ることに。
 年を取らない自分を。
 作倉の姿は人魚の肉を食べた一四歳のままだ。
 妻は二一歳だった。
 愛しみあって一緒になり、三人の子を成したが、年を取らない夫に徐々に薄気味悪さを感じていったのだろう。
 当時の日本人は、現代よりずっと年を取るのがはやい。外見的に。
 二〇歳くらいといえば、外見は三〇代中頃である。
 それと少年にしか見えない夫。
 自分がというより、作倉は妻が不憫だった。
 だから家を出たのだ。
 以来、ひとつの場所に長く留まったことはない。
 より正確には、留まれない。
 戸籍すらもたぬ放浪者。
 それが彼だ。
 生きる場所はけっして広くはない。
 怪奇探偵から斡旋される仕事で日々の生活は送れている。
 そして僅かばかりの知己もできた。
 上手に生きるのは、相変わらず苦手だが。


「どしたの?」
 墓を掃除する手を止め、絵梨佳が訊ねる。
「あ、いや。なんでもない」
 まったく説得力のない事をいって、作倉がふたたび手を動かす。
 思索の海を漂っていたようだ。
「熱中症?」
「なわけないだろ」
 苦笑。
 広い霊園は、けっこう人がたくさんいる。
 日本人は信心深さがなくなってきているといわれるが、さすがに盆くらいは墓参りをする、というところだろうか。
「もしかして、サクラビクトリーもお墓参りの用事があったとか? これが終わったらつきあおうか?」
「その呼び方はやめろって」
「にひひひー」
「まあ‥‥墓参りといっても、うちのは鎌倉だからな。少し遠いさ」
「いけない距離じゃないじゃん」
「そうだな‥‥もう何年もいってないが‥‥」
「ダメだよー 年に一回くらいは顔を出して上げないと」
「まったくだ」
 ふたたびの苦笑。
 こんな子供に諭されるとは。
 もっとも、傍目からは同じくらいの歳にしか見えないだろうが。
 目を細める。
 陽光が燦々と降り注いでいた。
 絶え間なく降る雪のように。
 あの日と同じように。


 夜。
 しんしんと雪が降る。
 屋根に、大地に。
 すべての汚れを隠すように。
 古い屋敷。
 内院に面した部屋に老人が寝ていた。
 真っ白な頭髪と顔に刻まれた深い皺。そしてゆったりとした呼吸音。
 老人は待っている。
 まもなくやってくるであろう迎えを。
 けっこう幸福な人生だった、と、老人は思う。
 幼い頃に父が出奔したが、以来、二人の兄が父親代わりとなって自分を育ててくれた。
 三人ともに戦場を駆け、いくつかの武勲も立てた。
 妻をめとり子を成し、その子らもすでに成人し、相応の敬意をもって接してくれる。
 出奔した父の消息はわからないが、母も二人の兄も涅槃へと旅だった。
 あとは自分だけだ。
 もし悔いがあるとすれば、母の死を父に伝えられなかったことだけだろうか。
 父の帰りを待ちながら、けっして弱音を吐かずに三人の子供を育て上げた母。
 最後の言葉を預かっているが、どうやらもう伝えることは不可能そうだ。
 降り積もる雪。
 ふと、老人の顔が動く。
 あるやなしやの気配を、中庭に感じたのだ。
 幾多の戦場を駆け抜け磨いた感覚は、死を目前にしてなお健在だった。
「なにやつじゃ‥‥?」
「久しいな」
 返ってくる、若々しい声。
 老人の表情が変わる。
 愕然と。
 庭に立つ少年。それは、若き日と変わらぬ父の姿。
「ち‥‥父上‥‥!?」
「六〇年ぶりか」
「はい‥‥父上‥‥おかわりなく‥‥」
「まったくだ。そなたは、少し老けたな」
 苦笑を浮かべながら、死を間近に控えた末子の枕頭に腰掛ける。
「少しとは‥‥控えめな表現ですな」
「許せ」
「なんの‥‥しかし、間に合ってようございました」
「うむ?」
「母上から、言伝を預かっております」
 ごく僅かに姿勢を正す老人。
「わたしの役目は果たしました。あとは勝利どのが行く末を見守ってください。いずれあちらでお目にかかりましょう」
「‥‥‥‥」
「たしかに、お伝えしましたぞ」
「ああ」
 少年の短い返答。
 音もなく降り続く雪。
 二人の間を、ゆっくりと時間が流れてゆく。
「‥‥幸福だったか?」
 ぽつりと、少年が訊ねた。
「不肖の父のせいで苦労はしました」
「すまぬ」
 謝る少年。
 にやりと、老人が笑みを返す。
「ですが、そう悪い人生ではありませなんだ。自分より若い父親にまみえる機会など、そう滅多にあるものではないですからな」
 笑声は、途中から咳き込みに変わる。
 老いた背中をさすってやりながら、少年は何ともいえない表情を浮かべた。
 そして、
「そろそろか‥‥?」
「どうやら、そのようですな‥‥」
 徐々に力が抜けてゆく老人の身体。
「父上‥‥」
「ここにいるぞ」
 伸ばされた手を掴む。
「拙者は‥‥父上の子として生まれたことを‥‥一度だって恨んだことはございませぬ‥‥」
「‥‥ありがとう」
 少年がそう答えたのは、老人がいかなる声も発することができなくなってからだった。
 降り積もる雪。
 想いと、涙を隠して。
 いつまでも。
 いつまでも。


「ふう。こんなもんだね」
 掃除を終わらせた絵梨佳が、墓前に花を供え線香に火を灯す。
 少女のとなりで手を合わす作倉。
 生きるということは、自分以外の人間の死を見続けるということだ。
 そのことを、彼は長い長い人生の中で知った。
 いつかは、この少女とも別れの時がくる。
「できるなら、なるべく遠い未来のことであるように」
 声に出さず祈る。
 むろん、誰の鼓膜も揺らさなかった。
「さーて、かえろっかー」
「そうだな。かき氷でも食っていくか」
 歩き出すふたり。
「手伝ってもらったから、おごるよー」
「女子供におごらせるわけにはいかんさ」
「なにいってんだか。ぷーのくせにー」
「ぷーっていうなっ」
 遠ざかってゆく声。
 成層圏の色を映す蒼穹。
 きれいになった墓。
 白い百合の花が、風に揺れる。
 見送るように。












                       おわり



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2180/作倉・勝利     /男  /757 / 浮浪者
  (さくら・かつとし)

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■         ライター通信          ■
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お待たせいたしました。
「夏の一日」お届けいたします。
はじめての発注ですね。ありがとうございます。
予告通り、過去語りのちょっと特殊な話です。
不老不死というのは、最初の100年が最も辛いそうです。
知己が死んでいきますからね。どんどん。
普通の人間でも、70とか80とかになると、とみにそう感じるそうですよ。
さて、いかがだったでしょう。
楽しんでいただけたら幸いです。

それでは、またお会いできることを祈って。