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平日のアルバム
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アスファルトの上で、蝉の死骸を見つけた。
「もう夏も過ぎたもの」
という声。
カレンダーは九月の頁に替わったし、学校も始まっている。
校長先生の挨拶では「気持ちを切り替えて、学校生活を送って欲しい」と言われたし。
夏休みを終えたクラスには、具体的なところはあげられないのに、「何か変わった」と思うクラスメイトがちらほらいる。
教科書を開いて、授業を聞いて、ノートをとって。
七月のはじめ頃よりもぼんやりしている自分に気付く。
「私も同じだよー」
そう言う友達もいるけど、あたしにはそうは見えない。
気持ちの切り替え方って、どうすれば上手く出来るんだろう。
――夏の間中遊んでいた訳じゃないのに。
宿題は早めに終わらせたし、授業がわからないということもない。
だから、お遊び気分でだらけている訳ではなくて――。
――夏の終わりを感じ切れていない感じ。
気温のせいかな?
秋のはずなのに、ちっとも涼しくない。
冷房をつける程ではないけど、制服の中は汗ばんでいた。
両足の腿が触れれば汗の感触が肌に残る。シャープペンを持つ手は熱く、ノートが執拗にはり付いてくる。
――これのどこが秋なんだろう。
でもみんなは秋を感じ始めているようで――音楽室から戻って教室に入るとき、あたしだけ取り残された気分を味わった。
夏の間にあたしの影を置いてきたような物悲しさもあったりして、九月のはじめ頃はちょっと憂鬱だ。
……すぐに慣れると、わかってはいるのになぁ。
上手にコントロール出来ない自分に、にがわらい。
(寂しげな色が一滴入った青い、め、だった)
本当は。
もっと寂しげで悲しげな瞳をしていた自分を、あたしは――海原みなもは知っていた。
それは、記憶の底で揺れている。
思い出さないでね、と言いながら、記憶は揺れている。
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――まだ授業終わるのが早いからいいよね。ずっとこうならいいのになー。
――飽きちゃうよ、きっと。
――そうだろーなー……あ、あそこで小学生が遊んでるじゃん。そっか、小学校の方が終わるの早いもんね。いいなぁ。私、小学生に戻りたくなってきた。
――あはは、もうさっきまで喜んでたのに、もう……。
――みなもはそうは思わないの?
――あたしは……どうかなぁ……。戻りたいって思うときもあるかもしれないし、でも今のままでもいいと思うしね。
―― 一日くらいだったら楽しそうじゃん? 毎日だったら大変だけど……あ、私こっちだから。じゃあね、みなも。また明日ね。
――うん。また明日……。
友人が背中を向ける。歩いていたのがどんどん早歩きに――最後には走って去っていく。
離れていく靴音と、薄い影。
……影。
みなもは額をハンカチで拭った。微かに汗をかいている気がした。
アスファルトには街路樹の影が落ちている。
みなもは影の上を選んで歩いた。数十秒に一回、黄緑色をした光が瞳に入っては消えていく。
風は生ぬるく、制服の中へ入り込んでは体温を上げていった。
吐息を影へと落とす。
「暑い……」
わああああああああ、という声。友人が言っていた小学生の二人組みだった。年齢は――低学年だろう。ランドセルの代わりに、水泳教室の袋を持っていた。
その子たちがみなもを追い抜いて走っていったとき、ひんやりとした風が周りを包み込んだ。
それから塩素の匂い。
二人は手を繋いでいた。触れ合った指の間から、水が心地よさそうに零れ落ちている。
プールからあがって、服を着た後の感触を思い出した。肌の冷たさを包み込んでくるあたたかさと心地よさ。髪から零れ落ちる水……。
二人の笑い声が耳に残る。
――あたし、憶えてる。
こんなことが前にもあった。
そのときみなもは、あの二人の小学生と同じくらいの歳だった。小学二年生の頃だ。
それは、楽しい記憶ではなかった――暗い思い出だよ、とみなもが弱い微笑みを返すような。
みなもは二人を抜き返さなかった。自分とは違う方向へ行くまでゆっくりと歩き、二人が違う方向へ進み始めると、足を速めて家へと向かった。
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居間に居たのはみなもの母、みたまだった。
みたまは笑顔でみなもを迎えたが、その後すぐに眉をひそめて、走って帰ってきたのかとたずねた。
「何となく、急いじゃったの」
「あら、そう?」
みたまは微笑むように目を細めた。
――あ……。
「でも、お母さんが家に居るのって珍しいから、それもあるの。……こういう言い方すると取ってつけたみたいだけど……」
慌てて言ったみなもに、みたまはふふっと笑った。
「わかってるわよ」
みたまは机の上のアルバムに視線を落とした。
「お母さんの……じゃないよね」
母親の幼少期の写真を、みなもは見たことがない。
――お母さんには、色々と事情があったんだよね。小さい頃から憲兵をしていたって、言っていたし。
みなもはそう考えている。だから今まで不躾に母親の過去をさぐることはしていない。
興味はあるが、母を傷つけることはしたくなかった。たとえみたまが平然と話してくれたとしても。
みたまが見ていたのはみなものアルバムだった。我が子ながら可愛いのよねぇ、とみたまは機嫌よく言っている。
みなもにとっては、過去の自分を眺める懐かしさと、それを人に見られる恥ずかしさを感じさせる物だ。
写真の中で、みなもは恥ずかしそうに笑っていた。
場所はプール。写っているのは、顔も幼く、小さなみなもだった。小学校に上がる前か―― 一年生かもしれない。淡いピンク色の水着を着て、女の子座りと言われるものだろうか、タイルの上にぺたんと座りこんでいた。
前に置かれた両手には水玉の浮き輪が握られていた。立って撮ったのだろう、みなもは上目遣いにこちらを見ている。ワンピース型の水着のため、お腹の下にはスカートのようなフリルが小さくついていて、その下から腿が覗いていた。
ああ、とみなもは呟いた。当時の記憶が甦って来たのだ。
みなもは、この写真に覚えがあった。
「カメラに照れちゃって、可愛いわねぇ」
「違うもんっ」
みなもは即座に否定した。
「恥ずかしがってるのは、お母さんのせいなんだから」
思い出せないみたまに、みなもは説明した。
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あれは小学校に上がった頃の夏――だったかな?
休みに入ってすぐ、お母さんとお父さんと二人で、プールへ遊びに行った日。
あたしは嬉しくて、子供用のプールに入って、遊んでいた。
子供用のプールは浅いから、当時のあたしでも、水は膝くらいまでしかなかった。
あたしは寝そべって、プールの中央にある小さな噴水みたいなのを眺めたり、飛沫を上げたり――流されて遠くに行ってしまいそうな浮き輪を捕まえたりしていたのだ。
はしゃいだ気分も収まってきたころ、あたしは周囲のざわめきに気が付いた。
「うわああああ?!」
「な、何だぁ、ありゃあ!!」
声が聞こえてきたのは、大人用のプール。
あたしは浮き輪を持ってから立ち上がった。
見えたのは、滝と見間違える程の“水しぶき”が、プールの端から端までを移動している様子。周りの人を突き飛ばしてどんどん進んでいくようだった。
あれは何だろうと考えていると、思い当たった。
――おかーさん?
さっきまであたしの隣にいた筈のお母さんがいないのだ。
――あたし、ひとり……?
心細くなって、涙が出そうだった。
――ないちゃ、ダメ。ないちゃ、ダメ……ないちゃ……。
「おかあさんっ、おかーさーんっ」
最近覚えた呼び方の後に、もっと小さい頃に呼んでいた言葉が口をついて出た。
ママ……。
すると水しぶきは止み、金色の髪が覗いた。
「あら、どうしたの?」
呆然としている人々に囲まれながら、お母さんは平然としている。
「……………………」
「水泳なんてする機会が殆どなかったから、楽しいわぁ。ほらもう泳げるようになったのよ」
お母さんはまた例の“突進する水しぶき”を見せてくれた。
「ほらね。泳ぎ方は“微妙に”間違ってるかもしれないけど」
それからお母さんは、飛び込みもして見せてくれた。
「わああああああ!!!」
「きゃあああああ!!!」
吹っ飛ばされる人たち。
ひどい人はプールの端まで飛ばされていたもん。
「ほらね、みなももやってみる?」
「……………………」
「楽しいわよぉ♪」
「……………………う」
「う?」
うわあああああああああああん!!
ついにあたしは泣き出した。
寂しさが消えたのと、恥ずかしかったのと。
お父さんもいないし、どうしたんだろう。
「おとぉさん……どこ……?」
「ここだよ、みなも」
泣きじゃくりながら振り向くと、お父さんがビデオカメラを回している。
お父さんはプールには入らず、ずっとあたしを撮影していたらしい。プールにカメラを持ち込む人も珍しいので、お父さんもお母さん同様に目立っていた。
あたしはビデオカメラとお父さんの顔を見比べながら、
「なぁにしてるの?」
と訊いた。
お父さんは不適な笑みを浮かべた。
「みなもは気にしなくていいんだよ」
「…………おとーさんのこと、しんぱいしたの」
「そうか、心配かけたね」
「なぁにしてたの?」
「みなもは知らなくていいんだよ」
「………………じゃあ、いいもん」
まだ小さかったあたしは涙目のまま頬を膨らませると、タイルの上に座り込んだ。
「どうしたんだい?」
あたしを心配しつつもカメラを放さないお父さんから、あたしは抗議の意志を持って目を逸らした。
ごめんごめん、と謝るお父さん。あたしは数分で怒りを解き、お父さんに甘え始めた頃――。
爆発音かと思う程の音を立てて、水しぶきが――。
「おかーさん……」
お父さんに頭をなでてもらいつつ、あたしは恥ずかしげに涙ぐんだのだった。
その後、お父さんはカメラを取り出して撮影した。
それがこの写真という訳。
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「言われてみれば、泣いたあとがあるわねぇ」
みたまは暢気なことを言いつつ、頁をめくった。
「あら、これも水着ねぇ」
それはプールから上がろうとしているみなもの姿だった。後ろに校舎が写っているから、学校だろう。高学年の姿も混じっているから、夏休みに撮影されたようだ。
胸元に「うなばらみなも」と書かれた黒いスクール水着を着て、視線は遠くにある。カメラには気付いていない――お父さんが勝手に撮ったんだろうな、とみなもは思う。
「この写真、表情にかげりがない?」
「んーどうかなぁ」
苦笑いしながらみなもは答えた。
本当はその通りだったのだ。
みたまと明るい会話をしながらも、みなもは当時のことを思い出していた。
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写真に写っていた様に――学校のプールからの帰り道。
ひとりで歩いていると、急に、笑い声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声。
クラスの男の子の集団が歩いているのが見え、
「あ……」
無意識に後ずさっていた。
この頃、あたしはクラスの子からいじめのようなものを受けていた。
きっかけは、あたしの髪や目がみんなと違っていたから。
青い目や青い髪は学校でも目立っていて、入学時から一部の男の子の間で、からかいの種になっていた。
対して、女の子は優しくて、「気にしないよ」と言ってくれていたけど――。
二年生に上がったとき、あたしの容姿を快く思っていない女の子がいることを知った。目立つことが好きな子にとって、目を引くあたしの髪や瞳は邪魔だったらしい。
今まで女の子に対しては安心しきっていただけに、ショックが大きかった。その子はあたしのことで陰口を叩くことが多くて――あたしは人づてに聞いては項垂れていた。
でもそれを助けてくれたのも、クラスの女の子だった。
「わたし、みなもちゃんのかみや目のあお色って、すきだよ。かわいいもん」
優しい子も多くて、あたしが泣いていると涙を拭ってくれた。
――わるぐちなんて、気にしちゃダメだよね。
庇ってくれる子たちがいることに、励まされた。
男の子のからかいの方が、ずっと辛かった。
複数の大きな声は耳をふさいでも聞こえたし、聞こえないふりをすると、無理矢理あたしの腕や髪を掴んで、叩いてくる。
どうしていいかわからない。ただ首を左右に振って、拒否を示した。
――やだ、やだ……。
やめて、と一言声に出すだけでも勇気が要った。
泣かないようにするだけで必死だった。悲しかったし、恥ずかしかった。それに怖かった。
女の子が止めに入ったくらいでは収まらない。
男の子の大声に先生が気付いて、怒る。
本当なら安堵するところなのに、あたしは自分が先生に怒られているような気になることが多かった。
自分が悪いことをしたような罪悪感と、恐怖が混じった気分。
あたしはその場に居て、俯いている。先生が止めに入ったり、大事になってくると余計に泣きたくなり、青い瞳や髪をしている自分を恥ずかしく思った。
恥じることなんて何もなかったのに――小さかったから、受け止められなかったのかな、と思う。
お母さんに相談することは出来なかった。相談したら最後、その男の子たちは翌日から学校に来れなくなるのがわかっていたから。
学校は楽しいかと訊かれると、「うん」と返すしかなかった。
思いにやり場がなかったせいかな。あたしは特定の男の子を見たり、複数の大声を聞くと、足が震えて、鼓動が速くなるようになっていた。
目の前にいる男の子たちは、あたしをからかっていた子たちだったのだ。
――ひとりでもこっちをふりかえったら、どうしよう……。
怖い、と思うより先に、肩が震えだした。
プール帰りは、塩素が残った匂いとあたたかい衣類が肌に擦れる感触とが混ざって、優しい気分に包まれる時間なのに――今はとてつもなく恐ろしい。
手で肩を抱くと、服があたたかかった。
――はやく、いって。
男の子たちが見えなくなるまで、あたしは動かずに居た。糊で張り付いたように長く感じられる数分間だった。
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――みたまが示して微笑んでいる写真は、今見ていたものの隣にあった。
小さなエプロンをつけて、サラダを盛り付けているみなもが写っている。
「このときにはもう簡単な料理なら作れたのよねぇ」
「あのときのお母さんったら、凄いモノばかり作るんだもん」
みたまの作り出す料理は、食べ物というより妙な物体と言った方が正しい。
意欲はあるから、難しい料理に挑戦はするものの、どれも上手くはいかなかった。
ハンバーグを作ると言って出来たものは、謎の黒い塊だったということもある。
それでも「おかーさんが作ってくれたから」と、みなもは口に入れたが、歯が折れそうなくらい硬い。
「おかしいわねぇ」
首を傾げるみたまに、みなもは暗い声で返した。
「おかーさん……このハンバーグ(?)、じしゃくにくっつくよ?」
「どれどれ」
みたまはハンバーグ(?)に磁石を見て一言。
「――このハンバーグはS極みたいねぇ」
こんな反応だから、みなもは自分が料理を覚えるしかないと覚悟を決めたのだった。
料理だけではない。
掃除も滅茶苦茶で、あるときみなもが学校から帰ってくると、畳は折れて床に大きな穴が開いていた。
「どうしたの」と訊くと、みたまは「寿命だったのかしら」と言う。
「ちょっとホウキで掃こうと思っただけなのに」
みたまは力を抜いたつもりかもしれないが、新品のホウキも真っ二つに折れていた。
「確か掃除機があったわね」
と、みたまは掃除機を掴んだが、みなもが止めた。自分がするというのである。
「みなもはまだ小さいから無理よ」
「だいじょうぶ!」
父がやってるのを見ていたから平気だと、みなもは思っていたのだ。
ところが、そううまくはいかない。
スイッチを入れた瞬間、まず音と吸引力に驚かされた。
だが慣れればきっと気にならないだろう。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
しかし動かないのである。吸引力が強すぎて、引っ張っても床からはがれない。
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜しょ!!!」
全力で引っ張りすぎたせいで、みなもは後ろへしりもちをついた。
「いたい……」
「みなもには無理よ」
そう言ってみたまは掃除機を取り上げたが、その瞬間みなもの脳裏を崩壊した家が掠めて消えた。
「だめー!!! あたしがするから、おかーさんは休んでて!」
「そう?」
反対しても無駄と悟ったのか、みたまは居間へ戻っていった。
そこでお茶を飲んでいると、別室から悲鳴が。
「うわーん、こんどは止まらないよぉ……!」
慌てて駆けつけるみたまであった。
みなもが父から家事を習い、覚えるまで、みたまも心配することが多かった。
みたまが洗濯機の水をそこら中にぶちまけ(どうやったらそんなことが出来るのだろう)その上洗濯物まで破るのでみなもが代わったのだが、いつまで経っても洗濯機が動き出す気配がない。
「みなもー、出来たの?」
案の定、洗濯機は動いていない。
肝心のみなもの姿も見えない。
どこにいったのかと思いつつ、
「仕方ないわねぇ。えーと、これがスイッチで……」
慣れない作業にみたまが頭を悩ませていると、洗濯機の中から声がする。
「おかーさーん……あけてぇ……」
なんと、みなもは洗濯機の中へ落ちていたのだった。
がっくりとその場にしゃがみ込むみたまに、みなもは涙の混ざった声で言った。
「だって、ひとりじゃでられないんだもん……“せんた……き”のあな、おっきいんだもん……」
こうした苦労も味わいつつ、みなもは家事を覚えていったのだ。他人からすれば笑い話だが、みなもからすれば苦労話である。
――あたしも成長したなぁ。
みなもはしみじみ思う。精神的にも肉体的にも。だってあの頃は、台を置かなければまな板さえ視界に入ってこなかったんだから。
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みなもが料理を覚えてきて、九歳の誕生日を迎えた頃。
みなもは人魚として覚醒し、同時に“女”として目覚めることになる。
それはいくつもの戸惑いを重ねた時期でもあり、今まで悩んでいた学校のことが霞む程のことだった。
みなもは悩んだ挙げ句、徐々にありのままの自分を受け入れようと思い始め――人魚や“女”としての自分を受け入れるのにしたがって、みなもの雰囲気は変化していった。
落ち着きが出たのかもしれない。苦手な男子の前でも、震えることがなくなった。
大丈夫、と思えるようになったのだ。
次第にからかわれる回数が減っていった。
――みなもが、姉と妹に出会ったのもこの頃だ。
巫女の姉はずっと大人に見えた。黒く長い髪に白い肌がしなやかに動く姿を見て、憧れた。
妹は“病人”なのだと説明された。リハビリのために家にいるのだと。
「なんていうびょうきなの?」
事情が飲み込めず、母を見上げたみなもに――みたまは「ついで」だと言って自分の職業の話をした。
みなもは解らないながらも、ひとつひとつの糸をたぐっていく。
少しずつではあるが、目の前が開けてきて、良い方向へむかっていく兆しを感じながら――現在に至る。
■□□□□□
アルバムをしまうと、みたまは言った。
「今日落ち込んでいたのは、何が原因?」
「んー」
曖昧に微笑んで、みなもは制服のリボンを外しながら言った。
「忘れちゃった」
吹き出したみたまを、みなもは楽しそうに眺めていた。
終。
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