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<東京怪談・PCゲームノベル>


■切なさと哀しみと苦しみと−後編−■

 「変わり者」、「悪魔」と呼ばれる黒架(こか)と呼ばれる青年が草間の元に訪れた。
 その依頼は、「憎むべき者を探して欲しい」とのこと。草間は断るわけにはいかず、已む無くこの「悪魔」黒架の不審な依頼を受け、協力者に頼んだ。
 彼らは見事戒恵を探し出したが、黒架の「憎むべき相手」とは戒恵の父親であり、既に「戒恵の手によって捕獲」されているという。
 黒架とは一心同体と自分で言う戒恵と共にその場所に行った彼らは、既に先に来ていた黒架が戒恵を殺す場面を見て驚愕する。
 黒架が戒恵を一時的にでも「殺した」のは何故か。
 黒架の「本当の目的」とは何か。
 黒架の言う「ゲーム」の始まりに足を踏み込んだ「協力者」達は、黒架と密閉された洞窟で戦闘を繰り広げることになる。
 ───草間・武彦の命のためにと依頼を受けたことを忘れた者もいるかもしれないが……戦闘を辞退すれば、黒架は必ず彼の命を落としに行くだろう。



■黒架の「ゲーム」■

 銃口を向けられながら黒架は少し近づくのをやめ、呟いた。
「ゲーム参加者が二人増えたようだ」
「「?」」
 眞宮とシオンが不可解な顔をしていると、やがて階段を降りてくる足音が二つ聴こえてきた。
「海月くん、ここみたいよ」
「ああ」
 興信所から話を聴いて人伝にやってきたのだろう、白姫・すみれ(しらき・すみれ)に先導されて諏訪・海月(すわ・かげつ)がやってきた。
 二人とも、眞宮とシオンに挨拶する間もなく黒架のその雰囲気に動きを凍りつかせる。
「ゲームっつーけどな。殺る気の無い奴と殺し合いなぞ出来るか」
 眞宮は言いながら銃を降ろす。シオンがその間に、すみれと海月に詳しい経緯を説明していた。
「……私に殺る気がないと?」
 黒架のその低音質の声にも眞宮は不敵な笑みを浮かべる。弾、勿体ねえしなとも思う。
「始めるのはまだ早いぜ。足りないモンがあるだろ……ゲームには賞品とスリルがなきゃな」
「同感」
 言ったのは、こちらも一応銃を取り出していた海月である。すみれは「何無茶苦茶言ってるの、あなた達!」と、呆れた風である。
 シオンは考えていた。殺す選択をした場合自分達全員を殺すと黒架は言った。それならば、その逆もあるだろうか?
「仮に」
 ごくりと唾を喉の奥に送り込みながら、尋ねてみる。
「私が私の死を望んだとしたら……? それでも貴方は『ゲーム』を遂行するんですか?」
 一拍置いて、黒架は言った。
「賞品というか報酬のようなものは、草間武彦に言えば心当たりもあるだろう。……届けさせたからな。スリルが足りないか? どうやらお前達は───私を買い被りすぎているようだな」
 また、新たに階段を降りてくる二人分の足音がする。黒架はそれを合図にしたように、続けた。
「『立会人』も来たようだ。───これで私が本気ということが分かるか?」
 降りてきたのは、戒恵と最初に眞宮とシオンが会った場所にいた和風服の楼(ろう)という男と、春里(しゅんり)という男だった。洞窟の皆より少し先のほうに行き、並んで座る。
 座ったのを合図にしたように、黒架が片手を挙げた。
「っ!」
 どこからか土の塊が氷柱のような形態を取り、すみれを片方の壁に服ごと縫い付けた。その間、一秒もない。
「ちょっと! これじゃ逃げられないでしょ!」
「お前はどの道頭脳戦として来たのだろう、肉体戦の誰かのサポートとして」
「……どうやら俺達の能力も全て調査済みかお見通しってとこみたいだな」
 海月が言う。
 黒架は黙ってもうひとつ、土の塊を氷柱の形にし、浮き上げた。
「「!」」
 ドゴォン、と銃声が同時に二発。
 すみれの心臓を狙ったそれが、眞宮と海月が同時に放った銃弾でパラパラと宙で粉々になった。すみれは思わず、腰が抜けそうになるのを堪える。今のうちにと、シオンは、まだ声も出せないでいる戒恵をどこか比較的安全な場所へと連れて行こうとする。自分は戦闘向きではない、それが分かっていた。それに、出来れば黒架も戒恵も殺したくない、というのが本音だった。移動しようとするシオンの腕の中の戒恵に、眞宮が黒架のほうを向きながら何かを放る。戒恵の胸の上に落ちたそれは、春里からもらった眞宮の分の「水が入った紙の包み」だった。
「預かっててくれ」
 肩越しにちらりと振り向き、にやっと笑う眞宮に、戒恵はこくんと頷き、その包みをきゅっと握り締める。シオンはとりあえず、立会人である楼と春里から、そう離れていない場所に移動した。
「スリルはこれが序の口、ということで如何か?」
 黒架の問いに、海月と眞宮は「まだまだ」「足りねぇな」と言う。まだ縫い付けられたままのすみれは、
「わたしには充分スリル満点だったわよっ!」
 と、泣きそうな勢いである。
 彼女の希望としては、最終的には戒恵の父親、葉罪(ばつ)にも出てきて欲しい、というのが本当のところだった。
「黒架さん、あなたは『何か過去にあって自分を再起不能にでもする』ことが目的? だって葉罪って人を殺したくなさそうに感じるのよね、言動が。だとしたら……わたしなら、そうするわ」
「憎むべき相手の条件は『戒恵を探し出して協力を頼む事=自分達』……つまり葉罪の代役、ゲーム相手を探してたんじゃねぇのか?」
 続けて、眞宮。戒恵を殺してみせたのはその理由付けかとも思う。
 ふっ、と黒架は初めて微笑んだようだった。───周囲が寒くなるような、地獄の微笑み。
 そして、顔の半分以上を隠しているものを全て取った。美しい顔と、どこか虚ろな瞳が露になる。
「ゲームもあまり喋りすぎても興が冷める」
 言って、再び片手を挙げる。またすみれにか、とすみれの前に立つ海月。眞宮は、その裏のことも考えてシオンと戒恵のいる前に立ち位置を移動した。
 シオンはといえば、強く強く───それこそ気の遠くなるほど念じて、見事な氷の結界を張ったところだった。これで何とか少しは凌げるだろう。結界は、ギリギリ立会人たち二人のほうにも行っている。しかし、「立会人」を始めから頼まれていたのだろう、楼と春里は余分な口は挟まない。未だ黙したままだった。
 すみれが、ハッと気付く。ここに来るまでの間、黒架のことを少し調べてきていた。
 殆どが謎のままだったが、能力について分かることもあった。
「どうした? その手から次は何が出るんだ?」
 黒架は応じたように、挑発とも言える言葉を放った眞宮にただその拳を突くように押し出した。避けようとせず、彼は手の平でそれを受ける。
「……?」
 ただのパンチにしては威力が少なすぎる。
「4次元認識能力! 眞宮さん、離れて!」
「!」
 反射的に離れたが、同時に小指に痛みが走った。
「眞宮!」
「眞宮さん!」
 海月とシオンの、彼を案ずる声が洞窟中を飛び交う。眞宮は、右手で抑えた左手をちらりと見下ろした───内出血だ。今、自分は何をされた?
「4次元認識能力……黒架の能力の一つよ」
 すみれの言葉に、
「具体的にどんなもんなんだ?」
 眞宮は尋ねる。立会人である楼から返事が返って来た。
「立方体の面積は、縦×横×高さ−更に、それぞれの要素に垂直に交わる一本の線です。
 一般的に4次元と呼ばれる、最後の1本を黒架さんは認識する事が出来るんですよ」
「それだけじゃわからん」
 すると、次には春里が続けた。
「良く行われる使い方として紙やCDなどを裏返すことが出来るように、密封された袋や箱の中身を、その入れ物のどこも開けずに取り出す事が出来るんだけどね。つまり、人間の心臓すらも体のどこも切り開かずに取り出す事が出来るんだ」
 ぞっとする。
 つまり───自分は今、どこも切られないまま、恐らく肉のほんの一部を「取り出された」のだ。
 黒架が「それ」を捨てたことで立証される。
 海月はと見ると、今の間、術に必要な言葉を言っていたらしい。
「……これで暫くは呪文を唱えないでも言葉だけで術が使える」
 そして、思い切りよく跳躍した。並の人間よりも跳躍力が高い。これも海月の能力のうちの一つだ。
「俺は弾が勿体ないんでね。……男らしく素手でいくぜ」
 眞宮は言うと、黒架に掴みかかっていった。
「眞宮さん! 接触は危険です、さっきのように、いえ、もしかしたら内臓まで取り出されてしまうかもしれないんですよ!」
 シオンが結界の中から言い、自分のその言葉に自分で恐ろしくなって青くなる。
「わたしの能力で補うわ」
 ここに縫い付けられている限り、それしか出来ない。すみれが言うと、「助かる」と、眞宮は笑って見せた。
「能力といっても」
 少し先が視える、というカンがあるだけよと言おうとしたすみれの言葉は、海月の喝の入った声にかき消された。
「炎(えん)!」
 跳躍の頂点に言ったと同時にその言葉を出した途端、突き出していた両手から炎が火炎放射器より鋭く速く黒架を目指し呑み込もうとする。が、黒架の腕の一振りで水が出現し、吸い込まれた。
「エレメンタルフォース……今のは水だね」
 春里が呟く。そうですね、と頷く楼。
「え、エレメンタルフォースとは……?」
 立会人たちの一番近くにいるシオンが、戒恵の頭を撫でてやりながらおずおずと尋ねる。
「4大元素を技として使えるってことかな、早く言えば」
 春里が言うと、楼が説明する。
「水風土火、すべての元素を自由に操れるんですよ。先ほどあのすみれさんを縫い付けた土も、そのエレメンタルフォースの技を使ったものです」
 でも、と、ふとシオンが疑問に思う。
「立会人が、そんなに話してくれていいんですか?」
 すると、楼と春里は互いに顔を一瞬見合わせ、各々に苦笑するような表情を作った。そもそも、二人はどうして黒架のこの「ゲーム」の立会人となることになったのだろう?
「それならこれはどうだ。怨霊!」
 なんと海月は今度は、怨霊を呼び出して黒架を襲わせた。見えないものも中には居たが、殆どが、霊的なものは実体化したものでなくては見えないという眞宮にすら見えている。
 これは、少し黒架の手を焼かせるに至った。
「……その葉罪ってヤツ」
 その隙に、眞宮がカマをかける。
「あんたが殺れないなら、俺が殺ってやろうか? 恨みも憎しみも全部本人にぶつけろよ」
 怨霊の一体を消し潰しながら、黒架の海色の瞳がキッと一瞬鋭くなる。
「葉罪を殺せる権利は───私にしかない」
「なら、こんなしちめんどくさいことはしないで、とっとと殺せばいい。ここに連れて来てあるんだろう」
 海月が、心理戦とばかりに持ちかける。
 途端、黒架の瞳に強い光が灯った。
(哀しみ……?)
 遠くからのシオンでも、それが分かる。
(苦しいのか)
 眞宮も感じる。
(何をそんなにかたくなになっているの? この人は)
 今だ岩壁に縫い付けられながら、すみれ。
「お前は」
 海月が、代表したように言う。
「お前はそいつを本当に憎んでいたのか」
 今度こそ、黒架の瞳が見開かれた。それは、瞬時だった。霊視で見えたのだろう、春里が寸前に立ち上がり、
「避けて!」
 ゴォッ───
 どこからか、水の音。そう───あり得ないところから。楼が、春里を抱えてシオンの作った結界の中に入る。
「シオンさん、結界で私達を囲むように少し増やしてください」
 楼のその言葉に切迫したものを感じ、「はい」と、シオンは再び念を集中し始める。
 自分の身体が保つか分からなかったが、今はそんなことを言っていられない。何よりも、誰も死なせたくない。シオンの想いが通じたか、結界はより強化された。
 黒架の遥か頭上、何もないところから水が竜巻のように現れ、黒架以外の者を呑み込んでいく。



■哀しみと憎しみの果てに待つもの■

「……ゲームなどにはならないな」
 ごうごうと水音の中から、黒架の声が響く。
「お前達は、私の心を───想いを分かりすぎた」
 そう───眞宮のカマも、シオンの思惑も、海月の一言も、すみれの言葉も。
 全てが少しずつ黒架の心を当てていた。
 黒架は、水量が増していく中、とつとつと短く経緯を話した。


 黒架と葉罪とは、とある一族の中でも一、二を争うほどのカリスマ性と能力の持ち主で、どちらも誰にも負けぬほどの親友だった。黒架は自分よりも感情を表に出せる、皆に好かれやすい性格の葉罪が的確と思い、次期頭領の座を辞退した。
 次期頭領となるには一つの試練があった。
 それは、一族全員を納得させるほどの能力を見せること。
 葉罪はその時の頭領が不治の病に侵されているのを知っていたため、その薬を作るため一週間の旅に出た。黒架達は待った。黒架の妹であり、頭領になると同時に葉罪の妻になるとされていた愛波(まな)と共に。一族の皆と共に待った。
 だがその間に、一族の宿敵とも言える半野生化した者達の奇襲にあい、黒架を遺して全滅した。ちょうどそれは、葉罪の誕生日。
 戻ってきた葉罪に、黒架は頭領となる者がつけるべき十字架のペンダントを渡し、意識を失った。
 その後、そして仮死状態から甦った黒架は知ったのだ。
 葉罪が本当は裏切ったのであり、愛波が孕んでいて産み落とした戒恵という娘と共に自分は「魔導人間」にされたのだと。
 葉罪───憎むべき相手。自分を裏切り、一族を、妹を裏切った相手。
 だが、黒架に憎める筈がない。元々黒架は穏やかで優しい少年だったのだ。何よりも、葉罪と何にも変え難い信頼関係を築いている。どうすれば憎めるというのだろう。


「じゃ、こんなゲーム本当に意味がないんじゃないのか?」
 すみれを縫い付けている岩を銃で破壊しながら、水に半分以上浸かっている、海月。
「黒架は」
 ふと、今まで力なくぐったりしていたシオンの腕の中の戒恵が口を開いた。
「黒架は───魔導人間。どこからでも監視されてる。名前のないあいつに。だから、命令に背くわけにいかない」
「そんなに強い相手なのか?」
 眞宮が呟く。今までの戦いとも言えぬ戦いにも、かなりの手加減が感じられた。そんな黒架を上回る相手とは誰なのだ。しかも、こんな卑怯な「シナリオ」を作った。
「そうだよ。───自分の言葉でなきゃ黒架の身体を自分の自由にできなくした、マッドサイエンティスト。葉罪を私怨とはいえ本当に憎んでいた、狂った天才科学者。黒架に最期のこの命令を出して、自殺したんだ」
 春里が言う。
「それじゃ」
 すみれが、目を見開く。
「黒架が自分で自分を殺すこともできないの……? それなら、誰が呪縛から黒架を解いてあげられるの?」
「本当に───葉罪さんが『生きていて』、黒架さんが殺せたなら呪縛も解けたのでしょうけれど」
 楼が、立ち上がる。彼の視線の奥のほう───自然に黒架以外の皆の視線も集まる。
 暗くなっていて今まで分からなかったが、丁寧に車椅子に座らされた白骨体があった。───首には、十字架のペンダントがかかっている。
「「「「!」」」」
 戒恵が見つけ出して連れて来た、という葉罪とはこの白骨体のことだったのか。
「自殺も出来ないよう『設定』され、命令に背くことも出来ない、か」
 眞宮が胸糞悪げに言い、すみれを見遣る。
「随分ここに来るまで調べてたみたいだったよな。黒架の能力のことも少し知ってたし。この立会人二人の能力のことも知ってんだろ? 教えろよ」
 すみれは、その極度の男性恐怖症ゆえ一瞬怯んだが、さすがに気が強いだけのことはある。それに刑事としての性だろう、状況判断の能力も備わっていた。眞宮に近づき、短く耳打ちする。
 その間にシオンのほうは、まだ苦しそうな戒恵の額の鎖を、じっと見下ろしていた。
「……ずっと、気になっていたんです」
 シオンの声に、一同は振り向く。
「戒恵さんのこの額の鎖───ほどいてあげてもいいでしょうか」
 黒架が、ぴくりとする。力を使っているゆえ薄い虹色に変化している髪の毛を揺らし、振り向いた。視線が、一瞬戒恵とぶつかる。戒恵は、さとったように微笑んだ。この上なく、無邪気に。
 そして、眞宮のほうは楼に近づいていく。目の前、結界を隔てて何かを言いかけ、楼が短く何かを言って、眞宮は苦笑した。「頼んだぜ」、と言ったのがすみれと海月のところにも聴こえる。
「シオン。ぬいぐるみのお礼だ」
 戒恵が、明るく言う。
「誰にも外させなかった鎖、お前が外すことをゆるしてやる」
 鎖が解ければ、或いは戒恵だけでも「自由」になると───この哀しい状況から逃してやれると思った。シオンは、「ありがとうございます」と腕の中の少女に微笑み、ゆっくりと額の鎖を解いていく。
 その間に、眞宮は海月をちらりと見た。海月もこの隙にすみれに少し楼という人物の能力というものを聴いて、悟ったらしい。静かに頷いた。
 ただ一人、黒架だけが未だ水を引かないでいる。水量はどんどん増していく。全滅を待っているに違いない。
 そんな黒架に、こちらも立ち上がっていた春里が声をかけた。
「精神的に疲れ果てて足元よろけてるよ、黒架さん。もうやめよう。な? 葉罪さんもそう言ってるよ」
 確かに疲れた色を見せていた黒架の瞳はぼんやりと春里と楼のほうを見遣り───驚愕した。
 そこには、待ち望んでいた葉罪の姿。
「葉罪───」
 黒架の父親、頭領が拾い共に育った、兄弟でもあり親友でもあった、二つ年下の葉罪がそこにいる。
 葉罪は黒架を見据え、静かに微笑んでいた。
「これは幻ですけれど」
 楼が、静かに言う。
「春里さんの知り合いに情報に強い方がいらっしゃいまして、だから私もこうして───葉罪さんの最期の姿を幻として貴方の前に出すことができるのですよ」
 幻を生み出すのは、楼の能力。
 そして、あれほど黒架のことに春里が詳しかったのは、確かに彼の身近に情報に強い人物がいたからだった。
 二人とも、たまたま蚤の市で出会い、その場に明らかに異なる雰囲気の黒架が草間興信所に入っていくのを見て、不思議に思った春里が調べたのが事のきっかけ。おかげでその情のもろさで「立会人」とされてしまったのだが───楼のほうも引き受けた動機は、恐らく「事の終わりを見極めたかった」からなのだろう。
「葉罪は」
 黒架が、静かに尋ねる。
「本当に、最期───こんな風に微笑んでいたのか」
「そのマッドサイエンティストに取り返しのつかないくらい根も葉もない悪い噂を立てられて、追い詰められたけど、最期まで黒架さんを信じてたって。十字架のペンダントに施した細工がいい証拠だよ」
 春里の言葉に、黒架は白骨体の傍まで行き、丁寧にペンダントを取り外す。

 ───Dear Koka Eternal friend───

 ペンダントに彫られた、模様と見紛うほど美しい文字。
 黒架は、瞳をぎゅっと閉じた。その時である。
「戒恵さん!」
 鎖を全て解き終えたシオンが、しゅうしゅうと煙を上げ始めた戒恵に驚愕したのは。
 立会人二人は、何も言わない。黒架と戒恵が視線を合わせた時点で、自分達の割り入ることではないと察したからだ。
 水が消え始めた、それを機にそれぞれに戒恵の名を呼びながら眞宮と海月、すみれもシオンの結界の傍に行く。ちょうどよく、ギリギリまで保っていた結界が崩れ始めた。氷がダイヤモンドダストとなり、散り散りになっていく。
「戒恵も同じ。黒架と同じ、魔導人間。鎖で命、つなぎとめられてた」
 輪郭が、おぼろげになっていく。だが戒恵は、微笑んでいた。シオンにもらったぬいぐるみを、しっかりと抱きしめて。
「でも、戒恵は自由のほうがいい。黒架は独りにならない、そうだろ?」
 戒恵がいなくても、黒架はもう孤独じゃないだろう───?
「ああ」
 短く、濡れたような声で、黒架は答えた。
 戒恵はにっこり笑い、シオンと眞宮、海月とすみれを見て───、
「ありがとな。戒恵は楽しかっ───」
 パサリ、
 言葉の最期を遺さず、戒恵もまた父親と共に白骨体になった。
「あ───」
 あの水、とシオンが、眞宮が自分の分を戒恵に渡していた紙の包みをかけようとしたが、
「無駄だ」
 と、黒架に制された。
「あれは───私が作って春里に渡していた。骨だけには効かない代物」
 それでもと、シオンは必死に戒恵の骨に水をかける。だが、無情にも何の変化もなかった。ただ一度、骨が虹色に輝いただけ。
「───」
 シオンは無言で戒恵の白骨を抱きしめ、すみれは誰にも知られぬよう泣いた。海月は目敏く気付いたが、知らぬふりをした。眞宮が、静かに黒架に、言った。
「……終わったな」
 応えは、なかった。



■Eternal friend■

 後日、草間興信所では小さな宴会が行われていた。
 黒架はあの後、全員を外に出して戒恵の骨とシオンが彼女にあげたぬいぐるみとを胸に抱いてどこかにすぐ姿を晦まし、立会人二人は「自分達の役目は終わったから」と其々に挨拶をして自分達の帰るべき場所に戻って行った。
 草間興信所には、黒架の差し入れだろうか、大量の酒や各地方の名物、無論金も届いており、草間が驚いていたところだったのだが、4人は弔い酒とばかりに、不審に思う草間をよそに飲んでいた。
「星がきれい」
 すみれが、窓から夜空を見上げて言うと、「ホントですねえ」と、目を輝かせながら、シオン。眞宮と海月は、
「星見酒ってのも乙なもんだな」
「ああ、俺達もそっちで飲むか」
 と言う始末である。
 これだから男ってのは、とか呟いているすみれは、それとなく三人から距離を置いている。だが、いつもよりは心も穏やかだった。
 Eternal friend。
 その短い言葉に込められた想いは、どれほどのものだろう。どれほどの数だろう、大きさだろう。
 4人それぞれに想いを馳せながら、夜は更けていくのだった。


 ───黒架、黒架。
   俺はいつだって傍にいる。
     お前が生きている限り、お前は決して独りなんかじゃない───
 





《END》



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2661/眞宮・紫苑 (まみや・しおん)/男性/26歳/殺し屋
3684/白姫・すみれ (しらき・すみれ)/女性/29歳/刑事兼隠れて臨時教師のバイト
3604/諏訪・海月 (すわ・かげつ)/男性/20歳/ハッカーと万屋
3356/シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん +α




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、東瑠真黒逢(とうりゅう まくあ)改め東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。今まで約一年ほど、身体の不調や父の死去等で仕事を休ませて頂いていたのですが、これからは、身体と相談しながら、確実に、そしていいものを作っていくよう心がけていこうと思っています。覚えていて下さった方々からは、暖かいお迎えのお言葉、本当に嬉しく思いますv

さて今回ですが、バトルが主体と言っていたにも関わらず、殆ど心理戦という形になりました。考えていたよりも文字数も長くなってしまいましたが、それぞれのPC様のプレイングもそれぞれにいいところをついて下さっておりまして、わたしとしてはとても満足のいく結果になりました。ということで、後編をお届けいたします。

■眞宮・紫苑様:連続のご参加、有難うございますv プレイングを見て、なるほどそういう風にも持っていけるなとこちらが勉強させて頂いた部分もありました。接近戦ということでしたので、こちらもどこまで黒架の4次元認識能力を使わせないようにしようか悩んだ部分もありました(笑)。
■白姫・すみれ様:初のご参加、有難うございますv 刑事、ということで、殺し屋さんもいるしどう絡んで頂こうかと楽しみに考えていたのですが、なかなかその機会もなく、かなり惜しく思っております。プレイングの、葉罪さんのことを少し出して頂けたのはこれ幸いと使わせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
■諏訪・海月様:初のご参加、有難うございますv 実は一番黒架に攻撃していたのは海月さんだったというオチでもあります(笑)。中々に戦闘になると戦闘狂になる、という部分を出したくても出す機会がなく、自分の力量のなさを痛感しています。次回がありましたら、是非とも使わせて頂きたいと思います。
■シオン・レ・ハイ様:連続のご参加、有難うございますv プレイングに、この物語の核心に触れるところがかなりありまして、戒恵の額の鎖に着眼して頂けたのは幸いでした。ですが、今回一番それで心を痛めているのはシオンさんかなとも思います。氷の結界は、かなりの疲労を伴ったと思いますが、如何でしたでしょうか。


■NPC春里様:快く借用許可をくださり、有難うございますv 本当に助かりました。有難うございます。
■NPC楼様:快く借用許可をくださり、有難うございますv 本当に助かりました。有難うございます。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。それを今回も入れ込むことが出来て、本当にライター冥利に尽きます。本当にありがとうございます。この物語は、かなりわたし個人の気に入るものとなりましたが、皆様は如何でしたでしょうか。因みに、「Eternal friend」という単語はかなり気に入っていますので、何か次のノベルのタイトルにでも使おうかと目論んでおります(笑)。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆