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<東京怪談ノベル(シングル)>


夢遊回想録

 それは夢だった。
 おぼろげだった視界がふっと開け、懐かしい記憶が、よぎったのは……。

 少女が歩いている。夏の陽射しを避けるように、木立の下へ。
 5歳程度の少女の名は、緋井路・桜。時折空を見上げては、眩しそうに手をかざす。淡い櫻色の着物の袖が、柔らかく笑んでいる桜の顔に、日陰を作っていた。
 木陰に腰を下ろし、ごつごつした幹に頭を預ければ、さわさわと木の葉を揺らす風が、少し長めの桜の髪をすぅ、と撫でていく。
 穏かな気分が桜を満たした途端、目の前が、歪んだ。
「なに……?」
 眩暈を起こしたように、定まらない視点。
 けれど、困惑も不安も感じる間もなく、桜は、目の前に現れた映像に意識を奪われた。
 それは慕う者の姿。桜の住まう父親の本家に同居している、伯父の姿だった。
 悪鬼のような伯父の形相、虚ろに瞳を見開いて横たわる女性。
 ざくっ、ざくっ……。焦りにも似た顔で、伯父は土を掘り返している。
 出来た穴に女性はいれられ、土をかけ、埋められる。
 何事も無かったように取り繕われたその情景は、まさしく、いま桜が座っているその場所……。
「こら、こんな所に座るんじゃない」
 はっとした桜の目の前にいたのは、伯父だった。
 目を何度かしばたかせている桜に、溜息交じりの苦笑を浮かべると、「着物が汚れる」と、桜の手を引いて屋敷へ戻っていこうとする。
 大きくて優しい伯父の手に引かれながら、桜は、不思議そうに木を振り返る。
 やはり、気になるのだ。小首をかしげながら、その不思議を解消するために、伯父の服を引っ張り、彼に言葉をかける。
「今ね、夢を見たの。伯父さんが怖い顔で、女の人を埋めてる夢……」
 伯父の目が見開かれた。
 それには気付かず、ただ無邪気に、桜は語りつづけた。
「あの木の根元に、伯父さんが……」
「見たんだな……」
 桜ははじめて、きょとんとしたように伯父を見上げる。
 そこにあったのは、彼女が見た『夢』と同じ、鬼のような伯父の形相だった。
 驚きに目を見開く間もなく、華奢な首に、太い指がかけられた。
 一気にこめられる力。苦しさに、叫んだ。
「やめて、伯父さん……!」
 意識が飛ぶ、まさに直前。桜の首をしめていた伯父の手は、祖父と、両親によって引き剥がされる。
 祖父と父に押さえつけられる伯父と、桜を抱える母と。
 呆然としながらそれらを見つめて、桜は首に手をやる。
 そこに残っていた赤い手のひらの後が少しずつ薄くなるにつれて。
 桜から、言葉が消え、表情が失われていくのだった……。

 これは、夢……。
 過去の、事……。

 薄く、少しずつ、桜は目を開いた。
 おぼろげに天井が見え、それが徐々にはっきりとしてくる。
 伴うように、目を開く直前の映像が、脳裏によぎった。
 ひた、と、首筋に手をやる。6年経った今でも、あの時の感覚は甦る。
 同時に、祖父から言い渡された事実も。

 あの事件から数日経った後、祖父は一族の者に時折現れる不思議な力の話をしてくれた。
 植物との精神感応能力。
 植物と能力者の意識をシンクロさせることで、その植物が持つ情報を手に入れる力。
 それを聞いて初めて、あの木陰で見たことが夢ではなく過去の事実なのだと知った。
 その能力を使って、情報屋を営んでいるということも。

 いま、桜は11歳。表情の喪失と言葉への抵抗を抱えた彼女は、今日も一日を過ごす。
 一小学生として、能力者として、
「……情報が、いるの?」
 そして、きまぐれな情報屋として……。