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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


リカレント・スポンティニアス・PK【前編】


 気晴らしにりょうが出た屋上にいた先客は一人の高校生ほどの少女。
 柵のギリギリに立っていた体は、うっすらと向こう側が透けていて……幽霊である事はすぐに解った。
 別に何がいてもおかしくはない、ここはそう言う場なのだから。
「迷ってんのか?」
「私……」
 振り返った時に見えたのは殴られたようなアザ。
 生前の傷だろう。
 その話題に触れるのは痛すぎて話を変える。
「あまり長くいない方が良い、上がるなら手伝う……」
 取りだしたタバコに、フルフルと首を振る。
「……ダメ、私はやる事があるの」
 フワリと地面から浮かび上がる足。
 その瞬間、見えてしまった。
 彼女の、意識。
 これからなそうとする目的を。
「―――っ! ダメだ!」
 気付いたら走って、少女に手を伸ばしていた。
 確かにつかんだ腕はとてもあやふやで……。
「離してっ!」
「……っ!」
 次の瞬間。
 りょうの体は屋上の柵の外へと放り出されていた。
 落下していく体。
 藻掻こうとしても指先一つ動かない。
 遠くなる空とりょうを見下ろす少女を眺めながら思ったのは、たった一つ。
『止めないと……』 
 たった一つでも出来る事があるのなら、どうか救いを。
 


 同時刻、草間興信所。
 仕事柄数多くの依頼人と顔を合わせていても、この親子の疲労具合は酷い物だった。
 母親の栗生弥生(くりゅう・やよい)と娘の栗生ミサ。
 出された珈琲を母親は義務だとでも良いだけに口に運び、娘の方は座ったまま沈黙したまま口も付けていない。
 二人の共通点は始終何かに脅え、疲弊しきっている事だった。
「……お話は解りました」
 見ているだけで部家が暗くなるような気さえ……違う、実際に暗くなっているのだ。
 何らかの、力によって。
「助けてください、どうか……」
 涙混じりの声。
 まだ知りたい事は多かったが刺激するのは良く無い気がして、深く追求する事は躊躇われた。
 どうすれば上手く言葉を交わせるかを草間が考えている間に、母親の方から既に何度も繰り返されている説明を始めた。
「どうしてこんな事になったのかは解らないんです。娘も、本当にいい子で。悪い事なんて何一つしていないのに……」
 娘のミサが膝の上で握った拳を更に強く握るのが伝わる。
 苦痛か……はたまた別の物か。
「あんな事があったばかりなのに……娘までこんな」
「……ッ、お母さん」
「良いのよ、ミサは何も心配しなくて。ちゃんと元に戻るから。そしたら、また前みたいに普通に戻るの。何も怖くないわ」
 本当に脅えているのは、母親のように思えた。
 ミサも同じ事が言えたが……何かが違う。
 切っ掛けも出来た事だしと意を決して草間が話を切り出す。
「……失礼ですが、あんな事というのは?」
 帰ってきたのは冷たい視線。
「娘と同じくラスにいた子何です、ええと、少し変わっていて」
「………樋ノ上、空って言って……クウってあだ名で」
「ミサ!」
 悲鳴にも使い制止にミサが黙り込む。
 あまり良いものではなかった。
 一瞬口を挟むべきか思案し、聞ける所から聞いておこうと結論付ける。
 今聞き出したら、泣き出すか帰ってしまうかと思えてならなかったのだ。
「あまり言いたくないんですが、半年前に亡くなってるんです」
「……亡くなっている?」
「はい。ああ……どうしてこんな事に、何も。悪くないのに。娘にまでこんな」
 ほとんど中身の空になったコーヒーを飲もうとし、空だと気付いてから下に置く。
 新しいコーヒーを入るが、きっと味何かしないに違いない。
 事件の説明は簡単にされていた。
 家で起きる怪奇現象の数々。
 今のように明かりが点いたり消えたり、何もしていない壁を叩く音。
 部屋の中の物が勝手に動くしコップが破裂したりもする。
 ポルターガイストでしょうと言うと、弥生は恐ろしいものでも見聞きしたように目を見開いたのも印象的だった。
 この事件受けない訳には行かないだろう。
 予感がするのだ。
 この事件を受けなければ、待っているのは最悪な展開だけだと。
 溜息でも付きたいと心だが依頼人の目の前でそうも行くまい、そんな思考をうち消したのは一本の電話。
 母と娘は電話の音すら過剰の反応を示し脅えた。
「零、変わりに……」
「……はい。はい……え?」
 電話に出た零の声驚いた物に変わる。
「……兄さん、盛岬さんが……怪奇絡みの事件で屋上から落ちて」
「え?」
「命に別状はないようですが、意識不明らしいです」
 今度は何が起きたのだと……草間もコーヒーを一気に飲み干した。
 
【シュライン・エマ】

 溜息すら飲み干すような様子の草間に、シュラインは新しいコーヒーをつぎながら早くもこの件について色々と考え始めている。
 過去に似たような事件はあった。
 それにまだ不透明な事があまりにも多い。
 隠している事が多すぎる依頼人。
 彼女たち二人から直接話を聞き出すにしても、コツや時間がいりそうだった。
 二人の様子を見る限り、草間が懸念しているように急いだ方が良いというのに、あまりにも時間が足りないのである。
 二人に話を聞き出す事と、きっと空という子にも何かがあるし、それも調べたい。
 興信所内で起き続けているポルターガイストもどうにかしなければならないだろう、二人が来た時よりも……少しずつ酷くなっている。
 電気が点いたり消えたりする速度も速くなっているし、カタカタと揺れだしたコーヒーカップを慌ててく様が手で押さえる。
「ヤケドしなかった?」
「ああ大丈夫だ」
「ご、ごめんなさい」
「………」
 さっと顔を青ざめさせた母親と、黙り込んだままのミサ。
「いえ、お気になさらず」
 ハンカチを手渡したシュラインに零が受話器を押さえたまま。そっと声をかけてくる
「お姉さん、あの……」
「……?」
 この事件を知った羽澄からの言付けで、あの鈴をもっていたら親子に渡して欲しいとの事だ。
「そうね、ありがとうって伝えて置いて」
「はい」
 彼女の鈴は、護符の役割も兼ねている。
 きっと役に立つ事だろう。
 扉をノックする音に、シュラインが顔を上げ代わりにでるからと零を制止する。
「はい、今……あら」
「失礼します、僕達の方にも連絡が来たものですから」
「おじゃまします」
 悠也が微笑み、ホッとする。
「ありがとう、助かるわ」
 二人を依頼人とは別の部屋に通してから、詳しい説明を始める。
「他にも手伝ってくれるそうだけど、今こっちに来てる最中だから」
「他には誰が?」
「後はりょうさんの事でも色々報告があるから、啓斗君と夜倉木さんが来るそうよ」
 同時に起きただけの事件であるかのようだが、そうではないらしいのだ。
 チカチカと電気が瞬いた。
 詳しい話は、揃ってからまとめる事にしよう。
 これはきっと……あまり回数を重ねられる話では無い、そんな気がしたのだ。


 ■興信所

 ある程度人が揃った所で、今解っている向こうとこちらの情報をまとめておく。
 興信所側にいるのは草間と零とシュラインとりょうの状態を知らせに行った悠也と啓斗と夜倉木。
 病院側に来たのは皆に連絡を取ったリリィとナハト。
 二人に呼ばれたのは羽澄と現在電話で病院でのやりとりを聞きているという匡乃とメノウ、そして悠也の式神の悠と也。
 最後に呼ばれたモーリス。
 現在病院ではりょうが検査中であり、それが終えるのを待っている状態だ。
 ここに来るまでに解っていたのは興信所に持ち込まれた栗生親子の事件。
 何かしらの要因、それを一言で片づけてしまう訳にはいかないだろう。そう思わせるような何かが親子にはあり、そこにでてきた一人の少女の名前もその不安に拍車をかけている。
 半年ほど前に事故死したという、樋ノ上・空通称空という少女こそが、この事件に関わる者の半数が病院に向かった理由でもある。
 りょうが屋上から何かしらの要因……これも現在は断定は出来ない。
 可能な限り正しい状況を得ようと言うのなら、直接調べ、本人に聞くのが一番だ。
 だが解っている事はある。
 事件のすぐ後に屋上に到着した悠と也が集めた情報によれば、屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる幽霊の少女の存在。
 その少女の名前も、空。
 偶然にしては、あまりにも不自然過ぎた。
 屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる、幽霊の少女の存在こそが、きっと事件に関わる重要な鍵になる。
 同一人物だとして調べる価値は、十分にあった。
「二人のお陰ね」
「いいえ」
 悠と也の確認がなければ、屋上にいた幽霊の少女の名前がクウだという確認すら取れなかったのである。
 それ以上に、その少女が屋上にいたのだと言う事も。
「私達は、こっちね」
 栗生親子に話を聞く事。
 今解る事についての裏付けと考えられる事についての調査。
 あまり人数がいるのもどうかと言う事になり、草間と零とが対応している間こうして状況の整理をしているのだ。
 何かを聞き出すにしても、何らか確証や必要な情報は調べてからの話になるだろう。
「私としては、頻発性自発的PKの線で調べようと思ってるんだけど」
「頻発性……?」
 聞き慣れない単語に啓斗が尋ねるが、それも当然の問だろう。
 頻発性自発的PK。
 言い換えるのならばリカレント・スポンティニアス・サイコキネシスとも言われる現象だ。
 この言葉すらも造語であり、定義としては繰り返し起こる怪奇現象。
 ただし幽霊の手によるものではなく、もっと別の……念力により引き起こされる現象なのである。
 つまり簡単に噛み砕き説明をするのならば、幽霊が起こす怪奇現象ではなく、人が不安定な心の元に起こす無意識化の超能力。
「だったら、親子二人とも気にした方が良いと思うんだ」
 考え込みながらの啓斗の言葉に確かにと納得させられる。
 統計的には10代の少年少女に多いと言われているが、げんんいんがストレスから来るものであると考えた場合。
「確かに娘さんだけではなく、母親にも当てはまりますね」
 追い詰められているのは、二人ともなのだから。
「なかなか鋭いじゃないですか」
「なっ!?」
 ポンポンと頭を撫でられた啓斗がむうと夜倉木を見る。
「褒めただけじゃないですか」
「俺は子供じゃない」
「子供扱い何てしてませんよ」
「それに撫でるなんて」
 いつものような展開になりつつある二人にシュラインと悠也が苦笑してから。
「二人とも、特に夜倉木さん。程々にしてね」
「……解ってます」
「ご、ごめん。シュラ姉」
 話を元に戻して、悠也が見つけたファイルを手にしながら。
「確かに大人の発症例はありますね……ではこうしましょう、俺が母親の方に話を聞くので」
「解ったわ、私が娘さんのほうに話を聞けばいいのね」
 そのためにはまず二人を別々の部屋に移すべきだ。
 話を聞き、気付かれないように会話を録音もしておくのがベストだろう。
 会話が残されていると知ったらそれだけで口をつぐんでしまうに違いない。
 それぞれ頷いてから、ノックをして扉を開く。
「失礼します」
 顔を上げる母の弥生とうつむいたままのミサ。
 今だけはポルターガイストは治まっていた。
 先ほどシュラインが羽澄に頼まれて渡した鈴と、悠也とほんの少しだけ挨拶のように交わした会話の効果があったのだろう。
「……どうした、シュライン」
 親子の顔も酷い物だったが、草間も似たような……依頼人の前で表にこそ出していないが、きっとそうだろう。
 何しろシュラインには草間が今タバコを吸いたくて堪らないだとか、一緒になって思ってるのが解ってしまうのだ。
「武彦さん、お電話よ」
「電話……? あ、ああ」
 正直に代わりますと言ったら、眉を寄せるだろう光景は容易に想像出来る。
 だからこそワンクッション置いたのだ。
 もちろん電話なんて鳴っていないのは誰よりも解っているはずだが、そこは意図を察した草間が席を立つ。
「申し訳ありませんが、代わりにお話を伺わせていただいてよろしいですか」
「………は、はい」
 不安そうではあったが、何とか頷いて貰える事には成功したようだ。
 最も肝心なのはここから。
 シュラインと悠也がメインで話を聞き、その間啓斗と夜倉木は回りに木を付けつつ二人からも視線を外さない。
 それから突然話を切り出すのではなく、草間がそうしていたように母親の話を聞きながら単独でも話を聞けるだけの状況にもっていく。
 30分ほどの時間が経過したが、その間に聞けたのはやはり草間が聞いた話と似たような物の繰り返しだった。
 脅えきった母親の何時切れてしまってもおかしくないような張り詰めた説明と下を向き続けているミサ。
 経過したのは短い時間だったが、確かにこれでは草間が参ってしまうのも納得出来る。
 しっかりと気を持っていなければ、親子の精神状態に引きずられてしまいそうな気配が確かにそこにあるのだ。
 だがこうして話している事も確実に効果はあったようで、そろそろ良いかとシュラインが話を切り出す。
「この件にご協力させていただくにあたって、もう幾つか尋ねたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「………はい」
「出来れば、お一人ずつ」
「どうして、そんな、私達は、何も……依頼に来ただけなのに」
 案の定表情を硬くした弥生に悠也が微笑みかける。
「もちろん解っています、あなたも娘さんも悪い事何かしていません」
 内心でそっと『今の状況では』と『何もしていないと何かしたというのは時として同義でもある』などと思ってはいたのだが、もちろんそれはかけらも表情には登らせる事はない。
 こうも不自然に、あからさまになにかを隠されていては双方信頼を得られる訳がないのだ。
 啓斗が考えたように、ありとあらゆる可能性は考えて置くべきだという意見が納得してしまえるほどに。
「よろしければ持っていてください」
「……これは?」
「お守りです」
 ゆっくりとした口調で語りかけながら悠也が取りだしたのは蝶の姿を形取った和紙、甘い香りと白と赤のまだらの色彩。
 効果は鎮静効果と結界。
 羽澄が渡した鈴もあるが、保険は多いほうがいい。
「栗生さん。ここに来たと言う事は、信用をしてお話をしていただかないと」
「あなたは助けを求めてここに来て、草間さんはそれを引き受けると言いました」
 シュラインの柔らかい安心させるような口調と悠也の魅了するような甘い声。
 つらつらと続けられる優しい言葉に、凛として譲れないと言う意思の表れた意志も混ざっている。
「そんな、でも、それでは……」
 もし彼女がここまで張り詰めてさえいなければ、誰しも頷いてしまいそうな物だったが、それでも弥生はほんの僅かに混ざっている言葉を聞き逃さない。
「私は、私達は……この現象が治まればそれで良いんです」
「ええ、私達も解決出来るように行動致します」
「あなたも娘さんもお守りしますから」
 それは間違えようもなく事実。
「………」
 僅かな沈黙はそのまま迷っているのだと後もう一押し。
「お願いします、事件に関わったからには間違いを犯さないよう、私達も真剣に取り組まさせていただきたいんです」
「責任を持って、俺達が事件を解決させていただきます」
 こちらも信じて貰わないと細部までの解決は望めないだと暗に告げ、こちらが言いたい事を知って置いて貰ってもらう。
「大丈夫、責めたりするためにではなくゆっくりとお話を聞かせて頂かせてほしいからお願いしているんです」
「お二人に別々話を聞くのは原因を調べるために必要な事だと考えているんです、何らかの現象が関与しているのなら痕跡を辿るためにも」
「わ、私達は……」
「解ってますよ、それに……お嬢さんもお疲れの様子ですから、よろしければ横になっていただいてからでも構いませんし。ここでなら安心して休んでいただけるようにしますから」
 シュラインに言われ、弥生が娘に視線を向ける。
 いまポルターガイストが起きていない事も、効果があったのだろう。
「………そう、そうね。お願いします」
 まるで、始めて気付いたかのようだった。
 信じて貰えなければ、どうする事も出来ないからこそなのだと解って貰い……ようやく頷いて貰う事が出来た。
 ようやく二人が別々の部屋に別れて貰う事が出来ホッと胸をなで下ろす。
「………凄いな」
「さすがですね、信用させるのが上手い」
 呟いたのは周りに注意を払いながらの啓斗と夜倉木。
 純粋な安堵となにやら含みが混じっているのが両極端な反応であった。
 親子を別々の部屋に移すだけの事だったが、それがこんなにも緊張を要し、駆け引きが必要だとは。
 だがこれで終わりではなく、ここからなのだ。


 ■栗生親子

 言葉通り空を休ませている間、先に弥生の方に話を聞く。
「娘さんは零ちゃんが見てますから安心してお話ししてください」
 ギクリと体を強ばらせた弥生に、シュラインは震える手を握り見上げるように語りかける。
「ポルターガイストの件については、お聞き致しました」
「……はい」
 何を言われるのかを察したように緊張させたのが解ったからこそ、はっきりと尋ねたい事を告げた。
 オブラートに包んだ言葉では何も聞き出せない。
「栗生さん、私達が出来るのは依頼された通り、周囲で起きている怪奇事件を起こらなくするように原因を探り、解決する事です」
「そのためには、色々とお話を聞く必要があると言う事は解っていただけるでしょうか?」
「…………解ってます、でも……その……解決だけしていただければ、それで良いんです。また前のように元通り生活出来たら」
 誤解されているようだが……ここは興信所であって、払い屋等ではないのだ。
 依頼を受けて、調査をして、事件を解決する。
「何も、本当になにも……」
「………」
 不意に気付いてしまった。
 何もしていないは何かしていると同意語だというのは悠也の考え。
 現段階では感でしかないのかも知れないが……それでもきっと今考えている事は正しい。
 切々と語る様子と、握った手のヒヤリとした手。
 彼女は、何か秘密を抱えたままなのだ。
 とても大きな、誰にも言う事の出来ない秘密を……それが何に関しての秘密であるかも想像と予測は容易に出来た。
 これまでの話の中でしっかりと耳にしているのだから。
「今だけは起こらないようにする事は出来ても、きちんと原因を突き止めなければ、同じような事が起こるかも知れないんですよ」
「それは……」
 視線を泳がせた弥生に、シュラインが頻発性自発的PKについての説明をする。
 不安だから起きる場合もある事。
 それはストレスや不安高怒る事もあり得るのだとも告げた。
 もちろん他の可能性もあるのだと告げながらの説明も忘れない。
 頻発性自発的PKはその現象を起こす物自身に集中する場合があるから、可能なら早く解決させたいと思ったのは……本心だ。
 一通り話をしてから、核心に迫る。
「隠している事がありますね」
 凛とした口調で、何かを言われるよりも早くシュラインはあとを続けた。
「樋ノ上空嬢の事について」
「……そんな、私はっ」
 ばっと握っていた手を離し、座ったままザァと顔を青ざめさせる。
 地雷を踏んでしまったかのような反応に、このまま立ち上がって帰ってしまう事すら懸念した程だった。
 現実にはその余裕すらないほどに悠也が渡した蝶の和紙を強く握りしめ、ただひたすらに震えている。
「何か、ご存じなんですね」
 静かな甘い悠也の口調。
「知っているのなら、お話ししてください」
 引き込まれるような何かに脅えながらではあったが……ほんの少しだけ目線を逸らし小さく呟く。
「その子と、私は………無関係です」
「あった事も?」
「知りません、私は……何もっ」
「でも、知っているような事をお聞きしたのですが」
 同じクラスであるらしい事は既に聞いた。
 それに一言だが、言っているのである。
 『娘にまでこんな』と……。
 他人であったとしても、何も知らないはずがないのだ。
「何か、知っているんですね?」
「し、知りません!」
「この事件と、関係があるかも知れないと言っても?」
「―――っ!」
 グッと息を飲んでから、首を振る。
 意志は相当固そうだった。
「………解りました」
 これ以上聞くのは危険だ。 
 神経が高ぶりすぎていてまいってしまいそうなのは、娘のミサだけではなくて母の弥生も同じだろうから。
 あくまでもこれは話を聞くだけの行為なのだ。
 依頼人である彼女が話したくないと言う事までは問いつめる事は出来ない。
 例え……何かがありそうだとは思っても。
「申し訳ありませんでした。少しお疲れのようですから、横になられた方が……」
「………そうさせていただきます」
 仮眠室に案内し、横になって貰う。
 それに対しても怪訝そうな素振りを見せた物の、ここが一番安全なのだと判断したらしく辛うじて残る事を選んだ様だった。
 入れ替わりにミサに話を聞く前。
「何か気付いた事はある?」
 様子を見ていた啓斗にも話を聞いてみる。
 距離を離して傍観に徹して貰ったのは、直接会話をするのとは違う別の何かが視えてくると思ったからこそだ。
「………絶対何か隠してる」
「それは確かでしょうね」
 依頼人は嘘を付く。
 だがこれはその程度の言葉ではすまされない様な代物だ。
「そうだ、あと……あれだけ動揺してたのにポルターガイスト起きてなかった」
「……ああ、何かしてたのだとばかり思ってたんですが」
 ポルターガイストが起きないような細工とかをしていたのだと思っていたのだろう。
「それについては俺も確認化したかったですから、直接的な被害がない限りは何もしていませんでしたよ」
 悠也の言葉はそのまま次の結論に繋がる。
「お母さんの方は、原因じゃないみたいね」
「残る可能性はミサさんと……他の誰か」
 可能性は、少しだけ絞られた。


 今度はミサに話を聞く。
「ごめんなさいね、疲れているのに」
「良いんです」
 母親よりは幾らかしっかりとした口調だった所か、何かを話したくて仕方ないような気配ではあった。
「あの……信じて、貰えますか?」
 おずおずと尋ねるミサに、シュラインがそっと頭を撫でる。
「大丈夫よ、ここには色々な事があるから」
「安心して話してください」
 ホッとするような表情を見せてから、ミサは説明を始めた。
「上手く話せるか解らないんですけど」
「構わないわ、話せる所から話して」
 最初にあった時の口調から少し砕けた口調に変えると、ミサも肩の力を抜いて話し始める。
「クウちゃんと私は友達でした。いいえ、いまでももちろん友達です」
 小さな声なのに、はっきりと意志だけは伝わってくる。
 何かを伝えようとする意志。
 知ってもらいたいという意志。
「クラスでは変わった子だって言われてて、私もそう思ってました。でも違ったんです。クウちゃんは何もなかった私に沢山の物をくれました」
 母の弥生よりもはるかにまともに話が聞けるようだ。
 受験勉強一色だった日々に、ミサは空と出会った事で変わり始めたのだという。
 他愛のない会話や、自分が楽しいと思った事の話をしたり好きな物を見て貰ったりするささやかな日常。
「仲良くなってしばらくしてから、気になっていた事を聞いた事があるんです」
「気になった事」
 そこだけは口ごもったミサに大丈夫だと悠也が微笑みかけ、シュラインがミルクティーを勧める。
「頂きます」
 僅かに頭を下げて、一口飲んでから意を決したようにあとを続ける。
「クウちゃん、何時も怪我をしてたんです……だからずっと長袖で、痛そうだったいったら……少し寂しそうに笑ってから教えてくれたんです、幽霊が見えるんだって」
 信じて貰えるかどうか解らないと前置きしていたのは、この所為だろう。
「霊感持ちであるから、狙われていたんでしょうね」
 冷静な裕也の口調にミサが信じて貰えたのだとホッと息を付く。
「大丈夫よ、本当になれてるから」
「そう……ですか?」
 首を傾げるミサにはっきりとシュラインが頷き悠也も言葉を付け足す。
「ここは草間興信所だから」
「常識で判断できないこともあるのは、感づいているんでしょう」
 怪奇を扱うというのは伊達でも何でもないのだと……ここの主が影でこっそり嘆いていたりするのはお約束。
「シュラ姐、俺はちゃんと言っても大丈夫だと思う」
 頻発性自発的PKについての説明をだ。
 その可能性があり原因はミサである事を知って貰いその上でもっと話を聞くべきだろう。
 黙ったままでいる方が辛い場合もある。
 今の彼女になら受け入れられるだろうと思っての事だった。
「そうね……一度話を聞いて貰って、それを踏まえた上で話を聞いても良いかしら?」
「……はい」
 起きている事の説明と、その原因。
 ポルターガイストの可能性が頻発性自発的PKだとすれば、それをおこなっているのはミサではないかと言う事。
 どちらもしっかりと納得して貰えた。
「まだ実感湧かないんですが……」
「無意識下の行動ですから、維持するとは限りません」
 この現象はある日突然起こらなくなると言うことの方がずっと多い。
「さて……」
 これらの事を踏まえて、尋ねるのだ。
「不安の原因に、心当たりは?」
 よほど追い詰められるか過度のストレスがなければ、起こりえなかった事なのである。
「思いつく事からで良いわ」
「……はい」
 一度目を閉じ……ゆっくりと呼吸を一つ。
「クウちゃんは、クウちゃんが死んだのは事故だって言われました。でも……私は、違うと思ってるんです」
 頻繁に怪我をしていて、その原因が霊によるものだと解ればそう考えるのは必然だろう。
「不自然な所とかあったんですね」
「はい、階段から落ちたのは事故だって事になって………でも、私そんな事信じられません」
 気持ちは良く解る。
 興信所のつても使い、少し調べただけでも不自然な事が多々あったにもかかわらず事故死で処理されてしまっているのだ。
「私からも、お願いします。犯人を見つけてください、幽霊だってなんだって良いんです、このままじゃ……クウちゃんが」
 ポロポロと涙をこぼし始めると部屋の電気が点灯し始め家具が揺れ始める。
 不安を感じている証拠だ。
 悠也が何かを察したようにミサに目線を合わ確認を取る。
「犯人を捜す事は、可能です。ですが……それがどんな真実であったとしても構いませんか」
「…………っ」
 真実が決して優しいものであるとは限らないどころか、苦しいだけかも知れない。
「………知りたい、です。きっと……このままじゃクウちゃんの方が辛いから、出来る事があるのなら……辛くても耐えますから」
 はっきりとしてくる口調。
 興信所に来た時に脅えていた少女とは別人のようだった。
「犯人を、捜してください」
「………見つけて、どうするんだ?」
 啓斗の問に真っ直ぐな視線を向ける。
「それでも、知りたいんです、全てを知って、犯人を見つけたいんです……それから」
 まるで燃えさかる火のようだった。
 もう少し聞きたい事はあったのだが、弥生が呼んでいると言う事で話を中断せざるを終えなくなった。
「………どう思う?」
 唐突に聞かれた夜倉木が尋ねられた事に意外そうな表情をしたが……親子が仮眠を取っている方のドアを眺め目を細める。
 確信はなくとも、嫌な予感としてだけは解ったかも知れない。
「そうですね、あの母親は………」
 言いかけた言葉を着信音が遮った。
 外に出ていたメンバーが戻ってきたのだろうと、その話はまた後で揃った時にすることになった。



 ■接触

 興信所に残っていたメンバーと調査から戻ってきたメンバー。
「お帰りなさい、どうだった?」
「ただいまなのですー☆」
「お話聞いてきましたー♪」
 パタパタと駆け寄る悠と也をシュラインが出迎える。
 この中で明るい表情をしていたのは二人だけだったから、それは返ってホッと出来たぐらいだった。
「そちらはどうですか? こちらは確認が必要な段階です」
「色々解ったわ、でも色々調べる事が増えたわね」
 尋ねた悠也も尋ねられた羽澄も、情報を得たにしては
「興信所の方もあまり良い情報じゃなかったみたいですね」
「大分疲れてるようですし、母親の行動に引きずられでもしましたか」
 モーリスと匡乃が何があったのかを尋ねると啓斗が軽く頭を抱える。
「それは……理由が解ったらきっと同じ反応になると思う」
 ここまでの事件になるとは……。
「一度整理しましょうか」
 二人は仮眠を取っているから、念のために結界を張っておけば話を聞かれる事もないだろう。
 最初に事件が持ち込まれた発端であるポルターガイストはミサか引き起こした物であり、その原因がミサの不自然な死による不安と母親の行動から来るストレスだろうと言う事になった。
 ミサと空の関係は友人で間違いないだろうと言う事。
 ミサ本人が言っていたし、周りからも他よりは親しそうだったという証言が取れている。
「亡くなった直後も無反応って……?」
「母親の手前、そうするしかなかったんじゃないでしょうか?」
「ずいぶんと偏った考え方のようですし」
 眉を潜めた啓斗に悠也と匡乃が返したのはいかにもあり得そうな事だった。
 ああもがんじがらめにしていたのでは、容易に想像すら出来る。
 空を調べて解ったのは、警察のずさんな捜査だけだった。
「報われないって言った意味……解るわ」
「だからこそここに依頼が持ち込まれるんでしょうね」
 本来あってはならない事だが、現在の日本の警察や法律では怪奇現象などは無力なのである。
 そして最大の問題は……もう一つの事件が明るみに出ようとしている事だ。
 空の死に栗生弥生が関与している可能性があるという事。
 娘のミサは知ってか知らずかは解らないが、事件の全てが知りたいと言った事。
「どう転んでも難しい事件になりそうね」
 出来る事なら、可能な限り穏やかに事を進めたい。
「……空を呼び出すってのはだめかな」
 せめて話が出来ればなにか変わるのではと提案したのは啓斗。
「大丈夫なんですか?」
「俺だけじゃ送還は出来ないからそこは任せる事になるけど」
 この顔ぶれならば、十分に対処は可能だ。
「やってみる価値はありますね、お手伝いします」
「僕も手伝います」
 悠也と匡乃がいれば大丈夫だろう。
「だったらその間にこっちでも調べて置きましょうか」
「そうね、まだはっきりしてない部分も多いから」
 立ち上がりかけた直後、カタカタと揺れ始める建物。
「あのっ、お二人が……!」
「やばいっ!」
 扉補開いて駆け込んでくるのは零と草間。
「どうしたの、武彦さん?」
「ポルターガイストが再発したらしい、結構大きい」
 頭をさすっている当たり何かの直撃でもう向けたのだろう。
「それなら私が何とか出来るかも知れませんよ」
「……?」
「ポルターガイストも……いえ、この現象がリカレント・スポンティニアス・PKであるのなら直せるかも知れないと言う事です」
 またもや大きな音。
 今度のは大きいようで、パラパラと天井から何かが落ちてきた。
 もっと早く言ってくれ……そんな表情を下がすぐに思考を切り替えモーリスに奥に行くように言う。
「……やってくれ、このままじゃ興信所が壊れる」
「了解しました」
「じゃあこっちは私が行くわ」
「落ち着いて貰わないとだしね」
 靴音を鳴らし、母子のもとへ向かうモーリスにシュラインと羽澄も続く。


 仮眠室は特に酷い有様だった。
「あんたって子はっ、どうしてそうなの!」
「ごめんなさ! ごめんなさい!!」
 ヒステリックに叫ぶ母親に、ミサが泣きながら謝り続けている。
「落ち着いてください」
 急いで親子の間に割って入り距離を取らせた、まずは落ち着かせる所から始めないと……飛び回っている家具はこれまでで一番酷くなっているように思われる。
「大丈夫、ミサちゃん」
「ッ、ヒッ……っく………ああああああぁん!」
 泣き続けているミサを抱きしめ羽澄が頭を撫で、落ち着かせるように鈴の音を用いて癒しの振動を作り出す。
「ミサ、あんたって子は!」
「ごめんなさい、ごめんなさい………」
「お母さんもどうか落ち着いてください、私なら治す事が出来ますから」
 モーリスに言われ……グッと黙り込んで目をそむける。
「モーリスさん、お願い」
「………解りました」
 とにかくこの場を納めなければ、何故こうなったのかを聞くのはその後だ。
「うあああああああああああん!」
「モーリスさ、お願い」
「大丈夫ですよ、安心してください」
 ミサの頭を撫で、モーリスが力を使いミサの力を無力化させる。
「…………!」
「………あ」
 同時に飛び回っていた物が落ち、辺りは静かになった。
 傍目にはこれほどまでに容易く事が治まった事にあっけにとられてもいる所為もあるのだろう。
「大丈夫?」
 羽澄の問にこくりと頷く。
 親子揃って、一瞬前までの荒れようが嘘のようだった。
「一時的なものかも知れませんが……落ち着いたでしょう」
「そうね、ありがとう」
 零も居るし寝ているから大丈夫だと思っていたのだが……まずは母と子を一緒にしておくべきではなかった、別々の部屋に移動させた方が良いだろう。
「………まって?」
 何かを聞きつけたシュラインが眉を潜める。
 理由はすぐに解った。
 扉一枚隔てた向こう側でバタバタと騒がしくなり……静かになる。
「何かあったのかしら?」
「さあ?」
「様子を見に……その前にこっちの事ね」
 決断は早かった。
 向こうが落ち着くまで待って、それから何があったのかを確かめ移動させる。
 扉の向こうにいる顔ぶれならそれで良いだろう。
「すぐに落ち着くと思いますから」
「………はい」
 この間に話の一つも聞きたい所だが、弥生とミサが一緒の部屋で話を進めるのもはばかられた。
 母と子で、まるで牽制しあっているのである。
「私、この部屋から出たい」
「………!」
「落ち着いてください、お母さん」
 会話の端々がとげとげしい。
「………」
「…………」
 自然と訪れた沈黙が部屋の中に痛い程に重苦しくなって来た。
「もうそろそろ良いのでは?」
「そうね」
 大丈夫の気配ではあった。
 時間こそ短いが、何も起きては居ないのだから治まったと言う事だろう。
 この部屋の雰囲気も、いささか辛い。
「……電話」
 携帯の着信音。
「私のよ、りょうから」
 正確には電話ではなくメールの着信。
 文字を目で追っていた羽澄が顔を上げる。
「何て?」
「何か思い出されたんですか?」
 羽澄が出来たのは、ほんの少し眉を寄せただけだった。
「すぐに来るって」
「それだけですか?」
「本当よ」
 言いながらシュラインとモーリスに文面を見せると同じような表情になる。
 書かれていた本当のメールにはこう書かれてあった。

『あの子は自分を殺した相手を殺す気だ』

 たった、それだけ。



【続く】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/ガードナー・医師・調和者】

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■         ライター通信          ■
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前半の発注ありがとうございました。

今回は大まかに分けて

■オープニング

■前半
シュラインさん・啓斗君・悠也君
羽澄ちゃん・匡乃さん・モーリスさん

■後半
シュラインさん・羽澄ちゃん・モーリスさん
啓斗君・悠也君・匡乃さん

このようになっております。

今回はずばりな方がいたりしてビックリしました。
後半でどうなるかはやはり皆様次第です。

それでは、後半も楽しみにしております。