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リカレント・スポンティニアス・PK【前編】
気晴らしにりょうが出た屋上にいた先客は一人の高校生ほどの少女。
柵のギリギリに立っていた体は、うっすらと向こう側が透けていて……幽霊である事はすぐに解った。
別に何がいてもおかしくはない、ここはそう言う場なのだから。
「迷ってんのか?」
「私……」
振り返った時に見えたのは殴られたようなアザ。
生前の傷だろう。
その話題に触れるのは痛すぎて話を変える。
「あまり長くいない方が良い、上がるなら手伝う……」
取りだしたタバコに、フルフルと首を振る。
「……ダメ、私はやる事があるの」
フワリと地面から浮かび上がる足。
その瞬間、見えてしまった。
彼女の、意識。
これからなそうとする目的を。
「―――っ! ダメだ!」
気付いたら走って、少女に手を伸ばしていた。
確かにつかんだ腕はとてもあやふやで……。
「離してっ!」
「……っ!」
次の瞬間。
りょうの体は屋上の柵の外へと放り出されていた。
落下していく体。
藻掻こうとしても指先一つ動かない。
遠くなる空とりょうを見下ろす少女を眺めながら思ったのは、たった一つ。
『止めないと……』
たった一つでも出来る事があるのなら、どうか救いを。
同時刻、草間興信所。
仕事柄数多くの依頼人と顔を合わせていても、この親子の疲労具合は酷い物だった。
母親の栗生弥生(くりゅう・やよい)と娘の栗生ミサ。
出された珈琲を母親は義務だとでも良いだけに口に運び、娘の方は座ったまま沈黙したまま口も付けていない。
二人の共通点は始終何かに脅え、疲弊しきっている事だった。
「……お話は解りました」
見ているだけで部家が暗くなるような気さえ……違う、実際に暗くなっているのだ。
何らかの、力によって。
「助けてください、どうか……」
涙混じりの声。
まだ知りたい事は多かったが刺激するのは良く無い気がして、深く追求する事は躊躇われた。
どうすれば上手く言葉を交わせるかを草間が考えている間に、母親の方から既に何度も繰り返されている説明を始めた。
「どうしてこんな事になったのかは解らないんです。娘も、本当にいい子で。悪い事なんて何一つしていないのに……」
娘のミサが膝の上で握った拳を更に強く握るのが伝わる。
苦痛か……はたまた別の物か。
「あんな事があったばかりなのに……娘までこんな」
「……ッ、お母さん」
「良いのよ、ミサは何も心配しなくて。ちゃんと元に戻るから。そしたら、また前みたいに普通に戻るの。何も怖くないわ」
本当に脅えているのは、母親のように思えた。
ミサも同じ事が言えたが……何かが違う。
切っ掛けも出来た事だしと意を決して草間が話を切り出す。
「……失礼ですが、あんな事というのは?」
帰ってきたのは冷たい視線。
「娘と同じくラスにいた子何です、ええと、少し変わっていて」
「………樋ノ上、空って言って……クウってあだ名で」
「ミサ!」
悲鳴にも使い制止にミサが黙り込む。
あまり良いものではなかった。
一瞬口を挟むべきか思案し、聞ける所から聞いておこうと結論付ける。
今聞き出したら、泣き出すか帰ってしまうかと思えてならなかったのだ。
「あまり言いたくないんですが、半年前に亡くなってるんです」
「……亡くなっている?」
「はい。ああ……どうしてこんな事に、何も。悪くないのに。娘にまでこんな」
ほとんど中身の空になったコーヒーを飲もうとし、空だと気付いてから下に置く。
新しいコーヒーを入るが、きっと味何かしないに違いない。
事件の説明は簡単にされていた。
家で起きる怪奇現象の数々。
今のように明かりが点いたり消えたり、何もしていない壁を叩く音。
部屋の中の物が勝手に動くしコップが破裂したりもする。
ポルターガイストでしょうと言うと、弥生は恐ろしいものでも見聞きしたように目を見開いたのも印象的だった。
この事件受けない訳には行かないだろう。
予感がするのだ。
この事件を受けなければ、待っているのは最悪な展開だけだと。
溜息でも付きたいと心だが依頼人の目の前でそうも行くまい、そんな思考をうち消したのは一本の電話。
母と娘は電話の音すら過剰の反応を示し脅えた。
「零、変わりに……」
「……はい。はい……え?」
電話に出た零の声驚いた物に変わる。
「……兄さん、盛岬さんが……怪奇絡みの事件で屋上から落ちて」
「え?」
「命に別状はないようですが、意識不明らしいです」
今度は何が起きたのだと……草間もコーヒーを一気に飲み干した。
【綾和泉・匡乃】
困った事がある、手伝って欲しい。
そんな連絡を匡乃が……正確に言うならメノウが、リリィからかかってきた一本の電話が切っ掛けの出来事だ。
「……大変そうですね」
「困り事?」
「少し、複雑みたいで」
匡乃が勤める塾にメノウが顔を出したのは、ちょうど授業も終わった頃。
この後でかける予定だったのだが、こうして顔を合わせたのは待ち合わせ場所ではなくて職場での事だった。
「複雑?」
「……ん」
首を傾げたメノウが、リリィから受けた説明をまとめ、匡乃に伝える。
「盛岬さんが屋上から落ちて、それが怪奇事件絡みの線が濃いようでして……興信所に連絡を取ったそうです、そしたら……そこでも事件が起きている最中だったと」
同時に事件が……と言う訳には気が早すぎるだろう。
りょうはともかく、興信所に事件が持ち込まれる何て事は当たり前の事なのだから。
「何かそれだけじゃ終わらない事が?」
「はい、二つの事件の共通点が見つかったそうで、出来たらそっちを調べて欲しいそうです」
「じゃあ、それからにしようか」
「はい」
今日は、汐耶がで出張で不在な為、少しウィンドウショッピングでもしてから外食の予定だったのだが……少し先の事になりそうだった。
事件のあったったタイミングとしては良いか悪いかは判断付きかねる所だった。
今日は偶々汐耶が出張だったとか、明日休みで頼む側としては調べやすいかもしれないとか。
「もう少し詳しく聞いてからの方が良いかな、電話は繋がってる?」
「はい、それならリリイちゃんと……」
「何かあったら教えてくれるかな、僕は興信所で起きてる事の話をもう少し詳しく聞いてから調べるから」
「はい、解りました」
電話にでたのはシュラインだった。
二人を依頼人についてと、興信所で起きている事の詳しい説明を尋ね初める。
今回の依頼人の親子。
ほんの少しみただけだったが、かなり参っている様子なのはすぐに解ったそうだ。
今興信所で起きてる不自然な電気の点滅や勝手に動く棚。
それは、確認すればいい事だ。
『他にも手伝ってくれるそうだけど、今こっちに来てる最中だから』
「他には誰が?」
「悠也君と……後りょうさんの事でも色々報告があるから、啓斗君と夜倉木さんが来るそうよ」
同時に起きただけの事件であるかのようだが、そうではないらしいのだ。
「悠也君が調べてくれたんだけど、あの屋上にいた幽霊の子も、空って名前らしいわ」
チカチカと電気が瞬く音がした。
典型的なポルターガイスト。
「それじゃ、その空ってこの事を調べれば良いんですね」
『お願いね』
今解っているのはそれだけだからと携帯を切る。
「お兄さん、盛岬さんと連絡が取れたようです」
命に別状はなかったらしい。
「相変わらず悪運強いですね」
メノウの携帯で聞いただけでも向こうの話をまとめると。
ある程度人が揃った所で、今解っている向こうとこちらの情報をまとめておく。
興信所側にいるのは草間と零とシュラインとりょうの状態を知らせに行った悠也と啓斗と夜倉木。
病院側に来たのは皆に連絡を取ったリリィとナハト。
二人に呼ばれたのは羽澄と現在電話で病院でのやりとりを聞きているという匡乃とメノウ、そして悠也の式神の悠と也。
最後に呼ばれたモーリス。
現在病院ではりょうが検査中であり、それが終えるのを待っている状態だ。
ここに来るまでに解っていたのは興信所に持ち込まれた栗生親子の事件。
何かしらの要因、それを一言で片づけてしまう訳にはいかないだろう。そう思わせるような何かが親子にはあり、そこにでてきた一人の少女の名前もその不安に拍車をかけている。
半年ほど前に事故死したという、樋ノ上・空通称空という少女こそが、この事件に関わる者の半数が病院に集まった理由でもある。
りょうが屋上から何かしらの要因……これも現在は断定は出来ない。
可能な限り正しい状況を得ようと言うのなら、直接調べ、本人に聞くのが一番だ。
だが解っている事はある。
事件のすぐ後に屋上に到着した悠と也が集めた情報によれば、屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる幽霊の少女の存在。
その少女の名前も、空。
偶然にしては、あまりにも不自然過ぎた。
屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる、幽霊の少女の存在こそが、きっと事件に関わる重要な鍵になる。
同一人物だとして調べる価値は、十分にあった。
■病院
ある程度人が揃った所で、今解っている向こうとこちらの情報をまとめておく。
興信所側にいるのは草間と零とシュラインとりょうの状態を知らせに行った悠也と啓斗と夜倉木。
病院側に来たのは皆に連絡を取ったリリィとナハト。
二人に呼ばれたのは羽澄と現在電話で病院でのやりとりを聞きているという匡乃とメノウ、そして悠也の式神の悠と也。
最後に呼ばれたモーリス。
現在病院ではりょうが検査中であり、それが終えるのを待っている状態だ。
ここに来るまでに解っていたのは興信所に持ち込まれた栗生親子の事件。
何かしらの要因、それを一言で片づけてしまう訳にはいかないだろう。そう思わせるような何かが親子にはあり、そこにでてきた一人の少女の名前もその不安に拍車をかけている。
半年ほど前に事故死したという、樋ノ上・空通称空という少女こそが、この事件に関わる者の半数が病院に集まった理由でもある。
りょうが屋上から何かしらの要因……これも現在は断定は出来ない。
可能な限り正しい状況を得ようと言うのなら、直接調べ、本人に聞くのが一番だ。
だが解っている事はある。
事件のすぐ後に屋上に到着した悠と也が集めた情報によれば、屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる幽霊の少女の存在。
その少女の名前も、空。
偶然にしては、あまりにも不自然過ぎた。
屋上からりょうが落ちる直前に会話をしたと思われる、幽霊の少女の存在こそが、きっと事件に関わる重要な鍵になる。
同一人物だとして調べる価値は、十分にあった。
「みんな。もう検査終わったって」
呼びに来たリリィに頷いてから、借りていた空いた病室から移動する最中。
「具合はどうなの?」
「うん、ナハトが助けてくれたし。頭も打ってないから」
これこそがりょうが助かった理由だ。
そうでなければ屋上、しかも6階建てマンションの屋上から落ちて助かるはずがない。異変を察したナハトが犬の姿であった物の、落ちる直前にりょうを助け事なきを得たのだそうである。
「お医者様の話では自転車置き場の屋根に突っ込んで、手足にひびが入ったぐらいだって」
「………それは、何というか」
「らっきーなのです♪」
「ナハちゃんお利口さんなのですー☆」
モーリスが苦笑し悠と也もそれに同意する。
本来では笑い事ではないかも知れないが、相手がりょうなのだから致し方あるまい。
何しろ運がいいという意外に言いようがないのだ。
落ちた場所からナハトがりょうを受け止めて反応が出来る範囲内に、偶々屋根付きの駐輪場があったのは幸運な事だろう。
無かった場合。受け止めていたとしてもコンクリートの上であったのなら、手足だってヒビではすまなかったはずだ。
「ナハト、ご苦労様……あ」
「………?」
何かに気付いたらしい羽澄が足を止め、頭を撫でる。
「ナハトは痛い所無い?」
二人が互いに影響しているからこそナハトがりょうの異変に気付いてたのだから、今も何か同じように繋がっているかも知れないと思ったのだ。
「………わふ」
少し考えてから、ぽふと目を押さえる。
「やっぱり……影響がでるとしたらそこなのね」
取りだした鈴を一つ、リンと鳴らしてからナハトにくくりつける。
「これで大丈夫、そのままで行ってたら、きっとりょうも気にするわ」
「……ワン」
「じゃあ、行きましょう」
もう一度頭を撫でてから、羽澄はスッと背筋を伸ばし歩き始めた。
「ゴーですナハちゃん☆」
「ゴー♪」
ちゃっかりとナハトの背中に乗った悠と也も後に続く。
「ここよ、まだ寝てるからって言ってた」
閉じられた病室の前で、モーリスがノックを2度。
「失礼します」
「お医者様は?」
人気のない病室。
「……きっと立て込んだ話になると思ったからって言って置いたわ」
全員が中に入り、しっかりと扉を閉める。
「それじゃ、起こしますか」
所々包帯が巻かれた意外は、何事もないように見える。
それなのに寝ていると言う事は、何かしらの要因が絡んでいるためなのは明白だった。
「待って、先に治した方が良いわよね」
いつもの事ながら、こうしてパッと治してしまうよりも安静にしておくべきなのかも知れないが、事件関わる事で移動する事があった場合は手足に怪我を負ったままでは流石に辛いはずだろう。
事件の最中だからこその選択だ。
取りだした鈴と、喉を振るわせて作り出すのは癒しの振動。
硝子色の光のかけら。
羽澄の癒しの力が眠ったままのりょうの上にゆっくりと降りそそぎ、怪我を治し終え、もう大丈夫だと振動を止めるが目覚める様子はない。
「……無理に起こさない方が良いからしら」
「もう一度、試させていただいてもよろしいですか?」
カルテを手にしたモーリスが。
「どうしたんです、そのカルテ?」
匡乃の問にニコリと微笑んだのはモーリスとリリィ。
「ちょっと、見せて貰えるようにお願いしていたんですよ」
「あったら便利だと思って、この事件に関係する所だけって約束でお願いしたの」
手際の良い事である。
「流石に、よく調べてありますね」
文字を追うモーリスが、やはりと顔を上げた。
「心霊的な影響があるのではないかと言う事は、考えていたんですが…何しろ落ちた場所が、霊が集まりやすい場所だという話ですから」
だからこそ思考が霊絡みだと言うことになり、悠と也が屋上について話を聞く事が出来たのである。
「そうね、体質から言ってなにかあるかも知れないし」
それで今までどれほど厄介事を起こしてきた事か計り知れない。
「困った人ですね」
「本当に……」
言葉の内容とは裏腹に、どこか柔らかい雰囲気の会話にモーリスも軽くうなずきながらカルテを捲る。
「もう少し詳しく解ると良かったんですが」
怪我の部分だけではなく、その能力についても知っておいた方がしっかりと直せる。
知っているのと、知らないまま治すのでは前者の方が効果が高い。
「だったら私が……メノウちゃんが解ると思う」
「助かります」
電話越しにメノウに説明を受けたモーリスがカルテと見比べ今度こそ力を行使した。
力を用い作り出した檻の中に入れあるべき状態へと戻す。
それは調和と安定。
「……これはまた」
「そんなに悪いの?」
「ああ、そう言う訳ではなくて」
「……?」
「あまりにも絶妙なバランスでしたから」
彼らしいと苦笑する。
「終わりましたよ」
自然とりょうに視線が集まるが、当人はうっすらと開いた目をジッと真っ直ぐ……天井だけを見ている。
「……りょう」
羽澄が声をかけると始めてそれに気付いたように一同を見渡し、ノロノロと体を起こす。
「………えっと」
「屋上から落ちたのよ、覚えてる?」
「…………ああ」
今も尚ぼんやりとしたままのりょうにまだどこか悪いのかと顔を見合わせてから。
「どこか痛い?」
「あ、いや……そうじゃなくて、怪我はちゃんと治ってるの、痛くない?」
自然と声を小さくした羽澄にりょうが首を振る。
「だったら良いんだけど……」
「ん、っと……今どうなってるんだ、今集まってるって事は何か事件になったんだろ」
「そうですね、盛岬さんが寝てる間に興信所の方にも依頼が持ち込まれまして、それとこの事件が係わりがあるのではないかと言う事になったんです」
「………そっか、ああ、そうすると、どこから話したらいい? どこまで知ってるんだ?」
スラスラと並べ立てられる口調は、話を聞く方としてはやりやすい気がしたが、どこか無機質な気がしてならない。
「盛岬君、これは取り調べではありませんから無理しなくても良いんですよ」
「おみやげでーす☆」
「ラフランスタルトですー♪」
ちょこんと置かれたおみややげの箱をジッと凝視してから。
「…………ありがとな」
ホッとしたように笑うりょうに、羽澄がこの場は平気そうだと微笑みかけた。
「平気みたいね、お茶入れるから、みんなで食べながら話し聞かせて貰うわね」
「……悪いな、結構キツかったから。もう大丈夫」
手足の包帯を外し始めたりょうに、羽澄がお茶を入れながら何があったのかを尋ね、今までに解った事と交えて調べる。
屋上でりょうがあった事。
悠と也が取った写真の少女がりょうが声をかけた幽霊の少女で間違いないと言う事。
栗生親子が話した空という少女。
悠と也が屋上で、他の幽霊に協力して作った念写真の少女。
そしてりょうが屋上から落ちる直前、引き留めようとした少女。
事件は一つの線で繋がった。
「それで、手を伸ばそうとして落ちたんですね」
「……ん」
「何を視たんです?」
それが、最も肝心な所だが、尋ねたモーリスにすまなそうに。
「あー……悪い、思い出せなくて」
「思い出せない?」
「最近はなかったんだけどな……容量越えたとか、こんがらがってるというか………とにかくさ、解ったらすぐに教えるから。先に行っといてくれるか」
「そう、解ったわ」
新しい紅茶を前に置いてから羽澄が立ち上がる。
何を見たのか知りたくもあったが、今は無理に聞けないだろうと思ったのだ。
「リリィちゃん、りょうをよろしくね」
「解ったわ」
「うわ、ひっでぇなぁ。他になんか無いか、今の内にさ」
「そうですね……でしたら」
もう一つ、気になっていた事があったと後を続けるモーリス。
「幽霊たと解っていたのに掴もうとした所が気になって」
「確かに普通は……」
「そうよね、いくらなんでも」
モーリスに同意した羽澄がはたと止まる。
「それも、ちょっと覚えてなくて…ああ、でもきっと関係ないと思う」
引きつったような笑いに、なんとなく解ってしまう。
もしかしたら、屋上から落ちたのは自爆なのかも知れないなんて……考えてもはっきりと口にする事は出来なかった。
■空
次に向かったのは匡乃の提案で空の調査。
「盛岬君は大丈夫ですかね」
「……鈴も持ってたし、そっとした方が良いと思ったの」
はっきりと説明するのは難しい。
けれどこうした方が良いと思ったのだ、色々危うい気はしたが、ナハトだけをこちらに連れて行かせる事をしなかった辺りは大丈夫だろう。
「平気よ、だからいきましょ」
「リリちゃんもいますー☆」
「ナハちゃんもいるのです♪」
「そうですね」
塾の前で匡乃とメノウの姿を見つけた4人が、軽く手を振り声をかける。
「話、聞けそうです」
「生徒達の間で何名か樋ノ上空さんについて知っていた子が居ましたから」
忙しい所を頼んで少し残って貰ったのだ。
「お待たせ、話して貰えるかな」
個室の一つに匡乃が顔を出すと揃った顔ぶれに教室にいた3人組の女子がパッと沸き立った。
それもそうだろう、塾の講師である匡乃は見知っている物の、他は見慣れない顔ぶればかり。
青銀の髪の少女と黒髪の少女に金の髪の男性と子供二人。
全員が揃って人目を引くような容姿なのだから、気にならないはずがないのだ。
ちゃんと話を聞く事になると、こちらの持って行き方次第だろう。
「二人はここに座っててね」
「はーい☆」
「いい子にしてますー♪」
悠と也の席を用意してから、他の面々も席に着き話を始める。
「樋ノ上さんと知り合いだったんですか?」
「ちょっと……学校では大人しい子だなって」
「珍しい子だったよね、いつでも長袖で」
「あれって傷かくしてたからじゃないの?」
「うそ!?」
何かを知っているらしい三人目に更に話を聞く。
「傷?」
それについては確かりょうも言っていた。
幽霊の空にも、殴られたようなアザが残っていたと。
「ちらっと見ただけなんですけど、手首に捕まれたようなアザとか……誰かとぶつかってた時に痛そうにしてたから、何かあるってのは思ってたんですけど」
マイペースに話す少女に、横にいた二人が。
「……なんで言わないのよ」
「ええと……なんとなく、タイミングをのがして」
とことんマイペースな少女だ。
その情報があればもしかしたら何かが変わっていたかも知れないような、そんな情報だったかも知れないのに。
「それは、誰かの手によるもの?」
匡乃の問に少し考えてから首を傾げる。
「解りません、でも……いじめとかじゃないよね」
「……うん」
「だよね……」
何かがあると今真っ先に疑われるだろう問題なだけあって、聞かれる前に答えたのだがそれ以上の他意はなさそうだ。
確かにデリケートな問題でもあると一致した意見に急に問いつめる事はせず、ゆっくりと変わらぬ口調で言葉を慎重に選んで問いかける。
「全くしらないと言う事は、誰も見てないとかですか?」
「どこかで知られないようにとかも?」
「無いと思います、大体みんな近づかなかったしね」
「こっちが避けてたとかじゃなくて、向こうが避けてたから」
「それで変わってるだとか、近くに寄らないほうがいいだとかって噂もあったよね」
「……彼女の方が避けてた?」
避けられてもいたが、それ以上に近寄りがたい何かがあったのだと言う。
「近寄ったら怪我とかするって噂もあったし」
「あれって噂なの?」
「噂でしょ、いまどき工事現場で上から鉄筋が落ちてきたらニュースになってるって」
どうやらかなり色々な噂が交錯していたようだが学校ではそれだけで終わっていたらしい事は、もう少し詳しく聞いてはっきりと確認が取れた。
いじめや家庭内での虐待を想像していたのだが、もしかしたら違う視線から考える必要があるのでは……それこそ、怪奇絡みの何かであると。
気の早い話であるかも知れない。
「だったら、家でとか………?」
家族からの……そう言う線もあるのだ。
「噂でも良いので、何か知ってたら教えて貰えますか?」
「それは……流石に」
言葉を濁すのも予想できたことではあった。
そこまで詳しく何て知らないのに違いない。
「………少しだけ失礼します」
カタリと席を立つ羽澄。
空の事に付いて調べるのならここは羽澄に任せておくのが一番だろう。
「喉が渇いただろうから、何か買ってきます」
「私も一緒に行きます」
一旦休憩を入れる事にして、その間に匡乃とメノウが人数分の飲み物を持って戻ってくる間。
「じゃあモーリスさんは庭師さんなんですか?」
「そうですよ、日本では驚かれる事が多いですね」
「なんかビックリ」
「モデルみたい」
この短い間に、しっかりとモーリスが女の子とうち解けてホッとさせている辺りが彼らしい。
それから羽澄が戻って来た所で話を再開させた。
「他に変わった事とかはありました?」
「待って、顔に傷はあった?」
羽澄の問に3人が顔を見渡す。
「それは……無かったよね」
「うん、無かった」
「あったら気付いてたし」
何を尋ねたかったの真意を察する。
これまでは隠れるだけの部分にしか怪我をしてなかったのに、どうして幽霊の時には一目見て殴られたと解るような怪我を負っていたのか。
今までは隠していたらしいのに、隠せなくなる何かが起きた?
そこも押さえておく必要がありそうだ。
しっかりと記憶に留めておく事にして、モーリスが後を続ける。
「でしたら逆に仲が良かった人とかは知ってますか?」
「あ、あー……」
「他より仲良かったって子は、居たよね」
「うん、確か……ミサって子だよ」
繋がった。
「どうして仲がいいと?」
「………んー、どうしてって言われると……?」
「たまに話してたりとか」
「他が近づかなかったから、些細な事でも気になったって言うか………」
言わずとも解る、雰囲気でそう言うのは多かれ少なかれ通じるものだ。
もう少し細かく聞いてみる。
「その些細な事でもいいの」
「確か……ミサって子が普通に話しかけてたとか」
「ああ、声をかけてたのはどっちも一緒だったはずだよ」
他につき合いが内宮であるからこそ、その程度の事でも気づけた訳だ。
それからとモーリスがもう少し踏み込んだ事を聞くために、最上級の笑顔で尋ねる。
「もしよろしければ、後少しだけ尋ねても構わないですか?」
「…………はい」
声が面白いように重なった。
「半年前の事故について」
驚いたような表情だが、それだけ。
知り合いの事ではあるが、親しくないが故の表情だろう。
特に仲がいいとかでない限り、実感など湧かないのだ。
「事故だったと聞きましたが」
傷があったと言う事は、それだけで変わってくる筈だ。
「警察とか、先生はそう言ってました」
もちろん警察が何かを知っている可能性があるどころか、傷に気付かないはずがない。
問題は調べる側の傷の認識によって、どうなったと予想する結果が変わってくると言う事だけだ。
隠された服の下の傷と顔に付けられた傷。
これが別々の誰かに付けられた傷だとしたら……。
誰も見た事がなく、少女も証言出来ない今一度付けられてしまった傷は、誰が付けたか何て誰にも解らないのだ。
「その頃ミサさんはどうでした?」
「ん……変わらなかったよね、テストでいい点取ってるのもいつもの事だし」
「うん、何時も通りだったと思うし、何かあったら噂になってるよ」
「その頃私達も同じ学校の子が死んじゃったって騒いでたから、気にしてなかったし」
どの言葉も逸脱しておかしくなんてない、あり得そうな話ではある。
こうなるとミサと空の関係については、興信所のほうで上手くやってくれる事に期待した方が良いだろう。
他にも幾つか聞いたが、それ元々周りとの係わりが希薄だったためかそれ以上の情報は得られないようだった。
「色々ありがとうござました」
「いえ」
「ありがとうございましたー☆」
「ましたー♪」
女の子達三人に礼を言い、興信所に向かう道すがら羽澄が調べた事をまとめる。
「樋ノ上家内で何かあったのも考えにくいわ」
「その理由は?」
「両親が離婚してて、父親の方は海外に行って一年のうち日本に帰ってきたのは半年前だけ」
「………彼女の、葬儀の時ですね」
少し調べれば簡単に解る事だ。
父親のアリバイは完璧。
「母親のほうは多少放任主義であったみたいだし、周りの人の話では仲のいい親子だって言ってたから……白よ」
最もそれだけでは弱い。
見えない場所で、家庭内で何かあったと考えるた方がずっと簡単だしリアルなのだ。
「言いきれる何かがあるんですね?」
匡乃に静かに、けれどはっきりとうなずく。
「何度も二人して病院に行ってるの、その時に警察からも虐待の可能性があるって事情聴取をされたそうよ、でもね……」
すぐに違うと判明し、疑いは晴れたそうだ。
警察関係者や、二人を診た医者に幾ばくかの謎を残したまま。
「不自然な怪我をしていたのは空だけじゃなくて、母親もだそうよ」
娘の怪我が多かった位置は背中や腕。
母親の方も腕や背中までは同じだが……頭部にも幾らか、怪我をしていたそうだ。
「つまり……」
近くにいたメノウを抱き寄せ。
「こうして抱き寄せて守ってたんだって思うわ」
何かから。
警察には説明する事すら難しい存在。
それらから必死になって庇っていたからこそ、空は顔に傷を付けずに済んでいたのである。
「どうやら怪我の原因は心霊関係で間違いないようですね」
モーリスも今度こそはっきりと頷く。
「その線で間違いないと思うわ……あ、ごめんね、ありがとう」
「いいえ」
手を離した羽澄に、メノウが首を左右に振り僅かだが微笑み返した。
「そうなると次の疑問は顔の傷を誰が付けたのかですね」
軽く息を付きながらモーリスが髪をかき上げる。
こうなると本当に事故がすら怪しい。
生きていた頃のように頻繁に病院に連れて行き、そのつど謎の怪我の原因が解らずそのままにしていたら。
事故で片づけてしまっていたら……。
例え本当に死因が何であれ、反応する方としては慣れてしまうものなのだ。
何時も解らない怪我をする。
解らないままに事故だと処理しておく。
そこに不自然な何かがあったとしても……延長線のようにしか考えられなくなってしまう事は少なくない。
「あとは生前霊に狙われやすい体質で、霊体になってから自由に動けているとなると僕らのように能力者である事は十分考えられますし」
「そうなると無関係である線は希薄よね、栗生親子と空の関係も確認しないと」
いくらかの事が解っても、謎は増えるばかりだった。
■接触
興信所に残っていたメンバーと調査から戻ってきたメンバー。
「お帰りなさい、どうだった?」
「ただいまなのですー☆」
「お話聞いてきましたー♪」
パタパタと駆け寄る悠と也をシュラインが出迎える。
この中で明るい表情をしていたのは二人だけだったから、それは返ってホッと出来たぐらいだった。
「そちらはどうですか? こちらは確認が必要な段階です」
「色々解ったわ、でも色々調べる事が増えたわね」
尋ねた悠也も尋ねられた羽澄も、情報を得たにしては
「興信所の方もあまり良い情報じゃなかったみたいですね」
「大分疲れてるようですし、母親の行動に引きずられでもしましたか」
モーリスと匡乃が何があったのかを尋ねると啓斗が軽く頭を抱える。
「それは……理由が解ったらきっと同じ反応になると思う」
ここまでの事件になるとは……。
「一度整理しましょうか」
二人は仮眠を取っているから、念のために結界を張っておけば話を聞かれる事もないだろう。
最初に事件が持ち込まれた発端であるポルターガイストはミサか引き起こした物であり、その原因がミサの不自然な死による不安と母親の行動から来るストレスだろうと言う事になった。
ミサと空の関係は友人で間違いないだろうと言う事。
ミサ本人が言っていたし、周りからも他よりは親しそうだったという証言が取れている。
「亡くなった直後も無反応って……?」
「母親の手前、そうするしかなかったんじゃないでしょうか?」
「ずいぶんと偏った考え方のようですし」
眉を潜めた啓斗に悠也と匡乃が返したのはいかにもあり得そうな事だった。
ああもがんじがらめにしていたのでは、容易に想像すら出来る。
空を調べて解ったのは、警察のずさんな捜査だけだった。
「報われないって言った意味……解るわ」
「だからこそここに依頼が持ち込まれるんでしょうね」
本来あってはならない事だが、現在の日本の警察や法律では怪奇現象などは無力なのである。
そして最大の問題は……もう一つの事件が明るみに出ようとしている事だ。
空の死に栗生弥生が関与している可能性があるという事。
娘のミサは知ってか知らずかは解らないが、事件の全てが知りたいと言った事。
「どう転んでも難しい事件になりそうね」
出来る事なら、可能な限り穏やかに事を進めたい。
「……空を呼び出すってのはだめかな」
せめて話が出来ればなにか変わるのではと提案したのは啓斗。
「大丈夫なんですか?」
「俺だけじゃ送還は出来ないからそこは任せる事になるけど」
この顔ぶれならば、十分に対処は可能だ。
「やってみる価値はありますね、お手伝いします」
「僕も手伝います」
悠也と匡乃がいれば大丈夫だろう。
「だったらその間にこっちでも調べて置きましょうか」
「そうね、まだはっきりしてない部分も多いから」
立ち上がりかけた直後、カタカタと揺れ始める建物。
「あのっ、お二人が……!」
「やばいっ!」
扉補開いて駆け込んでくるのは零と草間。
「どうしたの、武彦さん?」
「ポルターガイストが再発したらしい、結構大きい」
頭をさすっている当たり何かの直撃でもう向けたのだろう。
「それなら私が何とか出来るかも知れませんよ」
「……?」
「ポルターガイストも……いえ、この現象がリカレント・スポンティニアス・PKであるのなら直せるかも知れないと言う事です」
またもや大きな音。
今度のは大きいようで、パラパラと天井から何かが落ちてきた。
もっと早く言ってくれ……そんな表情を下がすぐに思考を切り替えモーリスに奥に行くように言う。
「……やってくれ、このままじゃ興信所が壊れる」
「了解しました」
「じゃあこっちは私が行くわ」
「落ち着いて貰わないとだしね」
靴音を鳴らし、母子のもとへ向かうモーリスにシュラインと羽澄も続く。
こちらはこちらで空に直接話を聞くべく、啓斗に空を口寄せする。
啓斗本人と、何かあった時のために悠也と匡乃、夜倉木も揃っている。
拒否された場合もあり得るが、拒否されるかくうが取る行動だけでも、多少の意志は知る事が出来るのだから。
「来たようですね」
「みたいだね」
気配が変わる。
目を閉じた啓斗が……正しくは空がそっと目を見開く。
『……ここ、は?』
まどろんだ目は、まだ意識がはっきりしていない様子。
「解りますか? 樋ノ上空さんですよね」
『………あ、えっ!?』
パッと手を見る、自分の物でない事はすぐに解ったらしいがそれ以上の事が解るはずもなく。
パチパチと瞬きをしながら思考の整理をする様子は、少なくとも無害に見えた。
「僕は綾泉匡乃といいます」
「自己紹介が遅れました、俺は斎悠也です、それで向こうにいるのが夜倉木さんですよ」
ただの自己紹介だが、落ち着かせる効果はあった。
『あ、はい私は……樋ノ上空です』
腕をさする仕草は、生前の癖なのだろう。
「幾つかお話を聞きたいのですが……」
「………」
悠也の問いに、息を飲む。
何かを思い出したかのように瞳は明確な意志を宿していた。
「まずい!」
声をかけた事が、あだとなった。
二人の意識が逸れたその一瞬、空が弾かれたように地を蹴り走り出す。
明確な意志で向かったのは寝室、栗生親子が居る所。
咄嗟に札を取り出すが相手は空という少女で、器は啓斗なのだ。
無理は出来ない。
「お兄さん」
「大丈夫」
不安がる必要もないようだった。
ドアに手がかかる直前に阻んだのは横から伸ばされた腕。
「―――っ!」
「そこまでですよ」
「は、はなしてっ!」
逃げられないように抱き留めた腕の中で藻掻くものの逃げる時間を与えるはずもなかった。
匡乃がトンと空の額に指先をあて、空だけがでていく様子をイメージする。
「―――っ!」
少しだけ荒くなったかも知れない、息を飲んだのが空か啓斗のどちらなのかは判断出来ない。
引っ張り出した空を逃がさないように、悠也が結界を張る。
打ち合わせ何てしていないが、能力で言えば自然な連携だった。
「…………っ!」
意識を取り戻した啓斗ががくりと座り込む。
「具合はどうですか?」
「う……大丈夫」
「ソファーで座っててください」
「そうする………」
足下がおぼつかなかったために夜倉木に肩を借りる事になったのだが、何とも言えない表情をしていたのは事件とは無関係だから置いておく。
重要なのは空の方。
「樋ノ上空さん、手荒くなってしまって済みませんでした……申し訳ないのですが、出口は塞がせて貰いました」
「話を聞いてもいいかな?」
脅えないようにと微笑みながらの悠也と匡乃にも、ぺたりとその場に座り込む。
『お、お願い……します。私には、時間がないんです』
泣きそうな声で、空はそう言った。
【続く】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0164/斎・悠也/男性/21歳/大学生・バイトでホスト】
【0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)】
【1282/光月・羽澄/女性/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1537/綾和泉・匡乃/27歳/男性/予備校講師 】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/ガードナー・医師・調和者】
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■ ライター通信 ■
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前半の発注ありがとうございました。
今回は大まかに分けて
■オープニング
■前半
シュラインさん・啓斗君・悠也君
羽澄ちゃん・匡乃さん・モーリスさん
■後半
シュラインさん・羽澄ちゃん・モーリスさん
啓斗君・悠也君・匡乃さん
このようになっております。
今回はずばりな方がいたりしてビックリしました。
後半でどうなるかはやはり皆様次第です。
それでは、後半も楽しみにしております。
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