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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜ひまわり色のまぶしさ〜


 こんにちわ、桐苑 敦己です。最近、ホント暑いですね。自由気ままに日本中を放浪するのはいいけど、台風とか来ると困るんですよね。携帯で情報を確認したりするんですけど、最近しょっちゅうですね。いつになく台風が来てる気がします。皆さんが住んでるところは大丈夫でした、被害とかなかったですか?


 で、今の俺はというと……さっきまで田舎の海岸線をのんびり歩いてました。台風一過で雲ひとつない空を満喫してます。いや、ホント気持ちいいです。最近の嫌らしい暑さも手伝って、海や空の青さが澄んで見えるんですよ。どこを見ても誰もいないからそのまま海の中に入ろうかと思ったけど、近くのおばあさんが「この辺はくらげだらけだ」と言うんで素直に辞めました。それくらい、ここは夏模様です。
 今、コンクリートのレンガで造られた無愛想な待合室で次の目的地へのバスを待ってます。ちょっとのんびりし過ぎたせいでタイミング逃しちゃったらしくって、次のバスが来るまでまだ1時間もあるんです。本当は3時間待ちだったんですけどね。でも、ぜんぜん退屈してません。だって、バス停にいるのは俺だけじゃないですから……

 俺の隣にうつむき加減の女性がいます。二十歳そこそこのかわいい女の子で、ひまわりの色したビキニがよく似合ってます。けど、彼女はもちろん海水浴に来たわけじゃないんです。そう、彼女はずっとそこにいる……そこでずっと人を待ってる。実は彼女、自縛霊なんです。かなり霊感が強くないと彼女の存在に気づかないみたいですけど、俺はあっさり見えちゃった。ははは。
 おとなしそうな娘だったんですけど、思い切って話を聞いてみました。きっと姿の見える人間には同じこと話してるんでしょうけどね。
 彼女はずっと彼氏が迎えに来るのを待ってるそうです。彼氏の都合で彼女だけが先にこの海岸に来たらしく、ここがふたりが落ち合う待ち合わせ場所だったようです。その約束を守って、彼女はずっとここにいる……なんかちょっと不憫です。


 一通り話を聞いた後、ちょっと喉が乾いたのでバス停からかなり離れた場所にある商店までジュースを買いに戻りました。彼女の来ている水着の色が印象的だったから、オレンジジュースにしました。そこにいたまだちゃんと生きてるおばちゃんに、彼女のことについて聞いてみました。そしたらよく覚えてるんです、彼女のこと……
 数年前の夏の日、熱射病で倒れてそのまま帰らぬ人になった若い女性がいたそうです。小さな町にしてみれば大きなニュースだったらしく、今でもはっきり覚えているそうです。その娘は身寄りがなかったため、近くの寺の住職が丁寧に弔ったとのこと。葬式の時に彼氏らしい男性の姿はなく、彼女ひとりだけの寂しい葬儀だったそうです。親もいない、友達も来ない葬式に参加することほど悲しいことはないとおばちゃんはその時の気持ちを話してくれました。

 それを聞いた俺は足取りが重くなりました。彼女はその事実を知っているのでしょうか……もし知っている上であそこにいるのなら、本当に不幸です。あれだけ暑く感じた風も、今では俺の身体に冷たく刺さります。
 俺はバス停に戻る最中、ずっと浄霊するかどうかを考えました。彼女をあの抜けるような青空へ帰してあげたい。あんな暗いレンガの中で誰にも気づかれずにいるのは不憫だ。せめてあそこからでも出してあげたい……
 そんなことを考えながら重い足を引きずってバス停に戻ると、彼女ははっと俺の顔を見ました。しかしすぐにまたうつむきました。そう、いつものあの姿に。その時彼女が見せた表情に俺は驚きました。もう彼に会うことを諦めているのか、落胆の入り混じった微笑みを見せたのです。俺は悲しい気持ちを胸に押えこみながら入口で立ち尽くしました。そして迷わず彼女に話しかけました。

 「君さ……ホントはもう……」

 途切れて意味のわからない言葉だったけど、それが俺に言えるすべてでした。こんな残酷なこと、人間にも幽霊にも言えやしない。もう頭の中にあった浄霊とかなんとかなんて吹き飛んでました。だけど言いたかったんです……どうしても。

 そんな苦しい胸の内を察してくれたのか、彼女は俺に本音を答えてくれました。

 『そうです。わかってます……もう彼が来ないことは。雨の日も、雪の日も、ずっと待ってたから。でも夏の日になると、彼が迎えに来てくれるような気がして。けど、あなたを見て思った。もしかしたら彼、来ないのかな……って。』
 「ゴメン、辛いこと言わせちゃって……」

 さっきまで自分が座ってた場所に腰掛け、俺は無意識にジュースを開けました。そして一口ぐいっと飲んで……冷たい感触が身体中を駆け抜けるのをしばらく感じてました。そして再び彼女に視線を向けました。

 「ここから外を見てたんだ……君は。ずっと、ずっと。」
 『……………ええ。』

 彼女の見た景色を想像しながら、俺もその長い時間を旅してみた。生きてる俺には過酷だけど、彼女にとってはそれしかなかったのだろう。それを思うと胸が張り裂けそうになりました……


 自分の気持ちのやり場に困ったその時、遥か向こうからバスのクラクションの音が響きました。無愛想なレンガの中にいると接近がわからないから鳴らしてくれるのでしょう。その音ではっと我に返りました。そしてリュックを肩にかけて入口へと急ぎ、一応バスに向かって手を振ってから……身体を待合室に戻して振った手を彼女に差し出しました。自然と出たんです。俺の素直な気持ちでした。

 「行こう、彼のいる街へ。君もあのバスに乗って……行こう。」

 俺の言葉に彼女は頷き、静かにその場を立ちました。そして最初で最後の笑顔を俺に見せながら小さな声で答えた。

 『……はい。』


 バスは俺を乗せて走り出しました。あののどかな夏の風景を窓に写しながら……バスの中は運転手さんと俺だけしかいません。彼女はこのバスには乗りませんでした。彼の住む街へと旅立ったんでしょう。もうあの暗い場所に彼女はいない。あの娘はきっと、幸せにたどり着く……俺にはそんな確信がありました。俺の心の中には青い空青い海、そしてひまわりを身に纏った笑顔の彼女がポートレートのように残りました。
 次は誰に出会うのだろう……俺はそんなことを思いながらしばらくバスに揺られてました。