|
見つけろ!伝説のメイド服!!
●オープニング
――――まもなくこの神聖都学園で学校祭が行われる。
生徒達はその楽しみに活気付き、わいわいがやがやと己と相手の意見を言い合って、普段犬猿の仲の者達が手を取り合って共同作業を行う。
そんなある意味異次元的な雰囲気を持つ学校祭準備の中で―――より一層、異次元を作り上げているメンバーがいた。
「―――というワケで、俺たちは有志でコスプレ喫茶をやることに決定した」
何が『と言うわけ』なのかはわからないが、希望は笑顔で黒板に書かれた「コスプレ喫茶」と言う文字をチョークでコツコツと叩いた。
ここにいる数人…いや、十数人の生徒達は、きょとんとしてたり呆れてたり、はたまた楽しそうだったりと…まぁ、つまるところ様々なリアクションである。
「あぁ、生徒会長からの許可はバッチリだから、そこんとこは気にしないよーにv」
そんな爽やかな笑顔で言われても、問題はそこじゃないわけで。
微妙な表情を浮かべる一部の人間の心を代弁するかのように、葉華が手を上げて口を開いた。
「あのさ…なんでコスプレ喫茶なワケ?
そしてなんで集められたのがおいらたちなワケ?」
代弁有難う葉華。そんな言葉があちこちから聞こえてきそうである。
しかしそんな葉華の言葉ににっこりと笑みを浮かべた希望は、こともなげに言い放つ。
「なんでやるかっていうと、単に生徒達からテキトーに集めた集計の結果で『コスプレ喫茶が見たい』って意見が多かったから」
その言葉に、一同が思わず脱力する。ついでに思わずコケたのも数人。微妙にコントな世界だ。
っていうかそんなんでいいのか、神聖都学園よ。
そんな遠い目をする一部の人間をよそに、希望はさらににっこりと笑って口を開いた。
「…で、なんで集めたのがお前達かってゆーと…俺が呼びやすかった奴らを呼んだからvv」
いやぁ、持つべきものはトモダチだねぇ♪なんて笑う希望に、思わず張り倒したくなった人間が数人。
そして、信頼されていると知ってひそかに喜ぶ人間が数人。
あぁ、なんで自分が呼ばれたんだろう…と遠い目になってるのがさらに数人。
そんな内心知ってか知らずか、希望は笑顔でこう告げる。
「あ、そうそう。
―――――――悪いけど、これには拒否権は存在しないからvv」
基本的人権はどこにいった。
などという心の嘆きが聞こえてきそうなくらい、それを告げられた者達の大半は憔悴しきった表情を浮かべるのだった。
…ちなみに、極一部の人間は困るどころか楽しそうな表情を浮かべていたことは…此処だけの秘密である。
***
―――そしてそれから数分後。
この教室には、希望・崎・葉華・まきえ・聡・櫻・クロムと十人にも満たない生徒。
まるで秘密の会合と言わんばかりのこの状態に戸惑う生徒達を他所に、希望は爽やかに笑顔を浮かべて口を開いた。
「―――お前達には悪いけど、極秘で追加任務をやって欲しい」
極秘で追加任務。
その言葉の響きに、数人の生徒と聡が嫌な予感に眉を顰める。
「あの…僕、帰ってもいいですか?」
「却下vv」
聡の控えめな言葉も、笑顔で切り落とす。
法律は俺だ、と言わんばかりの態度に、その場にいる全員が思わず聡に同情の目を向けてしまった。
で、と勝手に気を取り直した希望は、笑顔で口を開く。
「…どうやらこの学園のどこかに伝説のメイド服が隠してあるらしい」
しーん…。
あぁ、このまま帰ってしまえたらどれだけ楽だろうか。
っていうかむしろ今日の夕飯はなんだろう…。
思わず現実逃避をしてしまっても、仕方の無いことだろう。
そんな全員の様子に訝しげに眉を顰めた希望は、むぅ、と不服そうに口を開く。
「―――言っとくけど嘘じゃないぞ。
って言っても本当かどうかも定かじゃないけどな。
この学園に代々伝わる伝説らしいけど、今まで見つけた人間は数えるほどしかいないらしい」
そう言って持っていたペンで机をこんこんと軽く叩くと、希望は真剣な表情で言葉を続けた。
「そのメイド服を着た人間は、誰よりも人を『萌え』させる能力を得、且つ色によって色々な属性を手に入れられる。
そしてそのメイド服を着た人間に奉仕された者は、まるでそのメイドの魅力に最高の冥土に送られたような気持ちになるらしい」
「…メイドと冥土…シャレですか…?」
ぽつりと呟かれたまきえのツッコミを笑顔で黙殺して、希望は話を再開する。
「その冥土…もといメイド服がどこにあるかは一切不明だが、学園内のどこかに隠されているのは確かだそうだ。
よって、コスプレ喫茶をするにあたってこのメイド服はできれば手に入れておきたい…!!!」
そう言って握り拳を浮かべる希望の目は、確かにメラメラと燃える炎が浮かんでいた。
あぁ…だめだ。これじゃあ何を言っても絶対聞きやしない。
そんな遠い目をする一同を見、希望はにっこりと微笑んだ。
「そういうワケで――――探してくれるよな?」
にっこり笑顔で疑問系の割には――誰もが、否といえる状況ではないことを悟りきっていた。
「あらぁ、楽しそうじゃない?」
「ふむ、そのような変わった物が存在しているのならば、探さない手はあるまい」
「うんうん、俺もそのメイド服着てる人が見てみたいサー☆あ、別に俺が着てもいいけどねー?」
…もちろん、すっごいノリ気の人間も複数存在したわけではあるのだが。
―――そんなわけで。
一同は、(一部は半強制的に)伝説のメイド服を探すことになるのだった。
<探索場所&登場NPC>
A.学園校舎
B.学生寮
C.プール・校庭
D.購買部・サークル棟
E.体育館・道場
●いざ、解散!
「それじゃあ、この振り分けの場所に自由に別れてくれよな」
ただし帰る・放棄と言う選択肢は許しませんv、と笑顔で言う希望を見ながら、残されたメンバーはぱらぱらと別れ始めた。
「…何故…何故にコスプレ喫茶…。
しかも行って来てくれってあの野郎…」
そうぼやきながらげんなりと机に伏すのは、芹沢・青。
どうやら同じ部活の人に言われて仕方なく来た挙句、この騒動に巻き込まれたらしい。
あとでシメル、と心に決めつつ、彼はすっくと立ち上がった。
そしてとてつもなく爽やかな笑顔を浮かべると、首を傾げる希望に向かって口を開く。
「………俺部活の方の準備で忙しいから」
じゃっ、と棒読みしつつシュピッと片手を上げて回れ右。
そのまますたこらと去ろうとする青だったが、それはがしっと掴まれた手で阻止された。
誰かと思って振り返れば、そこにいるのは…クロム。
にっこりと微笑んで、手に持っていた何かを持ち上げる。
「…部活の方からはきっちり許可は貰ってうから、ご心配ご無用よv」
そういったクロムの手に握られているのは――――『芹沢青、本日貸し出しOKv』と書かれた書類。
下のほうには部員の署名が幾つか書かれている。その名前の中には自分が知っている名前ばかりが沢山有った。
ぴしりと音をつけて固まった青を見つつ、クロムは書類をくるくると丸めて希望に手渡した。
「…コピーは沢山あるから、破っても無駄だぜ?」
正に今それをしようとしていた青は、同じように気力が果てたと言わんばかりの表情で机に突っ伏していた葉華の一言に、一気に机に逆戻りしたのは…言うまでもない。
「メイド服かぁ。お姉さん達がいたら喜んだだろうなぁ」
そういいながら笑うのは、海原・みあおだ。
彼女の姉達はそういうコスプレ好きな人なのか、それとも単なるメイドマニアなのか。
どちらだかわからないが、中々素敵な…げふごふ。もとい、変わったお姉さん達だ。
「そうなんですか…お姉さん達は、メイド服…お好きなんですか?」
丁度隣にいた聡が声をかけると、みあおはうん、と頷いた。
「もしメイド服が見つかったら、実際に着て記念撮影したいなぁv」
「はは…そうなんですか…」
どこか楽しそうなその表情に引き攣った笑みを返す聡。
するとその聡の背に、のしりと誰かがのしかかった。
「うわぁっ!?」
驚いて声を上げる聡の背から、なにやらやる気満々な声。
「コスプレ喫茶、か…。
…ロマンだよな、浪漫!!!」
―――夏野・影踏だ。
「…た、楽しそうですね…」
妙にうきうきとした声の影踏に引き攣った問いかけると、影踏から満面の笑みが返ってきた。
「あったり前!
俺はコスプレ大好きだからな!!」
そう言って胸を張る彼を誰か褒められるのならば褒めてみて欲しい。
そう言う事って人目もはばからず言ってもいいことなのだろうか。
それはわからないが、まぁ、本人が気にしてないことだし、別にいいのだろう、きっと。
「だから聡も一緒に回ろうなっ♪」
「え?あ、は、はぁ…」
「あ、私も一緒に探すね♪」
何が『だから』なのか分からないが、笑顔で言われた言葉に、聡は生返事で返す。
こういう時咄嗟の反応が出来無い上、押しに弱いのが聡だ。
しかもみあおもちゃっかり一緒に回ることを宣言している。
しかし影踏はそれを知らず、嬉しそうに笑うと聡により一層強く抱きついた。
それによって慌てる聡が見られるのは、それから数十秒後のこと。
「ふふ…皆さんお若いですよね…」
そんな光景を見ながらのんびりと笑っているまきえ。
普通は和む光景ではないと思うのだが、傍観者に徹すれば笑えるものなのだろう。きっと。
そんなまきえの隣に立つのは山内・りく。
同じように…いや、一層ぽややんとした雰囲気を醸し出す笑みを浮かべている。
「まきえさん、いっしょにメイド服を探しましょうね〜♪」
「えぇ…是非、お願い致しますね」
実際のところはまきえに半ば巻き込まれるような形で参加した彼女なのに、本人は全く気づいていない。
そんなりくのことを知っているのに、まきえはふふ、と言いながら易しく微笑むのだった。
…まきえ、結構悪人。
「んー…じゃあ、私はクラスも一緒だし、希望くんと探そうかな」
顎に指先を当てながら言うのは、シュライン・エマ。
「おや、俺と?」
「あら、いけない?」
「いんや。一人は寂しかったから大歓迎v」
にっこり笑顔の押収。別名笑顔の安売り。
爽やかな光景のはずなのに、奇妙なオーラが立ち上っているのは一体何故だろう。
「…メイド服、見つけたら後で草間に着せてみない?」
「チョコに?」
一緒に探索すると話が決まった途端、こそりと希望が悪人面でエマにとんでもない話を持ちかける。
きょとんと問い返したエマは、次の瞬間…にやりと、希望に負けるとも劣らない悪人面を浮かべた。
「…それは、面白そうね」
「だしょ?嫌がる相手に無理矢理、って言うのがまた面白いんだよねーv」
「私も協力するわ。頑張ってv」
「おうよ!」
…悪人協定、此処に結成されり。
「えっと…メイド服、かぁ…」
微妙そうな表情でぽつりとそう呟いたのは、彩峰・みどり。
「…この学園、なんか色々あるんだね」
そう言って苦笑すると、隣に座っていた崎がにへりと笑う。
「そりゃ色々あっぺよ。学園七不思議並に色々あんだべ」
相変わらず奇妙な方言もどき混じりだが、そんな崎の笑顔にみどりも微笑む。
「まぁ、面白そうだし…私もちょっとがんばってみようかな」
そう言うと、崎はへらりと笑うと彼女の肩をぽんぽん叩く。
「だいじょーぶ、ハイエロファントも頑張ればメイド服の一着や二着や五十着、すぐに見つけられるサ!!」
「あ、いや…流石に五十着はいらないかな…。
…っていうか、お願いだから人前でハイエロファントはやめて…」
励ましになってるんだかなってないんだか。
そんな崎の言葉に、みどりは苦笑交じりの言葉を返す。
しかし崎はそれ知らず、笑顔で「ハイエロファントはハイエロファントだべさー」とさらっと返してきた。
「…言ってるそばから言うし。
……もういいけどね、慣れたから…」
遠い目をしながら諦め気味に呟くと、くすん、とちょっと小さく鼻を鳴らした。
しかし崎は全く気づいていなかったが。
デリカシーが無い男、崎。要注意である。
「おっもしれぇよなぁ、この企画」
すると、唐突に後ろから声が上がった。
その声に崎とみどりが後ろを向くと、そこに立っていたのは郡司・沙月。
彼は楽しそうににっと笑うと、二人の正面に腰掛ける。
「そのメイド服って、男が着ても問題はねぇんだろ?
なんせ、『コスプレ』ではあることだし!」
すっごいノリノリなその声に、みどりがちょっと怯む。
しかし崎はむしろ喜色満面で、がしっと彼の手を掴んだ。
「凄い!キミ偉いよ!!
男の中でメイド服を着てもいいかなーとか思ってるのはてっきり俺とのぞっちとクロむんだけだと思っとったんよーっ!!」
なんだか色々間違ってるような気がしないでもないが、崎は相当嬉しかったようだ。
「あったりめぇだろ!こんな面白そうなこと、乗らなきゃ男がすたるってんだ!!」
「あぁ、俺キミとは気が合いそうだべさーっ!!!」
なんだか二人ともすっかり自分達の世界を作り上げてしまっている。
そんな二人をこっそり後ずさって離れたところから見ながら、みどりは引き攣った笑顔を浮かべていた。
「…だ、大丈夫なのかなぁ…??」
その呟きは、騒ぐ二人の声に掻き消され、誰の耳にも届かず消えた。
「…ふぅ。今日も平和じゃのぉ…」
あちこちの騒ぎを離れた場所で眺めつつ足を組みながら手持ちの扇を使ってぱたぱたと自分を仰いでいるのは――櫻。
最初から乗り気な彼女は、特に気にすることもなくただのんびりとしているのだ。
そんな櫻の隣の席に座り、きょとんとした表情を浮かべているのは――栄神・千影。
「あれって、平和なの?」
「こう言う馬鹿騒ぎが出来るのも危険がないからじゃ。
戦争があればこんな騒ぎなんぞ悠々としておる暇すらないからのぉ」
じゃから、平和じゃ。
そう言って笑う櫻に、そっかぁ、と頷きながら千影は再度騒ぎの方を見た。
「櫻ちゃんは相変わらず素敵な思考回路ねぇ」
「ってか単に面倒なことは全部『平和』で片付けようとしてるだけなんじゃねぇの?」
と、不意に後ろと櫻のいる方とは逆の隣の席から、声がする。
驚いてそちらを見れば、そこには騒ぎに付き合ってられるか、といわんばかりの葉華と、にこにこ笑顔のクロムが何時の間にか座っていた。
「…おいら、時々希望の考えてるコトがわかんねぇ…」
「あらぁ、アタシはわかるわよ?」
「思考回路が似てんだろ」
「ま、酷いコト言うわねぇ!」
葉華ちゃんのいけずー、と拗ねたように言うクロムをはいはいと適当にあしらう葉華。
そんな二人を見ながら千影は櫻を見、葉華達を指差すと口を開く。
「…あれも、平和かな?」
「……まぁ、そう言えなくもないの」
どこか呆れたようにぽつりと返された呟きに、千影はふぅん、と感心したように頷くのだった。
***
「さー!行く場所も決まったってことで、さくさく探索に出かけるぞー!!」
パンパンと手を叩いて言う希望。
そんな彼を見て笑う者数名、既に疲れたように肩を落とすもの数名、苦笑する者数名。
それぞれの顔を見て微笑むと、希望はビシィッ!と教室のドアを指差して叫んだ。
「――――さぁ、いざ行かん!メイド服探しの旅へ!!!」
「……嫌な旅だな」
後方でぽつりと呟いた葉華が、クロムに思いっきり腕を抓られて悲鳴を上げた。
―――――――そんなわけで、探索、開始。
●E.体育館・道場
場所は体育館。
探索メンバーは櫻と千影。
二人揃って体育館を歩き周りながら、櫻は面倒くさそうに溜息を吐いた。
ちなみに、現在地は体育館の舞台上裏部分。
「…まったく…探しに来たはいいものの。
此処まで埃臭いとは思わんかったのぉ…」
扇で口元を覆うようにしながら、櫻は眉を顰めて周りを睨んだ。
辛うじて備え付けてある窓から陽光が差し込むのはいいのだが、此処を見る限りではそうも言っていられない。
なにせ、宙に舞っている埃が陽光のせいできらきら光り、しっかりと目視できるようになってしまっているのだ。
「うわぁ、きれー!キラキラしてて宝石みたーい!!」
嫌そうに顔を顰める櫻を他所に、千影はすっかり光る埃がお気に入りらしい。
その光る埃を捕まえようと、ぱたぱたと走り回って緑の線が入っている黒い制服を翻しながら、手をせわしなく動かしている。
「これ千影。そのようなものを捕まえようとするでない。
手が汚くなるし、何より体に悪いわ」
「えー。櫻ちゃんったら夢なーい」
「わしは夢よりも己の健康の方が大事なのじゃ」
「むぅ…櫻ちゃんのいぢわる」
「意地悪ではない。現実的と言って欲しいものじゃな」
櫻に注意されてむくれる千影をよそに、櫻は手早くその辺りを調べると、すぐに千影の手を掴む。
「ふえ?どうしたの??」
「どうやらここにはないようじゃ。次は放送室に行くぞ。
これ以上此処にいたら体中が埃だらけになりそうじゃ」
つかつかとこれ以上此処にいたくないと言わんばかりに千影の手を引く櫻に、千影はひっそり『櫻ちゃんって意外とデリケートなんだなぁ…』と密かに失礼なことを考えていたそうな。
***
所変わって放送室。
様々な機材があちこちに所狭しと置かれていて、恐らく名前を言われても千影にはちんぷんかんぷんだろう。
櫻はと言うと、機材でもあまり使われていないものをメインに探し回っている。
下手に触ると壊してしまいそうだったのでそちらは櫻に任せ、千影は自分の興味をそそるものを弄り始めた。
今千影の正面にある、放送ようの調整板である。
ボタンを押し、調整つまみを動かし、またボタンを押し。
適当に動かしているので何がどのボタンや調整ツマミかは当然分かっていない。
幸か不幸か、櫻もそれには気づいていないようだ。
するとじきに、調整板の上端にあったランプに光がついた。
千影はそれに気づかず、自分が触ったことのない曲がったマイクに顔を近づけながら喋りだす。
「ねぇ櫻ちゃん、メイド服見つかったー?」
『ねぇ櫻ちゃん、メイド服見つかったー?』
「いや、まだじゃが…ん?」
全開にされたその窓から、なにやら千影の声がもう一度聞こえてきたような…。
振り返ると、後ろで千影がマイクの前に腰掛けて首を傾げていた。
「そっかー。
あのね。この前、メイドさんのお洋服、クラスの男の子達が『萌』って言ってたけど、『萌』っていったいどういう意味なのかなぁ?
櫻ちゃん、知ってる?」
『そっかー。
あのね。この前、メイドさんのお洋服、クラスの男の子達が『萌』って言ってたけど、『萌』っていったいどういう意味なのかなぁ?
櫻ちゃん、知ってる?』
千影の声が、電子音で見事に反復されている。
それに気づいた櫻は呆れたように顔を掌で覆うと、立ち上がって千影の後ろに立つ。
そしてカチカチと手早く千影が弄った部分を元に戻すと、千影の腰に手を回し、荷物を持つように脇に抱える。
「わきゃっ!?なになにっ!?櫻ちゃんどーしたのっ!?」
「…あれじゃろ。それぞれにとっての絶対に手が届かぬ憧れが具現化した者ってトコじゃな。きっと。
じゃからメイド服を着た見目麗しい女子に『御主人様v』と呼ばれるのが『萌』と言う者もいれば、見目麗しい妹に『お兄ちゃんv』と呼ばれてみたいのが『萌』じゃと言う者もいる、と。
…一部の男共の『萌』と言うのは、きっとおぬしのような者のことを言うのじゃろうな…」
驚く千影に簡単に答えると、ぽつりと付け足す。
が、それはどうやら千影には聞こえていなかったらしい。
「ふーん…『萌』ってそういう意味なんだぁ…」
と感心するように言う千影を脇に抱えたまま、櫻は『ほれ、ここにはない様子じゃから次行くぞ』とさくさく歩き出す。
千影を抱えているのを感じさせないような動きで小走りで階段を下りていく。
自分で歩こうと思ったけど、櫻が自分で歩けといわないということはそのままでもいいんだろう。
階段を降りて体育館に出ると、何故かそこにいた体育部員達に『頑張ってね、千影ちゃんv櫻様v』とか『応援してるよーv』とか『千影ちゃんなら絶対可愛くなるよーv』とか、わけの分からない応援をされて千影はことりと首を傾げるのだった。
まぁ、放送用のスイッチが入って千影の言葉がだだ漏れだったことは本人は知らないのだから、仕方のないといったらそれまでなのだが。
って言うか櫻『様』て…櫻がこの学園でどういった扱いを受けてるのか、なんとなく理解できる瞬間。
当の櫻はと言えば、面倒なことになったとばかりに面倒くさそうな顔をしていたが…残念ながら、千影は櫻の脇に抱えられたままだったので、その表情を見ることはなかった。
***
―――所変わって道場内部。
「チカ、こうやって放課後に道場に入るの初めてっ♪」
櫻から降ろしてもらった千影が、ゴキゲンで道場内部を歩き回っていた。
探す気があるのかないのか。
というか、最初から遊ぶつもりしかなさそうな気が…。
千影がぱたぱた走り回るとぎしぎしと年季の入った床が音を立てる。
「これ千影。あまりうろつくでない。
ぱたぱた騒がせては部活動を中止してまで協力してくれておる部員に悪いじゃろうが。
…と言うかじゃな、探す気あるならきちんと探さんか」
櫻も少々呆れ気味だが、その口調に怒りはない。
無邪気な子供と一緒にいるような感覚なので、本気で叱れないのがあるのだろう。
「むぅ。チカも探してるもん」
ぷぅ、と頬を膨らませると、櫻がそうか、と苦笑した。
これ以上何もいう気がない櫻の様子を見て、千影が今度は足音を抑えて歩き回り始める。
本日道場を使っている男の部員達が『あぁ、かわいいなぁ…v』とか鼻の下を伸ばして女部員に攻撃されているが、櫻も千影もそれを知らない(って言うか櫻の場合は知らないフリ)。
真面目に壁を触ったりして調査する櫻の後ろでちょこちょこ歩きながら、千影はぽつぽつと話す。
「チカね、かわいいお洋服大好きよ。
メイドさんのお洋服、可愛いといいなぁv」
「…そうか。可愛いといいのぉ」
櫻の対応が大分投げやりになってる。
って言うか調査に夢中で生返事を返してる、と言うのが正しいのだろうが。
千影はちょっとつまらなさそうな顔をしてから、またぱたぱたと歩き回る。
そして興味のあるものを見ては立ち止まり、部員に聞く、の繰り返しだった。
―――――と。
ガツッ。
「うきゃっ!?」
不意に歩いている場所の一角の板に躓いてしまったのだ。
『千影ちゃん!!』
部員達が驚いて慌てて駆け寄ろうとするが、時、既に遅し。
千影も咄嗟のことに対応が遅れ、気づいた時には目の前は床。
ぶつかる!と思ってぎゅっと目をつぶった千影だったが―――。
「…まったく。だからあまりうろつくでないと言うたじゃろうが」
「……ふえ?」
予想していた衝撃はなく、あるのは暖かな温もりと上から振る呆れたような声。
驚いて目を開けば、自分の体はしっかりと床に足を付けて立たせられた。
隣を見れば―――呆れたように千影を見る、櫻の姿。
どうやら自分を助けてくれたらしい。
「あ…櫻ちゃん…」
「わしが間に合ったからよかったものの。間に合わなければ鼻の頭をすりむくくらいはしておったぞ?」
少しは気をつけろ、と言う櫻に、千影はごめんなさい…と肩を竦めて謝った。
しかし櫻はまぁ、無事でよかったわといいながらぽんぽんと千影の頭を叩くと、部員達に顔を向ける。
「―――この部分の床は、いつもこのような状態なのか?」
「…え?…あ、はい。
いつもその部分の床板を踏むと何故かズレてしまって…直そうかとも思ったんですけど、お金はかかるしその間使えなくなってしまうし。
まぁそこを踏まなければ良いだろうと言うことで片付けたのですが…」
櫻の問いかけに、部員がしどろもどろで答える。
それにふむ、と頷いた櫻は…不意に、ガツッ!!と踵でその床板を打つ。
「櫻ちゃん!?」
驚いて千影が櫻を見るが、櫻はにやりと笑い…。
「――――やはりな。
このようなところに隠してあるとは…随分と、意地の悪いことじゃ」
まるで回転するかのように見事に天井に板の短い方の側面を向けて止まった床板の隙間。
そこに――――1つだけ、真っ白な箱が縦に置かれていた。
「あっ、もしかしてこれって…!!」
「恐らく、な」
目を見開いて千影がその箱を引っ張り出すと、箱の蓋を開ける。
洋服を仕舞ってるのに使われるような箱の中にあるのは――――やはり、メイド服。
ブラウス・エプロン・ヘッドピースが真っ黒で、他の部分が全部白いという変わったメイド服だ。
「…名をつけるのならば、『スタンダート逆カラー』と言ったところじゃな」
「櫻ちゃん…すっごぉい…」
蓋を閉めた箱を片手で持って振りながら何とでもないように言う櫻に、千影は感嘆の声を漏らすのだった。
ちなみに床板は、後で聡か希望辺りにでも直させるということで話をつけたらしい。
…知り合いを売ったか。
――――その後もあちこち探索してはみたものの、残念ながら他にメイド服を発見することは出来なかった。
そしてそのまま帰った二人が、教室に帰ってからメイド服の実験台にされている聡を見て、ついでに自分達のメイド服も試してみてくれと便乗するのは―――それから、数十分後の話。
▲結果▲
メイド服入手。
スタンダート逆カラーメイド服(普通のメイドと色が正反対でメイドっぽい振る舞いになる以外は特に異常はない様子)
●はい、チーズ!
一番最後に葉華とクロムがオレンジ色のメイド服を持って帰ってきたことで、全員が揃った。
どうやら二人のもって帰ってきたメイド服は着ると小さくなるものだったらしい。
外見年齢10歳程度のクロムを見たらしい葉華が、『クロムって…あの頃からこんなんだったんだな…』と言ってまたもやクロムに抓られるという一幕もあったが、それ以外は特に問題もなく。
合計七着ものメイド服を見つけられたという戦果(?)に、希望も大満足である。
「…それじゃあ…記念撮影と行きましょうか…」
『は?』
メイド服も見つかったことだしさっさと帰ろうとしていた一部のメンバーを、まきえの笑顔が見事に押し留めた。
「折角見つけたんだしさ、着て記念撮影しなくっちゃ損でしょ損v」
にっこり笑った崎が悪魔に見える。
帰りたくて仕方がなかったメンバーは、くらりと眩暈がした気がした。
「ちょ、ちょっと待てよ!メイド服は七着だけだろ!?
それじゃあ当然あぶれるメンバーも出ることだし、問題ないよな!?」
そう口を開いたのは葉華。
そんなもの着てたまるかぐらいの勢いは、相当このメイド服を着たくないらしい。
しかしそんな葉華の抵抗むなしく、にっこり笑った希望から爆弾が投下された。
「――――そんなの、二回に分けて撮影すればいいだろ?」
…なんてこったい。
今正に葉華の言い訳で逃げようとしていたメンバーも、その言葉にぴきっと口を引き攣らせた。
「あ、一人半端が出るけど、その人は演劇部から借りてきた普通のメイド服を着てもらうからねv」
やっぱり揃えるならメイド服オンリーでいかなくちゃvと何の変哲もないメイド服を持ちながら爽やかに笑うクロムに、勘弁して欲しかったメンバーは崩れ落ちるのだった…。
―――――その後。
抵抗するメンバーを無理矢理押し留め、強制撮影会が行われたのは…言うまでもなく。
後日、報酬としてその写真が送りつけられたが…その時に嫌がっていた面々が一体どんなリアクションをしたのか。
それは…推して知るべし、ということである。
終。
●●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●●
【0086/シュライン・エマ/女/2−A】
【1415/海原・みあお/女/2−C】
【2259/芹沢・青/男/2−A】
【2309/夏野・影踏/男/3−A】
【2364/郡司・沙月/男/2−C】
【3057/彩峰・みどり/女/2−C】
【3368/山内・りく/女/3−A】
【3689/栄神・千影/女/1−B】
【NPC/秘獏・崎/男/1−A】
【NPC/葉華/両性/1−C】
【NPC/緋睡・希望/男/2−A】
【NPC/山川・聡/男/2−C】
【NPC/山川・まきえ/女/3−A】
【NPC/櫻/女(無性…?)/3−B】
【NPC/クロム・フェナカイト/男(心は乙女(笑))/3−C】
○○ライター通信○○
大変お待たせいたしまして申し訳御座いません(汗)学園ノベル、「見つけろ!伝説のメイド服!!」をお届けします。 …いかがだったでしょうか?
また各地点で最低一着はメイド服を発見できたということで、おめでとうございまーす(をい)
相変わらず個別9:共通1の割合で書いてますので、個別シーンが果てしなく大量です(ぇ)
自分のキャラが他の人のノベルに出てる、なんてこともありますし、今回は他の人の物も見て探してみるのも中々面白いかもしれません。
と言うか、今回自分が探索した場所以外がどうなったか気になる場合は、他の人のノベルを閲覧してみるのをお薦めいたします(笑)
また、今回残念なことにB地点学生寮…つまり葉華とクロムのところには一人も来ないという悲しい結果に…(ほろり)よって、今回B地点の描写は無しです。
その代わりなのか、A地点希望の人が一番多かったです。…聡とまきえが人気があるのかそれとも校舎が人気があるのか…(笑)
ちょっと人によって長さがまちまちですが、ご容赦くださいませ(土下座)
なにはともあれ、愉快なNPC達のことをよろしくお願い致します(ぺこり)
千影様:ご参加、どうも有難う御座いました。
可愛い女の子で、皆のアイドル!と言うことで、なにやら男子生徒の発生率が妙に高いお話になりました(爆)
櫻とは姉と妹みたいな関係っぽいなぁ、と思い、全体的にそんな雰囲気が出るように書いてみました。
転びかけて櫻に助けられる、と言うシーンは個人的趣味です(をい)可愛くて元気な女の子PCは書いてて楽しいので、書き甲斐がありましたv
また参加して下った方も、初参加の方も、この話への参加、どうも有難う御座いました☆
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。
|
|
|