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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


警視庁超常現象対策本部


 テレビで見るようなイメージがそのまま目の前に再現されると、人は素直に驚いてしまうもの。月刊アトラス編集部に所属する記者・藤岡 敏郎は事務を担当している若い婦警に連れられて、取材相手の警視長が公務をこなす私室に通された。突き当たりには大きく立派な机があるが、背後には窓がない。やはりここまでの地位まで上り詰めた人間は誰かに狙われているのだろうか……ドラマで見るような大きな窓ではなく、ワンルームマンションに備え付けられる小さな窓がひとつ申し訳程度にあるだけだ。その壁の上部には『真実一路』という書が掲げてある。筆を取ったのはかつての警視総監らしい。藤岡は思わずカメラに手が行きそうになったが、撮影は相手からの許可がない限りできないことを思い出し、出した手をそっと引いた……

 扉の近くに置かれたソファーで待つよう言われた藤岡は、婦警の許可を得てかばんの中に手を突っ込む。彼は今日、警視庁超常現象対策本部の取材にやってきたのだ。テープレコーダーやノート、そしてボールペンをテーブルの前に並べ、対策本部長でありこの部屋の主である里見 俊介がやってくる前に準備を済ませようとせわしなく動く。婦警が藤岡に一礼して廊下に出ると、小さく「どうも」と挨拶する声が部屋の中にも響いてきた。おそらく里見警視長が来たのだろう。彼はとっさに立ち上がり、開け放たれた扉から相手がやって来るのを待った。すると制服に身を包んだ壮年の男がきびきびとした動作で中に入ってきた。その手にはファイルを持っている。

 「おはようございます。月刊アトラス編集部記者の藤岡と申します。本日の取材、よろしくお願いします。」
 「藤岡くん、か。よろしく頼むよ。私が警視庁超常現象対策本部の責任者を務める里見だ。まぁ、かけたまえ。」

 藤岡は言葉に甘え、またその腰をソファーに沈めた。それを見て里見も腰掛け、さっそく彼の手元に持ってきたファイルを差し出す。藤岡はそれに興味を向けつつもとりあえずはレープレコーダーに手を伸ばし、さっそく録音を開始した。広い部屋の片隅でふたりの話が始まる。

 「本日は警視庁直属の組織として明確に実態が公表されない超常現象対策本部についてご教授いただきたいのですがよろしいでしょうか。」
 「ああ。そこにある資料は今日のために作ったものだ。任務遂行に必要かつ漏洩しては困る情報はすべて除外してあるので、取材後は持ち帰ってもらっても構わない。ただし、このプリントをそのままコピーしようとしてもできないようになっているので気をつけてほしい。」
 「ありがとうございます。それでは拝見させていただきます。」

 藤岡がファイルを開くと、さっそく組織構成を図示したものが現れた。それを一見した彼の感想は、想像したよりもはるかに多くの部署があるという事実だ。彼はその内容を目で追っていった。


 警視庁が誇る超常現象対策本部は今から約1年半前に正式に組織として誕生した部署である。まず実働部隊として第一線で活躍するのが『超常現象対策第一課』、通称『対超一課』である。機動捜査担当とあるが、里見の説明では事件発生時に現場へ急行し犯人を確保するための部署だそうだ。よく子ども向けの雑誌でも取りあげられる強化服を装着し、特殊バイクを操るのはこの部署の人間らしい。里見は、強化服に関する資料は『広報課』に聞けば手渡してくれるだろうと付け加えた。
 そして事件を捜査するのは『二課』の超常犯罪捜査担当、さらに『三課』の特殊現象捜査担当である。二課と三課は字面からは同じようなことをしているようにも思えるが、その性質は大きく異なる。最近は心霊テロ事件も複雑化の一途をたどっており、犯罪を実行する際に空間を捻じ曲げるといった異能力を発揮することも珍しくない。三課にはそういった事象を確認するエキスパートが名を連ね、事件の目的を追う二課とはまた違った視点で捜査しているのだ。超常現象対策課全体のチームワークがあってこそ、心霊テロなどの犯罪をひとつずつ解決できているのだと里見は話す。

 続いて『保安課』や『鑑識課』といった一般警察でも馴染みのある名前が出てきた。ここでいう保安課とは超常現象による犯罪抑制の観点から宗教を管理しているという部分だけが一般警察との相違点である。鑑識課も同じで、メンバー構成に独自の基準を設けている以外は特に目立った部分はないそうだ。
 対策本部で心霊事件すべての捜査を解決する必要があるため、あらゆる意味でのアフターケアも充実させている。調査の中で新しいタイプの犯罪と出くわした場合に犯人の行動パターンの分析や今後の捜査方針の提案、そして解決後のさらなる掘り下げを行う『科学心霊捜査研究所』は大きな助けになっているという。対超各課が出会ったことのない事件で困っている時、常に冷静で適確な判断を下す研究員たちの存在は大きいそうだ。そして主に対超一課の大黒柱として活躍する『整備開発課』。あらゆる心霊テロに対応できる装備を開発することを目標に、送られてくるデータをより構造的かつ、より科学的に分析するのが彼らの仕事だ。特殊バイクなどの整備も彼らが行っている。そして最も特徴的なのが、どんな形でも犯罪被害者を救済するという観点から生まれた『心霊被害支援室』。ここでは不幸にして心霊犯罪に巻きこまれた人々を救済するためさまざまな相談を受け、心霊事象に詳しい法律家や弁護士との架橋になっている。最近、心霊犯罪が増加したため、この部署も増員することが決まったという。その事実を口にする里見の顔が急に暗くなったのが印象的だった。


 一通り組織に関しての説明を受けた藤岡は、続いて組織の成り立ちについてインタビューを開始した。実はこれも用意された資料にしっかりと書かれていたのだが、目の前にいる里見警視長は心霊犯罪防止のために尽力してきた生き証人である。その人物の口からさまざまな気持ちを沿えて語ってもらいたいというのが藤岡の考えだった。

 「超常現象対策本部設置までにはずいぶん長い時間を要したとお聞きしました。今までの歴史とともに振り返って頂けませんでしょうか?」
 「長いな。私が前身となる特設救急機動隊、通称『特救機動エイドライアット』の設立と同じに配属されたから……もう8年近く前になる。あの時は連続テロ事件が起こったが、従来の警察機構ではほとんど対処できなかった。その教訓を活かすため、極限状態下での警察活動を想定・解決するための組織を作ったというわけだ。」
 「当時の新聞記事によると、初期のエイドライアットは救助を主としたものであるとのことですが……」
 「そうだ。警視庁が心霊犯罪というものに初めて目を向けた時で、まだそういう存在を確定するには難しい時期だった。そういう背景があり、当時は犯罪の拡大を防ぐという観点で組織を形成した。その頃は心霊犯罪に関する認知度が極端に低く、明らかに邪悪と判断できる存在と遭遇し、それに攻撃する場合でも必ず警視総監の許可が必要だったほどだ。」

 止むに止まれぬ事情があったとはいうが、今の組織とはまったくベクトルの違うエイドライアット。8年前、この社会が目に見えぬ犯罪に怯えていたのかと思うと、自然と背筋に寒いものが伝わる。藤岡はインタビューを続けた。

 「そして4年前、心霊テロの続発を契機に心霊テロ合同捜査本部を設置されました。その時、犯罪者と対峙する捜査官に制限などはあったのでしょうか?」
 「名称は変わらなかったが、確保のために一警察官としてやむなく攻撃をすることは認められた。これは捜査本部がうちの現状を察して上に強く希望した結果だ。あの時の本部長には今でも感謝している。だが、あちらも心霊捜査官に必要な才能の発掘やその開発、そして必要な能力の見極めだけで長い時間を要してしまい、肝心の成果は今ひとつ。またうちも攻撃が現場の捜査官の判断でできるようになったとはいえ、心霊犯罪に効果的な装備の開発はその時から開始されたこともあり、犯罪者の逮捕といった新しい成果を挙げることはできなかった。そして1年半ほど前、エイドライアットを分割再編することで今の組織が誕生したというわけだ。」
 「心霊事件と科学を融合させるのは難しかったのでしょうね。」
 「ああ、そうだな。そのせいで多くの仲間を失った。事件とは急に起こるものだから仕方がないと言えばそれまでだ。だが、今は違う。彼らが作り上げたものの上にこの組織がある。我々はいつもそれを肝に命じて活動しているんだ。」

 話が一段落ついたところでタイミングよく、あの婦警がお茶を持ってきた。ふたりはしばらくの間、乾いた喉をそれで潤す。その間も藤岡の目は資料に向けられていた。里見も熱心な記者をじっと見つめている。

 「よろしければ部署の写真を撮らせていただきたいのですが……」
 「写せる場所は普通のオフィスと変わらない場所ばかりで恐縮だが、それでいいのなら私が案内しよう。それと広報課に最近できた子ども向けのパンフレットがあった。それも持っていってもらおうか。」
 「警視長じきじきのご案内、恐縮です。」
 「私は第一線で戦っていない。いざと言う時に部下の責任を取るのが自分の役目だ。普段はこんなことでしか人の役には立てないんだよ。」
 「何をおっしゃいますか。それではよろしくお願いします。」

 藤岡が荷物をかばんの中に片付けながら腰を上げると、里見も同じように立ち上がる。そして扉の近くで彼の準備ができるのを待った。1分もたたないうちにカメラのセットを済ませた藤岡は警視長に一礼すると部屋を出ていった。この取材はまだまだ終わりそうにないようだ……