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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


 おーだーめいど・ぱらだいす
 
 神聖都学園の近くにあるマンションの三階。そこにある経営が傾きかけた某派遣会社。何が原因でそこの社長たる東海堂やアルバイト事務員である狗神らと知り合ったのかはちょっと忘れたが、とりあえずヒマなときは行ってみるかというような場所のひとつになっている。
 なので、今日もイヅナのくーちゃんと一緒にそこに顔をだしてみることにした。……とりあえず、お菓子とお茶くらいは出てくるから。
「こんにちはー」
「ああ、いらっしゃい」
 出迎えたのは事務員アルバイトの狗神だった。他には誰の姿もない。大抵はリビングに手をくわえたソファとローテーブルといった応接室に仕事をするわけでもない誰かがいたり、奥にある机で東海堂が書類を片手にため息をついていたりするのだが。
「あれ、今日はあまり人がいないんだ?」
「うん、いつみさん、仕事で出ているから。お客さんもさっきふたりほど来たけれど、もう帰ったからね……ということで、君たちは三人目のお客様だ。さあ、どうぞ」
 狗神はそう言うとにこりと笑い、問答無用にお茶とお菓子を用意する。
「おじゃましまーす。……あれ、今日、ちょっといいお菓子だ」
 ローテーブルの上に並べられたお菓子はいつもよりも少し質がいい。普段が98円のお菓子だとすると、今日は198円のお菓子だろうか。
「む。いつもいいお菓子です。ただ! ……賞味期限が近いだけ」
「げー、なに、それじゃ、もてなされているとみせて、実は、残飯処理に近い?!」
 やけにいつもお菓子をくれると思ったら、そういうことだったのか! と驚いたが、狗神はすぐに笑ってそれを否定した。
「冗談。ちょっといいお菓子とか言うから、言ってみただけ。お菓子はね、もらいものが多いんだ。だから、落差があるだけだよ」
「なんだ、そうだったのか。……はい、くーちゃん」
 鎮は仲良くくーちゃんとお菓子をわけあう。ふたつに割ったお菓子を差し出すとくーちゃんはぱくっと食べる。その仕草が可愛くて、気がつくと自分のお菓子がなくなっていた……ということもままある。
「仲がいいねぇ。僕に憑いているものも、それくらい可愛いといいんだけれど」
「え? 何か憑いてんの? とりあえず、何もいないみたいだけど」
 鎮は顔をあげ、狗神を見つめる。だが、その周囲に特別な気配を感じることはなかった。何かにとりつかれているようには見えない。
「あ、いや……今日はいないよ。感じないから。でも、たまにいるんだよ。そのうち会えるかもしれないね」
「へぇ。どんなのだろう? ちっさい? 可愛い? ふさふさ?」
 ちいさくて、ふさふさで、思わずぎゅーっとしたくなるような可愛いもの(もちろん、小動物限定)だったら、是非、会ってみたいような気がする。
「どうなんだろう。とりあえず、ふさふさではないことは確かだよ。……ああ、そうだ。鎮くん、何か叶えてみたい夢とかない?」
「叶えてみたい夢?」
「うん、それと、三十三魔法陣って知ってる?」
「3かける3は9だってことは知ってるけど……」
「ありがとう。そうだよね、よかった、知らない人が多くて」
「なんのなの、それ?」
 お菓子をさくりと割り、くーちゃんに差し出しながら鎮は問う。
「うん、今朝のことなんだけど……」
 そう言って狗神は話し始めた。

 『資料』とシールが貼られたダンボール箱を開けてみると、見るからに胡散臭い、怪しげな装丁の分厚い本が入っていたから、とりあえず今日も机でため息をついているいつみさんを呼んでみたんだ。
「……。いつみさーん」
「なんだい?」
 呼ぶとすぐにいつみさんはやって来た。そこで、本を指さし、問うてみたんだ。
「これ、なんの『資料』ですか?」
「……あ」
 本を見たいつみさんは小さく声をあげると、本を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。中身がくり抜かれて鍵やメダルが入っていてもおかしくはないような本だったけど、そういう仕掛けは残念ながらなかった。
「こんなところにあったのか……懐かしいな……ああ、これはあれだ、三十三魔法陣の本だよ」
 懐かしげにいつみさんは言うんだけど、そんな本は聞いたことがない。さも誰でも知っていそうな口ぶりで話すんだけど。そこで、訊ねてみたんだ。
「で、それってなんですか?」
「え? だから、三十三魔法陣だよ。とある悪魔がある錬金術師の夢のなかへ現れ、書かせたと言われている有名な本じゃないか」
「……有名……ですか」
 そうですか、たぶん、有名なのはいつみさんのなかだけです……心のなかでそうツッコミをいれておいたよ。だって、聞いたことがないし。
「和哉くん、そんな顔をしなくても……。有名じゃなかったのかな……祖父も母も当たり前のように話していたから、てっきり。うーん、そうだよな、あの人たち、ちょっと普通じゃなかったし……有名じゃないのかも……」
「まあ、それはともかく……三十三魔法陣とはなんなんですか?」
 僕自身、怪奇現象や怪談についてはそれなりだとは思っているけど、悪魔とか魔法陣とかそういった方向にはあまり興味がないんだ。僕の興味の対象はあくまで、怖い話や呪い、祟りだから。
「生活に役立つ陣形……魔法陣が三十三種類掲載されている本だよ」
「そのまんまですね」
 あっさりといつみさんは言ったけど、でも、生活に役に立つ魔法陣って……。それも、悪魔が書かせたとか言われている代物だよ? 本当に役に立つことが書いてあるようにはとても思えない。一見、便利そうで、実は落とし穴があるに違いないと思った。でも、内容が気になったのも事実。好奇心にかられて訊ねてみた。
「例えば、どういうものがあるんですか?」
「そうだね、大願成就とか……無病息災、家内安全というのもあったかな」
「商売繁盛とかもあったりして」
 もちろん、冗談。でも、いつみさんは頷いた。
「ああ、あったんじゃないかな?」
「……神社に売っているお守りや御札と一緒ではないですか……」
「そんなようなものだよ。護符の書き方が載っていると思ってくれれば。……そうだ、和哉くんにも護符を作ってあげるよ」
「え、いいですよ……」
 そんな胡散臭いものは受け取れないって遠慮したんだけど……。
「遠慮しなくてもいいよ。普段のお礼だから……どれにしようかなー」
「普段のお礼だというなら、むしろ作らないで下さい……」
「え? 何か言った?」
 僕は本当のことを言えなかった。ああ、言えなかったさ……にこにこと珍しく上機嫌ないつみさんを前に、そんな胡散臭いものはいらないなんて。
「……うん、これにしよう。夢魔の力を借りて夢界に干渉をする魔法陣」
「魔界ですか……?」
 ムカイ? いや、マカイの聞き間違い? ……どちらにしても、胡散臭いことにはかわらない。
「いや魔界ではなくて、夢界。夢の世界だと思えばいいよ。護符を枕の下にいれる。そして、眠る前に自分の叶えたい夢や理想の世界を思い浮かべるんだ。そうすると、夢でそれが再現される」
「見たい夢が見られるんですね」
「ただの夢だと思ってはいけないよ。現実と変わらない質感を再現してくれる。味覚や痛覚も再現されるんだ。……俺は幼い頃、この魔法陣でお菓子の家を食べたり、童話の主人公になったりしたもんさ」
「なるほど……そういう使い方をすればいいんですね」
「そう。自分の夢だから、なんだって思いどおりだよ」
 
 狗神は小さく息をつくと、確かに魔法陣を思わせるような図形が描かれた紙を取り出した。
「……と、いうことがあったんだよ。それで、これがいつみさんが描いてくれた護符」
「へぇー、そんなんで見たい夢が見られるんだー」
 しかも、かなり現実感のある夢らしい。自分がそれを手にしたら何を願うだろうかと考えていると、狗神は護符を差し出した。
「らしいよ。はい、これ、あげる」
「え、いいの?!」
「うん。僕の分もあるし。来訪記念にプレゼントしているんだ」
「わーい、ありがとー。あんた、いいひとだー」
 くーちゃんと一緒にばんざーいと手をあげてみせると、狗神は苦笑いを浮かべた。
「喜んでもらえて嬉しいよ。それで、鎮くんだったら、どんな夢をみたい?」
「……俺のみたい夢……。やっぱ、くーちゃんとらぶらぶしつつ、お菓子の家でたらふくお菓子を……。いやいや待てよ、超有名店の高級ラズベリーアイスとか、巨大ストロベリーパイとか、金魚鉢パフェとか」
 くーちゃんとともにうっとりした表情でそう言うと、狗神はそうかと頷いた。
「夢は膨らむばかりだね……おなかも膨らみそうだけど、風邪をひかないようにね」
「健康には自信あるから大丈夫! それで、あんたはどんな夢? お菓子の家なんてことはいわずに、お菓子の街とか?」
 言いながら、それもいいかもと思った。お菓子の家々が並ぶ、お菓子の、お菓子による、お菓子のための、街。……もとい、俺とくーちゃんのための、街。
「そうだね、僕は……現実では体験したくないようなことを体験してみたいなと思うんだ。実際に体験したくはないけど、ちょっと興味ある、みたいな」
 狗神は鎮の質問に答えたが、鎮の頭はすでにお菓子のことでいっぱいだった。
  
 狗神の話では、枕の下に護符を入れ、眠る前に夢に見たいことを思い浮かべるということだった。
 夢に見たいこと。
 それは、くーちゃんと一緒に思う存分、お菓子を食べまくること。
「とりあえず、食べたいお菓子を思い浮かべればいいのかな? よし、くーちゃんもお菓子をいっぱい思い浮かべながら寝るんだぞ!」
 こくこくとくーちゃんは頷く。
 高級ラズベリーアイス。
 金魚鉢パフェ。
 巨大ストロベリーパイ。
 バケツプリン。
 テレビで見たけれど食べたことはないセレブご用達のケーキ。
 お菓子の家……。
 鎮とくーちゃんはひとつの枕にふたり仲良くならんで眠りについた。
 
 甘い匂い。
 まず、それが鼻先を刺激した。
 はっと気がつくと、目の前には二階建ての大きな家があった。よくよく見ると、その二階建ての家はすべてお菓子でできている。扉はチョコレート、窓はべっこうあめ、壁はビスケット、屋根はウェハース、敷き詰めらられている小石はジェリービーンズ。
「お菓子の家だよ、くーちゃん!」
 泣いて喜びそうになりながら、早速、お菓子の家を探険してみることにした。チョコレートの扉を開こうとすると護符と同じ魔法陣が描かれていた。それは特に気にせず扉を開いて、なかを覗く。応接間らしく家具が置いてあるが、それらもお菓子でできていた。
「ソファもテーブルも暖炉もお菓子だよ! どうしよう、何から食べよう?」
 煎餅のテーブルにかじりついてみようか。それとも、マジパンの暖炉に突撃するか。きなこもちのソファにかぶりつくのも悪くはない。どれにしようかと悩んでいると、くーちゃんがくいくいと袖をひいた。示す方向には階段がある。
「そっか、二階もあるんだっけ」
 ガムでできた階段をのぼり、二階へとやってくる。廊下はパイでできていて、寝室のようなそこには、プレンツェルでできた木製に見えるベッドに、綿菓子のふとんがあった。
「ふわふわ〜」
 綿菓子に手を伸ばし、口へと放る。ふわふわで甘いそれは口のなかでほんわりと仄かな甘味を残して消えた。
「本当に綿菓子の味がする。夢のなかのご馳走って食べても味がしないのが定番だけど、これはちゃんと味がするんだ。よし、食べて食べて食べまくるぞ!」
 手にするものすべてがお菓子である。くーちゃんとともにお菓子の家を食べ尽くさんという勢いで食べてはいたのだが、次第にそれにも飽きてきた。正確に言うと、味に飽きてきた。
「美味しいんだけど……結局、いつも食べているお菓子が、お菓子の家になっていっぱいあるだけだよな……そうだ、高級菓子店のラズベリーアイス!」
 普段は滅多に食べることがない高級菓子店の味を堪能したい。眠る前に思い浮かべたはずだから、どこかにそれがあるはずだ。
 鎮は食べかけのお菓子の家をあとにし、外へと出る。クラッカーでできた道を歩いて行くと、泉が見えてきた。甘い香りがひときわ強くなる。
「なんだろう、あの泉……金色に輝いて綺麗だけど」
 行ってみる? 顔をみあわせたあと、頷きあう。黄金色の泉へと向かい、その水面を見つめたが、水面には水特有の動きが見られない。
「これもお菓子なんだよな……? ……あ、はちみつだ」
 屈み、指先でちょこっとすくってなめてみる。はちみつだと気がついた。
「すごいなー、はちみつの泉」
 しかし、目的は高級菓子店のラズベリーアイス。はちみつはそこそこにして、さらに道を進んでみた。
 マシュマロの山を越え、グミの谷を横切り、メロンソーダの川を渡り、やがて、見えてきたものは目的のラズベリーアイス。
「やったー、やっと辿り着いたよー……うん、美味しい!」
 ラズベリーアイスは美味しかった。高級なためにあまり食べる機会はないが、何度か食べたときと同じ味がする。
「テレビで見たケーキだ! どんな味がするんだろう……」
 テレビで紹介されていたとある店のケーキ。個数限定とかで買いに行ってもいつも売り切れの幻のそれが、今、目の前にある。
 食べてみる。
「……なんだ、案外と普通だ」
 ぱくりと食べたケーキは思ったよりも普通の味がした。どこにでもありそうな味で、何故にこれが大騒ぎされているのかがわからない。
「そうか、マスコミに踊らされているんだな……!」
 限定という言葉とマスコミに踊らされているに違いない。鎮はうんうんと頷く。
「あとは金魚鉢パフェとか……あれ? なんか、今……」
 遠くで音がした。シャキンという微かな音。
「なんで……俺たちしかいないんじゃないの……?」
 これは自分たちの夢。だから、他にいるはずがない。自慢ではないが、お菓子のことしか考えなかったのだ。いるとしたら……お菓子魔人(なんだそりゃ)? それとも、元祖お菓子の家、ヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女だとか……?
 正体がわからない。
 くーちゃんとともに周囲をうかがっていると、シャキンシャキンという音が少しずつ近づいてきていることがわかった。
「な、なんだろう、あの音……金属っぽいけど……」
 刃と刃をすりあわせるような音に似ている。だが、どうしてそんな音が近づいてくるのだろう。やはり、ヘンゼルとグレーテルよろしく、お菓子を食べまくったら、今度はそれを食べようとする魔女がいて……それとも、某料理店のように、服を脱いでください、次ははちみつの泉で泳いでください、最後にお皿の上に転がってくださいというような注文があったのに、自分たちが無視してきたから、相手から来たとか……とはいえ、そんな注文はどこにも書いていなかった……その不気味な音に、思考が混乱してしまう。
「く、くーちゃん、敵だったときは、アレやろう、アレ」
 くーちゃんはびくびくしながらもこくこくと頷いた。その場で何が現れるのかとどきどきしていると、お菓子の影から麻の袋を頭からかぶった男が現れた。なんともお菓子とは似合わない姿なのだが、さらにその手には不似合いなものがあった。大きなハサミである。シャキンシャキンという音の正体はそれであったらしい。
「なんだよー?! 聞いてないよー?!」
 鎮が悲鳴をあげると、ハサミ男は両手に持った大きなハサミをジャキンジャキンと動かしながら真っ直ぐに鎮に向かってきた。躊躇いなどそこには見られない。
「うっそー?! く、くーちゃん、今こそアレだ、必殺くーちゃんすぺしゃるを……」
 だが、くーちゃんはハサミ男の勢いに驚いたのかいやいやと横に首を振る。
「そんな……くーちゃん!」
 しかし、気持ちもわかる。あんな勢いでこられたら、思わず逃げたくなるというものだ。そうだ、逃げよう。鎮はくるりとハサミ男に背を向けると走り出した。
「なんでついてくるんだよー、俺、なんかしたー?!」
 逃げる。だが、ハサミ男は追いかけてくる。
 さらに、逃げる。それでも、ハサミ男は追いかけてくる。
「かんべんしてよー……!」
 鎮の叫びが周囲に響き渡った。
 
 どれだけ走ったか。
 そろそろ限界、もう本当に勘弁して、許してくださいという頃になると、周囲の景色はお菓子からそうではない場所へと変わっていた。
 紅に染まる空、時はまさに、夕刻。
 黄昏どきの丘。
 そこには薔薇を持った男がひとり、佇んでいる。
 よかった、人がいた……しかし、味方とは限らない。もしかしたら、敵の味方(つまり、敵)かもしれない。それでも、とりあえず助けを求めてみることにした。
「そ、そこのあんた……」
 声をかけると男は夕陽を背に振り向いた。どうせ背にするならばああいうものがいい。ハサミ男なんていらないと思いながら鎮は男を見つめた。品が良さそうな中年の紳士にみえる。ハサミ男の仲間ではなさそうだ。
「た、助けて、ハサミ……ハサミ男が……」
「どうしたのです? なんでしょう、この音は? ……ああっ?!」
 男は鎮の背後にハサミ男を見たのだろう。
「あいつ、よくわかんないけど、追いかけてくるんだ……た、助けて……」
 背後のシャキンシャキンという音の距離がだんだんと縮んで行く。かなり近くまで来ていると感じた。
「と、ともかく、逃げましょう!」
「戦わないの?」
「逃げます」
 そう言うと、男は鎮の手を掴んで丘から飛び降りた。大した高さではない丘の下にはくぼみがある。そこへと身を隠した。
 シャキンシャキンという音が頭上、丘の上で止まった。しばらく、右へ左へ移動するような音が聞こえていたが、やがて音は遠のいていった。
「……助かった……」
 鎮は大きく息をつく。
「あれはなんですか? それに、あなたは? これは私の夢であるはずです」
「それは俺の台詞。あれの正体はわからないし、これは俺の夢なはずだよ」
 そう言い返すと男はうーんと唸った。顎に手を添え、考える。
「とりあえず……自己紹介をしておきましょう」
 にこりと笑みを浮かべ、男は言った。いきなり自己紹介かよと思うところだが、その方がいいのかもしれない。お互いに名前を名乗った。男はシオン・レ・ハイというらしい。そして、狗神から護符を受け取ったということだった。
「つまり、あなたも私も同じ護符を使い、夢を見た……なるほど、同じ護符同士、夢が繋がっているようですね」
「そっか……じゃあ、他に護符を使っている奴があいつの出てくる夢を見ているということなのかな?」
「おそらく、そうでしょう。しかし、すさまじい勢いでしたね。驚きました」
「うん、耳と尻尾とヒゲが出そうになったよ……」
「はい?」
「ううん、こっちの話。これからどうしよう……」
 お菓子は食べたいが、あそこに戻るまでにまたあいつに出会わないとも限らない。夢だから死ぬようなことはないのだろうが、それでも現実感に溢れている夢だから、痛みも相当なものなのだろう。走ってこれだけ苦しいということは、ハサミでじゃきんとやられたら……ああ、想像もできない。鎮はぶるぶると身体を震わせた。
「他にも人がいるでしょうから、探してみませんか?」
 
 シオンとともに丘を離れ、自分が走って来た方向とは逆に歩いていくと、近代都市のような場所へ出た。しかし、そこは建築途中のまま放置されたような荒れ果てた廃墟で、壁は崩れ、剥き出しになった鉄部分は赤く錆びている。人の気配はない。
「すごい場所」
 思わず、そう言いたくもなる。
「そうですね、これが夢でよかったです。精神世界とか言われたら、それはもう」
「怖いかも。でも、こういうのを夢でみるっていうのも……」
 どうなんだろうと思いながら、通りを歩く。錆びた看板や外れた扉、割れた窓ガラス、心霊スポットとかいわれる場所ではよくああいった窓ガラスに人の顔が映ったりするんだよな……などと考えていると、ふいっと人の顔が見えた。が、すぐに消える。
「うおあっ?!」
「うおあ? なんですか、それは?」
「驚いたのっ。な、なんかいた、なんかいたよ、あそこ」
 窓ガラスを指差すが、すでにそこには何もいない。
「何も……」
 からん。
 何かが転がる音がした。もしかしたら、ハサミ男かもしれないと身構える。
「ねぇ、あなたたち、護符、使った人でしょう? ……あら、あなた」
 予想に反して、建物から現れたのは長い髪の娘だった。しかも、シオンのことを知っているらしい。
「こんなところで奇遇ですね。……あなたの夢ですか?」
「やめてよ。違うったら。ハサミ男に追いかけられてここまで逃げてきたの。あなたたちもそのくち?」
「ええ。彼女はティナ・リーさん。そして、彼は鈴森鎮さんです」
 シオンは鎮と娘との間に立って、そう言った。どうやらここへ至る経緯は自分と同じであるらしい。
「私ひとりじゃあいつをなんとかできないし、対抗する仲間を探していたのよ」
 ティナは言う。
「でも、この人数じゃ……もう少しほしいところね。とりあえず、移動しましょう。さっきハサミ男が通ったの」
 ティナが合流し、三人で通りを歩く。どうしよう、こうしようと意見は出るのだが、今ひとつまとまらない。
「だからさ、次に出てきたときは三人がかりでやっつけようよ」
 三人いればどうにかなる。鎮は強い調子で言った。
「ですが、あのシャキンシャキンという音を聞くと身が竦みます〜」
 シオンはやや弱気。
「躊躇いなく突っ込んでくるものね。あの勢いには負けるわ、確かに。反射的に逃げたくなるもん」
 ティナのその言葉は間違いではない。
 そんな会話をしながら歩いていると、横道から青年と少女が現れた。一瞬、動きを止める。
「あ」
 お互いに小さく声をあげる。が、少女の下半身で蠢くいくつもの大蛇の頭を見つけ、悲鳴をあげた。
 
 事情を説明し、ここまでの経緯を話し合う。
 とりあえず誰もが狗神から受け取った護符を使って、夢を楽しんでいたことがわかった。
少女と青年はそれぞれ海原みなもとセレスティ=カーニンガムと名乗った。ふたりも同様に夢を楽しんでいたが、いろいろあってここへ辿り着き、みなもはそういう姿になっているらしい。が、大蛇は基本的に悪さはしないそうなので、とりあえず、安心した。
「結局は、ハサミを持っている男、本気を出せば勝てそうな気もするのですが、あの迫力には負けるのです」
 腕をくみ、シオンはうーんと唸る。
「何が怖いかってあの大きなハサミだよ。必殺くーちゃんすぺしゃるをやろうとしても、くーちゃん、怖がっちゃうし」
 鎮はくーちゃんの頭を撫でた。怖がるなという方が無理なのかもしれない。
「とてもじゃないけど、あんなのに立ち向かえないわよ」
 はぁとティナはため息をつく。
「なるほど、話に聞いているとかなり迫力がある相手らしいですね……」
「迫力があるなんてもんじゃないわよ。両手に持った大きなハサミをジャキン、ジャキン、ジャキンって交差させながら、躊躇わず真っ直ぐに向かってくるんだから。あの勢いに反射的に逃げ出すってもんよ」
 まったくもってティナの言うとおりだ。思わず、うんうんと頷いてしまう。すると、みなもが小首を傾げながら言った。
「でも……それ、誰の夢の登場人物なんですか?」
「……」
 お互いに無言で顔をみあわせる。そして、指をさしては滅相もないと横に首を振った。結果、誰でもないことがわかる。
「他にも護符をもらった人がいるということでしょうか……」
「私、たぶん、最後に護符をもらったんだけど、あいつ、五人の人に渡したって言っていたような気がする。私を含めて」
 場にいる人数は五人。そうなると、護符を描いた東海堂か、護符を配った狗神の夢というように考えられる。
「じゃあ、狗神さんの夢ということですか? ……誰か狗神さんに会った人はいますか?」
 みなもが問うと、ティナが小さく手をあげた。
「はい、私。会ったわよ。ハサミ男に追いかけられて、しばらく一緒に逃げていたんだけど……」
 ティナの言葉はそこで小さくなり、途切れた。
「……」
「すでに、ハサミ男の餌食になってたりして……」
「とりあえず、あのハサミ男をなんとかしないとゆっくりできないわ。あいつはこっちを見つければハサミを振りまわして追いかけてくるし、夢から醒める方法もわからないし」
「五人いればどうにかなるでしょうか……しかし、あの迫力には参ります〜と噂をすれば、あの音が……」
 遠くから再びシャキンシャキンという音が聞こえてきた。
「生理的にくるものがある音ですね」
 セレスティは苦笑いを浮かべるが、まさにそのとおり。シャキンという音が周囲に響き渡るその余韻がまたなんとも言えない。
「みつかるとこちらへまっしぐら、さらにくるものがあります」
 うんうんとシオンは感慨深く頷いた。そうしている間にも音は近づいてきている。
「それで、どうするんですか?」
「もちろん、やるわよ。狗神の敵討ちよ!」
 拳をぐっと握りしめ、ティナは言う。
「っていうか、やられたの、決定?」
 そうと決まったわけではないだろうにという鎮の呟きは却下された。
 
 作戦といえるほどのものを考える時間はなかったが、相手はひとり、自分たちは五人。数の上では勝っているので最悪、人海戦術というものが使える。
 相手は突撃してくるというので、回避能力が高そうな人間が前衛に立ち、回避能力が低そうな人間は後衛という配置をとる。前衛は、みなも、シオン、そして自分。後衛はセレスティとティナということになった。
 シャキンシャキンという音がさらに近くなり、通りにハサミ男が姿を現した。こちらに気がつくと、終始動かしていたハサミの動きを一瞬、止める。そして、シャキンシャキンとハサミを動かしながら、思ったとおりすさまじい勢いで走りこんできた。
「それじゃあ、必殺くーちゃんすぺしゃるを……え? やだ? しょうがないなぁ……とりあえず!」
 鎮はすさまじい勢いで走りこんでくるハサミ男に対して腕を向けた。周囲を揺るがすような突風が吹きぬけ、ハサミ男は転倒するが、風は一瞬でおさまってしまう。すぐに立ちあがった。が、くらくらしているらしく、動きが止まっている。
「それでは!」
 続くシオンが駆け寄ると、ハサミ男は即座に反応した。ジャキンとハサミを大きく開く。が、それでも転倒の衝撃からか動きにキレがみられない。シオンはハサミの一撃を屈んで避けるとハサミ男の側面に一撃を与える。勢いにハサミ男の手からハサミが離れた。
「シオンさん、右に避けてください!」
 みなもの声に同調し、吹っ飛びかけるハサミ男に大蛇が牙を剥き、襲いかかった。ハサミ男は大蛇によって全身を締め付けられる。しばらくは動いていたものの、やがてがくりと力を失った。
「やりました……か?」
 大蛇がハサミ男から離れる。地面に投げ出されたハサミ男は微かに動いた。
「あ、まだ、動いていますね……」
 そのうち意識をはっきりさせてまた襲いかかってくるに違いない。縄があれば縛っておけるのだが、そういった道具は、ない。
「とどめ、さす……?」
 どうしようかと顔をみあわせていると、セレスティの声が響き渡った。
「ああ、とどめはちょっと待ってください!」
「なんで? また起きあがってきちゃうよ?」
「その麻袋をとってみてください」
 鎮はなんでそんなことをいうのだろうと思いながら、それでも恐る恐るといった感じに手をのばし、麻袋を取り去る。
「え?!」
 あらわとなった顔は、狗神のものだった。
「狗神さん……そういう趣味が……」
 様子を見守っていると、狗神は小さく呻き、やがて瞼をあけた。身体を起こしたあとこめかみに手をやり、軽く横に首を振る。
「あれ、みなさんおそろいでどうしたんですか……?」
 寝ぼけたような、なんともはっきりしない表情で狗神は言う。
「どうしたんですか、じゃないわよ。なんであなたがハサミ男になってんの?」
「え? ハサミ……?」
「そうです、このハサミですよ」
 シオンは近くに転がっていたハサミを拾いあげる。そして、ジャキジャキと軽く動かした。
「ハサミ……ああ! そうだ、思い出した……ハサミ男に追われて、どうにか倒したんだ……それで、落ちていたハサミを拾って……そうだ、ハサミだ、ハサミを手にしちゃいけないんだ!」
 シャキンシャキン。狗神の最後の言葉にハサミの音が重なる。ふと顔を向ければ、ハサミを手に少しばかり怖い顔をしている(いっちゃっているとも言う)シオンがいた。
「遅かったみたい……」
 
 護符と同じ魔法陣に触れることで、夢から戻ることができると聞き、それぞれに別れを告げたあと、夢の世界をあとにする。
 目覚めたあとは、本当ならばお菓子を食べた満足感でいっぱいだったのだろうが、ハサミ男に追いかけられてせいでお菓子のことよりも、走った疲労感が残っている。
「なんか、疲れたね、くーちゃん……」
 だが、くーちゃんは大抵は鎮の肩や手の上にいるわけで……実はあまり疲れていない。
「あんな夢を見るなんて、非常識(?)だ! 一言、文句を言ってやるぞ!」
 と、いうことで、次の日、某派遣会社を訪ねてみる。
「いらっしゃい、鎮くん」
 出迎えたのは東海堂だった。狗神の姿は見えない。
「なに? 和哉くんに用事?」
「うん、ちょっと昨日のことで……いないの?」
「ああ、それがね、打撲らしくて……入院しているんだよ。ごめんね」
 東海堂は苦笑いを浮かべながら言う。
「え、なんで? 事故った?」
「目が醒めたらね、全身が痛くて動けなかったんだって。病院に行ったら、全身打撲というか、すさまじい力で締め付けられたか身体を打ちつけたかとかでとりあえず検査もかねて入院することになって、今日は顔を出せないって連絡があったよ」
 どういう寝方をしているんだろうねと東海堂は言った。
 が。
 それって、昨日の夢が……。
「どうしたの?」
「そっか。じゃあ、いいや」
 とりあえず、相応の報いは受けているらしい。さんざん怖がらせてくれたことは水に流してやる(?)ことにした。
 
 −完−


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん(食住) +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】

(以上、受注順)

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■         ライター通信          ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。

相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。

こんにちは、鈴森さま。
定番ともいえるお菓子……ありがとうございました。本当ははちみつの泉で溺れたり、かき氷のなだれにあったり……という構図もあったんですが……。書いていてラズベリーアイスが食べたくなりました……今日あたり買ってこようかと思います(おい)

願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。