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<東京怪談ウェブゲーム あやかし荘>


サンタが街に出る3

 視界ほぼ全てが海。残りは、木々の緑と砂浜の白に飾られた小島。
 有名ファッションデザイナーの手による、非常に高価な、露出度もついでに高めな水着を身につけた天王寺綾は、海面に浮かべられたエアマットの上に寝転がっていた。
 そのすぐ側、エアマットの周りを、キツネ色のワンピース水着を着た柚葉が、犬かきで泳いでいる。
 水着に開けた穴からピョコンと飛び出た尻尾が、パシャパシャと水を跳ね上げており、それがまるで尻尾で泳いでいるかのように見えて、綾は笑みを浮かべた。
「柚葉ー、楽しい?」
 聞いた綾に、柚葉は満面の笑顔で答える。
「うん! たのしいよぉ〜」
「そっか。なら、連れて来たって良かったわ」
 普段、世話になっている人々を、綾は別荘に招待した。その際、下見と準備の為に綾だけが一日早く来たのだが‥‥柚葉を綾は一緒に連れてきたのだ。
 昨日到着した二人は、天王寺家の使用人達と一緒に別荘の掃除などを行い、そして今日は、朝から二人で海で遊んでいる。
「でも、ここ本当に誰もいないねぇ」
 柚葉は、泳ぎ疲れたのかエアマットに掴まって、それから綾に問いを投げかけた。
「んー、まあ、うちの家の持ち島やからなぁ」
 綾は自慢するでなく、素っ気なく答える。
 この島は綾の家の所有物であり、天王寺家の別荘がある他は何もない。基本的に普段は無人島なのだ。
 それはかなり凄い事なのだが、そういった物の価値に興味のない柚葉は、人がいないという事がつまらなく思えていた。
「ねえ、みんなは? 後から来るんだよね?」
「そろそろ来てるんやない? て‥‥ほら、あの船やわ」
 綾の指さす先、遠く島の桟橋に停泊する大型クルーザーが見えた。船がいつ着いたのかはわからないが、後から来る事になっていた皆は、もう来ているという事だろう。
「あー、柚葉。うちな、皆を出迎えに行こかと思うんやけど‥‥柚葉はどないする?」
 流石に、ホストが客を出迎えない訳にもいかないだろう。そう考えて綾は柚葉に聞いた。
 気持ちいい海から離れがたくて、柚葉は少し考えてから答える。
「んー、みんなすぐに海に来るんでしょ? なら、待ってる」
「そっか。じゃ、うちだけで行ってくるわ。エアマットから、離れるんやないで?」
 エアマットは錨で止めてある。それに、誰もいない様に見えても監視員はいるから、万一の事故も無いだろう。
 そう考えた綾は、柚葉に言い残して海の中に飛び込んだ。そして、そのまま浜へ向かって泳ぎ出す。
「みんなと、早く帰ってきてねーっ!」
 泳ぎ去る綾に手を振りながら声をおくってから、柚葉はエアマットに這い上がると、その上にコロリと転がった。
 泳いで濡れた身体に、日光浴も気持ちいい。
 少し休んで、またすぐに海に入るつもりだったのだが、ついつい柚葉はエアマットの上に長居してしまった‥‥

 ‥‥それは海の底にいた。
 重い足を引きずりながら、ゆっくりと暗黒の中を歩く。陽光に淡く光る海面を見上げながら。
 赤い服が水にたゆたう。顔に張り付いたホッケーマスクは、ただ沈黙を守っていた。

「いやぁ!」
 エアマットの上で柚葉は跳ね起きた。
 陽光のそそぐ海原の風景は変わらない。しかし、柚葉は自分の身体を抱いて震えた。
「まさか‥‥いやだよぉ‥‥」
 恐怖をもたらす者の来訪‥‥それを感じ、身体の震えを抑えられない柚葉。
 そして‥‥エアマットの縁に、水の中から伸びた手が掛けられた。
「UGOAAAAAAAAAA!!」
 水を割って姿を現すホッケーマスク。
「ひっ!?」
 それを見て、柚葉は息を呑んで硬直した。
「ははは、脅かせちゃいました?」
 ホッケーマスク‥‥それを外し、CASLL・TOが笑う。
 海を潜ってそっと近づき、脅かしてみた。冗談のつもりだったらしい。
 が‥‥柚葉はゆっくりと倒れ、派手な水飛沫を上げて海に落ちた。
 海に落ちた柚葉は、意識を急速に薄れさせながらも、水の底にその姿を見る。
 ホッケーマスク。赤い服。手には袋。サンタ。
「‥‥戦ってる?」
 サンタは、海の中で斧を振り回していた。しかし、さすがに水中ではその動きは遅い。
 一方、暗黒の海底から凄まじいスピードで飛び出し、サンタを喰らおうと顎を開く者がいる。
 それは巨大な鮫のように見えた‥‥

●ファルファ、ファルナ、内藤
 浜辺にいたのは三人だった。
 ファルナ・新宮はオレンジ色のパレオ付きビキニ、護衛メイド・ファルファは同じパレオ付きビキニで色は水色、内藤・祐子はフリル付きの白い紐ビキニと、水着姿でビーチバレーに興じる3人‥‥
 可憐さや華やかさ美しさといったものを感じるならば、その3人に見惚れる事もあったろう。しかし、それに感情は無縁だった。
「行きまーす!」
 内藤が声を上げて、自分の所に来たビーチボールを打つ。常人より遙かに力の強い内藤の事、打ったビーチボールは予想を超えて飛んで、ファルナの頭上を通り越した。
「あ、ごめんなさいまし」
「いえ、取ってきますね」
 謝る内藤にそう返し、ファルナはビーチボールを追って走る。ビーチボールは、砂浜の上を転がり、足に当たって止まった。
 赤い衣装を身に纏った男の足下で。
「あ、すいません‥‥」
 にこやかに微笑みながら、挨拶しようとサンタに歩み寄るファルナ。しかしその時、ファルファの中に何か強烈な不安が沸き上がった。
 何かが変‥‥何か‥‥
 そう言えば、この島には、天王寺・綾の使用人以外には見知った顔しか居ない筈。あのサンタに見覚えはない。使用人という可能性も恐らくは‥‥無い。
 そう結論づけた次の瞬間、ファルファは走り出す。その時、ファルナはサンタにかなり近寄っていた。
 サンタは、ファルナの挨拶に答えることなく、背に担いだ袋の中に手を入れ‥‥大鉈を引きずり出す。
 血錆の浮いた大鉈‥‥ゆっくりと振り上げられるそれを、ファルナは魅入られた様に見上げた。サンタは、大鉈を振り上げきると、ファルナめがけて振り下ろす。
 が、サンタは砂に足を取られたか、その切っ先は僅かにずれた。大鉈は、ファルナの水着を引き裂き、その白い肌に一筋の赤い傷を刻む。
「え‥‥」
 破れ落ちる水着と、自信の身体を抱いてへたり込むファルナ。サンタは、今度は外すまいという意図か、ファルナに一歩寄ってから再び大鉈を振り上げる。
 かわす事などとうてい出来ず、恐怖に身を固めてその刃を受け止めんとするファルナ‥‥しかし、その時、ファルナとサンタの間に、ファルファが駆け込んだ。
 直後、ファルナを抱きしめるようにして庇うファルファの背を、大鉈が深く切り裂く。
「ファルファ!?」
「‥‥大丈夫です。それより、お怪我は?」
 ファルファを案じて悲鳴のような声を上げるファルナに、ファルファは逆に聞き返した。
 しかし、背の傷は深く、決して大丈夫などといえる傷ではない。それに、サンタがいなくなったわけではない‥‥
 ファルナとファルファ、二人を一度に切ろうというのか、大鉈を頭上高く構えるサンタ。
 ファルファは、ファルナを守る為にサンタに向き直る。と‥‥サンタを、魔力の塊が襲った。
 体表で起こった爆発に押され、後ずさるサンタ。そこに、予言書と魔剣を手に遅れて駆けてきた内藤が、ファルナとファルファに並ぶ。
「お二人ともお怪我は?」
「私は大丈夫」
 問いかける内藤に、ファルナは答えながら、心配げな表情でファルファを見た。
「でも、ファルファが‥‥」
「平気です。それより、早くここを離れて下さい。彼はまだ、生きています」
 ファルファは、内藤の起こした爆発を見透かすようにしながら言う。その言葉の通り、サンタは爆発の向こうに、傷一つ無い姿で立ちつくしていた。
「効果が無いなんて‥‥幽霊や妖魔の類じゃないんでしょうか」
 サンタ‥‥あれが生身の存在だというのか?
 そうは思えず、内藤は首を傾げる。しかし、そんな事をしていても何も意味はない。
 サンタは無傷。その事だけが重要だった。
「重装モード。全兵装、解放」
「!? まって、今、そんな物をつかったら‥‥止めなさい。ファルファ!」
 ファルファの突然の呟きに、ファルナが血相を変える。しかし、主人の命に背き、ファルファはその実行を止めなかった。
 下手をすればファルファよりも巨大なそれらが身体の何処に収納されていたのかわからないが、無数の武器が身体からわき出るように現れ、装備される。
 その変形の過程で、ファルファの纏う水着はその全てが破れ散った。
「この位置では巻き込みます。内藤様、後ろにお下がりください!」
 ファルファの警告の叫びに、内藤は素早くファルナを抱え、後方へと飛ぶ。
 直後、ファルファの全兵装が火を吹いた。
 ビーム光、ミサイル、機銃弾、鉄鋼弾、レーザー。その全てがサンタに殺到する。
 レーザーに切り裂かれ、弾丸と砲弾を浴び、ビームに貫かれてよろめくサンタ。そして、遅れて着弾したミサイルの炸裂が、サンタの姿を爆炎で包み込んだ。
 何も見えないその中に、ファルファは撃てる限り全てを叩き込んだ。
「ファルファ‥‥」
 サンタを包み込んで立ち上る黒煙を見ながら、ファルナはファルファに聞いた。
「いえ、まだです‥‥」
 答えながら、ファルファは残された最後の武器、手にはめられたドリルを回転させる。
 サンタは生きている。その確信があった。
 今のファルファは、残弾0、エネルギー0。それでも、主人を守る為に出来る事がある。
「マスター‥‥私を作って下さって、ありがとうございました‥‥さようなら」
「え‥‥何を言ってるの?」
 ファルファの言葉に問い返すファルナ。そんなファルナに振り返り、ファルファは少しだけ‥‥ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
「行きます」
 呟き、ファルファは黒煙の中に飛び込んだ。折良く、サンタがその姿を黒煙の中から現す。
 その全身には焼け爛れた様な痕が残っており、あまつさえ身体の数カ所には黒々とした穴が開いていて、そこから腐敗しているかの様な黒い血がどろりと流れ出していたが、サンタは確かに生きていた。
 その胸に飛び込むようにしてファルファは、ドリルをサンタに突き立てる。ドリルの激しい回転に会わせて、干涸らびたような肉片と、腐ったような血が飛び散った。
 サンタはその勢いに押されて下がる。が‥‥数歩下がったところで足を止め、身を抉られ続けているのにもかまわずに逆に押し返した。
 自分の身体がもうこれ以上はサンタを押せないと察し‥‥ファルファは目を閉じる。
 直後、ファルファの中から溢れ出した強大なエネルギーが、ファルファもろともサンタを包み込み、次の瞬間、それは圧倒的な破壊の衝撃となって解放された。
 灼熱の閃光と爆風が発され、辺りに熱砂混じりの砂嵐が吹き荒れる。
「危ない!」
 内藤は、とっさにファルナを押し倒して砂嵐をのがれた。二人の頭上を凶悪な熱砂が吹き荒れ、二人の髪を煽る。
 ファルナは、そんな砂嵐の中でも顔を上げ、爆風の中を見つめていた。ファルファを案じて‥‥
 やがて、爆風はおさまり、ファルナと内藤は身を起こした。そして、未だ砂の舞い散る爆心地を見る。
 と‥‥砂塵の中に、ファルファの顔が見えた。
 あの爆発の中にいたにも関わらず、目を閉じたその顔は少しも傷ついていない。
「ファルファ‥‥」
 安堵の表情を浮かべ、その名を呼ぶファルナ。が‥‥その安堵の表情は、次の瞬間に消えた。
 砂塵の中から姿を現すファルファ。その身体に手足はなく、胴体もひび割れたように欠損を生じ、それら傷跡からは血のような赤い液体が溢れ、身体を赤く濡らしていた。
 ファルファのその身体は、太い一本の腕に掴み上げられている。砂塵が消えゆくに連れ、その姿が明らかになった‥‥
 サンタ。そこには、サンタが立っていた。
「い‥‥いやぁああああああああっ」
 ファルナが悲鳴を上げる。その横で内藤は、魔剣を構えた。
「あの爆発の中で生きてるなんて‥‥」
 身体の奥底から沸き上がる絶望感を押し殺し、内藤はサンタに向かって走った。
 サンタは、手に持っていたファルファを投げ捨て、大鉈を持って無造作に足を進める。
 内藤は、隙だらけなサンタに、魔剣による全力の一撃を叩き込む。
 本来ならば相手を両断できるはずのその一撃‥‥しかし、内藤は重い感触と共に魔剣が止まったのを知った。
 サンタの肩口に刺さり込む魔剣。しかし、魔剣はそこで止まっている。
「‥‥ダメなの!?」
 内藤は魔剣を放して、攻撃を予言書の魔法による物に切り替えようとした。
 だが、その反応は一瞬遅く、攻撃に入る前にサンタが大鉈を振り上げ、下ろした。
「いっや‥‥きゃあああああああっ!?」
 水着の胸が切れて落ちる。そして僅かに遅れ、腹に赤い線が刻まれた。そして、次の瞬間、そこから赤黒い臓物が溢れ出す。
「あ‥‥あ、あ‥‥」
 激痛と恐怖にへたりこみ、何も考えられないままに砂にまみれた臓物を掻き集め、腹に戻そうとする内藤。
 その前でサンタは、自らに刺さったままの魔剣に手をかけ、むしり取るようにして抜いた。
 そして、身を襲う激痛に、まるで痙攣でもして居るかのような震えを見せる内藤の元へと歩み寄る。
「ひ‥‥いや‥‥で‥‥でないで‥‥」
 内藤は気付かず、自らを苦しめるだけの無駄な作業を続けていた。と‥‥サンタの手が伸び、涙と血に汚れた内藤の顎の辺りを掴む。
 サンタは、そのまま内藤の顎を持ち上げて上を向かせ、露わになった喉に手に持った魔剣の先をあてがった。
「ぐ‥‥ぐぅ!? ぐううううううう‥‥」
 サンタの手に力が入る。魔剣は内藤の喉からゆっくりと体内に刺さり込んでいった。
 空気が漏れるような悲鳴。
 魔剣は胸の辺りを通過して、腹にあいた傷から僅かにその姿を垣間見せ‥‥やがて、先端は股間を破ってその姿を現した。
 それでも内藤は生きており、魔剣に喉を塞がれているが故に悲鳴も上げられないまま、苦痛に手足を暴れさせる。いや、ひょっとするとそれはただの痙攣なのかも知れないが。
 何にしてもそれは目障りだったようで、サンタは新たな道具を袋から引きずり出した。
 杭打ち用の大きなハンマー。巨大な鉄塊に柄が付いただけのそれを振りかぶり‥‥振り下ろす。その先で内藤の手が砕け、血と肉片が散った。
 再びサンタがハンマーを振り上げ、振り下ろした時には足首から先が。ハンマーが振り下ろされる度に、内藤の手足は少しずつ潰され、千切れていく。その度に、内藤の身体は苦痛に踊った。
 やがて、内藤の手足のほとんどが潰れて消えた頃、サンタは作業の手を止めた。
 そして、先程捨てたファルファの身体の落ちた辺りを見る。
 ファルファの死体‥‥砂浜に座り込んでそれを抱き、ファルナは二度と動かないファルファの唇に自分の唇を重ねていた。まるで、自分の命を与えようとでもしているかのように。
 美しいキス‥‥しかしサンタは、何の感慨も持たず、ハンマーを手にファルナに歩み寄る。そして、ファルナの背を踏みつけるようにして蹴った。
「いやぁ!」
 ファルファの死体を庇うように砂浜に倒れるファルナ。
「ダメ‥‥もう、ファルファを苛めないで」
 幼児のように泣き声を上げるファルナのその背をサンタは踏みつけ‥‥ハンマーを振るった。
「い!? きゃあああああああっ!」
 ぐしゃりと音がして、足首から先が潰される。悲鳴を上げ、暴れるが、サンタに踏まれたファルナの身体は逃れる事もできない。
 再び振り上げられたハンマーが、振り下ろされてファルナの残された足首を叩き潰す。撒き散らされる血肉、骨片。
「あっぎぃいいい‥‥!」
 濁った悲鳴‥‥それを聞きながら、サンタは黙々とハンマーを振るい続けた‥‥

●鷲見条、シャーク
「いや! いやあああっ!」
 柚葉はベッドの中で目を覚ました。
 女の子向けの可愛らしい客室。昨日、泊めてもらった部屋だ。
「あ〜、目が〜醒めたんですね〜」
 ベッドの脇に椅子を置いて、看病してくれていたらしい鷲見条・都由が、微笑みながら柚葉の顔を覗き込んだ。
「あれ‥‥サンタは?」
「サンタさんには〜、まだ早いですよ〜」
 キョロキョロと周りを見回しながら言う柚葉に、鷲見条はいつも通りの、のほほんとした様子で答える。
「でも〜、大丈夫みたいですね〜。溺れたって〜聞いて〜、心配したんですけど〜」
「おぼ‥‥れた? じゃあ、夢だったのかな」
 柚葉は呟く。今までも、サンタは夢だったし‥‥そうなのかな?
 考えてみるが、そんな事は考えてわかるはずもない。第一、柚葉は考えるのは苦手なのだ。
「‥‥まいっか」
 柚葉はそう言ってベッドから下りる。服はいつの間にかパジャマに着替えさせられていた。
 柚葉は何にも考えず、パジャマをさっさと脱ぎ捨てて、ベッド脇に置いておいた着替えの入ったリュックに飛びつく。
 そんな柚葉に、心配そうな表情を浮かべて鷲見条が聞いた。
「あれれ〜、起きても〜大丈夫ですか〜?」
「うん、大丈夫!」
 元気良く答えなが、キュロットスカートとTシャツを引っぱり出して着る柚葉。そして、ついでに大きな麦わら帽子を被って、玄関に向かって小走りに歩き出す。
「もっかい、海に行って来る!」
「あ〜、待ってください〜、私も〜行きます〜」
 後から追いかけてくる鷲見条の声。柚葉は玄関で足を止め、鷲見条を待つ。
 ややあって、鷲見条が玄関にその姿を現した。
 膝までのキュロットにTシャツと、長袖の薄手のパーカー。パーカー以外は柚葉とほぼ一緒。
「お揃いですよ〜」
「そんな事より、早く行こうよ。早く!」
 柚葉は、鷲見条の手を取って、引っ張るようにして歩き出した。鷲見条は手を引かれるままにその後に続く。
 強い日差しに照らされた昼の海を見下ろしながら、別荘から海岸へと続く階段を下りる。
 左手に港と船。右手に浜が見えていた。
「ねえ、鷲見条さんが来てるって事は、他のみんなも来てるんだよね?」
「はい〜、皆さん〜、きっと浜辺の方に〜いらっしゃいますよ〜」
 階段を全て下りきって、振り返りながら聞く柚葉に、鷲見条はそう答を返した。
「そっか!」
 ニッコリ笑い、柚葉は鷲見条の手を放して走り出す。海際の道を。
「あ〜、待ってください〜」
「あ、ごめ‥‥」
 後ろから追いかけてきた声に、振り返る柚葉‥‥しかし、口にしようとした言葉は形になることはなかった。
 笑顔を浮かべて、こちらに追いつこうと足を速めている鷲見条。その背後‥‥道の海側からその身を路面に引き上げた赤い服。
 ホッケーマスクを張り付けた顔が、柚葉を見た‥‥
「逃げてーっ!」
 叫んだ柚葉の言葉に、不思議そうに小首を傾げる鷲見条。背後、完全に道に上がったサンタには気付いていない。
「う‥‥後ろぉ!」
「え‥‥」
 振り返った鷲見条は、そこにサンタの姿を見た。無表情なホッケーマスクが、見比べるかのように柚葉と鷲見条の間を行き来する。
 そして‥‥サンタはその太い腕を伸ばした。鷲見条の首を目指して。
「ひっ‥‥いや! 何するんです!?」
 悲鳴混じりの声を上げながら後ずさる鷲見条。しかし遅く、一足踏み込んだサンタの力強い腕が鷲見条の首を掴み、高く持ち上げた。
「い‥‥やあ! 助け‥‥」
 苦しい息の下、必死に身体を暴れさせながら声を上げる鷲見条。次の瞬間、何かが潰れる様な音がして、悲鳴は止んだ。
 サンタの太い指が、鷲見条の細い首に食い込み、喉を潰していた。次第に酸欠で顔色が青く染まっていく鷲見条。
 サンタは、空いている手に縄付きの銛を持ち、その先を鷲見条の腹にあてがう。
 ゆっくりと、銛は鷲見条に刺さり込んだ。苦痛にか、鷲見条の身体が跳ねるように蠢く。
 サンタは完全に銛の先を鷲見条に埋め込んでから、喉を押さえた手を放した。
「げぇ!? ぎぃ‥‥」
 地面の上に落下し、鷲見条は銛をさらに深く身体に沈め、血の泡を吐きながらのたうつ。
 そんな鷲見条の動きが鈍るのを待って、サンタは彼女の身体を掴む。そして‥‥サンタは鷲見条の身体を、道の上から海の中に放り込んだ。
 激しい水音。そして、血で赤く染まる海面。
 水面上に顔を出した鷲見条が喘ぐ。傷の痛みで上手く泳げず、また喉の傷で呼吸もおぼつかず、浮き沈みの狭間に僅かに空気を得る。
 酸欠‥‥そして、溺れる恐怖。傷の痛み。それでも、本能的に生を求めずに入られない鷲見条を、サンタは道から見下ろしていた。
 手には、鷲見条の身体に刺さった銛に繋がる縄を手に持って‥‥
 と、鷲見条の身体が海に深く沈んだ。そして、今までになく激しく、水面が赤黒く染まる。
 次に浮かんだ鷲見条‥‥その身体に下半身はなく、ただ胸から上だけが水に浮かぶ。
 一方で、サンタの持つ縄は凄い勢いで水面を走っていた。
 サンタは、縄をゆっくりと、確実に引く。少しずつ、少しずつ‥‥やがて、それが水面を跳ねて姿を現した。
 巨大な鮫。口からサンタが持つ縄が出ている。
 鷲見条を喰らったのはこの鮫で、喰らったが故に口の中に銛が刺さり、今、鮫はサンタに釣られようとしているのだと、柚葉は悟った。
 サンタの筋肉が、膨れ上がるように蠢く。直後、一息に引かれた縄の先で鮫は踊り、道路上に引き上げられた。
 陸の上で暴れる鮫‥‥サンタは持ち歩いている袋の中から、巨大な鯨包丁を抜いた。
 鮫の解体が始まる。着実に切り身になっていく鮫‥‥柚葉はそれを最後まで見る事無く、走り出した。
 浜辺の方へ向かって。助けを求めてではなく、ただ皆を逃がすために‥‥

●オブジェ
「遅くなっちゃった〜」
 綾峰・透華は皆から少し遅れて、小走りに走りながら浜辺へと急いでいた。走っても胸が揺れないコンパクトサイズが悩みではあったが、そんな事はどうでも良い。
 プライベートビーチでバカンスという、楽しいこと満載に違いないイベントなのだから。
 気分を高揚させながら道を急ぐ綾峰。
 そして、浜辺についた綾峰が見たのは、砂浜の上に立つ4人の姿‥‥
「あ、お待たせ‥‥」
 言いかけて、ふと‥‥疑問が湧く。
 その疑問は次の瞬間に確信に変わり、すぐにそれを理性が拒絶した。
 4人立っている。3人は並んでいる。
 砂浜に立てられた杭に、ファルファ、ファルナ、内藤の身体が、喉から差し込まれた杭に股間までを垂直に貫かれて置かれていた。
 顔だけは生前の美しいまま。
 手足はなく、本来それらがあるべき場所は、引きちぎられたような断面を晒しながら赤黒い血を垂れ流している。
 明らかに死んでいる‥‥その前で柚葉が、言葉もなく、その不気味なオブジェを見つめていた。
 綾峰に、潮風に乗って血の臭いが届く。
 吐き気が胃を突き上げ、綾峰はその場に嘔吐した。人があんな姿になったのを見たのは初めての事‥‥
「何なの‥‥あれ、何なのぉ!?」
 混乱して叫ぶ綾峰に、柚葉が泣きそうな表情で振り返って言った。
「‥‥サンタさん」
 柚葉は笑う。涙を溢れさせながら。
「サンタさんは、誰も逃がさないの。みんな、みんな殺されちゃうの」
「サンタ‥‥何よそれ! どうして、こんな事になるのよ!」
 叫び、綾峰は泣き崩れる。
 柚葉は震えながら綾峰に歩み寄り、その身体に触れて言った。
「に‥‥逃げよう。サンタが来る。来ちゃうから‥‥ね?」
「失礼、何かありましたか?」
「ひっ!?」
 その時、声をかけたのは、CASLL・TO。彼を見て、綾峰は恐怖に身を強張らせた。
 しかし柚葉はCASLLを見て、首を横に振りながら、綾峰に言い聞かせるように言う。
「違うよ。この人じゃない」
「ええ、私じゃありませんよ。でも‥‥本物が居るんですか。この島に」
 CASLLは、柚葉の言葉を肯定して頷いて見せた。
 無論、ここに来たばかりの彼も、3人の死体は見ている。ただ、取り乱さなかっただけだ。
「いや! ‥‥もう、いやよぅ‥‥帰りたい」
 綾峰は、柚葉の手を払って泣き声で呟く。
 CASLLはそんな綾峰を両脇を抱えるようにして立たせて言う。
「何にしても、別荘に帰りましょう。ここにいても殺されるのを待つだけです」

●別荘
 別荘の方にはまだ、友峨谷・涼香と藍空・マコが残っていた。
 応接室に集められた彼女達は、帰ってきた柚葉とCASLLと向かい合わせにソファに座る。
 そして話を聞き、友峨谷は眉をひそめ、藍空は妙に嬉しそうな顔をした。
「殺人鬼やて? そんなん‥‥」
「魔王ディトラゴルスの配下ね!」
 まだ信じられない様子の友峨谷の言葉を切って、藍空の謎の自信に満ちた声が挙がる。
「成敗しないと!」
「‥‥まあ、魔王がどうたらはわからんけど、野放しには出来んわな」
 藍空の無意味なテンションの高さに引きつつも、友峨谷が言う。しかし、CASLLはそんな友峨谷の言葉に首を横に振った。
「しかし、浜にいた3人も、抵抗しなかったとは考えられないんですけどね」
 浜辺に戦闘の痕があったのは確か。後は実力がどうだったのかと言う所だが、殺人鬼に遠く及ばなかったのは確かだろう。
 殺人鬼は強い‥‥戦って返り討ちにあう可能性を否定できない以上、望んで戦いに赴くのは良い答では無さそうだった。
「‥‥私は戦うのは無謀だと思います。殺人鬼とはそういう物ですから。そこで、島を脱出する手だてを考えましょう。港へ行って、何か探してきます」
 CASLLは言いながらソファを立つ。そして、引きつり気味に笑顔を浮かべて口を開いた。
「ホラームービーのセオリーでは、一人になった者が危ない。私が襲われるかもしれませんね」
「‥‥気ぃつけてな」
 どうせ、安全なところ等無い。
 柚葉や綾峰を守らなければならない以上、CASLLと一緒に行くわけにもいかず、友峨谷は部屋を出ていくCASLLを見送った。
「気をつけてね」
 柚葉も、CASLLを心配そうに見送る。CASLLは、軽く手を振って別荘から出ていく‥‥と、そこで思い出したかのように柚葉は聞いた。
「そう言えば、綾峰さんは?」
「部屋に帰った見たいやね。色々あったから‥‥しゃあないんやない?」
 友峨谷が答える。綾峰は帰るなり彼女にあてがわれた部屋にこもり、出てきては居なかった。
 柚葉は少し考え、自分に言い聞かせるように言った。
「そっか‥‥じゃあ、様子見てこようかな」

●綾峰
 暗い部屋の中、綾峰は膝を抱えてうずくまり、恐怖に震えていた。
 ただ、ただ、周囲を拒絶して‥‥と、
 トンッ
「ひっ!?」
 その小さな音に驚き、息を呑む。
 トントンと並んで続き、綾峰はそれがドアを叩く音だと気付いた。
「誰?」
「柚葉だけど。その‥‥大丈夫?」
 ドアの向こうから聞こえる声に安堵する。と、同時に理不尽な怒りが綾峰の中に沸き上がった。
「大丈夫なわけ無いじゃない!」
 それは、恐怖に耐えきれなくなった心が、捌け口を求めたのだとでも言おうか。ただのヒステリーと言ってしまえばそこまでだが、人が死ぬところに慣れていない綾峰では仕方のない事なのかも知れなかった。
「えっと‥‥ねえ、こっちに来ない? みんな、一緒にいた方が‥‥」
「嫌よ! サンタが何処にいるのかわからないのに!」
 皆と一緒にいるよりも隠れていたい。それに、人が集まっていると、そこにサンタが現れそうな気もした。それと、恐怖にささくれ立った心が、他人と一緒にいる事を拒絶する。
 強い拒否を見せた綾峰に、柚葉はドアの向こうで溜め息をつく。
「わかった。それじゃ‥‥」
 言いかけて、柚葉の声が止まった。そして、
「綾峰さん、逃げて! 逃げてぇ!」
 叫び声。そしてそれが遠くなっていく。
「え? な、なに‥‥」
 戸惑いの声を上げる綾峰。その耳に、ギシリと廊下を踏む重い音が聞こえた。
「い‥‥いるの?」
 綾峰は、慌てて部屋のドアから離れる。鍵をかけてあるドアノブが、ガチャガチャと音を立てた。
「い‥‥いや‥‥」
 逃げ場を探して周りを見渡す。
 ドアノブは、今や壊れんばかりにガチャガチャと音を立てている。
 逃げ場‥‥出口‥‥とは言っても、ここは個室。そんなものは何処にもない。いや‥‥
 綾峰はカーテンの閉められた窓を見た。しかし、この部屋は二階‥‥下りられるだろうか。
 そんな事を考えた直後、ドアが轟音を立てて揺れた。振り返って見たものは、大斧の一撃を受けて穴の開いたドア。
 穴からは、無表情なホッケーマスクが覗いている。
「‥‥いやだ‥‥来ちゃったよぉ‥‥‥‥」
 もう、何も考えて居られなかった。
 綾峰はとにかく窓にとりつき、毟るようにカーテンを開けて、窓を開けようとする。
 ガタリと窓は揺れ、あかなかった。
「え‥‥あ、鍵‥‥」
 内鍵。その存在に気付き、綾峰は内鍵に手をやった。
 その時、背後でまたドアを打ち壊す大きな音が響く。今度は、完全にドアを怖そうと何度も。
「いやああああ! 開いて! 開いてぇ!」
 恐怖に指が震え、なかなか内鍵を開けられない。それでも綾峰は何とか内鍵を開け、窓を開けた。
 窓からは青い海が‥‥そして、見下ろせば別荘の庭の青い芝生が見える。
 考えてはいられない。綾峰は窓枠を乗り越え、すぐに飛び降りた。身体が真っ逆様に落ちる。
「ひっ」
 しかしそれは一瞬だけ。ガクリと衝撃があって、綾峰の落下は止まった。
 止めたのは、窓から突き出た一本の太い腕。それが綾峰の足首を捕まえていた。
「は‥‥放して! 放してよぉ!」
 恐慌に襲われながら、綾峰はサンタの足を蹴りつけて逃れようとする。しかし、万力のように綾峰の足をくわえ込んだ手は、その程度のことでは放そうとはしない。
 と‥‥サンタが手を振り上げた。綾峰の身体が宙に浮き上がる。そして次の瞬間、サンタは綾峰の身体を、別荘の壁に勢いをつけて叩き付けた。
「ぎゃふっ‥‥!?」
 痛み‥‥だが、叩き付けられたショックで息が漏れたが故に、悲鳴は声にならない。
 衝撃に息が止まり、綾峰は空気を求めて喘ぐ。
 そして、何とか息が出来るようになると、サンタに哀願した。
「いあい‥‥やべて‥‥ばなじて‥‥」
 綾峰の濁った声。それ聞いてサンタは、もう一度、綾峰を振り上げた。
「やああああああああああっ」
 宙に浮かんだ綾峰の悲鳴。そして、直後に綾峰は、再び壁に叩き付けられた。
 べしゃりと濡れた音。壁に血が飛び散る。
 間髪入れずもう一度。血はさらに広く散り、綾峰の身体からも血は滴った。
 サンタは繰り返し、綾峰を振り上げて、壁に叩き付ける。その度に血は飛び散り、壁を赤く染め上げていく‥‥
 そして何度目かで、サンタは綾峰の願いに答えてその手を放した。
 支えの無くなった綾峰の身体はそのまま落ち、庭の芝生の上に転がる。
 その身体は、ゴム人形のように、ぐにゃりと曲がり‥‥ペンキをぶちまけたかのように赤く染まっていた。

●友峨谷、藍空
「遅かった‥‥」
 柚葉に呼ばれて駆けつけた友峨谷と藍空に見えたのは、掴んだ綾峰の足を放すサンタの姿だった。
 サンタはゆっくりと、部屋の入口に立つ二人に向き直る。
「とうとう現れたな殺人サンタ! 善良なる民を脅かすディトラゴルスの配下め、妖精の加護を受けた絶対手無敵の光の騎士、藍空マコが、貴様を地獄に送ってやる!!」
 返り血が滲むヘルメットを被り、日本刀を持った、セーラー制服姿の藍空が勇ましくサンタに言い下す。
 その横、友峨谷はサンタの姿に小さく声を漏らしていた。
「なんやこいつ‥‥」
 強いようには見えない。
 サンタよりもっと強そうな敵とも戦ってきている。しかし、これは‥‥力は強そうだが、動きは確実に鈍い。だが、言いしれぬ恐怖のようなものを感じる。
 身構える友峨谷の後ろから、柚葉が聞いた。
「綾峰さんは!?」
 死んだと確信がある。でも、素直にそれは言えない。
「柚葉、あんたはえぇから逃げぇ! ここはうちが食い止めるさかい。大丈夫、こんなやつは今までごまんと相手してきたからなぁ」
 友峨谷は柚葉に言って、自信ありげな笑顔を見せる。それから、友峨谷は部屋に足を踏み入れ、サンタに対峙して言った。
「さて‥‥あんたが何者かは知らへんけど、人に仇なすもんやったら、こっちも容赦せぇへんで!」
 言葉と同時に取り出した幾枚もの符。その術を解き放ち、投げる。空で火球と雷光に変わった符は、サンタめがけて襲いかかった。
 火球が爆ぜ、雷光が包み、サンタを焼く。サンタはその威力の前によろけ、後ずさった。
 そこに、瞳を赤く染めた藍空が、一気に駆け込んでいく。
「アーーオオオオ!!!」
 踏み込み、切り込んだ藍空の日本刀が、容易くサンタの身体に刺さり込む
「やったアアア!!」
 そのまま、藍空は力任せに日本刀を押し込む。
 土塊に押し込むような感覚‥‥しかし、日本刀は十分に致命傷と言えるだけの位置と深さに刺さり込んだ。
「思い知ったか! 光の騎士の力を! 伝説の兜と伝説の剣を持つマコにかかれば、恐いものなんて、――ッッ?!」
 サンタに日本刀を刺したまま、喝采を叫ぶ藍空の表情が驚きに歪んだ。
「なっ‥‥まだ死んでないっていうの‥‥?!」
 サンタは手を動かし、藍空の身体を捕まえる。
 藍空は、慌てて日本刀を掴み、抉るように動かして傷口を広げた。
 泥のような腐肉と血の塊が落ちる。が‥‥サンタは、抉られた一瞬は動きを止めたものの、すぐに活動を再開する。
 とっさに藍空は、サンタの身体を蹴って逃れた。が、日本刀はサンタの身体に刺さったまま。
 サンタは日本刀を手に取り、抜くと、そのまま自分の手に握った。
 日本刀が刺さっていた傷は大きく開き、腐ったような黒い血を滲み出させてはいたが、サンタは一向に気にしている様子はない。
 その事は、友峨谷をも驚愕させた。
「‥‥嘘やろ、まだ動けるやなんて‥‥どないなタフさしとんねん! くそ‥‥これだけは使いとうなかったんやけどなぁ‥‥!」
 奥の手を使わなければならない‥‥友峨谷は覚悟して、力を込めてサンタを凝視した。
 直後、サンタの日本刀を握る腕が、まるで雑巾のように絞り上げられた。骨の砕ける音がはっきりと響く。
 その手から、日本刀が落ちた。
「伝説の剣!」
 藍空が駆け込み、日本刀を拾う。傍らには、完全に使い物にならなくなった腕を見つめるサンタ‥‥藍空は、サンタに再び襲いかかった。
「オーアアアアアオ!!」
 今度は突き刺さず、斬りつける。
 身体を深く切り裂く日本刀‥‥サンタは斬られるままにそれを受け、勢いに圧されて後ろに下がっていく。
 そのまま一気呵成に斬りつけていく藍空‥‥だが、その攻撃は突然に止まる。
 藍空は日本刀が受け止められているのを見た。その腕‥‥それは先程、友峨谷に砕かれたはずの腕だった。
「そんな、不死身の敵キャラなんて、ズルイよ! きっと何か弱点がッ‥‥まっ、待って! まっ‥‥」
 サンタは日本刀を掴んで、刀身を折り取る。そして、刀身を返すと、その鋭い切っ先を藍空の胸に突き立てた。
 自分の胸に生えた日本刀‥‥それを、信じられないと言った表情で見ながら、藍空はその場にへたり込む。
『馬鹿な‥‥』
 妖精ニルヴァが今までに聞いたことのない驚愕の声を上げていた。
『何故、お前の様な存在がいる‥‥ここは‥‥夢か?』
 そのニルヴァの言葉は聞かず、藍空は震える声でニルヴァに聞く。
「これ‥‥イベントだよね? きっと、何処かで目覚めるとか‥‥違うの? じゃあ、セーブポイントから‥‥でも、セーブ何処でしたっけ‥‥‥‥」
 並べられる言葉‥‥しかし、その全てを裏切って、サンタは藍空の傍らに立った。
 そして、袋の中から長い鋸を取り出す。それは、動けない藍空の頭部‥‥ヘルメットにあてがわれた。
 サンタの足が藍空の喉に置かれ、首から上を正面を向いた状態で床に固定する。
 鋸が動かされた。藍空の目の前を行き来する鋸‥‥ヘルメットが、削れていく。
 恐怖に目を見開いてそれを見守る藍空。叫ぶことが出来たなら叫んだであろう。しかし、喉を潰されている今の状態では、喋ることは出来ない。
 呼吸も不自由。酸欠で意識を失えば、楽だったろう。しかし、サンタの鋸はそれよりも早くヘルメットを切ってしまった。
 鋸引く音に、ざりゅ‥‥と、今までにない音が混じる。藍空の動かぬ筈の体が大きく暴れた。
 だが、サンタは気にせずに鋸を動かしていく。
 小さな刃が、肉を、骨を削り切っていく。頭部を両断される恐怖と苦痛が、藍空を暴れさせた。胸の日本刀が揺れ、傷口を広げて急速に血を溢れさせる。
 頭の方は既に頭蓋骨を切り終わり、鋸はついに脳を削り始めていた。溢れ出す血‥‥
 藍空の痙攣はまだ続いている。だがそれは、脳を直接掻き回されることによる反射的な物でしかなかった。
 サンタはそのまま作業を進め、藍空の顔を両断したところで作業を終える。脳漿と肉のからみついた鋸は、既に使い物にならなくなっていた。
 サンタはそれを捨て、新たな道具を袋の中に探す。もう一人の獲物を殺すために。
「‥‥嘘、やろ‥‥何者なんや‥‥」
 サンタの腕を一度は砕いた技‥‥凶り眼を使った友峨谷は、反動の激しい疲労感や吐き気に襲われ、動けないで居た。
 あれほどの攻撃を受けて無傷‥‥いや、無傷なのではない。傷は負っていた。
 しかし、立ち上がる。サンタは‥‥倒れる事が許されていないかのように。
 サンタは袋の中から道具を選び出した。
 それは、灯油タンク。
「な‥‥ぷぁ!? げほ‥‥」
 灯油タンクの中身が、友峨谷にかけられる。
そしてサンタは、マッチ箱を取り出した。
「や‥‥やめて‥‥」
 何をされるのかを察して、友峨谷は弱々しく頭を振る。だが、サンタがその言葉を聞くはずもなく、火をつけられたマッチは灯油の上に落とされた。
 ガソリンのように爆発するわけでなく、絨毯に染み込んだ灯油に炎は引火する。そして炎は、絨毯の上を走り、友峨谷を襲った。
「やあああああっ! 熱い! あづいいっ!」
 炎に包まれた友峨谷の身体が跳ね踊る。皮膚が焼け、縮れていく。永劫に続くかと思うような苦痛。しかし、ややあって、灯油が燃え尽きたのか火勢が弱くなる‥‥
「ぎぎ‥‥が‥‥あ‥‥」
 そこには、体表を黒く炭化させた友峨谷の姿があった。人とは思えぬ呻きを上げながら、火傷の苦しみと、喉と肺を焼かれたことによる呼吸困難に喘ぐ友峨谷が‥‥
 と、そこにサンタは、灯油タンク自体を投げ込んだ。残りの灯油が溢れて、友峨谷は再び激しく燃え上がる。
「ぎあああああああっ!? ああああ‥‥‥‥」
 再度上がる悲鳴。しかし、もはや友峨谷の動きはそう激しいものではなかった。
 サンタはしばらくそれを見ていたが、友峨谷の動きが無くなるのを待って、外を目指して歩き出す。
 後に残された黒焦げの友峨谷。そして、炎は絨毯を這って、部屋の中全てに燃え移ろうとしていた。

●CASLL
 外へ駆け出た柚葉は、港まで来ていた。
 それはCASLLを探しての事‥‥しかし、CASLLはまだ生きているのか? それは柚葉にもわからなかった。
「CASLLさーん! どこー!」
 港の施設。波止場。桟橋。停泊した船。
 不安の色をにじませながら名を呼び続ける柚葉。と‥‥その腕が背後から掴まれた。
「!?」
「‥‥こっちです」
 驚いて振り返った柚葉に、CASLLは声を潜めて言う。
「クルーザーが在りました。これで、逃げましょう」
「待ってよ。まだ、みんなが‥‥」
 言いかける柚葉に、CASLLは黙って別荘の方を指さす。別荘からは黒い煙が上がっていた。
 燃えている‥‥別荘には誰もいられない。でも、誰も来ない。
 その事は、一つの結論に結びつく。
「サンタが来ます。いえ、もう来てるかもしれません」
「でも!」
 まだ生きているかも知れない。その可能性も、十分にあるはず。
 しかし、望みを口にする前に、CASLLは首を横に振った。
「無駄なんですよ。殺人鬼はよく演じます。だからわかる。殺人鬼は死なない。殺人鬼からは逃れられない。ただ一人を除いては」
 言いながらCASLLは柚葉の手を引いた。そして、桟橋を小走りに走って、クルーザーの元へと行く。
 桟橋につながれたクルーザーは、静かにエンジン音を発していた。
「逃げるの? 嫌だよ! みんなが‥‥」
「‥‥大人しくしてください」
 抵抗する柚葉を、CASLLは担ぎ上げて、クルーザーの中に放り込んだ。
 そして、舫綱を外して自らも乗り込む。
 CASLLはとりあえずクルーザーの運転席に入り込み、見当を付けながら操縦した。
 何とか‥‥クルーザーは桟橋を離れ、島を離れていく。
「みんなが‥‥」
 少しずつ遠くなる島。船縁で柚葉は、島を見つめながら涙を流した。
 CASLLは、そんな柚葉にすまないと思いながら、操縦を自動にしてから甲板に出て、安心させようと柚葉に向かい口を開く。
「でも‥‥これで脱出できました。もう、安心‥‥」
 言いかけたCASLLの言葉が飲み込まれる。
 何なのだろうと、顔を上げた柚葉が見たのは、奇妙に緊張したCASLLの顔だった。
「セオリーがもう一つありました」
 CASLLは呟くように言う。
「助かったと思った時に、殺人鬼は来ます」
 CASLLの見つめる先。船縁に掛かる手。
 次の瞬間、サンタが海中からその姿を現し、甲板の上に身を持ち上げる。
「しがみついて来ましたか‥‥」
 CASLLは、柚葉に駆け寄るとその前に立ち、サンタと対峙した。
「貴方と戦うなら‥‥コレでしょう」
 CASLLは、帽子を被り、長い鉄製の爪のついた手袋をはめる。そして、その爪で一気に斬り掛かった。
「CASLLさん! ダメ! 勝てないよ‥‥逃げて!」
 柚葉の叫びは、CASLLには届かない。
 いや‥‥届いてはいる。しかし、柚葉を置いて逃げ出せるはずもない。
 CASLLの鋭い爪が、サンタの身体を切り裂く。サンタは怯み、圧されるままに防戦一方となるが、幾ら斬られても死ぬような気配はなかった。
「終わらない恐怖‥‥」
 サンタの前、CASLLの顔に笑みが浮かんだ。本物の恐怖が目の前にいる。本物の絶望が目の前にいる。それが何故か嬉しい。
 逃れられない死をもたらす者‥‥CASLLが日頃模している者。本物の前で自分が模造品に過ぎない事を思い知らされるのは奇妙に爽快だった。
「はは‥‥」
 ほころんだ口元から笑みが漏れ‥‥同時に、振り下ろした鉄の爪が、サンタに刺さりこんで、澄んだ音を高くあげて折れる。
「はははははっ! あーっはははははは!」
 折れた爪とサンタを見比べながら笑う。何が可笑しいのか? 楽しいのか? 心は恐怖に染められているというのに。
 サンタは手を伸ばし、CASLLの胸ぐらを掴んだ。そして軽く持ち上げ、船尾に投げた。
 苦痛に呻くCASLLに、激しい水音が聞こえる。船尾にある物、それは‥‥
「スクリュー‥‥」
 気付けば、サンタは目の前にいた。そして、CASLLは胸ぐらを掴まれ、船尾から海に身体を落とされる。
 船縁に足をかけ、手を船体に貼り付けて必死で抵抗するが、サンタの力は凄まじく、押し返す事も出来ない。逆に、サンタは船縁から身を乗り出して、CASLLの身体をじりじりと押しやっていた。
 高速回転する鉄の刃が、CASLLに迫る。
「は‥‥ははっ‥‥ははははははははははぎゃぼぐぇ!?」
 スクリューに頭を突っ込まれ、CASLLの頭は砕けた。水面を走るクルーザーの後ろに、長く長く赤い線が引かれていく。
 頭‥‥胸。サンタが押すごとに、細かくなって消えていくCASLL。海の上には、肉と血と骨を砕いて引かれた赤い線。
 サンタはしばらくCASLLの身体を押さえてスクリューに押しつけていたが、腹が削られ始めた所で飽きたのか手を放した。
 スクリューに巻き込まれていたCASLLの身体が、そのまま滑って海に落ち、小さな水柱を上げる。
「いやぁ‥‥CASLLさん‥‥」
 柚葉は恐怖に震えながら一部始終を見ていた。
 そして、サンタが振り返る。
 柚葉は這いずるようにして逃げ‥‥船の舳先へと追いつめられた。
 サンタは、ゆっくりと柚葉に迫る。逃げ場がない事を知ってか‥‥焦らない。
「ゆ‥‥ず‥‥はぁ‥‥‥‥」
 サンタの、死臭じみた匂いの息が柚葉に掛かる。冷たい、力強い手が、柚葉の身体にかけられた‥‥

●夢‥‥?
「いや! いやあああっ!」
 柚葉はベッドの中で目を覚ました。
 女の子向けの可愛らしい客室。昨日、泊めてもらった部屋だ。
「あ〜、目が〜醒めたんですね〜」
 ベッドの脇に椅子を置いて、看病してくれていたらしい鷲見条が、微笑みながら柚葉の顔を覗き込んだ。
「あれ‥‥サンタは?」
「サンタさんには〜、まだ早いですよ〜」
 キョロキョロと周りを見回しながら言う柚葉に、鷲見条はいつも通りの、のほほんとした様子で答える。
「でも〜、大丈夫みたいですね〜。溺れたって〜聞いて〜、心配したんですけど〜」
「ほんま、心配したんやで?」
 と‥‥天王寺が、CASLLを伴って部屋に入る。CASLLも、申し訳なさげに頭を下げた。
「すいません、どうも‥‥驚かせてしまったようで」
「そっか、夢だったんだ‥‥」
 柚葉は安堵の息を付く。
 夢‥‥怖かったけど夢。本当の事みたいに思えたけど‥‥本当に疲れてるけど‥‥夢。
 そう言えば何度か同じような夢を見た。そうだ‥‥夢なのだ。だから、きっと怖くない。
 自分に言い聞かせるように思考を重ね、そして柚葉は呟いた。
「また、泳ぎに行こうかな」
 その言葉を聞いて、天王寺は表情を曇らせる。
「あー‥‥ビーチなぁ、今は掃除中なんよ」
「掃除中?」
 プールじゃあるまいし、海が掃除中で泳げないなど聞いた事もない。不思議そうに首を傾げる柚葉に、天王寺は海の方を見ながら言った。
「いやな、鮫の死体が打ち上げられてん。それが、バラバラになってて、細々した肉片が浜辺いっぱい打ち上げられとって始末にもう‥‥」
「え‥‥」
 柚葉は、海中で見た、鮫と戦うサンタの事を思い出す‥‥あれは、いつ見た事だろう?
「夢じゃ‥‥ない?」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
3014/友峨谷・涼香/27歳/女性/居酒屋の看板娘兼退魔師
3464/綾峰・透華 (あやみね・とうか)/16歳/女性/高校生
3453/CASLL・TO/36歳/男性/悪役俳優
3107/鷲見条・都由/32歳/女性/購買のおばちゃん
3745/ザ・シャーク/29歳/男性/テクニカルインターフェイス社破壊工作員
0158/ファルナ・新宮/16歳/女性/ゴーレムテイマー
2885/護衛メイド・ファルファ/4歳/女性/完全自立型メイドゴーレム
3670/内藤・祐子/22歳/女性/迷子の預言者
3082/藍空・マコ/16歳/女性/高校1年生・自称光の騎士

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■         ライター通信          ■
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 あくまでも夢なので、現実のPCの生死には全く関係在りません。ご安心下さい。