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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


誰が羊を殺したか。
<オープニング>
 耳障りな車の騒音に紛れて、テレビからアナウンサーの淡々とした声が部屋へと流れる。
「あれー?」
 零のふわりとした声が、請求書の束に埋まっている草間の耳に届いた。
「これ、前にあの人が話してくれた事件だ」
 それはとあるネットカフェにある掲示板で話題にあがった事件だ。
 PCに芽生えた自我か、どういった経緯でかは分からないが人の生気を吸い取り『人間』になろうとした・・・・・というが、ニュースではそんな事一言も触れていない。まあ、当たり前だ。そんなものニュースにしたって誰も信じないだろうし、何より。このことに関しては報道規制が引かれている。
 この事件の全貌を知っているのは、事件を解決した数人の人間だけだ。そのうちの1人が、ぽつりと草間たちに話したのを零が思い出し、草間も記憶の底から引き出した。
「あ〜、何だかやっかいな事件だって」
 言っていたな。と草間は言いかけて、口を閉ざした。
 手に持っているのは緑色の見るからに普通の封筒。だが中身を取り出し、便せんを見る目は険しさを増している。
「やっかいだからこそ、最後まで処理してくれたら助かったな」
「え?」
「どうやら客だ」
 何時の間にか窓の外から聞えていた耳障りな車の騒音が止んでいた。
 変わりに、事務所の扉を荒々しく開ける音。
「頼みたい事があるんだ」
 現れたのは、50も過ぎた見るからに疲れ切った中間管理職風のサラリーマンだ。
「依頼は、その事件の事だな」
 アナウンサーが「では、次です」と続けようとしたところで、草間は席を立ち上がった。
 軽く手をあげ、そこに挟み込まれているのは緑色の封筒。
「・・・・・100匹の羊のうち、1匹が逃げ出した。99匹を見捨てるか、1匹を見捨てるか」
「兄さん?」
「けれど、羊が元からいなければ?」
「だから厄介ごとは嫌いなんだ」
 草間は封筒の中から、赤い字で書かれた黒色の便せんを取り出した。
「依頼の内容を聞こう」
「察しはついているんだろう?」
「ああ。この便せんを見ればな」
「殺人予告が来た。・・・・・アレを助けなければ、99匹の羊を殺すと」
「自我の芽生えたPCの逆襲か」
「受けてくれるか?」
「零」
 草間が声をかけると、零は瞬時に反応する。
「依頼内容は、自我の芽生えたPCの逆襲を抑える事。そうする事によって99匹の羊を守ること・・・・ですね」
「ああ、頼む」
「では、今すぐ人数を集めます」
 ふわりと微笑んで零は受話器を取り上げた。
 窓の外から、鳴き声にも似た雷鳴が遠く響いていた。

1>100匹の羊

 外は曇天。一時間前に降り出した雨がようやく止んだ後の空は、晴れ晴れとは程遠い色。
 セレスティは溜め息混じりにパソコンのキーボードに、その長く理想的に作られた指を滑らせる。パソコンのディスプレイに浮かび上がる文字は絶えずセレスティの求めている情報が随一流れて止まる事を知らない。世界の情勢は刹那ごとに変わると言っても過言ではない。その中を生き抜くためには、常に情報を整理し100歩先を見ていなければならない。
「えぇ、聞えていますよ」
 キーボードに滑らせている手は止めずにセレスティは優雅に笑う。
 電話の向こうから聞える独特の幼い女性の声に、セレスティは追加情報を求める文字を打ち込む。電話から聞えてくる情報を打ち込んだのだ。
「パソコンの自我の目覚めというのも、面白い事件ですね。全く、飽きさせませんね・・・・・ふふ、遊んでいるつもりはありませんよ。頼まれた事件ですからね。全力で解決に向かいますよ」
 高らかに鳴る電子音がパソコンから流れる。
「では、また進展がありましたらご連絡しますよ。失礼します」
 電話を切ると、セレスティはディスプレイに浮かんでいる文字を目で追った。
 さすがは世界有数の財閥だ。ほんの数分という時間で、自由報道を許されている日本のマスコミを規制させたほどトップシークレット扱いの情報をセレスティの元へと届けてくれる。
「・・・・これは、確かに情報規制させるはずですね」
 人の形をしたパソコン。
 そんな漫画があった。だが、それは確かに現実として現れ始めている。その先駆けとしてのパソコンが既に完成していたのだ。人工知能は元より、ロボット三原則を埋め込まれたプログラムすら自ら破壊してしまうほど『人間』としての感情を持ってしまったパソコンという枠を超えた・・・・人形。そのパソコンが逃げ出した。何をするか分からない『凶器』となっているという。
 逃げ出した1匹の羊は、それを差しているのだろう。
 では、残りの99匹の羊は・・・・?
 セレスティは電話に手を伸ばすと、慣れた手つきでプッシュボタンを押す。一瞬の沈黙の後、受話器からは電子音が流れてくる。電話に相手が出るまでの間もセレスティの手は止まる事なくキーボードの上を走る。
「お久しぶりですね。セレスティです」
 受話器の上がる音。その後に続いた応答にセレスティが名乗ると、電話の向こうの相手は驚愕している。セレスティとは1度面識があり、その時に多額の寄付をしてもらった事があるのだから当たり前かもしれない。
「お聞きしたい事があります。実験的に作られた、パソコン・・・・いえ、ロボットの事ですよ」
 電話の向こうの相手が押し黙った後、隠しきれないと思ったのか思い口を開くようにくぐもった声でセレスティに言葉の先を促した。
「逃げ出したロボットについてです。事細かな情報が必要になりましてね。逃げ出した経緯から、そのロボットの特徴までお教え頂けないかと」
 電話の相手は戸惑いながらも、1つ1つ確認し。また何かを恐れる気持ちを抑えるような声でセレスティの問いに答えた。
『以上です・・・。ですが、私は係わり合いがない。アレは・・・・アレは人の手を離れた』
「そうでしょうね。でなければ、殺人予告をするはずがない」
『違いますッ』
 驚くほどの否定。
 それが全てを物語っているかのようだった。
 そう、何が始まりで何が終りかを。
『人間が・・・・人間が、アレを壊したのです。アレは人の手によって作られた・・・ウィルスプログラムをとり』
 雨が降る。
 止んだはずの雨が降り、電話が遮断された。

>99匹

 まさか。とセレスティは、電話を机の上に無造作に置くと携帯電話を取り出した。
 相手は人口知能を持つロボット。『まさか』日本中の電話を盗聴しているわけがないと思いながらも、もしそうならば電話での会話は危険だ。ネット内なら更に、その危険性は高まる。携帯電話とて例外ではないが、まるで強制終了させれたように終わった電話よりかはましのように思えた。
「私です。至急、調べてください」
 ロボットを開発した研究所、及び企業の名前を出す。そして、つい最近そこから何か盗難事件がなかったかどうかを調べさせる。いざとなったら財閥の名前で警察に圧力をかけてもいい。伝え終わると携帯を切り再びパソコンのディスプレイに向かう。
 -------ウィルスプログラムをとり---------
 その後の言葉が気になった。ウィルスプログラムを『取り込んだ』のか。それともウィルスプログラムを『取り組まれた』のか。
 もし前者ならば、ロボットは何をしようとしているのだろう。
 もし後者ならば・・・・・何をさせようとしていたのだろう。
「後者ならば・・・考えたくありませんけれど・・・・」
 最悪のシナリオを用意していたと思っても良いだろう。ここ最近の世界情勢を見ていれば、それは恐ろしいほどのシナリオ。ネット普及がここまで広がった世界ならばウィルス1つで、どれだけの打撃を与えられるか。仮に病院などの命を預かる場所で、その猛威を振るったら?
「本当に・・・・人と言うのは恐い事だけは簡単に考え付くものですね」
 溜め息を加えて言いながら、セレスティは掛かってきた携帯電話に出る。
「・・・分かりましたか?・・・・・チップ?と人が入院・・・・・・・・・・・・分かりました」
 携帯電話を切ると、パソコンのディスプレイを見つめる。
 零からの依頼内容を思い出す。
 1匹の羊は逃げ出したロボットの事だろう。
 ならば99匹の羊は・・・・・・・・・?
『アレを助けなければ、99匹の羊を殺す』
 そう封書が来たと言っていた。
 何故?
 そう『何故』、草間の所だったのか・・・・・?
 接点が全然ない、草間興信所に舞い込んだ一通の殺人予告・・・・・。
『人間が・・・・人間が、アレを壊したのです』
 羊飼いはどちらを選んだ?
 狼がいるかもしれない牧場。1匹を探しに行けば、99匹を見殺しにしてしまう事になる。99匹を助ければ1匹を殺してしまう事になる。
 99と1。どちらを選んだ・・・・・?
「・・・・人間?」
 セレスティは椅子から立ち上がった。
 考えれば簡単に思いつくのに、何故、気づかなかったのか。
 草間に舞い込んだ依頼も、依頼人が草間に来たのも。
 そう、『誰か』か草間という場所を知らなければ通り過ぎる事項にすぎない。
「出かけます。準備をして下さい」
 使い慣れた杖を持ち、内線で秘書に伝える。
 ウィルスプログラムを組み込まれ、ロボット三原則を壊されたのならば。
 既にロボットは動き始めていても可笑しくはない。

>1匹

 運転手を急がせ着いたのは、ロボットを開発した研究所だ。
 雨は止まない。無機質な研究所を濡らす雨は、何か良くない前触れを伝えるように激しくなるばかりだ。杖を持ち、研究所内に入る。事前に連絡をして入れるよう裏工作をしていた為に、怪しまれず、すんなりと中へと入る事が出来た。
 床に杖と足の歩く音が交互に響く。
「・・・・・いましたね」
 研究所の1番奥。ここから先に入るためにはセレスティといえど、時間がかかる。そう1番の秘密が隠されている場所だ。その扉の前に、雨に打たれていたのか。びしょ濡れになっている女が一人居た。
「まだ殺しはしていませんね」
「・・・・・・・・・何の事ですか?」
「彼女は自分の事を『私』とは言わないのですよ。女性ながら『俺』と一人称を使うのです。それが似合っていたのを思い出しました。誰かに言われて直したのかとも思いましたけれど・・・・誰かに言われて簡単に直すような方ではないのですよ。そう気づいたら後は簡単です。開発したロボットは生態模写が得意だといいます。それこそ指紋・声紋までも真似ると言います。・・・・貴方はウィルスをプログラムされた為かどうかは分かりませんが。でも、不完全な模写しか出来なかった。そう口調までも真似できなかった」
「・・・・・」
 ゆっくりと振り向いた顔は、確かに前、セレスティと会った事のある顔だ。
 その時は『人間』として会っていたが。
「彼女はどこですか?」
「何の事?」
「99匹の羊を貴方が殺す必要はないでしょう」
「・・・・・言っている意味が分かりませんわ」
「彼なら助かりますよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・っ」
「貴方を作った研究者・・・・とでも言いましょうか。貴方が暴走し、人間を襲い始めた。その事を隠そうと研究所と企業は貴方を作った人を殺してしまった・・・・いえ、未遂ですから『殺そうと』した。彼がいれば、貴方を廃棄できませんから」
 ですが。とセレスティは言葉を続けた。
「私の系列病院が彼の身柄を確保しました。安全は私の名前と今までの人生に誓って保障します」
「・・・・・本当?」
「えぇ。ですから、貴方も彼女の居場所を教えて下さい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「教えて下さいますね?」
 押し黙る声に、セレスティは先を促した。彼女は、まだ迷っているのだろう。
「草間に行った日・・・・・」
 どうやら草間に依頼をしに行ったという中年男性も、彼女が化けて行ったらしい。
「彼女からの手紙が、そこに行くと知っていたから・・・・・あそこは、どんな奇妙な事件でも受けてくれると有名な場所だから・・・・・だから、彼女があそこに依頼するようにって」
「・・・・・・え?」
「私を逃がしたのは彼女。彼を助けようとしたのも、彼女よ」
 ロボットを作った研究者。その研究者を・・・・好きだったのか?彼女は。
「・・・・・・まさか」
 99匹を助けるか、1匹を助けるか。
 それは言葉のあやだったのかと思った。
「貴方は彼を助けるために、ウィルスプログラムを組み込まれた・・・・?」
「人を襲うようプログラムされた。でも、三原則でそれは絶対に出来ない。なら、ウィルスでプログラムを全て破壊すればいいと」
 元々、作られた意味はそこにあったのだ。
 情報戦が勝負の行く末を決める時代だ。相手の持っている情報にウィルスを確実に送り込めるものがあったならば・・・・・?相手の好きな容姿をし、相手の好む性格をしていたら・・・?相手の最愛の恋人の姿をしていたならば?
 相手のパソコンに簡単に忍び込め、全てを壊せるウィルスを持ったモノがいたら・・・・?
「本当に人間が1番恐ろしいですね」
 セレスティは溜め息をつくと、ロボットに向かって手を差し伸べた。
「貴方はどうしたいですか?今の貴方ならばウィルスを持っている。この研究所の全てを壊す事ができる・・・・でも、それが貴方の願いですか?」
 優しく促す。手を差し伸べながら1歩近づく。
「貴方の願いは、何ですか?」
 最後の問い。
 それに答えるように、セレスティに彼女は言った。
「彼を・・・・・彼を助けようとした彼女も好きだから・・・・助けたい」
 1匹の羊。
 99匹の羊。
 助けたかったのは、そのどちらでもなかった。
 助けたかったのは。何時も羊達を見守っていてくれる。
 羊飼い、だったのだ。


>100匹の羊

「つまり、99匹も1匹も関係はなかったって事ですか」
 零の入れた紅茶に唇をつけ、セレスティは優雅に微笑んで見せた。
「助けたかったのは羊飼いの方か・・・まったく、女ってのは恐いな」
 草間は苦笑し煙草に火を着けた。
 結局はロボットを廃棄しようとする研究所と、それを阻止しようとした研究者の対立が招いた結果だった。
「でも、あのお手紙の意味って結局は何だったのでしょうね」
 首を傾げながら言う零に、セレスティも頷いてみせる。
 助けたいと言うのであれば、そう言えばいい。けれど、あの手紙は紛れもなく脅迫だった。さらに言うなれば、ロボットがここに来た時も明らかに『脅迫者』を見つけ出して・・・事と次第によってはという物騒な依頼だったはずだった。しかし、ロボットは全て分かっていたはずだ。分かっていて、何故にあんな回りくどい真似を。
「あ、あれっ」
 零が叫ぶようにテレビを指差す。
 そこに写っていたのは。
『昨夜未明にかけ、20代女性の刺殺事件が起こりました------』
 ロボットであるはずがなかった。彼女がロボットなら、再び報道規制が引かれているはずだ。
 セレスティは携帯を取り出すと、すぐさま彼を保護している病院へと電話をかけた。
「私です。・・・・・・・・・ええ、今、ニュースで・・・・・そうですか」
 電話から漏れる言葉は、セレスティの予想していた事態を現実として表していた。
「・・・・・本当に、何がどうだったのか」
「どうしたんですか?」
「彼が消えました。ついでに、ロボットも同時に」
「逃げたか?」
「・・・・そうですね」
 追いかけようにも、彼女は常に姿を変えられる。捕まえようにも、彼女には最凶のウィルスプログラムを持っている。下手をすれば返り討ちにあうだろう。
「何もしなければ見逃したままで良いでしょう」
「そうだな」
 だが、何故彼女だけが殺されたのか・・・・・。
 そこまで考えてセレスティは額を抑えた。
「やられましたね」
「え?」
 1匹の羊は彼女・・・・。つまり、ロボットの恋敵でもある彼女だ。
 そして、99匹の羊はロボット・・・・。
 羊飼いがどちらを選んだか。
 つまりは、これから先、羊飼いにとって有利になる方はどちらかという事だ。
 セレスティの考えが正しければ、羊飼いである彼が選んだのは99匹である羊の彼女。これから先、何個でもウィルスをコピーし作れる彼女だ。
 そして、1匹を見殺しにした。
 ロボットと人間の恋が永遠に適わないと知っている。だから、余計に1つでも・・・・彼を奪い去ろうとする恐怖を取り除こうとするロボットの暴走を黙殺した・・・・?
 いや、それでは辻褄が合わない。
 そんな事をすれば、彼とて無事にすまない事を知っているはずだ。1番の良い手段は・・・そう、最終的にはロボットは彼を永遠に手に入れる方法を持っている。彼を殺すという・・・・。ならば、ロボットを生かしておくのは相当な恐怖のはずだ。
 だが、その前に・・・報道された彼女がロボットだったら・・・?
 情報を捻じ曲げられた末のニュースならば。
「本当に・・・・妙な事件もあったものですね」
 どちらにしろ、もう事件は手を離れた。
 再びウィルスが。事件が舞い込まない限り、動く事はできない。
 そう、事実は羊を狙っていた狼だけが知っている。




 誰が羊を殺したか。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

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■   ライター通信                     ■
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 微妙な話になって申し訳ございません(初めから)こんにちは、ライターの朝井 智樹です。神出鬼没で現れるのが信条で(そんな信条捨ててしまえ)、お久しぶりな登場になりました。そして、このたびはかなり分かりづらい依頼に参加下さり本当にありがとうございました(へこり)
 朝井の専門知識の足りなさのために、せっかくのプレイングを活かしきれなくて申し訳ございません(涙)もうちょっと情報を集めたかったのですが、朝井の頭が本当に追いつきませんでした。今度はちゃんと勉強し直してきます・・・。
 ではでは。ほんのちょっとでも。心の片隅にでも、『あ、こういう話好きだな』・『うん、面白かったぞ』などと思って下されば、それだけで幸いです。またどこかの世界でお会いできるのを楽しみに。朝井でした(^^)