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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


聞こえて来るは哀愁の

 七不思議、と呼ばれる怪談がある。
 学校というものに付き物の怪談話の中でも、それは少し特殊な位置に存在する怪談だ。
 例えば。
 学校の中で比較的有名な怪談を一括りにしたものであったり、先輩から後輩へ代々語り継がれて来たものであったり、学校の中に幾つもの『七不思議』が存在してしまったり。
 そんな学校の怪談の定番が、この学園にも存在している。

 …かなり、ひっそりと、ではあるが。


「ねぇねぇ、音楽室の怪談って知ってる?」
 そんなことを言ってきたのは、2−Bの生徒である、李・湘月(リ・シアンシュエ)だった。ほとんど、生徒の残っていない放課後の教室で、彼女は机に頬杖をつくと、楽しそうに笑いながら、話を続ける。
「音楽室の壁に張ってある音楽家の肖像画があるじゃない?夜になると、その中の一つの肖像画の目が光るんだって。」
 定番だよね〜。
 そういって、湘月はクスクスと笑った。確かに定番な怪談話だ。どこの学校にも、こんな話は存在するだろう。そんな話で終るはずだったのだ。
 彼女が更に口を開きさえしなければ。
「けどね、音楽室から変なメロディーが聞こえるって噂もあるんだよ。部活で帰りが遅くなった子が聞いたらしいんだけど、確か〜…」
 天井を見上げ、一瞬考えた湘月はそのままの姿勢で、メロディを口にした。
「…ドレミ〜レド、ドレミレドレ〜…だったかな。」
 彼女の歌った、あまりにも学校に似合わないメロディは、閑散とした教室の温度を微妙に下げながら、窓から差し込んだ夕焼けの中に散っていった。
「あはは、変だよね。私も人づてに聞いただけだし、間違っていたらゴメンね。けど、これ、一応、七不思議に入っている話らしいよ」
 ひとしきり笑った後、席を立ちながら湘月は思い出したように呟く。
「そういえば、夜の音楽室にラーメン持っていくと良いことがあるって誰か言っていたけど。どういう事なんだろうね?」
 そういって、彼女はコクンと首を傾げた。

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(本文)


『哀愁』って、なんなんでしょうね?



 オレンジ色をした夕焼けが、ゆっくりと西の空を覆い、教室の窓枠が紅い光の中に黒い影になって浮び上がる頃。
 鈴森・鎮(すずもり・しず)は、ほとんど人気のない校舎の中を飛ぶようにして走っていた。彼の足が床を蹴り上げるたびに、右手に下げたコンビニのビニール袋が、ガサガサゴトゴトと抗議の声を上げながら揺れる。肩には、小振りの魔法瓶。片手には丸めた新聞紙をしっかりと握り締めた鎮の姿は、どことなく異様な雰囲気を醸し出していたが、放課後であった為か、それを目撃する者も咎めた者も居なかった。
 夕暮れの校舎を走り抜けて、鎮が足を止めたのは、校舎の隣にある購買部の前だった。普段は、パンなどを買う生徒や食事をする生徒などで混雑している購買部も、流石に放課後とあって人気はない。こんな時間でも購買部は営業してただろうかと、僅かに不安に思いながら扉を開けた鎮の目に飛びこんできたのは、既に誰も居なくなった厨房と困ったような顔で購買部に立たんずんでいた一人の女生徒の姿だった。
「あちゃ〜…営業してないのか…。」
 参ったなぁ…というように顔をしかめて頭を掻き回す鎮に、困り笑いを浮かべながら、購買部の中にいた少女−シュライン・エマ(−・−)が声をかける。
「あら、あなたも用事だったのね。部活の後に寄って行く生徒を相手に営業してるかなと思って、私も来てみたのだけど……アテが外れちゃったみたい。」
 そういって、彼女はセーラー服に包まれた肩をすくめて見せた。
「俺、お湯が欲しいんだけど、ここって自分で沸かすのはダメだったよね?」
「料理研究部が厨房に立つ事はあるみたいだけど。沸かしてあげましょうか?前に、友人が調理するのを見ていた事があるから。」
「ホント?!助かる!」
「皆には内緒ね。」
 シュラインの言葉に、素直に喜ぶ鎮に悪戯っ子のような笑顔を彼女は向けた。そして、厨房の中に入ると棚の上からやかんを下ろし、水を入れ、手慣れた様子でコンロにかける。やかんの表面についた水滴が蒸発する音が、人気のない購買部の中でやけに大きく聞こえた。
「それにしても、お湯なんて、どうするの?」
 厨房の中のシュラインがカウンター越しに鎮を降りかえる。そんな彼女に鎮は、にやりと笑うと右手に持ったコンビニ袋を見せながら言った。
「ラーメン作るんだよ。音楽室にチャルメラ幽霊がでるって噂、知らない?何か面白そうだからさ、会いに行ってみようと思って。けど、普通のラーメン持ってたんじゃ伸びるだろ。だから、コレを、さ。」
 自分の方に差出されたビニール袋を覗きこんだシュラインは、その中に入れられているのがインスタントラーメンと丼であるのを知った。
「なるほど、インスタントとは考えたわね。」
 感心したような彼女の声に、えへんと鎮は胸を張ってみせる。
「だろ〜?インスタントなら幽霊が出てからでも作れるし、伸びないし。」
 そんな彼の様子をみて、シュラインは小さく笑い、笑いを納めてから口を開いた。
「音楽室の幽霊、結構噂になってるみたいね。私も食堂のラーメンを持って行ってみようと思ってここに来たのよ。けど、ここが営業してないから、今日は残念だけど見送りね。今度は自作してくる事にするわ。」
 すっぱりと諦めたような口調でいう彼女に、鎮が良い事を思いついたと言わんばかりの表情でカウンターから身を乗り出した。
「じゃぁさ、俺と一緒にチャルメラ幽霊に会いに行こうよ!」
「え?」
「だって、お湯沸かしてもらってるしさ。一宿一飯の恩ってヤツは、やっぱ返さないとね。」
 1人より2人、旅は道ずれとも言うし〜っと言いながら、にかっと笑う鎮に、一瞬戸惑った後でシュラインは微笑む。
「ありがとう。……でも、一宿一飯は…少し違うんじゃないかしら…。」
 ぽつりと、お礼の後に付け加えられた言葉は、コンロにかけられたやかんの沸騰する音に無情にもかき消されたのだった。


 パタッ、パタッ。
 パタリ、パタリ。
 タイル張りの廊下に2種類の足音が響く。一つは軽く。一つは慎重に。下校時間をとうに過ぎた校舎の中は、不気味なほどに静まりかえり、また、寒気を覚えるほどに暗かった。窓から差し込む薄明かりの中に時折現れる緑色をした非常灯の灯りが、無言で自らの存在を主張をしている。
「なんだか…雰囲気が出てるわね。学校に怪談話がつきものだっていうのも分かるわ。」
 慣れない暗闇の中で慎重に足を運びながら、シュラインが呟く。その言葉は、驚くほどに大きく誰もいない廊下に木霊し、寒々とした校舎の中に散っていった。
「でもさぁ、雰囲気は迫力あるけど…相手がチャルメラ幽霊じゃ怖さも半減だよな。」
 ま、俺は面白ければいいけど。
 鎮は、シュラインと対照的に楽しくて溜まらないといいたそうに足取りも軽い。噂の幽霊を前に、彼が心底、ワクワクしている様子が手に取るように分かる。
「そういえばさぁ」
 何か考えるような表情を一瞬作った鎮が、シュラインの方を降り返った。
「幽霊のチャルメラ、聞いたヤツがいるんだよね?そいつって、どんなチャルメラ聞いたのかな。シュラインさんは知ってる?」
「えぇ、一応は。昼間のうちに調べてみたのだけど、チャルメラを聞いたのは1年の女の子だったわ。どんな音か興味があったから、実際、その子からも話を聞いてみたのだけど…」
「話、聞いてたんだ。どんなのだったのさ?」
 驚いたように目を見張って先を促す鎮の言葉に、シュラインは小さく息を吐いてから先を続けた。
「ハミング、だったそうよ」
「……は?」
「だから、ハミング…ようするに、人の声だったって事ね。幽霊が楽器を演奏してるのかと思っていたから、私も驚いたけれど。人の声だというのなら、幽霊の正体が誰かが起き忘れた携帯電話だった、なんていうオチはないはずよ。」
 そういって、彼女はぐっと拳を作って見せる。その背後に、鎮は気合の炎を見た…ような気がしたが、彼が口を開く前に、シュラインが無言で彼を制し、真剣な表情で、音楽室のある方向に顔を向けた。彼女に釣られて、音楽室の方へ顔を向けた鎮は、かすかに聞こえて来る音を聞いた。
 ……る、るるるるるる〜〜〜〜…。
「……チャルメラだ…」
「……話通りに、ハミングね」
 小声で呟いた後で、思わず顔を見合せる2人。微かに、しかし確実に、暗い廊下の向こうからチャルメラらしき音が聞こえてくる。2人は無言のうちに頷き合うと、足音を立てない様にしながら音楽室に近づき、そっと扉を開けた。
 人の気配を感じたのか、チャルメラを歌う声がピタリと止まる。
 暗闇の音楽室に一体、誰がいるのか。
 いるならば何処にいるというのか。
 先に立って音楽室に入った鎮が右手に持った新聞紙の棒を握り直し、彼の後ろについたシュラインも油断なく音楽室の中に目をこらしながら、後ろ手で教室の扉を閉める。しかし、2人の侵入者を迎えた音楽室に人の気配は感じられず、ただ夜の闇が滞るばかりに見えた。
「暗すぎて、なんだかわかんないや。電気つけたらダメかな。」
「大丈夫じゃないかしら。どのみち、逃げられないわ。隣の音楽準備室に逃げていたとしても、そちらには出口はないもの。」
 そういいながら、シュラインは入り口付近の壁を探る。そして、指先でスイッチの感触を確かめると、電源をONにした。その途端に、パァ…と白い蛍光灯の光が、淀んでいた闇を払拭するように視界一杯に広がる。明るくなった教室で、2人は隅から隅まで探索を開始した。机の下を探り、グランドピアノの蓋を持ち上げ、カーテンの影を覗き、音楽準備室の扉を開ける。が、埃っぽい空気に辟易し、素早く扉を閉めて避難した。
「おかしいなぁ〜。絶対、誰かがいたのに」
 一通り、見まわりを終えた鎮が、不貞腐れたようにグランドピアノの上に上半身を投げ出し、むーと頬を膨らます。同じくグランドピアノに寄りかかったシュラインの目は、いつしか壁に貼られた音楽家達の教材ポスターに向けられていた。
「そういえば、ここって、もう1つ怪談があったわよね。確か、音楽家の目が光る、だったと思うけど。噂の原因って、もしかしてアレかしらね。」
「アレって、なに?」
「ほら、あそこのベートーベンのポスターよ。両目に画鋲が刺さっているでしょう?」
 グランドピアノに突っ伏したまま、鎮はシュラインの指差す先に目を向けた。そこにあるのは、色あせたベートーベンのポスターだ。他の音楽家のものと代らずに古めかしい。その両目には、金色に輝く画鋲が2つ突き刺さっている。
「…よくあるよな、画鋲が光って見えるってヤツ」
「そうね。けど、ちょっと可哀相かな。」
 くすっと小さく笑って、シュラインはベートーベンのポスターから画鋲を引き抜いた。
 その時。
「ぐぉ…っ、目が…!」
「え?!」
「おぉ、我輩の目が見えるようになったではないか!!」
 壁に貼られたベートーベンのポスターが歓喜の声をあげたのだ。
「お嬢さん、貴方が助けてくだすったのですな?ありがとう。今まで目が見えなくて、不自由にしていたのだよ。あぁ、なんと素晴らしい日か。この喜びをどう表現すべきなのか…!」
 あまりに突然の出来事に唖然とする2人を前に、色あせたポスターが喚いてる。
 せつせつ、と。
 くどくど、と。
 2人がやっと我に返ったのは、ひとしきりポスターが喚き倒した後のこと。気がついた時には、目の前のベートーベンのポスターが満足そうに笑みを浮べていた。
「感謝するよ、お二方。そして、お礼といってはなんだが…え〜…我輩の自慢の曲をお聞かせしようではないか」
「…いや、俺たち、そんなの…」
 結構です、といいかけた鎮の言葉は、乗り気になっているポスターの音楽家には届かない。
「…都合の良い時だけ、聞こえないみたいね」
 余りの出来事に頭を抱えたシュラインは既に諦めたように、深く深く溜息をついた。
「それでは、我輩の会心の一曲を…」
 ごほんっと一つ、咳払い。そして、彼は高らかにその旋律を歌った。
「ららる〜らら、ららるららる〜〜〜〜〜」
 どれみーれど、どれみれどれー…。
 それは、まさにチャルメラ。どこをどう聞いても、あのメロディに相違ない。
「お前が、騒ぎの原因だったのかよ!」
 鎮の右手が、キラリ★と光る。
 
 ぶす…っ。

「ぎゃ――――っ!!!!」
 おでこに思いっきり画鋲を突き刺されて、音楽家のポスターは盛大に悲鳴をあげた。しかし、痛がったところで所詮は絵。流血など持っての他。小さな穴が開いただけだ。
「な、なにをするのだ、少年よ。キミには分からなかったのかね?!このメロディの素晴らしさが。漂う哀愁。そして、この寂寥感。なにより、ラーメンが食べたいという、この我輩の熱い思いが伝わらなかったとでもいうのかね?!」
「分かりたくないわ、んなもん!」
 涙目で力説するポスターに、今度は、手に握られたままだった新聞紙でスパンと一撃食らわせる鎮。
「鎮くん、少し落ちついて。」
 そんな彼をなだめながら、シュラインが2人の間に割って入った。そして、彼女は音楽家の方を向き直って口を開く。
「ラーメンが食べたいという思い…って言ってたわよね。もしかして、ラーメンを持ってくると良いことがあるっていう噂を流したのも、貴方?」
 シュラインの言葉に、音楽家はうむ…と深く頷いた。
「あのメロディを追求するようになって以来、ラーメンを食したら、また良い発想が浮ぶのではないかと思ってな…」
「ようは、あんたがラーメン食いたい為に流したってことか。ちぇっ…良いことがあるっていうから、持ってきたのになぁ」
 恨めしそうにコンビニの袋と魔法瓶を見ながら言った鎮の言葉に、音楽家の顔色が変わった。色あせたポスターでは分かり難いが、確かにその時の彼の顔は上気しているようだった…と思われる。
「なに?!ラーメンを持っているのか。おぉ…!!い、良いことならあるぞ、少年。それを我輩にくれたら、その〜、なんだ。それを食した後で、我輩が即興で作った哀愁のメロディを聞かせるぞ。」
「いらねーよ」
 鎮、即答。
 取りつく島もない返答に、よよよ…と泣き崩れた音楽家の姿に、流石に哀れみを覚えたのか、シュラインが苦笑いを浮べながら、鎮に言った。
「食べさせてあげたら?1回、食べれば、彼も満足するんじゃないかしら。そうしたら、この騒ぎもおさまるかもしれないし。」
「えー…んー…、ま、いいか。持ちかえるのも面倒だしな。」
 シュラインに促されて、彼はコンビニの袋から丼とインスタントラーメンを取り出すと、慣れた手付きでラーメンを作った。それを期待感一杯の目で見つめるポスターの中の音楽家。その目から、今にも星が零れ落ちそうだ。そして、それを見守るシュラインも、ドキドキ感で一杯だった。果たして、ポスターが、どうやってラーメンを食べるのかという興味で。
 待つこと、3分。
「よーし、完成。それじゃ、熱いうちに食えよ!」
 香ばしい湯気を上げるラーメンの丼を、壁の音楽家に差出して、鎮がニカっと笑う。
「ありがとう、少年……!」
 目の前に差出されたラーメンに目を輝かせた音楽家が、ラーメンの丼を受け取ろうとし……そして、固まった。
「どうしたんだよ、食えよ。ほら。」
 ポスターの向こうの音楽家に鎮が丼を再度差出す。が、音楽家は絵の中で身じろぎするばかり。
「……食べられないのね?」
 絵、だから。
 シュラインの突っ込みに、音楽家と鎮の頭の上で誰かが運命の扉をノックしたような音が響いたらしかった。
「おぉおおお…。るらるーらら、るらるららる〜〜〜…!」
 音楽家はチャルメラを歌う。ポチっと小さな画鋲の穴が開いた目から、滂沱の涙を流しつつ。宵闇に響く哀愁の歌声に、鎮がラーメンを啜る音とシュラインの深い深い溜息が重なって、ラー油の香りの中に溶けていった。



 それから。
 音楽家はチョッピリ静かになった。
 毎夜のように聞こえていたチャルメラも、パタリと聞こえなくなり、音楽室のラーメンの噂もなくなった。
 それでも。
 オレンジ色の夕焼けが広がる寒い日には、時々チャルメらを歌う誰かさんの小さな声が聞こえてくる、らしい。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

0086 / シュライン・エマ / 女 /2−A
2320 / 鈴森・鎮 /男 / 1−A


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、初めまして、ライターの陽介です。
シュライン様、鎮様、ご依頼ありがとうございます。
大変長らくお待たせしてしまって、申し訳ありません。
皆様にご迷惑をお掛けしてしまった事を、深く反省しお詫びする次第です。
本当に申し訳ありませんでした。