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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


スティルインラヴ、トラブルパニック学園祭ライブ!<後編>


 神聖都学園祭の体育館ライブは人気がある。その時々の人気アーティストや実力派シンガーなどジャンルの分け隔てなく選び、そして呼ぶことで有名だからだ。だからいつもチケットは完売する。学園祭執行委員会は先輩から受け継いだプロ顔負けのチケット販売術や観客誘導術を駆使して、毎年のイベントを混乱なく収めていることも人気の理由のひとつになっている。ついでに委員会出身者がイベント運営会社に就職、もしくは設立するという話も有名だ。
 そんな委員会が今年白羽の矢を立てたのは、女性6人で構成される人気ロックバンド『スティルインラヴ』だった。公演は本日午後2時から。すでにファンクラブ所属とおぼしき客がちょっとした列を作っていた。体育館を使って行われるので、もちろんオールスタンディングである。十分な情報収拾をしている彼らは今日もステージ最前列を虎視眈々と狙っているのだろう。だが、その列も今に蛇のように曲がりくねるはず。神聖都のライブはいつだってそうなのだ。


 学園に先着していたスティルのメンバー3人の騒動を聞いて、後から控え室に姿を現したメンバーは一様に顔を曇らせる。ライブの打ち合わせが終わっていないこと自体がすでにトラブルなのに、それに輪をかけていろんな事件を彼女たちが起こしているという……普段は自称リーダーでメインヴォーカルの松田 真赤と口ゲンカの相手である村沢 真黒はそんな彼女たちにダメ出しし始めた。

 「ったく、どいつもこいつもバカばっかだな。私たち、ライブするのが初めてじゃないんだから、そんなに慌てなくていいじゃないか。」
 「そーそー!」
 「真赤、お前が言うな。今にお前もそっちの立場になるんだから。」
 「何よ、その言い方! リーダーがみんなの気持ちを引き締めるのは当たり前じゃないっ!」
 「だから、まずは自分の気持ちから引き締めなって。」

 子犬のように震えながら真黒を見る真赤。このまま放っておけば延々と口ゲンカが続いてしまう。だがそんな時、険悪なムードもどこ吹く風でドラムスの本谷 マキがメンバーの色をしたお弁当箱をのほほんとした雰囲気と一緒にみんなに配っていた。真黒から説教を食らってしょんぼりしている3人にそれを渡した後、ケンカの真っ只中のふたりにもお弁当箱を差し出した。

 「はい、お弁当。昨日は店屋物だったから、今日は私が作ってきたからね。」
 「お、悪いね。」
 「ありがとー、マキ!」

 ケンカに割って入ったからどうこうということもなく、ふたりはマキのお弁当をすんなりもらった。そこで不思議と口ゲンカはストップした……これがバンドのよさなのだろう。ケンカもあれば、仲直りもある。誰かが悩んでも、誰かが助ける。この場はマキのおかげでなんとか丸く収まったようだ。
 その後、メンバーは打ち合わせをしながら弁当を食べた。全員が集まったところで『CANDY CLASH!』の展開や全体の流れを確認した。食事を終えたメンバーから順にチューニングなどの最終調整のために幕の下りたステージへ向かう。マキも自分専用の特注ドラムセットを触りに階段を降りて、直接ステージの裏へと通じる廊下をとたとたと走った。その姿は小学生そのままである。胸のあたりで揺れる免許証がなければ、神聖都学園初等部にいるおませなスティルファンと思われても仕方ないだろう。


 ステージにやってきた彼女は他のメンバーに混じって調整を始めた。とはいえ、真黒とマキは騒動を起こしているメンバーよりも先にここに来て、すでにある程度の作業は終えている。後は曲ごとの細かい打ち合わせを残すのみだった。

 「真黒さ〜ん、キャンディーの時、このリズムで行くけど大丈夫〜?」

 マキがスティックを巧みに操り、『CANDY CLASH!』のリズムを奏で始める。真黒はドラムの方を見ながら、チューニングを終えたベースを構えた。

 「ん……それでいいんじゃないか?」
 「ソロの時はメインとベースが逆転する形だから、ほとんどこれで行くと思いますよー。」
 「じゃあ、後はソロが入れ替わる部分をきっちり合わせたらいけるな。」
 「そうですねー。後はみんなが適当にやってくれればいいし。」

 この調子で他の曲も次々にやってくるメンバーたちと相談しながら打ち合わせをし、入場時間前までになんとかすべてを済ませることができた。マキはお弁当を食べた後で喉が乾いたらしく外へ飲み物を買いに行くと言い、真赤に脱いだジャケットを預けて財布を握り締めて走っていった。

 「真赤、マキはどこ行ったんだ?」
 「さぁ……模擬店のジュースでも買いに行ったんじゃないの?」
 「じゃあ私も演奏前にちょっと……」

 真黒は彼女と話し終えると、ポケットに手を突っ込んでその場から立ち去る。その行動だけ見れば、まるでトイレに行くかのようだった。実は彼女、本当にトイレに向かっているのだが……
 真黒はタバコが吸いたくて堪らなかった。児童や生徒、学生がいる学園で公然とタバコが吸える場所などあるはずもない。仕方がないのでテレビドラマよろしく、トイレで一服しようというのが彼女の考えだった。控え室に用意された視聴覚室近くにあるトイレに入った真黒は、個室に入るとさっそく胸ポケットからタバコとライターを取り出して一服を始めた。

 「ふぅ………やっぱりリラックスするにはこれが一番。」

 自分の口から出てきた煙がふわふわと天井に向かって飛んでいく。それを追いかけるように白さを保った煙がまた立ち上る。そんな光景がしばらく続いた……が。

  ジリリリリリリリリリ!
  シャワーーーーーーーーーーーッ。

 まさに一瞬の出来事だった。真黒の頭上でけたたましいベルの音が鳴り響いたかと思うと、スプリングラーが動き出したのだ! タバコはあっという間にシケモクへ早変わり。夕立を思わせるシャワーは彼女をずぶ濡れにしてしまった。しかも着ていたのは本番用のジャケットである。涙のようにサングラスを伝う雫を拭いながら、彼女はシケモクを握り締めてさっさとトイレから脱出した。

 「いいセンサー、使ってんじゃん。」

 真黒は水浸しになりつつあるトイレを見ながらそういうしかなかった。


 自分の出番の確認を終えた真赤は視聴覚室に戻ってきた。彼女はマキが飲み物を買いに行ったとなると、もしかしたらみんなの分も一緒に買ってきてくれたかなという期待をしていたのだ。しかし、部屋に入った真赤は目の前の光景に驚く。

 「マキ〜、私の分のジュースってあるのかなぁ……って何飲んでるの!?」
 「あるよ〜、みんなの分。一緒に飲も〜、ひっく!」

 マキが近くのビニール袋から出してきたのは泡の出る麦茶だ。しかもその量は6人でも飲み切れないほどの量……真赤は本番前にビールを飲んでいるマキを見て絶句する。しかし、それだけでは済まなかった。何やら廊下が騒がしくなったのに気づいた真赤は、部屋の扉を半分だけ開けてそっと耳を傾ける。

 『さっきさ、ここに子どもが入ってくのを見たんだよ! 両手にビールの入った袋を抱えた女の子!』
 『え……そんな、絶対にそんなことないですって。見間違いなんじゃ……』
 『ここの学園は不祥事を隠すのかっ、え?!』
 『だいたいここ、高等部の棟ですよ……そんな子どもいるわけないですよぉ〜。』

 どうやらマキを小学生と勘違いした人が執行委員に苦情をぶちまけているらしい。内容が確認できた時点でそっと扉を閉める真赤。マキはどこ吹く風でビールを飲み続けている。

 「飲む〜?」
 「もーっ、みんなだらしないっ! しっかりしろっ!!」

 自称リーダーの真赤は堪忍袋の緒が切れた。これはひとつガツンと言っておかないと示しがつかない。彼女は俄然やる気だった。


 そして開演直前……何らかのトラブルを引き起こしたりしたメンバーを目の前に説教を始める真赤。真黒の髪はなぜか濡れてるし、マキの酔いはまったく冷める様子がない。真赤はこのままステージを始めることが怖かった。

 「みんな何やってるんだ! たるんでる!!」
 「今日だけトラブルなしのお前が説教か。まぁ、今日のところは我慢して聞こう。」
 「真黒もマキもみーんなダメ! 今からはしっかり気合い入れて行くよ!」
 「ふぁ〜〜〜い。」
 「おーおー、立派なこと言っちゃって。」

 ダメと言われたふたりの返事はやっぱりダメだ。真赤は他人の説教で自分に気合いを入れ、勢いそのままにステージ脇の係員に指示を送る。それを合図に場内アナウンスが流れ、幕の向こうのざわめきがいっそう大きくなった……そう、スティルインラヴ学園祭ライブの始まりだ。姿の見えない観客に向かって、真赤はマイクを構えて大声で呼びかける!

 「みんな〜〜〜っ、行くよ〜〜〜っ!!」

 その声を合図に、マキがスティックを鳴らして最初の曲のタイミングを知らせる。ゆっくりと上がる幕の間から、歓声に負けないほどの大音量が体育館に響くのだった……


 リハーサルに起こした騒動によほど懲りたのか、ライブは無難に進んでいった。観客のテンションを上げていくのはいつも真赤の仕事。曲ごとのソロがある時はメンバーの名前を呼んだりしてみんなの気持ちを盛り上げていくのだ。序盤は勢いのある曲で、中盤はメンバーのソロやスティルでは珍しいインスト曲で観客を魅了する。特に難産だった『CANDY CLASH!』は真赤以外のメンバーがメインになる曲だが、実際は彼女の喉を休ませる曲としての意味もあるのだ。またファンの間で人気の『終わりのないメッセージ』は真黒がヴォーカルをするので、他のメンバーは舞台脇でミネラルウォーターを飲んで休憩できる。観客のテンションを操りつつ、自分たちの調整もしっかり行う。ここが彼女たちの腕の見せ所だ。

 そんなこんなでライブも進み、あとはラストに向けて突っ走るのみとなった。真赤は少し落ちついた会場の雰囲気をまた盛り上げるために叫ぶ。

 「みんなありがとーーー! 残った時間も一緒に弾けようねーーー!!」

 会場も真赤の呼びかけに答え、大きな歓声を起こす。後ろでは真黒がまんざらでもない表情で彼女を見つめていた。ところが、真赤はあることに気づいて、急に観客に向かって謝った。

 「ゴメンね、次はこの学園をモチーフにした『CLAZY LOVERS' HIGH-SCHOOL』なんだけどさ。今までマイクのスイッチがオフだったみた〜〜〜い。後ろにいたみんな、声が届いてなかったかもしれないね。でも今からは大丈夫だから〜〜〜! カッコいい曲だから、みんなで歌おうね!!」

 この発言に会場中がざわついた。ライブが始まって今まで、彼女の声が聞こえないなんてことはなかったからだ。ということはマイクなしでも体育館に響く声で歌っていたことになる。そんなすさまじい声量をマイクを通して歌ったら……勘のいい観客は早々と耳をふさいだ。そしてマイクオンで曲名を叫ぶ真赤……

 「じゃあ行くよ〜〜〜、CLAZY LOVERS' HIGH-SCHOOL!!」

 「う、うぎゃあぁぁぁっ、耳がっ、耳が!!」
 「マイク、マイクのスイッチを切ってくれっ! 頼むっ、頼む……!」

 この瞬間からライブのラストまで、真赤の声で観客の耳は貫かれることになった……ご丁寧にも彼女のマイクは伴奏の音まで拾うからさぁ大変。バランスの取れた大音響は体育館をスピーカーにして、学園中に自分たちの曲を轟かせるという最後にして最大のトラブルを真赤が巻き起こした。そして怒涛のような勢いを保ったままライブは終了し、すっかりご満悦の真赤はマイクを離してみんなに手を振りながら言った。

 「来年も来るぜい!」

 観客は耳鳴りでその言葉がよく聞き取れなかったようだ。皆、疲れた顔をして去っていくスティルを見送る……始まりも終わりも大混乱。神聖都学園祭のスティルインラヴのライブは、こうしてあらゆる意味で伝説になった。


 「盛り上がってたね〜、今日のお客さん!」
 「途中から苦しみ悶えてたようにも見えたがな、私には。」


 結論。
 スティルインラヴは、全員がトラブルメーカー。