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<東京怪談・PCゲームノベル>


   NAT定期観光 はーとバスツアー


「はぁ〜い、こちらでぇ〜す」
 本人意識してのことなのか甚だ疑問であったが、可愛らしい作り声で羽音花子は手にしていた小旗を振って、人だかりの注意を引いた。
 ひらひらと頭上高く掲げられた旗には『NAT定期観光 はーとバスツアー』の文字。
 バスガイドである彼女の身を包むのは、趣味を疑うようなショッキングピンクと白のストライプのツーピース。何でも、はーとバスのモットーである『はーとのこもったサービス』精神を象徴しているらしい、一応バスガイドの制服だ。
 彼女の化粧栄えする顔は、果たしてどんな技巧を駆使しているのか、どっから見ても20代前半にしか見えなかったが、実のところは・・・・・・年齢不詳。本人は23歳と言い張るが、去年も一昨年も23歳だったところを見ると・・・・・・推して知るべし。
 とにもかくにも、そんな彼女は、このNAT定期観光はーとバスツアーの、未だかつて一度として予定通りに終えた事のないツアーを唯一仕切ることが出来る、大ベテランであった。
 生存率50%などと、根も葉もない噂をばらまかれるほど、曰く付きのバスツアーである。
 しかし、それ故か怖いもの見たさも手伝って参加するつわもの共があった。

 たとえば、ここに――――。



   ***


 一瞬、我が目を疑った。
 えぇっと・・・・・・。
 長い沈黙が流れた。
 時間にしてきっかり10秒。いや、自分的にはこれはかなり長い。
 それでシオン・レ・ハイはもう一度座席表を確認した。
「あのぉ、私はこちらでいいんでしょうか、バスガイドさん」
 どこか不安げな声には、何だか覇気がない。
 それは確かにバスガイドさんに向けて発せられた筈なのに、バスガイドの耳には届かなかったようで代わりに振り返ったのは窓際に座る男の方だった。
「あ・・・・・・」
 えぇっと・・・・・・。
 長い沈黙(になる予定だったそれ)は、その見知った男によりあっさり破られた。
「なんだ、隣はあんたか」
 やけに間延びした声が、かったるそうに響く。
 殆ど条件反射のようにその天然パーマの髪を撫でてしまった。触り心地は悪くない。
「・・・・・・・・・・・・」
 不愉快そうに自分を見上げる男に、シオンは声をかけた。
「今日こそは牛タンを食べれるんでしょうか?」
 それに、男――――深町加門は、哀愁を背負った背中を丸め、呟くように答えた。
「もう、終わった話しはするんじゃねぇ・・・・・・」
 どこか、このバスツアーの顛末を垣間見たような気がした。

「すみません。あの、どいてもらえます」
 背後から突然ハキハキとした女性の声がした。振り返ると、バスツアーにはちょっと不似合いな感じのキャリアウーマン然とした女性が立っている。
「あ、すみません」
 慌ててシオンが席に座ると、突然彼女は悲鳴にも似た大声をあげた。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!? 賞金首・・・・・・!?」
 そう言って彼女が指差す方を辿っていくと、その先には、加門が座っている。
「んぁ?」
 不機嫌そうに加門が彼女を睨みあげた。
「あっ・・・・・・いえ、何でもありません」
 ホホホと明らかにその場を取り繕うような笑みを零して、女は通路を挟んだ反対側の二人席の通路側に座った。
「・・・・・・・・・・・・」
 沈黙が痛い。
 しかし彼女は何事もなかったかのようにその奥の窓際に座っていた女の子と自己紹介なんかを始めている。
「藤堂愛梨さんって言うらしいですよ。知り合いですか?」
 シオンがこっそりそちらの方を指差して聞いた。
「知らん」
 普段から上機嫌でない事は知ってはいるが、不機嫌さに磨きをかけて加門が答えた。
 こういう時は、あまり神経を逆なでしないような話題を提供するのが紳士の嗜みというものであろう。
 シオンは一つ咳払いをして言った。
「賞金首?」
「賞・金・稼・ぎ!」
 『稼ぎ』の部分をやたら強調して加門が答える。こめかみの辺りに四つ角が出来ているような気がするのは、やっぱり気のせいだろうか?
「では、今日も賞金首を追って?」
 心なしかシオンは身を乗り出して尋ねた。事と次第によっては手伝わない事もない。
「いや、町内会の福引で当たったんだ」
 加門はあっさり否定した。
「福引ですって!? わ・・・私なんて1000円も払って参加してるんですよ。10日分の生活費なのに、貴方はタダなんですか?」
 若干、『タダ』の部分に力が入ってしまうのは、いたしかたのないことであろう。シオンの身なりは高級だが財布の中身はあまり高級ではなかった。
「1000円って、こんなの金券ショップに行きゃぁ600円で売ってるぜ」
 加門が追い討ちをかける。
「ガーン・・・・・・たまには観光でもと思って、一番安いツアーを探して来たのに」
 シオンはがっくり項垂れた。
「まぁ、気を落とすなって」
 加門が元気付けるように肩を叩く。
「こうなったら、しっかり1000円分楽しまなくては」
 シオンは握り拳を作って顔をあげた。何やら使命感に燃えている。
 そんなシオンに、加門はやれやれと溜息を吐いた。
「意外としっかりしてるんだな」
「は? 何のことですか?」
「いや、元を取るって・・・・・・」
 おや? と加門が首を傾げているとシオンは何事か思い出したように頷いた。
「あぁ、そうでした。バスガイドさーん。昼食はまだですか?」
 相変わらず弱気なその声は、ビシビシと場を仕切るのに忙しいバスガイドには届かなかったらしい。
 代わりに加門が答える。
「バカだなぁ。昼食は昼に食うから昼食ってんだぜ。朝、食っちまったら昼食も朝食になっちまうじゃねーか」
 それでシオンは左の手の平を右手の拳で軽く叩いた。――ポン。
「あぁ、なるほど、真理です」
「おうよ」
「バスガイドさーん。昼食まで後、どのくらいですか?」
「・・・・・・・・・・・・」


 そんなこんなでバスは走り出したのだった。


「これより、ウェストゲートを抜けてNATに入ります。NATに入りましたら決して窓を開けないようにお願いします。また――――」
 バスガイドの説明が続く中、殆ど聞く耳も持たずに窓の外を見る。
「何だか、ドキドキしますね」
 茶色い岩肌、深緑の木々、青々と広がる空。ちょっとCITYではお目にかかれない光景だ。
 シオンがそれらに胸躍らせていると、窓の外を見ようと身を乗り出すシオンに押しつぶされそうになっていた加門が、何とか自分の場所を確保しつつ尋ねた。
「NATは始めてか?」
「はい。宜しくお願いします」
「おう、任せろ」
「どこかお奨めの場所とかありますか?」
「俺も始めてだ」
「・・・・・・・・・・・・」
 一抹の不安がシオンの脳裏を過ぎらなくもない。

 バスは暫く舗装された道路を走っていた。バスガイドの話しによれば、かつて中央線が走っていた道らしい。
 やがてそれがオフロードに変わると、景色は木々に覆われた森へと一転した。
 しかし、それも束の間、景色がふと曇り始める。
「おや? 霧が出てきましたね」
「あぁ、おかしいな」
 程なくしてバスガイドのアナウンスが入った。
「お客様。ノウムが侵入して参りました。息を止め、静かにやり過ごして下さい」
「息を止めるって、どのくらい止めてりゃいいんだよ」
 加門が不貞腐れたように窓枠に頬杖をついて外の霧を横目で睨みつけるようにして言った。息は完全に止めてはいなかったが、ちゃっかり口元は押さえている。
 その隣で真剣に息を止めていた肺活量に今一つ自信のないシオンは、あっという間に降参で、ぷはーと息を吐きだしていた。
「はぁ・・・・・・もう限界です」
 そうして深呼吸を一つ。
「わ、バカ・・・・・・!!」

 という加門の声はゆっくりと霧の中へ消えていった。

「あれ? ここどこですか? バスガイドさーん! 賞金首さーん!」
 呼んでも返事はない。
 まるで雲の中にいるような雰囲気だ。
 きょろきょろと辺りを見回していると、傍らに、何やら赤くて丸いものが見える。
「おや、こんなところにボタンが・・・・・・」
 シオンはつい伸びてしまう手を自分で止めることが出来なかった。
「どうしましょう、押して下さい、とか言ってます」
 いや、言ってないのだが。
 一体、誰に向かって言い訳をしているのか。
「仕方ないですね。とりあえず押してみましょう」
 ポチッとな。
 ボタンを押した瞬間、突然、彼の座席がせりあがった。
「わぁ!?」
 と小さく悲鳴をあげる。
 座席は天井をぶち破るかと思われたが、すんでのところでサンルーフ宜しく天井が開き、直撃を免れた。

 が――――。
「えぇっと・・・・・・」
 シオンは今、バスの上にいた。
 下のバスはノウムに覆われている。
 一体どういう事なのか。
 清々しいほどの風を切ってバスは走っていた。
「困りましたねぇ」
 状況を確認すべくキョロキョロと辺りを見回した。先程とは反対側の肘掛の脇に、今度は青いボタンを見つけてしまう。
「あぁ、こっちのボタンも押して欲しいと言ってます」
 だから、誰も何も言ってないのだが。
「ポチッ」
 わざわざ効果音を声に出して言ってみたりして。瞬間、座席が動き出した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 突然回り出した座席に慌てて背もたれにしがみつく。
「お・・・落ちる、落ちる。・・・・・・止めなきゃ・・・・・・・ボタン・・・・・・」
 しかし高速スピン中でうまくボタンが視認出来ない。とりあえず手を伸ばしたら黄色いボタンを押していた。
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 お次は座席がアップダウンを繰り返し始める。
「お・・・落ちる。本当に落ちる」
 今にも泣き出しそうだ。
 三度、適当にボタンを押した。
 何とか座席が止まって、安堵の息を吐く。
「こ・・・怖いですね・・・・・・」
 風をきる心地よさもあるにはあるが、そんなものを満喫できるほど余裕はなかった。
 疾走するバス。
 とにかく戻りたい。
 とはいえこれ以上、妙なボタンを押す前に、シートベルトをした方が懸命らしいと今更ながらに気付いてみたり。
 座席を元に戻す為、今度は慎重に周囲を見回していると、座席の下から、どこにでもあるようなゲーム機のコントローラーと説明書が出てきた。
「?」
 殆ど条件反射のようにAボタンを押すと、眼前に謎のディスプレイが現れる。
 画面いっぱいに『バス運転ゲーム』の文字。
「ゲーム?」
 と思ったのも束の間、ディスプレイに更に映し出されたのは疾走間溢れる風景。
 それが、どうやら今走行中のバスのフロントガラスから見えるリアルタイムの景色だと気付くにはそう多くの時間を必要とはしなかった。
「えぇっと、何々、このゲームをプレイ中はゲームプレイヤーのハンドルが優先されバスを動かします・・・・・・は?」
 しばし、脳内で言葉の意味を反芻する。
 それは、要するに、自分がこのコントローラーを使ってバスを運転するという事か!?
「困りましたねぇ・・・・・・」
 呟くセリフは、さして困った風には見えなかったが、当の本人は真剣に困っていた。
「ゲームなんて・・・・・・やったことないんですが・・・・・・」
 コントローラーを手に困惑していると、前方に大木が見えた。
 これはどうやらぐずぐずしている暇はなさそうだ。とにかく腹をくくってゲームをするしかないらしい。
 コントロールレバーを勢いよく左に動かしてみた。
 疾走するバスがレバーを倒した方へ方向転換する。レバーを倒しすぎたのがいけなかったのか、突然ハンドルを切られたバスは急カーブしつつ横滑りした。それでも何とか木を避け切っって、シオンは安堵の息を吐く。のも束の間、次の瞬間別の木が行く手を阻んでいた。
 シオンはまた、力一杯右にレバーを倒した。
 加減して倒す、なんて器用な真似は出来ないので、やっぱり最後まで倒しきる。
 バスは再びドリフト走行しながら、殆ど紙一重で更なる木を避けた。
「こ・・・・・・こんなのは、賞金首さんの方が得意そうなのに・・・・・・」
 しかし、だからと言って、ここには「賞金稼ぎだ!」と突っ込みを入れてくれる人間はいなかった。
 シオンは99%以上を運に任せて、コントローラを死に物狂いで操ったのだった。



   ***


「ぜーぜーはーはー」
 危機は脱した。
 ノウムは去った。
 悪夢も去った。
 時々、ノウムは人の中枢神経に働きかけ、あぁいうイタズラをするらしい。餌食になった者が怪しげなシミュレーションゲームをさせられる。今回は、ノウムを思いっきり吸い込んだシオンがターゲットになったようである。
 若干の遅れは出たものの、とりあえずは乗客も全員無事でバスはツアーの予定コースに戻ってきていた。
 とはいえ、かなり無茶苦茶な運転をした代償は大きかった。
 有態に言えば、酔ったのだ。
「うっぷ・・・・・・」
 吐きそうになる口元を両手で押さえてシオンは蹲った。
「わー、大丈夫か、あんた。吐くなよ、吐くなよ」
 全く気持ちのこもらない棒読みで、加門が声をかける。
「もう少し、心配そうに言ってくださいよ・・・・・・」
 蒼い顔をしてシオンが恨めしそうに加門を見ると、彼はこの期に及んでバナナを食べていた。
 見渡す限り、超ハードなドリフト走行の餌食にあった連中が、そこここで口元を押さえているというのに、大した三半規管である。
「んぁ?」
 加門が振り返った。
 それから食べかけのそれをシオンに向ける
「食う?」
「だから、吐きそうだって言ってるじゃないですか。うっぷ・・・・・・」
「二日酔いには向かい酒って言うだろ」
「それで?」
「バナナと一緒に飲み込んじまえ」
「うっぷっ・・・・・・想像しただけで吐き気がしてきましたよ」
 そう言ってシオンは蒼い顔を更に蒼白にして口元を押さえながら蹲った。
 さすがに、これはヤバイと感じたのか、加門が慌てたように腰を浮かせる。
「わっ、だから吐くなよ。バナナ食え、バナナ。向かいバナナだ」
「うっぷ・・・・・・」
 とはいえ、考えてみたら朝から何も食べてないシオンである。吐こうにも吐くものがなかった事に今更気づいた。今の状態で本当に吐いたらシャレにならない。これは胃に何か入れた方がいいのでは、と思いなおす。
「じゃぁ、頂きます」
 そう言ってシオンは手を差し出した。
「何だ。結局、喰うのか」
 どこか呆れた口調で加門ががさがさとトレンチコートのポケットを漁る。
「気が変わったんです」
「何だそりゃ。じゃぁ吐く気になったらいつでも吐くってのか?」
 言いながら加門はシオンの手にバナナを一本のせてやった。
 それを受け取ったシオンが、おや? と首を傾げる。
「何かこれ、あったかいですね」
「おうよ。俺の懐に仕舞ってたやつだからな。程よく人肌だぜ」
「うっ・・・・・・」
 想像しただけで、気分が・・・・・・。
「わー、だから吐くなって言ってるだろ。飲み下してしまえ!」
 加門に急かされるようにしてシオンは皮を剥くと、バナナを食べ始めた。
 しかし、あっという間に食べ終えてしまった上、減った腹にはかえって仇となり、更に空腹感が増してしまう。
「今日は朝食食べてないんで、お腹すいてるんですよね。バナナもっとください」
「なにぃ!? ちっ、しょうがねぇなぁ・・・・・・」
 舌打ちしつつも、加門はシオンにバナナを分けてやった。
 何とも微笑ましい構図・・・・・・になるわけがない。
 程なくしてバナナがなくなると、加門がイライラとし始めた。
 窓の桟を指でコツコツ叩いていたかと思うと、今度は腕を組んで足を踏み鳴らした。
 そしてそれも束の間。
「あぁ、もう限界だ」
 と、加門は宣言した。
「はい?」
 シオンが首を傾げる。
 しかし、そんなシオンは視界に入っていないのか、おもむろに加門は手を挙げて立ち上がった。
「バスガイドさーん! 休憩まだっすか?」
「後、1時間くらいです」
 と、素っ気無いバスガイドの答えが返って来る。
 しかし、そんな事でくじけたりはしない。
「休憩所にバナナありますか?」
 加門は重ねて尋ねた。
「は?」
 バスガイドがあんぐり口を開けている。
 明らかに戸惑ってる風のバスガイドに、バナナの所在不明と判断したのか加門は座席に座ると、再び床を靴で踏み鳴らした。
「あぁ〜、イライラする。ダメだ。限界だ」
 そんなにバナナが大事だったのか。
 しかしバナナだ。
 所詮バナナだ。
 それとも彼はバナナ中毒だったとでもいうのだろうか。
 シオンは首を傾げた。あんなにバナナを頂いてしまって良かったんだろうかと、内心でこっそり反省などしてみる。
「大丈夫ですか?」
 と声をかけると、加門は開き直ったように言った。
「俺はタバコを吸う」
「って、このバス禁煙ですよ」
「こっそり吸う。あんたが言わなきゃ大丈夫だ」
 って、そういう問題じゃないだろう、しかし加門はそう言うと、換気用に小さく窓を開けた。
「そう言えば、窓開けちゃダメとか言ってませんでした?」
 ふと、シオンは思い出した。
 バスガイドの注意事項。
 あまりマジメに聞いてなかったのでウロ覚えだが。
「あ? そうだっけか? 背に腹は変えられん。見なかった事にしろ。バナナがなくなった今、この口寂しさを補うにはタバコしかねーんだ」
 そう言って、加門はタバコをくわえライターを構えた。
「はぁ・・・・・・」
 溜息まじりにシオンが頷く。
 タバコがバナナの代わりなのか、バナナがタバコの代わりなのか。謎は深まるばかりである。
 そんな事をぼんやり考えていると、突然加門が、がしっとばかりに腕を掴んできた。
「なっ、旅は道連れ世は情けって言うだろ?」
 そんな風に熱く語られても、困惑するばかりだ。
「は?」
 一瞬何のことかわからなくてシオンは戸惑い顔で加門を見た。
 そこでシオンは加門の異変に気付く。
「わっ、言いませんよ。言いません。今すぐ離して下さい」
 腕を振り払おうと、懸命にもがいた。
「袖擦り合うも一生の不覚。死んでも離さん!」
 加門が負けじと腕を掴んでくる。
 窓から入り込んだ謎の触手が加門の腕に絡まっていた。その触手が彼をバスから引きずり下ろそうと彼を引っ張ているのだ。
「わー、離してください!」
 しかし加門は一蓮托生とばかりにシオンの腕を掴んでいる。離す気はさらさらないようだ。
 触手と彼らとの綱引きは意外と短かった。

 ガッシャーン!!

 次の瞬間2人はバスの窓をぶち破り、外へ引きずり出されていたのである。
 気付くとシオンにも謎の触手が絡み付いて、2人を逆さ吊りにしていた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「何でこんなとこにマンイーター(食人花)がいるんだぁぁぁぁぁぁ!?」
 宙吊りになった2人の下には巨大な花が大きな口を開けていた。
 バスは2人の客の異変に気付いたのか、戻ってきてくれたが。
「お客様! 大丈夫ですかー!?」
 飛び出したバスガイドが、安全圏とも言える遥か遠くから大声で声をかけてくる。
 しかしその呼びかけには答えず、加門がボソリと言った。
「おい、俺の目は壊れてるのか?」
「何の話です?」
「あれ、ロケットランチャーに見えるんだが・・・・・・」
 加門がバスガイドの手にしているものを指差して言う。
「あぁ、そうですね。ロケットランチャーですね」
「お客さまー!! よけてくださいねー!!」
 再び、バスガイドの声が轟き、彼女は手にしていたロケットランチャーを構えた。
「よ・・・よけろって・・・・・・」
「どーやってだーーーーーーー!?」

 ドッカーン!!

 2人の大絶叫は、ロケットランチャーの轟音にかき消された。


 正直どうやって助かったのかシオンにはわからなかった。
 それは一瞬(だったのか?)の出来事だった。
 ガミガミガミ――――。
「あれほど窓は開けないようにと申し上げたじゃないですか」
 お怒りのバスガイドの前で、神妙に項垂れる2人。
 とはいえ、シオンは叱られている事にではなく、どちらかといえばお気に入りの服が台無しになっている事実に、暗い影を落としていたが、更なる不幸がこの後、彼を襲う。
「いや、私は開けてないんですが・・・・・・」
 言いかけるシオンの言葉を遮って、バスガイドはぴしゃりと言った。
「連帯責任です」
「・・・・・・・・・・・・」
「貴方がたのおかげで予定が大幅に狂いました」
「はぁ・・・・・・」
「昼食を予定していた武蔵野観光センターには寄れなくなりましたので」
「えぇ!? それって、まさか・・・・・・」
「西多摩コミューンまで食事は出来ません」
「あ、あの・・・・・・食事代は?」
「自腹になります」
「あっ・・・・・・」
 シオンは気が遠くなっていくの感じた。



   ***


 座席は通路を挟んだ斜向かいの席に移動させられた。
 元いた席の開いた窓には申し訳程度に画用紙がガムテープで止められている。
「くそぉ、バナナはねーし、窓は開けられないし、タバコは吸えねーし」
 ぶつぶつイライラ。
「昼食は夕方に食べたら夕食ですね・・・・・・」
 ぶつぶつぶつぶつ。
 ツアー客の大半は昼食が流れたからといって動じたり怒ったりする者はなかったが、彼らにしてみれば大袈裟と言う突込みを受けようとも、死活問題だったらしい。
「だー!! もう、バナナ返せよ、チクショー」
 加門が切れた。
 何故に、バナナ・・・・・・。
 バナナでなくてはならない理由がよくわからない。
 しかし、バナナが必要らしい。
「あ、待ってください。今なら出せそうです」
 シオンは真顔で、バナナしか入ってない筈の胃の内容物を出しにかかる。
「わー!! 流動食はいらねぇ! 流動食は!! 出すなら固形物で出せー!」
 固形物? という事は・・・・・・。
「ぷっ・・・・・・」
 突然、頭上から噴出したような笑みが降ってきて顔を上げると、前の席に座っていた女の子が背もたれから顔を出していた。
 その顔はどこか見覚えがある。
「何でぃ?」
 不機嫌そうに、加門が見上げるのに眉を顰めつつ、シオンが声をかけた。
「おや、もしかしてみなもさんですか?」
「こんにちは、シオンさん」
 女の子――――海原みなもがひらひらと手を振っていた。
「制服姿じゃないので気が付きませんでした」
 シオンは目尻を下げて笑みを零す。
「バナナ食べますか?」
 みなもが尋ねた。
「え?」
 突然の申し出にシオンは目を見張る。
「私もおやつに持ってきてたのでどうぞ」
 そう言って、デイバッグからバナナを取り出したみなもは、加門にバナナを差し出した。
「いいのか?」
 受け取りつつ加門が聞く。
「はい」
「あぁ、天よ! ありがとう、お嬢ちゃん」
 加門は嬉しそうに両手を組んで天を仰いだ。今にもどこかの神様に十字を切りそうな勢いで。
「シオンさんは、チョコレートでいいですか?」
「え? 私にもくださるんですか?」
「はい」
 そう言ってみなもはデイバッグからチョコを取り出す。
「お優しいですね」
 感涙に咽びつつ、シオンは素直にチョコレートを貰って、昼食だか夕食までの空腹の場つなぎをした。

 そうして暫く和やかな空気で間食を楽しんでいた3人だったが、突然、バナナを食べようと皮を剥く加門の手から、食べてもいないバナナがどんどん小さくなって消えていった。
「?」
 目をこらすと、ハムスターが超高速で駆け抜けながらバナナを齧っている。
「あぁ!? なんだ!?」
 気付くと足元には仔猫や仔犬たちがたむろし、ともすれば威嚇していた。
「わっ・・・・・・とと、何だこりゃ?」
 目を見開いて見たが、一向に状況が掴めない。
 小動物にバスを乗っ取られようとでもしているのか。しかし、あまりにそれは、リアリティのない推測だった。
「う〜ん」
 と唸っていると妙な臭気が鼻腔を刺激する。
 だが、それに気付いて慌てて息を止めようとした時には手遅れだった。
 自分の両手がどんどん毛深くなっていく。
 隣にはサルが座っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
「ウキッ! ウキッキー!!」
 何か言ってるが、何を言ってるのかはさっぱりわからない。
 この時点でシオンは、自分もサルになったんだと思っていた。それにしては毛深い。後で分かったことだが、実はシオンはこの時、ナマケモノになっていた。
 前の席に座っていた、みなもは南国で見るようなカラフルな鳥になっていた。その翼で、何とも器用にカメラを回している姿に、ちょっと脱帽・・・・・・。
 気付けばバスの乗客は皆、何かしら動物になっている。
 あの、異臭のせいだろうか。
 それぞれには仔猫だの、仔犬だのが監視するようにびっちり張り付いて、威嚇していた。
 カンガルーのバスガイドの喉笛にナイフをつきつけ、この一連の騒ぎの首謀者と思しきガスマスクを付けた男達がバスのっとりを宣言する。
「う〜ん」
 これも後になって聞いた話だが、この時、席で大人しくしていたシオンはナマケモノはナマケモノらしく、に見えたそうである。
 閑話休題。
 隣では、賞金稼ぎのサルが、何やら紙束を一生懸命チェックしていた。覗いて見ると、どうやら手配書かなにかのようにも見える。連中と照合しているのかもしれない。とはいえ、相手はガスマスクを付けていて顔の半分以上が隠れているのだが。
 意外にも、取り乱す乗客は1人もいなかった。
 慌てた様子もなく、どちらかといえば楽しんでいる雰囲気さえある。曰く付きバスツアーといえども予定外の出来事であるだろうが、これも彼らにしてみれば、許容範囲内の余興なのかもしれない。
 中々に、侮れない連中だった。

 そんな奇妙なバスツアーが小一時間も続いただろうか。
 みなもの隣に座ってた元女性、今は黒豹、確か名前は藤堂愛梨、が突然立ち上がった。
 しなやかな肢体の女豹が二足歩行。
 それはそれで見ごたえがある。
 その女豹が前足を腰にあて、ふんぞり返って「がるる・・・・・・」と威嚇している。それだけで、周囲にいた小動物たちが縮み上がった。
 心なしか、首謀者の男どもも身を竦めている。
 人質がいるのに、心もとなげだ。
 女豹が、奴らに近づいた。
「く・・・くるな・・・・・・」
 男達が言ってる事はさっぱりわからなかったが、何となく想像は出来た。
 完全に慌てふためいている男どもに、何となく同情を禁じえないのはどういった心境なのだろう。自分でも不思議だった。
 かわいそうに、などとまるで高みの見物を決め込んでいると、突然、男どもが背にしていたフロントガラスが光った。
 女豹に気を取られていた男どもが、そちらを振り返るより早く、フロントガラスが大きな音をたてて割れる。
 降り注ぐガラス片を煩わしげに片手で払った男は、見る見る内にゴリラへと変貌していったが・・・・・・。
 ア然。
「すごいなぁ・・・・・・」
 と、思わず呟いてしまう。
 ゴリラはあっという間にカンガルーを助けて、男2人を拘束してみせると、女豹に近づいた。
 女豹が、藤堂愛梨に戻っていく。
 ゴリラも普通の男に戻っていた。いや、普通の、ではない。元がゴリラだったせいか、そのギャップの成せる業故か、ムカつくくらいの美形に。
「すまない。遅れた」
 男の喋ってる言葉がわかるのに、自分の姿を見ると毛深かった腕は普通に戻っていた。
 横を見れば、不貞腐れたようにタバコを吸うマネをしていたサルも、天然パーマに戻っている。
 何となく頭を撫でてみたり。
「・・・・・・・・・・・・」
 触り心地は今日も良好。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!? 賞金首・・・・・・!?」
 突然、美形の男が、隣を見てぎょっとしたように声をあげた。
 一言一句変わる事無く、傍らにいる藤堂愛梨と同じセリフの後に続いた言葉は若干違ったが。
「あっ・・・・・・いや・・・・・・」
 コホン。
 その場を取り繕うような咳払いをして、何事もなかったかのように視線をそらすと、美形のお兄さんは藤堂愛梨と何やら喋っていた。
 彼の正体が、司法局特務執行部の人間であると知れるのは今しばらく後の事になる。
 一段落して前の席から顔を出したみなもが、背もたれに頬杖をついて加門に尋ねた。
「賞金首?」
 あぁ、それは禁句です。とシオンは思ったが、時、既に遅く。
「賞・金・稼・ぎ!!」
 加門は不愉快そうに訂正した。


 後から受けた説明によれば、バスを襲ったのは自然回帰派の連中で、司法局預かりの受刑者だったらしい。藤堂愛梨は司法局のオペレータで、今回の任務とは別件でバスに乗っていたらしいが、正直、そんな事はシオンにとってはどうでもいい話だった。
 最も重要な部分は、別のところにある。
 フロントガラスの壊れたバスでは、この先NAT観光は不可能だろうと、司法局が用意してくれたマイクロバスに乗り換え、目的地の西多摩コミューンでは、司法局の奢りでランチまでご馳走してくれたのだ。
 挙句に、ツアーを台無しにしてしまって申し訳ないと、ツアー代を全額支払ってくれるという。
 太っ腹、司法局!
 というわけで、ツアー代金が全額返金されたのであった。
「あぁ、10日分の生活費」
 思わず頬ずりしてしまう。
 それから、ふと思い出したように傍らを振り返った。
「そういえば、貴方は福引だったんですよねぇ? お金、払ってないんですよねぇ?」
「何が言いたい?」
「いえ・・・・・・」
 内心で、ちょっと羨ましいと思いつつ、敢えて口には出さなかった。
「バナナ喰う?」
 加門が聞いた。
「いただきます」
 夕日をバックに、2人は仲良くバナナを食べた。

 夕方に食べる食事は夕食だろうか。
 しかし、バナナが夕食ではあまり喜べた話ではない。



 The End



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42/びんぼーにん +α】


【NPC/仁枝・冬也(きみえだ・ふゆや)/男性/28/TOKYO−CITY司法局特務執行部】
【NPC/藤堂・愛梨(とうどう・あいり)/女性/22/司法局特務執行部オペレータ】

<ゲスト>

 文ふやかWRさま
 【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、斎藤晃です。
 バスツアーにご参加いただきありがとうございました。
 そして、お疲れ様でした。
 楽しんでいただけていれば幸いです。