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<PCシナリオノベル(シングル)>


【キャンプ場の怪】それでも遺恨は残る


◆ 悲鳴の痕を目にして

 柳崎・琢磨はちょうど休暇中だった。
 それでも職病と言うのか、ついつい事件の記事を追いかけてしまう。
 その中でふと目に付いたものがあった。
 新聞記事であるはずなのに、同時に広告でもある。
 長野県にあるキャンプ場で、数年前に奇妙な殺人事件があった。
 被害者はそこを利用していた6人の大学生グループで、彼らはみんな、喉を食い破られ、全身の血を吸い取られて死亡していたのだ。
 警察の必死の捜索でも犯人は見つからず、一時は吸血鬼だと噂されていたが、やがて人々の記憶から薄れていった。
 だが、事件は終わったわけではなかった。
 つい最近、同じ場所を訪れた別の大学生のグループが全く同じ手口で殺されたのである。
『犯人を見つけ出し、二度とこんな事件が起きないようにして欲しい。』
 キャンプ場の経営者の言葉で締めくくられていた。
「……警察は何をしているんだ。」
 琢磨は溜め息をついた。
 新聞を脇に避け、大きく伸びをして身体を解す。
 見てしまったからには放っておけなかった。
「長野か……。」
 囁くように呟いたが、頭は既に現場に飛んでいた。




 そこは山に囲まれたごく平凡なキャンプ場だった。
 幹の細い木々が並ぶ林が取り囲んでおり、一方には大きめの湖が広がっていた。湖の傍に開けた場所があり、そこにテントを張るのだろう。陰惨な事件が続いたため、現在客の姿はなく、しんっとしていた。
 琢磨は鋭く周囲に視線を送りながら、ゆったりとキャンプ場を歩く。水を含んだ重い空気が、より陰鬱な気分にさせる。大量の血を吸ったせいだろうか。そう考えてしまうと、土すらも黒ずんで見えてしまう。
 大学生の様子を聞こうにも、キャンプ場の近くには民家はない。琢磨は仕方なく、近くの駅まで引き返した。
 大学生たちがキャンプ場に行く前に食材を購入していった店はすぐに見つかった。店長に聞いてみると、本当にごくごく普通の大学生で、賑やかに買い物して行った、程度の無難なことしか分からない。
「何かするとかいう話はしてなかったか? 花火とか肝試しとか。」
「そういえば、花火はするって言ってたかな。」
「あの大学生たちの他にキャンプ場に来た人はいるのか?」
「数組来たよ。あれでもれきっとしたキャンプ場だからね。今でこそ人は寄り付かないけど。」
「同じように大学生のグループだったのか?」
「うーん、詳しく覚えてないけど、親子連れが多かった気はするね。」
「そうか、ありがとう。」
 琢磨は店を辞した後、すぐその足で地元の警察へと向かった。
「り、柳崎警視! ど、どうしたんですか?!」
 突然の来訪に、地元警察官が飛び上がった。
「私用だ。少し調書を見せて欲しい。」
「だ、ダメですよぉ! 調書を外部の人に見せるのは違反ですよ。」
「……お前、なかなか見所があるな。」
「は、はい?」
 警察権力に屈しない様を褒めたのだが、警官にそんなことが分かるわけがない。
 数分押し問答をして、ようやく調書を見ることが出来た。
 殺戮の有様はひどいものだった。添付されている写真をちらりと見て、それ以上見る気にはならなかった。
 大学生グループは、どちらも18〜24までの年齢の開きがある。ごく普通にキャンプを行っていただけのようだった。最初のグループと次のグループに人間関係などの関連は全くない。誰かの恨みを買っている線は薄いようだ。
 他にここを訪れたのは、小学生の集団と親子連れや会社グループなど多数だった。どうしてこのタイミングで事件が再発したのか、全く分からない。
 琢磨はぱたんと調書を閉じ、溜め息をついた。
「……仕方ない。泊まってみるか。」



◆ 被害者の跡を追う

 大学生たちがそうしたように、琢磨も同じ店で食料などを買い込み、キャンプ場へと戻ってきた。
 地元警察から借りたテントを張って、バーベキュー用に火を熾す。1人では様にならないものだ。これから花火をしないといけないと思うと、琢磨はちょっと憂鬱だった。これならば、あの警官でも連れてこればよかった。
 1人で賑やかにするのは至難の業だ。仕方なく、琢磨はロケット花火を四方八方に投げつけた。きゅーんという高い音が林の中で響き渡る。すぐにぱぁんと破裂音が鳴った。
 ストレス発散にいいかもしれない。
 琢磨は思わぬ楽しさに、夢中でロケット花火を放った。ついでに派手にケタケタと笑い声を立てる。
『……呪われてあれ。』
 不意に背筋を冷たい汗が這い登るような低い声が聞こえた。
 はっと振り返ったときにはすでに、すぐ背後にそれはいた。



 暗い顔をした娘。
 どろどろと後ろに影を背負っている。
 そこに生気など欠片もなかった。



「悪霊、か……。」
 琢磨は呆然と呟いた。
「お前が大学生を殺したのか?」
『我の怒りを知れ。』
 相手の攻撃は素早かった。首に娘の手が食い込む。皮膚を切り裂きそうなほどものすごい力だ。すぐに息が出来なくなった。
「ぐっ!!」
 ぱかっと開いた口の中に鋭い牙が見えた。これで大学生の首を噛み切り、血を啜ったのだろう。
 琢磨は目を閉じた。
 怒りを知れ、と彼女は言ったが、琢磨からも同じ言葉を返してやる。
「あんたがどうやって死んだのかは知らないがっ!」



 思い出せ、あの惨劇を。
 哀しみに袖を濡らす遺族の姿を。



 かっと目を見開いた。
「殺人は犯罪だ! 裁かれなければならない!!」
 言葉に怒りを乗せて撃ち放つ。
 プロミネンスのように燃え上がった紅蓮の炎は、矢となって娘に襲い掛かった。



 絶叫が空間を焼いた。



◆ 燃やし尽くした後に残るもの

 琢磨はいつの間にか、知らない場所に立っていた。
 さっきまでいたキャンプ場ではない。何が起こったのか分からず、周囲を見回してみる。
 全体的な風景の色素が薄いような気がした。
『神よ、助けてください。助けてください。』
 若者が蹲って嗚咽を漏らしていた。
「どうかしたのか?」
 声をかけてみても、音として空間に伝わらない。異質分子として、琢磨は存在しているようだ。
 若者はただ嘆き続けている。
『彼女を助けてくれるならば、何でもします。どうぞこの身と血をお受け取りください。』
 振りかざしたのは凶器。琢磨が止める間もなく、若者はそれを自分に突き立てた。
 臓腑を抉り出すように力強く、全ての血液を搾り出すかのように執拗に。
 若者は、血と命を捧げた。



 娘は泣いていた。
『どうしてこんなことになってしまったの?』
 息絶えた若者の遺体に縋り、自分の無力を嘆いている。
『全ては私のせい。身体の弱い、私のせいです。』
 懺悔をするように琢磨を見上げた娘は、確かに先ほど襲ってきた悪霊だった。
『あなたを死なせ、どうして1人のうのうと生きていられましょうか。』
 駆け出し、その先の湖に娘は身を投げた。



 小さな祠があった。
 恋人たちの魂を鎮めるために、大切にされていたそれに近付いてくる複数の影。
 彼らは小さすぎる祠を嘲い、石を投げた。持っていた棒で殴りつけ、笑いながら壊した。
 穏やかな眠りは土足で踏み躙られ、魂の寄りどころは亡く。
『汚・さ・れ・た。』
 娘は怒りのままに、目の前の侵略者を屠った。
 眠れぬ魂は理性もなく彷徨い、同じ年頃の人間に強い嫉妬を覚える。
 何故、彼らは生きているのか。
 恨めしく思う。
「……だから殺したのか。」
 やりきれない思いで、琢磨は頭を振る。
「最初のグループに復讐するのは、まあ、過剰防衛だが、理に適っているものだ。だが、次のグループは全く関係がなかった。それは許すわけには行かない。」
 琢磨の炎に焼かれ、消え逝こうとしている娘の魂へ、それでも毅然とそう告げた。



 全ての景色が消え、琢磨は元の場所へと戻ってきた。
 最後に触れた娘の記憶が遠い夢のように感じられる。
「犯人が死んでも、被害者の遺族には傷が残る……やり切れんな。」
 特に、犯人が捕まらず、公にできない事件では尚更だ。
 まだちりちりと音を立てている燃えカスが、完全に燃え尽きるまで、琢磨はじっと俯いていた。



 * END *