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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


人形狩

<序>

 忘れた訳では無い。
 唯、今は記憶の水底に沈めているだけ。
 忘れる事等、出来る筈が無い。
 この命が今此処に在るという現実――それが、忘却を許さない。
 この命の存在が、今は無きあの命に結びついているから。

               *

「……そろそろ、頃合か」
 様々な音の洪水が溢れる場にありながらも、その空間だけは妙な静けさを帯びていた。
 いや、空間ではなく、そこにいる2人の青年が醸し出す空気が――だろう。
 ここは、都内某所の「Az」という名のゲームセンター。その二階の片隅に、彼らはいた。地上の光を受けながら、星さえその腕に抱かず、ただ深い闇色を呈した空と、周囲の景色を見下ろせる一面ガラス張りになっている窓辺に。
 そこから人通りが少なくなった店前の通りを見下ろしながら、呟いたのは黒いシャツにジーンズを纏った青年。周囲の音にかき消されそうな程のその小さな呟きに、硝子に背を預けながらその青年のすぐ傍らに立っていた白い式服の青年が伏せていた眼を僅かに上げた。そして、口許に微かな笑みを浮かべる。
「……そうだな。そろそろか」
「いつまでも阿呆みたいに遊んでいるわけにも行くまい。忘れている訳でもないのに全て忘れたかのように振る舞っているのには無理がある」
 言いながら、黒式服の袂から携帯電話を取り出し、フリップを器用に片手で開いて着信メールの一つを開きながら、もう片方の手を軽く持ち上げる。
「奴らもお前の居場所に気づいたようだしな。狙ってくるぞ」
「…………」
「お前が俺の間近にいる事も、既によくご存知らしい。……邪魔、なんだと」
 携帯の画面を見せながら、黒尽くめの青年が微かに笑う。
「奴らにとっては、俺が既に『当主』らしくてな。本当の『俺』の存在は今となってはただ邪魔なだけらしい。そして、その存在を守ろうとするお前の存在も、当然、邪魔」
「――――……」
 視線を画面に落とし、表示された着信メールの内容、そして添付されている画像を見た白式服の青年は、僅かに双眸を細めた。
『いつまで戯れているつもりか。既に傀儡は動き出している。あちらもあれを当主の座から廃し、今は母親が座を継いでいる。用もなく穢れた存在を放置する事もない。次に仕損ずる事在らば、其の方の命も傀儡に狩らせる。近日、傀儡があれを屠る為に其方へ向かうだろう。……お前があれの近くにいる事は承知の上、傀儡を上手く使い、あれを仕留めよ』
 綴られている文には、ほんの僅かの温もりですら存在しない。あるのはただ、冷えた意思のみ。
「……まあ、そこで俺がお前の方に回りでもしたら、本気で俺も傀儡人形に狩らせる気なんだろうな」
 唇を歪めて笑いつつ、黒尽くめの青年は、いつの間にか持ち上げていた手の上に舞い降りてきていた一羽の真紅の鷹を見た。額に金の逆さ五芒星が妖しく煌いている、妖鷹――青年の式神だ。
「まったく、つくづく人形遊びが好きな連中だ」
 自分もまた、その連中に人形――駒扱いされていた身だ。もう、そうなる気はないし、そうさせる気もない。
 形だけの『当主』という身分など、どうでもいい。それよりも、自分ともう一人の『自分』を軽んじられた事が、気に障っただけ。
 自分は、その事を忘れていないだけ。
 考えながら、黒尽くめの青年は傍らの白式服の青年を見やる。
(そして、この男は……)
 失った自家の当主の座の事など全く気に留めず、ただ、自分の魂と引き換えに失った者の事を、いつまでも忘れられずに引きずっているだけ。
(まあ、喪わせたのは俺の所業のせい、だが……)
 ふっと息をつき、黒尽くめの青年は低く声を紡ぐ。
「……まあ、新型のお人形は随分と高性能なようだからな。お前の事に関しては、特に」
 差し向けるには絶好の刺客だろう。
 相手の姿を見たら、おそらく、
(……手出し出来ないだろうからな。こいつは)
 携帯電話の画面に映る画像に見入っている白式服の青年を再度横目で見、さて、と再度式神へと眼を戻す。
「どうする? 大人しく狩られてやるか?」
「……お前は、狩られてやるのか?」
「俺は狩り返してやるつもりだが。お前にもその気があるのかどうかと訊いているんだ。なんせ、相手は」
 つ、と顎先で携帯電話を示し。
「あの、七海綺(ななみ・あや)……だからな」


 携帯電話の画面に映し出されている、一人の少年の姿。
 それは、生気のない赤い瞳と無表情の――けれども、間違いなく、七海綺だった。


「……頃合だな」
 呟くと、白式服の青年――鶴来那王(つるぎ・なお)はゆっくりと硝子から身を離した。そして一つ深い溜息をつくと、肩越しに硝子の向こうを見やる。その視線を追うように、黒尽くめの青年――七星真王(ななほし・まお)もまた、黒い双眸を夜景へと向ける。
「やるのか?」
「いつまでも、魂が宿らないとはいえ綺の体を勝手に使わせておくわけにはいかない。一刻も早く、静かに眠らせてやりたい」
「……お前に、できるのか?」
「やらない訳にはいかない。大体、やらなければやられるのはこっちだぞ」
 ――俺は、死ぬわけにはいかない。
 言うと、那王は歩を踏み出してその場から離れていく。硝子に映るその背中を見、真王は僅かに肩を竦め、手に乗せていた式を放つと、もう一方の手の中にあった携帯電話を眺め下ろした。
「力を封じたあの莫迦一人でどうにかなるとは思えんしな。……やれやれ、俺も随分とお人よしになったものだ」
 呟くと、メール表示を消してどこかの電話番号を呼び出した。
 ――草間興信所、の番号を。


<生まれる、揺らぎ>

 夜の仕事についている姉のみを抜いた少し遅めの夕飯を終えて、居間で午後9時から始まったバラエティ番組を見ている弟の姿を視界の端に捉えながらソファに身を預けて手にした雑誌を眺めていた湖影家の長男・虎之助は、ふ、と浅く息をついてその雑誌をぱたりと閉じた。
 頭のいい兄の事だ、どうせ小難しい本でも読んでいたのだろうと思いながらソファの前に転がっていた弟が、テレビがCMに入ったと同時にひょいと上体を起こた。そして好奇心に彩られた瞳で、兄の手許にあるその雑誌の表紙を見て、眼を瞬かせる。
 どこかの家の内装が映し出された表紙には、新築賃貸特集だのモデルルーム突撃レポートだの新築マンション特集だのと書かれていた。
 要するに、住宅情報誌のようだ。
 そしてその雑誌のページのいくつかには折り目がつけられているらしく、折れた紙が中からはみ出していた。
 ちらと、弟が兄の顔を見る。
「……虎兄、最近の興味は不動産?」
「ん? ああ……いや、まあ色々な、社会勉強だ」
 歯切れの悪いコメントをしつつ、虎之助は雑誌を丸めて持ってソファから腰を浮かせた。その背中を眼で追いながら、弟が怪訝そうな顔をする。
「虎兄、もしかして家、出ようとしてる?」
 天然が入っているような気がするのに、時々妙に鋭い弟の言葉に、虎之助は僅かに眉を持ち上げた。
(いや、まあ……住宅情報誌なんか持ってたら簡単にそれらしい事は思いつくか)
 どこぞの駅から徒歩数分圏内、3駅5路線利用可能、二重天井並びに二重床構造さらには防音サッシで上下階への遮音性に優れる……等を見ても、別に気分が癒される訳ではない。楽しい訳でもない。
 大体、用事もなく見たりする類の雑誌ではないし、用件がなければ折り目をつけていく事もない。
 ソファから下り、丸めた雑誌で軽く自分の肩を叩きながら虎之助は弟に向かって肩越しに笑いかけた。
「まあ、まだ決めた訳じゃないけど……そのうちな。バイトの金もかなり貯まった事だし」
 そのうち、が一体いつなのかは分からない。それどころか、現実にそうするかどうかもまだ決めかねているところだ。
 その兄の言葉にふぅんと弟は返事すると、CM明けの番組を映すテレビへと意識と顔を戻した。虎之助も、部屋に戻ってゆっくり1人でくつろぐ為にリビングを後にする。
「あ……そういえば」
 後ろ手にドアを閉め、自室に向けて歩き出しながら明日の予定はどうだっただろうかと考える。
 確か、特に何の予定も入っていなかったはずだ。撮影の予定もないし、大学も数時間講義があるが無理して出なければならないものでもない。
「1日予定空けて、物件直接見に行くか……?」
 雑誌で見ているだけでは分からない部分があるし、実物とは違う場合もある。直接見た方がいろいろとよく分かるだろう。
「よし、そうするか。周りの環境とかも直接見た方が分かりやすいし」
 手に持っていた雑誌でポンと軽く逆の掌を叩く。
 と、まるでそのタイミングを待ってでも居たかのようにポケットに放り込んだままだった携帯電話が軽やかなメロディを紡ぎ始めた。
 一瞬、またどこかの誰かからのメールかと思ったが、これはメール着信を知らせる曲ではなく、電話の着信音だ。
 大学の友人か、副業としてやっているモデルの仕事の連絡か。
 思いながら携帯電話を取り出し、二つ折りになっているその隙間に親指を差し入れ、弾くようにしてフリップを押し開く。
 画面に表示されているのは、「草間興信所」の文字。
「ん……?」
 依頼、だろうか?
 思いながら、通話ボタンを押して耳許に携帯電話を寄せる。
「もしもし?」
『おう、湖影兄。元気か?』
 おそらくは煙草をくわえたままで喋っているのだろうが……どこかぼそぼそと言った感じの声で言う相手、草間武彦に虎之助は怪訝そうに僅かに眉を寄せた。
 元気か? なんて言葉をこの相手から聞くとは思わなかったのだ。体調を気にかけてもらうような間柄でもない。
「何だ? 仕事か?」
『ん……ああ、仕事というか……、……お前、もう既に何か聞いて知ってないか?』
「は?」
 一体何を言っているのだろう?
 何だろう、この探りを入れるような物言いは?
「何の事言ってるのかさっぱり分からないんだが……誰に何を聞いたって?」
『あ、いや……お前、最近鶴来の弟とはどうなんだ?』
 問われて、一瞬虎之助は言葉を詰まらせた。
 鶴来の、弟。
 七星真王という名の、その身の裡にルシフェルとミカエルという2つの人格を宿す、自分より2つ年下の男。
 初めて関わったのは、もう随分前の事。それから何度か顔を合わせ、その内依頼や仕事とは関係ない場所でも逢うようになり――いつしか、相手から惚れただの好きだだのと言われるようになった。
 そしてルシフェルには、鶴来の呪詛を解いたクリスマスの日に――……
『……い、おい、おーい、聞いてるかー?』
 ふいに耳許に届いた声に、虎之助は回想へと向けていた意識を現実に戻し、数度忙しなく瞬きしてから苦笑を零した。
「え? あ、……ああ、悪い」
『最近鶴来の弟からそっちに連絡あったか?』
「連絡?」
 言って、ふと虎之助は再度苦笑した。
 そうだ、草間が「最近どうなんだ?」と関係を聞いてきたとしても、それは色恋に関する事ではないだろう。そもそも、草間は鶴来の弟が自分にそんな感情を持っている事を知らないはずだ。
 としたら、何かあったのだろうか? と考えるのが普通である。
 最近取った連絡と言えば、9月27日の分が一番記憶的には新しいか。その日は七星真王の誕生日で、こちらからメールを送った。それに返事をしてきたのは、ルシフェルの方ではなく、七星真王の主人格であるミカエルの方だった。
 内容は、誕生日に祝いの言葉を送信した自分に対する礼がメインで、特に何か変だとか気に掛かる事があった訳でもない。
 それからも毎日数通、ルシフェルからメールが来てはいるが、毎度の如く他愛のない、どうでもいいような内容だ。草間が欲しがりそうなネタは何もない。
「いや、別に何も?」
『そうか……じゃあお前を巻き込まないようにしようとか思ったのかもしれんなあ』
 わざと自分の興味を引こうとしているとしか思えないその草間の台詞に、虎之助はまた眉を寄せた。
「何かあったのか?」
『ん? ああ、さっき鶴来の弟……あれは確かルシフェルとかお前らが呼んでる方だな。まあ、とにかくそいつからうちに依頼の電話が掛かってきたんだ。だからお前も何か聞いていないかと思ったんだが』
「……、え?」
 真王が、草間に電話?
「一体ルシフェルが、何の用で……」
 言いながら、虎之助は別の事を考えていた。
 どうして、自分にではなく草間に電話、なのだろう。
 一瞬、そう思った。
 自分には何も言わずに、何故、草間に?
 巻き込まないように?
 いや、俺は最後まで付き合うと告げたはずだ。だから、何かあったのなら自分にも何か言って来るはずなのに。
 そこまで考えて、ふと虎之助は持っていた雑誌の先を唇に当てた。
(これは……この感情は、何だ……?)
 あいつが俺の身を気遣って連絡してこなかったというその水臭さに苛立ちを覚えるよりも先に、どうして草間に、と思う、その心理は?
 自分にではなく他の誰かにあいつが頼るという事に対し覚える、この……感情は?
(まさか、嫉妬?)
 いや、待て。
 陰陽術を扱えるあいつが怪奇探偵という異名を持つ草間に依頼をするというのなら、よほどのことなのではないか?
 それならば、話を聞けば「最後まで付き合う」という言葉を裏切らない為に首を突っ込もうとする自分に話を聞かせないのは当たり前の事かもしれない。
 危険な目にあわせたくないから、と。
 しかし、草間興信所なんかに連絡したら、回りまわってこちらの耳に入るかもしれないとは思わなかったのだろうか。
 そして実際、今、虎之助は草間から話を聞ける状態にある。
「バカじゃないか……」
 苦笑が零れた。その言葉はルシフェルに向けられたものか自分に向けられたものか分からない。
 けれど、今の心の揺らぎで、1つ分かった事がある。
 今の今まで、真っ直ぐに見ようとしなかった、自分の心。
 きゅっと雑誌を掴む手に力を込めて、虎之助は一度眼を伏せる。
(俺は……)
 掴んだ答えを胸の奥に押し留めると、気を静めるように1つ息を吐いてからゆっくりと眼を上げた。
 どこか、決意を孕む瞳で。
「悪い、ルシフェルがどんな話を持ってきたのか聞かせてくれないか? どんな依頼だったとしても、請けるから」


<嘘>

 ふ、と浅く1つ吐息を漏らすと、虎之助は草間との通話を切ったばかりの携帯電話をもう一度使用するために視線を画面の上へと落とした。
 場所は、自宅の廊下から自室に変わっている。草間と電話しながら移動したのだ。
 雑誌をベッドの上へと放り投げてから、後ろ手にドアを閉める。もう片手では携帯電話に放り込んである、とある人物に繋がる番号を呼び出している。
 七星真王に繋がる番号を。
 草間から話を聞いてから、色々と考えてみた。
 鶴来が命を狙われている。狙っている相手は、七星の者に傀儡として操られている、七海綺。
 綺に鶴来が殺されないように護衛を頼む……と連絡があったと草間は言っていた。
 真王が――ルシフェルが、一度は殺そうとした鶴来を守って欲しいなどという依頼を回すのはおかしく見えるだろう。いくらあの時、ルシフェル自身も呪詛を解く事を承諾したとはいえ。
 鶴来と七星の事情を何も知らない者にとっては、意味不明の行動にしか見えないはず。本当にルシフェルの言葉を信じていいのかも微妙だと感じるのではないだろうか。
 しかし、虎之助にはルシフェルがどうして鶴来を守って欲しいなどと草間に依頼してきたのか、すぐに理解できた。
 理由は、1つ。
 鶴来の命がどうこうという事ではない。
(ミカを、守るため……)
 クリスマスの夜、呪詛から解き放たれて眼を覚ました鶴来に虎之助が告げた言葉を聞いた時の鶴来の反応を、式神で見ていたのかもしれない。
 ――アンタが七星に戻って、当主をやればいい。それだけのことだろう。
 今のまま、ミカエルが七星の当主として退魔という仕事を続けていけば、ルシフェルの意識がどんどん強くなり、やがては「ミカエル」という真王の主人格が、裏の人格である「ルシフェル」に押しつぶされて消滅してしまう。
 それを防ぐには、ミカエルが退魔をしなくてもいい状況を作り出さなければならない。
 その方法というのが、「鶴来那王を七星家に引き戻し、当主に就けること」だった。
 真王と違い、那王の方には七星の当主となるに相応しい土台があり、たとえ那王が当主として退魔の仕事をこなしても人格が増えたりする事はない。
 虎之助に告げられた言葉を聞いた時、那王は明らかに動揺していた。したくてもできない方法を他人に突きつけられて、どう答えていいのかわからない、とでも言うように言葉を詰まらせた。
 それが否定的な反応でなかったことを、ルシフェルは知っているのだろう。
 ならば那王をどうにかして当主に据えよう、と思ったのかもしれない。
 ルシフェルは、ミカエルが消えてしまう事を良しとは思っていない。むしろ、それを阻みたいと思っている節がある。
 だから。
 那王を――鶴来を当主に引き戻す為には、絶対に、鶴来を殺させるわけにはいかない。
 そういう事なのだろう。
 事態を知れば、退魔を行いたくないなら真王が仕事を拒否すればいいと思う者もいるかもしれない。
 けれど、真面目で責任感がある真王には、困っている人を放っておく事もできないし、自分が当主として仕事をしなければ七星の家の者達にも迷惑が掛かると分かっている為、拒絶できないのだろう。
 それに、何より……ミカエルにはきっと、霊や妖などにより苦しめられている人を放っておく事はできないはず。
(ミカの事も……ルシフェルの思いも、よく分かるから……)
 何度も耳許に寄せた携帯電話から繰り返されるコール音を聞きながら、虎之助は静かに眼を伏せた。
 気持ちはもう、決まっていた。
 自分がやるべき事は、鶴来を守りに行くことではない。
 おそらく、今を切り抜けても、次が来る。
 綺は、他の草間から声をかけられた者たちがどうにかしてくれるだろう。
「でも、それだけじゃ駄目だ……」
 根元を断たなければ。枝を幾ら払った所で同じ事だ。
(だから、俺は……)
 意思を固めたように1つ小さく頷いたところで、ぷつりと、耳許で繰り返されていたコール音が唐突に途切れた。はっと虎之助が少し落としていた視線を持ち上げた。
「……ルシフェルか?」
『ミカの方がよかったか?』
 茶化すように言われ、片頬をゆがめるようにして笑う。
「いや、お前でよかった。お前と話したかったから」
『そうかそうか、いい加減虎ちゃんにも俺の魅力が分かってきたと見える。いい傾向だぞ? そろそろ惚れそうか?』
 紡がれる言葉にあえて今は反応せず、虎之助は笑みを消して真顔に戻った。
「草間興信所にお前が回した依頼の話、聞いた。綺君の事とか……鶴来氏が狙われている事とか」
『……で? またお前も首を突っ込んでくるのか?』
 ルシフェルからも、軽い口調は消えていた。
 問われる言葉に、虎之助はふっと1つ息をつくと緩く頭を振った。
「いや……悪いが、仕事で行けそうにないんだ。最後まで付き合うって言ったのにな……悪い、本当に。すまない」
 暫し、返って来る言葉はなかった。どこかのゲームセンターにでもいるのか、ルシフェルの言葉のかわりに耳障りな音が鼓膜を震わせる。
 ……嫌われた、だろうか。
 ルシフェルは、何があっても虎之助を守る、という言葉を守り続けているのに。
(……これで、俺への評価は最低ラインまで落ちたかな……)
 声なく静かに零れるのは、自嘲にも似た苦笑。
 まだルシフェルからの反応は、ない。
 仕方なく、虎之助は言葉を続けた。
「今回俺は関係ないんだから、まだ俺にお前の式神つけてるんならしっかり呼び戻して自分の身、守れよ? 約束を破るような奴を守り続ける必要はないしな」
 それに。
 ――デート……するんだろう? なら、自分の身をしっかり守れ。
 という言葉が唇をついて出そうになったが、声にはならなかった。口の中で飲み込み、溜息をつく事でかき消す。
 約束を守れない自分には、多分……言う資格のない言葉だ。
(別に、本気で約束を守らないわけじゃない……けど)
 それでも、そういう類の言葉を吐いてしまった自分には、そんな事を言う資格はない。相手に失望を抱かせてしまったであろう、自分には。
 最後まで付き合うという言葉に、今でも嘘はない。
 けれど、きっとコイツに自分がどう動こうと思っているかを口にしたら、止められてしまいそうな気がするのだ。
 だから、言わない。
「……じゃあ、そういうことだからさ。……ごめん」
 黙りこんだままのルシフェルと電話を繋げたままというのが何だか息苦しくなり、虎之助は短く再度謝罪すると、耳許から電話を引き剥がして通話を切った。
「……ごめん、か……」
 ちらりと視線をベッドの上にある住宅情報誌に向ける。そして、ゆっくりと眼を閉じた。
「……無事でいてくれ……」
 本当は、そう言いたかった。それが、最後に1つの俺からの願いだと。
 けれど、言葉にはできなかった。
 言葉にした途端、胸の奥に沈めた言葉が連なって口から出てしまいそうだったから。
 今はまだ、自分にはその言葉を口にはできない。
 全てが、終わるまでは。


<京都――七星邸>

 午前9時46分、東京駅発、新幹線のぞみ。
 そして。
 午前9時50分、同じく東京駅発、新幹線のぞみ。
 前者が700系、後者が500系という違いこそあれ、京都駅までの所要時間にさほど違いはない。
 先に700系のぞみに乗り、京都駅に降り立ったのは沙倉唯為(さくら・ゆい)だった。手には長い何かを収めた筒状の袋を持っている。中に入っているのは日本刀なのだが、流石にそんな物を素で持ってうろうろしていたら警察のご厄介になってしまうため、こうしてすぐには中身が何か分からぬよう袋に収めているのだ。
「それにしても……」
 新幹線中央改札口を出た所で、唯為は1つ深い溜息をついた。
 とりあえず、相手は妙な術を使って綺を操っているのだから、七星邸がどこにあるか具体的な場所など知らずとも何か感覚に引っかかってくるものはあるだろうと思って甘く考えていたのだが。
 京都は、市内各所に様々な霊的ポイントがある場所である。何かを感じようとしても、あまりにも種々雑多な気がありすぎて、何が何なのかさっぱりわからない。
「これではお話にならんな」
 例えるなら、無数に飛び交っている無線の電波の中から、唯一自分が聞きたいと思うものにチューニングをあわせる作業に似ている。しかも、自分が探し当てたいのは他の強い電波に押されてあっさり包み隠されてしまう程度のか細い電波。
 暫く意識を集中してみても、京都という土地柄のせいもあるが、何より駅内で行き来する人間が吐き出す気があちこちで蟠っている気がして、感覚に引っかかって邪魔な事この上ない。
「……草間にでも調べてもらっておくんだったな……」
 そちらから依頼を請けていないが、まあこちらにも理由があるから今回は好意で手伝ってやろう当然無料だぞ、とか何とか言ってやればきっと探偵であるその能力を存分に発揮してくれたに違いない。
 とはいえ、今からそんな事を考えてももう遅い。
 綺が鶴来を襲うまでに、どれくらいの猶予があるか分からない。新幹線で京都まで来る為に2時間を無駄にしているのだ。これ以上の無駄は省かねばならない。
 しかし。
「さて……どうするか」
 思案しながら、唯為はとりあえず駅構内から出る事にした。
 が、その背後から。
「……、お前は……」
 ぽつりと、よく通る甘いバリトンによる呟きが聞こえて唯為は肩越しに振り返った。
 背格好だけで覚えられているほど親しい間柄でもない男がそこに立っている。親しくはないが……顔に覚えはあった。
「ああ……碧摩蓮の店で、琥珀の名前云々の時にも逢ったな。湖影、だったか」
「確か、沙倉、だったな。どうしてこんな所に」
 言いかけて、湖影虎之助(こかげ・とらのすけ)はふと言葉を止めた。唯為の姿を見つけた時から容貌に微かな驚きを滲ませていたが、すぐさま何か納得したような表情になる。
「もしかして、草間に依頼を回されたのか?」
 その言葉で、唯為にも虎之助が今ここに居る理由が知れた。
「俺は草間から依頼を請けたわけではないが……まあ、暇だしな。どこぞのお人形遊びが好きな黒幕のツラでも拝みに行ってやろうかと思ってな。お前は草間に依頼を回されたようだが、ここに居るという事は、目的地はおそらく同じだな?」
 渡りに船だ。
 ニヤリと唇に笑みを浮かべると、唯為は持っている刀入りの袋の先でトントンと軽く虎之助の肩の辺りを叩いた。
「ここに居るという事は当然、七星の家がどこにあるかも知っているという事だろう?」
 その言葉に、虎之助は小さく頷いた。
「ああ。前に一度、七星の当主本人に聞いた事があるからな。詳しい場所までは家のしきたりだとかで教えてはもらえなかったが、大体の場所なら分かる」
「丁度いい、お前にはあまりコッチ系の能力があるようには見えんしな。困った時には持ちつ持たれつというヤツだ」
 コッチ、と片手を拳にして言う唯為。武器まで用意してきて暴れる気満々にも見えるその相手に、虎之助は僅かに眉を寄せた。
 2人とも、どちらかと言うと誰かと、他人と足並み揃えて何かをするというのが得意なほうではない。むしろ自主的に動く方が得意だ。
 それに、直接攻撃系の能力がないとはいえ、虎之助も新幹線に乗っている間ぼんやりと貴重な時間を潰していた訳ではない。どうやって相手を引かせるか、そのやり取りや駆け引きも色々考えてはいたのだ。
 しかし。
「……まあ、相手も得体が知れないしな。1人よりは2人か」
 あっさり決断を下すと、虎之助は「とりあえずタクシーを拾うか」と言い、南北自由通路に向けて歩き出した。
 明らかに、唯為は自分より急場の数を踏んでいる気がしたからだ。腕も立つのだとしたら利用しない手はない。
 虎之助は、七星邸の場所を知る。
 唯為は、腕が立つ。
 利害が一致したのなら、それ以上うだうだと悩んでいる時間も勿体無い。
 そうしている間にも、綺が鶴来を狙って動いているのだ。
 今のところ、2人の携帯電話にはそれらしき事態を知らせる連絡は入っていない。
 としたら、まだ、大丈夫だという事だ。きっと。
 ならば鶴来が綺に捕捉される前に動かねば――それ以上、綺に鶴来との距離を縮められる前に何とかしなければならない。
 駅構内には、駅ビルにて京菓子協同組合による京菓子展などが開催予定だとか、11月に入ったらクリスマス点灯式があるなどという告知ポスターが貼られている。それを視界の片隅に入れながらJR京都伊勢丹の前を通過し、階段を下りてバス乗り場へ出ると、京都駅北交番前にあるタクシー乗り場に向けて移動する。
「そういえば」
 上手く客待ちしていたタクシーを捕まえ、さっさと2人で後部座席に乗り込むと、虎之助が運転手に行き先指定するのを待ってから、唯為が窓の外を眺めやったまま口を開いた。
「お前は七星の息子と仲がいいのか?」
「は?」
 唐突な問いに、虎之助が眉を持ち上げた。が、すぐさまその眉は元に位置に戻る。
「それが今回の件に関係あるのか?」
「仲良しこよしなら、色々と聞かせてもらえるかと思ってな。鶴来の弟も、鶴来と同じ陰陽師なんだろう? なら、どうして弟自身が鶴来か綺をどうにかしてやろうとしないんだ?」
 仮にも陰陽師を排出する家の当主だと言うのなら、それなりの力量があるはずだ。
「それから。当主だと言うのなら、どうして家の者が好き勝手振る舞うのを許している?」
 何らかの能力を脈々と影で伝え行く家系の重さや古臭さは、唯為にもよく分かる部分である。唯為自身、飄々として見えるが、実際は平安時代から続く妖狩りの一族の当代だ。
 そんな、ある種七星真王と同じ地位にいるからこそ、他の者たちより強く疑問に思うのだ。
 当代の言う事を聞かずに好き勝手をしているという事態が、唯為には理解できない。
 その言葉に浅く溜息をつくと、虎之助も唯為が見ているのとは逆方向の窓の外に視線を向けたまま言葉を紡ぐ。
「真王が自分で術をどうにかしない理由は、俺には分からないが……家の者が勝手に色々とやっている理由は分かる」
 流れ行く京都の街の風景を目に入れながら、先を続ける。
「七星には煩い長老方がいるらしい。当主を誰にするかを決定するのもその連中で、実質、当主というのはただの飾りに過ぎず、七星そのものを動かしているのはその長老方のようだ」
 七星那王、という名の長男を、父の死と共に母の実家である鶴来家へと下がらせて、次男である真王を当主につけたのも、その者たちの意向。
 僅かに窓を開き、そこから入り込んでくる少しひんやりとした秋の気配を含む空気に虎之助は眼を細めた。
「鶴来氏には長老方が当主につけたくないと思う何らかの理由があるらしく、真王と鶴来氏の父が亡くなった時、長老方の多数決で鶴来氏ではなく真王が次期当主になる事が決まった」
「しかし、俺が数度ゲーセンで見かけた鶴来の弟というのは随分と扱いにくそうな男だったが? いや、鶴来も大概掴めん男ではあるが」
「ああ、それは……それは確かに真王だが、正確には真王じゃない」
 唯為が見かけた真王というのが、主人格ではなく裏人格であるルシフェルの方だと理解すると、虎之助は微苦笑を浮かべて視線を窓の外から唯為へと向けた。
「本当の真王は、もっと真っ直ぐで、よく言う事を聞きそうな温和な子だから。あんなに性格歪んでない」
「何だ? つまり、真王という輩は二重人格なのか?」
 唯為も、視線を虎之助の方へと向けた。それに頷いてみせる虎之助。
「厳密に言うと二重人格じゃないんだが……まあ、似た様なものだからそういう認識でいい」
「それで……つまりその年寄り連中は、捻くれた鶴来ではなく扱いやすい坊やを当主に据えて、まるで摂政のような事をしているという事か」
「そうだな。真王はまだ未成年だし、ある意味分かりやすい例えだな」
 社会の歴史で出てきた「摂政」ではなく、何となく皇室典範にて定められている事を思い出しながら虎之助が言う。天皇が未成年であったりした場合等に、皇室では摂政を置く事になっているのだ。
 ふ、と唯為が眼を細めて微かに笑った。
「本当に、どうやらとてもとてもお人形遊びが好きな連中らしいな。真王の事もおそらくは、いいように扱える人形だとしか思っていないのだろう?」
 そしておそらく、当の本人である真王は、自分がそんなふうに扱われているとは思っていないのだろう。
 虎之助の言う所の、真っ直ぐでよく言う事を聞く、という真王は。
「まあ、自分が一体どういう扱いを受けているか分からないまま当主を務めている小僧というのにも問題はあるのだろうが」
「……分かっていないわけでもないのかもしれないが」
 呟きながら、虎之助は無意識にシャツの胸元から覗いたネックレスに触れていた。そのトップにつけられている丸い黒曜石をきゅっと掴む。
 少なくとも、ルシフェルは「真王」という存在が人形扱いされている事は知っていた。ミカエルがどうなのかは、本人に聞いてみないと分からないが。
「何にしても、とりあえずはその年寄り連中に、ほんの少し早めにあの世へ行ってもらう為に手を貸してやればいいという事のようだな。まあ身体半分くらいを棺桶にでも突っ込ませてやったらどうにかなるか。俺は優しいし、全殺しなんて真似、趣味じゃないからな」
 どうせ術者もその年寄りの内の1人なのだろうから。
 その、やや不穏な唯為の言葉に、虎之助も少し迷ってから、やがて諦めたように小さく頷いた。
 そうである。
 自分が京都へ来た理由は、まさにそれなのだから。
 長老方をどうにかしてやる、という――それが、ここまできた理由。
 いつの間にか、車窓を流れていく景色の中に少しずつ大きな構えの家が増えてきた。純和風の作りの家が立ち並ぶその風景。
 ふ、と唯為は僅かに眼を細めた。
「……やっと、チューニングを合わせる事ができたようだ」
 その呟きの意味が、虎之助にも分かる。
 七星の家が近い。
 それが、感覚的に分かるのだ。
 意識をちくちくと刺激する、不快なその術の波動によって。


<たどり着く場所>

 料金を払った虎之助がタクシーから降りてくるのを、唯為は視線を斜め上に向けて待っていた。
 空は、やや曇り気味。頬を撫でて通り過ぎていく風は少し冷たいくらいだ。
 もうすっかり、秋である。
 もう少し天気がよければ鴨川に面した料理屋でゆっくり京料理会席でも味わいたい気にはなるが――今は曇天だし、何より今は明らかにそれどころではない。
 領収書を貰っておけば後で草間にでも請求できるところだが、何だか面倒臭くなり、結局虎之助は領収書を切ってもらわずそのまま支払いだけ済ませてタクシーを降りた。
「さて、行くとするか」
 視線を一度虎之助に向けてから、唯為は迷いのない足取りで歩き出す。
 タクシーを走らせながら術の波動を辿って七星邸前まで行ってもよかったのだが、邸内で何が起きるか分からない以上、後々の事も考えて少し目的地から離れた場所で下車したのである。
 もし何らかの弾みで七星の家の者に危害を加えざるを得なくなり、その件で警察が動くようなことがあったとして……「そういえばあの家の前に若い2人の男を運んだ。1人は棒みたいな物を持った黒スーツにたれ目の男で、もう1人は……あれはテレビのCMとかで見たことあるから間違いない、湖影虎之助だ」などとタクシーの運転手に証言されてはたまらない。
 まあ、できることなら穏便に事が運べばいいが……などと思いながら、虎之助は先を歩く唯為の背中を見る。
 しかし、「術を解いてくれ」「はいわかりました」などと容易くこちらの要求を飲み込んでくれるはずもない。もとより、そんな期待は微塵もない。
「綺くんの身体には今、魂が入ってない。なのに動いてるんだから、まあ……別の魂を入れてるか、術や符で操ってるという事だな?」
 自分よりは術や何だという事には詳しそうな唯為へと問いかける。それに、ひらと片手を持ち上げて背を向けたまま軽く手を振り、唯為は歩を緩めもせず歩きながら答えた。
「まあ、普通に考えたらそうだろうな。これだけ術の波動が感じられることからしても、そう考えて間違いないだろう。陰陽術については俺も本職の人間ほど詳しい訳ではないから分からんが」
「形はともあれ、とにかく操られてるんならその大元を叩けばいいと思ったんだが、浅慮だろうか?」
「浅慮?」
 つり上がり気味の眉を少し持ち上げて、唯為が肩越しに振り返った。その表情は明らかに、心外だ、と言っている。
「だったらお前と同じ思考で動いた俺も浅慮という事か?」
「相手もおそらく自分の所へ誰か来ると思っているだろうし……となると簡単に大元を叩けばいいと考えたのは浅慮だっただろうかと思ったんだが」
「知ってるいるか? ゲームは阿呆が相手では少しも楽しくないんだぞ? 多少悪知恵が働くくらいが丁度いい。小悪党が倒された時の打ち拉がれっぷりは見ていて楽しいぞ?」
 呆れるほどに泰然自若としている唯為のその唇に浮かぶ皮肉げな笑いに、虎之助はやれやれとでも言うように溜息をついた。
 話している間にも、徐々に術の波動が発されている場所に近づいて来ているのを、2人は肌で感じていた。ぴりぴりと、まるで静電気が周囲に纏わりついているかのように微かな刺激を感じる。歩を進める度に、どんどんとその刺激は強くなってくる。
「……ん、ここか?」
 唯為が、存在感のある純和風の数奇屋門前で立ち止まった。和風の邸宅が並ぶその街並みの中で特別その門のある家が目立ったと言う訳ではないが――いや、目立ったのと同じだろう。
 その家は、明らかに周囲にある家とは違っていた。
 その場にある気が、異質なのである。
 冷たい無色の霧が家を包み込んでいるかのような、ひんやりとした感覚。澄んだ気が満ち、とても清浄な状態にあるようなのに、発されているのは、暗く怪しげな念。
 おそらくはそれが、綺への術だろう。
 虎之助も門の前で足を止めると、ふとその扉の左柱に掛けられている門札を見やった。
 厚みのある木に、流麗に浮き彫りにされた、文字。
「『奈々星』……?」
 七星ではなく奈々星と記されたその文字を不思議そうに見ながら呟いた虎之助に、唯為はああ、と頷いた。
「『七星』というのはどうやら、表向きには隠し名のようだな」
「隠し名?」
「術や呪詛を取り扱う者にとって、本当の名を相手に知られるのは命取りだからな。だから、本当の名の字面を変え、表向きにはそちらを使ったりする事がある」
 個人の名というものはとても重要で、それがあるのとないのとでは術や呪詛の掛かり方が違ってくる。
 術をかける者は、かけられる怖さも知っている、ということだ。だからこそ、他人に真名を知られないように表向きには別の名を使うのである。
 唯為も「沙倉唯為」という名以外にもう1つ、名を持っている。だからこそ分かるのだ。
 奈々星、と言うのが本当の名である「七星」を隠すためのものだと。
「名前だけでなく、生年月日や出身地を知られるのも厭うものだ。まあ、術師でなくても個人データをどこかの誰かに知られるのはあまり気持ちのいい物ではないだろうが……しかしここのご当主は別に御名を隠そうとはしていないようだな。思い切り『七星』と名乗っているようだし」
 言いながら、唯為はその門札に手を伸ばした。あ、と虎之助が思う間もなく、あっさりと門札は設置された場所から取り外される。
「何してるんだ、おい」
「見ろ」
 諌めるように言った虎之助は、唯為の言葉を受けてその手許にある門札へと視線を落とす。
 ひっくり返された門札には、引っ掛ける為の穴以外に、上下左右にそれぞれ1つずつ穴が穿たれている。そしてそこに何かが埋め込まれていた。
「四神だ」
「四神? ……ああ、朱雀、白虎、青龍、玄武……のことか?」
 よく見ると、穴の中にはそれぞれ、四神を模った小さな銀の細工物が放り込まれていた。上部には玄武の細工物が入れられ、ブラックサファイアが上から嵌められている。左には青龍とサファイア、右には白虎とホワイトサファイア、下には朱雀とルビーが、同様に嵌め込まれていた。
 4方の神をそれぞれ、東西南北に嵌め込んだにしては東の守りである青龍と西の守りである白虎が逆に嵌っているようだが、門札として門に引っ掛けたとき、文字が見える方から見立てるとちょうど東西南北の守りが正しい位置にあるようになっているのかもしれない。
「あちこちにこんな力の込められたものがあったら厄介かも知れんな」
 言いながら、唯為は無造作に門札を足許に放り投げると、持っていた布袋から愛刀『緋櫻』を取り出した。そしてすらりと抜き放つと刃を下に向けて持ち、門札に向かって刃先を落とした。
 丁度真ん中に、刃が突き刺さる。
 同時に、木を裂くのとは明らかに違う、パシッと何かが弾けたような手ごたえが感じられ、門札に掛けられていた何かの術が解けた事が唯為には分かった。
「他所の家の門札だが、まあ……今は仕方ないか」
 後で真王にちゃんと説明しておこうと思いながら唯為が刃を引いて鞘に収めるのを見ると、虎之助は手を伸ばして門扉に触れた。
 軽く、押す。
 鍵は掛けられていなかったようで、虎之助の力に応じて扉は容易く開かれた。
 この時点で、既に誰かが訪れた事は中に居る人間達にも知れているだろう。術などを使わなくても、門扉前に監視カメラでもこっそり設置していたらすぐにわかる事だ。
 即座に迎え討つ準備をしているかもしれない。
 しかし、それでも引くわけにはいかなかった。
「さて……それじゃ行くとしますか」
 軽い口調で言いながら、虎之助はゆっくりと敷地内に一歩、踏み出した。その後に、唯為も悠然たる足取りでついて行った。


<邸内にて>

 玄関の引き戸に手を掛け、軽く力を入れてスライドさせる。すると、これまた門扉と同じく、ごくあっさりと扉は開いた。
 わずかに、虎之助は眉を持ち上げた。
「無用心だな」
 忍び込む側からしたら有難いが、ついそんな言葉が零れてしまう。
「全くだ。戸締り火の用心は重要だとしっかり教えてやらんとな」
 こんな風に賊が入り込んだら大変だろう、などと言いながら唯為が開けた戸に掛けたままの虎之助の腕の下をくぐって一足先に三和土に足を踏み入れる。そして持ち上げた刀の鞘先で軽く壁に掛けられていた額入りの絵を叩く。
「おい、何してるんだ」
「この額を外して裏を見てみろ」
 言われて、虎之助は戸を閉めるとその手で絵を外した。言われたとおりに絵の後ろを覗き込む。
「あ」
 するとそこには、人の形をした紙切れが貼り付けられていた。何やらうねうねとした文字が書き綴られているが、何が書いてあるのかまではよく分からない。
「……呪符か?」
「念の為だ、破っておけ」
 言うと、唯為は靴も脱がずにそのままずかずかと上がりこんでいく。やれやれと肩を竦めると、言われたとおりに人の形の紙切れを引っぺがして丁寧に破り捨てた。何のための呪符だったのかは分からないが、これで効力はなくなるだろう。
 年寄り連中との話し合いが上手く行かず撤退しなければならなくなった時の事を考えると、確かに、今のうちに退路となる場所で気に掛かるものは始末していった方がいい。
「……、あ」
 上がり框で一瞬、靴を脱ごうか脱ぐまいかと悩んで動きを止めた虎之助は、顔が映りそうなほどきれいに磨き上げられた床板を見てふっと溜息をつく。
 もう既に唯為は土足で奥へと進んでしまった。なら、自分だけ脱いで行ってもあまり意味がない気がする。
「……まあ一応賊みたいなものだし、礼儀正しく靴脱いで行く必要もないか」
 まさか土足が原因で話し合いが決裂するなんて事もないだろう。元よりそんな平和な方法だけで解決するとも思っていない。
 決断すると、靴を虎之助も靴を履いたまま上がりこみ、踵の音を鳴らしながら廊下を足早に移動し、随分先に進んでいた唯為に追いつく。ところどころ、廊下の柱に刀を刺したような痕が残っていたのは、どうやら唯為の仕業のようだ。さっきまでは鞘に収めていた刀を、再度抜き身で手にしている。
「何をしてるんだ? 後で修理代請求されても知らないぞ?」
「よく見てみろ。この柱」
「……?」
 不思議そうに、唯為が刀の先で示す場所を見る。
 ごく小さく、刻まれた模様がある。
「……何だか怪しいからとりあえず斬り付けて行ってるのか」
「ご当主殿には後でお前から謝罪でも述べておけ。それにしても、屋敷全体に結界を張っているのか何だか知らんが……随分と悪趣味な家だな」
 言いながら、さらに奥へと進み行く。虎之助もその後に従う。
 廊下を進む間、邸内からは何の音もしなかった。まるで誰もいないのではないか、と思ってしまうほどだ。外部からの音も聞こえず、不気味な静寂が横たわっている。
 暫し、黙したままただひたすら、発されている術の波動を追って歩いていた2人は、やがて右側に広がる日本庭園へと眼を向けた。左側は和室になっているらしい。
 綺麗に刈り揃えられた芝生。手入れの行き届いた庭だ。
 ふと、その緑に満ちた場所に、一瞬この家の当主である青年が立つ姿を想像し、虎之助は眼を細める。
 彼は、この静かな邸内でいつも1人、何を考えていたのだろうか……。
「おい」
 意識を内側へ向けかけていたところで唯為に声を掛けられ、はっと虎之助は顔をそちらへ向けた。
 視線の先で、唯為が顎先で前方にある真っ白な明かり障子を示す。
「どうやらあそこが最終目的地のようだな」
「……らしいな」
 言うと、虎之助は大きく一歩踏み出し、唯為の横をすり抜けて歩いていく。急に先を立って歩き始めた虎之助のその背を見、唯為は軽く肩を竦めてから、ゆったりとした足取りで後を追った。
 術の波動はかなり強くなっている。
 もしかしたら、傀儡の術だけではなく何か別の術も併用しているのではないだろうか?
 例えば――呪詛、のような。
 ありえないわけではない。綺に鶴来を襲わせている間に、呪詛を叩き込む事もできるだろう。相手は真王が草間興信所に鶴来の護衛を頼んでいる事を知らない可能性だってある。ならば、そう計画されていても別に何ら不思議ではない。
 もしそうなら、止めなければ。
 す、と。
 障子の前に辿り着いた虎之助が、躊躇いもなく、勢いよく一気にそれを開け放った。


<覚醒……>

 薄暗い室内には、車座になった6人の老人がいた。いずれも白着物に白袴、白足袋で身を包み、静かにその場に座している。
 その奥にもう1人、背を向けて座している老人がいた。何やら小声でぼそぼそと言っているようだが、それはどうやら何かの術らしい。
 おそらくは、それが綺を操る術を放っている者だろう。
 そしてこの場にいる者たちが、七星の長老方に違いない。
 彼らは一様に、その場に現れた2人の事など見えていないかのように微塵も動かなかった。部屋の中には、術者がぶつぶつと呟く声だけが低く不気味に響いている。
 構わず、虎之助はその車座の真ん中を突っ切るようにして術者の方へと歩み寄った。しかし、それでも老人達は身じろぎもしない。
「何だ、まるで人形のようだなご老人方」
 どこに行っても「人形」に縁があるらしい自分に対して唇を歪めるようにして笑うと、唯為は開け放たれた障子の外枠に背を預けるようにして座したまま動かない老人たちを眺める。
 真っ白に色が抜け落ちた髪や、薄くなった髪。
 顔や手に刻まれた無数の深い皺。
 そして小さな体。
 そのいずれも、一見するとどこにでもいる老人だ。孫の1人や2人居てもおかしくない感じのその老人達は、けれども嘲りを含んだ唯為の言葉にも何の反応も示さない。
 相手にされていないのか聞いていないのか。
 まさか寝ているわけではないだろうが。
 やれやれと肩を竦めると、唯為は虎之助の方へと視線を向けた。
 老人で作られた円を通過した虎之助は、もう術者の背後まで近づいている。しかし他の老人達と同じ様に、術者も虎之助に意識を向けようとはしなかった。
「……おい。いい加減その術、やめたらどうだ」
 言って素直にやめるとは思っていない。
 思ってはいないが――……。
(こいつが……こいつらが、鶴来氏を殺し、ミカの事も消そうとしている……)
 こんな連中が、いるから。
 人の命をまるで駒のように扱う、こいつらがいるから。
 そう思うと、なんだか堪らなくなった。思わず術師の横に回り、腰を少し屈めて腕を伸ばすと、虎之助はぐいと乱暴に術師の胸倉を掴み上げた。
「いい加減……やめろって言ってるのが聞こえないか」
 相手は小柄な老人だ。虎之助が胸倉を掴んだまま立ち上がったら、老人はまるでぶら下げられるような姿勢で無理矢理立たされる事になる。
 けれど、それでも術師は右手でしっかりと印を結び、口の中でもごもごと術を唱え続けている。
 その落ち窪んだ眼窩の中にある瞳は、何やら奇妙な光を帯びていた。
 光の正体はおそらく、執念、とでも言うものだろう。
 鶴来を始末する、という――その一点に絞られた、執念。
 ぎりと強く、虎之助は奥歯を噛み締めた。思わず空いた手を硬く握り締め、術師を殴りつけたくなった。
 どうにかそれを思いとどまったのは、唯為の声が聞こえたからだろう。静寂の中で、この低く流れる不気味な術ではなく、はっきりとした明瞭な声が聞こえたから。
「答えられる者がいるのかどうかは知らんが、折角わざわざ東京からこんな所まで出向いてやったんだ。少々、綺についてご老人方に伺わせてもらうとするか」
 その言葉に、虎之助に胸倉を掴み上げられたままの術師がわずかに不気味な目を唯為の方へ向けた。答えてやろうという意思表示だと勝手に解釈し、唯為はわずかに首を傾げるようにして顎を持ち上げ、細めた眼を術師へと向ける。
「あれは本当に綺の身体なのか? 聞いたところ、死した綺の身体を傀儡として使用しているらしいが……なぜか妙に気になってな」
 唯為の言葉に、術師は術を唱え続けながら妙に素直に頷いて見せた。にや、と色の悪い薄い唇に歪んだ笑みを貼り付けて。
 その表情は、綺の体が本物だと言っていた。
 答えるように、唯為もにやりと笑ってやる。
「綺を大切にしていた者の元に、本物の綺の身体を人形としてお遣いに出すとはやるじゃないか。なかなかの趣味だ、褒めてやろう」
「褒めてる場合か!」
 やり取りを黙って聞いていた虎之助が、耐え切れなくなったように掴み上げていた術師を力任せに突き飛ばす。
 どうやら苛立ちが頂点に達したらしい虎之助のその様に、唯為は僅かに眉を持ち上げた。どうやら笑えぬ冗談を言ってしまったようだ。
 こんなところで仲間割れなどという面倒な事になるのもな……などと思い、唯為が僅かに肩を竦め、「悪い」という言葉を態度で示そうとした――その時。
 唯為の双眸が、見開かれた。
 ――赤。
 それまで室内を満たしていた薄闇が、赤く溶けている。
 虎之助もようやく異変に気づき、唯為から術師を突き飛ばした方へと顔を向けた。
 そこには、白い布が敷かれた祭壇――護摩壇があったのだが、術師がそこに突き飛ばされてしまったため、壇は崩れている。
 護摩壇の上には木で組まれた小さな三角壇があり、中には小さな炎がともされていたのだが、その三角壇も護摩壇と共に崩れてしまっている。
 炎は敷かれていた白布に燃え移り、一気に燃え広がった。あまりにも炎の回りが速いのは、白布に香油でも垂らされていたのもしれない。
 慌てて虎之助は、術師が座っていた分厚い座布団を引っ掴み、火を消すために何度も何度も布の上を叩く。
 だがその場にいる虎之助以外の者は誰も、消火活動に手を貸そうとはしなかった。術師は火から一番遠い部屋の隅に移動し、変わらず術を唱え続けているし、車座の老人たちもやはり、先ほどまでと同様、微塵も動かない。
「お前ら……ここ焼けてしまってもいいのか?!」
 炎を叩きながら大声で叫ぶが、それでも反応する者はいない。
 そして反応しないのは老人たちだけではなく、唯為もだった。
 虎之助の向こうで、高く燃え上がっている炎。
 銀の双眸に炎が映り、瞳は朱金に染まっている。
 ――いや。
 ただ色が映っているだけではない。
 実際に、唯為の瞳は金色に変わっていた。
「……、おい……沙倉……?」
 異変を感じた虎之助が、座布団を振り回す手を止め、眉を寄せて怪訝そうに声をかける。
 唯為は、ひどく冷めた眼で虎之助を見やった。
「役に立たんのなら殺してしまえ。どうせ老い先短い身だ、さっさとあの世に送ってやるのもある意味親切というものだ」
「な……っ?」
 言うなり、唯為は無表情に持っていた緋櫻を右斜めに振り上げた。そのまま、左下に向け、薙ぐように刃を走らせる。
「――……っ!!」
 咄嗟に、虎之助が唯為に向けて持っていた座布団を投げつけた。それに気づき、唯為が当初の狙いから僅かに意識をそらせて、飛来する座布団を一刀の元で斬り伏せた。
 もし虎之助が座布団を投げていなければ、今頃その場に座している唯為に一番近い所にいた老人の首が飛んでいたところだ。
「お前……何考えてるんだ……?」
「一番手っ取り早い方法を提示してやっているんだがな。この場にいる者すべて殺してしまえば、術も何も関係ないだろう?」
 唇を歪め、どこか艶めいた笑みを浮かべながら唯為は緋櫻の先を虎之助の方へと向けた。
「流れる赤い血で全てがきれいに洗われる。何ならお前の血も使ってやろうか?」
 言って、くつくつと嗤う。
 嗤ってはいるが、その眼には冷めた色が浮いている。笑っているのに笑っていないとはこの事だろう。一時の悦楽に浸っているように見えても、実のところは至極冷静に物事を見ているはずだ。
 何だか肌寒さを覚えて、虎之助は自然と一歩後退った。今のこいつに近づいてはいけないと、本能が訴えてくる。
 しかし、この人間性の変わり様を虎之助はどこかで見た覚えがあった。
 ミカエルとルシフェルが意識を切り替える時に、似ている気がする。
「お前……二重人格だっ……、……?」
 言いかけて、虎之助は言葉を止めた。
 何か、異変を感じたのである。
 何もしていないのに、妙に鼓動が速まっている。それだけではない。
 心臓の辺りに、何か痛みを感じる。
「な……」
 紡ごうとした言葉が、そのまま途切れた。膝からがくりとその場に崩れ落ちる。
 それを見て、唯為が冷めた表情で視線を転じた。
「……だから言っただろう。さっさと殺してしまえと」
 眼には、今まで黙って人形のように身動きもせず座していた老人6人がしっかりと立ち上がっている様が映っている。各人、左手に何かを持ち、右手に持った針のようなものでそれを刺していた。
 左手にあるのは、人の形を模した土塊。その心臓部分に、老人たちは針を何度も何度も、全員がまったく計ったかのように同じタイミングで突き刺しているのだ。
「オン・シラ・バッタ・ニリ・ウン・ソワカ……オン・シラ・バッタ・ニリ・ウン・ソワカ……」
「う……、くっ」
 針が刺されるたびに、虎之助が顔をしかめ、左胸に手を当てて呼気にまみれた苦鳴を漏らす。
 虎之助に向けられた、呪詛。
 おそらくは鶴来に向けるべきだったものを、急遽邪魔をしに入った虎之助の方へ向けたのだろう。唯為に向けられず虎之助に向けられたのは、術師に直接手出ししたのが虎之助だったからかもしれない。
「さぁて、どうするか? 俺がこいつらを始末してやろうというのを、お前は邪魔したわけだしなァ?」
 苦痛の呻きを漏らす虎之助の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ唯為は、視線を上げた虎之助に向かってにっこりと笑いかけた。
「そのまま死ぬか?」
「誰が……っ、く、ぁ……!」
 また心臓に激痛が走る。左胸に当てた指先で、強くシャツを握り込む。
 そのまま無意識に指を辿り上げ、虎之助は胸にかけていたネックレスを掴んでいた。
 先端につけられている、丸い黒曜石に。
 これをくれた者の瞳と同じ色の、その石を強く掴んだ。
 救いを乞うかのように。


<効果的な嚇し>

 その、刹那。
「――……?」
 ふ、とふいに痛みが消え去った。とんとんと左胸を叩くが、違和感もない。
(……守ってくれた……のか、ルシフェル)
 痛みがなくなったのはどうやら、七星の者の呪詛を無効化するというその黒曜石のネックレスの効力が、ようやく発揮された結果のようだ。
 発揮されるのが遅かったとはいえ……まあ、命は落とさなかったのだからよしとすべきだろう。
「ん? 何だ、呪詛が解けたのか。つまらんな……余興としては下の下だ」
 言うと、唯為はもう興味がなくなったとでも言うように虎之助を視界から追いやるとゆっくりと立ち上がり、急に術が効かなくなったことで困惑している老人たちへと顔を向けた。
 次の楽しみは、そこにある。
「さて。まあこのままここに居ても真っ黒焦げになるだけだ。俺に斬られるのと焼け焦げるのとどっちがいいか決めさせてやろう」
 もっとも、俺に斬られた後には当然、死体も焼けるがな。
 冷静ながらもどこか愉悦が滲み出た言葉に、老人たちがその顔に怯えを宿し始めた。
 炎は部屋全体を包み込もうとしている。のんびりしていたら本当に、焼け焦げだ。
 術を放っていた老人も、七星の呪詛が効かない相手と己が持つ残虐さを隠しもしない相手を前にして、意識を集中していることができなくなったらしく、もう術を止めていた。
 皆が一様に、怯えている。
 それを見、虎之助は1つ息を飲み込んだ。
 怯えている今なら、脅しが効くかもしれない。
 思い、虎之助は立ち上がると、怯える老人たちに真剣な眼差しを向け、よく通る声で言った。
「今すぐ真王を七星の当主から下ろして、鶴来……いや、那王か別の人間を当主にしろ」
 その言葉に、長老方が怪訝そうな顔をする。
 虎之助の隣で、唯為が低く嗤った。相手の反応が肯定的なものではないと瞬時に見切ったのだろう。
「だから言っているだろう。物事を頼み込まずとも、殺してしまえば円満解決。こいつらが黒幕なら、始末してしまえば縛られていた者たちは晴れて自由の身。俺も満足。いい事尽くめだぞ?」
「……と、こいつは言っているが。どうする? このままここで無残に殺されたいか、素直に真王を当主から下ろして那王を当主にするか?」
「待て。後者を選んだら俺の楽しみはどうなる?」
「炎に巻かれてこいつらと一緒にここで死にたいならそれはお前の勝手だが……」
 言って、虎之助は迫りくる炎を見やる。
「俺は御免だ。さ、どうする? できたらさっさと決めてもらえると焼け死ななくてすむから有難いんだが」
 再度長老方へ顔を戻す。と、1人がゆっくりと口を開いた。
「お前たちには関係なかろう。七星の当主が誰であろうが」
 意外にはっきりとした声音だった。
 この期に及んで生意気にも口答えをする相手を即座に斬り伏せてやろうか――身体のパーツを1つずつ落としていけばそのうち素直になるかもしれん、などと考えていた唯為は、す、と刀を僅かに持ち上げる。
「どこから切り落とされたい? 希望くらいは聞いてやろう。ああ、なんなら爪を一枚ずつ順に剥いでやってもいいぞ、そのお前が持っている針を爪の間に刺してな」
 思わずその様と受ける痛みを想像してしまった虎之助は、1つ溜息をついてそれを頭の中から払い除けると、真摯な色を宿す瞳を老人へと向けた。
「関係ないわけじゃないんだ。俺にとっては、真王が当主をやめるかどうかは重要な事だから」
 言葉の意味を探るように唯為がちらと横目で虎之助を見たが、虎之助はそれ以上何も答えなかった。代わりに、別の言葉を口にする。
「このままだと多分真王も那王も失って、七星は没落する事になると思うぞ? だったら那王を当主にしてしまった方が利口じゃないかと思うが」
「何を言うか。真王が七星を捨てる訳が……」
 老人が眦を吊り上げてそう言おうとした時。
 ふわり、と。
 虎之助の肩先に、何かが舞い降りた。
 真紅の鷹――式神だ。
 それを見て虎之助は驚いたように眼を見開いたが、もっと驚いていたのは老人たちだった。
 それが七星真王の裏人格が持つ式神だとよく理解しているからだろう。
 自分たちが、鶴来那王を始末してまで七星に縛り付けたかった、真王という存在の持つ式だと。
 今ここに現れたという事は、虎之助が語る言葉を真王も承知しているという事。
「二人を敵に回すのはバカがやることじゃないのか? どっちも居なくなれば七星は間違いなく、没落だろ?」
 虎之助の言葉に項垂れた老人たちを、唯為は面白そうに見て、僅かに顎を持ち上げた。長老方を見下すように。
「……どうやらここまでのようだな。老兵は大人しく去ったほうがいいぞ? このツメの甘さでは新時代にもついてはいけまい」
 それに、返せるだけの言葉を老人たちは持ち合わせていなかった。
 一度崩れた精神は脆いもので、どうにか立て直して元に戻そうとしてもなかなかそうはいかない。
 老人たちも、どうにか冷静さを取り戻して再度自分たちに有利な方向で話を進めようとしたようだったが、唯為がちらりと金色の眼差しを向けるたびに怯えが走り、冷静になるどころではないようだった。
 そんな、ただひたすらに怯え戸惑う連中を唯為に任せると虎之助は、今度は室内を真っ赤に染めている炎の処理に向かった。
 だが。
 それも、どうしたものか、水はどこかと慌てている間に、何故か自然と炎は勢いを弱め、やがては鎮火してしまった。
「何で……勝手に消えるんだ?」
 一室内の小火で終わったのは幸いだったが、何が起きたのかはよくわからなかった。しかし老人たちがますますもって暗い顔つきになるのを見、彼らが望まない何かの力が働いたのかもしれないと思った。
 それが何の力なのかまでは虎之助にはよくわからなかった。
 そういえば、この邸内にはさまざまな仕掛けが施されていた。としたら、火事予防のような術がかけられていても別に不思議ではない。
「所詮、お前らはその程度の器ということだ。分を弁えろ、愚か者ども。当主を差し置き、家を我が物にするなど、阿呆のする事だ」
 そう言いながら刀を鞘に収める唯為の瞳は、いつのまにか銀色に戻っていた。発されている気配も、もう先ほどのような薄ら寒い冷たいものではなく、いつもの唯為のものだった。
 一体唯為の身に何が起きたのか虎之助にはわからなかったが、何にしても、これで仕事は終了だろう。


<終――想いを……>

 どうしてあの時、何もしなかったのに火が消えたのか。
 どうしてあの時、式神が飛んできたのか。
 その謎の答えは、七星邸を出て門の前にしゃがみ込んでいる内に、向こう側から歩いてきた。
「お前……」
 唯為はすでに、ちょっと市内で土産物でも見て帰るなどと言い、先刻来たタクシーに1人さっさと乗り込んで早々にこの場から去ってしまっていた。
 ちょっと待て駅までだけでも乗せていけと手を振ったものの既に遅く、結局、虎之助はもう一台タクシーを呼び、それが来るのを七星の門前で待っていたのだ。
 答えが歩いてくる、というのは妙な言い方かもしれないが、実際、その時、答えは自分の足で虎之助に向かって歩いてきたのである。2本の足で。
 しゃがんだまま見開いている虎之助の双眸を、妙に不機嫌そうな顔つきで見下ろしたのは、虎之助の後ろにある邸宅の当主、七星真王だった。
「仕事だなどと嘘をつく理由がどこにあったのか教えて貰いたいものだな」
「それは……」
「俺が式をお前につけずに居たら、今頃焼け死んでいたか、あのぷっつりキレた垂れ眼男に全員斬り殺されていたか、激昂してキレたジジイどもに俺の守りも効かないくらいの呪詛をかけられていたかもしれないんだぞ」
 どうやら、式神はルシフェルが虎之助の言葉を無視してつけ続けていたものらしい。
 やれやれと肩を竦めると、虎之助はゆっくりと腰を上げた。
「式、どうして戻さなかったんだ?」
「俺の質問に答えろ。何故嘘をついた」
 眼を逸らさず睨み付けるようにして問われ、視線を斜めに落としながら自嘲するように笑ってみせる。
 それ以外、どういう顔をしていいのか分からなかったのだ。
「素直にここに来ると言ったらお前、絶対止めただろ?」
「当たり前だ。お前みたいな奴がこんなところに来て何の役に立つと言うんだ? 自分の事を過信しすぎるのもいい加減にしろ。自惚れるな、役立たずの分際で」
 いつものように皮肉を混ぜながら軽口で非難するのではなく、直接的に辛辣な台詞を並べているのは、おそらく本気で怒っているからだ。
「そんなに早死にしたいか。なら俺が殺してやってもいいんだぞ」
「一応、浅慮かもしれないとは思ったんだぞこれでも。けど」
「浅慮だと分かっていてもその行動を自制できないとは、救いようがない莫迦だな」
 だから眼を放せないんだ、と呟くように言うと、ルシフェルは門の方へと眼を向けた。その横顔を見ながら、虎之助は先ほどの問いを繰り返した。
「何で式、戻さなかったんだ。あれだけ戻せと言ったのに」
「前に言っただろう。『莫迦みたいな兄弟喧嘩に巻き込んだ以上、何があってもお前の事は俺が守ってやる』と」
 すっと顔を虎之助の方に戻し、ルシフェルは何でもないことのようにさらりと言った。
「何があっても、だ。誰であろうがお前に危害を加えさせはしない」
 そして実際、ルシフェルはその言葉のとおり、虎之助を守ったのだ。……呪詛をかけられた時、少しお守りとして渡された物が効果を発揮するのが遅かったような気もするが、もしかしたらルシフェルが意図的に効果の発動を遅らせたのかもしれない。あまりにも容易く敵の懐に飛び込んでいく自分への、戒めとして。
 ふっと虎之助は額に手を当てて唇を歪めた。
「バカだな……お前は本当に、バカだ」
「男前だと言え、バカ虎」
「俺は、俺の言葉を守れなかったのに」
 自嘲するような虎之助の言葉に、ふとルシフェルは真顔になった。
「守れなかったわけではないだろう。ただ俺に嘘をついただけだ。それに、最後まで付き合ってくれたから、今こうして俺は自由の身でここにいる」
 自由の身。
 それは、真王が当主という立場から解放された事を示しているのだろう。
 長老たちから「真王を当主から下ろす」という言質は取れなかったが、そんなものは必要ない。
 何かあれば、ルシフェル自身が連中に対し何らかの処置をするだろうから。
 何より、あの老人たちに意思を翻す事はできないだろう。
 1人の人間の命よりも人格よりも、家を一番と考える連中だ。真王にしがみつこうとしたことからしても、現在七星の家の中で当主としてその仕事をまともにこなせるほどの能力を持つのは真王か、もしくは那王しか居ないはずだ。
 ならば、双方を手放さなくてはならなくなる方法は取らないはずである。
「お前はお前の言葉を守ったんだ。最後まで、という言葉を」
 言って、ルシフェルはふっと笑みを浮かべてこつりと虎之助の額を拳で小突いた。
「もう、本当に全てが終わった。俺の中のミカが消える事もない。これで虎も晴れて自由の身だ、めでたしめでたし。所謂ハッピーエンドというやつだ」
 その言葉に、虎之助が眼を瞬かせる。
(「これで虎も晴れて自由の身――?」)
「どういう意味だ、それ。俺が晴れて自由の身、って……」
「意味? 言葉のままだ。お前が俺に付き合っていたのは、最後まで付き合うと言った自分の言葉を守るため。なら、全てが終わった今、もうお前が俺に付き合う必要はないという事」
 淡々と言葉を紡ぐとルシフェルは唇を歪めて笑った。
「心配しなくても、恋情に任せてお前をしつこく追い回したりもしない。もうお前が七星に狙われる心配もないからな。……これ以上、一方的に思いを押し付けられて追い回されても邪魔だろう? 俺は別にお前が困る事をしたい訳ではないからな」
 そんなところだけ妙に聞き分けがいいのは何故だろう。
 暫し冷めた笑いを浮かべて言葉を紡ぐルシフェルを見つめていた虎之助は、やがて、ふっと溜息をついた。そして額に降りかかる前髪を指先でかき上げてから、ゆっくりと両手を持ち上げた。
 降参、と言うように。
「わかった……認める、認めるよ」
 苦笑と共に零れたその言葉に、ルシフェルが怪訝そうな顔をする。
「認める? 何をだ」
「何をって……」
「まさか本当に俺に惚れたとか?」
 からかうように言うそのルシフェルの言葉に、両腕を下ろしながら苦笑を浮かべていた顔を真顔に戻す。
「俺は今までずっと見ないフリをして来たんだ。自分の気持ちを。……けど、お前が俺にじゃなく草間の所に先に連絡を入れたと知った時に、分かったんだ」
 あの時、自分が抱いた感情は間違いなく――嫉妬だった。
 見ないフリをしようとしても、見逃しようのない自分の感情の揺れ。
「俺は女性が好きだから、お前に気持ちを打ち明けられても答えられないと思った。けど、本当は多分……もうあの時から俺は、わかっていたはずなんだ。見ないようにしていただけで」
 何を言っているのか分からないとでも言うようにほんの僅か、怪訝そうな色を浮かべたままじっと自分を見ているルシフェルのその黒い瞳を見つめ返し。
 1つ、ゆっくりと呼吸して。
 虎之助は、言った。
「俺は、真王が好きだ」
 ルシフェルが、でも、ミカエルが、でもなく「真王」と言う虎之助の真意が掴めなかったのか、それとも告げられた言葉に驚きすぎて上手く事態を飲み込むことができなかったのか――ルシフェルは呆然としている。
 構わず、言葉を続ける。
「お前だけでもミカだけでもなく、2人とも好きだ。……なんて言ったら駄目、かな?」
 最初に出逢ったのは、ミカエル。そのすぐ直後に、ルシフェルにも出逢った。
 2人のまったく別の人格を持つ「真王」という人間。
 けれど虎之助があえて2人の呼称ではなく「真王」と言ったのには意味がある。
「お前とミカ、二人合わせて『真王』だろう? どちらかを選べない訳じゃない。俺は全部をひっくるめて、『真王』が好きなんだ」
 選ぶ必要はない。
 2人ともが紛れもなく、『真王』なのだから。
 どう言葉を返していいのか分からないのか、黙り込んだまま戸惑いを宿して揺れている黒い瞳を見据えて。
 高まる鼓動を抑えるように再度ゆっくりと深く呼吸をして。
 虎之助は、ごく自然に微笑んだ。
「俺は、真王を……愛している」
「…………」
 ルシフェルは、ゆっくりと眼を伏せて俯いた。
「……つまり、真王の為に危険を承知でここに来たという事なのか」
「ん? ああ、まあそういう事になるか。お前がここの当主をやっているのは、俺にとってはあまり歓迎できる事じゃないから」
 言って、俯いたままのルシフェルの頭にそっと手を乗せる。
「……、実は、マンションを買おうと思うんだけど……、……真王、俺と一緒に住まないか?」
 この台詞も、真王が当主をやっている状態では紡ぐことができなかったから。
 ルシフェルは俯いたまま、暫し黙り込んでいた。
 そういえば、自分は彼の中で最低ランクに落とされていたのかもしれなかったな、と今更思い出し、虎之助はルシフェルの頭の上に置いていた手をそっと引いた。
 その手を。
 ルシフェルがぐっと掴んだ。
「あなたは唐突な人だ。が、俺はそういうところも好きなんだからしょうがないな」
 すっと上げられた、その顔。
 見て、虎之助は目を瞬かせた。
 黒かったはずの瞳は青く染まり、穏やかな笑みを浮かべている。
 それはミカエルの表情だ。けれど、髪型はルシフェルのままだし、口調も少しは柔らかくなっている気もするが確かにルシフェルのもの。
「真王……?」
「拒むことはなかったんだ。ただ、そうあるものだと受け止めればよかっただけで」
 受け止めさえすれば、意識を溶け合わせることができる。
 それが同じ方向に向かうものであれば。
 簡単に、統合される。
 たとえ片方が人格ではなく、人ならざるモノが凝り固まってできた意識だとしても。
「その方向性を、あなたが与えてくれた。あなたが、2人合わせて俺だと言ってくれた事、そして――ルシフェルもミカエルも、2人ともあなたが好きだという事」
 拒みあう理由は何もない。認め合う必要もない。
 持っているのは同じ、1つの感情なのだから。
「……つまり、ミカとルシフェルの意識が1つになった、のか?」
「まだ不安定だから、感情が高ぶるとおそらくはまた分離してしまうと思うが」
「あー……つまり、本当に精神分裂状態になったってこと?」
「何だ、こんな俺は嫌か?」
 手を掴んだまま僅かに眉を上げて言う真王に、虎之助は目を伏せて笑いながらさらさらと黒髪を揺らせて頭を振った。
「いいや。言っただろう?」
 掴まれたままの腕を真王の手ごと強く引き、揺らいだ真王の体を腕の中に包み込み。
 虎之助はその耳許に、囁くように言った。
 ――俺は、真王を愛しているんだから、と。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 整理番号 … PC名 【性別 /年齢/職業】

0086 … シュライン・エマ――しゅらいん・えま
        【女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
0095 … 久我・直親――くが・なおちか
        【男/27歳/陰陽師】
0689 … 湖影・虎之助――こかげ・とらのすけ
        【男/21歳/大学生(副業にモデル)】
2318 … モーリス・ラジアル――もーりす・らじある
        【男/527歳/ガードナー・医師・調和者】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
 この度は依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?

 湖影虎之助さん。お久しぶりです、再会できてとても嬉しいです。
 プレイング拝見した時、物凄くドキドキし、少し間をおいて冷静になってからは「……本当にいいんだろうかお兄様……」とか思ったりしていたのですが(笑)。
 虎之助さんの一言で、真王の状態が大きく変化しました。
 激怒するようなことがない限りは、もう別人格になることはないようです(激怒したら間違いなくルシフェルが前面に出てきますけど/笑)。
 他の方のEDで「真王は七星の当主を降りてどこか別の場所で暮らすことを決めたらしい」というような事を書いているのですが(京都での出来事により起きた変化を、東京に残った方たちに伝えるため)、その言葉が示すとおり、真王は虎之助さんの申し出を受けることにしたようです。
 色々ご迷惑おかけするかもしれませんが、どうぞこれから真王の事、よろしくお願いします(礼)。

 今回は、草間興信所と異界「Az」から同シナリオを出し、双方から調査が進められています。
 そして途中からプレイングにより、
  >東京に残って鶴来を守りつつ綺をどうにかする。
  >京都に行って、直接、七星の術師をどうにかする。
 と、ルートが分かれました。東京編は4名、京都編は2名になっております。
 双方の活躍により、無事全てが綺麗に落ち着いたようです。
 本当に、有難う御座いました。

 もしよろしければ、感想などをお気軽にクリエイターズルームかテラコンからいただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきますので。

 それでは、今回はシナリオお買い上げありがとうございました。
 また再会できることを祈りつつ、失礼します。