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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


Guilt + Hope + Invisible

【a preface】

 忘れた訳では無い。
 唯、今は記憶の水底に沈めているだけ。
 忘れる事等、出来る筈が無い。
 この命が今此処に在るという現実――それが、忘却を許さない。
 この命の存在が、今は無きあの命に結びついているから。

               *

「……そろそろ、頃合か」
 様々な音の洪水が溢れる場にありながらも、その空間だけは妙な静けさを帯びていた。
 いや、空間ではなく、そこにいる2人の青年が醸し出す空気が――だろう。
 ここは、都内某所の「Az」という名のゲームセンター。その二階の片隅に、彼らはいた。地上の光を受けながら、星さえその腕に抱かずただ深い闇色を呈した空と、その下に広がる景色を見下ろせる、一面ガラス張りになっている窓辺に。
 そこから人通りが少なくなった店前の通りを見下ろしながら、呟いたのは黒いシャツにジーンズを纏った青年。周囲の音にかき消されそうな程のその小さな呟きに、硝子に背を預けながらその青年のすぐ傍らに立っていた白い式服の青年が伏せていた眼を僅かに上げた。そして、口許に微かな笑みを浮かべる。
「……そうだな。そろそろか」
「いつまでも阿呆みたいに遊んでいるわけにも行くまい。忘れている訳でもないのに全て忘れたかのように振る舞っているのには無理がある」
 黒式服の袂から携帯電話を取り出し、フリップを器用に片手で開いて着信メールの一つを開きながら、もう片方の手を軽く持ち上げる。
「奴らもお前の居場所に気づいたようだしな。狙ってくるぞ」
「…………」
「お前が俺の間近にいる事も、既によくご存知らしい。……邪魔、なんだと」
 携帯の画面を見せながら、黒尽くめの青年が微かに笑う。
「奴らにとっては、俺が既に『当主』らしくてな。本当の『俺』の存在は今となってはただ邪魔なだけらしい。そして、その存在を守ろうとするお前の存在も、当然、邪魔」
「――――……」
 視線を画面に落とし、表示された着信メールの内容、そして添付されている画像を見た白式服の青年は、僅かに双眸を細めた。
『いつまで戯れているつもりか。既に傀儡は動き出している。あちらもあれを当主の座から廃し、今は母親が座を継いでいる。用もなく穢れた存在を放置する事もない。次に仕損ずる事在らば、其の方の命も傀儡に狩らせる。近日、傀儡があれを屠る為に其方へ向かうだろう。……お前があれの近くにいる事は承知の上、傀儡を上手く使い、あれを仕留めよ』
 綴られている文には、ほんの僅かの温もりですら存在しない。あるのはただ、冷えた意思のみ。
「……まあ、そこで俺がお前の方に回りでもしたら、本気で俺も傀儡人形に狩らせる気なんだろうな」
 唇を歪めて笑いつつ、黒尽くめの青年は、いつの間にか持ち上げていた手の上に舞い降りてきていた一羽の真紅の鷹を見た。額に金の逆さ五芒星が妖しく煌いている、妖鷹――青年の式神だ。
「まったく、つくづく人形遊びが好きな連中だ」
 自分もまた、その連中に人形――駒扱いされていた身だ。もう、そうなる気はないし、そうさせる気もない。
 形だけの『当主』という身分など、どうでもいい。それよりも、自分ともう一人の『自分』を軽んじられた事が、気に障っただけ。
 自分は、その事を忘れていないだけ。
 考えながら、黒尽くめの青年は傍らの白式服の青年を見やる。
(そして、この男は……)
 失った自家の当主の座の事など全く気に留めず、ただ、自分の魂と引き換えに失った者の事を、いつまでも忘れられずに引きずっているだけ。
(まあ、喪わせたのは俺の所業のせい、だが……)
 ふっと息をつき、黒尽くめの青年は低く声を紡ぐ。
「……まあ、新型のお人形は随分と高性能なようだからな。お前の事に関しては、特に」
 差し向けるには絶好の刺客だろう。
 相手の姿を見たら、おそらく、
(……手出し出来ないだろうからな。こいつは)
 携帯電話の画面に映る画像に見入っている白式服の青年を再度横目で見、さて、と再度式神へと眼を戻す。
「どうする? 大人しく狩られてやるか?」
「……お前は、狩られてやるのか?」
「俺は狩り返してやるつもりだが。お前にもその気があるのかどうかと訊いているんだ。なんせ、相手は」
 つ、と顎先で携帯電話を示し。
「あの、七海綺(ななみ・あや)……だからな」


 携帯電話の画面に映し出されている、一人の少年の姿。
 それは、生気のない赤い瞳と無表情の――けれども、間違いなく、七海綺だった。


「……頃合だな」
 呟くと、白式服の青年――鶴来那王(つるぎ・なお)はゆっくりと硝子から身を離した。そして一つ深い溜息をつくと、肩越しに硝子の向こうを見やる。その視線を追うように、黒尽くめの青年――七星真王(ななほし・まお)もまた、黒い双眸を夜景へと向ける。
「やるのか?」
「いつまでも、魂が宿らないとはいえ綺の体を勝手に使わせておくわけにはいかない。一刻も早く、静かに眠らせてやりたい」
「……お前に、できるのか?」
「やらない訳にはいかない。大体、やらなければやられるのはこっちだぞ」
 ――俺は、死ぬわけにはいかない。
 言うと、那王は歩を踏み出してその場から離れていく。硝子に映るその背中を見、真王は僅かに肩を竦め、手に乗せていた式を放つと、もう一方の手の中にあった携帯電話を眺め下ろした。
「力を封じたあの莫迦一人でどうにかなるとは思えんしな。……やれやれ、俺も随分とお人よしになったものだ」
 呟くと、メール表示を消してどこかの電話番号を呼び出した。
 ――草間興信所、の番号を。


 翌日。
「何だ、今日は暇人と黒天使ちゃんは来てないのか……」
 プライズゲームに新しい景品人形を入れつつ、2階フロアを見渡した店長はポツリと呟いた。
 毎日このフロアに訪れている、ある青年。
 せっかく、その青年が喜びそうな人形を入れてやるというのに。
「取れなくて悔しがる様子を見たかったのになあ」
 いつもこの2階に白い式服の青年と、1階にいる黒尽くめの服を纏った青年。白式服の青年――店長曰く「暇人」は、いつもは穏やかに笑っているのだが、ふとした時に見せる表情が、何となく店長の意識に引っかかってはいたのだが。
 ……何かの痛みを、抱えているかのような。
 一方の黒尽くめの青年――店長曰く「黒天使ちゃん」の方も、いつもは不遜な態度でいるが、ほんの数秒だけ、その黒い双眸が穢れのない青い瞳に変わる事があり、それもまた店長の意識に引っかかっていた。
「まあ、何かある兄弟だとは思ってたけどさ……」
 何も、私が折角新しい景品を入れた時に姿を見せなくならなくてもいいだろう?
 そう考えると、なんだか胸の中がもやもやしてくる。
 どうしても、あの白式服の青年にこの景品にアタックしてもらいたくなってくる。
 どうしても。
「…………」
 丁寧に人形の配置を終えてパタンとガラス戸を閉めて鍵をかけると、店長はそのクレーンゲームの筐体の硬貨投入口にぺたりとガムテープを貼り付けた。
 そして。
「ちょっとそこのアンタ! 今からココに連れて来てもらいたいヤツがいるんだけど! 即刻、今すぐだよ!」
 近くに居た者に、鋭く声をかけた。


【夢の導き】

 ――貴方にも、人には言えない何かはあるでしょう? この中に。
 どこかから声が聞こえ、とん、と胸に何かが触れた。
 途端、自らの中に何かが緩やかに波紋を描くのが見えた。
 現在、過去――波紋の合間にその映像が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
 己の中に広がる闇波は、月光に照らされたかのように淡い光を帯び、まるで月夜の海のようだった。
 深く、暗い。
 ――誰にでも、触れられたくないことはあるものです。……触れられてもいい時期が来るまでは。
 再度、声が響いた。
 誰の声だろう……聞き覚えは、確かにある。
 だがその声が誰のものなのか、分からない。
 記憶の細波の中にも、その声の主は浮かんで来ない。
 ゆうらりと、たゆたう意識。
 浮かび、消えていく記憶の欠片。色の変わる不思議な瞳を持つ白き髪の……ああ、あれは……。
 静かな、過去の記憶。舞い散る桜の下――……。
 だが突然、その宙に舞っていた花弁が、火の粉のように燃え始めた。驚いて視線を上げると、そこに立っていた桜の木が凄絶な勢いで炎に巻かれている。
 ごうごうと暗き天高く舞い上がるは、紅の焔。
 ――誰にでも、触れられたくないことはあるもの……。
 再度、誰かの声が響く。その場にあった波は消え、今あるのは燃え盛る炎。
 うねり、盛る――金朱。
 その燃える色とは逆に、自身の意識が一気に冷めていくのが分かる。冷たく研ぎ澄まされていく。
 冷たく、冷たく――……。
 しかし、尖鋭になればなるほど、意識が靄に覆われたかのように闇に溶けてしまいそうになる。
 その、闇の向こう。
 見やった、その先から。
 金色の瞳が、じっとこちらを見ているのに気づいた。
 それが、先ほどまで波を湛えていた水辺に映った自分の瞳だと認識するまでに暫しの時間を要する。認識した後は、手を伸ばしてその水の中に勢いよく手を突っ込んでいた。
 映った金の瞳を消そうとするかのように。
 いや……違う、俺の瞳は金ではなく、銀。
 誰だ、お前は……その、瞳を持つお前は……?
 声は何故か出ない。けれど、意識を凝らして波紋を描いている闇色の水面へと問いかける。
 すると、どこかから微かな声が返った。


 ――唯為さん……。


「……っ」
 はっと息を呑むと同時に眼を開く。
 途端、眼に映るのは見慣れた自室の天井だった。
 何が起きたのか分からないまま上体を起こし、周囲をゆっくりと見渡す。やがてそこが紛れもなく自分の部屋で、今ここに存在するのが自分自身の意識だと理解すると、沙倉唯為はゆっくりと詰めていた息を吐き出した。
「どういう夢だ……」
 額に手を当て、掠れた声で呟く。趣味の悪い夢だとは思ったが、見たのが自分自身であるのなら誰に文句をつけられるものでもない。あまりにも脈絡がなさすぎたのも、夢だから、だろう。
 それにしても。
「どこで聞いたか、あの台詞……」
 ベッド横にあるナイトテーブルへと手を伸ばし、そこにある煙草とライターを取ると唯為は記憶を辿るように暫しぼんやり手許に視線を落とした。
 そしてふと、脳裏にある浮かんだある像に唇を歪めて笑みを零す。
「ああ……そうか、あの時の」
 冷めた眼差しで紡がれた言葉。「貴方にも、人には言えない何かはあるでしょう?」と。
 随分前に、唯為は西瓜とメロンを守るという妙な依頼を請けた事がある。その時の仲介人が、確か仕事を終えた別れ際にそんな事を言っていたのだ。
 しかし、何故今頃そんな事を夢に見たのだろう?
「……まあ、なんだって構わんが……夢見が悪いのは歓迎せんな」
 脳裏に焼きついた燃え盛る桜の木のさまを振り払うように呟くと、唯為は煙草を一本取り出して銜えながら、ちらりと時計を見やる。
 閉め切った完全遮光カーテンの隙間から室内へと零れてくる白い光は、すでに夜が明けている事を告げている。見やった先にある時計の針は7時過ぎを示していた。
 どうやら、結構早起きしてしまったらしい。世間一般的には別に特別早いというわけではないだろうが、唯為にしてみたらそこそこ早起きの部類に入る。
 そういえば、目覚める直前に誰かに名を呼ばれたような気がするが――あれは……あの声は。
「……、まあ、折角早起きした事だし、今日はご機嫌伺いにでも行ってやるか」
 炎に巻かれた桜の代わりにふっと瞳の奥で像を結んだ白い燕尾服の少年の事を思い出しながら、唯為は銜えた煙草の先に火をつけた。


 午前9時過ぎ。
 眠気とろくでもない夢の残滓を流し去る為シャワーを浴びてから家を出、ドライブがてら車を走らせてアンティークショップ・レン近くのゲームセンターに足を踏み入れたらそんな時刻になっていた。
 平日午前中のせいか、店内にいる客は疎らだ。ちらほらと学生らしき姿も見られるが、貴重な勉学の時間を潰してゲームに興じている者たちにご親切に説教を垂れてやる気など毛頭ない唯為は、迷いのない足取りでフロアを移動し、目的の人物がいないと分かるとすぐさま2階へ上がった。
 そしてそこで、熱心に床にモップをかけている白い燕の尻尾の服を纏った少年の背中を見つけ、ふっと笑う。
 ……見つけた。
 そのまま、声をかけるわけでもなくそっと静かに背後から歩み寄り、いきなり両腕を開いてがばりと少年を抱きすくめた。
 普通の人間ならここで「うわっ!」などと驚きの声を上げてくれるのだろうが、少年は驚きもせず何事もなかったかのような顔で肩越しに振り返り、唯為の顔を見ると小さく会釈した。
「おはようございます、唯為さん。今日はお早いですね」
「ああ、可愛い琥珀の夢を見てしまってな、生琥珀に逢いに来ずには居られなかったんだ」
「生琥珀……」
 ぽつりと繰り返す少年――この店のバイト生である琥珀の顔には、不思議そうな色が浮かんでいる。
 やっと少しは唯為に向けて微笑む事が出来るようになってきた琥珀ではあるが、それ以外の感情はまだよく理解できていないらしい。唯為がわざわざ背後から驚かすように彼を抱きしめたのも、そうすることで多少は感情に揺らぎが出るかと思ったからなのだが……効果がなかったのは一目瞭然である。
 やれやれと言うように肩をひょいと軽く竦めた唯為に、別の方向から声が掛かったのはその時。
「ちょっとそこのアンタ! 今からココにに連れて来てもらいたいヤツがいるんだけど!」
 いきなり飛んできた言葉に、怪訝そうに眉を寄せて唯為が声の主を見やる。
 そこに居たのは、クレーンゲームに景品を入れていたこの店の店長である。
 一体何を連れて来いと言っているのか即座にピンとは来なかったが、聞いた瞬間唯為が考えたのは「店長に恩を売るいい機会だ」という事だった。
 何せ、ヤツは琥珀をここのバイト生だからといっていいようにこき使っている節がある。ここで恩を売っておけば、後々何かとイイ感じかもしれない。
「よし……いいだろう、どうせ今日は暇な身だ。お前の頼みを聞いてやってもいいぞ?」
 どこまでも尊大にそう言い放つと、唯為はニヤリと笑った。
「詳しく話を聞かせてみろ。どこの誰を探して来いだと?」
 その言葉に、店長はわざとらしく顔をしかめながら口を開いた。
「うーわ。よりにもよって居たのがセクハラ銀色タレ眼ちゃんとは私も運の悪い……」
「何だその『セクハラ銀色タレ眼ちゃん』というのは」
「あまり深く気にするなセクハラ銀色タレ眼ちゃん略してセク眼ちゃん。いい男は細かい事を気にしちゃイカン。太平洋より広い懐を持て。女は度胸男は愛嬌だ。しかしどうしてもイヤなら『唯為ちゃん』と呼んでやってもいいぞ。さて、探して欲しい輩は、いつもここに居るだろう? 白い式服着たヒマ男。アレをここに連れて来て欲しいんだ」
 どういう略し方だとか褒められているのか何なのかよく分からないとかツッコミを入れるより先に、さらさらと紡がれた探し人の情報に僅かに眉を寄せる。
「ヒマおとこ?」
「鶴来那王さんの事だと思います」
 腕の中から琥珀が答える。それに、はたと唯為は一つ瞬きをした。そして口許に手を当てた。
(……今朝夢で見た輩を探せ、とはな……)
 偶然なのか必然なのか分からないその一致に微かに苦笑をもらした唯為を、琥珀が不思議そうな眼差しで見つめていた。


【動く前に】

 結局、店長の言葉に反応した者は、その場にいた2名だった。
 一人は、若干20歳のフリージャーナリスト、花房翠(はなぶさ・すい)。
 もう一人は、翠より7つ年上の、能楽師であり裏では妖を狩る事を生業としている沙倉唯為(さくら・ゆい)。
 2人とも既に何度かこの店で顔を合わせた事があったのでお互いに対する挨拶等は省き、早速本題を口にした。
「鶴来を探して来い、と店長は言っていたが……一体何がどうなっているんだ?」
 店長に詳しい事を話せと言っても「私は知らん。お前らに任せたんだからお前らで調べろ」とあっさり逃げられた。何も知らないのかそれとも本当は何か知っているのかすら、確認する暇はなかった。
 やれやれと言うように溜息をつきながら腕組みをし、近くにあった窓ガラスに背を預けた唯為は、片手をクレーンゲームのガラスに添えて中の人形を覗き込んでいる翠を見る。
「俺も、別に1日や2日店に来なかったからって、わざわざ連れて来いとか命令しなきゃならないような事でもないと思うんだけどなぁ……」
 ガラスの向こうには、赤いシャツを着た有名な黄色いクマの人形が幾つも放り込まれている。
 そう言えばいつだったか店に来た時、店の1階カウンター前の、客と店員が気軽に意見交換ややり取り等ができるようにという意図で置かれているノートに「某ビーグル犬のぬいぐるみを取ってください」だの「某黄色いくまのぬいぐるみを取ってください」だの書いてあったのを見かけたが、あれは確か鶴来那王が書いたものではなかっただろうか。
 そんなどうでもよさそうな事をふと思い出し、唯為は眼を伏せて微かに笑った。
(この店で顔を合わせていても、随分と丸くなっていたから分からなかったか……)
 随分と穏やかに笑うようになっていた。唯為が最後に逢った時には確か、どこか冴えた色があり、捉え所がない男だと思ったのだが。
「……あ」
 ふいに傍らから聞こえた声に、唯為は自分の中へと向けていた意識をそちらへと向けた。
「どうした?」
「あー……、……」
 クレーンゲームに触れては見たが特にこれと言って何か得られるような物がなかった翠は、何となく唯為と同じ様にトンとガラスに背を預けて天井を見上げてみたのだが――。
 ……来た。
 ガラスに背をつけたまま、だらりと垂らしてた両掌もぴたりとガラスにくっ付ける。
 するりと意識の中に入り込んでくる、他者の記憶。
 それは一度、触れた事がある意識の感触。
 鶴来那王の、意識。
「――――……」
 何かを話しかけてこようとする唯為を軽く手を持ち上げて制し、眼を閉じて意識を凝らす。

 窓の外に見えるのは、夜の街。
 聞こえてくるのは、今ここに存在する雑多な機械音と同じ物。
 それにかき消されそうなほど密やかな声で交わされる、会話。
(……この声は、那王とるっしー……)
 七星からの刺客が来る事を告げるルシフェルの言葉を受けて、様々な事を胸の裡に巡らせる、那王。
 自分は、傀儡と化した綺に命を狙われている。
 けれども、俺は死ぬわけにはいかない。
 殺されてやるわけには、いかない。
 それが京都の本家――七星の、真王以外の者たちの願いだとしても。
 叶えさせてやるわけにはいかない。
 ……何とかして、綺の傀儡の術を解かなければ……ああそうだ……あの場所ならば誰にも迷惑かけず――……。

「――――……っ」
 ふっと眼を開き、翠は一つ大きく呼吸した。その様子を横から見ていた唯為が、翠の能力がどういうものかを思い出して口を開いた。
 サイコメトリー。それが、翠の能力。
「何か視えたのか」
「ああ、多分那王の残した記憶だ」
 言うと、見えた映像と現実とを切り離すように緩く頭を振り、こめかみの辺りを指先で押さえる。
 そして今見えたものを唯為に伝えると、僅かに、彼はその眉をひそめた。
「綺? 七海、綺……」
「あんた、綺の事知ってるのか?」
「ああ、過去に一度依頼で顔を合わせた事がある。しかし、傀儡として使われているとは……どういうことだ? 奴は今鶴来が身元を引き受けて面倒見ているんじゃないのか」
 問われ、翠は暫し言葉に詰まる。
 この様子だと、唯為はまだ知らないのだろう。
 綺の身に何が起きたのか。
「……綺は、こないだ……死んだんだ」
 その言葉に、唯為は僅かに眼を瞠った。
「死んだって……」
 まずは時間を遡り、翠はルシフェルが鶴来に呪詛をかけた事を話した。そして、その呪詛を解く為に必要な刀を鶴来の元に届ける為に、七星の者の呪詛を受けて死亡したのだと。
 その瞬間を見たのは、翠である。届けられた刀から綺の最期の思念をサイコメトリーで読み取り、綺がどのようにして命を落としたのか、まるでその場に居たかのようにはっきりと、視た。
(結局、俺はあの時何か役に立てたのかどうか……分からない……)
 その結果が今のこの状況を生んでいるのであれば、何とかしてやりたい。
 綺を、解放してやりたい。
「…………」
 語り終えて黙り込む翠を暫し眺めると、ふっと唯為は窓の外に視線を向けた。
「経緯は分かった。あれだな……俺は他所様のお家騒動に首を突っ込む趣味はないが」
 やはり、ここは店長に恩を売るいい機会のようだ。
 それに。
(どうも俺は、綺といい何といい……あの手のタイプに弱いらしいな……)
 大切な者の為になら命を賭しても構わないという、その、潔いまでの覚悟。そこら辺にどうも弱いようだ。
 だが、死して尚、大切な者を――愛する者を傷つける為に己の意思を無視して他人に操られるなど、自分なら絶対に御免だ。
 それはおそらく、綺も同じだろう。
 なら、結論は一つ。
「……お前はどうする?」
 お互い、沈んでいた思考を引き上げると、これから先どうすべきかを瞬時に選び取った。
 問いかけられて、まっすぐに翠は唯為を見る。
「俺は、綺が刺客としてここにくるなら、迎え撃つつもりだ。あんたは?」
「俺は……そうだな、鶴来とその弟の連行が目的なら、刺客である傀儡の操り糸を断てばいいという事だろう? お人形遊びが好きな黒幕を止めるのが先決かと思う。綺自身には意思がなく、そいつに操られているだけだしな」
「じゃあ俺は那王を探し出して、綺が来たらどうにかする。あんたは黒幕を止める、って事で」
「ああ、そう……、……?」
 諾の返事をしかけた所で、くいと背後から纏っている黒スーツの袖を引かれて唯為は言葉を止め、振り返った。
「何だ、琥珀か。どうした」
 そこには、先ほど「1階を掃除してきます」と言って去って行った琥珀が立っていた。唯為の顔を見上げてから、ちらと翠の方を見る。
「……下に、草間興信所という所から、昨夜ルシフェルさんの連絡を受けて来られた方々が」
「え? 草間のオッサンのところから?」
「はい、シュラインさんも来られていて……皆さん、鶴来さんの身を守るために何か思案されているようですが」
 翠の言葉にこくんと頷いて言葉を続ける。それに、ぽんと手を打って翠は足早に歩き出した。
「丁度いい、ここは手を組んだ方が良さそうだ」
 草間興信所から来たのなら、きっと綺と戦闘になっても使える能力者が居るはず。
「じゃあ、また後でな!」
 ひらりと手を振ると、翠は足の速度を速め、軽く駆けるようにして階段を下りて行った。
 それを見送ると、唯為は軽く吐息をついた。
 あの兄弟にはちゃんと護衛がつきそうだ。もし万が一、誰も奴らを守る者がいないのなら、ガラではないが……。
(精一杯、鶴来の盾役を務めてやってもいいと思ったんだが)
 どうやらその必要はなさそうだ。
 としたら、心置きなく黒幕の元へ迎えると言うものである。
「さて……では俺も行くとするか。あまりトロトロしているのも何だしな」
 確か翠は、七星の本家は京都にあるとか言っていた。なら、新幹線を使ったとして……軽く見積もっても2時間はかかる。
(念の為、『緋櫻』は持っていくとするか……何となく夢見が悪かったのを気にして車の中に放り込んでおいたのは正解だったな)
 考えながら踵を返そうとして――唯為はまだ琥珀がスーツの袖を掴んだままだという事に気づき、逆の手を伸ばしてその銀の髪を軽く撫でた。
「どうした、琥珀?」
「……上手くは言えませんが、何となく嫌な予感がします。無理はなさらないでください」
 言いながら、俯いてきゅっとさらに強く袖を掴む。それを見て、唯為はふっと笑みを浮かべた。
「心配するな。俺は琥珀を残してお星様になるつもりはないんでな」
「お星様?」
 意味が分からないと言うように軽く小首を傾げた琥珀のその肩をぐいと引き寄せると、唯為はその額に軽く唇を落とした。
「京都で土産を買ってきてやるから、いい子にして待っているんだぞ?」
 唇を肌につけたまま少し抑え目の声で言うと、次の瞬間にはすっと身体を放し、唯為は階段に向かって歩き出した。


【京都――七星邸】

 午前9時46分、東京駅発、新幹線のぞみ。
 そして。
 午前9時50分、同じく東京駅発、新幹線のぞみ。
 前者が700系、後者が500系という違いこそあれ、京都駅までの所要時間にさほど違いはない。
 先に700系のぞみに乗り、京都駅に降り立ったのは沙倉唯為(さくら・ゆい)だった。手には長い何かを収めた筒状の袋を持っている。中に入っているのは日本刀なのだが、流石にそんな物を素で持ってうろうろしていたら警察のご厄介になってしまうため、こうしてすぐには中身が何か分からぬよう袋に収めているのだ。
「それにしても……」
 新幹線中央改札口を出た所で、唯為は1つ深い溜息をついた。
 とりあえず、相手は妙な術を使って綺を操っているのだから、七星邸がどこにあるか具体的な場所など知らずとも何か感覚に引っかかってくるものはあるだろうと思って甘く考えていたのだが。
 京都は、市内各所に様々な霊的ポイントがある場所である。何かを感じようとしても、あまりにも種々雑多な気がありすぎて、何が何なのかさっぱりわからない。
「これではお話にならんな」
 例えるなら、無数に飛び交っている無線の電波の中から、唯一自分が聞きたいと思うものにチューニングをあわせる作業に似ている。しかも、自分が探し当てたいのは他の強い電波に押されてあっさり包み隠されてしまう程度のか細い電波。
 暫く意識を集中してみても、京都という土地柄のせいもあるが、何より駅内で行き来する人間が吐き出す気があちこちで蟠っている気がして、感覚に引っかかって邪魔な事この上ない。
「……草間にでも調べてもらっておくんだったな……」
 そちらから依頼を請けていないが、まあこちらにも理由があるから今回は好意で手伝ってやろう当然無料だぞ、とか何とか言ってやればきっと探偵であるその能力を存分に発揮してくれたに違いない。
 とはいえ、今からそんな事を考えてももう遅い。
 綺が鶴来を襲うまでに、どれくらいの猶予があるか分からない。新幹線で京都まで来る為に2時間を無駄にしているのだ。これ以上の無駄は省かねばならない。
 しかし。
「さて……どうするか」
 思案しながら、唯為はとりあえず駅構内から出る事にした。
 が、その背後から。
「……、お前は……」
 ぽつりと、よく通る甘いバリトンによる呟きが聞こえて唯為は肩越しに振り返った。
 背格好だけで覚えられているほど親しい間柄でもない男がそこに立っている。親しくはないが……顔に覚えはあった。
「ああ……碧摩蓮の店で、琥珀の名前云々の時にも逢ったな。湖影、だったか」
「確か、沙倉、だったな。どうしてこんな所に」
 言いかけて、湖影虎之助(こかげ・とらのすけ)はふと言葉を止めた。唯為の姿を見つけた時から容貌に微かな驚きを滲ませていたが、すぐさま何か納得したような表情になる。
「もしかして、草間に依頼を回されたのか?」
 その言葉で、唯為にも虎之助が今ここに居る理由が知れた。
「俺は草間から依頼を請けたわけではないが……まあ、暇だしな。どこぞのお人形遊びが好きな黒幕のツラでも拝みに行ってやろうかと思ってな。お前は草間に依頼を回されたようだが、ここに居るという事は、目的地はおそらく同じだな?」
 渡りに船だ。
 ニヤリと唇に笑みを浮かべると、唯為は持っている刀入りの袋の先でトントンと軽く虎之助の肩の辺りを叩いた。
「ここに居るという事は当然、七星の家がどこにあるかも知っているという事だろう?」
 その言葉に、虎之助は小さく頷いた。
「ああ。前に一度、七星の当主本人に聞いた事があるからな。詳しい場所までは家のしきたりだとかで教えてはもらえなかったが、大体の場所なら分かる」
「丁度いい、お前にはあまりコッチ系の能力があるようには見えんしな。困った時には持ちつ持たれつというヤツだ」
 コッチ、と片手を拳にして言う唯為。武器まで用意してきて暴れる気満々にも見えるその相手に、虎之助は僅かに眉を寄せた。
 2人とも、どちらかと言うと誰かと、他人と足並み揃えて何かをするというのが得意なほうではない。むしろ自主的に動く方が得意だ。
 それに、直接攻撃系の能力がないとはいえ、虎之助も新幹線に乗っている間ぼんやりと貴重な時間を潰していた訳ではない。どうやって相手を引かせるか、そのやり取りや駆け引きも色々考えてはいたのだ。
 しかし。
「……まあ、相手も得体が知れないしな。1人よりは2人か」
 あっさり決断を下すと、虎之助は「とりあえずタクシーを拾うか」と言い、南北自由通路に向けて歩き出した。
 明らかに、唯為は自分より急場の数を踏んでいる気がしたからだ。腕も立つのだとしたら利用しない手はない。
 虎之助は、七星邸の場所を知る。
 唯為は、腕が立つ。
 利害が一致したのなら、それ以上うだうだと悩んでいる時間も勿体無い。
 そうしている間にも、綺が鶴来を狙って動いているのだ。
 今のところ、2人の携帯電話にはそれらしき事態を知らせる連絡は入っていない。
 としたら、まだ、大丈夫だという事だ。きっと。
 ならば鶴来が綺に捕捉される前に動かねば――それ以上、綺に鶴来との距離を縮められる前に何とかしなければならない。
 駅構内には、駅ビルにて京菓子協同組合による京菓子展などが開催予定だとか、11月に入ったらクリスマス点灯式があるなどという告知ポスターが貼られている。それを視界の片隅に入れながらJR京都伊勢丹の前を通過し、階段を下りてバス乗り場へ出ると、京都駅北交番前にあるタクシー乗り場に向けて移動する。
「そういえば」
 上手く客待ちしていたタクシーを捕まえ、さっさと2人で後部座席に乗り込むと、虎之助が運転手に行き先指定するのを待ってから、唯為が窓の外を眺めやったまま口を開いた。
「お前は七星の息子と仲がいいのか?」
「は?」
 唐突な問いに、虎之助が眉を持ち上げた。が、すぐさまその眉は元に位置に戻る。
「それが今回の件に関係あるのか?」
「仲良しこよしなら、色々と聞かせてもらえるかと思ってな。鶴来の弟も、鶴来と同じ陰陽師なんだろう? なら、どうして弟自身が鶴来か綺をどうにかしてやろうとしないんだ?」
 仮にも陰陽師を排出する家の当主だと言うのなら、それなりの力量があるはずだ。
「それから。当主だと言うのなら、どうして家の者が好き勝手振る舞うのを許している?」
 何らかの能力を脈々と影で伝え行く家系の重さや古臭さは、唯為にもよく分かる部分である。唯為自身、飄々として見えるが、実際は平安時代から続く妖狩りの一族の当代だ。
 そんな、ある種七星真王と同じ地位にいるからこそ、他の者たちより強く疑問に思うのだ。
 当代の言う事を聞かずに好き勝手をしているという事態が、唯為には理解できない。
 その言葉に浅く溜息をつくと、虎之助も唯為が見ているのとは逆方向の窓の外に視線を向けたまま言葉を紡ぐ。
「真王が自分で術をどうにかしない理由は、俺には分からないが……家の者が勝手に色々とやっている理由は分かる」
 流れ行く京都の街の風景を目に入れながら、先を続ける。
「七星には煩い長老方がいるらしい。当主を誰にするかを決定するのもその連中で、実質、当主というのはただの飾りに過ぎず、七星そのものを動かしているのはその長老方のようだ」
 七星那王、という名の長男を、父の死と共に母の実家である鶴来家へと下がらせて、次男である真王を当主につけたのも、その者たちの意向。
 僅かに窓を開き、そこから入り込んでくる少しひんやりとした秋の気配を含む空気に虎之助は眼を細めた。
「鶴来氏には長老方が当主につけたくないと思う何らかの理由があるらしく、真王と鶴来氏の父が亡くなった時、長老方の多数決で鶴来氏ではなく真王が次期当主になる事が決まった」
「しかし、俺が数度ゲーセンで見かけた鶴来の弟というのは随分と扱いにくそうな男だったが? いや、鶴来も大概掴めん男ではあるが」
「ああ、それは……それは確かに真王だが、正確には真王じゃない」
 唯為が見かけた真王というのが、主人格ではなく裏人格であるルシフェルの方だと理解すると、虎之助は微苦笑を浮かべて視線を窓の外から唯為へと向けた。
「本当の真王は、もっと真っ直ぐで、よく言う事を聞きそうな温和な子だから。あんなに性格歪んでない」
「何だ? つまり、真王という輩は二重人格なのか?」
 唯為も、視線を虎之助の方へと向けた。それに頷いてみせる虎之助。
「厳密に言うと二重人格じゃないんだが……まあ、似た様なものだからそういう認識でいい」
「それで……つまりその年寄り連中は、捻くれた鶴来ではなく扱いやすい坊やを当主に据えて、まるで摂政のような事をしているという事か」
「そうだな。真王はまだ未成年だし、ある意味分かりやすい例えだな」
 社会の歴史で出てきた「摂政」ではなく、何となく皇室典範にて定められている事を思い出しながら虎之助が言う。天皇が未成年であったりした場合等に、皇室では摂政を置く事になっているのだ。
 ふ、と唯為が眼を細めて微かに笑った。
「本当に、どうやらとてもとてもお人形遊びが好きな連中らしいな。真王の事もおそらくは、いいように扱える人形だとしか思っていないのだろう?」
 そしておそらく、当の本人である真王は、自分がそんなふうに扱われているとは思っていないのだろう。
 虎之助の言う所の、真っ直ぐでよく言う事を聞く、という真王は。
「まあ、自分が一体どういう扱いを受けているか分からないまま当主を務めている小僧というのにも問題はあるのだろうが」
「……分かっていないわけでもないのかもしれないが」
 呟きながら、虎之助は無意識にシャツの胸元から覗いたネックレスに触れていた。そのトップにつけられている丸い黒曜石をきゅっと掴む。
 少なくとも、ルシフェルは「真王」という存在が人形扱いされている事は知っていた。ミカエルがどうなのかは、本人に聞いてみないと分からないが。
「何にしても、とりあえずはその年寄り連中に、ほんの少し早めにあの世へ行ってもらう為に手を貸してやればいいという事のようだな。まあ身体半分くらいを棺桶にでも突っ込ませてやったらどうにかなるか。俺は優しいし、全殺しなんて真似、趣味じゃないからな」
 どうせ術者もその年寄りの内の1人なのだろうから。
 その、やや不穏な唯為の言葉に、虎之助も少し迷ってから、やがて諦めたように小さく頷いた。
 そうである。
 自分が京都へ来た理由は、まさにそれなのだから。
 長老方をどうにかしてやる、という――それが、ここまできた理由。
 いつの間にか、車窓を流れていく景色の中に少しずつ大きな構えの家が増えてきた。純和風の作りの家が立ち並ぶその風景。
 ふ、と唯為は僅かに眼を細めた。
「……やっと、チューニングを合わせる事ができたようだ」
 その呟きの意味が、虎之助にも分かる。
 七星の家が近い。
 それが、感覚的に分かるのだ。
 意識をちくちくと刺激する、不快なその術の波動によって。


【たどり着く場所】

 料金を払った虎之助がタクシーから降りてくるのを、唯為は視線を斜め上に向けて待っていた。
 空は、やや曇り気味。頬を撫でて通り過ぎていく風は少し冷たいくらいだ。
 もうすっかり、秋である。
 もう少し天気がよければ鴨川に面した料理屋でゆっくり京料理会席でも味わいたい気にはなるが――今は曇天だし、何より今は明らかにそれどころではない。
 領収書を貰っておけば後で草間にでも請求できるところだが、何だか面倒臭くなり、結局虎之助は領収書を切ってもらわずそのまま支払いだけ済ませてタクシーを降りた。
「さて、行くとするか」
 視線を一度虎之助に向けてから、唯為は迷いのない足取りで歩き出す。
 タクシーを走らせながら術の波動を辿って七星邸前まで行ってもよかったのだが、邸内で何が起きるか分からない以上、後々の事も考えて少し目的地から離れた場所で下車したのである。
 もし何らかの弾みで七星の家の者に危害を加えざるを得なくなり、その件で警察が動くようなことがあったとして……「そういえばあの家の前に若い2人の男を運んだ。1人は棒みたいな物を持った黒スーツにたれ目の男で、もう1人は……あれはテレビのCMとかで見たことあるから間違いない、湖影虎之助だ」などとタクシーの運転手に証言されてはたまらない。
 まあ、できることなら穏便に事が運べばいいが……などと思いながら、虎之助は先を歩く唯為の背中を見る。
 しかし、「術を解いてくれ」「はいわかりました」などと容易くこちらの要求を飲み込んでくれるはずもない。もとより、そんな期待は微塵もない。
「綺くんの身体には今、魂が入ってない。なのに動いてるんだから、まあ……別の魂を入れてるか、術や符で操ってるという事だな?」
 自分よりは術や何だという事には詳しそうな唯為へと問いかける。それに、ひらと片手を持ち上げて背を向けたまま軽く手を振り、唯為は歩を緩めもせず歩きながら答えた。
「まあ、普通に考えたらそうだろうな。これだけ術の波動が感じられることからしても、そう考えて間違いないだろう。陰陽術については俺も本職の人間ほど詳しい訳ではないから分からんが」
「形はともあれ、とにかく操られてるんならその大元を叩けばいいと思ったんだが、浅慮だろうか?」
「浅慮?」
 つり上がり気味の眉を少し持ち上げて、唯為が肩越しに振り返った。その表情は明らかに、心外だ、と言っている。
「だったらお前と同じ思考で動いた俺も浅慮という事か?」
「相手もおそらく自分の所へ誰か来ると思っているだろうし……となると簡単に大元を叩けばいいと考えたのは浅慮だっただろうかと思ったんだが」
「知ってるいるか? ゲームは阿呆が相手では少しも楽しくないんだぞ? 多少悪知恵が働くくらいが丁度いい。小悪党が倒された時の打ち拉がれっぷりは見ていて楽しいぞ?」
 呆れるほどに泰然自若としている唯為のその唇に浮かぶ皮肉げな笑いに、虎之助はやれやれとでも言うように溜息をついた。
 話している間にも、徐々に術の波動が発されている場所に近づいて来ているのを、2人は肌で感じていた。ぴりぴりと、まるで静電気が周囲に纏わりついているかのように微かな刺激を感じる。歩を進める度に、どんどんとその刺激は強くなってくる。
「……ん、ここか?」
 唯為が、存在感のある純和風の数奇屋門前で立ち止まった。和風の邸宅が並ぶその街並みの中で特別その門のある家が目立ったと言う訳ではないが――いや、目立ったのと同じだろう。
 その家は、明らかに周囲にある家とは違っていた。
 その場にある気が、異質なのである。
 冷たい無色の霧が家を包み込んでいるかのような、ひんやりとした感覚。澄んだ気が満ち、とても清浄な状態にあるようなのに、発されているのは、暗く怪しげな念。
 おそらくはそれが、綺への術だろう。
 虎之助も門の前で足を止めると、ふとその扉の左柱に掛けられている門札を見やった。
 厚みのある木に、流麗に浮き彫りにされた、文字。
「『奈々星』……?」
 七星ではなく奈々星と記されたその文字を不思議そうに見ながら呟いた虎之助に、唯為はああ、と頷いた。
「『七星』というのはどうやら、表向きには隠し名のようだな」
「隠し名?」
「術や呪詛を取り扱う者にとって、本当の名を相手に知られるのは命取りだからな。だから、本当の名の字面を変え、表向きにはそちらを使ったりする事がある」
 個人の名というものはとても重要で、それがあるのとないのとでは術や呪詛の掛かり方が違ってくる。
 術をかける者は、かけられる怖さも知っている、ということだ。だからこそ、他人に真名を知られないように表向きには別の名を使うのである。
 唯為も「沙倉唯為」という名以外にもう1つ、名を持っている。だからこそ分かるのだ。
 奈々星、と言うのが本当の名である「七星」を隠すためのものだと。
「名前だけでなく、生年月日や出身地を知られるのも厭うものだ。まあ、術師でなくても個人データをどこかの誰かに知られるのはあまり気持ちのいい物ではないだろうが……しかしここのご当主は別に御名を隠そうとはしていないようだな。思い切り『七星』と名乗っているようだし」
 言いながら、唯為はその門札に手を伸ばした。あ、と虎之助が思う間もなく、あっさりと門札は設置された場所から取り外される。
「何してるんだ、おい」
「見ろ」
 諌めるように言った虎之助は、唯為の言葉を受けてその手許にある門札へと視線を落とす。
 ひっくり返された門札には、引っ掛ける為の穴以外に、上下左右にそれぞれ1つずつ穴が穿たれている。そしてそこに何かが埋め込まれていた。
「四神だ」
「四神? ……ああ、朱雀、白虎、青龍、玄武……のことか?」
 よく見ると、穴の中にはそれぞれ、四神を模った小さな銀の細工物が放り込まれていた。上部には玄武の細工物が入れられ、ブラックサファイアが上から嵌められている。左には青龍とサファイア、右には白虎とホワイトサファイア、下には朱雀とルビーが、同様に嵌め込まれていた。
 4方の神をそれぞれ、東西南北に嵌め込んだにしては東の守りである青龍と西の守りである白虎が逆に嵌っているようだが、門札として門に引っ掛けたとき、文字が見える方から見立てるとちょうど東西南北の守りが正しい位置にあるようになっているのかもしれない。
「あちこちにこんな力の込められたものがあったら厄介かも知れんな」
 言いながら、唯為は無造作に門札を足許に放り投げると、持っていた布袋から愛刀『緋櫻』を取り出した。そしてすらりと抜き放つと刃を下に向けて持ち、門札に向かって刃先を落とした。
 丁度真ん中に、刃が突き刺さる。
 同時に、木を裂くのとは明らかに違う、パシッと何かが弾けたような手ごたえが感じられ、門札に掛けられていた何かの術が解けた事が唯為には分かった。
「他所の家の門札だが、まあ……今は仕方ないか」
 後で真王にちゃんと説明しておこうと思いながら唯為が刃を引いて鞘に収めるのを見ると、虎之助は手を伸ばして門扉に触れた。
 軽く、押す。
 鍵は掛けられていなかったようで、虎之助の力に応じて扉は容易く開かれた。
 この時点で、既に誰かが訪れた事は中に居る人間達にも知れているだろう。術などを使わなくても、門扉前に監視カメラでもこっそり設置していたらすぐにわかる事だ。
 即座に迎え討つ準備をしているかもしれない。
 しかし、それでも引くわけにはいかなかった。
「さて……それじゃ行くとしますか」
 軽い口調で言いながら、虎之助はゆっくりと敷地内に一歩、踏み出した。その後に、唯為も悠然たる足取りでついて行った。


【邸内にて】

 玄関の引き戸に手を掛け、軽く力を入れてスライドさせる。すると、これまた門扉と同じく、ごくあっさりと扉は開いた。
 わずかに、虎之助は眉を持ち上げた。
「無用心だな」
 忍び込む側からしたら有難いが、ついそんな言葉が零れてしまう。
「全くだ。戸締り火の用心は重要だとしっかり教えてやらんとな」
 こんな風に賊が入り込んだら大変だろう、などと言いながら唯為が開けた戸に掛けたままの虎之助の腕の下をくぐって一足先に三和土に足を踏み入れる。そして持ち上げた刀の鞘先で軽く壁に掛けられていた額入りの絵を叩く。
「おい、何してるんだ」
「この額を外して裏を見てみろ」
 言われて、虎之助は戸を閉めるとその手で絵を外した。言われたとおりに絵の後ろを覗き込む。
「あ」
 するとそこには、人の形をした紙切れが貼り付けられていた。何やらうねうねとした文字が書き綴られているが、何が書いてあるのかまではよく分からない。
「……呪符か?」
「念の為だ、破っておけ」
 言うと、唯為は靴も脱がずにそのままずかずかと上がりこんでいく。やれやれと肩を竦めると、言われたとおりに人の形の紙切れを引っぺがして丁寧に破り捨てた。何のための呪符だったのかは分からないが、これで効力はなくなるだろう。
 年寄り連中との話し合いが上手く行かず撤退しなければならなくなった時の事を考えると、確かに、今のうちに退路となる場所で気に掛かるものは始末していった方がいい。
「……、あ」
 上がり框で一瞬、靴を脱ごうか脱ぐまいかと悩んで動きを止めた虎之助は、顔が映りそうなほどきれいに磨き上げられた床板を見てふっと溜息をつく。
 もう既に唯為は土足で奥へと進んでしまった。なら、自分だけ脱いで行ってもあまり意味がない気がする。
「……まあ一応賊みたいなものだし、礼儀正しく靴脱いで行く必要もないか」
 まさか土足が原因で話し合いが決裂するなんて事もないだろう。元よりそんな平和な方法だけで解決するとも思っていない。
 決断すると、靴を虎之助も靴を履いたまま上がりこみ、踵の音を鳴らしながら廊下を足早に移動し、随分先に進んでいた唯為に追いつく。ところどころ、廊下の柱に刀を刺したような痕が残っていたのは、どうやら唯為の仕業のようだ。さっきまでは鞘に収めていた刀を、再度抜き身で手にしている。
「何をしてるんだ? 後で修理代請求されても知らないぞ?」
「よく見てみろ。この柱」
「……?」
 不思議そうに、唯為が刀の先で示す場所を見る。
 ごく小さく、刻まれた模様がある。
「……何だか怪しいからとりあえず斬り付けて行ってるのか」
「ご当主殿には後でお前から謝罪でも述べておけ。それにしても、屋敷全体に結界を張っているのか何だか知らんが……随分と悪趣味な家だな」
 言いながら、さらに奥へと進み行く。虎之助もその後に従う。
 廊下を進む間、邸内からは何の音もしなかった。まるで誰もいないのではないか、と思ってしまうほどだ。外部からの音も聞こえず、不気味な静寂が横たわっている。
 暫し、黙したままただひたすら、発されている術の波動を追って歩いていた2人は、やがて右側に広がる日本庭園へと眼を向けた。左側は和室になっているらしい。
 綺麗に刈り揃えられた芝生。手入れの行き届いた庭だ。
 ふと、その緑に満ちた場所に、一瞬この家の当主である青年が立つ姿を想像し、虎之助は眼を細める。
 彼は、この静かな邸内でいつも1人、何を考えていたのだろうか……。
「おい」
 意識を内側へ向けかけていたところで唯為に声を掛けられ、はっと虎之助は顔をそちらへ向けた。
 視線の先で、唯為が顎先で前方にある真っ白な明かり障子を示す。
「どうやらあそこが最終目的地のようだな」
「……らしいな」
 言うと、虎之助は大きく一歩踏み出し、唯為の横をすり抜けて歩いていく。急に先を立って歩き始めた虎之助のその背を見、唯為は軽く肩を竦めてから、ゆったりとした足取りで後を追った。
 術の波動はかなり強くなっている。
 もしかしたら、傀儡の術だけではなく何か別の術も併用しているのではないだろうか?
 例えば――呪詛、のような。
 ありえないわけではない。綺に鶴来を襲わせている間に、呪詛を叩き込む事もできるだろう。相手は真王が草間興信所に鶴来の護衛を頼んでいる事を知らない可能性だってある。ならば、そう計画されていても別に何ら不思議ではない。
 もしそうなら、止めなければ。
 す、と。
 障子の前に辿り着いた虎之助が、躊躇いもなく、勢いよく一気にそれを開け放った。


【覚醒……】

 薄暗い室内には、車座になった6人の老人がいた。いずれも白着物に白袴、白足袋で身を包み、静かにその場に座している。
 その奥にもう1人、背を向けて座している老人がいた。何やら小声でぼそぼそと言っているようだが、それはどうやら何かの術らしい。
 おそらくは、それが綺を操る術を放っている者だろう。
 そしてこの場にいる者たちが、七星の長老方に違いない。
 彼らは一様に、その場に現れた2人の事など見えていないかのように微塵も動かなかった。部屋の中には、術者がぶつぶつと呟く声だけが低く不気味に響いている。
 構わず、虎之助はその車座の真ん中を突っ切るようにして術者の方へと歩み寄った。しかし、それでも老人達は身じろぎもしない。
「何だ、まるで人形のようだなご老人方」
 どこに行っても「人形」に縁があるらしい自分に対して唇を歪めるようにして笑うと、唯為は開け放たれた障子の外枠に背を預けるようにして座したまま動かない老人たちを眺める。
 真っ白に色が抜け落ちた髪や、薄くなった髪。
 顔や手に刻まれた無数の深い皺。
 そして小さな体。
 そのいずれも、一見するとどこにでもいる老人だ。孫の1人や2人居てもおかしくない感じのその老人達は、けれども嘲りを含んだ唯為の言葉にも何の反応も示さない。
 相手にされていないのか聞いていないのか。
 まさか寝ているわけではないだろうが。
 やれやれと肩を竦めると、唯為は虎之助の方へと視線を向けた。
 老人で作られた円を通過した虎之助は、もう術者の背後まで近づいている。しかし他の老人達と同じ様に、術者も虎之助に意識を向けようとはしなかった。
「……おい。いい加減その術、やめたらどうだ」
 言って素直にやめるとは思っていない。
 思ってはいないが――……。
(こいつが……こいつらが、鶴来氏を殺し、ミカの事も消そうとしている……)
 こんな連中が、いるから。
 人の命をまるで駒のように扱う、こいつらがいるから。
 そう思うと、なんだか堪らなくなった。思わず術師の横に回り、腰を少し屈めて腕を伸ばすと、虎之助はぐいと乱暴に術師の胸倉を掴み上げた。
「いい加減……やめろって言ってるのが聞こえないか」
 相手は小柄な老人だ。虎之助が胸倉を掴んだまま立ち上がったら、老人はまるでぶら下げられるような姿勢で無理矢理立たされる事になる。
 けれど、それでも術師は右手でしっかりと印を結び、口の中でもごもごと術を唱え続けている。
 その落ち窪んだ眼窩の中にある瞳は、何やら奇妙な光を帯びていた。
 光の正体はおそらく、執念、とでも言うものだろう。
 鶴来を始末する、という――その一点に絞られた、執念。
 ぎりと強く、虎之助は奥歯を噛み締めた。思わず空いた手を硬く握り締め、術師を殴りつけたくなった。
 どうにかそれを思いとどまったのは、唯為の声が聞こえたからだろう。静寂の中で、この低く流れる不気味な術ではなく、はっきりとした明瞭な声が聞こえたから。
「答えられる者がいるのかどうかは知らんが、折角わざわざ東京からこんな所まで出向いてやったんだ。少々、綺についてご老人方に伺わせてもらうとするか」
 その言葉に、虎之助に胸倉を掴み上げられたままの術師がわずかに不気味な目を唯為の方へ向けた。答えてやろうという意思表示だと勝手に解釈し、唯為はわずかに首を傾げるようにして顎を持ち上げ、細めた眼を術師へと向ける。
「あれは本当に綺の身体なのか? 聞いたところ、死した綺の身体を傀儡として使用しているらしいが……なぜか妙に気になってな」
 唯為の言葉に、術師は術を唱え続けながら妙に素直に頷いて見せた。にや、と色の悪い薄い唇に歪んだ笑みを貼り付けて。
 その表情は、綺の体が本物だと言っていた。
 答えるように、唯為もにやりと笑ってやる。
「綺を大切にしていた者の元に、本物の綺の身体を人形としてお遣いに出すとはやるじゃないか。なかなかの趣味だ、褒めてやろう」
「褒めてる場合か!」
 やり取りを黙って聞いていた虎之助が、耐え切れなくなったように掴み上げていた術師を力任せに突き飛ばす。
 どうやら苛立ちが頂点に達したらしい虎之助のその様に、唯為は僅かに眉を持ち上げた。どうやら笑えぬ冗談を言ってしまったようだ。
 こんなところで仲間割れなどという面倒な事になるのもな……などと思い、唯為が僅かに肩を竦め、「悪い」という言葉を態度で示そうとした――その時。
 唯為の双眸が、見開かれた。
 ――赤。
 それまで室内を満たしていた薄闇が、赤く溶けている。
 虎之助もようやく異変に気づき、唯為から術師を突き飛ばした方へと顔を向けた。
 そこには、白い布が敷かれた祭壇――護摩壇があったのだが、術師がそこに突き飛ばされてしまったため、壇は崩れている。
 護摩壇の上には木で組まれた小さな三角壇があり、中には小さな炎がともされていたのだが、その三角壇も護摩壇と共に崩れてしまっている。
 炎は敷かれていた白布に燃え移り、一気に燃え広がった。あまりにも炎の回りが速いのは、白布に香油でも垂らされていたのもしれない。
 慌てて虎之助は、術師が座っていた分厚い座布団を引っ掴み、火を消すために何度も何度も布の上を叩く。
 だがその場にいる虎之助以外の者は誰も、消火活動に手を貸そうとはしなかった。術師は火から一番遠い部屋の隅に移動し、変わらず術を唱え続けているし、車座の老人たちもやはり、先ほどまでと同様、微塵も動かない。
「お前ら……ここ焼けてしまってもいいのか?!」
 炎を叩きながら大声で叫ぶが、それでも反応する者はいない。
 そして反応しないのは老人たちだけではなく、唯為もだった。
 虎之助の向こうで、高く燃え上がっている炎。
 銀の双眸に炎が映り、瞳は朱金に染まっている。
 ――いや。
 ただ色が映っているだけではない。
 実際に、唯為の瞳は金色に変わっていた。
「……、おい……沙倉……?」
 異変を感じた虎之助が、座布団を振り回す手を止め、眉を寄せて怪訝そうに声をかける。
 唯為は、ひどく冷めた眼で虎之助を見やった。
「役に立たんのなら殺してしまえ。どうせ老い先短い身だ、さっさとあの世に送ってやるのもある意味親切というものだ」
「な……っ?」
 言うなり、唯為は無表情に持っていた緋櫻を右斜めに振り上げた。そのまま、左下に向け、薙ぐように刃を走らせる。
「――……っ!!」
 咄嗟に、虎之助が唯為に向けて持っていた座布団を投げつけた。それに気づき、唯為が当初の狙いから僅かに意識をそらせて、飛来する座布団を一刀の元で斬り伏せた。
 もし虎之助が座布団を投げていなければ、今頃その場に座している唯為に一番近い所にいた老人の首が飛んでいたところだ。
「お前……何考えてるんだ……?」
「一番手っ取り早い方法を提示してやっているんだがな。この場にいる者すべて殺してしまえば、術も何も関係ないだろう?」
 唇を歪め、どこか艶めいた笑みを浮かべながら唯為は緋櫻の先を虎之助の方へと向けた。
「流れる赤い血で全てがきれいに洗われる。何ならお前の血も使ってやろうか?」
 言って、くつくつと嗤う。
 嗤ってはいるが、その眼には冷めた色が浮いている。笑っているのに笑っていないとはこの事だろう。一時の悦楽に浸っているように見えても、実のところは至極冷静に物事を見ているはずだ。
 何だか肌寒さを覚えて、虎之助は自然と一歩後退った。今のこいつに近づいてはいけないと、本能が訴えてくる。
 しかし、この人間性の変わり様を虎之助はどこかで見た覚えがあった。
 ミカエルとルシフェルが意識を切り替える時に、似ている気がする。
「お前……二重人格だっ……、……?」
 言いかけて、虎之助は言葉を止めた。
 何か、異変を感じたのである。
 何もしていないのに、妙に鼓動が速まっている。それだけではない。
 心臓の辺りに、何か痛みを感じる。
「な……」
 紡ごうとした言葉が、そのまま途切れた。膝からがくりとその場に崩れ落ちる。
 それを見て、唯為が冷めた表情で視線を転じた。
「……だから言っただろう。さっさと殺してしまえと」
 眼には、今まで黙って人形のように身動きもせず座していた老人6人がしっかりと立ち上がっている様が映っている。各人、左手に何かを持ち、右手に持った針のようなものでそれを刺していた。
 左手にあるのは、人の形を模した土塊。その心臓部分に、老人たちは針を何度も何度も、全員がまったく計ったかのように同じタイミングで突き刺しているのだ。
「オン・シラ・バッタ・ニリ・ウン・ソワカ……オン・シラ・バッタ・ニリ・ウン・ソワカ……」
「う……、くっ」
 針が刺されるたびに、虎之助が顔をしかめ、左胸に手を当てて呼気にまみれた苦鳴を漏らす。
 虎之助に向けられた、呪詛。
 おそらくは鶴来に向けるべきだったものを、急遽邪魔をしに入った虎之助の方へ向けたのだろう。唯為に向けられず虎之助に向けられたのは、術師に直接手出ししたのが虎之助だったからかもしれない。
「さぁて、どうするか? 俺がこいつらを始末してやろうというのを、お前は邪魔したわけだしなァ?」
 苦痛の呻きを漏らす虎之助の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ唯為は、視線を上げた虎之助に向かってにっこりと笑いかけた。
「そのまま死ぬか?」
「誰が……っ、く、ぁ……!」
 また心臓に激痛が走る。左胸に当てた指先で、強くシャツを握り込む。
 そのまま無意識に指を辿り上げ、虎之助は胸にかけていたネックレスを掴んでいた。
 先端につけられている、丸い黒曜石に。
 これをくれた者の瞳と同じ色の、その石を強く掴んだ。
 救いを乞うかのように。


【効果的な嚇し】

 その、刹那。
「――……?」
 ふ、とふいに痛みが消え去った。とんとんと左胸を叩くが、違和感もない。
(……守ってくれた……のか、ルシフェル)
 痛みがなくなったのはどうやら、七星の者の呪詛を無効化するというその黒曜石のネックレスの効力が、ようやく発揮された結果のようだ。
 発揮されるのが遅かったとはいえ……まあ、命は落とさなかったのだからよしとすべきだろう。
「ん? 何だ、呪詛が解けたのか。つまらんな……余興としては下の下だ」
 言うと、唯為はもう興味がなくなったとでも言うように虎之助を視界から追いやるとゆっくりと立ち上がり、急に術が効かなくなったことで困惑している老人たちへと顔を向けた。
 次の楽しみは、そこにある。
「さて。まあこのままここに居ても真っ黒焦げになるだけだ。俺に斬られるのと焼け焦げるのとどっちがいいか決めさせてやろう」
 もっとも、俺に斬られた後には当然、死体も焼けるがな。
 冷静ながらもどこか愉悦が滲み出た言葉に、老人たちがその顔に怯えを宿し始めた。
 炎は部屋全体を包み込もうとしている。のんびりしていたら本当に、焼け焦げだ。
 術を放っていた老人も、七星の呪詛が効かない相手と己が持つ残虐さを隠しもしない相手を前にして、意識を集中していることができなくなったらしく、もう術を止めていた。
 皆が一様に、怯えている。
 それを見、虎之助は1つ息を飲み込んだ。
 怯えている今なら、脅しが効くかもしれない。
 思い、虎之助は立ち上がると、怯える老人たちに真剣な眼差しを向け、よく通る声で言った。
「今すぐ真王を七星の当主から下ろして、鶴来……いや、那王か別の人間を当主にしろ」
 その言葉に、長老方が怪訝そうな顔をする。
 虎之助の隣で、唯為が低く嗤った。相手の反応が肯定的なものではないと瞬時に見切ったのだろう。
「だから言っているだろう。物事を頼み込まずとも、殺してしまえば円満解決。こいつらが黒幕なら、始末してしまえば縛られていた者たちは晴れて自由の身。俺も満足。いい事尽くめだぞ?」
「……と、こいつは言っているが。どうする? このままここで無残に殺されたいか、素直に真王を当主から下ろして那王を当主にするか?」
「待て。後者を選んだら俺の楽しみはどうなる?」
「炎に巻かれてこいつらと一緒にここで死にたいならそれはお前の勝手だが……」
 言って、虎之助は迫りくる炎を見やる。
「俺は御免だ。さ、どうする? できたらさっさと決めてもらえると焼け死ななくてすむから有難いんだが」
 再度長老方へ顔を戻す。と、1人がゆっくりと口を開いた。
「お前たちには関係なかろう。七星の当主が誰であろうが」
 意外にはっきりとした声音だった。
 この期に及んで生意気にも口答えをする相手を即座に斬り伏せてやろうか――身体のパーツを1つずつ落としていけばそのうち素直になるかもしれん、などと考えていた唯為は、す、と刀を僅かに持ち上げる。
「どこから切り落とされたい? 希望くらいは聞いてやろう。ああ、なんなら爪を一枚ずつ順に剥いでやってもいいぞ、そのお前が持っている針を爪の間に刺してな」
 思わずその様と受ける痛みを想像してしまった虎之助は、1つ溜息をついてそれを頭の中から払い除けると、真摯な色を宿す瞳を老人へと向けた。
「関係ないわけじゃないんだ。俺にとっては、真王が当主をやめるかどうかは重要な事だから」
 言葉の意味を探るように唯為がちらと横目で虎之助を見たが、虎之助はそれ以上何も答えなかった。代わりに、別の言葉を口にする。
「このままだと多分真王も那王も失って、七星は没落する事になると思うぞ? だったら那王を当主にしてしまった方が利口じゃないかと思うが」
「何を言うか。真王が七星を捨てる訳が……」
 老人が眦を吊り上げてそう言おうとした時。
 ふわり、と。
 虎之助の肩先に、何かが舞い降りた。
 真紅の鷹――式神だ。
 それを見て虎之助は驚いたように眼を見開いたが、もっと驚いていたのは老人たちだった。
 それが七星真王の裏人格が持つ式神だとよく理解しているからだろう。
 自分たちが、鶴来那王を始末してまで七星に縛り付けたかった、真王という存在の持つ式だと。
 今ここに現れたという事は、虎之助が語る言葉を真王も承知しているという事。
「二人を敵に回すのはバカがやることじゃないのか? どっちも居なくなれば七星は間違いなく、没落だろ?」
 虎之助の言葉に項垂れた老人たちを、唯為は面白そうに見て、僅かに顎を持ち上げた。長老方を見下すように。
「……どうやらここまでのようだな。老兵は大人しく去ったほうがいいぞ? このツメの甘さでは新時代にもついてはいけまい」
 それに、返せるだけの言葉を老人たちは持ち合わせていなかった。
 一度崩れた精神は脆いもので、どうにか立て直して元に戻そうとしてもなかなかそうはいかない。
 老人たちも、どうにか冷静さを取り戻して再度自分たちに有利な方向で話を進めようとしたようだったが、唯為がちらりと金色の眼差しを向けるたびに怯えが走り、冷静になるどころではないようだった。
 そんな、ただひたすらに怯え戸惑う連中を唯為に任せると虎之助は、今度は室内を真っ赤に染めている炎の処理に向かった。
 だが。
 それも、どうしたものか、水はどこかと慌てている間に、何故か自然と炎は勢いを弱め、やがては鎮火してしまった。
「何で……勝手に消えるんだ?」
 一室内の小火で終わったのは幸いだったが、何が起きたのかはよくわからなかった。しかし老人たちがますますもって暗い顔つきになるのを見、彼らが望まない何かの力が働いたのかもしれないと思った。
 それが何の力なのかまでは虎之助にはよくわからなかった。
 そういえば、この邸内にはさまざまな仕掛けが施されていた。としたら、火事予防のような術がかけられていても別に不思議ではない。
「所詮、お前らはその程度の器ということだ。分を弁えろ、愚か者ども。当主を差し置き、家を我が物にするなど、阿呆のする事だ」
 そう言いながら刀を鞘に収める唯為の瞳は、いつのまにか銀色に戻っていた。発されている気配も、もう先ほどのような薄ら寒い冷たいものではなく、いつもの唯為のものだった。
 一体唯為の身に何が起きたのか虎之助にはわからなかったが、何にしても、これで仕事は終了だろう。


【final:いつもの場所】

 事を片付けてから、七星の門前に呼び寄せたタクシーにさっさと乗り込み、「市内で土産物を買いたいんでな、先に行くぞ」と虎之助に言い置いてその場から早々に立ち去った唯為は、その言葉どおり京都市内で買い物を済ませると、来たとき同様、新幹線で東京へと戻っていた。
 片手に紙袋、片手に緋櫻を収めた袋を持っているのだが、ちょうどサラリーマンたちの帰宅時間と鉢合わせてしまったため、両手をふさがれた状態で移動するのはかなりつらい。
 一瞬、この場にいる邪魔者全員を緋櫻で斬り伏せていってやりたいような衝動に駆られ――唯為は、軽く奥歯を噛みしめた。
「……何なんだ、一体」
 妙にすぐ苛立つようになっている気がする。神経がぴりぴりと張り詰めているかのような。
 唯為が虎之助と早々に七星の家の前で別れたのには理由がある。
 とにかく、早々に1人になりたかったのだ。
 唯為には、室内で火の手が上がったのを見てからの記憶がほとんど残っていない。
 だから1人になり、何とか全てを思い出そうとしたが……結局、断片的にしか記憶は戻らなかった。
 炎、切り伏せた座布団の映像、苦しんでいた虎之助の姿、そして、なぜか無性に刀で人を斬りたくなった、あの――……苛烈な衝動。
 そう、つい今しがた周囲の者たちに対して覚えたような感情だ。
 何があったのかを虎之助に聞けばよかったのかもしれないが、そうする気にもならなかった。
「……こんな時には早く帰ってさっさと寝るに限るか……」
 本当なら、どこにも寄らずにまっすぐ帰宅したいところだったが、考えてみたら車をAzに置きっぱなしだ。明日取りに行くことにして今日はタクシーででも家まで帰ればよかったのかもしれないが……早く帰って寝たほうがいいと思いつつも、心の奥底ではまっすぐ家に帰りたくないとも思っている。
 そして結局、唯為はAzの入り口をくぐっていた。
 もう外は日が暮れ、空気は夜気を伴い冷たさを増している。それに引き換え店内は昼間のように明るく、相変わらずにぎやかな音楽が鳴り響き、満ちている空気は暑くもなく寒くもない温度に保たれている。
 何だか、ようやく意識が現実に足をつけたような気がした。今までずっと、東京駅についてからも妙な浮遊感に包まれていたのだ。
 暫し現実に浸るように店内を眺めてから、唯為はゆっくりとした足取りで2階へ続く階段へ足を向けた。
 今日は店長命令で京都くんだりまで行って来たのだ。それなりに恩を売らねばならない。
 鶴来を連れてくる事は叶わなかったが、綺に向けて術を放っていた者が綺を使役するのを辞めた事は覚えている。ならばおそらく、翠が無事、綺に狙われることがなくなった鶴来を連行しているはずである。
 としたら、十分、恩を売る口実になる。
「さて、行くか」
 いまだどこかでもやもやする気持ちの破片を無理矢理に意識の奥底に沈め、意気揚々と階段に足を乗せたところで。
「唯為さん」
 背後から声をかけられた。肩越しに振り返ると、左手にモップを持った琥珀がこちらへ駆け寄ってくるところだった。
「いつ戻られたんですか?」
「ついさっきだ。いい子にしていたか、琥珀?」
「いい子かどうかは分かりませんが、今日はマスターが鶴来さんの欠損した部分の修復をする手伝いをしました」
「欠損?」
 何かよからぬ事でもあったのだろうか。
 しかし、怪我をした、のではなく欠損したという事は、おそらくは霧嶋の能力内に居たという事だろう。ならば死ぬことはない。
「そうかそうか、パパのお手伝いをしたのか。そんないい子には土産をくれてやらんとな」
 刀を近くの壁に立てかけると、唯為は持っていた紙袋の中から高さ20センチほどの箱を取り出した。
「琥珀にも和のよさが少しくらい分かるといいが」
「和?」
 差し出された箱を受け取りながら、琥珀は首を傾げた。不思議そうに箱に視線を落とす。
「開けてみろ」
 促されて、丁寧な手つきで箱を開け、覗き込む。そして手を中に差し入れてゆっくりと入っていたものを取り出した。
 それは淡い生成色の手漉き和紙で作られたランプだった。電球を、筒状にした和紙で囲ってある。
「暗い中で使うと、ぼうっと堤燈のように柔らかい光を発して綺麗だぞ」
「綺麗ですか……それは早く見てみたいです。有難う御座います、大切にします」
 表情はあまり動かないが、それでも僅かに喜色を浮かべる琥珀に、唯為は満足げに笑って頷く。
「ああ、それからこれは瑪瑙にな」
 言って、再度紙袋から取り出したのは高さ25センチほどの、生成色のちりめん生地で作られたテディベアだった。耳と手の内側と足の裏には色とりどりの花が描かれた赤色の布が縫い付けられている。胸元には同じく赤い布でリボンがつけられていて、背中にはこれまた同じく赤い布で作られたリュックを背負っていた。
「可愛いですね。きっと瑪瑙も喜ぶと思います。有難う御座います、唯為さん」
 礼を言ってぺこりと頭を下げる琥珀の髪に触れながら、唯為はふとその視線を2階へと向けた。
「で? 店長は2階か?」
「え? あ、店長は先ほど帰宅されましたが」
 その言葉に、唯為は眼を剥いた。
「何っ、帰っただとっ?」
「ええ、つい数分前に。ちょうど唯為さんと入れ違いだったみたいですね」
「……琥珀。ちょっと訊くが、あの女はいつもこんな時間に仕事を終えて帰るのか?」
 まだ夕方だ。Azの営業時間は確か、午前0時までだったはず。
 店主がこんなに早々から帰るわけがない。
 分かってはいるが一応確認してみた唯為に、琥珀は少し首を傾げてみせた。
「いえ。いつもは最後までおられますけど……『今日は何だか体調が悪いんだっ、じゃあそういう事で琥珀、後はよろしく!』と、元気な感じで言って帰られました」
 別に物真似をした訳ではなく平坦な口調で勢い込んで琥珀は喋っただけだったが、それだけでもう、唯為には十分店長がどんな様子だったか伝わった。
 要するに、仮病を使って逃げたのだ。
 何から逃げたかは言うまでもない。
 唯為からに決まっている。
「あの女狐……俺様をタダ働きさせた罪は重いぞ……」
 今度逢ったらそれ相応しっかり今回の分の恩は売らせてもらおうと考え、ふふふふと胡乱げに笑った唯為の顔を暫し眺めていた琥珀は、そういえば、と何か思い出したように口を開いた。
「あの、唯為さん。言い忘れていたことがあるんですが」
「言い忘れていたこと?」
 店長から何か伝言でも預かっていたのかと思ったが、琥珀からこぼれた言葉は、全く別のことだった。
 大事そうにもらったランプを片手に持ったまま、琥珀は小さく微笑んで、言った。
「おかえりなさい、唯為さん。ご無事でよかったです」
 そのあまりに予想外だった言葉に、唯為は眼を瞬かせた。その反応に、琥珀が少し首を傾げる。
「もしかして言うタイミング間違えていますか?」
「……、いや、少しズレてはいるが間違えてはいないだろう」
「ではなぜ黙り込まれたんですか?」
「いや……なに、簡単な理由だ」
 言うと、唯為は片手を伸ばして琥珀の頭を引き寄せ。
「また1つ、琥珀の可愛さを見つけてしまったというだけの事」
 額と頬と鼻先に、順に軽くキスを落とし、ぎゅっと胸に抱く。
 そしてその耳許に、囁いた。
「……ただいま、琥珀」

 何だか――今、ようやく、本当に自分がいつも居る場所に帰ってきたという気がした。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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 整理番号 … PC名 【性別 /年齢/職業/階級】

0523 … 花房・翠――はなぶさ・すい
        【男/20歳/フリージャーナリスト/大天使】
0733 … 沙倉・唯為――さくら・ゆい
        【男/27歳/妖狩り/権天使】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは。ライターの逢咲 琳(おうさき・りん)です。
 この度は依頼をお請けいただいて、どうもありがとうございました。
 少しでも楽しんでいただけましたでしょうか?

 沙倉唯為さん。再会できてとても嬉しいです。
 唯為さんらしい不遜なプレイングの雰囲気をそのまま出したくて頑張ってみたのですが……と、途中で何だか、何かが起きてしまったようで(汗)。
 本当はもっともっとキツい感じだとは思うのですが、ぜんぜん冷血冷酷っぽくならなくて……スミマセン(倒)。
 そしてやっぱり最後はセクハ……、……い、いえあれはセクハ……ではなくてもっと別の……、だ……大丈夫ですよね、セクハラには見えないですよね?(笑)

 今回は、草間興信所と異界「Az」から同シナリオを出し、双方から調査が進められています。
 そして途中からプレイングにより、
  >東京に残って鶴来を守りつつ綺をどうにかする。
  >京都に行って、直接、七星の術師をどうにかする。
 と、ルートが分かれました。東京編は4名、京都編は2名になっております。
 双方の活躍により、無事全てが綺麗に落ち着いたようです。
 本当に、有難う御座いました。

 もしよろしければ、感想などをお気軽にクリエイターズルームかテラコンからいただけると嬉しいです。今後の参考にさせていただきますので。

 それでは、今回はシナリオお買い上げありがとうございました。
 また再会できることを祈りつつ、失礼します。