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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


コワレテイク、オト

「――…」
 目が、眩む。
 息つく間も無く、頬を押えた手が――

 ぬるり。

 …滑った。

「きゃ…あ…っ」
 押し殺した悲鳴に、振り向いた先には…恐怖に固まった1人の少女。

 見てしまったんだね

 そう言ったような気がする。
 その言葉に対する返事は、聞こえなかったけれど――

*****

 学園祭まであと幾日か、カウントダウンを開始したクラスもある中。
 生徒達の間では明るい雰囲気に水を差すような不穏な噂が囁かれ始めていた。

 ――学校で飼われてたペット、皆殺されちゃったんだって
 ――なんか、ハンニン見た子も殺されたらしいよ
 あれでしょ?壁の上まで血が飛び散ってたって…
 マジ?うわやだ。あの辺もう通れないよ。ショートカット出来るいい道だったのに…

 噂に対する公式な…否定的な見解は学校側から出されている。
 だが、飼育小屋のある場所への出入りが禁止された事、『殺された』と噂されている女生徒の姿がそれ以来見えなくなっている事は事実だった。
「困った事になってるわね」
 響カスミが溜息を付く。
「――噂は噂です。此方が慌てて否定しては逆効果でしょう」
 それにしても困ったものです、とあまり困っていない様子の生徒会長…繭神陽一郎が涼しい顔で告げる。
「全く。これから学園祭が始まろうというこの時になって何を考えているのやら」
「繭神君は、この噂の出所に心当たりはないの?」
「――」
 ほんの少し、目付きが鋭くなったような気がカスミにはしたが、それだけで。
「ありませんね。まさか噂の主も学園祭を壊したいとは思っていないでしょうが…わたしの側からも調査しますよ」
「お願いね」
 カスミがもう一度溜息を付いた。
 そう、現場に立ち入り出来ないのはそのとおりなのだが、その理由は確か「最近起こった台風で飼育小屋が破損したため、飼われていた動物達を学園の初等部の小屋へと避難させ、小屋が直るまでは危険だから生徒の出入りを禁じている」と言うものだった。カスミは確かめはしなかったが。理由は言うまでも無い。
 生徒は…カスミの担当ではないので直接タッチはしていないが、夏の暑さにダウンして寝込んでいるようだと担任教師からは聞いている。
 その時、がらがらっと戸が開いて。
「セーンセ♪」
 勢い良く扉を開けて走り込んで来た、見慣れた顔が好奇にきらきらと輝いているのを見て、カスミが内心で思い切り頭を抱える。
「ねえねえあの噂どうなの?学校からの説明が終わっても噂全然減らないよ?」
「それは…」
 目の前でカメラを片手ににっこにこと笑みを浮かべているSHIZUKUのような存在がいるからだろう、…とは流石に口が裂けても言えなかった。それよりも、その手に持つカメラの存在にいやぁな予感を覚えて仕方が無い。
「…そうね…この際。協力して頂戴。あの場所への立ち入りを先生の名で許可してあげるから、噂は事実無根のものだって証明して。手が足りないなら他の子頼んでもいいから、ね?」
「了解♪」
 毒をもって、とは良く言ったもので。
 どのみちこの子なら無許可でも行ってしまうだろう。それならば寧ろ、許可を取って報告を受けた方がいい。
 そう思いながらも。
 やはり、嫌な予感は拭えないままだった。
 ――後ろで何か考えている様子の陽一郎の存在にも。

*****

「いやな噂ね…私も聞いたけど。学園祭に近いこんな時期にそんな話が出て来るなんて」
 誰かを呼びに行く途中だったらしいSHIZUKUに話を持ちかけられて、シュライン・エマが眉を寄せながら溜息を付く。
「そお?あたしはちょっぴり嬉しいな。だって怪奇な噂よ!?ってそりゃあ、現実に知り合いの誰かが巻き込まれたんだったら嫌だけどね」
 カメラを弄りながら、SHIZUKUが呟くように言い。
「…実はね、私、もしかしたら噂の犠牲者に心当たりがあるかもしれないの」
 そう言ったシュラインに、えっ、と目を見張る。
「誰?」
「飼育係の子。襲われたのが飼育小屋なんでしょ?そこに放課後いつも来てる子がいたの」
 8月の頭に、行方不明のうさぎ達を探しに行った事を思い出しながらかいつまんで話して行く。
「あー…それはありえるかもね。あんな薄暗いトコに1人って言うのが腑に落ちなかったんだけど、そっか。それなら可能性は高いわ。ありがと、ねえねえシュラインも一緒に捜査しようよ。あたし他の子呼んで来るから先に職員室に行ってて欲しいんだけど」
「いいわよ。私も気になっていた所だしね。それじゃ、後で」
「うん、後でねー」
 ぱたぱたと走り去って行くSHIZUKUの後姿を見、姿が見えなくなる頃を見計らってシュラインは職員室へと足を向けた。

*****

 結局集まったのは、最初にカスミに声をかけられたSHIZUKUを含めて6人。1年から3年まで揃った皆を眺めるのは、カスミと――あの時も話していた生徒会長の陽一郎。
 カスミが説明に入る前に、陽一郎がまず口火を切る。
「特に噂を裏付けるような証拠、わたし達の側からは見つけられませんでした」
「そう、それは良かった。…けれど、相変わらずあの子へ連絡が繋がらないのよ。何度も電話はしているんだけど」
「何処ですか?」
 カスミに最寄り駅の名を教えてもらった陽一郎が、ふむ、と小さく呟いて。
「連絡が行き違いになっている可能性はありますしね。――家はそう遠くない事でもあるし、わたしが直接訪ねましょう」
 本人の具合が良く無く、家族が家に居ない可能性はあります――そう言った陽一郎がすっとその場から一歩引く。
「悪いわね、繭神君」
「わたし自身も気になりますしね」
 穏やかそうな表情を浮かべた陽一郎が、カスミの書いたメモを手に職員室を出――かけてふと振り返り。その場にいる彼らへと視線を注ぐ。
「何か?」
 シュラインがそう訊ねると、いや、と呟き。
「これから現場の調査へ?」
 何か、探るような目つきが少し気に食わない。
「そのつもりよ」
「――きみ達が帰るまでには戻れるだろう。念のために言っておくが、噂の現場は荒らさないように。…既に一度調べている。何も出ないと思うがね」
 それは、後でなんらかの関わりを持つつもりだろうか、そんな風にも思えてくる、押さえつけるような陽一郎の言葉にその場に居た生徒6人がそれぞれの感情表現をしつつ、生徒会長が出て行くのを見送った。
「せんせぇ、陽一郎ちゃんっていつもあんななの?」
「よ、陽一郎ちゃん…」
 なんのてらいも無く言い切る千影に物凄く複雑な顔をして見せたカスミだったが、こほん、と軽く咳払いしつつ気を取り直して、
「彼は優勝な生徒の1人よ。今回の学園祭や、他の行事にしてもきちんと計画して采配してくれたんだから。…まあ…確かにちょっととっつきにくい所は感じるかもしれないけどね。…栄神さんは、苦手なの?」
「うーん」
 柔らかそうな唇を指でぷにぷに触りながら、かくんと首を傾げて。
「良くわかんない。けど、陽一郎ちゃんって以前はもう少し違ったような気がしたんだけどなぁ」
「会長…確かにちょっと雰囲気変わったわね」
 シュラインがぽつりとそんな事を呟き、うんうん、とSHIZUKUが大きく頷く。
「もっと距離を置いて眺めていた感じはあったんだけど、今は中に入り込んでびしばしやってるみたい。反感持ってる子も多いよ、強引だって」
「あらあら。会長さんも大変なのね」
 さくらがのんびりと微笑みながら、そっと頬に手を当てた。
「忙しいのは結構な事だけど、それで周りをないがしろにしちゃあねえ。いくら大変でも」
 さくらはお人好しなんだから、と綾霞がひょいと肩を竦めた。
 軽く話をした結果、取りあえず現場は後回しにして、校内で聞き込めるだけ話を聞き込もうと言う事になる。
 その後で合流し、それから現場と噂される場所へ行こうと。
 カスミにその連絡の付かない生徒のクラスと名を訊ね、1年A組と言うのを聞いて、各自一旦解散した。

*****

 ――噂。
 確信は持てないのだが、シュラインが聞きまわった噂が増えて行くにつけ、その疑念はますます高まって行った。
「被害者の姿しか見えない噂なのね」
 当人は家に居ると言う学校の見解を信じるとしても、当人と全く連絡が取れない現状が不安を煽る事に誰も気付いていないのか…いや、カスミは心配そうに何度も連絡していると言っていたが…他の教師、または学校と言う大きなレベルではその生徒について、積極的に安否の確認をすると言う人物に当たる事がなかったのが不審だった。
 実際に彼女の家へ行こうと言い出したのは、シュラインが知る限りでは生徒会長…陽一郎だけ。カスミにしてからが、住所を知っていると言うのに家へ直接出向く事はせず。
「カスミ先生、生徒思いの真面目な先生なのに…不思議ね」
 そんな事をひとりごちて、進みかけ…誰かの強い視線を感じた気がして、振り返った。
 そこには、誰もおらず。
「…?」
 少し眉を寄せたものの、周囲を見渡しても、もう何の気配も無く。
 ただ、『見られていた』と感じたあの感触だけが、僅かに残っていた。

*****

「やっぱり、噂以上のものは見つからないのね」
 SHIZUKUががっかりした声を出す。
「それに、不思議なくらい加害者の噂がないのよね」
「あ、さくらもそうだったの?」
 綾霞が目をちょっと見開き、そして他の者も同じような結果だったのを知って不思議そうに首を傾げ。
「あたしも一緒。ねえ、ホントにこれって噂だけじゃないの?」
 千影も真似するようにかくんかくんと首を傾げつつ、話を聞いて感じた事をそのまま告げる。
「そうなのよね。私もそれは感じたわ。…でも…何か不自然なものも…」
 シュラインがやや歯切れ悪く、呟くように言い。
「まあまあ、ここで話してても変わらないんだし、行ってみようじゃないの。その、壊れてる飼育小屋に」
「…そうね」
 玲於奈の提案に、考え込んでいた何人かがほっとしたような表情を浮かべ、静かに頷いた。
「こりゃ凄い。隣はともかく、こっちの小屋はぼろぼろだね」
「この小屋、うさぎ小屋だった筈よ。こっちは鳥」
 シュラインが破損の酷い小屋をじっくりと眺め…隣の小屋をも見て、そして思い切り眉を寄せた。
「――ねえ」
 その声に、同じく小屋の周囲を調べていた皆が顔を上げる。
「隣の小屋とこっちの小屋、随分壊れ方の差が激しくない?」
「そうだね。それはあたしも思うよ」
 まだ修理されていないからか、散らばった小屋の破片と裂けた小屋の一部を手にとりながら玲於奈が呟く。
「ふぅん。台風で壊れるってこう言う感じなのかな」
「どうかしら」
 綾霞も不思議そうな声を出し、
「この通路に強い風が吹いたとしたら、まずおかしくなるのは屋根よね?…でもこれは特におかしな感じはしないわ。なんだか…まるで、小屋を真ん中から無理やり引き裂いたみたいに見える」
「ほんとうね。金網を開いて、それからその脇の木を折ったみたい」
 でも、ペンチで切ったようには見えないわね…そう呟いて金網を触るさくら。
「あ」
 小屋を調べるのに飽きたか、そこから離れて周囲…校舎の壁を眺めていた千影が小さな声を上げた。その声に何人かが振り向き、千影の指さす方向へ目を向ける。
「…あんな所に」
 ――壁の上に残るシミが、目に付いた。
 黒く、隅っこにこびり付いたそれは、良く見なければ分からない位置にあり、その上手ではその位置に届きそうにない。
「ちょっと、ハシゴある?」
 玲於奈がそう言いつつ折りたたみ式のハシゴを借りて上へと登った。かりこりとその壁を指で掻き出し、手を軽く握りながら降りてくる。
「どう?」
「これだけじゃあたしにはわかんないねー。どう思う?」
「見せて見せて」
 ちょこちょこ玲於奈に近寄った千影がくんくん、と鼻を鳴らす。それから、ちょっと考えて、もう一度顔を近づけ…そして、シミのあった位置へと目をやる。
「何かわかったのかい?」
「うん、やっぱりそう」
 顔を上げた千影がにこりと笑い。
「これ、血だよ」
 あっさりとそう言いきった。
「……血が、あんな場所に普通付く?」
 訝しげなシュラインの顔と、その視線の先を同じように振り仰ぐさくら、そしてその隣に立っている綾霞。時折シャッター音がするのは、SHIZUKUがファインダーの中に現場の映像を残しているからだろう。
 玲於奈が削り落とした壁にはまだシミが残っていて、そこから左右に視線を動かすと、先程までは気付かなかった…ただのゴミにしか見えていなかった部分にも小さな黒点が散らばっているのが分かった。
「あれも全部かしらね」
「まあ…それが全て血液だとすると…随分と飛んだ事になるわね」
 そこでひとつ気になることがあった。
「これ、『何』の血なのかしらねぇ」
 玲於奈の手の平にある黒い小さな塊に目を注ぎながら、小さく首をかしげるさくら。
「知識があれば、人か動物かは分かると思うのだけど。…学校の化学室じゃ駄目ねきっと。顕微鏡があっても、中身が何なのか見て分からなければ意味ないもの」
「それはそうだね。――でもさ。これって…噂の裏づけになりそうじゃないかい?」
「そうよ。全く何も無いのなら、こんな場所にそんなものが付いていること自体おかしな話じゃない。ここの動物達だって学校側の説明じゃ他所に移されただけなんだから」
 SHIZUKUの言葉に、ぐるりと周辺を見回す一同。その時、ふ、と顔を上げた千影が、目を閉じてくんくん、と鼻を鳴らした。
「うさぎさんの匂いがする」
 ぱっと目を輝かせ、ぱたぱたと飼育小屋…の裏手へと回っていき、「こわくないよー」とがさがさ草を掻き分ける音が聞こえてきた。
「みぃつけた♪もこもこ〜かわいぃ〜」
 千影が、抱き上げたらしく…そのままぱたぱたと戻ってくる。
「――っ!」
 玲於奈が思い切り顔をしかめ、他の者もそのうさぎを見て目を逸らした。
 何があったのかは良く分からないが、ぴくぴくと耳や鼻を無心に動かしているそのうさぎの身体は、赤黒いものが大量にこびりついていたのだ。
「栄神さん、ちょっと見せてちょうだい。――ああ…そうね、いいこね。あら、女の子なのねこの子」
 汚れそうなのも厭わずに千影の手からうさぎをうけとったさくらがあちこち触れたり持ち上げたりして眺め、そしてほぅ、と小さく息を付いた。それは、みるからに安堵のもので。
「大丈夫。この子自体は傷ついていないわ。でも洗ってあげないと可哀想ね」
「あたしあらいたーい」
「栄神さん1人じゃ大変よ。みんなで手伝って綺麗にしちゃいましょ」
「うんっ」
 ――ドライヤーまでは常備されていなかったが、石鹸で洗い、タオルで綺麗にふき取って自然乾燥すること暫し。
「わー」
 きょときょとと自分を見下ろしている6人の姿に目をぱちくりさせたうさぎは、洗いたてでふわふわの身体へと戻っていた。感極まった声を上げた千影が抱き上げてぎゅぅっと抱きしめる。
「あ、あんまり強く抱いちゃうと苦しいわよ」
 さくらが、やはり抱きたそうにうさぎをみながらそんな事を言い。
「ねえ、…ちょっとこっちにも抱かせてくれない?」
 シュラインが我慢できずに手を伸ばし、随分大人しく抱かれているうさぎの頭をゆっくりと撫でた。
「あたしウサギさんは食べないよ、チカが好きなのはししゃもだもん!」
 千影が、誰も聞いていないのだが、それだけうさぎが気に入ったと言う意思表示なのかそんな事を言い出し、さくらがきょとんとしてゆっくりと首を傾げた。
「大人しいいい子だねぇ。…おまえの友達はどこに行っちゃったんだい?」
 やがて、捜査の手を一旦休めて、うさぎを見守りながら休憩に入る。
 その辺りの野草をもしゃもしゃと食べているうさぎは、当たり前だが玲於奈の質問に答える様子は無い。
「ふぅぅ。これがアリスのうさぎなら、しゃべったりするんだろうけどねぇ」
 ――くす、と綾霞がその言葉に小さく微笑み。
「そうね。きっとあの場の一部始終を見てたのはこの子だけだろうから」
 どうやって逃げおおせたのか分からないが、あの身体にこびりついていたモノを考えればそれは奇跡に近かった。
「ここにいたのか」
 不意に、そんな言葉がかかる。一斉に視線をそこへ向けると、戻ってきたらしい陽一郎の姿があった。

*****

「彼女は少し疲れていたようだが、元気だったよ」
 陽一郎が、千影の腕に抱かれている白いうさぎの姿を見ながら、何か小声で呟き…そして千影へと真っ直ぐ目を向ける。
「それはどうしたんだ?」
「小屋の近くで逃げてたの。あたしが捕まえたんだよ」
「そうか」
「…会長?」
 うん?と、声をかけたシュラインへ目を向ける。
「私達、あの場所で壁にこびり付いた血を見つけたんだけど?…手が届かない高さに」
「ふむ?血か…生き物の特定は出来たのかな?鳥だとか、虫だとかそう言う可能性は?」
 この学園で、いや高等部の校舎で特定などできる筈が無い。その事を分かっていて聞いているとしか思えない口調だった。
「本当にその飼育係の子は、生きているの?」
 一言一言、力をこめるようにしながら訊ねたシュライン。その彼女へと、「ああ」と言いながら軽く頷く陽一郎。
「だが、学園祭への参加は無理のようだ。暫く自宅休養になる…その事で噂を広げさせるような真似はしない」
「生きてるって、証拠は?」
「――随分しつこいんだな、きみは。わたしの言葉が信じられないとでも?」
「壁に散った血の説明をしようとしないからよ。疑問に答えられないで、どうやって信じろと言うつもり?」
「そうねぇ。それに…あのうさぎさん、最初はもっと汚い色をしていたのよ」
 あらってあげたらこんなにふわふわになったのよね、とうさぎの身体をそっと撫でるさくら。
「生きている、としか答えようがないのだがね。何を考えているのか、聞かせてもらおうかな」
「私は、学校ぐるみでこの事件を消そうとしていると思ってるわ。そうでなければ、説明の付かない事が多すぎる」
「………」
 気のせいか。
 陽一郎の視線が、鋭くなったように感じる。その陽一郎が、ゆっくりと口を開く。
「…見たものを全て信じるなら、その生徒は『死んだ』ものとされてしまう。辻褄を合わせるためにね」
 どうしてなのだろう。
 たった1人の、それも同じ生徒である彼に、皆が威圧されかけている。
「それでも良いのであれば、本当に彼女を殺してしまう事になるが?――どうしてもきみ達が殺したいのであれば、の話だがね」
 どこか皮肉げな視線。それは、表情を伴わないものだったが、感情だけは強く伝わってくる。それから少し間を開けて再び口を開いた。
「ああそうそう。学校側の総意は変わらない。事故も事件も無かった――彼女は家で休養に入り、飼育小屋の動物達は他所へ移されている。…噂など。すぐ、消える」
「!?」
 陽一郎の声のトーンが下がり、一瞬、一瞬だがこの場が凍りついた。
「そのうさぎも同じ場所へ移送させておくよ。渡してくれるな」
 すっと手を差し出す陽一郎。
「同じ場所って…殺したりしない?」
 千影がきゅっと眉を寄せながら、ストレートに訊ね。それを聞いて、陽一郎が目にする限り初めてくっ、と喉で小さく笑い声を漏らした。
「する必要はもうない」
 …その言葉はどういう意味なのか。
 案外素直にうさぎを渡した所を見ると、嘘と言う感じではなかったのだろうが…不安が残る。

*****

「さあ、帰りたまえ。響先生には連絡しておくからね。……それと、最後に一言だけ、言わせて貰おう」
 続く言葉は、どこか躊躇いがちに。もしかしたら、迷いながら言葉を告げているのかもしれないと思わせる何かがあった。
「きみ達は勘違いしている」
「勘違い?」
 シュラインが鸚鵡返しに呟く。その言葉を肯定も否定もせず、
「学校が事件を揉み消したがったのではない…事件など、初めから存在していないのだ」
 更に続けた言葉は、衝撃的なものだった。
 何故なら…手に入れた証拠があったから。壁に散った血の跡。外部の者の手によって破壊されたとしか思えない小屋。そしてなにより…陽一郎の腕に大人しく収まっている白いうさぎの存在が物語っていた。
「繭神さん。――あなた。いったい何者なの」
 綾霞が訝しげに見つめながら訊ね、その問いには涼しげな顔をして。
「生徒会長さ。それ以外の何に見えると言うのかね」
 それ以外は答える口を持たない、とでも言うように。
「学園祭も近い。早く帰って身体を休める事だ」
 最後にそう言うと、くるりと踵を返して校内へ戻っていった。

 釈然としない。
「――やっぱり、変よねぇ」
 カメラをいじりながらSHIZUKUも呟く。
「なんでわざわざ怪しまれるような事言わないといけなかったのかしら」
 シュラインが、答えの出ない問いを、呟くように漏らした。

*****

「おはよう。昨日はご苦労様。やっぱり何もなかったのね」
「え…」
「繭神君に現場を確認してもらうように言われて今行ってきたところなの。小屋の方は業者さんが入るまでもう少しかかるから、今月中に動物達が戻ってくるのは無理みたい。――噂なんてそんなものよね。無責任な事言っちゃいけないわ」
 何でも、噂の渦中に居た生徒から、その友人宛に電話が掛かって来たそうで。やはり具合が相当悪いらしく、暫く通院しながら自宅療養する、と告げられたらしい。カスミが安心しきった顔で皆へにこにこと笑いかける。
「そう言えば、あのうさぎさんは?」
 登校して真っ先に職員室へと移動した皆――その中で、千影が首をかくんと曲げながらカスミへと訊ねた。
「ああ、あの真っ白い子ね?なんでも、移動する前に壊れた小屋から逃げ出していたんですって?今すぐ送るのは手続きがかかるらしくて、繭神君が一旦連れ帰ったわよ。1日2日なら預かれるからって」
「なぁんだ。それなら、あたしがおうちに連れて行ってもよかったのに。ふわふわで可愛かったなぁ」
 腕の中に大人しく居た1匹を思い出し、ぎゅーと抱きしめる仕草をしながら千影が残念そうに呟く。
「それにしても、不思議なひとだねぇ会長ってのは。そう思わない、先生?」
「…そうね。実はもっと冷徹な人じゃないかって私も思ってた事があるのよ。けれど、本当はとても真面目な人だっただけみたいね。つとめを放棄してしまいたい事もある、なーんてこっそり呟いてたわ」

 噂通りの現場では無かった事が、カスミにとって嬉しいらしい。…噂に聞こえた怖がりな彼女のこと、本当に少しでも疑わしいものを見つけてしまったら今のように笑ってなど居られる筈も無く、
 ――と言う事は、本当に何も残っていなかったのだろう。昨日、彼女達が見つけ出した痕跡も。
「さー、あと少しで学園祭よ。SHIZUKUさんもクラブの出し物があるって言ってたわよね?」
「そうそう、そうなの。怪奇クラブは今年の学園祭の目玉よ!あのねえ、心霊写――」
「ごめんわかったそれいじょういわないでいいから」
 もがもが、と尚も言い募ろうとするSHIZUKUに話題を振ったことを心底後悔しながら、彼女の口を手で押えたカスミが引きつった笑みを浮かべ、
「繭神君も言っていたように、噂はじきに収まると思うから。あなた達もこれ以上噂を広げたりしないでね」
 そう言い、追い出すように職員室から皆を外に出した。その大きな理由はSHIZUKUの存在だったのだろうが。
「んもう、いいトコだったのに」
 SHIZUKUの唇を尖らせた言葉に、ただ苦笑いする他なかった。

 『噂』は、何故だかその日のうちにほとんどが収束してしまった。学園祭が本番間近になり、そんな話題をする事も面倒になったのか、その辺りは良く分からなかったけれど。
 何となく。
 かみ合わない『何か』に少しずつ気付き始めているような――だからこそ、今回の事件の事を誰も口にしなくなった、そんな、気がした。
 それでも、生徒がまばらになる夕刻を過ぎると、誰もが焦ったように後片付けをして急ぎ帰っていく。
 事件など何もなかったような顔をして、急ぎ足で廊下を過ぎ。
 現場と噂された場所へは、誰1人近づこうとしない。
 ――ばたばたと。
 声も無く一様に門へと向かう生徒達。その音が、虚しく校舎の中へと響いていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

【0086/シュライン・エマ/女性/2-A】
【0669/龍堂・玲於奈  /女性/3-C】
【2335/宮小路・綾霞  /女性/2-C】
【2336/天薙・さくら  /女性/2-C】
【3689/千影・ー    /女性/1-B】


NPC
響カスミ
SHIZUKU
繭神陽一郎

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「コワレテイク、オト」をお届けします。
『犯人』の姿は、直接出て来る事はありませんでしたが、この事件の真相は一般生徒の方が良く分かっているのかもしれません。
様々なところから綻びが出始めている、そんな雰囲気の中で生活するのはどんな気分なんでしょうね。

後、大きな話題は学園祭…そして、フィナーレになります。
学園祭でもダブルノベルの方で参加させていただいていますので、宜しければ公開OPを御覧下さい。
それでは、まだ覚めぬ夢でお会いしましょう。
間垣久実