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<東京怪談ノベル(シングル)>


学園祭パニック!〜『まきちゃんを探せ!!』〜


 学園内が、普段の倍は人口率が高くなっている、今現在。
 この時期だけはどうしても、避けられないイベントがあるのだ。
 年に一度の大行事、『学園祭』である。
 空手部顧問である真輝は、部員達に半ば強引な形でその場に引っ張り出されていた。
 『空手体験教室』という手作りの看板が、体育館の入り口に誇らしく飾られている。空手部が独自に作り上げた、今日一日限りの体験教室、と言ったところであろうか。
「…何で俺が」
「何でって、まきちゃん顧問なんだし、当たり前だろー。ほらほらっ皆待ってるんだしさ〜、頼むって〜」
 眉間に皺を浮かべている真輝に対し、軽い口調でそう言ってくるのは、空手部員の一人だった。
 真輝は『顧問』と言う立場上、希望者の組み手の相手に駆り出されたのである。
「教師は見てりゃいいんじゃないのかよ…」
 と独り言を漏らしながら、真輝は渋々空手着に身を包んだ姿を晒す。
 すると何処からとも無く、からかい半分のような声が耳に届いた。ひやかすような口笛さえ、おまけつきである。
「……………」
 そんな周りの声に益々眉根に皺を寄せながらも、真輝には何処にも逃げ場が無い事を自分自身に言い聞かせ、姿勢を正した。
 組み手を断れば、次に真輝に襲い掛かってくるのは別の部の出し物――ミスコンや、女装茶屋等…それらの関係者に拉致られてしまうのは、目に見えている。それならば、空手に落ち着くのが一番いい、と、思ったのだが…。
「………なんだよ、この数」
 人が多く集まっているのは、解っていた。しかし、いざその場を見回してみると、真輝との組み手を希望する者が、後を絶えずいるように思える。しかも、どう見ても男率が高い。
(…手加減したら、ヤバいかも…)
 列を連ねる体験希望者を眺めながら、真輝は心の中でそう呟く。
 相手を負かす事などは、容易い事。しかし今回はただの『空手体験』の指導。だからと言ってこの大人数、しかもどう見ても真輝に怪しげな視線を送ってきている男共には手を抜くわけにも行かない。…身の危険をビシビシと感じているからだ。深い意味で。
 部員に目をやれば、面白そうに笑っているだけで、救いの手すら伸びてくる様子も無い。…初めから期待もしていないのだが。
 そこで真輝は人知れず溜息を吐き、気合を入れなおして取り敢えずは実践指導を開始した。


「はい、次っ!」
 何かに夢中になるということは、悪いことではないと、真輝は思う。何も興味を示さずに日々を無駄にするよりは何倍もマシだ、と。武道に関しても、そうだ。
 しかし、今のこの現状は…。
「まきちゃんに触っちゃったよ〜。やっぱちっさいし、細いなぁ…」
「俺も俺もっ、かわいいよなぁまきちゃんは」
 クラ…と一瞬だけ、目の前が揺れたように、思えた。
 指導を終えた男共が数人で楽しそうに感想を述べているのを、耳にしてしまった。…いや、もしかすると、わざと聞こえるように話しているのかも知れない。
 次の相手に丁寧に指導を与えながら、真輝の心中は複雑以外の何物でもなかった。
 もう、何人相手になったか、解らない。身体には疲労感も出てきているためか、じわじわと冷静さも欠けてきているようだ。その表情は、とても楽しんで指導に当たっているとは、言いがたい。
「…おい、そろそろ交代してくれ」
 振り返りながら部員に視線を送り、そう言えば。
「うん? だって皆、まきちゃん希望だから、ダメでしょ?」
 部員はにっこり笑顔で、そう返してくる。
「……………」
 教師に対して、この扱い。
 自分に対する態度は、それだけ好かれていると思えば、悪いとは思えないので、よしとする。これが今に始まった生徒(かれら)の態度でもないからだ。
 それでも真輝の脳裏に危険信号が出ているのは、何かを知らせている証拠。
 間違いなく、今日はこれで終わるわけではない。
「…いちぬけ」
 真輝は、すっと身体を避け。流れるような身のこなしで、その場から走り逃走を図った。
「――お待たせしました!!これより『まきちゃんを探せ!!』イベントを開催いたしますっ!!」
 真輝の背後に降りかかる、一人の部員の声。
 その言葉に一瞬、足を止めてしまった。
 その後、一斉に歓声が上り、拍手まで沸き起こる。
「ルールは簡単っ! 逃げ回るまきちゃんを探し出し、捕らえるだけ!! 制限時間は夕方まで!!」
「勝者へのご褒美は!?」
「そりゃぁ、もちろん…」
 用意されていたかのような部員達の言葉に、真輝は肩越し振り返りながら、嫌な汗を背中に感じた。そこで止められた言葉、そして振り返った自分へと向けられる、部員の満面の笑み。
「……まきちゃん一日自由権!! ナニをしてもOK!!」
「なにぃぃっ!!?」
 ビシィと、勢い良く、叩きつけられた人差し指。それは真輝本人へと向けられたもの。
 条件反射で声を上げて驚いてみれば、其処に集まっている野次馬どもの視線が、一斉にこちらに向かって投げられる。
「…ま、マジですか…」
「それでは、よーい…スタート!!」
「うおおおおおおおおぉぉ…!!!!」
 真輝が汗をたらり、と流した瞬間に、部員の声が再び体育館に響き渡った。そしてその後は、歓声と、『ハンター』と化した者達の怒号とも取れる叫び。
「……カンベンしてくれよ…っ」
 真輝は身を翻し、その場を後にする。
 すると後方から聞こえてくる、物凄い数の足音たち。
 つまりは、ハメられたのだ。
 『空手体験教室』と言うのは、オマケであり、本来の大イベントは、コレだったのだ、と。今更気が付いても、遅いのだが。
「くっそぉぉ…っ何で俺ばっかりこんな目に…!」
 地響きを後ろで感じながら、そんな独り言が口から漏れる。
 真輝は必死で、学園内を走り抜けていた。何処をどう逃げ回ればいいか、それすらも頭に入ってこない。
「まきちゃんガンバレ〜!掴まるなよ〜襲われるぞ〜♪」
 行き着き先での生徒達は皆、空手部主催のこのイベントを知っていたかのような、言葉をかけてくる。中には『まきちゃん発見!』といいながら、追いかけてくる者たちもいた。
「あー…くそっ…増殖するなっ!!」
 真輝なそんな生徒達に言葉を投げつけながらも、足を止めることはしない。
 後ろを軽く振り返ってみれば、生徒達が楽しそうに笑いながら真輝を追ってくる姿が絶えず見える。
 どうしてこう、男率ばかりがあがっていくのだか…。
 そんな事を心の中で思える真輝には、まだまだ余裕があるかのように思えるが、実際はそうでもないらしい。先ほどまで空手の実践指導を真剣に行っていたのだ。体力が残り僅かな状態であるのは、当たり前の話である。
「まきちゃんまきちゃんっ! こっちこっち!」
 息が切れかけてきた頃に、前方から掛けられた声。
 その声の方向へと視線を動かすと、一つの教室から顔を出している女生徒が、真輝に向かい、手招きしているのが見えた。
「………」
 その手招きに釣られるように教室のドアの前まで走ると、いきなり腕を引かれ、教室内へと連れ込まれる。
「な…なんだっ!?」
「早くはやくっドア閉めて〜」
 真輝の腕を掴んでいる女生徒が、中にいた数人の生徒に向かい指示を出す。すると遅れを取らずに一人の女生徒がドアを閉め、戸口に立ちはだかる形で動かずにいた。
「…おい? 俺は今、お前らの相手はしてられない…」
「はいっ まきちゃんは何も言わずに、コレ着てね!!」
「!?」
 訳が解らずに拉致られてしまった真輝は、女生徒に言葉の続きを発しようとするが、目の前に投げつけられた布の塊のようなものに、それを遮られる。
 ずるり、と自分の両手に落ちてくる、ヒラヒラしたもの。
「………おい…」
「ほらほらっ まきちゃんには余裕なんて無いんでしょっ? 早くしないと此処もバレちゃうって。皆、着替え手伝って!!」
「は〜いっ」
 口を挟む隙間さえ、ない。
 真輝が『それ』を視界にいれ、粗方を理解した頃には、四方を女生徒たちに囲まれて、その腕がにょきにょきと音を立てるかのように伸びてきているところであった。
「ちょ、ちょっと待て…! 俺は嫌だぞ…!!
 あ、こらっ勝手に脱がすな!! 話を聞けっお前らーー!!!」
 あっという間に、真輝は女生徒たちの『餌食』となり。
 支持を出していた女生徒は満足そうに、それを眺めていた。

「きゃ〜っ まきちゃん可愛い!!」
「似合う似合う〜ッ サイズぴったりだったね!!」
「………………」
 もう、気力すら残っていないという表情で。
 真輝はよろり、とその場でバランスを崩した。すると足元でふわりと白いレースが、揺れる。
「うんっバッチリね。まきちゃん、おっけーだよ。これで変装完了♪ 私達のクラスでやってる喫茶店と同じメイド服だし、絶対バレないから、安心して『逃げて』!!」
「……お前ら……」
 かっくり、と下げた頭には、細いリボンとレースで作られた、ヘッドドレスが装着されていて。その全身は、先ほどまでの空手着から、見事なまでの愛らしく可憐な、メイドの姿へと変貌を遂げていた。
 女生徒たちの、手によって。
「あ、待ってまって〜。写真撮るからっ」
「撮らんでいいっ!」
 一人の女生徒が嬉々としてデジカメを手にしたときには、メイド姿の真輝は、ドアの取っ手に手を掛けているところだった。
 どうやら、腹を括ったのか、この姿のまま逃走を再開するらしい。
「まきちゃ〜ん」
「…なんだっ!」
 パシャ。
「……………」
 女生徒の声に、半ば自棄になりながら振り返ると。
 物の見事にその姿をデジカメに納められてしまった。しかも両サイドには、他の女生徒がしっかりとピースサインでポーズをとっていたりもした。
「じゃあまきちゃん、残りの時間、頑張ってねっ」
「……憶えてろよ、お前らっ」
 捨て台詞ともとれるような言葉を吐き捨てながら、真輝は教室を飛び出した。その目尻には涙さえ浮かんでいるかのようにも見える。
 女生徒たちは、真輝を助けるために捕らえたわけではない。これもイベントのネタのひとつなのだろう。『女装』は完璧なまでに出来上がっているのだが、その完璧さが、一層真輝を引き立たせてしまう。早い話が、見つけやすい、と言うことだ。
「くそ…今日は厄日だ…っ」
 そう漏らしながら、真輝は再び廊下を走り出す。
 追いかけていた生徒達は散り々になったのか、先ほどまでの勢いは何処かへ消え去っていた。それでもそのメイド姿は酷く目立つらしく、行き先々で『歓声』を浴びていた。
「おいっまきちゃんいたぞ!!女装してるっすんげー可愛いっ!!」
「…可愛い言うなっ!!!」
 一人の生徒が、真輝の姿を見つけるや否や、携帯電話を取り出し、そう叫んだ。
 真輝も遅れをとらずにそう応えながら、全力疾走している。その中で、足にまとわりつくペチコートが、彼のスピードと体力をさらに低下させているのは、言うまでも無い。
 何処を逃げ回っても、敵だらけ。
 今の真輝は、ピラニアが泳ぐ河に放り出されている状態と、ほぼ同じようなもの。遠巻きに哀れんでくれる人物はいても、助けてくれる存在は、何処にも存在しないのだ。
 その後も写真部に掴まり、無理やり記念撮影をされたり、ミスコンにもしっかりとエントリーされていたりと行き先々で、真輝は泣きを見るはめになる。
 学内は真輝を中心に、物凄い盛り上がりを見せていた。


「も…もう…無理…」
 真輝が体力の限界を訴えた頃には、日が既に西に傾いていた。それでも未だに掴まることなく逃げ切っているために、このイベントは終了していない。
 もう少し。
 もう僅かな時間、耐え抜けば時間切れで、終了するのだ。それだけのことなのだが…。
「…………」
 ふらり、と目の前が揺れた気がした。
 真輝は汗だくになりながら、校内の一画で、壁に身体を預け、ふらふらと前方を歩いていた。もう走る力など、どこにも残っていない。
「ったく…あいつら…俺は教師なんだぞ、教師っ」
 誰に向けるともなく、そんな独り言が、口から漏れる。
 はぁぁ、と溜息をつきながら前へと進んでいると、廊下の角で、人影に出くわす。それに気が付いたのが少しだけ遅く、真輝が顔を上げたときにはその影の主へと突っ込む形でぶつかってしまった。
「……っと、悪い…、…」
「ちょっと、大丈夫……、…!?」
 一瞬、時間が止まったかと。
 いや、確かにその二人の動きは、一時は固まってしまったかのように、止まっていた。
「………ああっ!! な、なんでお前が此処にいるんだっ!!」
「…兄貴っ!? なにその格好…!!」
 そんな言葉が、二人の口から同時に、噴出すかのように吐き出された。
 真輝がぶつかった相手とは、偶然にも彼の妹だったのだ。
「私は…兄貴の、教師っぷりを…見に来たんだけど…っ」
 どうやら兄の雄姿(この場合、空手着姿だと思われるが)を見に来たようなのだが、当の本人が見当たらなく、校内を探し回っていたらしい。
「……笑ってんなよ…」
 自分の兄の、あまりにも可愛らしいその姿をマジマジと見つめた後は、彼女は面白そうにクスクスと笑っていた。
 真輝はウンザリしながら、その彼女に肩を落とす。
「……っ、あーーーっまきちゃん掴まってる!! おい、空手部に連絡〜!!」
「…げっ、見つかっちまった…!」
「?」
 今度は真輝の背後から、威勢のいい男子生徒の声が聞こえてきた。一瞬、イベント中だと言うことを忘れかけていた真輝は、その声に異常なほど反応を返してみせる。
 妹である彼女にはいまいち状況が判断できずに、首を傾げているのみであった。
 しかしどうやらこれで、このとんでもないイベントも、終了の方向へと進むらしい。暫くすると空手部主将がその場へと掛けて来、真輝の妹に向かって拍手をしながら、いつの間にか集まっていた他の『ハンター』達に向かい、大きく口を開く。
「これにて『まきちゃんを探せ!!』を終了します! 勝者はこの美しいおねーさんに決定しました! おめでとうございます〜!!」
 すると、わぁ、と何処からとも無く歓声が沸き起こった。見渡す限りの廊下、そして教室の窓から覗き込むようにして、他の生徒達も拍手を送っている。
 一部、真輝を死に物狂いで追い回していた男共からは、ブーイングも混じっているようだ。
 真輝の妹は、その中で近くにいた生徒に事情を聞き取り、其処で納得が行ったのか、満足そうな微笑を皆に見せていた。
「『まきちゃん一日自由権』ねぇ…」
「お前、変な事考えてないだろうな…」
 空手部員から予め用意されていた目録を手渡され、彼女はふふ、と笑いながら、兄を見る。
 すると真輝は眉根を寄せながら、妹を見上げて睨みつけていた。

 こうして、学園祭一とも言えるであろう、大イベントは、真輝の妹が勝者と言う形で幕を閉じる。
 メイド姿のままであった真輝は、そこで解放されること無く、女生徒に囲まれ写真撮影に巻き込まれたり、勝手にエントリーされていたミスコンでも優勝していたらしく、その『表彰式』とやらにも引っ張り出され、散々な時間をそれから暫くも、過ごすのであった。
 その姿を遠巻きに、しかも楽しそうに見守っていたのは、真輝の妹であったということは、言うまでも無い。

 『まきちゃん一日自由権』がどのように使われたかは、真輝とその妹のみが知る、現実であった。




-了-


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嘉神・真輝さま

ライターの桐岬です。
まずは、納品がギリギリになってしまい、申し訳ありませんでした(滝汗)。
今回もお声がけしてくださり、本当に嬉しかったです。
とても楽しく書かせていただきました。まきちゃんを弄れるだけ弄ってみたのですが、
如何でしたでしょうか?少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

この度はご依頼ありがとうございました。

※誤字脱字がありました場合、申し訳ありません。

桐岬 美沖。