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<東京怪談ノベル(シングル)>


光の目撃者


 これで東京で起きた通り魔による犠牲者は11人目に――
 ――被害者は刑期を終えたばかりで――
 遺体は激しく損傷しており――
 世田谷区の一部の小学校は集団登下校――
 ――血まみれで倒れているところを発見――

 有力的な情報もなく、捜査は難航中。


 ひ、ひ、ひ、


「11人も殺されてるのに、証拠が何ひとつ出てないのよ」
 眼鏡の奥の目を光らせて、彼女は夕刊を放り投げた。一面では、いよいよ刑事事件が幅を利かせ始めていた。被害者、11人目。夕刊の原稿の締切直前に起きた事件だった。つまりは、白昼での凶行だ。犯人は時と場所を選ばない――ようでいて、人目はしっかり避けているときている。
 ここのところ同一犯の犯行によるものとみられる殺傷事件が相次いでいるものの、警察の捜査にはさしたる進展もないらしい。
 彼女、碇麗香は、警察関係者や私立探偵など、情報筋に強力なコネを持っているのだが、その彼女の能力をもってしても通り魔の尻尾の毛一本すらつかめない状態だった。
 だが、彼女も警察も探偵たちも、一連の事件の動きが変わったことには気がついていて、それを気にかけているところだった。
 通り魔事件は被害が軽微だったものも含めてすでに24件、そのうちの11件の被害者が死亡しているのだが、7人目の死者から流れが変わっているのである。襲われ、或いは殺される被害者は、みな「殺されてもおかしくない人間」ばかりだったのだ。
 暴力団の幹部、懲役1年あまりで放逐された性犯罪者、法律の網の目をたくみにくぐった者、未成年犯罪者、公判で遺族に罵声を浴びせた殺人犯。
 ひとを傷つけ、ひとを殺した彼らは、まるで虫かバクテリアのように無残に殺されたのだ。現場には髪や肉はもちろん、歯や指までもが飛び散って、ゴア・ムービーさながらのありさまをさらけ出していた。
 そうして滅ぼされた悪人は、確かに誰にもその死を悼まれることもなかったが――
 日本に限らずどこの国でも、悪人に人権がないわけでもないし、悪人も人間には変わりない。人間を殺すのは、罪なのだ。
 罪人を殺す罪人を、警察と麗香は捜し求めている。
 悪人たちはまるで天使か悪魔に殺されでもしたかのようだ。犯人は、現場に証拠を残してはいかなかった。


 翌朝の各局のワイドショーは、通り魔事件による被害者が11人にのぼったことをこぞって報せていた。
 殺されたのは、現場周辺の住民が恐れていた横暴なチンピラで、つい先日傷害致死の刑期を終えて舞い戻ってきたばかりだったらしい。
 コメンテーター曰く、悪は法で裁かれるべきであり、暴力によって裁くことはできない。
 勧善懲悪の思想のもとに剣を振るうのが許されるのは、ゲームや映画などのフィクション世界の中のみ。
 罪人狩りをつづけるであろう罪人は、そうしてマスコミによって斬り捨てられた。
 テレビや新聞では、誰も正義をみとめようとしない。
 だが、世間の人々はきっと違う。悪を滅する騎士の到来を、心の底から喜んでいる。
 藍空マコは、そうして自分をなぐさめることにした。いつかはきっと、すべての人間がわかってくれるはずだと。

 その日まで、戦え、光の騎士!

 朝のはちみつトーストをもりもりと頬張りながら、マコの目は最新式のプラズマテレビの画面に釘付けだ。美しい画面には、テープが張られ、リポーターと警察ひしめく生々しい殺人現場が映し出されている。
 藍空邸から、徒歩15分のところだ。マコもよく知っている。誰よりもよく知っている場所だ。彼女はそこで、昨日の下校途中、禍々しい悪とエンカウントし、造作もなく勝利したのだから。
 あの、魔物の最後までの悪あがきときたら!
 あの、醜悪な悪態ときたら!
 あれはまさしく魔物であり、滅ぼすべき絶対悪であった。あれを見れば、誰しも恐怖するか、戦いを覚悟するはずだ。人々の恐怖の種を取り除いたのは、藍空マコ。
 だというのに、世間は騎士を恐れ、弾劾しているのだ。
 マコはカップになみなみと注がれた牛乳を飲み干すと、鼻息も荒く席を立った。
 そろそろ登校しなければならない。

 自室に行くまでの間に、怒りは収まり、やがて悲しみが生まれた。
 なぜ、誰もわかってくれないのか。
 なぜ、自分はいまだに、親の言いつけに従って、自分が光の騎士であることを隠していなければならないのだろう。
 そろそろ誰か気づいてくれて、そろそろ歓迎してくれてもいいのではないか。
 いや、或いは、自分のやり方が間違っているのか――。

 ひ、ひ、ひ……。

『そんなことはない。騎士さま、そんなことはないのだよ。みな、愚かなのさ。そして、あんたがまだまだ未熟だという証拠だよ。圧倒的な力を見せつけてやらなければ、愚かな人間たちは、騎士さまの力のすばらしさに気がつけないのさ』
「そう――そうなの?」
『そうだとも。だからあんたはまだまだ活躍しなければならないよ。もっともっと強くならなければ』
「そっか! レベル10じゃ魔王は倒せないもんね!」
『ああ、そうだとも。ひひひ……そうだともさ』
 廊下でくるくると表情を変えながら、マコは独り言を言う。
 いや、マコ自身は会話をしているのだ。彼女は、彼女の後ろについてくる影のようなものと、会話を交わしているのであった。
 影は、背を丸め、いやらしい笑い声を絶やさなかった。
『ん』
 その影が、不意にいぶかった。マコが足を止める。
「どうかした? ――まさか、魔物?!」
『ここにはいないようだ。だが、いま「てれび」で奴のことを報せているよ』
 マコはものも言わずに居間に駆け戻った。
 テレビは確かに、通り魔から話題を変え、少年犯罪のニュースに移り変わっていた。
 14歳にして暴走族や暴力団と関わりを持つ少年が犯した罪が、フリップの上に羅列されている。
 マコの瞳が、怒りで紅蓮の色に歪んだのだった。


 ひひひ。


「ウーオオオ! アーオオオ! やった! やったアアアア!!」
 さしたるダメージもないままに、マコはその夜の戦闘にも勝利した。魔物は助けを呼ぼうとしていたが、増援がくるターンの前に仕留めることが出来たのだ。またしても、騎士の完全勝利であった。人間の少女のものとは思えない怪力は、悪の芽たる14歳の少年の頭を叩き潰し、腹を裂いて、両の脚を太ももから切断した。伝説の剣はあやしい光を放ち、血と脳漿にまみれたフルフェイスのヘルメットは、打ち捨てられたゴミにも等しい汚らしさであった。
 光の騎士は呪われた日本刀を振りかざし、何度も何度もかちどきを上げる。その雄叫びを彩るのは、血や肉がヘルメットや刀から滴り落ちる音であり、影のような小人のようなもののけたたましい哄笑である。

「……なんてこと。こっちの線の匂いはしてたけど、あんな……こどもだったなんて!」
 思わず、彼女は呟いていた。
 潮風で錆びついたドラム缶と廃材の陰で、デジカメを構えるのは、碇麗香だ。警察と違い、彼女は超自然的な線での捜査にも余念がなかった。今夜の犯行をおさえられたのは、その柔軟な脳髄が、罪人狩りの行動を読めたからだった。
 そう、罪人狩りは、悪を成敗しているのだ。
 14歳の悪が毎夜この港の倉庫に仲間とともに出入りしていることを、麗香はつきとめた。そして今日は、たまたま問題の少年がひとりだけで、ここで煙草と酒をやっていた。
 ――でも……彼女はどうして、この隠れ家がわかったのかしら?
 麗香は生唾を飲み込み、デジカメのファインダーを覗く。
 影が……。

 影――。

 影が、振り向く……?

 碇麗香は、退き際を心得ている。
 影や、狩人が振り向くまえに、その場から退いた。フルフェイスの魔物は、まだ月に吼えていた。


 物語が、またしても変わろうとしている。




<了>