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<東京怪談・PCゲームノベル>


正義の小太刀〜後日談

 頼まれた小太刀の回収を無事に終えたその数日後。
 海原みなもは、いつものように草間興信所にやって来た。回収した時点ではわかっていなかった小太刀のことを聞くためである。
「やあ、いらっしゃい」
 相変わらずも居候の肩身の狭さなぞ微塵も感じさせず、むしろ自分こそ主だ言わんばかりの態度で、桐鳳はみなもを迎えてくれた。
「こんにちわ。先日の件で尋ねたいことがあったのですけど……」
「うん、その辺座って」
「……桐鳳……」
 明るく告げた桐鳳の背後では、デスクで書類整理をしているらしい草間武彦が呆れた視線をよこしていたが、桐鳳は完全無視である。
「……」
 少々、いいんだろうかと言う気分にならなくもないが、武彦がないがしろにされてるのはいつもの事なので、突っ込まないことにした。
「えーと、小太刀のことだよね」
 ひょいとみなもの前に座った桐鳳は、そう前置きをして、小太刀について教えてくれた。
 そして次に、にこりと外見相応の笑顔を見せて尋ねてくる。
「あ、そうだ。お礼の話だけど、何か欲しいものはある?」
 ここでの仕事がボランティア同然なのはいつものことなのですっかり忘れていた。
 みなもはしばし考えてから、
「変わった服か衣装があればそれが欲しいです」
 おっとりとそう告げた。
「おっけー。まかせてっ」
 そんなみなもの台詞に、桐鳳はなにやら楽しげな様子で言って、桐鳳専用倉庫――草間興信所内の一室を勝手に占拠したものだ――へと入っていく。
 待つこと数分。
「これでいいかな?」
 桐鳳が持ってきたのは、ふわりと風に浮きそうな薄い布で作られた、着物のような形の服だ。
「どうもありがとうございます」
「んーん。手伝ってもらった御礼だから、気にしないで」
「はい」
 受け取り、しばし待つ。
 言葉はない。
「……あの」
「ん?」
「これ、どんなお洋服なんでしょう?」
 そう。
 桐鳳が持ってくる洋服がただの服であるはずはないのだ。
「天女の羽衣を真似て作られたって言われてる服だよ。みなもさんにぴったりかなって思って持ってきたんだ」
「天女の羽衣……ですか」
「本物じゃないけどね」
 みなもの呟きに、桐鳳はやはりにこにこと笑顔を崩さないままに笑った。
 この日はそれ以上の用事もなく、そろそろ時間も遅いということで。試着は家に帰ってからにすることにした。
「それじゃあ、またね」
「ええ、また」
 外に歩き始めたみなもの背に、たった今思い出したような声がかかった。
「あ、そうだ。その服、風の強いとこに行く時は気をつけてね」
「え? はい、わかりました」
 体半分振り返り、軽い会釈をして再度歩き出す。
 ……服の効果をきちんと聞くのをすっかり忘れていたみなもであった。



 さてその翌日は、学校もバイトも休みで、早速もらった服を着てみることにした。
 軽い風でもふわふわと浮くように靡く布。薄い青を纏った色は水をイメージさせてくれて、桐鳳がこれを選んできたのもなんだかわかるような気がした。
 着物……ではあるが、一般的なそれよりも、どちらかというと巫女服に近い感じのそれに袖を通して、鏡の前に立ってみる。
 と、その時。
「みなもおねーさーんっ。ちょっとお願いがあるんだけど、いーい?」
 妹の声とともに扉がノックされた。
「ちょっと待ってね、今開けるから」
 妹を迎え入れるべく扉を開けたその瞬間。
 開きっぱなしになっていた廊下の窓から強い風が吹き込んできた。
 ふわんっと。
 みなもの足が床から浮いた。
「え?」
 勢いよく流れる風に体が押され、そのまま外へと放り出される。
 本日の天気、晴れ。台風接近により、強風注意報発令中。
 つまり。
「きゃあああっ!?」
 外はとっても風が強い。
 しかも穏やかな春の風などではなく、ところ構わず吹き荒れる台風の風である。
 くるくると荒っぽい風に流されて、みなもはどんどん家から離れていく。
「風の強い時は気をつけてって――」
 地面は遥か遠くにあり、落ちたりしたら大怪我は確定だ。
「こういうことだったんですね……」
 そもそも、このままでは降りる方法すら見つからないのだが。このまま飛ばされて遠くに行くのも困ってしまう。
 どうにか穏便に降りる方法を探さねば。
 一番手っ取り早い方法は、ちょっと抵抗はあるが、この服を脱ぐこと。そうすれば浮力は失われるはず。
 だが、そんなことをしたらその途端、地面にまっさかさまである。上手くビルの屋上近くか何かに飛ばされてくれれば良いのだが……。今のところ、そんな気配はない。
「……酔いそう」
 風はあっちへこっちへと吹いていて、そのたびにみなももあっちへこっちへと飛ばされている。三半規管が思いっきり狂ってしまいそうな感じであった。
 とりあえず、どっかの電柱や街灯に捕まるのが一番妥当なところだろうか。
 端から見た姿を想像するとちょっと情けないが、飛ばされないようにするためには仕方がない。背に腹は変えられないのだ。
 しかし風の勢いが強いためか、なかなか上手く掴まれない。近くまで飛ばされることはあるのだが、飛ぶみなものスピードが早いために、手を伸ばしても掴む前に通り過ぎてしまうのだ。
 ……衝突したらどうしようなんて考えがチラと頭の隅に過ぎって、慌ててその思考を頭から外した。
「本当……どうしましょう」
 風が弱まるまで待つしかないのだろうか。
 しかしそれこそ何日かかることやら。
 今朝天気予報で見たばかりの台風情報を思い出す。確かこれから近づいてきて、今夜が最大風速だという予報だった。
 それはつまり、このままだと一晩中外にいなければいけないということで、しかも、最大風速が去ったからといってすぐに風が弱まるわけではない。
「ど、どうしようっ。早くなんとかしないと……」
 これ以上強い風に吹かれたら……。飛ばされるのも困るが、完全に酔ってしまいそうな気がする。
 それはさすがにごめんこうむりたい事態であった。
 と、その時――
 ふと気付いたら、目の前に背の高いビルが迫ってきていた。
「きゃああああっ!!」
 このままではぶつかってしまうと思った次の瞬間、ビルはみなもの横に建っていた。
 咄嗟に体が動いて、ビルを避けることができたのだ。
「え……?」
 まだ、流されてはいる。だが、今の一瞬は明らかに、風の流れに逆らって動いていた。
「……もしかして……」
 水を、思い出す。
 海流の早い、泳ぎにくい海を。
 けれど人魚の血を引くみなもには、そんな海を泳ぐのもたいして難しいことではなかった。
 ふっと力を抜いて、流れに乗る。。
 風に乗り、けれど意思に反して流されることはなく体が動く。
「確かに、あたしにぴったりの服ですね」
 くすくすと笑みを零して、呟く。
 そうしてみなもは、しばしの空中遊泳を楽しんでから、家への帰路へとついたのだった。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

1252|海原みなも|女|13|中学生

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         ライター通信          
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いつもお世話になっております、日向 葵です。
お礼の品はオマケというか、いつもボランティアばかりだよなあと思ってなんとなくつけたので本編中に書く余裕をとっておらず、こういう形で書く機会を頂き本当に嬉しいです。
空を泳ぐ事ができるようになる洋服――という設定で書きましたが、お気に召していただけたでしょうか?

それでは、この辺で失礼します。
少しなりと楽しんでいただける事を祈りつつ……。
またお会いする機会がありましたら、その時はどうぞよろしくお願いします。