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<東京怪談ノベル(シングル)>


異常気象の舞台裏?
 七月も半ばを過ぎた、ある日のこと。
 一人の政府関係者を名乗る男が、操のもとを訪れていた。

「ここしばらく、北陸地方で豪雨が続いていることは、おそらくご存じだと思いますが」
 そう言って、男は単なる世間話にしてはあまりにも深刻そうな表情を浮かべた。
「土砂崩れや河川の氾濫などで、かなりの被害が出ていると聞いています」
 操のその答えに、男は少しうつむき加減でこう続ける。
「現時点での被害も相当なものですが、それ以上に問題なのは、この雨が当分止みそうもないということです。
 これでは復興作業もままならず、このままでは被害が拡大する一方です」
 それを聞いて、操は改めて今朝のニュースで見た被災地の様子を思い浮かべた。
 もし、あと数日も今のままの勢いで雨が降り続けば、各地で大規模な土砂崩れや堤防の決壊が起こることは避けられそうもない。
 それを防ぐ手だてが、もしあるとすれば――。
「では、私への依頼というのは?」
 その問いに対する男の答えは、操が予想した通りのものだった。
「あなたの力で、この雨を止ませていただきたいのです」

 確かに、水上家には秘伝とされている天候操作の術法がある。
 地球の気象に干渉し、望む時、望む場所に、望む天候を作り出す術。
 しかし、この術を使うにあたっては、一つだけ気をつけなければならないことがあった。

 この術は、あくまで天候を「操作」するものであって、「製造」するものではない。
 つまり、この術を使っても、その場所の天候のみを「周囲の天候や、自然の法則から切り離した形で」作り出すことはできないのである。 
 例えば、ある場所に雨を降らせようとするなら、まず雨雲を作り出さねばならず、そのためには雲そのもの、もしくは雲のもととなる水蒸気を、どこかから調達してこなければならない。
 そういった意味では、天候そのものを操作するというより、天候を左右している様々な要因に干渉し、望む天候になるようにしむけている、といった方が正しいかもしれない。  
 そして、当然のことながら、その影響は目的の場所のみにとどまらず、その周辺の広い地域に及ぶ可能性が高かった。

 操がそのことについて説明すると、男はきっぱりとこう答えた。
「もちろん、その可能性については十分に承知しています。
 ですが、あくまでそれは『その可能性もある』というだけでしょう。
 今の状況を放っておけば、被災地の人たちの暮らしは確実に破壊されてしまいます」
 その言葉に、前鬼と後鬼も同調する。
「この兄ちゃんの言う通りや。やらずに悔やむより、やって悔やめ、やで」
「せや。多少しくじったかて、そうそう致命的なことにはならんやろ」
(誰も、やらないなんて言ってないでしょ)
 心の中でそう愚痴りながらも、操は冷静を装って首を縦に振った。
「わかりました。ご依頼の件、お引き受けしましょう。
 もちろん、周囲への影響は最小限にとどめられるように努力します」
「ありがとうございます」
 男は安心したように一度頭を下げると、すぐにこう続けた。
「では、早速取りかかっていただきたいのですが、やはり祭壇を築いてその上で三日三晩祈り続けたりする必要があるのでしょうか?」
「え?」
 そのあまりにも唐突な質問に操が面食らっていると、両腕から前鬼と後鬼の声が聞こえてきた。
「三国志や」
「赤壁の戦いやな」
 言われてみれば、確かにそんな場面があった気もする。
 操の使う天候操作術はあくまで水上家の秘伝だし、他にもあまりそういった術の存在を聞かないことを考えると、ひょっとすると一般の人の抱く天候操作のイメージはあの場面なのかもしれない。
 ともあれ、そんな勘違いでおかしなところに祭壇を築かれたり、どこかに用意してある祭壇のところまで連行されたりしては迷惑なことこの上ない。
「いえ、そこまでする必要はありませんが、多少の時間はかかります。
 どうか、今日のところはお引き取り下さい」
 操がきっぱりと否定すると、男は少し残念そうな顔をしながら帰っていった。





 男が立ち去るのを待って、操は早速天候操作術の準備に取りかかった。
 使い慣れない術ではないが、さすがにこれだけの規模となると、それ相応の準備と集中が必要になる。

 まずは、実際に行う「操作」の内容を決定する必要があった。
 今回の目的は雨を止ませることであるから、雨を降らせている梅雨前線をどこか別のところへ動かせばいい、ということになる。
 とはいえ、東西へ長い前線を東西に動かすのは大変だし、南へ動かすと今度は内陸部で集中豪雨の被害が出かねない。
 そう考えると、動かすべき方向は北しかない。
 前線を北へ押し上げるのなら、南にある太平洋高気圧の勢力を少し強くするのが一番確実かつ手っ取り早いだろう。
 そこまで決まれば、あとはもう実際の作業に取りかかるだけだった。

 術の最中に予期せぬ妨害が入らぬよう、念のために周囲に人払いの結界を張る。
 そして、儀式の準備を整え、精神を統一してから、目標となる太平洋高気圧への干渉を開始した。
 太平洋高気圧の勢力を強めつつ、周囲におかしな気圧の谷ができないように、周辺の他の高気圧の勢力を削って穴埋めをする。
 とは言ったものの、気象衛星からの映像などを見ながら儀式を行うわけにもいかないので、こうした直接目に見えないような場所の天候を操作する場合、実際に効果がどれほど出ているのかは、儀式を行っている当の本人にもはっきりとはわからない。
 それ故に、慎重の上にも慎重を期し、少しずつ、少しずつ作業を進めていく。

 儀式を始めて、どれくらい経っただろうか。
 最初に口を開いたのは、後鬼だった。
「だいたい、このくらいでええんやない?」
 その言葉に従って操が干渉を終えようとしたとき、今度は前鬼が異議を唱える。
「そうか? オレは、もう少しやと思うけどな」
 もし後鬼の言うことが正しければ、今やめればもちろん問題はないし、もう少し干渉を続けても前線が思った以上に北上するくらいで、さほどの被害はないだろう。
 だが、もし前鬼の方が正しければ、ここでやめると被災地の北部に雨が残ってしまう可能性がある。
 そのリスクを考えて、結局操は前鬼の言った通り、もう少しだけ干渉を続けた。





 そして、次の日の朝。
 前線は操の考えた通りに日本海へと北上し、ニュースや新聞はそろって豪雨の一段落を伝えた。
 こうして、北陸地方を襲った集中豪雨は去り、被災地ではすぐに災害復興が始まったのであった。





 ……が。
 確かに、操は「雨を止ませる」ことには成功したものの、「できるだけ周囲に影響が及ばないように」という部分に関しては、必ずしも完璧ではなかった。

 前鬼の案を採用したせいもあって、当初の予定よりほんの少しだけ太平洋高気圧の勢力を強くし過ぎてしまったのである。
 ほんの少しといえば大したことはなさそうに聞こえるが、その「ほんの少し」強くなりすぎた太平洋高気圧が夏の間中居座り続けたせいで、日本全国で記録的な猛暑となってしまったのだからたまらない。

「まあ、このくらいやったら、誤差の範囲内やろ」
「あの兄ちゃんも、このくらいは覚悟の上やったんやないか?」
 この事態を招いた最大の原因である前鬼はもちろん、後鬼もそう言ってフォローしてはくれたものの、さすがにそれですまされるものではない。
(やっぱり、もっと術をうまく使いこなせるようにならないと)
 未だ残暑の厳しい九月の空を見上げながら、操は小さくため息をついた。