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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


龍の縛鎖 【第3回/全4回】

●プロローグ

 テレビから場違いなくらい軽い警告音が鳴った。

『――緊急速報です。内陸部で突如発生した巨大な暴風雨は都心部に向かいながらその勢力を増して進行を続けています。
 23区及び近隣区域の住民に対して各自治体から緊急の避難勧告が出され、厳重に警戒するよう呼びかけています。また、この異常な気象現象の原因については各省庁で目下詳しい情報を調査中とのことであり政府でも緊急の対策本部を設置して――』

 緊急情報には何一つ真実なんて流れない。
「なんだろう、これ‥‥」
 日本の内陸部で突如発生した局地的な台風? ――気象学上そんなことはありえないはず。
 窓から空を見上げる。
 轟く暴風は空を切り裂き、黒雲をものすごい勢いで吹き流している。まるでビデオの早送りを見ているような空。
 都心では、誰もが同じ光景を目撃した。

 嵐の渦まく中心にいる巨大な青い龍は東京タワーを目指していた。破壊的なエネルギーを無尽蔵に撒き散らしながら――。


 白神 久遠(しらがみ・くおん)は空を見ていた。
 ちぎれるように吹き飛ぶ雲。
 大河のような流れを描きだした闇の空を背景に、山間の渓谷とその奥から噴き出して天へと上っていく強大な気の流れを感じる。
 瞳に映るのは、風の渦の中心にいる力は嵐をまとう破壊神の化身――――圧倒的なエネルギーは都心を目指して進んでいる。
 これほどの嵐による直撃に都内はどれだけの被害をもたらされるのだろうか想像もつかない。
「さて、龍をどうにかしないといけないのですか‥‥涼香も行っていたみたいですが、何をしていたんでしょうね」
 久遠は弟子の現状に思いをはせる。
 たん、と。
 嵐の結界へ踏み出した。
 体すら浮かしかねない風圧を平然と受け流して、地面を蹴る。木々をなぎ倒す嵐も、久遠の周囲だけはまるでそよ風のようだ。
 そんな錯覚すらさせられるような軽やかさ。
「まぁいいです。やりましょうか。手が掛かってこその愛弟子ですから」
 風の中、銀髪の女性はくすっと微笑した。

                              ○

「ひとつ、誤解をしているようだが‥‥」
 張りつけたような微笑の男に、もはや恭しさはない。
「――――この龍を戒めているのは俺ではない」
 巨大な、凡てを覆い隠すような青く輝く龍が、黒い鎖を巻きつけながら大空へと昇っていく。内に秘めた無尽蔵なエネルギーを驚異的な嵐へと変えながら。
 光の魔術師・セロフマージュが笑っていた。
「ははは! これは素晴らしい! これ程とは! お前たちだけでアレを止められますか? 龍を捕捉したいという目的を同じとするなら、力を貸さないではありませんよ」
 解き放たれた巨大な龍は、東京タワーへと向かう。
 そこには、機械の魔術師たちも龍を捕らえようと罠を張って待ち構えていた。
 鎖使いと少女も青き龍を追う。
「さあ、私たちもいきましょう。破滅の龍が待っている彼の地へ――」


●暴雷の中の戦い

「っくしゅん!」
 大きなくしゃみをした 友峨谷 涼香(ともがや・すずか) は思わず周囲を見回した。
「どうかしたの?」
「いや、なんや誰かがうちの噂でもしてたように思たんやけど」
 心配そうに訊ねる草間興信所事の シュライン・エマ(しゅらいん・えま) に涼香は腕利きの退魔師らしからぬ答えを飄々と返すと、目の前にある一足の靴を指差す。
「あ、うちはこの飛行靴お願いな。他のはいざいうときに動きが阻害されそうやしこれがえぇわ」
「これね。なかなか好い選択だわ」
 『龍穴洞』を出た一同は、 草間武彦(くさま・たけひこ) から青い龍を追跡するために空中飛行用のアイテムの提供を受けているところだった。空中の目標を追いかけるための必需品だ。
「正風さんはもう決まったのかしら」
「空か、俺の黄金龍はまだ高く飛べないからな」
 小説家にして気法拳士の 雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ) は少しだけ悩んで、一つのアイテムを手にとった。
「曲がりなりにも魔女の息子だ――箒を借りるぜ」
 幽玄道士の祖父と魔女の母の血を受け継いでいる正風らしい選択かもしれない。吹き荒れる暴風雨の中、魔法の箒に跨った。
「気をつけてね。いい? 一人で先走っちゃダメよ」
「ああ、それじゃお先に!」
 正風はさっそうと空へと飛翔して青き龍を追った。
「わ! 空飛ぶ雲なんてのもあるんだ」
 鎌鼬三番手の 鈴森 鎮(すずもり・しず) はジャンプしてぱふっと空跳ぶ飛行用の雲に飛びついた。
 武彦によって支給されたそれら空中飛行用の道具はまさに多種多様、よくぞこれだけ集めたと感心したくなるようなラインナップだ。
「よーし、行け! キントウン!」
 鎮の掛け声に雲は高度を上げた。華麗に雲を飛ばして、某漫画の主人公の如く雲に乗って龍を追っていく‥‥つもりなのだが、かっこはつけても実際の必死で掴まっているだけだったりする。
「と、ともかく行くぞ、わんこ! つるぴかセフロマージュだけは止めてやるんだ!」
 雲にしがみつく鎮の背中にさらに子狼のフュリースがしがみつくという体勢で、空飛ぶ雲はヨロヨロと頼りなさげな姿をさらしながら荒れ狂う嵐の中を飛び出していく。
「後はあなたたちだけだけれど、お気に入りは見つかったかしら」
「いえ、私たちは結構ですから」
 穏やかな笑顔で丁重に断ったのはオペラ歌手にして私立探偵である―― 緑皇 黎(りょくおう・れい) だ。
 美貌の青年は、背中に『翅』を生やした本来の姿に戻ると、勢いよく羽ばたかせた。優雅な飛翔は妖精を連想させ、そのまま東京タワーのある都心方面へ飛び立つ。
「‥‥紫銀さんも空を飛べたの?」
「いや、私は『大地』からで十分だ」
 美しい銀毛の狼がそこにはいる。
 黎と行動をともにする人狼―― 月霞 紫銀(つきかすみ・しぎん)が、狼の姿のまま、大地を渡る風のように黎の後を追った。
 最後に残されたのはシュラインと武彦だけ。
「で、シュラインはどれにするんだ?」
 武彦に尋ねられて、彼女は指を唇に当てながら考え込む。
「うぅん‥‥どれも振り落とされそうで怖いけど魔法の絨毯に」
「性格が出るものだな。らしいというか手堅い選択だよ」
「あら? 安全は大切でしょう。そういう武彦さんこそ何に乗っていくのよ」
「まあね。俺はこいつさ」
 シュラインの目前で、武彦の乗った巨大な大鷲を思わせる鳥が翼を羽ばたかせると、嵐の空へと舞い上がった。


 青き巨龍は嵐と化して天空を疾走する。
「なかなか景観だ。まるで全ての空が一瞬にして吹き飛んでしまうような光景なんてそうざらに見れるもんじゃない」
 いつの間にか何でも屋の 日向 龍也(ひゅうが・タツヤ) は飛び立った龍の頭に乗っていた。遥か前方の空と地面の境を見据える。
 雲も、大気も、大地も。
 遠く丸みをおびた地平線の彼方から出現したと思った瞬間、遥か後方へと消え去っていく。
 龍から溢れ出すエネルギーの奔流と自身が一体になったかのような錯覚はそう悪い気がしない。しかし、通過する地域の周辺は甚大な被害を発生していることを考えるとこのまま傍観しているわけにもいかなかった。龍の暴風雨は予想以上のスピードで、とうとう都心部にまで到達しようとしているのだ――破壊の渦を撒き散らしながら。
 彼方に小さくだが東京タワーの明かりが見えた。
 龍也は、龍の嵐による被害が広がらないよう、発散されるエネルギーも押さえ込もうと力場の形成を試みていた。が、形成した力場にふれた風から、反発としての稲光のようなエネルギーが発生し、まるで雷自体が龍のように暴れ狂いなかなか思うように押さえ込めないでいる。
「面白いじゃねえか。一筋縄ではいかないってことか」
 ふと、龍也が視線を落とすと、もう一つの人影の龍にしがみついていた。
「あらあら、見つかっちゃいましたねー。こんにちは〜♪」
 嵐の中心に似つかわしくないのんきな声が返ってくる。
 切り裂くような風の中、振り落とされないように龍にしがみついているのは割烹着姿の少女だったからだ。
 世界征服を企む謎のお手伝いさん―― 楓希 月霞(ふうき・げっか) だ。
「常人がこの環境に耐えられるなんて奇跡ってヤツか?」
 彼の言う通り、普通ならこの状況は必死でしがみついていないと振り落とされても仕方がない状況のはずだ。ここは最もエネルギーの迸りの激しい嵐の中心であり、当然台風の目などあるはずもなく、暴風雨の中を雷光までもが駆け巡っている。
 なのに。
「今日はまた大変なお天気ですねー。大雨ざーざーですよ。で、どうされましたか? そんなに見つめて――あ、ひょっとして私の顔になにかついていたりしましかたか」
 そんな絶対絶命に追い込まれている状況とは無縁な月霞の「あははー」と明るい声は、ひどく異常な余裕で満ちている場違いななにかにしか見えない。
「ただものではないな」
「えぇと、まあ、あなたも相当驚きに値する方だと思いますよー」
 そう。なにせ龍也もこの凄まじい雨と風圧の中、平然と涼しい顔をして龍の頭に立っているのだ。まるで風一つない地面であるかのように。
「良い子の能力者の皆さんは決して真似しないでくださいねー♪」
「誰に言ってるんだ、誰に」
 龍也は小さくだが溜息をつく。
 ‥‥俺は今、最も一緒にいてはいけない人物と同席してしまっているのかもしれない‥‥。
 突然の爆発音と同時に、ぐらりと龍の巨体がゆれた。
「はわわ、何事ですかっ」
「ようやくおいでになったようだ」
 動揺することなく龍也は上空を見上げる。
 いくつもの黒い点が――いや、人影が群れをなしている。機械化された魔術師たち。ある者は鋼鉄の翼で、ある者は機械で造られた使い魔や魔獣を駆り、嵐の中を縦横無尽に飛び回りながら巨大な龍に対して攻撃を始めた。龍も応戦するように巨躯を身じろぎさせた。龍がわずかに動くだけでいくつもの稲妻が雨のように発生して魔術師たちへと降り注いだ。
「ほう、この暴風と爆風の中を平然と‥‥能力者ですか」
 龍也の視界が一人の魔術師を捉える。
 黒いローブをはためかせた金髪の青年は、周囲に光に特殊力場を張り巡らせて、淡い光の球体で身を包んで龍の眼前に浮遊する。
 機械の魔術師たちを指揮する光の魔術師――セロフマージュ。
「懲りないな貴様らも。こんな攻撃でこの龍がどうにかなるとまだ思ってやがるのか」
「ふふふ、どうにかできる自信はあります。この龍の正体が我々の予想通りのものだとしましたらね――ですから黙ってみていて下さるようお願いします」
「手出しはするなと、この俺に指図をしてるわけか」
 セロフマージュは厭味なくらいに恭しく社交的な一礼を返した。
「いえいえ。指図などと。誰も私たちの戦力には敵わないのですから、無駄なことはやめた方がいいでしょうと‥‥ささやかな提案をかねた忠告ですよ」
「だったら残念だな。その忠告は無意味だ」
 ギィィイィン。
 ――――空間が激しく軋みあげる音。
 龍也の周囲にいくつもの武器が、いや、自分の周りどころか、龍の周りにまでびっしりと様々な武器が出現した。
 龍を取り囲むように武器、武器、武器、武器、武器武器武器武器武器武器‥‥無数の武器を作り出し、
 浮遊させ、
 龍を守るための戦闘体勢をとる。
「ほう、我々に歯向かおうなどと愚かな選択肢を選びますか」
 光の魔術師によって率いられる機械化魔術師の軍団にたった一人で対峙しながら生粋の魔術師は答える――。
「どちらが愚かかたっぷりと教えてやるよ――――この俺がな」

                              ○

 ようやく空飛ぶ雲にも慣れた鎮が、巨大な龍と魔術師たち、そして龍也による三つ巴の戦いを俯瞰する。
「近くで見るとさらに大迫力‥‥この展開ってさ、映画でよくある大怪獣が襲来してきたみたいな?」
 う〜んと頬に指を当てて数秒間考え。
「あっ! どこかで見たことがあると思ったら、そっか! 巨大宇宙戦艦を無数の小型戦闘機が攻撃してるSFアニメの戦闘シーンだ!」
 武彦も飛翔する大鷲の背から見上げながら呟く。
「どうやら龍の頭上にいる彼が、たった一人であの軍団と戦闘してくれているようだな」
「でも魔術師たちによる攻撃のお陰で私たちも龍に追いつけたんだから‥‥皮肉なものね」
 シュラインが戦闘空域の真下を滑空するが、青龍に接近するほど風圧や雷光が増していく。魔法の絨毯があおられまともな戦闘も難しそうだ。
 魔術師軍団の中から能力者たちに気がついた何人かが襲い掛かってきた。
「気をつけろ、良いことばかりじゃなさそうだ」
「こんな風圧の中で戦闘――!?」
 そう思った瞬間、不意にシュラインの周囲から風と雨の猛威が消え去った。
 シュラインだけでなく武彦やその他、龍に追いついた能力者たち全員を小さな球状に吹き撒く風が包んで、嵐の圧力から身を守ってくれている。
「どうやら間に合ったようですね‥‥良かった‥‥これで多少は自由に動けるでしょう」
 風の力に干渉した黎による風の結界だ。
 風に舞いながらビルの屋上に降り立った黎は、高々と荒れ狂う天空をつかみとるように右腕を伸ばした。
「龍をどうにかして鎮めることを第一に考えましょう。龍の力に戦いを挑むのは荒れ狂う自然の猛威と正面からぶつかるような愚行ですから」
「どうするんだ? 黎」
 すぐ隣に紫銀も並び立つ。
「タワー周辺の木々に働きかけ、タワーを覆うように木々を成長させます。他の人や紫銀が戦う足がかりが必要でしょうし、なにより龍の力に対する牽制としても」
 刹那。
 下のアスファルトを破り砕き、一斉に植物たちが生長をはじめた。ビデオの早送りを見ているようにビルを追い抜くほどにまで成長して、街を守るかのような木々の障壁が出来上がる。
 龍の嵐を阻む広大な森の要塞が龍の進行方向をさえぎるように東京タワーとの間に出現した。
「自然には自然を――こちらも自然の力を借りるわけか」
 振りかえった紫銀にうなずきを返す。
「‥‥だが、いくら黎の力でも荒れ狂う巨大な台風を一人で止めるようなものだ」
「ええ、わかっています」
 黎は屈託のない笑顔を見せた。
「だからこそ、私もできる限りの力を尽くしておきませんと寝覚めが悪いでしょう」
 自然体で答える黎に、最早余計な言葉は必要ない。
 黎の覚悟は揺るがないから。
 だとしたら、俺のやることは一つ――紫銀は背を向けると一言だけ告げた。

「ならば俺が――――黎と、黎の好きな街を守ろう」

「頼みましたよ。紫銀」
 黎は全ての力を開放して風に、土に、水に呼びかける。黎の操る自然の力が、森の中心に龍の狂わせた雨といかずちの嵐と真っ向から衝突し、異なる二つの自然力が巨大な質量となってぶつかった境界から悲鳴を上げるように衝撃波がほとばしった。
 龍は東京タワーを目前にして高度を下げていた。
 ビルを越すくらいにまで生長した木の枝を足場にして紫銀は、龍に接近していく時、二つの人影を見かけた。
 木の枝に立つ特徴のない男と、彼に背に立つ重さと存在を感じさせない少女――。
 あの、竜穴洞で青き龍を捕らえていた男だ。
 しかし、その背後の少女は一体――そういえば洞窟内で能力者の中には男の背後に彼女を視たものもいたそうだが。今は自分の目にも映っている。
 ‥‥存在が強くなっているのか‥‥。
「一つ訊く。今の惨状は全てお前たちが望み、実現させた結果なのか」
「まあ、この世は全てなすがままに――俺が関わらずともこの結果はいつか実現された可能性だ――この『力』がこの世界に存在していたという事実でね」
 そういって、男は遠くの龍を見た。
「随分と無責任な言い草だな」
「こんな責任、俺一人に問われても困るからね」
「龍が街を破壊するなら、それを止める。その力が黎を害するなら、それも止める」
 銀狼と化した紫銀が男に飛びかかった。
 同時に周囲の虚空から数条の黒い鎖が紫銀へと襲い掛かり、巧みなフットワークで鎖の攻撃をかわしていく。だが高速で複雑な動きを展開する鎖の結界に紫銀も簡単には近づけない。
 男はわずかな時間の硬直を見逃さなかった。ふっと笑みを残して背後と飛び去ると、そのまま東京タワーへと向かっていく。
 迷わず、紫銀も男と少女を追った。


 退魔師の涼香も、空飛ぶ靴の足元に広がる光景に絶句した。
「む〜‥‥なんかとんでもないことになってもうたような‥‥まぁえぇ、難しぃ考えんとびっしびしやるだけや!」
 ‥‥とは言うても、この龍はどないして止めよか‥‥。
 スピードこそ落ちたものの龍の進が止まりそうな気配はない。
「さすがに神獣やし、パワーはダンチやしなぁ。こういうとき、師匠がおったら頼りになるんやけど‥‥」
「何を頼りないこと言っているのです。そんな弟子をもった覚え、この私にはありませんよ」
 ひときわ高いビルの屋上から聴こえる懐かしい声。

「この声は――師匠! 来てくれはったんか!?」

 白神久遠の声を忘れるわけがない――退魔師の総本家であり白神家の現当主にして、涼香にとっては師匠にあたる人物。
「元気そうでなによりね、涼香。‥‥ちょっと頼まれましてね、今回は私も。久しぶりに一緒に戦いましょうか」
「って師匠、そないな姿でなにしてはるんや‥‥?」
 振りかえった涼香は石像のように硬直した。
 身体操術――『気』の力を操ることにより、自分の肉体を変化させる術で10才くらいの少女の姿となった久遠が鈴の音のように笑っていた。
「勿論、ここに来る前に小さくなっておいたの♪ ‥‥え、なんで? だって、戦う少女って何か可愛いじゃないですか♪」
 ‥‥知ってはいるけど、知ってはいるけど――なんでこない場面におちゃめしてんや‥‥!
 久遠の頭上から鳥に乗った武彦が声をかける。
「あんた、誰なんだ? 涼香の顔見知りのようだが」
「ふふっ、私のことは久遠ちゃんとお呼びになって下さいね♪ 空飛ぶ道具はあの靴をお願いします。涼香とおそろいのもので♪」
「あ、ああ‥‥」
 武彦から靴を受け取った久遠は、優雅に大気を踏みしめて龍の前に立つ。東京の光海を背に対峙した久遠は。
「龍‥‥神族のものを傷つけるのはあまり好きじゃありませんから、とりあえず停まってもらいましょう♪」
 にこ。
 僅かに剣印を切っただけで、龍の進路先に超巨大な封印結界が展開された。龍の前進が膨大な呪術力で阻まれる。
 轟嵐と巨大結界が衝突した。
「さて、これで少しは時間稼ぎも出来るでしょう。その間に、ろくでもない人たちがいるようですからそちらの相手もいたしましょうか♪」
 一方、龍の周囲で戦闘していた正風が、魔法の箒を反転させて魔術師の光線を避けた。すぐ頭上で進行を阻害された龍が暴れている。
 顔のすぐ横を大気を焦がす光条が走った。
 すれ違いざまに魔術師を一人を拳撃で打ち落とし、雷と風を撒き散らして暴れる龍の正面に出た。
 だが、正風と龍の間にはセロフマージュの姿があった。
「一足遅かったようですね。この龍は私たちがいただきますので――」
 光の魔術師の背後で閃光が走る。
 光の線が魔術師たちを中継にして張り巡らされて龍の周囲に展開されていく。戦闘しながら魔術師たちも自身の結界を形成していたのだ。龍を取り囲む立体的な光の紋様に反発するように龍の周囲を雷光がほとばしった。
 同時に光の線が徐々に太くなり龍の形を取り始め、龍から力を吸い上げるように光の線は、光の龍へとじわりじわりと育っていく。
「本来、この青い龍はエネルギーの膨大な流れに形を与えたもの――まさに無尽蔵のエネルギー体の結晶とも言うべきものです。それを私が手に入れるのです!」
「ちいっ、洒落にならん。一刻も早く食い止めねば」

 鎮は、ずっと、魔法の雲から全ての一部始終を見ていた。
 そう。
 戦闘を避けながらこれまで精神集中していた理由は、この一瞬のために――。

「わんこ‥‥しっかりつかまっててよ!!」

 鎮の勢いよく振り上げられた腕を起点にして、爆発したように風圧が螺旋を描いた。
 巨大な球状の嵐とも言うべき風の塊が解き放たれる。
 それは龍の嵐とも、黎の風とも性質を異にする、鎮によるとっておき奥義だ。
「いっっ けえぇーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」
 鎮が腕を振るごとに巨大な風球が発生し、
 龍の嵐を相殺し、
 魔術師を薙ぎ払い、
 襲いかかってくるものに対する迎撃と青龍と光の龍を足止めするために何度も、何度も嵐を食らわす。
「大丈夫か、鎮――あまり無茶なことはするな」
「無茶ってこれのこと? あっはは、こんなの、無茶に入らないぞ――!」
 上空から心配する武彦を鎮は大声で笑い飛ばした。
 鎮は一瞬にしていくつもの嵐を作り出すと一点に攻撃の照準を定める。狙うは――成長を続ける光の龍だ。
「やはり、あれか。確かに正体が判然としない以上放置は危険だからな」
「うん、だから俺が押さえてやる! こんな危険な力、つるぴかセロフマージュに渡せないって‥‥」
「分かった。だが、気をつけろよ」
「おう! まかせてよっ!」
 光の龍は早くも青い龍の1/4ほどの大きさにまで育っていて、確かに対策も立てずに放置しておくわけにはいかない。ここで誰かが押さえておく必要がある。だから、俺がやるんだ――
「みてろ、思うようになんてこの俺がさせないんだからな!」
 風球は光の龍を封じるように次々と命中していく。青い龍のエネルギーを吸い上げて生まれようとする光の龍は首をもたげて魂を凍らせるような咆哮を上げた。

 正風が鎮の作った隙に割ってはいり、龍の至近まで接近した。
「大地を司る黄龍よ、我に力を! ――龍気装っ!!」
 叫びと共に召喚した黄金龍が、とぐろを巻くように正風の全身を包み、黄金色の龍を象った鎧姿になる。
 箒の上に立ち乗りした正風は気合いの咆哮で全身から気を放出し、必殺のキックを放った。

          「 奥 義 黄 龍 破 天 腿 ぃ っ っ っ !! 」

 光の龍が放出するエネルギーを突き破り青龍の体にまで飛び移る。
「今の俺は龍に近い存在‥‥青龍よ、止めるんだ!」
「龍の意識にアクセスか。丁度いい。俺も同じことを考えていたところだ」
 正風の前に立っていたのは、龍也だ。
 にやりと笑い正風は龍と意識を同調させた。瞬間。弾けるように膝をつく。汗だくになって両手をつく。
「な、何だこれは――」
「この『龍の形をしたもの』と人間とではあまりにも存在としての在り様が違うようだな」
 視線を細める龍也。正風はよろけるように立ち上がった。
 生き物とか意思とか生命とか、そういったスケールを超えた、意識をどこかに飛ばされそうな圧倒的なビジョン。一瞬、宇宙のような深海のような砂漠のようなごちゃごちゃに詰め込まれた無限の刹那に閃くイメージの中、正風は確かに垣間見たような気がした。
 この嵐に巻き込まれていない、破滅の傷跡の見えない東京で、紅い龍が東京タワーに巻きついている光景を‥‥。
「障害どもがなにやら騒がしいな――」
 魔術師の攻撃を魔障壁、重力壁で弾きながら無数の武器を操っていた龍也が、青い龍に巻きつくように成長を続ける光の龍を見上げて、また一人魔術師をほふる。
 その後方、月霞が変わらず振り落とされまいと龍につかまっていた。
「しがみついたのはいいけど‥‥どうしたもんですかね〜」
 チャンチャラチャラリラ、チャンチャン。
 携帯の着信音。
 しかも『笑点』のテーマ。
 ‥‥‥‥。
 笑点かよ!
「もしもし? あ、オットーさんですか。何? 空中から落下して動けない? ええと、それはどこのお話ですか〜? 東京タワー? そんな姿見えませんよ〜。ふむふむ、紅い巨大な龍と機械の龍が‥‥」
 ふむふむふむ。
「あはー、それはどこの世界のお話ですかー?」
 小悪魔スマイル炸裂。
 受話器の向こうからしくしく泣き声が聞こえる気がする。で、確かに東京タワーの目前には迫っているが、吹っ飛ばされる仲間(?)のオットーの姿も、そんな紅かったり機械だったりな龍の姿も見えはしない。
 で、別の所に電話。
「あ、黒炎丸ですか? 転送装置を使って空中要塞をこっちに送ってきてくださいな。あ、後ハンスさんを救出しといてくださいね‥‥なんでってあなたこのままじゃお話が進まないからですよ」
 またもや、小悪魔笑顔の月霞さん。
「じゃ、お願いしますね‥‥ふふふ、これからが本番ですよ〜」
 突然、東京タワー直上の空が割れる。
 空間が割れて、その中から巨大な直方体状のメタルシルバー一色の得体の知れない金属塊が出現した。
 これが月霞の呼び寄せた空中要塞なのだ。
 しかし――
「あら、空間に裂け目――転送装置の故障でしょうか? こんな裂け目を作り出すような装置ではなかったはずなんですけどねー」

                              ○

 シュラインは一足先に東京タワーに舞い降りると、即座に調査を開始した。
「まるでタワーが雷‥‥龍の避雷針。惨劇を招き寄せる罪悪の搭――」
 少し離れた場所で巨大な青い龍と光の龍、ビル街を覆う森、そして飛び交う戦闘の光。
 耳を澄ますが、すでに人は避難した後のようで風と雨の音以外には、人の気配はどこにも感じられない。
 タワーから東京の街並みを見下ろした。
「――ひどいわ‥‥」
 言葉を失うような惨状が下界に広がっていた。
 対策はできうる限り行った。人避けの符や結界等を出来る限り仕掛けて、目的地である東京タワー周辺にも規制願いを出し、コネや知人の伝を最大限に活用して警察等に連絡もして‥‥それでも、止めることが出来なかった――。
「何にしろ力が綺麗に相殺してくれるわけでなし、余波被害も出たでしょうから‥‥こんな事態、わかっていたはずなのに‥‥」
「この光景が悲しいのですか?」
 カツン。
 突然に現れた人の気配。
 男がいた。その背後には守護霊のように彼の首に腕を回した一人の少女。
 シュラインが瞳を上げる。
「純粋な力と戒め‥‥捕らえてた鎖は力を制御する理性、の象徴だったのかしら?」
 少女は答える。
「解答はもっと単純。存在しているものは、存在しているそれだけで不自由であり、また同時に自由なの」
「そう。エネルギー体を認識しやすい様に龍の形で見えてるだけで‥‥もしくは龍の形をした器に捕らえた能力者の力を注ぎこみ、必要量を満たしてた‥‥という辺りが真相かしら」
「それは正解ね」
「龍という形を持たせられたある種のエネルギーが結晶化させられた力の概念‥‥それが今回の事件を呼び起こしている――」
「原因はそろっていたから。必然の破滅ともいえるわ」
「龍自体に明確な目的や意識があるとは思えないし、その方向性に影響を与えてる人物‥‥双子の巫女等がいた筈だと思うけれど」
「それは私。この世界に囚われた私――」
「より力のあるもとへ惹かれてるとすると破滅の龍と呼んでたものがここに?」
 少女は答えない。
「それともあなたの本体が‥‥?」
 少女は答えない。
「もう一人のあなた、‥‥の本体かもね」
 少女は答えない。
「なぜ、この時期に?」
「簡単なことよ。龍は飽き飽きしていたの。鎖に縛られ続けて永遠を過ごす龍に価値はあるのか――その答えが知りたかったのよ」
「此れほどの惨状を招くと知っていても」
「ええ、知っていても。他者存在のために永遠に自身を消し続けるほど強くはいられない。与えられた枷はそれほどに陳腐で脆弱なのよ。自身の存在に意味を知らない存在の軽さは」
「オール・オア・ナッシング――あなたはどちらかを選択したのね」
「答えるまでも無いわね。私はこうして解き放たれた」
 ――――私は、私を選んだのよ。
 やりきれない。そんな理由で今の惨状が生まれたなんて。認めたくない。シュラインは唇を噛む。
「辛そうな表情をするのね‥‥」
「当然でしょう」
「‥‥一つだけ好い話を聞かせてあげる。ご存知の通り、今代の龍は双子だったの。もしも取り戻したいものがあるのなら。破滅よりも永遠の無価値を選んだ愚かな龍がいるから‥‥彼女を頼るといいわ」
「頼るって‥‥どうすればいいのか見当もつかないわね」
 少女はおかしそうに笑うと、窓の外をついと指差し、青い龍を指し示した。
「簡単な話よ。私と敵対し、滅ぼしなさい。私が滅びれば向こうでうまくしてくれるでしょうし。それがあなたの守りたいものを取り戻す唯一の方法――だけど」

 あなたたち如きが私を滅ぼせるなら、の話だけれど。





●鏡面世界


 鎮は嵐の球体をセロフマージュにぶつけた。
「やっりー! 直撃!!」
 ガッツポーズをとる鎮だが、ポーズ途中で停止してあんぐりと口を開けた。
「あはっははははは!!!!! 壊滅壊滅壊滅カイメツカイメツかいめつ――!!!!」
 狂ったように嘲笑を上げて全身から光の奔流をほとばしらせる。
 光の龍から力の供給を受けてまばゆく輝く光を凝縮して鎧化した戦闘形態のセロフマージュが凶眼を向けた。
「この力です‥‥もっと、もっと力を!!」
 セロフマージュは魔術師たちに青き龍を東京タワーに到達させるよう指示を下す。光の龍も力を吸い上げてさらに大きさを増していた。
「さって光の龍やけど‥‥こない暴れとるんやったら全力で押さえなな」
 腹を括ったように不敵な涼香も光流の肥大化を、気の流れの微妙な変化から感じ取る。
「‥‥まぁえぇわ、師匠がおるんやったら心強いわ、行くで!」

 空にできた空間の裂け目の向こうに逆さまに広がる街が見える。
「あれは、東京か‥‥?」
 黎と紫銀は、壊滅的な被害を受けた東京の中で、裂け目の広がった空を見上げる。
 頭上にできた空間の亀裂から覗き見えるのは、裂け目を起点に奥の世界で逆さまに広がっている、まだ無傷な姿を見せる平和な東京の灯り。
 東京タワーが時空の特異点として影響を与えているのだろうか。

「私たちは、まだこの街を守れるのかもしれない――」







【to be continued [The chain of Closed Dragons]LAST Part】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0391/雪ノ下 正風(ゆきのした・まさかぜ)/男性/22歳/オカルト作家】
【2320/鈴森 鎮(すずもり・しず)/男性/497歳/鎌鼬参番手】
【2953/日向 龍也(ひゅうが・タツヤ)/男性/27歳/何でも屋:魔術師】
【3012/月霞 紫銀(つきかすみ・しぎん)/男性/20歳/モデル兼、美大講師】
【3014 /友峨谷 涼香(ともがや・すずか)/女性/27歳/居酒屋の看板娘兼退魔師】
【3026/緑皇 黎(りょくおう・れい)/男性/21歳/オペラ歌手兼私立探偵】
【3279/楓希 月霞(ふうき・げっか)/女性/18歳/使用人】
【3634/白神 久遠(しらがみ・くおん)/48歳/女性/白神家現当主】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 またもやこれほど遅れてしまって‥‥大変に申し訳なく思います。スランプといいますか、どうしても筆が進まない日々が続き。精神的な疲れが溜まっているのかもしれませんが、参加していただいたのにこのような遅延の言い訳にはなりません。ご迷惑をお掛けしたことを謝罪させていただきます。
 【龍の縛鎖】最終回の募集は、10月15日を予定しています。

 それでは、あなたに剣と翼と龍の導きがあらんことを祈りつつ。