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二人っきりの海外旅行
今、葛井真実は大変に悩んでいた。
夏期休暇に入る直前のある日、真実より一足先に休暇に入る多岐川雅洋から海外行きのチケットを貰ったのだ。
彼は「来ないか?」と軽い調子で渡してくれたのだが。
現在そのチケットは、真実の悩みの種になっていた。
こういうのって普通は彼女なんかを誘うものではないだろうか?
それをなぜわざわざ自分に?
もしかして雅洋のイジメか新手のドッキリか。そんなことまで考えて、疑問と不安と不信をあらわに、できる限りの調査をしてみた。
例えば、チケットを照明に透かしてみたり。
実は偽のチケットなんじゃないかと問い合わせてみたり。
しかしどこから見てもこのチケットは本物で。
頭の中のハツカネズミが必死に回し車で豆電球を点灯させようとしているような――そんな自分でもよくわからない心境に陥っていた。
「うーん……」
このまま放っておくべきか。でもせっかく貰ったのだから、行くべきか。
純粋なる好意なわけがないだろうと思ってしまう辺り、雅洋の日頃の行いがものを言っているのかもしれない。
延々考え込んでいたその時。
俄かに報道部が騒がしくなった――実は仕事場でこんな考えことをしていたのだ。不謹慎かもしれないが、頭から離れなかったのだから仕方がない。
「なにかあったんですか?」
尋ねつつも、真実は自分自身で情報を確認するべく動き出した。
その中にある情報を見つけて、真実はぴたりとその場に固まった。
入ってきたのは爆弾テロの情報。それ自体はそう驚くほどのものでもない。嘆かわしいことだが、今の世の中爆弾テロは多いのだ。
だが問題はそこではなく、その、発生地。
爆弾テロが起こったのは、雅洋の滞在先だと言うのだ。
慌てて雅洋の現在地を確認すべく、チケットと雅洋が滞在しているホテルのメモを取りだした。
だがその直後。
次に入ってきたのはさらに衝撃的な内容だった。
「……安否不明……?」
多岐川雅洋が安否不明だという一文に。真実の頭は真っ白に染め上げられた。
メモだのなんだの言う前に、体が動き出していた。
とるものもとりあえず、即座に報道部を飛び出す。
――どうか、無事でいてくれ……。
そんな思いとともに、真実は機上の人となったのだ。
◆
爆弾テロが起こってから約十二時間後。
雅洋が泊まるホテルの部屋の前で、真実は頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
見れば着の身着のままといった感じで、荷物もろくに揃えられていない。
「ふむ……」
真実の様子を眺め、雅洋は内心ほくそえんだ。
どちらかといえば女より男を好む傾向にある雅洋。そして真実は、雅洋の好みのタイプであったのだ。
「俺のことを心配して駆け付けたのか?」
尋ねれば、真実は自分の勘違いに不機嫌そうな顔で否定した。
しかし様子を見ればそれが嘘である事は一目瞭然。
手応えの大きさに、待った甲斐があったと内心ニッと笑みを浮かべる。
「べ、別に心配したわけじゃあないですよ」
「そうか? まあとにかく、ここで話すのもなんだから」
言いつつ中に誘い入れれば、真実は素直に部屋に入ってくる。
二人っきりの空間。現状では何ができるというわけでもないが、今はこうやって二人きり差し向かいで話せるだけで充分だろう。
「と、とにかく。ちゃんと言っておきますけど、多岐川さんを心配して来たわけじゃないんですからね」
言えば言うほど白々しい、虚しい弁明を続ける真実もまた可愛く。
雅洋はにこやかに相槌を打ちながらその話を聞いていた。
そうして十数分も話した頃。
唐突に、ぐぐぅ〜っという音が響いた。
……多分、食事もろくにとらずに来たんだろう。
真実が何か言う前にと、雅洋は食事に行こうと提案した。
恥ずかしさにか顔を真っ赤にした真実は、多少の遠慮を見せつつも、雅洋の誘いに乗ってくれた。
さて行き先はもちろん、雰囲気たっぷりの高級レストランに決めている。
あまりあからさまに高そうな場所だとかえって気を使わせてしまいそうだから、さりげなく良いものを使っているところ。
今後の計画を頭に浮かべ、もちろん真実をエスコートすることも忘れずに。
二人は外に出るべくエレベーターに乗りこんだ。
だが。
本当に、運が悪いと言うかタイミングが悪いと言うか。
二人がエレベーターに乗った直後、突如轟音が響き渡って、エレベーターが激しく揺れた。
「大丈夫かい?」
「は、はい……」
さっきの音から考えるに、どうやら勘違いが本当になったらしい。
このホテルでも、爆弾テロが起こってしまったのだろう。
――さて、どうするか……。
助けを待つべきか、自力で逃げる方法を探すべきか。
自分一人ならばまだしも、隣には目下陥落目指し中の真実がいるのだ。上手くすれば、さらなる進展も望めるかもしれない。
大胆かつ慎重――無計画を嫌う雅洋は、非常事態にも関わらず、何故か冷静に今後の作戦を考えるのだった。
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