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<東京怪談ノベル(シングル)>


 ポケットには大きすぎるのじゃ 〜中編〜

 狩雄登呂村。
 その名を知っている者は、決して多くは無い。
 「聞かぬ名じゃな。どんな村なのじゃ?」
 嬉璃も、もちろん知らないと言った。
 「人口35人。日本で一番小さな村じゃよ」
 と、一言だけ源は言った。
 狩雄登呂村から少し離れた、茶屋での出来事である。
 都営カジノで盗んだお金が偽札だと知った二人は、そのまま東京を離れ、フィアットで、この狩雄登呂村までやってきた。
 「とりあえず、特大焼きそばでも食べながら話すのじゃ」
 源は茶屋の名物、特大焼きそばを注文した。
 程無くして、大皿に乗った特大焼きそばがやってきた。源と嬉璃は割り箸を手に、焼きそばを頬張る。
 「ふむふむ、ともかくその狩雄登呂村が如札の震源地というわけかの?」
 焼きそばを頬張りつつ、顔色一つ変えずに嬉璃は言った。
 「うむ。狩雄登呂村は今でも殿様を頂点とした身分制度が生きているのじゃ。
  その統制力を以って、世界中の偽札を…と言うわけじゃ」
 源も負けずと焼きそばを頬張る。焼きそば勝負は、ひとまず互角のようだ。
 「その筋じゃ有名な話じゃ。ニセ札界の黒穴とな」
 源は言う。
 「黒穴?」
 「ちょっかい出して帰ってきた奴は居ないのじゃ」
 源はぐわー。と手を広げた。
 「ふーん、怖いのう、怖いからわし、寝る」
 嬉璃があくびをしながら言った。焼きそばも食べたし、眠くなった。
 「そうじゃなー。昼寝をしてから村へ行こうぞ」
 源と嬉璃は、そのままコテンと小一時間程昼寝をした。その後、フィアットで狩雄登呂村へと向かった。
 「う、うむー、怖い位に人気が無いのう・・」
 村と言うより、ただの山のようじゃ。と嬉璃が言った。
 「そりゃそーじゃ。35人しか人が居らんのじゃから、そうそう人に会う事など出来んじゃろう」
 源が言った。
 「なるほど…」
 細い山道を、2人を乗せてフィアットは走る。目指すは狩雄登呂の殿が住む、城だった。
 「城の地下が偽札工場になっておるのじゃ。
  村に住む35人は、皆、そこで働いておる」
 源が言った。
 「全員が城の中で働いておるのでは、外で会うはずも無いのう…」
 そりゃ、村に人気が無いわけだ。と嬉璃も納得した。
 周囲を見渡せた、のどかな景色が続いている。平和じゃのう。と嬉璃は思ったのだが…
 「み、源殿、何やら黒服が乗ったオープンカーが追いかけてくるのじゃが、気のせいかのう?」
 バックミラーに写った車の群れを、嬉璃は発見した。
 「1、2、3…100台位は居るのじゃ!に、逃げるのじゃ、嬉璃殿!」
 源は言った。
 細い山道を、おびただしい数の車両が連なって、源と嬉璃を追いかけてくる。
 言われるまでもなく、嬉璃はフィアットを走らせる。
 「あれは、おそらく、この村で雇っている兵隊じゃ。
  もっとも、この村では、より優雅に衛士と呼んでおるらしいがのう」
 源が言った。フィアットは、無駄に大爆走中である。
 「しかし、あの者達の服装は、都営カジノの警備の者達と同じではないか?」
 「確かにそうじゃ…
  まさか、都営カジノと狩雄登呂村が、ここまで密接な関係じゃったとは…」
 そこまでは、源も知らなかった。
 フィアットは走るが、追いかける狩雄登呂の衛士隊も走る。距離は開きもせず、縮まりもしない。
 やがて、狩雄登呂の衛士隊は2人のフィアット目掛けて発砲をしてきた。
 「う、撃って来たのじゃ!
  日本では銃を撃っては行けないのじゃ! 某総理は何をやっておるのじゃ!」
 嬉璃は怒りをあらわにするが、ひとまず多勢に無勢なので逃げる事に専念した。
 衛士隊の日本国憲法を無視した銃撃は続く。
 パン! プシュー…
 そのうち、衛士隊の放った一発の銃弾がフィアットのタイヤを撃ち抜いた。タイヤは無念にもパンクしてしまう。
 「き、嬉璃殿、かくなる上は仕方無いのじゃ!」
 「無念じゃ! 良い所が無いまま、退却なのじゃ!」
 源と嬉璃の考えは同じだった。
 普通の手段では、逃げられそうも無い。
 フィアットは山道を外れると、迷わず崖下へと飛び降りた。
 「うわー!落ちるのじゃー!」
 「嬉璃殿、今度生まれても、また、あやかし荘で会うのじゃー!」
 などと言いながら、フィアットはどこまでも急降下する。
 フィアットが地面に落ちた頃には、2人とも気を失っていた。
 狩雄登呂の谷底で、半壊したフィアットと源、嬉璃は気を失い続ける。
 さすがの狩雄登呂衛士隊も、この谷底までは追いかけて来ないようだ。
 気を失った源と嬉璃の顔はと言うと、意外と楽しそうである。面白い夢でも見ているかのようだった。
 それから、しばらく時間が流れる。
 「…む、くすぐったいのじゃ。」
 源は、顔に何かの刺激を感じ、目を覚ました。
 目の前には白と黒の斑の顔がある。
 「んも〜〜」
 と、顔の主…首輪をした牛は鳴いた。
 「もう大丈夫なのじゃ。起こしてくれてありがとうなのじゃ」
 どうやら、牛は源を心配して顔をなめてくれたらしい。同様ににして嬉璃の事も牛は起こしてくれた。
 「良い牛じゃのう。
  …いや、どこかで見た事があるような…?」
 源は、牛を撫でながら首を傾げる。
 「こらー、牛ー、牧場出たらだめじゃぞー」
 と、牛の飼い主らしい男がやってきた。牧場主なのだろう。
 「しかし、不思議じゃのう。人に懐かない牛なのじゃが…」
 などと首を傾げながら、牧場主は去っていった。
 その、去り際。
 源は牛の首輪に掘られた文字を見つけた。
 「倉栗鼠…? そうじゃ! そうじゃった!」
 牛の首輪を見た源は、一人納得する。
 「うー、源殿、一人で納得するのは良くないのじゃ!」
 嬉璃が言った。
 「おお、すまん、嬉璃殿。
  ともかく、この谷底を脱出するのじゃ。全てはそれからぞ!」
 源が、自分達が落ちてきた崖の上を指差した。ここから見れば、遥かな崖の上に、狩雄登呂村がある。
 2人は、改めて狩雄登呂村を目指した…

 (完)