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<東京怪談ノベル(シングル)>


『 夏の終わりに……… 』


 ぴぃ、と笛が鳴った。
 羽角悠宇は手をあげて、そこから最初から全速力で走って、バーの少し前でとん、と軽やかに大地を蹴って、宙に舞う。
 そこらの女子とさしてかわりのない高さのバーをしかし悠宇はまるで背中に翼があるが如く飛んで、越えた。
 ばふん、マットの上に背中から落ちた彼はそのまま運動場の隅にある体育準備室(体育で使う道具が置かれている倉庫)と同じ匂いがするマットの上に寝転がって、夏ももう終わろうとしている青い空を見上げる。
 その青い空に浮かぶ真っ白な雲。
 その雲の形はどこか鳥に見えた。
 大きな翼を羽ばたかせて、
 空を行く鳥に。
 そして一陣の風が吹いて、
 その風に小さな赤い風船が飛ばされていて、
 それでそれを見ていたら…
「羽角ぃー」
 悠宇に遊びで飛んでみない? と誘ってきて陸上部員が悠宇を呼んだ。
 だけど悠宇はそれを無視して、風船を追いかける。
「はあはあはあはあはあはあ」
 半開きの口から規則正しいリズミカルな呼吸音が漏れる。
 全身の筋肉に血液の中にある赤血球が酸素を運び、そしてそれが二酸化炭素を運ぶ。
 耳朶に届くのは自分の呼吸音と、風を切る音。それと耳の毛細血管を血が流れるようなごぉーっという音。
 青い目はただ空を行く赤い風船を見ていた。
 悠宇はただ夏休みの最終日、クラスでやる文化祭の出し物であるクラスの男女でやるシンクロの練習に学校に来ていただけであった。
 7月21日から8月31日まで、お盆の間は休みにしてほぼ毎日学校に通ってプールで泳いでいた。オリンピックで日本のシンクロチームがやっていた『風車』なんかも悠宇を始めとする運動神経抜群の人間でやったりする。
 その練習も午前中で終わって、午後からそのプールを使う水泳部の部員とちょっとふざけあってプールで遊んで、それで運動場で制服で陸上部に混じって遊んで、そんな風に16歳の最後の夏を楽しんでいた悠宇は空に赤い風船を見た。
 真っ黒に日焼けした彼は汗を流しながら赤い風船を追う。
 運動場から硬いアスファルトに覆われた道に出て、
 色んな運動部がロードワークをしてる中で校門を抜けてそのまま。
 背中に背負っている鞄ががさごそと揺れた。
 ――――――その鞄が揺れる感じが邪魔。運動選手が試合でも首にペンダントをかけているのは、そのペンダントが揺れるリズムで自分のリズムも整えるためなのだが、その鞄で悠宇はリズムを取る事はできない。
 ズボンのポケットでジャリっと何かが掠れた音を奏でた。
 それまで赤い風船を追いかけていた悠宇はだけど目だけはその赤い風船を追いながらも校門を少し過ぎて横道にある草だらけのあぜ道に入った。アスファルトで舗装されてはいるが、そのアスファルトも地中を伸びる木の根で盛り上がり、割れた箇所からは草が生えている、そんな道。
 悠宇はその道を行く。
 左右に植えられた樹の枝が生い茂り、まだ14時だというのにその道は暗い。
 その道を走りカーブを曲がる。
 右手側の植えられた木々の向こう側からは生徒たちの笑いざわめく声が聞こえる。
 そうして悠宇は立ち止まった。
 草むらの中に置かれた赤と白でカラーリングされたバイク。XR250。
 アチェルビスの22リッタービックタンクをつけた優れものだ。
「やっちゃるぜ」
 悠宇は隠れてバイク通学していた事を今日ほど感謝した事はなかった。
 バイクに乗り、キーをさしてまわす。
 最初からフルスロット。
 バイクのマフラーからは悠宇の気合いに呼応したバイクが雄叫びをあげるかのように過激な排気音が迸らせた。
 XR250の足回りならばこの腐れた道のでこぼこも然したる事はない。
 シートに下ろした腰に心地良い振動を感じながら悠宇は相棒を走らせる。
 マフラーが唄うは最高の歌。
 そのメロディーを悠宇は全身で感じるのだ。
 バイクは一気に学校裏の道へと林を突っ切って出た。
 散歩途中の犬がその悠宇の暴挙に吠えて、飼い主もリードを引きながら悠宇を睨んでいるのがミラーでわかった。明日辺りは教師たちが学校の周りを点検するかもしれないから、しばらくはバイク通学は控えた方が良さそうだ。
 しかしその快適なバイク通学を捨ててまでもそれには意味は………
 ――――――――――――――無い。
 そう、悠宇がバイクを走らせて、風に飛んでいく赤い風船を追いかけるのには意味は無い。
 しかしその意味が無い事をしたくなるのが少年なのだ。
 少年、
 そう呼ばれる時分にしかできない無茶。
 意味の無い、
 しかし意味のある、
 行動。
 若くして亡くなってしまって今はいないかつては若者の代弁者としてカリスマ的存在であったロックシンガーが歌っていたあの曲の歌詞のような。
 悠宇は更にスロットを開放してギアを上げて、スピードをあげた。
 信号は黄色だ。
 だが、ノーブレーキで体の傾きだけで道を左折する。
 赤い風船を追いかける。
 道路は都会の街中の広い道から、
 狭い道へ。
 そしていつしか風船は港の倉庫街へと来ていた。
 左右を倉庫に挟まれて、前方には海。
 青い空を、
 飛んでいく赤い風船。
 バイクに乗って風のように街中を駆け抜けた悠宇。
 その彼がついにブレーキを握った。
 ほぼ全速力でその直線を走っていたバイクは突然かけられたブレーキに大きくぶれて、暴れ馬のようになるが悠宇はそれを生来の運動神経で的確に操り、
 ブレーキを握られたバイクは前輪を軸にして後輪で円を描き、焼けたゴムがアスファルトにアートを描く。
 潮風の匂いが満ちたそこに焼けたゴムの匂いを発しながら綺麗な円を描いてバイクは止まり、
 そして悠宇はそのままバイクを降りて、
 樹の枝から飛び立つ鳥のように大地を蹴って、
 鳥のように宙を飛んで、
 空を飛んでいく赤い風船に向って、
 指を開け広げた手を伸ばして、
 それでその手の先に赤い風船を置いたその時に、
「取った」
 彼は指を開け広げていた手をぎゅっと握り締めた。
 そして彼は何かとても大切なモノを得たかのようにひどく得意げな表情を浮かべて、
 海に落ちた。


 ばしゃーん。


 水しぶきをあげて海に落ちて、
 だけど悠宇はそのまま大の字になって、
 海に浮いて、
 鳥が飛んでいる空を見つめた。
 風になった次は木の葉となって、このまま海を彷徨うのも悪くはないな、などと想う自分に苦笑いを浮かべながら。


 ― fin ―


 ++ライターより++


 こんにちは、羽角悠宇さま。
 いつもありがとうございます。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


 今回の物語はどうだったですか?
 プレイングに書かれていた文章のイメージがとても詩的であったので、ならばノベルもストーリー性が溢れるのよりも、どこか茫洋とした、だけど何か熱い、胸が苦しくなるような叫びたくなるような、形があるようでだけど無い、そんな言葉には表せない、一日の終わりに感じるあの焦燥のような感じにも似た少年の日の感覚を表そうと、それでこのような物語にしてみました。
 意志とかメッセージとかそういうのをノベルに込めて書くのが好きなのですが、今回は本当にただただ上記したような想いを抱きながら、それをトレースする感じで書きましたので、PLさまがどのような事を感じるのかは本当にPLさまの感性に寄るものなので、その感じた想いに何かを感じていただけたらなーと想います。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 本当にありがとうございました。
 失礼します。