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おーだーめいど・ぱらだいす
「仕事はありませんか〜」
神聖都学園の近くにあるマンションの三階。そこにある経営が傾きかけた某派遣会社。そこに顔を出したのは、もちろん、仕事を探すため。しかし、顔を出して仕事があった試しがない。
「あ、こんにちは、シオンさん」
出迎えたのは事務員アルバイトの狗神だった。他には誰の姿もない。大抵はリビングを改造したソファとローテーブルが置いてあるだけの応接室に仕事をするわけでもない誰かがいたり、奥にある机で東海堂が書類を片手にため息をついていたりするのだが。
「どうもです。今日は人が少ないのですね」
「ええ、いつみさん、仕事で出ていますから。お客さんもさっき三人ほど訪れたんですが、もう帰られましたからね……ということで、シオンさんは四人目のお客様だったりします。さあ、どうぞ」
狗神はそう言うとにこりと笑い、問答無用にお茶とお菓子を用意する。仕事がなくともお茶とお菓子は食べ放題なので、時間を潰すにはちょうどいい……と言ったら怒られるだろうか。
「そういえば、この前のアレは届きましたか?」
湯のみを手に、ふとついこの間、訪れたときのことを思いだし、問うてみる。通販限定の怪しい噂を持つ枕を手に入れた狗神に付き合い、検証を行ったあと、狗神はまたもいわくありげなものを手に入れていた。
「いえ、まだなんです。そろそろ届くのではないかと思うんですけど。そうだ、シオンさんにも聞いてみよう」
狗神はそう前置きをしたあと、改めてシオンを見つめた。
「三十三魔法陣ってやつなんですが……知ってますか?」
「いえ、知りません」
「そうですよね。……よし、今のところみんな知らないぞっ」
拳をぐっと握り、うしっと狗神は頷く。
「なんなのですか、それは?」
「ええ、実は……」
そう言って狗神は話し始めた。
『資料』とシールが貼られたダンボール箱を開けてみると、見るからに胡散臭い、怪しげな装丁の分厚い本が入っていたので、とりあえず今日も机でため息をついているいつみさんを呼んでみたんです。
「……。いつみさーん」
「なんだい?」
呼ぶとすぐにいつみさんはやって来ました。そこで、本を指さし、問うてみました。
「これ、なんの『資料』ですか?」
「……あ」
本を見たいつみさんは小さく声をあげると、本を手に取り、ぱらぱらとページをめくりました。中身がくり抜かれて鍵やメダルが入っていてもおかしくはないような本でしたが、そういう仕掛けは残念ながらありませんでした。
「こんなところにあったのか……懐かしいな……ああ、これはあれだ、三十三魔法陣の本だよ」
懐かしげにいつみさんは言うんですが、そんな本は聞いたことがありません。しかし、誰でも知っているような口ぶりなのが気になるところです。そこで、訊ねてみました。
「で、それってなんですか?」
「え? だから、三十三魔法陣だよ。とある悪魔がある錬金術師の夢のなかへ現れ、書かせたと言われている有名な本じゃないか」
「……有名……ですか」
そうですか、たぶん、有名なのはいつみさんのなかだけです……心のなかでそうツッコミをいれておきました。
「和哉くん、そんな顔をしなくても……。有名じゃなかったのかな……祖父も母も当たり前のように話していたから、てっきり。うーん、そうだよな、あの人たち、ちょっと普通じゃなかったし……有名じゃないのかも……」
「まあ、それはともかく……三十三魔法陣とはなんなんですか?」
僕自身、怪奇現象や怪談についてはそれなりだとは思っていますが、悪魔とか魔法陣とかそういった方向にはあまり興味がありません。僕の興味の対象はあくまで、怖い話や呪い、祟りなので。
「生活に役立つ陣形……魔法陣が三十三種類掲載されている本だよ」
「そのまんまですね」
あっさりといつみさんは言うんですが、生活に役に立つ魔法陣って……。それも、悪魔が書かせたとか言われている代物でしょう? 本当に役に立つことが書いてあるようにはとても思えません。一見、便利そうで、実は落とし穴があるに違いない。でも、内容が気になったのも事実。好奇心にかられて訊ねてみました。
「例えば、どういうものがあるんですか?」
「そうだね、大願成就とか……無病息災、家内安全というのもあったかな」
「商売繁盛とかもあったりして」
もちろん、冗談です。でも、いつみさんは頷きました。
「ああ、あったんじゃないかな?」
「……神社に売っているお守りや御札と一緒ではないですか……」
「そんなようなものだよ。護符の書き方が載っていると思ってくれれば。……そうだ、和哉くんにも護符を作ってあげるよ」
「え、いいですよ……」
そんな胡散臭いものは受け取れないって遠慮はしたんですが……。
「遠慮しなくてもいいよ。普段のお礼だから……どれにしようかなー」
「普段のお礼だというなら、むしろ作らないで下さい……」
「え? 何か言った?」
僕は本当のことを言えませんでした。ええ、言えませんでした……にこにこと珍しく上機嫌ないつみさんを前に、そんな胡散臭いものはいらないなんて。
「……うん、これにしよう。夢魔の力を借りて夢界に干渉をする魔法陣」
「魔界ですか……?」
ムカイ? いや、マカイの聞き間違い? ……どちらにしても、胡散臭いことにはかわりません。
「いや魔界ではなくて、夢界。夢の世界だと思えばいいよ。護符を枕の下にいれる。そして、眠る前に自分の叶えたい夢や理想の世界を思い浮かべるんだ。そうすると、夢でそれが再現される」
「見たい夢が見られるんですね」
「ただの夢だと思ってはいけないよ。現実と変わらない質感を再現してくれる。味覚や痛覚も再現されるんだ。……俺は幼い頃、この魔法陣でお菓子の家を食べたり、童話の主人公になったりしたもんさ」
「なるほど……そういう使い方をすればいいんですね」
「そう。自分の夢だから、なんだって思いどおりだよ」
狗神は小さく息をつくと、確かに魔法陣を思わせるような図形が描かれた紙を取り出した。
「……と、いうことがあったんです。そんなわけで、これがいつみさんが描いてくれた護符です」
「見たい夢が見られるのですか」
夢というものは自分の日常や思いが反映されるものだが、しかし、それが良い面ばかりとは限らない。どちらかといえば不安が反映されている夢の方が多いのではないかとも思える。どうせ見るならば楽しい夢の方がいい。そんなことを考えていると、狗神が護符を差し出した。
「らしいです。どうぞ、差し上げます」
「それはどうもです〜」
にこりと笑顔で護符を受け取る。なかば反射ともいえるその行動のあと、シオンは狗神を神妙な顔で見つめた。
「しかし、よいのですか?」
「構いませんよ。僕の分もありますから。僕が持っているものはオリジナル……いつみさんが書いたもので、シオンさんが持っているそれは、実はコピー機でコピーしたものなんですよ」
「まったく同じものですね」
コピー機でコピーしたものなのだから、まったく同じでなくてはいけないとわかってはいるのだが、つい、見比べて言ってしまった。
「ええ、コピーですから。霊がとりついているものを印刷すると、印刷した分だけ霊が増殖するとかしないとか。それが確かならば、コピーした護符でも力を発揮するはず……とはいえ、しないかもしれないので、そこのところは軽い気持ちでよろしくお願いします」
「結局、実験ですか?」
「まあ、そういう感じです」
と、狗神は笑った。
狗神の話では、枕の下に護符を入れ、眠る前に夢に見たいことを思い浮かべるということだった。
夢に見たいこと。
それは……たくさんの可愛いウサギさんたちに囲まれて、花畑でごろりと横になること。花はすべてお菓子でできていて……そう、淡いピンクや白のシュガーフラワーで……シュガーといえば、雪の上でサーフィンも面白いかも……ウサギさんたちとカッコよく滑走したあとは、雪でお城を作り……お城といえば、メイドさんがいて執事がすべてを取り仕切ってくれちゃうような裕福な暮らしを体験してみるのもいいかも。豪勢なお屋敷には薔薇の庭園があり、その薔薇を手に黄昏てみる……そう、エレガーントに!
ああ、夢はふくらむばかりです……シオンは枕の下に護符を入れると、身体を横たえる。
そして、眠りに落ち……。
ふと気がつくと、花畑にいた。
ほんのりと甘い匂いが漂うそこに、たくさんの垂れ耳ウサギがいる。そして、自分はそれに囲まれていた。
「ウサギさん……!」
自分が思い描いたとおり、花畑の花はお菓子でできている。それは砂糖菓子であったり、クッキーであったり、マジパンであったり、童話を思わせる光景にうっとりしたいところなのだが、少しばかり気がかりなことがあった。
がりがりがりぼりぼりぼりがりがりぼりぼり。
あちこちから聞こえる、そんな音。
「ウサギ……さん……?」
垂れ耳ウサギたちはかりかりと菓子でできた花を食べている。それぞれがもごもごと口を動かすその仕草はとても可愛らしいのだが、それが集団になるとどうなのか。
「そんなに、美味しいですか……?」
どれ、自分も食べてみようか。シオンは近くにあった花に手を伸ばす。淡いピンク色のシュガーフラワーを口に放ると、じんわりと甘味がひろがっていく。
「ウサギさん……」
確か、眠る前にはたくさんのウサギたちと昼寝がしたいと思ったはずなのだが……しかし、ウサギたちに眠る気配は見られない。一心不乱にお菓子を食べつづけている。
お菓子の花畑にしたことが敗因ですか……?
それとも、自分の空腹感が反映されてウサギさんたち、お菓子たべくまくりですか……?
シオンはがりがりぼりぼりという音が響くなか、自分が思い浮かべたウサギさんたちとまったりお昼寝という光景とは程遠い、なんだか落ちつかない花畑でウサギたちを眺め続けた。個々に見れば可愛いのですが……と思いながら。
しばらくすると、花畑のお菓子は見事に食い尽くされてしまった。すさまじい食欲ですねと青ざめていると、ウサギたちはぴょこんぴょこんと移動を始めた。
「ど、どこにいくのですか?」
ウサギたちはある方向へと向かう。シオンはどこに行くのかとウサギたちを追いかけた。花畑は次第に雪の大地へと変わっていく。
「雪……」
雪といえば、そういえば。確か、サーフィンしたいと思ったはず……そんなことを考えたシオンの目の前が急にひらけた。そこは思ったよりも急な雪に覆われた斜面。ウサギたちは小さなスノーボードを用意し、それにちょこんと乗っては斜面を滑り降りていく。
「う、ウサギさんたち……!」
その光景に街頭で見かけたテレビのCMを思い出した。CMではウサギではなく、子犬だったが、それを思い出さずにはいられない。
「お、置いていかないでくださいっ……!」
シオンは置いてあったサーフィンボード(スノーボードではない)を手に取り、雪面に置く。そして、置いて行かれてはいけないとあまり後先考えずにボードに乗った。そして、風を切って斜面を激走するボードから投げ出され、斜面をごろんごろんと転がる。
「あうあうあう〜?!」
転がるうちに雪を巻きこみ、次第に大きな雪玉となる。シオンはすさまじい勢いで斜面を転がったあと、ふもとにあった宮殿へと激突した。ぱかりと割れた雪玉のなかから投げ出される。
「うう〜」
目を廻して立ちあがれず、地面に転がっているとぴょこんぴょこんとウサギたちが近寄ってきた。鼻先をひくひくと動かし、小首を傾げる。垂れた耳が微妙に揺れた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい〜、おそらく大丈夫ですぅ」
まだ目が廻ってはいるが、差し出された手を掴み、立ちあがりながら答える。
「それはよかったです。しかし、宮殿はおそらく大丈夫ではありません……」
「はい?」
瞬きをしたあと、手を差し出した相手を改めて確認する。どこから見ても執事と思えるような姿をしてそこに立っているのは東海堂だった。
「東海堂さん……?」
「いえ、私は執事です」
東海堂はきっぱりと答えた。その勢いに思わずそうですかと頷く。
「そうですか」
「そうです」
執事は答え、そして、宮殿を示す。その宮殿は立派ではあったものの、雪と氷でできていた。雪玉が激突したことにより、壁が大破している。
「壁に穴があいてしまいました。即刻、修理をいたしますので」
「確かに、城を造りたいと……しかし、これはこれで美しいですね」
雪と氷でできた宮殿は陽光にきらめいている。大破した壁から宮殿のなかへと足を踏み入れようとすると、執事が前方へとまわりこんだ。
「お待ち下さい! なかは大変、危険です」
「何か危険な生き物でもいるのですか?」
「いえ、なかには誰もおりません」
「少し見学するだけですから」
「しかし……」
「私がいいと言っているのです」
少し強い調子で言ってみる。そう、ここでは自分は主であり、目の前の彼は執事なのだから。
「……お気をつけて」
シオンは執事の言葉に頷き、宮殿のなかへと足を踏み入れた。陽光により、半透明の壁がきらきらと輝く。微妙に光を反射した内部の光景は思ったよりも幻想的だった。一歩、二歩と内部へと歩を進め、周囲を見まわす。その幻想的な光景にひたっていると、ごごごごごという音が響きだした。
「ごごごごご……?」
宮殿が震えだす。壁にぴきりと亀裂が走った。……もう、考えなくてもわかる。天井がめきめきと音をたて、ぱらぱらと氷の粒が舞い落ちる。きらきらと光るそれが美しくはあるのだが、眺めている余裕はない。くるりと背を向け、次々と亀裂が入る宮殿をあとにした。
どうにか外に出た途端、雪と氷の宮殿は崩れ落ちた。風に煽られた雪と氷が舞いあがる。それはそれでやはり綺麗ではあるのだが……思い描いていたものとは少し違うような気がする。
「さて、ご主人様。これをどうぞ」
「なんですか? ……薔薇?」
執事が銀色のトレイを恭しく差し出す。そのうえにはシルクが敷かれており、赤い薔薇が何故か、一輪。
「黄昏ろ、と?」
「はい」
結構、強制的な展開なのですねと思いながらもシオンは薔薇を手に取った。宮殿が崩れてしまったのに、優雅に黄昏るも何もないような気はするものの、とりあえずはのんびりと宮殿の近くを歩いてみた。
雪と氷の宮殿を通りすぎると、丘が見えてきた。ふと気がつくと空は茜色に染まっている。なんとなく丘の方へと歩き、そこから茜色の空を眺めていると、背後から声がした。
「そ、そこのあんた……」
それは執事の声ではない。シオンは振り向き、声の主を確認する。どう見ても小学生だろうという少年だった。何故か、とても疲れているように思える。
「た、助けて、ハサミ……ハサミ男が……」
少年は肩で息をしながらも背後を気にする。
「どうしたのです? なんでしょう、この音は? ……ああっ?!」
声をかけたあと、何を気にしているのだろうと少年の背後を見やり、驚いた。大きなハサミを手にした麻の袋をかぶった男がものすごい勢いでこちらへ駆けてくる。
「あいつ、よくわかんないけど、追いかけてくるんだ……た、助けて……」
シャキンシャキンというハサミを動かす音がだんだんと大きくなってきた。よくはわからないが、どう見ても友好的ではないことだけはわかる。
「と、ともかく、逃げましょう!」
「戦わないの?」
少年は顔をあげ、小首を傾げる。
「逃げます」
シオンはそう答えると、少年の手を掴んで丘から飛び降りた。大した高さではない丘の下にはくぼみがある。そこへと身を隠した。
シャキンシャキンという音が頭上、丘の上で止まった。しばらく、右へ左へ移動するような音が聞こえていたが、やがて音は遠のいていった。
「……助かった……」
少年は大きく息をつく。
「あれはなんですか? それに、あなたは? これは私の夢であるはずです」
「それは俺の台詞。あれの正体はわからないし、これは俺の夢なはずだよ」
少年はそう答えた。シオンは顎に手を添え、考える。
「とりあえず……自己紹介をしておきましょう」
にこりと笑みを浮かべ、シオンは言った。お互いに名前を名乗り、経緯を話してみる。少年は鈴森鎮と言い、狗神から護符を受け取ったということだった。
「つまり、あなたも私も同じ護符を使い、夢を見た……なるほど、同じ護符同士、夢が繋がっているようですね」
「そっか……じゃあ、他に護符を使っている奴があいつの出てくる夢を見ているということなのかな?」
「おそらく、そうでしょう。しかし、すさまじい勢いでしたね。驚きました」
反射的に逃げたくなるような勢いだった。なので、思わず、逃げてしまったのだが。しかし、いったい誰の夢だというのか。
「うん、耳と尻尾とヒゲが出そうになったよ……」
「はい?」
「ううん、こっちの話。これからどうしよう……」
「他にも人がいるでしょうから、探してみませんか?」
鎮とともに丘を離れ、崩れた宮殿とは逆の方向に歩いていくと、近代都市のような場所へと出た。しかし、そこは建築途中のまま放置されたような荒れ果てた廃墟で、壁は崩れ、剥き出しになった鉄部分は赤く錆びている。人の気配はない。
「すごい場所」
鎮の呟きは尤も、シオンは同意し、頷いた。
「そうですね、これが夢でよかったです。精神世界とか言われたら、それはもう」
「怖いかも。でも、こういうのを夢でみるっていうのも……」
そんな会話を交わしながら、通りを歩く。錆びた看板や外れた扉、割れた窓ガラス、すべてが壊れている。
「うおあっ?!」
いきなり鎮が声をあげた。
「うおあ? なんですか、それは?」
「驚いたのっ。な、なんかいた、なんかいたよ、あそこ」
鎮は窓ガラスを指差すが、そこには何もいない。
「何も……」
からん。
何かが転がる音がした。もしかしたら、ハサミ男かもしれないと身構える。
「ねぇ、あなたたち、護符、使った人でしょう? ……あら、あなた」
予想に反して、建物から現れたのは知った顔だった。つい最近、枕の件をともに検証したティナ・リーがそこにいる。そのことを考えれば、彼女がそこにいることも、なんとなくだが、頷ける。狗神に護符を渡されたのだろう。
「こんなところで奇遇ですね。……あなたの夢ですか?」
「やめてよ。違うったら。ハサミ男に追いかけられてここまで逃げてきたの。あなたたちもそのくち?」
「ええ。彼女はティナ・リーさん。そして、彼は鈴森鎮さんです」
シオンは鎮とティナとの間に立って、そう言った。どうやらここへ至る経緯は自分と同じであるらしい。
「私ひとりじゃあいつをなんとかできないし、対抗する仲間を探していたのよ」
ティナは言う。
「でも、この人数じゃ……もう少しほしいところね。とりあえず、移動しましょう。さっきハサミ男が通ったの」
ティナが合流し、三人で通りを歩く。どうしよう、こうしようと意見は出るのだが、今ひとつまとまらない。
「だからさ、次に出てきたときは三人がかりでやっつけようよ」
鎮は強い調子で言う。確かに、三人でかかればどうにかなるとは思うのだが。
「ですが、あのシャキンシャキンという音を聞くと身が竦みます〜」
「躊躇いなく突っ込んでくるものね。あの勢いには負けるわ、確かに。反射的に逃げたくなるもん」
そのとおり。うんうんとシオンは頷く。そんな会話をしながら歩いていると、横道から青年と少女が現れた。一瞬、動きを止める。少女に顔には見覚えがあった。ティナと同様、ついこの間、枕についてともに調べた海原みなもだ。おそらく、狗神から護符をもらったのだろう。
「あ」
お互いに小さく声をあげたあと、みなもの下半身で蠢くいくつもの大蛇の頭を見つけ、改めて悲鳴をあげた。
出会った青年とみなもに事情を説明し、ここまでの経緯を話し合う。
青年の名はセレスティ=カーニンガムといい、やはり狗神から受け取った護符を使って、夢を楽しんでいたことがわかった。みなもも同様で、いろいろあってここへ辿り着き、そういう姿になっているらしい。が、大蛇は基本的に悪さはしないそうなので、とりあえず、安心した。
そして、今後について話し合ってみる。議題はもちろん、ハサミ男をどうしようかということ。
「結局はハサミを持っている男、本気を出せば勝てそうな気もするのですが、あの迫力には負けるのです」
腕をくみ、シオンはうーんと唸った。巨大なハサミを持っているだけの得体の知れない男。本気になればどうにかできるかもしれないが、あまり近づきたくはない相手ではある。
「何が怖いかってあの大きなハサミだよ。必殺くーちゃんすぺしゃるをやろうとしても、くーちゃん、怖がっちゃうし」
鎮は連れている小動物の頭を撫でる。犬でも猫でもなく、ネズミでもウサギでもない。不思議な小動物だった。
「とてもじゃないけど、あんなのに立ち向かえないわよ」
はぁとティナはため息をつく。
「なるほど、話に聞いているとかなり迫力がある相手らしいですね……」
「迫力があるなんてもんじゃないわよ。両手に持った大きなハサミをジャキン、ジャキン、ジャキンって交差させながら、躊躇わず真っ直ぐに向かってくるんだから。あの勢いに反射的に逃げ出すってもんよ」
まったくもってティナの言うとおりだ。思わず、うんうんと頷いてしまう。すると、みなもが小首を傾げながら言った。
「でも……それ、誰の夢の登場人物なんですか?」
「……」
お互いに無言で顔をみあわせる。そして、指をさしては滅相もないと横に首を振った。結果、誰でもないことがわかる。
「他にも護符をもらった人がいるということでしょうか……」
「私、たぶん、最後に護符をもらったんだけど、あいつ、五人の人に渡したって言っていたような気がする。私を含めて」
場にいる人数は五人。そうなると、護符を描いた東海堂か、護符を配った狗神の夢というように考えられる。
「じゃあ、狗神さんの夢ということですか? ……誰か狗神さんに会った人はいますか?」
みなもが問うと、ティナが小さく手をあげた。
「はい、私。会ったわよ。ハサミ男に追いかけられて、しばらく一緒に逃げていたんだけど……」
ティナの言葉はそこで小さくなり、途切れた。
「……」
「すでに、ハサミ男の餌食になってたりして……」
鎮が不穏なことを言うが、それも否定はできない。
「とりあえず、あのハサミ男をなんとかしないとゆっくりできないわ。あいつはこっちを見つければハサミを振りまわして追いかけてくるし、夢から醒める方法もわからないし」
「五人いればどうにかなるでしょうか……しかし、あの迫力には参ります〜と噂をすれば、あの音が……」
遠くから再びシャキンシャキンという音が聞こえてきた。
「生理的にくるものがある音ですね」
セレスティは苦笑いを浮かべるが、まさにそのとおり。シャキンという音が周囲に響き渡るその余韻がまたなんとも言えない。
「みつかるとこちらへまっしぐら、さらにくるものがあります」
うんうんとシオンは感慨深く頷いた。そうしている間にも音は近づいてきている。
「それで、どうするんですか?」
「もちろん、やるわよ。狗神の敵討ちよ!」
拳をぐっと握りしめ、ティナは言う。
「やられたんですか……?」
そうと決まったわけでは……というシオンの呟きは却下された。
作戦といえるほどのものを考える時間はなかったが、相手はひとり、自分たちは五人。数の上では勝っているので最悪、人海戦術というものが使える。
相手は見境なしに突撃してくるので、回避能力が高そうな人間が前衛に立ち、回避能力が低そうな人間は後衛という配置をとる。前衛は、みなも、鎮、そして自分。後衛はセレスティとティナということになった。
シャキンシャキンという音がさらに近くなり、通りにハサミ男が姿を現した。こちらに気がつくと、終始動かしていたハサミの動きを一瞬、止める。そして、シャキンシャキンとハサミを動かしながら、思ったとおりすさまじい勢いで走りこんできた。
「それじゃあ、必殺くーちゃんすぺしゃるを……え? やだ? しょうがないなぁ……とりあえず!」
鎮はすさまじい勢いで走りこんでくるハサミ男に対して腕を向けた。周囲を揺るがすような突風が吹きぬけ、ハサミ男は転倒するが、風は一瞬でおさまってしまう。すぐに立ちあがった。が、くらくらしているらしく、動きが止まっている。
「それでは!」
続くシオンが駆け寄ると、ハサミ男は即座に反応した。ジャキンとハサミを大きく開く。が、それでも転倒の衝撃からか動きにキレがみられない。シオンはハサミの一撃を屈んで避けるとハサミ男の側面に一撃を与える。勢いにハサミ男の手からハサミが離れた。
「シオンさん、右に避けてください!」
みなもの声に同調し、吹っ飛びかけるハサミ男に大蛇が牙を剥き、襲いかかった。ハサミ男は大蛇によって全身を締め付けられる。しばらくは動いていたものの、やがてがくりと力を失った。
「やりました……か?」
大蛇がハサミ男から離れる。地面に投げ出されたハサミ男は微かに動いた。
「あ、まだ、動いていますね……」
そのうち意識をはっきりさせてまた襲いかかってくるに違いない。縄があれば縛っておけるのだが、そういった道具は、ない。
「とどめ、さす……?」
どうしようかと顔をみあわせていると、セレスティの声が響き渡った。
「ああ、とどめはちょっと待ってください!」
「なんで? また起きあがってきちゃうよ?」
「その麻袋をとってみてください」
鎮は恐る恐るといった感じに手をのばし、麻袋を取り去る。
「え?!」
あらわとなった顔は、狗神のものだった。
「狗神さん……そういう趣味が……」
様子を見守っていると、狗神は小さく呻き、やがて瞼をあけた。身体を起こしたあとこめかみに手をやり、軽く横に首を振る。
「あれ、みなさんおそろいでどうしたんですか……?」
寝ぼけたような、なんともはっきりしない表情で狗神は言う。
「どうしたんですか、じゃないわよ。なんであなたがハサミ男になってんの?」
「え? ハサミ……?」
「そうです、このハサミですよ」
シオンは近くに転がっていたハサミを拾いあげる。そして、ジャキジャキと軽く動かしてみせた。
「ハサミ……ああ! そうだ、思い出した……ハサミ男に追われて、どうにか倒したんだ……それで、落ちていたハサミを拾って……そうだ、ハサミだ、ハサミを手にしちゃいけないんだ!」
そんな狗神の声が遠くに聞こえ……。
護符と同じ魔法陣に触れることで、夢から戻ることができると聞き、それぞれに別れを告げ、夢の世界をあとにする。
ハサミを持ったことにより狗神よろしく暴走したが、それは残りの四人がどうにかしてくれたのだが……しかし、目が醒めてみると、妙に身体が痛い。同じように夢を見ていた狗神たちはどうだったのだろうと次の日、某派遣会社を訪ねてみる。
「あ、いらっしゃい、シオンさん」
出迎えたのは東海堂だった。狗神の姿は見えない。
「あ、執事さん。こんにちはー。彼は……今日はおやすみですか?」
「ああ、それが、打撲らしくて……入院しているんですよ」
と、答えながら、執事さん? と東海堂は小首を傾げる。
「打撲ですか?」
「そうなんですよ。目が醒めたら全身が痛くて動けなかったそうです。病院に行ったら、全身打撲というか、すさまじい力で締め付けられたか身体を打ちつけたかとかで、とりあえず検査もかねて入院することになったそうで。今日は顔を出せないって連絡があったんですよ」
どういう寝方をしているんでしょうねと東海堂は言った。
が。
それというのは……。
「どうしました?」
「いえ、入院先、どこでしょうか?」
自分の一撃もきいているのかもしれない。とりあえず、お見舞いには行っておくことにした。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん(食住) +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】
(以上、受注順)
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■ ライター通信 ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、シオンさま。
遅れてしまって申し訳ありません。前回以上にまたひどい目に遭っているような気がしますが、これは夢なので……(おい)
願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。
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