|
試練と思惑と
◆与えられた試験
ファルス・ティレイラはがらんと開けた部屋の隅に立っていた。何の変哲もない部屋に見える。
20畳ほどの大きなリビングで、中央に小さなテーブルが置いてある。ティレイラが入ってきた扉と他2ヶ所の壁に窓がついているが、それ以外家具も何もなかった。そして、窓ガラスに映るのは、部屋の様子だけだった。
開けた、何もない部屋はどこか寒さを感じさせる。ティレイラはぶるっと身体を震わせた。
「これは武者震いなんだから!」
誰かに、他でもない自分に言い聞かすように、拳を振り上げて叫ぶ。
そう。これは、ティレイラの師匠であるシリューナ・リュクテイアの特殊な課題なのだ。
部屋の中央のテーブルの上に乗っている宝珠を取って来ればいい。
ただそれだけ。
簡単な課題のはずだ。
ごくりと唾を飲み込んで、ティレイラは一歩足を踏み出した。
ひゅんっ。
――――……トス。
目の前を横切っていった影を見るともなしに追う。
向かいの壁に刺さってゆらゆらと揺れているのは、細い矢だった。衝撃であっさりと折れそうなのに、壁に深々と突き立っているのは、ものすごいスピードで飛んでいったからだ。
あれがもし、自分に刺さっていたら……。
そう考えてしまい、ティレイラはさぁっと青褪めた。
「師匠っ! 私を殺す気ですかぁっ!!」
絶叫と共に、部屋の中へ猛然と走りこんで行った。足元を追いかけるように矢がトントントンと刺さっていく。
真っ直ぐ走ればすぐテーブルにたどり着くはずが、突如下から炎が吹き上げてきた。
「きゃぁっ!!」
悲鳴を上げて飛び退去る。ひらりと翻ったスカートの先に火が少し燃え移ったので、慌てて叩いて揉み消した。
「火、火ってことは、水……。水は苦手なのに!」
前の試験は水を作るのが目的だったが、今回は違う。苦手なものは別のもので打ち勝てばいい。
サバイバル。
ティレイラは自らの現状を正しく理解していた。
「いくら炎でも、私の方が強ければ吹き飛ぶのよ!」
得意の火系を特大呪文でぶつけ、火柱を相殺した。
◆シリューナの思惑
「なかなかやるじゃないか。」
別室で状況を見守っていたシリューナは小さく口笛を吹いた。
元々ティレイラは勘がいいので、実践形式の方が力を発揮できることは分かっていた。
どれだけ破壊してもいいように、部屋には強固な結界が張ってある。そして、それだけ強い魔法を使わないと突破できない強力なトラップを一杯仕掛けてあるのだ。
これからティレイラがどう攻略していくのか、考えるだけでわくわくする。
現に、シリューナの魔法攻撃を軽やかにかわしていく様は、カモシカのような敏捷さで、鳥のように舞い、肉食獣のように的確だった。
師匠として、弟子の成長は嬉しいものだ。そのせいで、ちょっとばかし過剰なトラップを仕掛け過ぎてしまうのだが、その辺は勘弁して欲しい。
黒く長い髪がひらひらと跳ねる様子を見て、次はひらひらスカートの戦闘服でも作って着せようかという気分になってくる。
「おや……。」
師匠バカなのか、ただの観客と成り果てているのか、シリューナは感嘆の溜め息を漏らす。
ようやくティレイラが中央のテーブルにたどり着き、置いてある宝珠を手にしたのが映った。
◆最後の課題
ティレイラは警戒しつつ、宝珠を手に取った。片手に乗るくらいの大きさで、虹色に光っていて綺麗だった。眺めていると、自然と笑みが零れてくる。
「……これで試験は終了なはずだけど。」
両手で包み込んで、ほっと気を抜いた。
その瞬間だった。
「うっ……!!」
指先から妙な波動を感じる。
やばいと思う暇もなかった。
必死で抵抗するも、既に技は発動してしまっていた。
「わわわわわっ!」
宝珠に触れた指先から、徐々に白銀化していく。このまま像になってしまうのも時間の問題だ。この呪縛を破って初めて試験に合格できるということなのだろう。
「師匠のバカぁっ〜〜〜〜!!」
それでもシリューナの思惑がどこにあるのか悟り、ティレイラはそう叫ばずにはいられなかった。
前回、石化させられたときの状況が走馬灯のように駆け巡る。思い出したくない過去だ。
「絶対負けないんだからっ!」
唇を噛み締め、ティレイラは闘志を燃やした。
◆シリューナの思惑2
「ようやく来たな!」
シリューナは思わず両手を組み、瞳を輝かせた。
宝珠に呪術をかけておいたのは、もちろんティレイラの反応を見て楽しむためだ。
シリューナにとっては、課題がクリアできてもよし。
クリアできずに、観賞用のオブジェが出来てもよし。
いずれにしても心躍る見世物に他ならないのである。
ティレイラが必死に白銀化の呪術と格闘しているのが分かる。当初発されていた喚き声はすぐにやみ、ものすごい集中力を見せていた。
この呪術を跳ね返せたら、もちろん褒めてやろう。久しぶりに優しく笑ってやるのもいいかもしれない。
もし、失敗したら。
今回はどうしてやろうか。
白銀に輝く身体に相応しく、ドレスを着せて、まるでお姫様のようにしようか。
美の女神のように装うのも見目麗しい。
下半身を魚に変えて、人魚姫にするのもいい。
近い未来を想って、シリューナはうっとりと未だ格闘中のティレイラの姿を眺めた。
さて、運命の結果や如何に――――……。
* END *
|
|
|