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【 いくぜ! 世界征服への道 〜ナスビ部隊結成式〜 】
某日、昼下がり。昼食をとり終えて、そろそろ眠気も襲ってこようかという時間。まったりすごすには文句なしの陽気だが、まったりすごそうとしない少女が一人。
「……世界征服……したかったのぉ」
見た目を裏切らない年齢の少女がぽつりとつぶやいた一言は、あまりに年齢に合わないものだった。
いや、むしろあっているのかもしれない。少女はまだ六歳。夢を見る年頃である。そうなれば、幼き日に「世界征服が夢」と言うのもおかしな話ではない。
しかし、夢で終わろうとしないのが、彼女――本郷源である。
先日、なんでも願いを叶えてくれるという星に出会ったとき、一言目に口にしたのが「世界征服」だった。六歳の少女であったのならもっと、おもちゃがほしいとか、おかしがほしいとか、かわいらしいお願いごとがでてこよう。
源は違う。
彼女はいつでも「本気」だ。だからこそ、こんな陽気のいい昼下がりに――
「やっぱり、世界征服したいのぉ」
どこか年寄り臭い口調でつぶやいているのだ。
「よし! 決めた! 源は世界征服を実現させる! これは決定事項じゃ!」
「……昼間っから、なにくだらぬことを叫んでおる……」
呆れたような口調で突然姿を現したのは、あやかし荘の「薔薇の間」に生息している座敷わらしの嬉璃。
「ぬ、ぬし! いつからそこにおった!」
「さっきからぢゃ」
「そうか、嬉璃えもん! わしの世界征服のために力をかしてくれるのじゃな! そのために現れたのであろう! そうであろう、そうであろう」
現れた座敷わらしの肩をぽんぽんたたき、ご満悦の様子。勝手な解釈もいいところ、だが、なんだか源の言っていることは面白そうではあった。
退屈しのぎにはいいかもしれない。どうせ、世界征服なんてできるはずがないのだから。
「えもん、はつけんでいい。それよりも、その世界征服とやら、具体的には、何をするつもりなのぢゃ?」
「おお! 手伝ってくれるのか、嬉璃えもん! この本郷源、言い出したからには、最後までやりぬく決意じゃ!」
「だから……具体的には……?」
一人盛り上がり、握りこぶしを作って勢いよく立ち上がった源を、冷めた目で見つめる嬉璃。
◇ ◇ ◇
「まずはやはり、直属の部下が必要じゃな!」
言いながら源が見つめる視線の先は、もちろん嬉璃がいる。視線が意とすることを感じ取ったのか、嬉璃ははっきりと告げる。
「わしはいやぢゃ」
「ぬっ!」
やはり、そうだったか。と、心の中でため息を漏らす嬉璃。源はまず一番に、直下直属の部下の一人に嬉璃をと思ったのだろう。しかし、彼女の考えていることをあっさりと見抜き、否定。頼むことすらさせてくれない。
「じゃが……常春の王国の王子のような、直属の部下がほしいのぉ……」
「だったら、部隊でも結成すればよいぢゃろう?」
「部隊?」
「そうぢゃ。源の言うことを忠実に聞き、源の好みで結成した部隊ぢゃ」
「なるほど、それはよい案じゃ!」
源は思い立ったが吉と言わんばかりに、すぐにその場から駆け出し、どこかからか分厚い本を持ってきた。
「なんぢゃ? それは?」
「名簿じゃ」
「なんの?」
「実家の使用人じゃ」
過去に本郷家に勤めた者。今も本郷家に勤めている者。その全てのデータがずらっと並べられている分厚い本に、真剣に目を通す源は、容姿を裏切る大人っぽさを感じさせる。
まぁ、こんな大人がいたら、嫌だが。胸中でだけそんな一言を付け加えながら、感心した様子を全面にだし、嬉璃は名簿を後ろから覗き込んだ。
源は気に入った者が目に入ると、すぐにチェックをし、リストアップしていく。
こうして――名簿とにらめっこすること、数時間。
「完成じゃ!」
ずらりとリストアップされたもの、総勢三十名。その中から、さらに正規部隊と補欠部隊に分けられていた。
「選んだ規準はなんぢゃ?」
素朴な疑問だろう。もらした嬉璃の一言に、源は自信満々にこう答える。
「源の趣味じゃ!」
選ばれた者は、かわいそうに。
思わず、口を割って出そうになったが、何を隠そう、部隊を編成しろと言ったのは自分だ。ここで、部隊を否定してしまったら、間違いなく自分が部下にされる。それだけは避けたい。
ここは、使用人たちを多大なるいけにえとして、自らは逃げたほうがよさそうだ。
「さっそく連絡して、呼び寄せるのじゃ!」
年相応の笑顔の下に潜む、策略の思考。源の野望はどんどん膨らんでいくばかりだった。
◇ ◇ ◇
さてさて、あれから数時間の時間がすぎて。
「みな、集結はすんだようじゃな。わしがみなの主となる、本郷源じゃ。これからぬしらには、わしの直属の部下となってもらい、部隊を編成してもらう」
何の用事かもわからずに呼びつけられた使用人がほとんどだ。しかし、本家のお嬢様ともなれば、反論のしようがない。だまって言うことを聞いているのが、一番だろうと誰もが判断した。
「まずは、口は常にこうするように!」
一段上に上がっている源が、集まった青年たち全員に見えるように、左右に動きながら口を丸く作る。
「丸くするのじゃ」
言われている意味がよくわからなかったが、青年の中の一人が試しに口を丸くしてみると。
「そうじゃ! あの者のようにぬしら全員やるのじゃ!」
全員口を丸く作った。
「よし、次は全員に眼鏡をかけてもらう。すでに渡してある眼鏡を、全員かけるのじゃ!」
これは簡単な命令だったらしく、遅れる者一人なく、みな眼鏡を装着する。一見統率が取れているように見えた今の動きに、大層機嫌をよくした源が、隣にいる嬉璃に視線を向けて「みな、いい子じゃ」としみじみつぶやいた。
嬉璃は子どもにしか見えない座敷わらしなので、ずらりとならばされている青年たちには姿が見えていない。だから、源が突然視線を変えたことを、不思議に思った者もいたようだ。
「なんで、若い男どもなのぢゃ……?」
男は嫌いだ。別に彼女がやっていることなのだから文句はないが、せめて女も中に入れればいいのにと、心底思う嬉璃。むさくるしくて仕方がない。
しかし、みな見惚れるほどの男前ばかりそろっている。容姿端麗とは、まさにこのことを言うのだろう。
眼鏡をかけたものだから、頭脳明晰にも見える。源が選んだ男たちなのだから、頭脳も明晰に違いないだろうが。
「そして最後は、髪型じゃ!」
源がパチンと指を鳴らすと、そこにいる青年と同じ数、もしくはもう少し多いぐらいの人々が入ってくる。これも実家の使用人だろう。
くしとはさみを持って、一人ひとりずつ青年たちの後ろにつくと……
「はじめるのじゃ!」
本人たちの有無を言わさず、髪型を変更させ始めた。
待つこと、十数分。
「……すてきじゃ……」
相撲の大銀杏のような不思議な髪型の集団が生まれた。例えるのであれば、そう、茄子のヘタのような。
思わず噴出す嬉璃。
「なんぢゃ、これは!」
「名づけて、『ナスビ部隊』じゃ!」
びしっと明後日の方向に指をさし、高らかと宣言した源は、とても気分がよさそうだった。
ふと、そこに。
「……源様」
挙手をして意見をさせてほしいという男が一人。源は見てすぐに、その男が一番最初に選んだ者だと言うことに気がついた。
「なんじゃ?」
「我ら、ナスビ部隊は何をする部隊なのでしょうか?」
「よい質問じゃ! 答えて進ぜよう。わしのナスビ部隊は、わしが世界征服をするために力を貸し、わしに絶対服従を誓う忠誠心の強い者たちじゃ!」
「……世界征服を?」
「そうじゃ。もちろん、給料は払う。わしの可愛い部下たちじゃからな」
給料を払うという一言に、進言してきた男の口元が、どこか上がった気がしたのは――嬉璃の気のせいだっただろうか。
「よいか、みなの者! わしらはこれから、世界征服への道を行くのじゃ!」
あっけにとられて、声もでない青年たち――いや、ナスビ部隊。しかしその中で、進言してきた男だけは違った。
「では、源様、我らナスビ部隊は、貴方様に絶対服従を誓います」
一段高い位置に上ってきたその男は、源の手をとり手の甲に口付けて誓いを示す。その男に、とりあえず同調して、「誓います!」とあちこちから声が上がってきた。
「よし、ではぬしにナスビ部隊の隊長を命じる。よいな、わしの命令に背いたときは、いろいろなものがその後どうなるかわからないということを、しっかりと部隊のみなに伝えるのじゃ」
「はっ」
嬉璃は、その男が気持ち悪いぐらいに忠誠心を見せるものだから、一瞬源に「ほの字」のロリコンか何かかと思ったが。
「では、わしは部屋に戻る。結成式は以上じゃ!」
「お疲れ様です。源様」
綺麗に声を揃えてそう言ったナスビ部隊諸君。
源がその場を去った後、隊長を命じられた、先ほどの男がポツリと
「……金もらえるし、茶番に付き合うのも面白そうだから、いいんじゃないか?」
一言つぶやいた。しかし、すぐそばにいた男は否定的だった。
「口の形を持続させるのと、この髪型はなぁ……」
「ま、いーんじゃないの? お嬢様のお遊びに、付き合おうぜ」
「……付き合うしかないし……」
現実として、源の命令に背いた場合は、即刻クビ。それだけですめば、いいほうだ。だとしたら、隊長の言うとおり、恥を捨て茶番に付き合ったほうがよいだろう。
「世界征服。おもしろそうじゃん」
にっと口元を上げて、いたずらな笑みを浮かべる隊長に、嬉璃は少しだけ自分と同じようなものを感じたのだった。
暇つぶしには、ちょうどいい。
かくて。
本郷源と座敷わらしの嬉璃のコンビが、源私設『ナスビ部隊』が結成され、世界征服への一歩を踏み出したのだった。
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ライターより。
はじめまして。この度は発注ありがとうございました!
ライターの山崎あすなと申します。
強引に自分の夢を掴むべく、突き進む源さんの姿、とても楽しく描かせていただきました。
ナスビ部隊の隊長は、ちょっと一癖ありそうなキャラにさせていただいてしまったのですが…よかったでしょうか(苦笑)
NPCの嬉璃さんとのからみは、まさにぼけと突っ込みを目指し、嬉璃さんには突っ込み役に徹していただきました。
楽しんでいただければ、光栄です。
それでは失礼します。
また、お会いできることを、心より願っております。
山崎あすな 拝
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