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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


働く万年筆 −三下さんの受難6−
●始まり
「どうして俺がクビなんだ……他にも仕事ができないヤツが沢山いるのに……」
 ぶつぶつ言いながら夜道を歩いていく男性の後ろを姿を、つい三下忠雄は目で追った。
 瞬間、ころころと男性のポケットから万年筆が落ちたが、男性はそれに気がつかない。
 三下はそれを拾って渡してあげた方がいいのかな、と少し考えた後拾って前方をみると、すでに男性の姿はなかった。
「困ったな……」
 心底困ったような顔をし、三下はそれを胸ポケットにしまった。

「リストラを苦に飛び降り自殺、か……」
 最近こんなのばっかりね、と碇麗香は小さくため息をついた。
「編集長、俺リストラしないでくださいよー」
「給料分きっちり働いてくれればしないわよ」
 茶化したような声に答えつつ、時計の針をにらむ。
 針はまだ始業の時間をさしてはいない。それでも働いている者達はいる。夕べここに泊まった者もいる。
 さて、次の仕事を……と思っているところへ思い切りドアが開く音が聞こえた。
「おっはよーございます!」
 張りのある大きな声が響き、しかしその声は聞き覚えがあり、そんな声を出すような人物ではなかったはず、と麗香は戸口を見つめた。
 そこにはハツラツとしたオーラを醸しだしている三下の姿があった。
「どーしたの三下くん……」
 呆然とする麗香に、三下はにこやかに答える。
「仕事をしに来たんですよ。今日も一日頑張りましょう!」
 熱でもあるんじゃないかしら? と額に手を触れてみるが、熱くはない。
 絶対三下さん今日おかしいよ。また何かにとりつかれたのかな? というひそひそでもない声が編集部内のあちこちで聞こえる。
「仕事頑張ってくれるのはいいけど……なんか気持ち悪いわね」
 麗香は顔をしかめた。

●本文
「勤労意欲芽生えている三下君も、それはそれで喜ぶべきだと思いますが…」
 心配そうに三下を見つめるセレスティ・カーニンガム。その横で真名神慶悟が他人事のような顔でニヤニヤ笑う。実際他人事ではあるが。
「確かに妙だが仕事をする分には問題はないだろう?」
 気持ちが悪いのはわかるが、一緒に仕事するわけじゃないからなぁ、と呟く。
 それに麗香はため息をつきながら、自分の事を言われているとは露とも思わない軽快さで仕事を進めている三下の後ろ姿を見る。
「仕事が捗るのはいいけど……。ま、これが解決するまで有効に活用するとするわ。…ちょっと三下君! こっちのこれもお願い」
「はいっ、わかりました!」
 いつもの三下からは想像もできないような、快活とした返事。
「えっと……三下さんに男性が被って見えるのは…私だけ?」
 しばし瞼をこすりながら言った寒河江深雪に、俺にも見えるな、とあっさりと慶悟が返す。
「大方また何か拾ってきたんだろう。体質的にも好かれるからなぁ、そういった輩に」
 祓うのは簡単だが、今日の仕事くらいやらせるか、などとやはり他人事で好き勝手に言っている。
「憑依霊……? でも…今日の三下さん、格好良いですね。真剣に仕事している男の人って…とてもステキに見えません?」
「普段が普段なだけに、格好良いというより不気味だな」
 紙類を扱っている為、編集部内は禁煙。慶悟はくわえ煙草のまま曖昧に笑う。
「急に変化すると何処か不自然に感じますから、その気になるところを一日一緒にいて観察すれば、気づく事もあるのではないでしょうか」
 セレスティはいつもと違う三下を見つめた。

「これ、印刷所の方へまわしてください。あ、それとこれは一部訂正で。そっちは校正まだです」
 てきぱきと仕事をこなしていく姿は、いつもの三下とは大違い。
 みなこのままでもいいんじゃないか……とひっそりと思う。しかしいつもの三下の雰囲気で和む事も多い。締め切り前ともなると殺伐とした空気になる部屋の中で、三下の存在は貴重だった。それがないのは辛い。
「性格の豹変は何か良い事があったか…或いは何かに憑かれたか」
 まぁ、憑かれているのは明白だが、と茶化したように言いながら、それでも瞳は真剣そのものだった。
「重なっている男性の顔、どこかで見た事ないですか?」
 深雪の言葉に二人は首をかしげる。どこかで見た気がするが、知り合いではない。
 ごく最近みたようで、しかし記憶の影に薄い。
「三下、昨日何かかわった事はなかったか?」
 単刀直入な慶悟の問いに、三下は首をかしげる。
「かわった事ですか……? あ、昨日万年筆を拾いました。持ち主がすぐに見えなくなってしまって、返せないままですが」
 言って胸のポケットを叩くが、それを出す事はしない。
「見せてもらえないでしょうか?」
「人の物ですから」
 駄目です、とセレスティに断る。その姿を見ておかしい、と感じる。
 拾った物で、持ち主に返していないが、人に見せるくらいしてもいいのではないだろうか。しかし頑なに拒否する態度をみせた。
「媒体はそれか……」
「拾ってから何かかわった事、ありませんでした?」
 やんわりと口調で、微笑みながら深雪に訊ねられ、三下は困ったように後頭部をかく。
「今朝背広を着てから、妙に頭の中がすっきりして仕事をやる気になったんです」
「その背広には万年筆が入っていた……」
「え?」
「なんでもありません」
 つぶやきを聞き返されて、セレスティは見事な微笑みを浮かべてかわす。
「万年筆は祝いの品として使われ、携行しておく代物故に想いが強く宿る。何かしらの想念が宿り、手にした者に影響を与えても不思議ではない。碌でもないものなら供養するのが一番だ。年経し物は使い勝手は良いかも知れないが…持ち主を選ぶ。失望させると……大変だぞ?」
「嫌だな、真名神さん。大丈夫ですよ……自分のですから……」
 苦い顔をしながら三下は笑い、最後に小さな声で付け足した。
 しかしそれは3人の耳には届かなかった。
「お仕事お疲れ様です。少し休憩なさいませんか?」
 お茶を湯飲みに注ぎ、三下の机の上におきながら深雪はにっこりと微笑む。
 それに三下は少し照れたように腰をおろした。
「ふふ、本当にお仕事が好きなんですね☆ 自分の好きな分野で仕事をやり遂げて、周囲に認められ…男の人にとって仕事ができるというのは人生にとって重要なファクターなのでしょうね」
「……仕事がすべて、そうやって今まで生きてきた。だからこれしか知らないが……」
 口を開いた三下の表情が沈痛な面持ちへとかわる。
 その様子にセレスティと慶悟も視線を向けた。
「一生懸命仕事しても、功績は上司の物。へまをすれば全て俺の責任……。他にも仕事ができないヤツがいるのに、どうしてたった一回の失敗で……」
 膝の上で組まれた手に、段々と力がこもっていくのがわかる。
「どうして俺がリストラされなきゃならない? 18で入社して、ずっと会社の為だけにやってきたのに!」
「お、おちついてください」
 困り顔で深雪が声をかけるが、すでに届いていないようだった。
「意気揚々といつも通りに仕事にいき、いきなり部長室に呼び出されたかと思えば、今までよく頑張ってくれた、ありがとう、なんて言葉ととも肩なんか叩きやがって!」
 拳を握ったまま三下がたちあがると、それを同時に室内の紙が舞い上がり、ポルターガイストが引き起こされる。
「俺にできる事、といったら、会社へのあてつけに死んでやる事くらいだ! 遺書を残してな。会社の事をあらいざらい暴露してやる! はした金で俺の口を封じたつもりだろうが、そんなものしったことか!」
 段々と三下の顔が変化していき……顔そのものが変化しているわけではないが、上にからマスクを被ったかのように、三下の顔が別人になっていく。
「思い出しました。彼は、ニュースでやっていた」
 ようやくそこまできてセレスティが思い出す。
 先ほどニュースでやっていた、自殺した男性の顔だった。
「いつもいつも勝手な事いいやがって! 何が今までよく頑張ってくれた、だ!!」
 声がどんどん大きくなる度に、ポルターガイストの勢いもましていく。
「なんとかできないのっ!?」
 麗香の声に、慶悟の呪言がとぶ。
 瞬間、とんでいた物が重力の影響を受けてそのまま地面に落下。
 麗香の頭上にも物差しやらペンがボタボタ落ちてきた。
「できるなら最初からなんでやらないのよ」
「いあ、ストレス発散になるかな、と思ってな」
 という慶悟達の周りには、ちゃっかり結界がはってあったりする。
 三下は見えない紐で縛られているかのように、その場に立ちつくしていた。
「まぁ、座れや」
 慶悟が肩をつかんで、半ば強引に座らせる。
「貴方が無茶をしなければ、こちらも手荒な真似はしませんよ」
 にっこりと微笑んでいるが、セレスティはすでに三下の身体の中の水分で構成される物質は、全て支配下においていた。
「とりあえず、お話しませんか?」
 人好きするような笑みで深雪が三下の横に座った。

「昨日突然リストラされて、そのまま自殺、ですか……」
 顔を曇らせて、セレスティは三下の顔を見た。
「なんでそう簡単に自分の命を奪うかな」
「その時は……それしかないと思っていたから…」
「会社一本で生きてこられたんですもの、仕方ない事ですよね」
 ぷち悩み相談室のようになりながら、三下の中の男性はだんだん落ち着いてきたようだった。
「たまたまこいつが俺の万年筆を拾っていて。飛び降りて意識がなくなった後、ここにいたんだ」
「想いが残ったもの故に、か」
 ため息混じりにいった慶悟の前で、三下は薄く笑った。
「ちょうどこいつ、あまり仕事ができないみたいだったからな。俺の方ができるから、ここにとっては良い事だろうよ」
「大きなお世話よ」
 男の言葉に、麗香が仁王立ちになって腕を組み、頭上から見下ろしてくる。その目には侮蔑がこめられているようにも見える。
「確かに三下君は仕事できないけど、できないなりに一生懸命だし。人を見下したような事はしないわ。その協調性のなさが、会社の中で浮いていたんじゃないの?」
「れ、麗香さん」
 そのものずばりな麗香の言い様に、深雪は困ったように手をばたつかせた。
 それに男は拳を握りしめて、唇をかんだ。
「こ、ここでいくら頑張っても、それは三下さんの評価にはなりません。確かに貴方が入ってお仕事は捗るかもしれませんが、それでは、霊の力を借りてしか仕事がこなせない男…というレッテルを貼られるだけです。正当に評価されない辛さ、貴方は…お判りになりますか? 志半ばでさぞ無念だと思いますが、彼自身に、ちゃんと仕事をさせてあげてください!」
 フォローをいれるつもりで言い始めた言葉に、熱がこもる。
 三下は確かに冴えない男で、仕事もパキパキこなす方ではない。しかし地道に、そして確かにこなしていく。失敗も多いが、それを「仕方ないな」と思わせてしまう人柄。そういうところ全てをひっくるめて、皆三下の事が好きだった。
「あんたの居場所はもうないんだ、それは頭のいいあんたの事だ、十分理解しているだろ? 道しるべは作ってやる。どうする?」
 あがる気がないヤツを、無理矢理あげることもできるんだぞ、と暗に込めつつ慶悟は親指で上をさした。
「どうして仕事ができるだけじゃダメなんだ。会社なんて成績だろう、業績だろう! 人間関係なんてどうでも良い事じゃないか! 俺はきちんと結果をだしてきた。それなのに!!」
「それは違いますよ」
 大財閥を束ねる総帥でもあるセレスティが、穏やかな口調で語る。
「会社も人間関係は大事です。働いているのはコンピューターではなくて、同じ人間なんですよ。そこには様々な感情が渦を巻いています。……本当に仕事ができる人、というのはその全てを大事にして、尚、結果を出せる人のことを言うんですよ」
 企業人としてのセレスティの、穏やかだが迫力のある表情に、男は押し黙った。
「転生して、また新たに命得て。その時人間の男性だったら、私のところにいらっしゃい」
「……」
 にっこりと微笑んだセレスティをみて、男は項垂れた。
「それじゃ、いくか」
 ぽん、と手を伸ばして慶悟は三下の肩を叩き、印を結ぶ。
 慶悟の口から低い声音で呪言が漏れる。
 そしてゆっくりと頭上から光が降り注いできた。
 すぅっと音もなく三下の身体から男性がぬけていく。
「お元気で」
 深雪が手をふると、初めて男は笑った。
 それが最初で、最後の笑顔だった……。

●終わり
 残された三下は、ぐったりとした様子でソファにもたれていた。
「大丈夫ですか、三下さん……?」
 横にいた深雪が三下の身体にふれた途端、深雪はびくっと身体をふるわせて少し距離をおいた。
「すごい熱です」
「……まさか働きすぎて知恵熱がでた、とか言わないよな……」
「可能性がないわけないと思いますが……」
 おいおい、と呟いた慶悟の横で、セレスティが苦笑する。
 とにかく休憩室に運んで、と男性陣が持ち上げ、布団の上に寝かせた。
「氷枕とおでこのひえるヤツです」
 最近出回っている額にぴったりとはりついて落ちないものだ。それを三下の額にはりつけ、頭の後ろに氷枕をおく。
「しばらく寝てれば治ると思いますが……」
 心配そうに掛け布団を三下にかぶせながら深雪はのぞき込む。
「まったく、すぐにとりつかれて、迷惑かけるんだから……」
 見下ろしている麗香の表情は、口調とは裏腹に優しげなものだ。
「しかし、あんな約束しちまって大丈夫なのか?」
「あんな?」
 慶悟に問われてセレスティは首をかしげた。
「転生したらこい、って話」
「ああ、あれですね。……きっと大丈夫だと思いますよ」
 曖昧な笑みを浮かべたセレスティに、慶悟はそれ以上つっこむ事はしなかった。
 この業界に入って長い。飽くほどの寿命を生きているヤツも知っている。だからあえて問い返さなくてもいいことだ、と。
「さてと、そろそろラクロスの練習時間になるんでいきますね」
「今日はオフじゃなかったんですか?」
「練習日は仕事じゃなくても。頑張らないと」
 にっこり笑顔を残して、深雪は編集部を後にした。
 そして熱に浮かされたままの三下をそのままに、二人もそれぞれの仕事へと戻っていく。
 『仕事』というものがなくなった時の自分を、少し考えながら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0174/寒河江・深雪/女/22/アナウンサー(気象情報担当)/さがえ・みゆき】
【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、夜来です☆
 またまた三下さんの受難でした……彼はこれからどれだけの受難に悩まされていくのか(笑)
 深雪さんお久しぶりです☆ 設定の欄とか結構変わっていて、おお、と思いながら読ませて頂きました。内勤になっちゃったんですね。ちょっと残念です。でもラクロス頑張って下さいね。
 セレスティさん、慶悟さん、いつもいつもありがとうです♪
 私も色々頑張っていきますので、これからもよろしくお願いします。
 それではまたお会いできる日を楽しみにしています。