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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


罪人の歌

 餓え。求め。惑う。
 どれもが同じく自分の中にある。それは強く、弱く明滅しながら、確実にその邪悪な瞳孔を開いていた。その目が見つめるのはひとつ。あの可憐な笑顔の持ち主。未だ答えを出せぬままの問いを問うた人。
「明日奈さん……僕は――」
 どうすればいいと言うのだろう。あの日、夏祭りの花火の下で言われた言葉が胸を打つ。細く長い針のように、深い部分を容赦なく突き刺さす甘い誘い。
「……まずい、このままじゃ。耐えられなくなる」
 僕は淫魔。永遠に精気を求める種族。それは血の呪い。人として生きようとする者にとっての足枷。外すことなど不可能――。知っているからこそ、更に増してしまった欲望を抑える自信が失われていくのだ。
 風が舞う。結い上げた黒髪を明日奈がそっと右手で整える。まるで幻惑のように記憶に残るシーン。学校に通う道で花を見るだけで思い出し、黒板につづられた「明日の日直」という文字すら、彼女の姿に変化してしまう。誰かが持って来た花束が花瓶に飾ってあった。その中には、あの時枯らしてしまった花。僕は授業中なのも構わず、教室から逃げ出した。

『あなたが幸せであって欲しいと思うのです』

 枯れてしまった花が問いかける。耳にこだます。
 僕は走った。家へと。逃げられない幻聴を伴なって、制服のままベッドへと潜り込んだ。耳を塞いでも、叫んでも追いすがる声。渇望する邪まな悪路。素敵な人だと思った。なのに――なのに、自分が今彼女に感じているのは食欲。精気を食みたいと願うだけの心。
「こんなの僕じゃない……僕じゃない!!」
 打ち震え、僕は半ば意識を失うようにして眠りに落ちた。自室にはまだ夏の陽射しが差し込んでいた。太陽は誰の心が暗く沈もうとも、平等に光を与える。それは嬉しくも、哀しい。本当に精神が痛んでいる時に必要なのは闇かもしれないから。

 ――――夢を見ていた。

 そこは一面の花畑。薄桃色の花びらが風もないのに、雪のごとく降り積もる。その中で、誰かの長い黒髪が揺れていた。誰なのか知らない。知っているはずなのに知らない。心が求める者だとだけ、知っている。僕は手を伸ばした。一心に黒髪の主に向かって腕を伸ばした。
「僕は……」
 声ではない。存在に気づくようにして、その人は振り向いた。顔を見ることは出来なかった。なぜなら、僕の視線はただ一点に固定されてしまっていたから。白い首筋へと。
 唇を噛み締める。血の味。夢だと分かっているからか、現実世界で自分を抑えていたものはもう存在しなかった。ゆっくりとその首筋へと近づいた。吸い込まれるように顔を近づけると、甘い香り。震える唇を肌に這わす。夢の中であるはずなのに、甘い蜜の味が広がった気がした。
 まるで心地よい歌の調べ。胸に詰まっていく甘露。充足感――。

「――ん…………夢見てた? …あ……!!」
 体が軽い。すでに朝。夕刻に眠りについて、それから熟睡してしまったらしい。最近は喉の渇きに眠れず、夜中何度も起きていたのに。違和感に気づいて、僕は鏡の前に立った。一気に青ざめた。
「け、血色が良くなってる……体が…軽い」
 悪い予感に引いていく血の気。なのに、明らかに昨日よりもイキイキした肌。僕は先ほど見ていた夢を思い出そうとしたが思い出せない。深くこの変化に関わっていると本能が教える。
 信じたくなかった。そんなことが僕にできるなんて思いたくなかった。
 けれど、夢の中でさえ求める。それが彼女自身でない事実。糧としてのキミ。僕は自分を見失いそうになっていた。
「確かめなければ……」
 独白は爽やかな朝には似つかわしくない響きで、窓ガラスを震わせた。

                     +

 すっかり日が落ちて、残光が長い影を道路に作り出している時刻。私は店先の花達に水をやりながら思い出していた。
 夏祭りの日。手をひいてくれた都昏くんをとても純粋な人だと感じた。照れくさそうに下を向く姿を見る度に、胸が暖かくなる気がした。だから、願わずには、言わずにはいられなかった。「糧にして欲しい」と。
 等価の符号で結ばれている互いの願い。そう思っているのは私だけなのでしょうか?
 言葉を交わし、苦しそうな表情に思わず伸ばした腕。握り締めた両手は確かに暖かくて――。人のそれとどこが違うというの?
 金の瞳。真実を貫く色。多分彼は気づいていないけれど、彼の瞳は嘘をつけない。まっすぐで純粋。困惑も疲労も戸惑いも悩みも、本当はすべてあの瞳の中に揺らめいて、光を放つ。私はそれに気づきたいと思った。

 凪ぎ。風が止まって、アスファルトに溜め込まれた太陽の熱が足元から空へと昇る。
「都昏君……あれからどうしたのでしょう。花火楽しかったかしら……」
 喋っておいて、本当はそんなことを考えていたのではなかったと苦笑した。言葉と裏腹な自分の心。先ほどまで思い出していた夏祭りでは既になく、彼がここ2日ほど姿を現さなかった事実でもなく、今朝方見た夢のことだった。
 覚えているのは熱い唇の感触。
 はっきりと目に焼きついている彼の深赤の髪。風に吹かれ肌をくすぐる。
 夢で口付けられた首筋。手を翳すとわずかに熱を帯びている気がした。私はそこに触れて、頬が赤く染まっていることに気づくのに時間はかからなかった。頬に両手を当てて、困る。
「夢なのに……」
 体がダルイのはそのせいだろうか?
 彼に分け与えてあげられるモノがあるなら、体力を奪われても差し出したい――そう、あの日伝えた。彼は困惑の表情で「時間が欲しい」と言った。そのはずなのに、夢の中に現れた都昏君はまっすぐに私の首筋へと近づいた。
 鮮明に夢を思い出せるのは、忘れたくないから?
 そんなことをぼんやりと考えていたら、突然茜色の世界が暗転した。
「やだ…立ちくらみ……なの…?」
 眩暈。足は力を失い、私はその場に座りこんでしまった。すぐに立ち上がろうとした時、声が飛び込んできた。それはひどく懐かしく鼓膜を振動させた。
「明日奈さん!!」
「…つ…都昏……君…?」
「大丈夫? 立て…ますか?」
 どうして今ここに彼がいるのでしょう。不思議な偶然に嬉しくなった。支えてくれる腕はこんなにも頼もしい。そして、一目彼を見て私は確信した。と同時に安堵に胸を撫で下ろした。
「都昏君ありがとう。よかった、この間よりずっと元気になったみたいですね」
 私はきっと夢の中で彼に精気を与えることができたのだ。だから、彼ははっきりと血色の良い顔をして、私の前に立っている。安心して頬が緩んだ。
 けれど。
 微笑む私に背を向け、返されたのは別離の言葉。
「――もう、会わない。……ごめん」
 どうして?
 突然の展開。疑問を声にする前に、都昏君の背中は遠ざかっていく。繰り返すのは謝罪の響き。問いへの答えが今、返されたのだ。花達が私の変化に気づいて声を掛けてくれる。それに気づいても、何も言えなかった。
 角を曲がり見えなくなった彼の背中。視線は見えなくなっても追い続けた。胸の鼓動が早まる。その意味を知らないままに。 

 私は夢の中で、彼の瞳が自分を映していなかったことを、今更のように思い出した。


□END□

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 こんにちは。ライターの杜野天音です♪
 再び、都昏君と明日奈さんの物語を書かせて頂けてありがとうございました。今回は渇望の果てと、明日奈の気持ちの転機という感じでした。都昏君もこんなことで悩む必要がなかったら、もっと素直に会いに行けたはずなのに辛いですね…。
 夢の中でさえも求める。都昏君自身、明日奈さんを個人として見ていたい気持ちが強いと信じたかったのでしょうけれど、こんな結果に。
 お受けしているシングルは期限ギリギリで受理する予定です。おかげでこの後の展開まで把握できましたから、このノベル自体書きやすかったです。それを踏まえ、都昏君視点が多くなっております(*^-^*)
 それでは素敵なふたりに出会えて嬉しかったです。発注ありがとうございました!