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<東京怪談・PCゲームノベル>


闇風草紙 〜休日編〜

□オープニング□

 僕はどうしてここにいるんだ……。
 逃げ出せばいい。
 自分だけ傷つけばいい。
 そう思っていたのに――。

 関わってしまった相手に心を許すことが、どんな結果を招くのか僕は知っている。
 なのに、胸に流れる穏やかな気配。
 僕は、僕はどうすればいいんだろうか?
 今はただ、目を閉じて声を聞く。
 耳に心地よい、あんたの声を――。


□身悶えの秋麗ら

 鍵の開く音。開くドア。その先に電灯が灯ってはいない。僕は不思議に思った。すでに暮れ果て、空には月が見え隠れしている時間。周囲を見渡せば、仄明るく灯された家々の窓明かり。
「誰もいないのか?」
 思わず問った。世間の常識がどうだかは知らないが、大人とは言えない少女が帰る家に誰もいないなど、普通にあることなのだろうか?
「両親は不在です。いつものことだから……。ほら、入って下さい。玄関の電気付けますから」
「あ…うん」
 淡いクリーム色の壁。整えられた室内はシンプルな家具と小さな絵。僕は実家との違いに目が泳いだ。彼女に視線を戻すと、キッチンの辺りで買い込んだ食材を白い箱に詰め込んでいる。僕の知っている部屋は、無意味に飾り立てられ、興味のない美術品が主然と置かれている。そこに心を安堵させる要因はなく、柔らかなベッドだけが暖かいと感じていた。でも――。
「あったかい……」
「…? 何か言いましたか?」
「いや…なんでもない」
 なぜだろう。すでに秋も深くなり、外は肌寒いのに暖房器具ひとつない部屋の中が、こんなにも暖かく落ち着くなんて。ぼんやりとまだ閉めていないカーテンの向こうを見た。僕はここにいてもいいのだろうか。投げた賽は手には戻らない。また、彼女を巻き込むことになるではないか――そんな不安が胸を刺した。
 テレビの横に棚があり、写真が飾られていた。聞かなくとも分かる、飛鷹の両親だろう。今よりも少し幼い飛鷹の肩を両親の手が抱えている。満面の笑みを浮かべる両親に比べ、彼女の顔に僅かな寂寥を感じるのは気のせい?
「僕は本当にここにいても、いい…のか?」
「両親は多分、しばらく帰りません。それに、私信用されてますから……」
「…………そう」
 所在なく立っていると、ソファを勧められた。座ると眠気が襲ってきた。バカな…いつもギリギリまで眠らないようにしていたじゃないか。どうして、この瞬間に眠くなるんだ? 自分を律すること。それだけが僕を支えてきた。誰にも頼らない。誰にも迷惑をかけない。だから、ひとりで家を出たのに。

 ――もう、二度としたくない。手を差し伸べてくれた人を封印して、力にして、何もかも壊してしまうなんて。
    なのにどうして…、どうしてついて来てしまったんだ…。
    僕は、僕は………。

 極限。眠りの雨が降り注ぐ。僕の瞼は閉じた。
 この部屋の心地良さが包む。規則的な寝息を立てるのに、時間は掛からなかった。

                          +

 食事の準備をしていると、さっきまで質問ばかりしていた未刀の声が途絶えた。不思議に思ってカウンターから覗くと、耳に寝息。あの時、血溜まりの中倒れていたのと同じ顔で眠っていた。
 私は肩をすくめ、そのままにしておくことにした。ご飯が炊けるまでには時間があるし、激しかった天鬼との戦闘後だ。私の方こそ眠りたいくらい疲れていたけれど、なぜか世話をしなければという義務感に燃えていたのだった。

 ――それにしても、なんて無防備なのかしら?
    これがさっきまで、人を毛嫌いして遠ざけて、苦しいほど叫んでいた人なの?

 ぷに。
 頬を人差し指で押してみる。微かにうめくが目を覚ます気配はない。「襲われますよ」と囁いてみたが、どうやらこの短い間に眼球は上転してほとんど動かないノンレム睡眠に入ってしまったようだ。レム睡眠をすっ飛ばすなんて、よほどの疲労だったのだろう。
 安心したのかもしれないと思った。誰かに認められること、自分で生きようとすること――多分、さっき学んだばかり。肉体的な疲労ではなく、精神的なモノ。眠ることで癒されるなら、きっと熟睡してしまった方がいい。
 私は彼が起きるまで、本を読んで待っていることにした。

「レトルトのカレーです。時間も遅いですから。……もしかして食べたことないとか?」
「レトルト? カレーは知ってるし、食べたこともある…けど」
「見ていたらどうですか? 今後、ひとりで作らなきゃならないかもしれませんよ。あと、私のことはいずみでいいです」
 ようやく起きた未刀。食事の準備を手伝わせることにした。言われるがままに、未刀は私の手元を見ていた。湧き立つお湯の中に銀色の袋。ご飯は、彼曰く「円柱の箱」を開けると湯気を立てていた。おそらく初めて食事が作られる瞬間を見るらしい。未刀の目は面白いほどに丸くなっていた。
 皿にご飯とカレーを盛り付ける。
「運んで下さい。あなたはお客じゃないんですから、しっかり手伝って下さい」
「あ、ああ……。こ、ここでいいのか?」
 私は今、この部屋に両親以外の人物がいるという状況に変な気分が募っていた。両親はいつも不在。そう、父も母も出張やら、会議やら抱え、私が鍵を開いた時にいることはまずない。寂しいとも思うが、仕方の無いこと。親の手がなくとも生活はできるし、学校に行っている間にある程度の家事や掃除は済ませてくれているのだ。手を伸ばし「行かないで」と抱き付きたかった日も、ないとは言えないけれど……。
 手際悪く食器やコップを運んでいる少年。この人も両親を失っている。いるのにいない。彼が道すがら教えてくれたことだ。実父への怨恨、実兄からの悪手。母はすでに亡く、彼を支えるものは何もない。
 そう、いるのにいない。存在しているというだけで、愛情を確かめ合う術がない。もちろん、私は愛されていないとは思わない。けれど、理解のある親と子というのは得てして関係が希薄になってしまうものだから。

 ――未刀さんとは同じような境遇ですね…。
    でもっ!! 絶対に傷の舐め合いなんかしないわ。

 悪循環だと知ってて諦めている。彼にこんな気持ちを慰めてもらったところで、なんの解決にもならないことも知っている。
「いただきます。未刀さんもして、基本です」
「えっ? あ…い、いただきます」
 私の真似をして両手を合わせる彼。その姿、言動を眺めて更に変な気分になる。信用されたのか、やけに素直に自分の言う事を聞く物凄い世間知らずな少年。世の女性達から見れば、確実に煩悩対象の美少年。

 ――まるでゲームか何かの美少年育成計画…みたい。レベルがあがると、にっこり笑ったりして……っ!!
    なっ、何考えてたの。バカみたい…私はノーマルよ! ノーマル!!

 腐女子が喜びそうな単語が脳裏に浮かび、思わず頭をブンブンと振った。変なイメージが能細胞に広がっていくのを押し留めたい。ひとり息を切らし身悶える。顔が上気して、嫌な汗が噴き出た。
「…? いずみ?」
「!! …あ、えっと…美味しい?」
「これ、辛くないんだな。カレーってもっと舌が痺れるくらい辛いものかと」
 自分で呼びなさいと言っておいて、未刀が『いずみ』と呼んだことに驚いてしまった。照れてしまったことを隠すために聞いた問い。返った答えに閉口した。一瞬にしてムッとする。
「それって…私が子供、ということですか?」
「えっ…いや、そうじゃなくて……。こっちの方が美味しいなぁと」
「ならいいです。ほら、口の横。ご飯粒ついてますよ」
 あっ…顔が真っ赤になった。慌てて頬の辺りを探っている未刀を見て、めくるめく溜息をついた。男は現在過去に関わらず、光源氏計画やマイフェアレディに浪漫を感じるというけれど、その気持ちが少し分かってしまった。

 ――はぁ〜〜、私、汚れてしまったのかな……ぅ。

 遠い目。
 そんな私の顔をすでに皿を綺麗にした未刀が覗き込む。きょとんとした甘い表情にカッと頬が熱くなる。
「なんで、そんなに天然なんですかっ!!」
「な、なんで急に怒鳴られなきゃならないんだ? 何か悪いこと言った…かな」
 調子が狂う。狂わされる。
 どっちが大人なんだか。
 私は両親が不在であることに安堵し、同時に不安が沸きあがった。邪まな道に逸れない自信を失いそうだったから。
「と、とにかく! お替りですか!?」
「貰えるものなら……」
 私は照れ隠しの怒声で一喝し、未刀の皿を奪い取った。2杯目のご飯をつぎながら横目で盗み見ると、彼は福新漬けに見入っていた。珍しいらしい。困惑の溜息が零れた。

 夜。彼は私に諸事情すべてを語ってくれた。
 おそらくは恩返し。
 けれど、あの悲哀の色は少し和らいだ気がする。彼を支えられるものなら、支えてあげたい。
 そう思うことが不思議で、どこかしらくすぐったい。
「悪くはないですね」
 呟いて、私は電気を消した。


□END□

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

+ 1271 / 飛鷹・いずみ (ひだか・いずみ) / 女 / 10 / 小学生

+ NPC / 衣蒼・未刀(いそう・みたち) / 男 / 17 / 封魔屋(逃亡中)
+ NPC / 衣蒼・仁船(いそう・にふね) / 男 / 22 / 衣蒼家長男

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■         ライター通信                   ■
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 いつもありがとうございます。ライターの杜野天音です。
 休日編はフリーシナリオの上に、未刀の一人称が入ってもいいのでとても創作しやすかったです。いずみちゃんの場合、彼女の思考が鍵(笑)だったので、途中からいずみ視点にさせて頂きました。
 そして、前回の再会編で呼び名の問題をそのままにしていたので、今回から未刀が「いずみ」と呼ぶようになりました。いずみちゃんは照れていまったようですけど(*^-^*)
 それにしても未刀は鈍いですよね…。女の子ひとりの部屋にあがり込んで眠る――それってかなり犯罪的なんですけど、常識知らずだからなぁ(苦笑)
 如何でしたでしょうか? 気に入ってもらえたなら嬉しいです♪

 それでは発注ありがとうございました。次回は戦闘編、どんないずみちゃんが見られるか楽しみです。