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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


▼Dog Lover▲


------<オープニング>--------------------------------------

 手足を大きく振って鼻歌交じりで歩く上機嫌な瀬名雫。手に持つ小さな紙袋にはパソコンショップの名前が載っていた。
 常連になっているインターネットカフェの店長にパーツが安売りされているからと隣街までお使いを頼まれたのだ。交換条件としてインターネットカフェを一ヶ月も無料で利用していいという。雫のように頻繁に通っているとそれなりの金額になる。顔パスの状態で使えるのは、やはり嬉しかった。
 踏み切りが見える。分厚い缶を叩くような警報音が鳴り、遮断機がゆっくりと下り始めた。走れば間に合うかもしれない。追い越していった若者は渡りきっている。
 急いでいるわけでもない雫は慌てずに止まった。転んでせっかく買ってきたパーツが破損してしまっても悲しい。
 この踏み切りを渡ればすぐそこがインターネットカフェだ。はやる気持ちを抑えながら電車が通過するのを待った。
 なにかがひしゃげる音がした。向こう側からだ。主婦らしき髪の長い女の足元にビニールの買い物袋が落ちている。食材が袋の口からこぼれ落ち、卵が無残にも割れてしまっていた。
 女は自分のドジを照れるでもなく、こちらを見ていた。正確には踏み切りの中央だ。焦点の合っていない視線で、体を揺らしている。なにを思ったのか遮断機をくぐりだした。
 依然として警報機は鳴り続けている。
「え?」
 雫にはなにが起こっているのか把握できなかった。一瞬の出来事だったのだ。電車の警笛が聞こえて初めて我に返る。
 どこからともなく悲鳴が湧いた。雫も顔を伏せずにはいられない。
 遮断機の隅の方に枯れた花と汚れた犬の人形が置いてあるのが目に入った。

 パーツを店長に押しつけ、パソコンを起動する。
 これは雫の直感ともいえた。踏み切り事故、という言葉で閃いたのだ。
 ゴーストネットOFFの過去ログを改めてチェックすると、地名や場所は書かれていないが似たような状況での怪奇現象が報告されていた。おいでおいでと手招きをされて踏み切りの中へ引きずりこまれるのだという。
 ネット上を検索すると案の定、一週間前にも同じ場所で事故が起きていた。こんな短期間で事故が発生するなど、なにかあるに違いない。
 スクッと立ち上がり、確信にも似た色を瞳に湛えてカフェ内を見回した。

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 瀬名雫に手招きされたのは海原みあおとセレスティ・カーニンガムだった。事情を聞き、みあおは快く引き受けた。セレスティも礼儀正しく肯く。
「みあおは、やっぱり枯れたお花と犬のお人形が気になるな」
「じゃあ再確認ってことで行ってみようか」
 雫と共にイスを立ち上がる。セレスティはそのままだ。一緒に行かないのか訊くと微笑んでパソコンを指差した。
「私はネットで情報収集しますよ。掲示板で目撃証言や事故を回避した人のチェックをできるかもしれませんし」
 昼を過ぎているとはいえ、外はまだ明るい。彼は光が苦手なはずだ。適材適所、情報の検索は一任して二人でインターネットカフェを出た。
 相変わらず人通りが多い踏み切り。電車がけたたましい音を立てて通り過ぎ、遮断機が上がった。
 雫に案内された場所には確かに枯れた花と人形があった。両手で包み込めばおさまる程度の小さな人形だ。茶色の垂れた耳が取れかけていて、他にもあちこちが痛んでいる。放置されてからかなりの時が経っているようだ。
 手にしてマジマジと観察する。クリッとした瞳に小さく出た舌、控えめに持ち上がった小さな尻尾。みあおは調査を忘れ、しばらく見惚れていた。
「可愛い。どこで買えるんだろう」
「タグが付いてないみたいだね。取れちゃったのかな」
「ん〜、残念」
 元の場所に置くのが惜しかった。自分の物ではないと言い聞かせて躊躇しつつも離れる。こんなに良い人形を供えてくれた人は、きっと良い人に違いない。強い想いが伝わってくるようだった。
「そうだ、お花を新しくしてあげようよ」
 みあおの提案に雫も賛成して花屋へ足を向けた。


 事故被害者の動物を含む家族構成と被害女性の生活パターンを中心にセレスティはパソコンを操作していた。事故の数が多いだけにデータを細かく整理していくのは大変だ。ようやく全てをまとめた時には既に空がオレンジ色に染まり始めていた。
 画面一杯に並べた各データを見て眉をしかめる。既婚と未婚は大きく分かれていて偏りがない。職業も主婦があればフリーター、OLといったもので特に共通点は見当たらなかった。唯一共通しているのは二十歳以上のいわゆる大人の女性という点だけだ。
 これで一つ明確になった。
 手掛かりがもう少し必要だ。頭に引っかかっていることを確かめるにはネットでは不可能だろう。遺族の家を見て回ることになるかもしれない。
 溜め息をつき、初めに書き込みをしておいた掲示板に情報提供がないか確かめる。予想以上に目撃者は多いらしく、10件以上もレスがあった。読み進めていくにつれ、口元が弧を描いていく。
「左手薬指に指輪、長い黒髪、そして買い物袋ですか。なるほど」
 被害者全ての外見に関する特徴を得たわけではないが、ほとんど決まりだろう。わざわざ被害者関係者の家へ行かなくて済みそうだ。
 データの整理で外見に関するものが条件になると分かっていた。指輪は既婚者だけがするものではない。それは判断していないということだ。
「もしかして、現象を起こしている人物は――」
 頭の中でなにかが繋がった。事故が多発する前に遡って調べていく。目的の情報は容易に見つけることができた。
「ただいまぁ!」
 ちょうど扉を開けたのはみあおだ。雫は一時的に帰宅したらしい。
 走り書きしたメモを渡す。彼女はメモとこちらを見て微笑み、うん、と首を振った。
 そろそろ夕方――事故の起きる時刻。念のため、見張りに行った方がいいだろう。これ以上の被害者を出さないためにも。


 白い壁、白い天井、白い床。通り過ぎる人々も白い服を着ている。受付で病室を尋ねたみあおは白の空間を歩いていた。
 セレスティに渡された住所は割りと近かった。和風の立派な家で、インターホンを押すとシワの刻まれた老女が出てきた。話しているうちにシワはますます深くなっていき、素っ気無くこの総合病院を紹介されたのだ。
 病室の前で足を止め、ドアをノックする。間もなくして返事が聞こえ、中へ入った。
 髪の長い女がベッドに半身を起こして座っている。
「わっ」
 こんにちは、を言おうとして近くまで寄るみあおは突如として女に抱きつかれた。驚きに鼓動が跳ね上がる。ベッドの上にあった裁縫道具が散らばって床へ落ちていった。
 女はなにかを呟きながら泣き声を漏らしていた。悲しみが伝わってきて、小さな手で優しく抱き返す。
 落ち着いた彼女は、ごめんなさいね、と年相応の苦笑いをした。娘に似ていたのだという。
「娘はね、私の不注意で事故に遭ったの。買い物の帰り、踏み切りでちょっと目を離した隙に、あの子は線路に取り残されていて」
 目を伏せ、事故当時を思い出しているようだった。唇を震わせ、痛みを我慢する苦渋の顔で続ける。
「私のせいだ、て思ったの。狂ったみたいに泣き叫ぶ毎日。ヒステリックになっちゃったのね。親類には呆れられて、半ば強引にこんなところへつれてこられちゃった」
 健康体ではあっても外に出るのは自信がないらしい。彼女は笑う。無理矢理に形作られた切ない笑いだった。胸が締めつけられるようだ。
「大丈夫、大丈夫だよ。みあお達が幸せにしてあげるからね」
 頭を撫でてあげると少し本心からの笑みを見せてくれた。みあおも一緒になって微笑する。端から見れば親子のように映るだろう。短時間で二人は深いところまで繋がっていた。
「ちょっと待ってて。みあおが裁縫道具拾ってあげるから」
 ベッド横に腰を屈め、針やハサミを箱へ入れる。そして、あ、と声を発した。


 光が落ちていく。高い建物に半分が隠れた。夕方という時間もフィナーレを迎えようとしている。茫と眺める車椅子のセレスティ。事故が発生する気配は一度もなかった。
 傍らの遮断機が再び下り、警報を奏でる。けたたましいはずが耳に慣れてしまい、音の細部まで聞こえるようになった。目をつぶって神経を澄ませば一つ一つに違いがあるのが分かる。
 ゆっくり視界を開けていく。すぐ近くに例の特徴と一致する女が踏み切りに立っていた。
 瞳に輝きが欠けていた。意思のない視線。
「キミッ!」
 いま正に遮断機をくぐろうとする彼女の手首を掴む。抗いもせず、引き寄せられるように逃れようとする女の顔を強引に振り向かせた。
 セレスティの双眸が淡い青の瞬きを放つ。
 魅了の能力。力が相殺されて本来の効果は得られなかったようだ。彼女はこちらへ寄り掛かるように倒れて意識を失った。結果オーライといったところだろう。
 轟音をつれた電車が胸を撫で下ろすセレスティの傍を滑走していった。数秒でも遅れたらと思うとゾッとする。遮断機が上がり、誰もいない空間を睨んだ。
 聞き慣れた声が向こうからやってきた。みあおが限界まで膨れたリュックを背負って走ってくる。線路近くまで来て、中身を盛大にぶちまけた。わざとではなく、意図的に。
 幾筋もの光が飛び出し、線路へ舞い降りる。人々の動きと鳴り始めていた警報機が停止した。降り注いだのは溢れんばかりの小犬だ。
 少女の姿が肉眼で見えるようになった。小犬に囲まれて嬉しそうな声を上げる。飛びついて抱き締め、逆に飛びつかれて転び、戯れていた。
 空には純白の翼を背にした大人の姿のみあおが浮かんでいる。みあおの能力が作用しているに違いない。無邪気に遊ぶ子供の姿を見て微笑んでいる。
 ふと少女の動きが一方を見て止まった。セレスティはそれが母親なのだと直感で理解する。二人は駆け寄って互いを包みこんだ。
「ママが作ったの?」
「そうよ。私にはこんなことしかできなくて、ごめんなさい、ごめんなさいね」
 涙する母親の顔をジッと見て、少女は笑った。足にすり寄る小犬を持ち上げてみせる。
「泣かないでよ。もう一人じゃないもん。こんなに一杯お友達がいれば平気だよ。だから泣かないで、ママ」
 涙の色が変わる。今度は口元にぎこちない笑みを作って女は泣いた。優しく母親のそれで少女の髪を撫でる。
 降り立ったみあおに話を聞けば、あの犬は母親の手作りらしい。子供が好きだった犬の人形を気がつくと作っていたのだ。親類にはまだ引きずっていると思われるのが嫌でひっそりと隠れながら作っているうちに膨大な量になってしまっていたとのこと。
 やがて二人は一番強く抱き合い、名残惜しそうに体を離す。小犬と共に少女は光の柱となって天へ昇っていった。

 インターネットカフェに顔を出し、雫はみあおとセレスティを呼んだ。あれから数日が立っている。
 事故はすっかりなくなり、少女の母親は病院を出ていまでは元気に家事を始めた。お供えも現場ではなく、お墓にするようになったらしい。
「しかし、被害者をあれだけ出したのが年端もいかない少女とは、想いというのは恐ろしいですね」
「それほど寂しかったんだよ。みあおだって雫やセレスティと会えなくなったら寂しいもん」
 照れもせずに真正面から笑う彼女に、雫とセレスティは顔を見合わせてから一緒に微笑んだ。
 ここにいる限り、寂しさとはとても縁遠そうだった。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1415/海原・みあお(うなばら・みあお)/女性/13/小学生】

【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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ご参加、ありがとうございました☆

初めまして、ライターのtobiryu(とびりゅー)といいます^^

不慣れゆえに至らない点もあったかもしれませんが、いかがでしたでしょうか。

プレイングによっては後味の悪い結果になる予定でしたが。

お二人の活躍のおかげで最善の終わり方ができたと思います。

個人的に丸くおさまる終わり方が好きなので感謝しています。

ちなみにタイトルは適当な英語なので合っているかどうかは確かめていません;

なんとなくフィーリングで掴んでもらえればいいので苦情お断りです(w

では、もしまたの機会がありましたら、よろしくお願い致します♪