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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


自縛暴走霊
 銃撃。
 止むことのない音。
 壊れていく事務所。
 かさんでいく経費。
 隣からは呆れた溜息。
 口元からは煙草の煙。
 それと、あとは……。

 扉には自縛霊。

「……お兄さん、彼、どうします?」
 不安気に訊ねる零に、武彦はどうしたもんかねと気のない返事を返した。
 幸い室内には身を隠すものが沢山ある。が、どれもこれも耐久性が最悪なために既に蜂の巣に近く、ただの塵屑と化していた。残る唯一の机を盾にし、三人はただただ敵の銃弾が尽きるのを待ってい
た。
 いつもの如く興信所にいる零を右隣に。
 その日たまたま訪れた我宝ヶ峰沙霧を左隣に。
「これはもう持久戦だな」
 ぼそりと武彦が言う。
「と言っても、相手の銃は霊力を主体にしてるので、尽きるってことは殆ど絶望的なんですけどね」
「……言うな」
「しかも扉からは動いちゃくれませんので、逃げようにもありませんし」
「ついでに言えば、少しでも顔を出した瞬間にアウトね」
 絶望的な単語を沙霧が付け加える。
「お兄さん、何とかなりません?」
 無理と一蹴されて、零は再び肩を下す。
 そもそもの発端は元依頼者の逆恨みなのだが、如何せんこれはタチが悪すぎる。要求した報酬を全額支払わないだけでなく、呪(まじな)いまで残していくとは……。被害総額を考えただけでも頭痛が増していく。
「……あの報酬、妥当だったよな」
「多分」
「別段驚くことじゃないけど、相変わらず尋常じゃないわよね。この興信所って」
「……相変わらず、は余計。ま、実際間違ってはいないけど」
 溜息交じりに武彦が呟く。抱えた膝の上で器用に頬杖をつき、顔を微妙に逸らして視線を沙霧に送った。
「手伝う?」
「報酬に何か期待してるんだったら、手伝わなくていい」
 にべもなく返され沙霧は不服そうに黙り込んだが、急に思い付いたように掌を叩き合わせた。その口を塞ぐように急いで言葉が紡がれる。
「第一、金があったらこっちが玉砕覚悟で突っ込んで止めさせようとする計画なんて、端から考えたりしないんだから。金を掛けるなら動くな。以上」
「そういう計画、実行しないでくださいね」
 零が不安そうな顔で武彦を覗き込んだ。何か言いたげに開いた口を閉じ、武彦はただ肯くという手段を取った。
「で、だ」
 一頻りの沈黙の後、武彦は沙霧の顔を横目で再び見た。
「報酬は? いくら欲しい?」
 途端、沙霧の顔が嬉しそうに彩られる。
「デート一日券」
「却下」
 即答に彼女は不服そうに顔を歪め、さして時間の過ぎない内に条件を付け加えた。
「交通費、飲食費、雑費一切私持ちでも?」
 ……この世のどこの女性が、デートの諸経費を持つことを自ら提案するのだろうか。普通、男性が持つものと相場が決まっているような。零は思考の底で考えて薄く笑った。誰にも気付かないような変化だったので、再び静かに二人のやり取りに耳を傾けることに意識を戻す。
「でも同伴者は、なし」
 沙霧の一言に、武彦は沈黙したままだった。今度は彼の方が不服そうな顔をする番だったらしい。
「だって、デートでしょ? 一応二人で行くものでしょ?」
 ……それもそうだけど、誰か現状を打破する方法を考えてくれないかな。ほのぼのとした空気を描いている二人の間で、零はやや呆れながら自身の腕の中に顔を埋めていた。頭の中に弾き出される数字の色の赤さと、ゆっくりと確実に増えていく桁に泣きそうになりながら、現実逃避の方法を模索してみる。……検索結果、方法なし。
「……分かったよ。それで手を打つ。そのデ、デー、デ」
「デート一日券。これくらいでどもらないでよ」
 手段についてはまとまったらしい。尤も、私が突撃していけば問題なく解決しそうなものなのに、と零は頭の片隅で考えてみるものの、開きかけた口は鋭利な視線か、或いは別の言葉と思考で覆われてしまう。意図的にか、否か。考える隙すら与えられない。
「多分、わざとなんでしょうね」
 沙霧が顔を覗き込んで、零は思わず後方に下がる。下がると同時に後頭部に机をぶつけてしまい、文字通りの意味で頭を抱えた。呆れたような顔で彼女に頭をさすってもらい、涙目で零は無理やり微笑んでみせた。
「さて、始めましょうか」
 中腰の姿勢になり、沙霧はすっと立ち上がった。手にしている愛用の二挺の拳銃の銃口を、入り口前を陣取っている霊体に向けた。
 ふと冷たい汗が背に流れるのを感じる。
「おい、何をする気だ?」
「撃つ」
「お前のは“撃つ”というよりは“吹き飛ばす”だろ?」
「どっちだって同じよ」
「違う!」
 急いで伸ばした武彦の手は沙霧の体を掴み損ね、前のめりに倒れ込む。丁度差し出された零の手が激突寸前の額と床との間に割り込み、痛みは然程ひどくはなかった。
 轟音。
 恐る恐る体を起こし、霊体に視線をやる。
「……沙霧さん、これはどういう」
「片付けたわよ」
 満足気な沙霧に対して、武彦は大分血の気の失せた顔でその場に立ち尽くしていた。
 跡形もなく霊体ごと吹っ飛んだ興信所の扉を遠い遠い出来事のように視界に納め、ただただその場に立つことが精一杯だった。
 冬の近くなり一層冷え切った風が室内を無常にに流れ去り、一人の少女の溜息が小さく聞こえた。
「さ、デートしましょうか?」





【END】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3994/我宝ヶ峰沙霧/女性/22歳/滅ぼす者】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難う御座います。

結局、吹っ飛ばしました(笑)。
普通に倒すのではなく、敢えて興信所の扉を吹っ飛ばしてみました。
受難続きの武彦達ですが、今回も興信所崩壊一歩手前迄進んでしまい少し申し訳なく思いつつも、愉しく書かせていただきました。
一応約束は果たしたのですから、デートは恐らく行ったと思います。
「同伴者」付きで、と。

それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。

千秋志庵 拝